鬼の方が出歯亀というか、活躍してます。
その日の呼び出しは突然のことだった、まだ日の明るいうちだったので、柱、一同、不思議に思ったのは、ほんの数日前に呼び出されたばかりだからだ。
何かあったのだろうか、一同が緊張した面持ちになったのは姿を見せた産屋敷耀哉の表情と、纏う空気に、いつもとは違うものを感じとったからだ。
「妙な気配を纏う鬼が出てきた」
「気配ですか」
真っ先に尋ねたのは不死川実弥だ。
「鬼を殺して、その肉を食べているらしい」
らしいとは曖昧な言い方だ、そのせいか、誰一人、口を挟まず尋ねることをしなかった。
「その鬼を退治しろということでしょうか」
「無惨の動向が気になるんだ、仲間なのか、それとも」
この世に鬼を生み出せるのは鬼舞辻無惨一人だけというのが今までの認識だった、だが、それとは別の鬼が出たといことだろうか、重苦しい空気が立ちこめた。
「皆、今まで以上に慎重に行動してもらいたい、誰一人、欠けることのないように」
柱達は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
女の言葉に悲鳴嶼と呼ばれる鬼は無言だった。
人を背負っても重みさえ感じない、むしろ人、女という生き物は、これほど軽いのか思ったくらいだ。
井戸の側で地面に蹲るようにしている女の姿を見つけたのは日が暮れかけたときだ、日は完全には沈みきってはいないが、以前に比べたら我慢できるほどだ。
家の中に入ると女は夕食の支度を始めたが、いつもと違う仕草や動きに、具合が悪いのではないかと悲鳴嶼は尋ねた。
大丈夫という返事は、いつもの調子ではなかった。
月のものが始まるときは目眩と体がだるくなる、昔はそれほど酷くはなかったのに、実家へ戻ってから、しばらくして始まったときはだるくて一日寝込んでいたこともあった。
子供か産めないのに女である証があるのは何故だろう、もしかして、原因は夫にあったのでは思うが今更、確かめようもない。
いつもなら柱の集まりの後は飲み会となるのだが、その夜に限って悲鳴嶼は途中から席を抜けた、酒も食事も口にする気分ではなかったからだ。
今日は、このまま寝てしまおうと思ったが、家の中に入ると玄関先に置かれた包みに気づいた、不思議に思い中を開けると炊きこみ御飯の握り飯だ。
(届けに来てくれたのか、待っていてくれたら)
だが、顔を合わせたところで何を言えばいいのか。
一緒になれないという言葉を産屋敷の口から聞いた今となっては、互いに顔を合わせづらいだろう、二人の関係は終わったも同然ではないかとさえ思ってしまう。
鬼を倒すときは容赦なく振る舞えるのに、何故、こんなにも弱気になってしまうのかと思いながら、握り飯に手を伸ばした。
迷っていてもどうしようもない、会って、もう一度、自分の口からはっきりと言わなければと悲鳴嶼は決心した。
呼びかけても女は大丈夫というだけだ。
しかし、顔色が良くない、熱がある、汗もひどい、濡らした手ぬぐいで額や首筋を拭きとる女の動作を見ながら悲鳴嶼は内心慌てた。
自分が人間だったときの事を思い出す、月のもので具合が悪くなる女はいたのだ、だが、こんなにも酷いのか、病気ではないか。
「医者を呼んで来る」
すると女は大丈夫と悲鳴嶼の手を伸ばした、寝てれば良くなると。
(なんだ、この匂い)
汗、いや、体臭か、鬼になって嗅覚がかわったのか、女の手を取り鼻を近づけると心臓が鳴った気がした、どくん、どくんと鬼の心臓が、それは少しずつ大きくなって。
敷地内の離れ、女の家まであと少しだ、先程まで迷って、ぐだぐだと悩んでいた自分を叱咤しながら、あと少しというとき、足を止めたのは妙な気配を感じたからだ。
鬼、まさか、竹林の中へ駆け込もうとした瞬間、悲鳴嶼は呼び止められた。
「キサマ、鬼狩りという奴か」
男は沸々と沸いてくる衝動に、とうとう我慢ができなくなり、胸の谷間に顔を埋めて舌で汗をすくい取るように嘗め始めた。
女がかすれた声で呼ぶが、返事はせず、そのまま顔を肌に押しつけた、体が熱くなるような気がした、それと同時に匂いがした、これは女の月のものだ、不浄の血と呼ばれることもある、だが、鬼の自分には、まるで。
自分の足元と太股がひんやりとした空気に包まれたことで、女は流れていると感じた。
だが、それは次第に生温かい感触に変わり、その変化に女は目を開けた、わずかに首を起こして視線を向けると、男が自分の下肢に顔を埋めていた。
血を嘗めているのだとわかった、不浄の血を。
悲鳴嶼さんと女は呼びかけた。
顔を上げた男が自分の顔を覗きこんでいた、見えない眼から涙が流れている。
「行冥、さん」
鬼と人間は交われるのだろうか、自分の中に入ってくる舌の感触に溺れてしまいたいと目を閉じた、そして腕を伸ばした。
そして、自分の体、背中に回された腕を感じて男は我に返った、人だったときの事を思い出そうとしたが、自分の周りにいた女の顔は朧のようで思い出せない。
思い出せない、だからといって、泣くのはおかしいだろう。
我慢する必要はないのだと思い、顔を上げて着物を脱ぐと褌の上からでもあきれるほどに、それは大きく膨らんでいた。
「おまえは、誰だ」
自分の前に突然、現れた老婆の姿に鬼舞辻無惨は思い出そうとした、老婆の様子から自分の事を知っているようだ、だが、自分はとんと記憶にない。
「助けて欲しい、その術が、もうない」
そのとき老婆の隣に一人の青年の姿が現れた、獅子色の髪、口元に大きな傷がある青年は頭をさげるがその姿は少しずつ色褪せていく。
「死人を蘇らせたのか、女」
「娘の為に」
どういうことだ、この時、無惨は老婆の顔をまじまじと見た、次第にその顔が何かを思い出そうとして、叫んだ。
「おまえ、おまえなのか」
よくも自分の前に顔が出せたものだ、否、その姿も偽りかと言いかけたが、草履を脱ぎ地面に膝を突き深々と頭を垂れる老婆に怒りとは別の感情が芽生えた。
「人は百年も生きれない、おまえは死んだのか、そうだとしても」
罪を犯したと老婆は呟いた。
「人を殺めた、殺してはならない人を」
おまえは私を裏切ったんだ、私の事など見ていなかった。
怒りの声が響く、最初からずっと、だからあの子も自分の子ではない。
「違います、貴方の子、本当です」
違う、あの子は俺の子じゃない、殺してやる、人の子じゃない、だから罪にはならない。
夫は赤子を本気で、だから、だから自分は罪を犯した、人の道を外れるとわかっていながら。
「私の手を取るんだ、そうすれば、おまえは」
老婆は顔を上げた、すると、その姿が若い女の姿に変わり、青い炎が、その体を包んだ。
「この女は罪人、火付けは死罪だ」
「そうだ、なんて酷い女だ」
「他所の男と、なんて女だい」
大勢の男女の声がはっきりと聞こえた。
これは死の間際の光景か、自分の周りを大勢の人間が取り囲んでいる姿、無惨は人間達の恨みの声を聞きながら思い出そうとした、遙かな昔、鬼になったときのことを
女が貼り付けにされ、石を投げられた。
「家に火をつけて、焼き殺したんだよ」
「亭主を」
「自分の旦那を」
なんて恐ろしい女だいと皆が責める、だが、その女は自分が愛した女だ。
鬼舞辻無惨と言う鬼が初めて愛した女だ。