※この作品はR-18です。

Lights~White Night   作:水原渉

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『Lights』のGood Endの後のお話。


White Night
White Night


 

 あの現実離れした一件からしばらく経った。

 あの一件について要約すると、医学的にはまったく異常なしと診断されたお嬢さまが、それでもどんどん弱っていって、とうとう死んでしまうかもしれないというその夜、私はお嬢さまに襲われて、お嬢さまが一命を取り留めたというものだ。

 何を言っているのかわからないと思うけれど、私にもわからない。だから現実離れした話なのだ。

 とにかくお嬢さまは、数年に一度、人間の血液を口腔から摂取する必要があるらしい。もちろん、日常的には食事などによる栄養補給が必要で、それさえ怠らなければ特別支障なく日常生活を送れるという。

 今後のためにも、隠し事なしで事情を話してくれるようお願いすると、お嬢さまは立てた指を唇に当てて艶っぽく笑った。

「私、吸血鬼の末裔なの」

「そういう冗談は要りませんから。何か、血液の病気ですか?」

「そういうことにしてもいいよ」

「例えば医学的に正しい手法で、私の血液を輸血するのではダメですか? 飲まなくてはいけないのなら、医学的に無理のない方法で私の体から血液を採取して、それを飲んでいただくのはいかがですか?」

 お嬢さまに血液を提供するのは構わない。むしろ飲んで欲しいとさえ感じるので、あの一件で私は妙な性癖を植え付けられてしまったようだけれど、痛いのは極力避けたい。どうにかならないかと提案すると、お嬢さまは困ったように眉をゆがめた。

「途中で何ものにも触れずに、直接摂取するのが大事なの。どうにかできるものなら、私はとっくに千夜ちゃんに相談してた」

「では、麻酔で眠らせていただくとか」

「薬を混ぜてもダメ。千夜ちゃんがあんまり乗り気じゃないのはわかったわ」

「そんなこと言っていません!」

 私は思わず声を荒げて、お嬢さまが弾かれたように目を丸くする。私はすぐに謝って、小さく頭を振った。

「痛くないに越したことはないと思っただけです。欲しくなったら遠慮なく言ってください」

「数年は平気だから」

「不要な我慢です。数年前はどうなさったのですか? 私がお嬢さまに引き取られる前は……」

 好奇心というよりは、あくまで事態の解決の参考にと思ってそう尋ねると、お嬢さまは急に険しい顔をして、鋭く目を細めて私を見下ろした。

「過去はどうでもいいでしょう。それは、私たちのこれからに一切関係がない」

 聞いたこともない冷たい声に、私は思わず息をのんだ。お嬢さまとは主従関係とはいえ、どこか友達のような感覚があった。喧嘩もしたことがないし、私がたまに生意気なことを言っても、笑って応じてくれていた。

 けれど、今の質問は超えてはいけない一線だったらしい。私は背筋が凍りつくような思いで、深く頭を下げた。

「失礼なことをお聞きしました。申し訳ありません」

 お嬢さまが座っていた椅子から立ち上がり、ゆっくりこちらに歩いてくる。殴られるのを覚悟して固く目をつむると、お嬢さまは私の前に立って、くすぐるように指先で首を撫でた。

「あなたの血の味が忘れられないわ。罰として今度飲ませなさい」

 顔を上げると、お嬢さまはいつもの悪戯っぽい微笑みを浮かべていた。私は安堵のあまり涙が溢れそうになった。

「はい、喜んで」

 真っ直ぐ目を見つめてそう告げると、お嬢さまは嬉しそうに笑った。

 

 その数日後の夜、私は一日を終えて部屋でぐったりしていた。あの一件の後、しばらくお休みしていたアイドル活動を復活したのだけれど、今日はそのレッスンでみっちり絞られた。

 内容はビジュアルレッスンだった。いかに自分の魅力を相手に伝えるか。表情やポーズ、仕種や言葉の使い方、発言のタイミングや相手との距離、そんな内容を延々とやらされて、精神が崩壊しそうだった。

「千夜ちゃんは可愛いんだから、しっかりそれを表現できるようになりなさい」

 お嬢さまがからかうように扇情的なポーズで挑発してきたが、相手をする余裕もなかった。お嬢さまさえ気に入ってくださったら、自分が可愛いかどうかなどどうだっていい。けれど、アイドルである以上、そうも言っていられない。

 鏡の前に立って、少しだけ笑ってみる。目を大きく開けて、えくぼを作るように口角を上げる。小首を傾げて、あざとく胸の前で手を合わせると、生きているのすら恥ずかしくなってため息をついた。

 これは私には無理だ。何か私らしいアピール方法はないかと真剣に悩んでいると、ドアがノックされた。もちろんお嬢さまだ。この家には私とお嬢さましか住んでいない。

「どうぞ」

 私が答えるのとほとんど同時にドアが開かれて、寝巻き姿のお嬢さまが入ってきた。寝巻きといってもネグリジェ的な白のワンピースで、胸元が大きく開いている。とても色っぽい。

「何してたの?」

 お嬢さまが笑顔でそう聞きながら、ベッドの端に腰を下ろした。足を組んでポンと隣のスペースを叩く。座れということだろう。

「今日のレッスンの復習をしていました」

 嘘はつきたくないので素直にそう答えると、お嬢さまは目を輝かせて身を乗り出した。

「そうなんだ。やってみて。笑って」

「お断りします。完成度が上がったら考えます」

「千夜ちゃんは普通に笑えば可愛いから。もう十分完成してる」

「いつでも自然に笑えるのが大事なのです。長く険しい道のりです」

 お嬢さまから少し距離を置いて座ると、お嬢さまは座ったまま移動して私にぴったりくっついた。触れ合う肌の冷たさに背筋が震える。

 しばらく無言で次の台詞を待っていたけれど、お嬢さまはじっと床を見つめたまま、何も言わずに足をぶらぶらさせていた。私から何か言った方がいいのだろうか。それとも、何か約束をしていただろうかと思い返して、ふと数日前の会話を思い出した。

 もしかしたら、例の「罰」を与えに来たのかもしれない。来てみたものの言い出しにくくて困っているのだとしたら、お嬢さまのためにも私からお願いしてみよう。

 しかし、こちらにも心の準備が必要だ。死ぬことはないとわかったとはいえ、肌を破られ肉を裂かれて血を飲まれるのは、とても痛い。怖くないと言えば嘘になる。

 息をのんで無意識に拳を握る。空気が緊張する。

 私がお嬢さまの目的に気が付いたことを、お嬢さまもわかったのだろう。床を見つめたまま、呟くように言った。

「今日、いい?」

「はい。喜んで」

 ちっとも喜んでいない声になってしまったのは、どうか許してほしい。どうにか心を落ち着けるように深呼吸すると、お嬢さまが困ったように眉をひそめた。

「無理はしなくていいよ? 私は、千夜ちゃんが本気で嫌がることはしたくない」

 それはわかっている。よく私をからかったり困らせたりするお嬢さまだが、私が本当に嫌なことは絶対にしない。しいて言えばあの一件は本気で抵抗したけれど、あれは命がかかっていたから仕方ない。

 私は一度目を閉じて、気持ちを落ち着けるように胸を撫で下ろした。

「大丈夫です。ちょっと痛いのが怖いだけです。確か、私の泣き叫ぶ姿に興奮したんでしたっけ?」

「そうね。でも、なるべく痛くない方法を調べたり考えたりしたよ」

「何かわかりましたか?」

「うん。どうやら、性的な刺激を与えてからだと、あんまり痛くないらしい」

 お嬢さまが勝ち誇るようにそう言って、そっと私の太ももに手を置いた。

 私は頭の上に3つほど疑問符を浮かべながらお嬢さまを見た。性的刺激というのは、つまりエッチなことという意味だろうか。知識も経験もないのでよくわからないけれど、それを得ることで痛みが緩和されるのはにわかには信じがたい。

「それは何の情報ですか? 医学的な話ですか?」

「千夜ちゃん、医学大好きだね。私に常識的な医学が通じないのは、もうよくわかったでしょ?」

「お嬢さまは知りませんが、私は常識的な医学の通じる身です」

「たぶんあれよ。アドレナリン的なものがいっぱい分泌されて、痛みを感じなくなるのよ。野球選手のデッドボールみたいな?」

「喩えがよくわかりません」

 私は困惑して口をへの字に曲げた。拒否するつもりはないけれど、意味のないことはしたくない。お嬢さまがしたいのならともかく、私のためにならしなくて構わない。

 そう告げると、お嬢さまは私をベッドの真ん中に座らせて、後ろから抱きしめた。耳元に唇を寄せ、甘い声で囁く。

「私も少し興味があるから、付き合いなさい」

「わかりました。初めてですから、優しくしてください」

 淡々とお願いすると、お嬢さまはぷっと噴いて肩を震わせた。

「私も初めてだからわかんないよ。どうしたら気持ち良くなるんだろうね」

 そう言いながら、そっと私の胸を撫でる。お嬢さまと比べて明らかに膨らみがなだらかで、面倒なので夜はブラジャーをしていない。布1枚を挟んで、お嬢さまが私の胸をむにむにと揉む。指先で先端を転がすように触るが、くすぐったいだけで性的な刺激は特になかった。

「どう?」

 お嬢さまがわくわくした声で聞いてくる。私は静かに首を振った。

「特に何も」

「おかしいなぁ。脱いでみようか。どうせ血をもらう時に邪魔だし」

 そう言いながら、お嬢さまが自分の寝巻きを豪快に脱いだ。脱がせてもらえるかと思ったら、そうではないらしい。私も裸になると、ベッドの上で横になった。部屋が明るいので、なんだか恥ずかしい。

 お嬢さまが私の傍らに座って、仰向けで寝ている私の体をまじまじと見つめた。それから添い寝をするように隣に寝転がり、胸やお腹を柔らかく撫でる。

「こういうのは、ムードが大事なのかも。千夜ちゃん、大好き」

「そうですか。それはありがとうございます」

「全然ムードが出ないなぁ」

 お嬢さまが片手を伸ばしたので、枕にするように頭を乗せた。抱き寄せられて、唇を重ねる。目を閉じて舌を絡めていると、少しだけ気持ち良くなってきた。

 お嬢さまが背中を撫でる。ふと私の古い傷痕に触れて、指先でなぞった。お嬢さまに引き取られるきっかけになった、あの忌まわしい炎がつけた火傷の痕だ。

「それ、お嬢さまの力で消せませんか?」

 舌を絡めたまま聞いてみると、お嬢さまはその手をお尻の方に滑らせながら言った。

「前にも言ったけど、私がつけたものじゃない傷は治せない。しかも、古いものだしね」

「そうですか。まあ、見えないからいいですけど」

 大きな傷でもないし、言うほど気にしていない。あの記憶は消したいけれど、忘れたくないものもある。この傷は残っていた方がいいのかもしれない。

 お嬢さまがお尻をねっとりと撫で回す。誰かにそういうことをされた経験がないのでなんとも言えないが、気持ちいいというよりむしろ、気持ち悪い。

 昔嫌いだった食べ物が味覚の変化で好きになるように、だんだんこれが気持ち良くなるのだろうか。それとも、私は何か人として大切な感覚が欠落しているのだろうか。

 お嬢さまの体が火照ってきて、触れ合う肌が汗ばんできた。首筋に舌を這わせながら、お嬢さまが私の太ももの間に手を入れる。

「なんか、気持ち良くなってきた。千夜ちゃんは?」

 お嬢さまがうっとりした口調でそう言って、私は言葉に詰まった。気持ち良くないことはないけれど、それが性的なものなのかはわからない。想像したものとは違うけれど、一応女性的な快感を得ているのだろうか。

 確認するように尋ねると、お嬢さまは「知らないわよ」と突き放しながら、私の手を自分の股間に導いた。初めて触れるそこは粘性の液体で湿っていて、指先を動かすとぬるりと食用油のような感触がした。

 お嬢さまが同じように私の股を指先でいじる。濡れている感じがなかったので、どうしたらお嬢さまと同じようになるか考え始めたら、だんだん脳が覚醒してきた。

 方向性が間違っている。動物的な行為をしているのに、どんどん理性的になってしまうのは性格だろうか。それとも、無意識に性的な行為を拒んでしまっているのだろうか。

 お嬢さまが首筋から顎にかけて舐め上げて、そ感触に背筋が震えた。

「千夜ちゃん、美味しい。噛みたい」

「いいですよ」

「まだダメ。全然気持ち良さそうじゃないし」

 お嬢さまが一度自分の液体を指に絡ませてから、それを塗り付けるように私の股間の前の方に触れた。

 目を閉じて両手をお嬢さまの背中に回す。全身でお嬢さまの体温と香りと息づかいを感じていると、だんだん頭がぼーっとしてきた。すべすべした太ももがこすれ合うのも気持ちがいい。

「千夜ちゃん、少し濡れてきた」

 お嬢さまが嬉しそうに囁く。私は恥ずかしくなって顔を伏せた。小学生の時に初めて生理が来た時を思い出す。あの時も母親が喜んでくれたが、私はとても恥ずかしかった。もしかしたら、私は自分の動物的な体の反応が苦手なのかもしれない。

 けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。お嬢さまが私の動物性を解き放てと言うのなら、私はそうしたいし、そうしなくてはいけない。

 お嬢さまの背骨をなぞるように指を滑らせながら、頬に舌を這わせてみた。途端に自分の唾液の匂いが鼻をついて失敗したと思ったが、お嬢さまは興奮したように私の髪をくしゃっと撫でて、もっとしろと言わんばかりに私の顔を引き寄せた。

 求められるまま顔を舐める。こすれ合う胸やお腹が気持ちいい。リズミカルに股間を刺激されて、だんだん心拍数が上がってきた。

「はぁ……お嬢さま……」

 うわ言のように呟く。息が熱い。もう一度舌を絡め合うと、お嬢さまが私の穴の中に指を忍ばせた。

 今までの人生で味わったことのない刺激に、思わず体が震える。

「んっ……」

 気持ち良さ半分、怖さ半分で漏れた声に、お嬢さまが満足そうに頷いた。そういう顔をされるのがとても恥ずかしい。

 中と外を同時に刺激される。体の力を抜いて、お嬢さまに身を委ねる。だんだん、気持ち良くなる方法がわかってきた。

「はぁ、はぁ……。んっ、んん……」

「千夜ちゃん、すごく可愛いわ」

「中、もっと強くしてください」

 感じたままそう要望すると、お嬢さまは意地悪な微笑みを浮かべて指の動きを速くした。快感が背筋から脳へ抜ける。

「あっ……ふぁ……。お嬢さま、お嬢さま……」

「気持ちいい?」

「はい……。もっと強くしてください」

 熱っぽく訴える。お嬢さまは呆れた顔で私の頬に手を当てた。

「乱暴されるのが好きなの? 破れても知らないわよ?」

「破れるって、何がですか?」

「さあね。まあいいわ。千夜ちゃんがそうしてほしいなら、たっぷりいじめてあげる。心苦しいけど」

「したいくせに」

 挑発的に見つめると、お嬢さまはそれを肯定するように不敵に笑って、私の中を強くかき回した。気持ち良さより痛みが走る。けれど、乱暴にされているシチュエーションに胸が高鳴った。最初にムードと言っていたけれど、好き好き言われるよりこの方が嬉しい。

「あっ! あっ……はぁ、はぁ、うぅ……」

 唾液が上手く飲み込めず、口の端から溢れてお嬢さまの白い肌に落ちた。お嬢さまが私の口の中に指を入れて掻き回す。2本の指で舌を挟んで、根元に溜まった唾液をたっぷりすくい上げると、それを首に塗りつけた。

「そろそろ噛んでもいい?」

「はい」

 こくりと頷く。お嬢さまが股間を刺激しながら、首の付け根に歯を当てた。

「お嬢さま。また3日昏睡するとか、ないですよね?」

 念のため確認する。痛みはともかく、前みたいに気を失って、気が付いたら3日も経っていたという事態は避けたい。

 お嬢さまは私の首を舐めながら頷いた。

「大丈夫、加減するから。あれはちょっと野性的だったって反省してる。生への衝動っていうの?」

「私にはまったくわかりません」

 血を飲む必要もなければ、飲みたいと思ったこともない。そもそも生きたいと強く思ったことすらない。

 お嬢さまが尖った歯を突き立てる、果たして本当に、この性的興奮の中では痛みが緩和されるのだろうか。

 肌に歯が食い込む感触がした後、痛みが走った。さらにドリルのように歯を体の中に押し込まれて、私はあまりの痛みに呻きながらお嬢さまに抱き付いた。

「くっ……うぅぅ……」

 筋肉が強張らないようになるべく力を抜こうとするけれど、どう考えても痛くて歯を食い縛る。お嬢さまには申し訳ないが、性的快感はまったく痛みに対して役に立っていない。

 お嬢さまもそれに気が付いたのか、股間から手を離すと、固定するように両手で私の肩を抱いた。

 歯の先端が太い血管に達して、鼓動に合わせて血が体の外に出ていくのがわかる。死を覚悟したあの時と比べると量は少ない。お嬢さまが少しずつ口に溜めて喉に流し込む。

「やっぱり美味しい。どうしよう、毎日でも飲みたい」

「数年は大丈夫というお話でしたが……」

「いつでも飲んでいいって言ったじゃない」

「すごく痛いんですけど……」

 目から涙が零れ落ちて耳の方へ流れていく。お嬢さまの背中に回した手がだんだん痺れてくる。なんだか、とてもゆっくり殺されているような感覚に陥り、私は恐る恐る尋ねた。

「お嬢さま、これ、本当に死なないんですよね?」

 お嬢さまは舌先で私の傷を舐めながら頷いた。

「ええ。傷はすぐに治るわ。死にたくない?」

「お嬢さまのために死ぬのはいいですけど、犬死はしたくありません。私が死んだら、誰がお嬢さまのお食事を用意するのですか?」

「そうね。でも、死なないから大丈夫。だから、もっと抉ってもいい?」

 お嬢さまがすっと目を細めた。まるで獣のような眼光に、私は思わず顔をしかめて拒否するように首を振った。

「加減するというお話でした」

「気が変わった。やっぱりごくごく飲みたい。ちょっとでいいから」

「痛いのは嫌です」

「泣き叫ぶ千夜ちゃんも見たい!」

 まるで血の味を覚えたライオンのように、お嬢さまが私の首に歯を立てて、肉を食い千切るように噛みついた。

 激痛が頭のてっぺんまで駆け上がり、全身が震えて汗が噴き出す。

「いぐあぁ……うううぅぅ……痛い……」

「我慢して」

 反射的に逃げようとする体を押さえつけて、お嬢さまが一切の容赦なく犬歯を突き立てる。体の中で筋や血管が切れる感触がして、私はあまりの痛みに絶叫した。

「痛い痛い痛いっ! あっ、ああああぁぁぁぁああぁぁぁっ! もう無理です! 痛い!」

 反射的にお嬢さまを押しのけようとしたけれど、真上から覆い被さられ、強い力で抱きしめられて動けなかった。思わずお嬢さまの背中に爪を立てて、すぐに離してシーツを掴んで握りしめる。

 血が噴き出すように流れ出て、お嬢さまが美味しそうに喉を鳴らした。

「痛い……痛い……。うっ……うぅ……お嬢さま……」

 だんだん体が痺れてきて、意識が遠のいてきた。いつかその内、本当にそのまま目が覚めないのではないかと不安になる。

「やっぱり美味しい。これまで口にしたあらゆる食べ物より、千夜ちゃんの血が美味しい」

 お嬢さまが恍惚とした顔で、何やら不穏なことを口走る。私はそれに答えられなかった。全身が痺れて喉が開かない。

 意識が闇に落ちる直前、私は本能的に思った。

 こんなことを頻繁にやっていたら、たぶんいつか、死ぬ……。

 

 けれど、今回も死ななかった。

 目を覚ますとベッドにいて、隣でお嬢さまが寝息を立てていた。見慣れない天井。お嬢さまの部屋で寝ているらしい。

 体を起こすと、服を着ていなかった。首の傷は治っていて、少し目眩はするが痛みはない。原理はまったくわからないけれど、それについてはもう考えないことにする。

 私は大きくため息をついてベッドから出た。時計で日付を確認すると、今度は日にちは飛んでいなかった。カーテンを開けると太陽はすでに随分高くにあった。

 光がベッドを照らして、お嬢さまが身じろぎをして目を開ける。ゆっくり体を起こすと、お嬢さまはいつもの寝巻きを着ていた。

 私は思わず赤くなって、胸を隠すように自分の体を抱きしめた。

「どうして私だけ裸なんですか?」

「ああ、おはよう、千夜ちゃん。今回はちゃんと起きたね」

 眠たそうに目をこすって、可愛らしく一度あくびをする。

 周囲に目をやったけれど、私のパジャマはどこにもなかった。服を取りに戻ろうとした私の手を、お嬢さまが勢いよく掴む。

 そのままベッドに引き戻されると、昨夜と同じように背中から抱きしめられた。こつりと肩にあごを乗せて、頬を寄せながらお嬢さまが吐息を漏らす。

「千夜ちゃんが美味しすぎて、私はどうしたらいいかしら」

「わかりませんけど、性的興奮が痛みを軽減しないのはわかりました」

「興奮が足りなかったのかも。すぐにまた試しましょう」

「それについてはまた後で相談させてください」

 冷たく言い放って、お嬢さまの腕から抜け出す。ベッドから降りてドアに駆け寄ると、鋭い声で呼び止められた。

「千夜!」

「はい」

 振り返ると、お嬢さまはなんだかとても不安そうな目で私を見つめていた。そして、か細い声で確認してくる。

「私のこと、嫌いになってないよね?」

「これっぽっちも」

 即答して、私は部屋を出た。

 私がお嬢さまを嫌うなんて有り得ない。でも、そんなに不安になるのなら、しなければいいのに。

 そんな当たり前の理性が全部飛んでしまうほど、私の血は美味しいらしい。

 やっぱり意味がわからない。吸血鬼の末裔とやらではない私には、きっと永遠に理解できないだろう。

 昨夜のことを思い出す。痛みのことは忘れてしまった。覚えているのは、自分の血液が体から抜けていく感覚と、それを嬉しそうに飲むお嬢さまの笑顔。

 さて、これからどうしようか。

 ちょうどアイドル活動を始めた頃から、私とお嬢さまの関係は急激に変化した。どんどん現実離れしながら、私たちはどこに行き着くのだろう。

 ずっと平穏を求めていた。けれど、最近はそんな変化がちょっとだけ楽しみだ。

 

 

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