White Night
あの現実離れした一件からしばらく経った。
あの一件について要約すると、医学的にはまったく異常なしと診断されたお嬢さまが、それでもどんどん弱っていって、とうとう死んでしまうかもしれないというその夜、私はお嬢さまに襲われて、お嬢さまが一命を取り留めたというものだ。
何を言っているのかわからないと思うけれど、私にもわからない。だから現実離れした話なのだ。
とにかくお嬢さまは、数年に一度、人間の血液を口腔から摂取する必要があるらしい。もちろん、日常的には食事などによる栄養補給が必要で、それさえ怠らなければ特別支障なく日常生活を送れるという。
今後のためにも、隠し事なしで事情を話してくれるようお願いすると、お嬢さまは立てた指を唇に当てて艶っぽく笑った。
「私、吸血鬼の末裔なの」
「そういう冗談は要りませんから。何か、血液の病気ですか?」
「そういうことにしてもいいよ」
「例えば医学的に正しい手法で、私の血液を輸血するのではダメですか? 飲まなくてはいけないのなら、医学的に無理のない方法で私の体から血液を採取して、それを飲んでいただくのはいかがですか?」
お嬢さまに血液を提供するのは構わない。むしろ飲んで欲しいとさえ感じるので、あの一件で私は妙な性癖を植え付けられてしまったようだけれど、痛いのは極力避けたい。どうにかならないかと提案すると、お嬢さまは困ったように眉をゆがめた。
「途中で何ものにも触れずに、直接摂取するのが大事なの。どうにかできるものなら、私はとっくに千夜ちゃんに相談してた」
「では、麻酔で眠らせていただくとか」
「薬を混ぜてもダメ。千夜ちゃんがあんまり乗り気じゃないのはわかったわ」
「そんなこと言っていません!」
私は思わず声を荒げて、お嬢さまが弾かれたように目を丸くする。私はすぐに謝って、小さく頭を振った。
「痛くないに越したことはないと思っただけです。欲しくなったら遠慮なく言ってください」
「数年は平気だから」
「不要な我慢です。数年前はどうなさったのですか? 私がお嬢さまに引き取られる前は……」
好奇心というよりは、あくまで事態の解決の参考にと思ってそう尋ねると、お嬢さまは急に険しい顔をして、鋭く目を細めて私を見下ろした。
「過去はどうでもいいでしょう。それは、私たちのこれからに一切関係がない」
聞いたこともない冷たい声に、私は思わず息をのんだ。お嬢さまとは主従関係とはいえ、どこか友達のような感覚があった。喧嘩もしたことがないし、私がたまに生意気なことを言っても、笑って応じてくれていた。
けれど、今の質問は超えてはいけない一線だったらしい。私は背筋が凍りつくような思いで、深く頭を下げた。
「失礼なことをお聞きしました。申し訳ありません」
お嬢さまが座っていた椅子から立ち上がり、ゆっくりこちらに歩いてくる。殴られるのを覚悟して固く目をつむると、お嬢さまは私の前に立って、くすぐるように指先で首を撫でた。
「あなたの血の味が忘れられないわ。罰として今度飲ませなさい」
顔を上げると、お嬢さまはいつもの悪戯っぽい微笑みを浮かべていた。私は安堵のあまり涙が溢れそうになった。
「はい、喜んで」
真っ直ぐ目を見つめてそう告げると、お嬢さまは嬉しそうに笑った。
その数日後の夜、私は一日を終えて部屋でぐったりしていた。あの一件の後、しばらくお休みしていたアイドル活動を復活したのだけれど、今日はそのレッスンでみっちり絞られた。
内容はビジュアルレッスンだった。いかに自分の魅力を相手に伝えるか。表情やポーズ、仕種や言葉の使い方、発言のタイミングや相手との距離、そんな内容を延々とやらされて、精神が崩壊しそうだった。
「千夜ちゃんは可愛いんだから、しっかりそれを表現できるようになりなさい」
お嬢さまがからかうように扇情的なポーズで挑発してきたが、相手をする余裕もなかった。お嬢さまさえ気に入ってくださったら、自分が可愛いかどうかなどどうだっていい。けれど、アイドルである以上、そうも言っていられない。
鏡の前に立って、少しだけ笑ってみる。目を大きく開けて、えくぼを作るように口角を上げる。小首を傾げて、あざとく胸の前で手を合わせると、生きているのすら恥ずかしくなってため息をついた。
これは私には無理だ。何か私らしいアピール方法はないかと真剣に悩んでいると、ドアがノックされた。もちろんお嬢さまだ。この家には私とお嬢さましか住んでいない。
「どうぞ」
私が答えるのとほとんど同時にドアが開かれて、寝巻き姿のお嬢さまが入ってきた。寝巻きといってもネグリジェ的な白のワンピースで、胸元が大きく開いている。とても色っぽい。
「何してたの?」
お嬢さまが笑顔でそう聞きながら、ベッドの端に腰を下ろした。足を組んでポンと隣のスペースを叩く。座れということだろう。
「今日のレッスンの復習をしていました」
嘘はつきたくないので素直にそう答えると、お嬢さまは目を輝かせて身を乗り出した。
「そうなんだ。やってみて。笑って」
「お断りします。完成度が上がったら考えます」
「千夜ちゃんは普通に笑えば可愛いから。もう十分完成してる」
「いつでも自然に笑えるのが大事なのです。長く険しい道のりです」
お嬢さまから少し距離を置いて座ると、お嬢さまは座ったまま移動して私にぴったりくっついた。触れ合う肌の冷たさに背筋が震える。
しばらく無言で次の台詞を待っていたけれど、お嬢さまはじっと床を見つめたまま、何も言わずに足をぶらぶらさせていた。私から何か言った方がいいのだろうか。それとも、何か約束をしていただろうかと思い返して、ふと数日前の会話を思い出した。
もしかしたら、例の「罰」を与えに来たのかもしれない。来てみたものの言い出しにくくて困っているのだとしたら、お嬢さまのためにも私からお願いしてみよう。
しかし、こちらにも心の準備が必要だ。死ぬことはないとわかったとはいえ、肌を破られ肉を裂かれて血を飲まれるのは、とても痛い。怖くないと言えば嘘になる。
息をのんで無意識に拳を握る。空気が緊張する。
私がお嬢さまの目的に気が付いたことを、お嬢さまもわかったのだろう。床を見つめたまま、呟くように言った。
「今日、いい?」
「はい。喜んで」
ちっとも喜んでいない声になってしまったのは、どうか許してほしい。どうにか心を落ち着けるように深呼吸すると、お嬢さまが困ったように眉をひそめた。
「無理はしなくていいよ? 私は、千夜ちゃんが本気で嫌がることはしたくない」
それはわかっている。よく私をからかったり困らせたりするお嬢さまだが、私が本当に嫌なことは絶対にしない。しいて言えばあの一件は本気で抵抗したけれど、あれは命がかかっていたから仕方ない。
私は一度目を閉じて、気持ちを落ち着けるように胸を撫で下ろした。
「大丈夫です。ちょっと痛いのが怖いだけです。確か、私の泣き叫ぶ姿に興奮したんでしたっけ?」
「そうね。でも、なるべく痛くない方法を調べたり考えたりしたよ」
「何かわかりましたか?」
「うん。どうやら、性的な刺激を与えてからだと、あんまり痛くないらしい」
お嬢さまが勝ち誇るようにそう言って、そっと私の太ももに手を置いた。
私は頭の上に3つほど疑問符を浮かべながらお嬢さまを見た。性的刺激というのは、つまりエッチなことという意味だろうか。知識も経験もないのでよくわからないけれど、それを得ることで痛みが緩和されるのはにわかには信じがたい。
「それは何の情報ですか? 医学的な話ですか?」
「千夜ちゃん、医学大好きだね。私に常識的な医学が通じないのは、もうよくわかったでしょ?」
「お嬢さまは知りませんが、私は常識的な医学の通じる身です」
「たぶんあれよ。アドレナリン的なものがいっぱい分泌されて、痛みを感じなくなるのよ。野球選手のデッドボールみたいな?」
「喩えがよくわかりません」
私は困惑して口をへの字に曲げた。拒否するつもりはないけれど、意味のないことはしたくない。お嬢さまがしたいのならともかく、私のためにならしなくて構わない。
そう告げると、お嬢さまは私をベッドの真ん中に座らせて、後ろから抱きしめた。耳元に唇を寄せ、甘い声で囁く。
「私も少し興味があるから、付き合いなさい」
「わかりました。初めてですから、優しくしてください」
淡々とお願いすると、お嬢さまはぷっと噴いて肩を震わせた。
「私も初めてだからわかんないよ。どうしたら気持ち良くなるんだろうね」
そう言いながら、そっと私の胸を撫でる。お嬢さまと比べて明らかに膨らみがなだらかで、面倒なので夜はブラジャーをしていない。布1枚を挟んで、お嬢さまが私の胸をむにむにと揉む。指先で先端を転がすように触るが、くすぐったいだけで性的な刺激は特になかった。
「どう?」
お嬢さまがわくわくした声で聞いてくる。私は静かに首を振った。
「特に何も」
「おかしいなぁ。脱いでみようか。どうせ血をもらう時に邪魔だし」
そう言いながら、お嬢さまが自分の寝巻きを豪快に脱いだ。脱がせてもらえるかと思ったら、そうではないらしい。私も裸になると、ベッドの上で横になった。部屋が明るいので、なんだか恥ずかしい。
お嬢さまが私の傍らに座って、仰向けで寝ている私の体をまじまじと見つめた。それから添い寝をするように隣に寝転がり、胸やお腹を柔らかく撫でる。
「こういうのは、ムードが大事なのかも。千夜ちゃん、大好き」
「そうですか。それはありがとうございます」
「全然ムードが出ないなぁ」
お嬢さまが片手を伸ばしたので、枕にするように頭を乗せた。抱き寄せられて、唇を重ねる。目を閉じて舌を絡めていると、少しだけ気持ち良くなってきた。
お嬢さまが背中を撫でる。ふと私の古い傷痕に触れて、指先でなぞった。お嬢さまに引き取られるきっかけになった、あの忌まわしい炎がつけた火傷の痕だ。
「それ、お嬢さまの力で消せませんか?」
舌を絡めたまま聞いてみると、お嬢さまはその手をお尻の方に滑らせながら言った。
「前にも言ったけど、私がつけたものじゃない傷は治せない。しかも、古いものだしね」
「そうですか。まあ、見えないからいいですけど」
大きな傷でもないし、言うほど気にしていない。あの記憶は消したいけれど、忘れたくないものもある。この傷は残っていた方がいいのかもしれない。
お嬢さまがお尻をねっとりと撫で回す。誰かにそういうことをされた経験がないのでなんとも言えないが、気持ちいいというよりむしろ、気持ち悪い。
昔嫌いだった食べ物が味覚の変化で好きになるように、だんだんこれが気持ち良くなるのだろうか。それとも、私は何か人として大切な感覚が欠落しているのだろうか。
お嬢さまの体が火照ってきて、触れ合う肌が汗ばんできた。首筋に舌を這わせながら、お嬢さまが私の太ももの間に手を入れる。
「なんか、気持ち良くなってきた。千夜ちゃんは?」
お嬢さまがうっとりした口調でそう言って、私は言葉に詰まった。気持ち良くないことはないけれど、それが性的なものなのかはわからない。想像したものとは違うけれど、一応女性的な快感を得ているのだろうか。
確認するように尋ねると、お嬢さまは「知らないわよ」と突き放しながら、私の手を自分の股間に導いた。初めて触れるそこは粘性の液体で湿っていて、指先を動かすとぬるりと食用油のような感触がした。
お嬢さまが同じように私の股を指先でいじる。濡れている感じがなかったので、どうしたらお嬢さまと同じようになるか考え始めたら、だんだん脳が覚醒してきた。
方向性が間違っている。動物的な行為をしているのに、どんどん理性的になってしまうのは性格だろうか。それとも、無意識に性的な行為を拒んでしまっているのだろうか。
お嬢さまが首筋から顎にかけて舐め上げて、そ感触に背筋が震えた。
「千夜ちゃん、美味しい。噛みたい」
「いいですよ」
「まだダメ。全然気持ち良さそうじゃないし」
お嬢さまが一度自分の液体を指に絡ませてから、それを塗り付けるように私の股間の前の方に触れた。
目を閉じて両手をお嬢さまの背中に回す。全身でお嬢さまの体温と香りと息づかいを感じていると、だんだん頭がぼーっとしてきた。すべすべした太ももがこすれ合うのも気持ちがいい。
「千夜ちゃん、少し濡れてきた」
お嬢さまが嬉しそうに囁く。私は恥ずかしくなって顔を伏せた。小学生の時に初めて生理が来た時を思い出す。あの時も母親が喜んでくれたが、私はとても恥ずかしかった。もしかしたら、私は自分の動物的な体の反応が苦手なのかもしれない。
けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。お嬢さまが私の動物性を解き放てと言うのなら、私はそうしたいし、そうしなくてはいけない。
お嬢さまの背骨をなぞるように指を滑らせながら、頬に舌を這わせてみた。途端に自分の唾液の匂いが鼻をついて失敗したと思ったが、お嬢さまは興奮したように私の髪をくしゃっと撫でて、もっとしろと言わんばかりに私の顔を引き寄せた。
求められるまま顔を舐める。こすれ合う胸やお腹が気持ちいい。リズミカルに股間を刺激されて、だんだん心拍数が上がってきた。
「はぁ……お嬢さま……」
うわ言のように呟く。息が熱い。もう一度舌を絡め合うと、お嬢さまが私の穴の中に指を忍ばせた。
今までの人生で味わったことのない刺激に、思わず体が震える。
「んっ……」
気持ち良さ半分、怖さ半分で漏れた声に、お嬢さまが満足そうに頷いた。そういう顔をされるのがとても恥ずかしい。
中と外を同時に刺激される。体の力を抜いて、お嬢さまに身を委ねる。だんだん、気持ち良くなる方法がわかってきた。
「はぁ、はぁ……。んっ、んん……」
「千夜ちゃん、すごく可愛いわ」
「中、もっと強くしてください」
感じたままそう要望すると、お嬢さまは意地悪な微笑みを浮かべて指の動きを速くした。快感が背筋から脳へ抜ける。
「あっ……ふぁ……。お嬢さま、お嬢さま……」
「気持ちいい?」
「はい……。もっと強くしてください」
熱っぽく訴える。お嬢さまは呆れた顔で私の頬に手を当てた。
「乱暴されるのが好きなの? 破れても知らないわよ?」
「破れるって、何がですか?」
「さあね。まあいいわ。千夜ちゃんがそうしてほしいなら、たっぷりいじめてあげる。心苦しいけど」
「したいくせに」
挑発的に見つめると、お嬢さまはそれを肯定するように不敵に笑って、私の中を強くかき回した。気持ち良さより痛みが走る。けれど、乱暴にされているシチュエーションに胸が高鳴った。最初にムードと言っていたけれど、好き好き言われるよりこの方が嬉しい。
「あっ! あっ……はぁ、はぁ、うぅ……」
唾液が上手く飲み込めず、口の端から溢れてお嬢さまの白い肌に落ちた。お嬢さまが私の口の中に指を入れて掻き回す。2本の指で舌を挟んで、根元に溜まった唾液をたっぷりすくい上げると、それを首に塗りつけた。
「そろそろ噛んでもいい?」
「はい」
こくりと頷く。お嬢さまが股間を刺激しながら、首の付け根に歯を当てた。
「お嬢さま。また3日昏睡するとか、ないですよね?」
念のため確認する。痛みはともかく、前みたいに気を失って、気が付いたら3日も経っていたという事態は避けたい。
お嬢さまは私の首を舐めながら頷いた。
「大丈夫、加減するから。あれはちょっと野性的だったって反省してる。生への衝動っていうの?」
「私にはまったくわかりません」
血を飲む必要もなければ、飲みたいと思ったこともない。そもそも生きたいと強く思ったことすらない。
お嬢さまが尖った歯を突き立てる、果たして本当に、この性的興奮の中では痛みが緩和されるのだろうか。
肌に歯が食い込む感触がした後、痛みが走った。さらにドリルのように歯を体の中に押し込まれて、私はあまりの痛みに呻きながらお嬢さまに抱き付いた。
「くっ……うぅぅ……」
筋肉が強張らないようになるべく力を抜こうとするけれど、どう考えても痛くて歯を食い縛る。お嬢さまには申し訳ないが、性的快感はまったく痛みに対して役に立っていない。
お嬢さまもそれに気が付いたのか、股間から手を離すと、固定するように両手で私の肩を抱いた。
歯の先端が太い血管に達して、鼓動に合わせて血が体の外に出ていくのがわかる。死を覚悟したあの時と比べると量は少ない。お嬢さまが少しずつ口に溜めて喉に流し込む。
「やっぱり美味しい。どうしよう、毎日でも飲みたい」
「数年は大丈夫というお話でしたが……」
「いつでも飲んでいいって言ったじゃない」
「すごく痛いんですけど……」
目から涙が零れ落ちて耳の方へ流れていく。お嬢さまの背中に回した手がだんだん痺れてくる。なんだか、とてもゆっくり殺されているような感覚に陥り、私は恐る恐る尋ねた。
「お嬢さま、これ、本当に死なないんですよね?」
お嬢さまは舌先で私の傷を舐めながら頷いた。
「ええ。傷はすぐに治るわ。死にたくない?」
「お嬢さまのために死ぬのはいいですけど、犬死はしたくありません。私が死んだら、誰がお嬢さまのお食事を用意するのですか?」
「そうね。でも、死なないから大丈夫。だから、もっと抉ってもいい?」
お嬢さまがすっと目を細めた。まるで獣のような眼光に、私は思わず顔をしかめて拒否するように首を振った。
「加減するというお話でした」
「気が変わった。やっぱりごくごく飲みたい。ちょっとでいいから」
「痛いのは嫌です」
「泣き叫ぶ千夜ちゃんも見たい!」
まるで血の味を覚えたライオンのように、お嬢さまが私の首に歯を立てて、肉を食い千切るように噛みついた。
激痛が頭のてっぺんまで駆け上がり、全身が震えて汗が噴き出す。
「いぐあぁ……うううぅぅ……痛い……」
「我慢して」
反射的に逃げようとする体を押さえつけて、お嬢さまが一切の容赦なく犬歯を突き立てる。体の中で筋や血管が切れる感触がして、私はあまりの痛みに絶叫した。
「痛い痛い痛いっ! あっ、ああああぁぁぁぁああぁぁぁっ! もう無理です! 痛い!」
反射的にお嬢さまを押しのけようとしたけれど、真上から覆い被さられ、強い力で抱きしめられて動けなかった。思わずお嬢さまの背中に爪を立てて、すぐに離してシーツを掴んで握りしめる。
血が噴き出すように流れ出て、お嬢さまが美味しそうに喉を鳴らした。
「痛い……痛い……。うっ……うぅ……お嬢さま……」
だんだん体が痺れてきて、意識が遠のいてきた。いつかその内、本当にそのまま目が覚めないのではないかと不安になる。
「やっぱり美味しい。これまで口にしたあらゆる食べ物より、千夜ちゃんの血が美味しい」
お嬢さまが恍惚とした顔で、何やら不穏なことを口走る。私はそれに答えられなかった。全身が痺れて喉が開かない。
意識が闇に落ちる直前、私は本能的に思った。
こんなことを頻繁にやっていたら、たぶんいつか、死ぬ……。
けれど、今回も死ななかった。
目を覚ますとベッドにいて、隣でお嬢さまが寝息を立てていた。見慣れない天井。お嬢さまの部屋で寝ているらしい。
体を起こすと、服を着ていなかった。首の傷は治っていて、少し目眩はするが痛みはない。原理はまったくわからないけれど、それについてはもう考えないことにする。
私は大きくため息をついてベッドから出た。時計で日付を確認すると、今度は日にちは飛んでいなかった。カーテンを開けると太陽はすでに随分高くにあった。
光がベッドを照らして、お嬢さまが身じろぎをして目を開ける。ゆっくり体を起こすと、お嬢さまはいつもの寝巻きを着ていた。
私は思わず赤くなって、胸を隠すように自分の体を抱きしめた。
「どうして私だけ裸なんですか?」
「ああ、おはよう、千夜ちゃん。今回はちゃんと起きたね」
眠たそうに目をこすって、可愛らしく一度あくびをする。
周囲に目をやったけれど、私のパジャマはどこにもなかった。服を取りに戻ろうとした私の手を、お嬢さまが勢いよく掴む。
そのままベッドに引き戻されると、昨夜と同じように背中から抱きしめられた。こつりと肩にあごを乗せて、頬を寄せながらお嬢さまが吐息を漏らす。
「千夜ちゃんが美味しすぎて、私はどうしたらいいかしら」
「わかりませんけど、性的興奮が痛みを軽減しないのはわかりました」
「興奮が足りなかったのかも。すぐにまた試しましょう」
「それについてはまた後で相談させてください」
冷たく言い放って、お嬢さまの腕から抜け出す。ベッドから降りてドアに駆け寄ると、鋭い声で呼び止められた。
「千夜!」
「はい」
振り返ると、お嬢さまはなんだかとても不安そうな目で私を見つめていた。そして、か細い声で確認してくる。
「私のこと、嫌いになってないよね?」
「これっぽっちも」
即答して、私は部屋を出た。
私がお嬢さまを嫌うなんて有り得ない。でも、そんなに不安になるのなら、しなければいいのに。
そんな当たり前の理性が全部飛んでしまうほど、私の血は美味しいらしい。
やっぱり意味がわからない。吸血鬼の末裔とやらではない私には、きっと永遠に理解できないだろう。
昨夜のことを思い出す。痛みのことは忘れてしまった。覚えているのは、自分の血液が体から抜けていく感覚と、それを嬉しそうに飲むお嬢さまの笑顔。
さて、これからどうしようか。
ちょうどアイドル活動を始めた頃から、私とお嬢さまの関係は急激に変化した。どんどん現実離れしながら、私たちはどこに行き着くのだろう。
ずっと平穏を求めていた。けれど、最近はそんな変化がちょっとだけ楽しみだ。