あれから、紆余曲折を経て――
「ん~? こんな朝っぱらからどっか行くのか?」
「ええ、最近ジョギングを始めてみまして」
ここは、有限会社K&Aプランニングという――一応、出版事務所、だと思っている。とはいえ、バーを居抜きした事務所の通路は狭く、巨大なカウンターの存在感が実に物々しい。そして、ソファをベッド代わりにしてまどろんでいるのは、社長の須賀さんだ。
「健康的だねぇ……ま、俺はもうひと眠りすっけどな」
毎晩夜遅くまで仕事とか仕事じゃないこととかをしているようで、朝は起きてこないことが多い。もう一人、社長とその……ごにょごにょ、な関係の女の人も同居しているのだけれど、今日は朝から出かけているようだ。というより、昨日の晩から帰っていないだけなのだろう。そして、僕もここで寝泊まりさせてもらっており、いわば職場兼住居といったところか。
さて。
特に疑われることなく、僕は事務所の玄関を出る。半地下から覗く空は、今日も暗い。だけど、僕の気持ちは――本来、晴れていてはならない、と思っている。なのに……あぁ、どうしても胸の鼓動を抑えることができない。
ジョギングなんて建前だ。本当に走る必要なんてないけれど、僕の心が先を急かす。邪な期待に背中を押され、僕はいつものコースを駆け抜けていた。
そして、上り坂へと差し掛かる。道路の左側は崖になっており、フェンスの向こう側は見晴らしがいい。その下に伸びているのは引っ掻いたように走る幾重もの線路。こんな時間から絶え間なく、前へ後ろへと乗客を運んでいるのだろう。
僕がこのルートを選んでいるのは、この景色を眺めるため――などでは決してない。ただ、そう定められているだけで。
その、定めた本人は――一昨日はいなかった。そして、昨日も。いないとわかったとき、僕の胸は深く沈み込む。それは、この空を覆う雨雲のように。けれど、どこかほっとしている自分もいる。顔を合わせてしまったら――未だに僕は、どうしていいのかわからないから。
それでも雲の切れ間から覗く眩しさを、つい僕は探してしまうのだろう。
なので。
坂の頂き――こんな早朝の路上で意味深に立ち止まっている怪しげな人影。俯きがちに、ゆったりと金網に寄りかかっている。そこに誰かが存在しているだけで、僕の足は知らず知らずのうちに速まっていくようだ。その誰かを確かめるために。そして、僕が思い描いている相手だと期待して。
その人影が少しずつ大きくなるにつれて、僕の鼓動も激しくなってくる。白いノースリーブのパーカー。そこにかかる長い二本の束髪。そして――彼女も、僕に気づいて顔を上げた。
彼女は――ハルカさん、カッコ、仮名。もしくは、芸名。職業は、フリーター。兼業で――AV女優。
そして――僕の、
しかし、出会いのきっかけがあまりに無惨であったため、僕には笑顔を向ける資格すらない。ただ歩調を緩め、そっといつもの封筒を差し出した。ハルカさんが受け取ってくれたのを確認すると、そのまま静かにその前を通り過ぎようとする。
だが、そのとき――
「来週の木曜日、デート」
その呟きに、僕の足がピタリと止まる。頬を緩めてはいけない。だけど――
「ナニをニヤけてんの。……やらし」
胸の鼓動は自覚している。それに伴う、下腹部の変化も。これでは、女のコからの侮蔑を否定することはできない。ゆえに、僕は話を急かす。
「場所と時間は?」
「四時に池袋北口。着いたら案内する」
これで、連絡事項はすべてだ。これ以上話すことは何もない、と言いたげに、ハルカさんは僕が来た道へと足を向ける。だから僕も――いつものランニングを再開することにした。邂逅したばかりの彼女に背を向けて。
喜んではいけない。喜んではいけないのに……きっと僕の顔は、気持ちの悪い悦びに満ちあふれていることだろう。当日までの、禁欲生活さえ不安を感じないほどに。
それを“デート”と僕らは呼ぶ。しかし、その実態はどこまでも素っ気ない。
素っ気なく、しなくてはならない。
だから。
気取ったり、特別な服を用意したり――そのようなことはなく、普段着で。本当は朝起きてすぐにでも飛び出したいくらいだったけれど、自分を抑えて待ち合わせの三〇分前に着くように。
昼食の後片付けを終えたところで、僕は須賀さんに一声かける。
「ちょっと出かけてきます。夕飯頃には帰ってきますので」
「あー、俺は外で食ってくるだろーから、お前は適当になー」
「はい」
平静を装うだけで必死だ。なので。
「なぁ帆高、決まってる予定があるんなら、先に言っておけよー」
「えっ!?」
いままさに履こうとしていた靴が、踵の方にポンと飛ぶ。
「お前、昨日から浮ついてたろ。今日の分の仕事まで、昨日のうちに済ませてさ」
「は……ははは……ええ、今度また、予定があるときは」
須賀さんが鋭いという可能性もあるけれど――結局のところ、僕は昨日からまったく気持ちを抑えきれていなかったらしい。
ともかく、僕は電車で待ち合わせの場所へと向かっている。女のコを待たせるわけにはいかないが、あまり早くに来ていることがバレれば、きっと気味悪がられることだろう。だから、そのギリギリのところで。
賑やかな家電量販店が立ち並んでいるのは線路の反対側。僕らが落ち合う北向きの出口は、この空のように暗く、じめっとしている。きっと、僕の淫らな欲望も。
だから、どうしても駅の地下道の方が気になってしまう。地上から階段下を眺めるように、一人ひとりの顔を確認していた。そんなに早く来るわけはないのだけど。まだ、あと二五分以上もある。
ゆえに、僕
「…………っ!」
目下の曲がり角から階段を目指して顔を出した彼女は、ひと目で僕を視認する。そして、一瞬ビクリと足を止めた。僕もまた、まさかこんな時間に逢えるとは思わず、迂闊にもその顔に見入ってしまう。グレーのスウェットに、赤いスカート。手荷物は、小さな鞄ひとつ。彼女もまた、デートというより普段着だ。耳の下で束ねられた髪も普段どおりなのだけど、これはとてもよく似合っていると思う。
きっと今日も、この下心を非難されてしまうに違いない。いまからでは遅いかもしれないけれど、僕は顔の筋肉を引き締める。下から睨みつけてくる女のコが階段を上る足取りは、どことなくぎこちない。
そして、僕の前に立つなり……案の定か。
でも。
「……いつから待ってたのよ」
彼女自身も、時間ピッタリの到着とは言えない。だから、僕は正直に答える。
「いま来たところだよ」
それを聞いたハルカさんの口元は、蔑むように厭らしい。
「なにそれ。キザにキメてみたつもりなの?」
本当に数分前に来たばかりなのにな。とはいえ、軽い挨拶のようなものであり、本気で疑っていることもないのだろう。ふいと僕から顔を逸らすと、ひとりで目的地へと歩き始めた。その後ろをつかず離れず……というのもストーカーのようなので、僕も自然にその隣へ。
きっと着くまで黙ったままなのだろうな、と思っていたけれど、意外なことに彼女の方から口を開く。
「ねぇ、男の考えってよくわからないんだけど……」
赤信号を待っているのが僕らだけだったからかもしれない。周囲に気を遣った上で、女のコはその単語を口にする。
「……女子に、おちんぽとかおまんことか言わせて、楽しいの?」
「え……っ」
彼女から声をかけてくれたことで、ちょっと心に隙ができていたのかもしれない。上昇していく僕の血圧は隠すことなどできず、その反応をもって、ハルカさんは答えとしたようだ。
「やっぱアホだわ、男って」
信号もまた、赤から青へ。すっかり冷めきった僕らは車道へと踏み出していく。そして、渡りきった先には細い路地。ここからは本当に、ふたりきりだ。
「……はぁ、所詮は喋るだけ、と思って油断してたわ」
ハルカさんは、気怠そうにため息をつく。
「その単語を口にするたび……女として、大切なものを失っている気がする……」
「な、なら――」
そう言いかけて、僕は口を噤んだ。嫌なら言わなければいい――そんな理屈は通らないのだろう。好きとか嫌いとかではなく、それは約束であり、仕事のうちなのだから。
そして、これから僕らはそれに臨む。
「あの、茶色のビルよ」
「は、はい……」
休憩と宿泊の価格表示の掲げられたその建物は、ひと月前に訪れたところと同種のものだ。そこに今度は、自らの意思で……。とはいえ、彼女に戸惑う様子がないのはせめてもの救いか。女のコの背を追うように、僕もまた、暗いエントランスへと続いていく。
そして、受付も手短に。
「木村がお世話になってます」
そんなハルカさんの一言だけで、何も訊かれず鍵が渡された。まるで、それが当然のことのように。僕らが、ここですることさえも。
部屋の番号は鍵に記されている。だから迷うことなく、彼女はそこの扉を開いた。中に明かりは灯っておらず、そして――誰も、いない……? 僕らは仕事でここに来たはずなのに、どうして……?
「ハルカさん、あの男たちは?」
彼女が部屋の照明をつけると、そこはやはり似たような雰囲気だった。さすがにガラス張りの浴室はなかったけれど、大きなベッドとテレビは似たようなものである。
だが、そのふたり分の寝台に腰を掛けることはない。彼女が真っ先に向かったのは……洗面所?
「五時に来るわよ。それはともかく、歯を磨いて」
「歯ぁ?」
突拍子もない指示に、僕はこのタイムラグさえ忘れそうになってしまった。どうして一時間も前に、僕とふたりだけで……?
僕の目は、真意を求めて前のめりになっていたのかもしれない。そこから逃げるように視線を落としたハルカさんは気まずそうに、ぼそっと呟く。
「今日はね……キスもしろ、って言われてるのよ」
僕はこれまで、本気で歯を磨いたことなどなかったのかもしれない。歯茎から細かな隙間まで抜かりなく。それは、並んで磨いていたハルカさんが呆れるほどに。
ともかく、彼女曰く――はじめてのキスが、カメラの前でいいの? と。僕だって、それでいいわけがない。
「だからこれは、リハーサルとでも思っておいて」
こうして、僕らはベッドルームへと戻ってきた。もちろん、服は着ている。向かい合って立ち、ハルカさんは、目を閉じた。
そして、僕の不甲斐なさを見越して釘を刺す。
「君がここで逃げても――」
「わ……わかってる」
結局は、カメラの前で唇を交わさなくてはならない。それが初めてなのか、二回目なのかの違いはあれども。
少なくとも、彼女に逃げる素振りはない。静かに、ツンと僕を待っている。
僕らはつき合っているけれど……それは、あくまで形だけ。なのに、こんなことをしてしまっていいのだろうか。ハルカさんが可愛らしければ可愛らしいほど、罪悪感も大きくなってくる。
けれど。
彼女の言うとおり、これを避けることはできない。ならば――!
僕もまた震える心臓を奮い立たせて、彼女の肩を両手で抱く。少しずつ顔を近づけていけば、女のコの熱と鼓動が伝わってくるようだ。でも、これ以上近づくと――
「……意気地なし」
その悪態にハッとして、僕は思わず目を開く。彼女はそのままそこにいた。けれど、その顔つきには不愉快さが滲んでいる。
そして今度ははっきりと、唇が言葉を刻んで形を変えた。
「私に恥を掻かせる気?
女のコの方から発破をかけられたことで、僕の中から迷いが消えていく。彼女が、彼女を捨てたように、僕も、僕を捨てなくてはならない。彼女が望む僕ならば、こんなところで遠慮せず――
――むに。
や……やってしまった……!
僕の唇には、疑いようもなく柔らかな感触が押し当てられている。
それはとても温かく、先程の厳しい叱咤が嘘のように優しい。
息を止められる限りずっとこうしていたかったけれど……お互い、そろそろ限界か。
顔を離して、目蓋を開く。薄暗い室内だからこそ、潤んだ瞳が美しい。
恥ずかしすぎて見つめ合うことなどできず、僕たちは言葉を失っていた。
これが、僕らの……ファーストキス……
本当にこれで良かったのか――それは、わからないけれど、最善を尽くしたはずだ。
なのに。
「……これで、キスのつもり?」
「え?」
これがキスでなければ何なんだ? 驚いて視線を戻すと、彼女はどこか楽しげに見える。
「君ってさ、えっちな動画とか見たことないの?」
「そっ、そんなこと……」
ないことは……ないけど……ただ……うぅ……
戸惑う僕をからかうように、ハルカさんの顔がずいと近づく。そして――
「AVのキスっていえば……」
「…………っ!?」
目蓋が閉じられた後は一瞬だった。スッとさらに距離は縮み、再び唇は繋がり合っている。
けれど……
「ん、ん、ん……んん……っ!?」
これ、これって……舌か……!? ハルカさんの舌が、僕の口の中で……僕の舌を……!
「ふ、ふぅ……ん……んふぅ……」
顔ごとぐいぐいと唇をねじ込むように。中はまるで暴風雨だ。柔らかな舌使いに蹂躙されて、僕の腰がグラグラと揺れ始める。しかし、倒れることを許さないよう、ハルカさんの両腕が僕の背中へと回されている。こんなに押し付けられたら、胸の柔らかさからも逃げられない。
こんなの……これが……本当の……キス、なのか……?
鼻から、口の端からも呼吸が漏れている。だから、どこまでも終わりがないように思えた。けれど、ハルカさんは唇を離す。そこから漏れる息は荒い。どうやらこれは、お互い疲れることのようだ。
「……ふ、あぁ……と、まあ……うん」
大きく息を吐いて、彼女はベッドにお尻を落とす。僕もそれに倣って、すぐ隣に座り込んだ。
「撮影では、このくらい求められるから覚悟しておいてね」
「う、うん……」
本当はすぐにでも横になりたい。けれど、話は終わっていないから。
「やれやれ、リハっといて良かったかも。下手したら撮り直しになってたわ」
「ご、ごめん……」
もしかすると、僕より彼女の方が、その……えっちな動画に慣れているのかもしれない。撮影は二度目だったとしても、観る側としては。そりゃ、自分がどんなことをさせられるのか、予習くらいしていて当然だけど。
「じゃ、今度は舌を出して」
横からはにかんで、ハルカさんは僕に言う。突拍子もないことだけど……あの直後だから、もう驚かない。
「こういうのも、やるからね」
彼女もまた、同じように舌を突き出す。そして今度は……口の外で。舌の先同士をチロチロと舐め合うのはまるでハイタッチのようだ。けれど、触れ合わせているのは互いに敏感な場所。これにはどこまでも惹き寄せられてしまう。
「ふぅ、ふぅ……はぅ……」
目を閉じたハルカさんは、まるで眠っているように可愛らしい。けれど、その舌はどこまでも激しく。舌を絡めながら、再び唇を合わせた。中で改めて揉み合うと、さっきのように顔を離す。けれど、舌だけは離れずに。むしろ、離れたくなくて僕の方から求めてるのかもしれない。だとしても、やっぱりもっと欲しいから。二度目の唇を、僕は嬉々として受け入れる。
舌と舌による触診のような絡み合いを経て、ようやく僕らは落ち着いた。こんなことを考えるのは傲慢――というか、ただ気持ちの悪い男なのかもしれないけれど――僕は、ハルカさんの口の中のすべてを知り尽くしてしまったのかもしれない。そして、ハルカさんも、僕の口の中を。
高鳴った胸は未だ収まることなく、呼吸が静まることはない。それでも――これは、あくまでリハーサルだと思い知らされる。
「ねぇ……
確かに、その展開の方がやはり自然か。何しろ僕は、
とはいえ、そのような事情はさておき。
本当に、キスって不思議だ。胸やお尻のような強い扇情性はないけれど、いまの僕は、ただ――ハルカさんが欲しい。だから、そのように誘惑されてしまうと――
「ほら、脱がしやすいよう、わかりやすい服にしてきたから」
――理性が保てなくなってくる――!
結局、あとで裸になるのだから――ここで抑える理由がどうやっても思いつかない。僕は燃え上がる欲望のままに、ハルカさんのスウェットの裾に手をかける。これに、彼女は何も言わない。横からなので少し脱がしづらいけれど……捲っていくと、自ら腕を上げてくれる。胸の下着は、とても彼女に似合って見えた。胸を丸く強調するというより、ゆったりと柔らかな生地が包み込んでいる。淡い桃色のストライプがとても可愛い。けれど、もっと可愛いところがこの中に隠されていることを、僕は知っている。
それに手をかけようとしたところで――
「はい、ストップ」
ハルカさんによって制されてしまった。
「ブラを
「あ、うん……はい……」
そう、これはリハーサルなのだ。AVを撮影するための。とはいえ……こんな可愛いハルカさんを目の前にして我慢するのは少しつらい……!
そんな僕の様子に、むしろ彼女は満足そうだ。
「うんうん、そういうキャラであって欲しいんだよ。ムラムラを溜め込んだスケベ男ー、って感じで」
決して褒めているわけではないのだろう。ただ、僕らを取り巻く設定として都合がいいだけで。だから、ハルカさんもそれに合わせる。
「じゃあ……いいよ」
恥ずかしそうに目を伏せながら、彼女は再び腕を上げた。今度は、肩の高さまで。これは、外したストラップを滑らせていくためのもの。女のコの方から、脱がされることを待っている。
僕にも躊躇がないこともない。けれど、それ以上に――歯止めが効かなくなっている。だってあんなに深くまでキスを交わし続けてきたのだから。
そして――ついに、女のコのふたつの膨らみが剥き出される。彼女のそこは、初めて見るところではない。けれど、いつ見ても綺麗だ。女のコから取り上げた下着をベッドに置くと、僕はすぐさまハルカさんの身体に手をかける。言われるまでもなく、そこにカメラがあるという前提で。前提ではあるけれど、実際にはない。だから、より大胆になってしまう。手だけでは収まりきらず、ぐいと鼻先を近づけて……!
「や、あ、あぁん……。そんなトコ舐めて……美味しいの……?」
さっき舌で舐め合っていたように、今度は彼女の乳首とついばむ。
「はい……可愛くて……美味しい……れふ……」
なんて間抜けな格好だろうか。横から上半裸の女のコにしがみついて、おっぱいに吸いついてるなんて。だけど、僕の心がそれを求めている。きっと、カメラの前でもこんな恥ずかしいことをするのだろうけれど……せめて、いまだけはふたりきりでいさせて欲しい。
こんな情けない僕を、ハルカさんはそっと抱きしめてくれる。けれど、撮影のことは忘れずに。
「ほら、君も脱ぐのを忘れないでね」
女のコは男に脱がされるけれど、男は自分で脱ぐ必要がある。なので、唇は胸から放さず、もぞもぞとシャツをたくし上げて……これは、ハルカさんを抱きしめる前に脱いでおくべきだな、と僕もまた撮影のことを考えていた。
そして、一旦水を差されたことで、リハーサルも次の段階へ。
「じゃ、下も……ね?」
「うん……」
今回も下着で一旦止めるんだろうな。本当は中のパンツごと一気に求めたいところではあるのだけど、腰のホックを外したら、まずはこれだけ。お尻を浮かせてくれているので、僕はその下を引っ張っていく。勢いのままに、赤い生地はストンと落ちた。
「んー……ブラ取る前に、スカートが先だったかも」
ハルカさんが残念そうなのは、ちゃんと上と合わせてきたからだろう。ベッドに放置されたブラと同じように、縞模様は淡いピンク色。
「そうだね。揃ってるところは、きっと可愛かったろうから」
思わず漏らしてしまった正直な感想に、ハルカさんは――幸い、悪い気はしなかったらしい。ただ、イタズラっぽく笑って。
「なら、着け直す?」
「えっ!?」
僕のわかりやすい反応に、ハルカさんは、ぷっと吹き出す。下着姿のハルカさんは可愛いとは思うけれど……やっぱり見たいのは、その中身だから。
それ以上は焦らすことなく、女のコは自ら立ち上がる。そして、僕はその足元に跪き――下着の両側に手をかけた。けれど、ついにその上が気になってしまう。
「……何?」
僕が焦らされていたように、彼女もまた、焦らされていたようだ。決して僕にそのようなつもりはなく――ただ、これが最後の一枚なんだなぁ、と見上げてしまっただけで。胸の膨らみには何もかぶせられておらず、剥き出しになっている。ほんのりと温かく色づいたところと、そこに息づく愛らしい蕾まで。そして、これからハルカさんの女のコまでをも露にしようとしている。僕、自らの手で。
さっきの濃厚なキスによって、驚くほど僕は恥知らずになっている。約束だから、とか、設定だから、とか、そういう事情よりも、ただ、僕は、そこを見たい。
だから、少しだけ下ろしたところで、つい――
「ねぇ、そこで止める必要はないんだけど」
「あ、あぁ……そうだね」
こんなに間近で見るのは初めてのことだったから。毛に隠れているけれど、女のコの割れ目は確かにある。僕の手によって外側が剥がされたことで、初めての香りが鼻の中に充満していた。これはきっと、股布との間に糸を引いているものの匂いなのだろう。続きを急かそうとしているハルカさんも、これに気づいているに違いない。
「パンツは、早めに見せておかないとね」
その内側がこんなことになる前に、ということか。僕にとってそこは、こじ開けたくなるほど気になるところではある。けれど、女のコを無駄に辱める必要もない。そのようなプレイを“約束”しているのならともかく。
スカートと同じく足元まで生地を下してゆき、今度は僕もさり気なく自分のズボンを抜いておいた。これで、ふたりとも……全裸である。
なれば、リハーサルの最後は当然――
「今回は正常位と騎乗位だって。できる?」
「に、二回……?」
体位自体は、動画でも観たことある。けれど――
「とりあえず……えーと、そのー……」
ハルカさんは恥ずかしそうにもじもじと、喉から出かかっている言葉を吟味している。女としての、大切なものを守るために。
「はっ、入る状態にさえなってくれれば、出すモノのは……そのー……作り物を用意してあるって……」
「そ、そうなんだ……」
作り物と聞いて、僕はほっとする。それなら、僕さえ耐えきれれば、最悪の事態にはならないはずだ。
と、思っていたが、そういうことでもないらしい。
「多分、私が上になってるときの方が入れにくいから……先にそっちで出してくれる? 次の正常位では、偽物使うから」
「えっ、そっちで出して、って……えぇ……っ!?」
僕の気遣いは何だったんだ!?
「ん? もしかして……二回とも出せるの?」
妙な自信と受け止められて、僕は慌てて訂正する。
「いやいや! 半分だけ出して止めるとかできないから……!」
けれども、二回目が空打ちでは視聴者が満足しない。
「でしょ? ……でも、そう考えると……男の人から見ても嘘だってバレてるわけなのに……いいのかしらね?」
「わからないけど……ある程度は作り物だってわかってるし……」
観る側に立ってみると、案外気にしないもんなんだなぁ。
「ある程度どころか、全部作り物よ」
ハルカさんは不満そうに横を向く。けれど……女のコの身体は作り物ではない。それだけでも、男は満足できるのだろう。
「じゃ、体勢の確認。……ゆっとくけど、本気で腰振ったり、間違っても本番までに出さないでよ?」
「は、はい……」
まずは、騎乗位から。僕は横に寝かされて、その上にハルカさんがゆっくりと跨ってくる。もちろん、本当につながることない。お尻の方へと逸らされている。
「んしょ、っと。もう少し斜めに寝てもらった方がいいかもね」
ベッドの外へと身体を捻り、カメラを意識した目つきになっている。だから僕は、頭を奥の方へ動かしてみた。しかし。
「何やってんの。逆よ、逆」
「え、それだと……見えちゃう……」
「見せるのよ! 撮影なんだから。君自身が観るとして、背中ばっかり映ってたらどう思う?」
「……ごめんなさい」
女のコが自ら恥ずかしいところを開かすことに、僕はどうしても慣れていない。いまもこうして、ずっと裸を見上げているというのに、ハルカさんは平然としている。いや、内心穏やかではないかもしれないけど。どこか落ち着かないようにも見えるし。
ともあれ、これで位置取りは確かめられた。次は正常位の方、だけど、その前に……?
「えと、軽く入れてみるけど……その、動いちゃダメよ。君、すごくイキそうな顔してるから」
「イキそうって……いや、それって!?」
当然、僕だってハルカさんと、その……繋がりたくて仕方がなかった。けれど、それを、こんな平然と……? 外側へと流されていた僕の軸は、彼女の身体が持ち上がると、すぐに本来の角度へと戻ってくる。そして、再び腰を下ろせば――それも、彼女自ら手を添えて――!
「……んっ」
僕……の、そこが……ぬるり、ぬるりと温かいものに包まれている……。お尻も柔らかかったけど……やっぱりここはどこまでも幸せだ。けれど、前回のこともあったので。
「い、痛くない……? 大丈夫?」
見たところ、初めてのようなツラさはない。けれど、我慢しているだけかもしれないから。
この問いは、ハルカさんにとって意外だったらしい。少しだけ驚いたものの、すぐにふっと柔らかく微笑む。
「最初は一日中痛かったけどね。もう慣れたみたいよ」
ピクン、ピクン、と僕を締めつけることでアピールしてくれた。それで、改めて思う。いま、僕を抱きしめてくれているのは……間違いなく、ハルカさんの
「こうして、こうして……こんな感じ、かな……」
ズブ、ズブ……と二往復。
「……ホント、幸せそうね」
「え……」
何やら不満げな目つきで、ハルカさんはこちらを見下ろしている。そして、すぐに僕から降りてしまった。次の体勢に移るための、その準備をするために。
テーブルの上にはハンドバッグ。その中から取り出したのは……スポイト……?
「実物は木村さんが持ってくるから。一応練習くらいはしておかないとね」
どうやら、ここに作り物の精液を入れて、さり気なく自分の
「踏まないように気をつけてね。普通のAVみたいにカットの編集はできないんだから」
「く……詳しいんだね……」
「当たり前じゃない。働く前に調べておくわよ」
まだ出演二回目――前回と今回の間に他の作品に出ていなければ、だけれども――だというのに、こういうところは堂々としている。やっぱり、女のコの方が強い。僕はまだ――ハルカさんの身体の前で、心と身体がちぐはぐになっている。
だから、こうやってコロンと仰向けに寝転がられると――それも、自らおしめを替えるように足を開いて――もう、僕は、誘われるままに――!
「ふぁ、あ、あぁ……❤」
つながると同時に、僕はハルカさんを抱きしめる。ハルカさんもまた、その腕を僕の背へ。だから、これでいいと思ったのだけど、そういうわけでもなかったらしい。
「最後は、隠すためにもいいけどね。最初はちゃんと身体を起こすのよ」
「あ、あぁ……そっか」
背中の温もりは解かれてしまったけれど、胸の柔らかさはいまも触れ合ったまま。それを手放すのは名残惜しいけれど……ハルカさんの撮影に、協力しなくてはならない。
「そしたら、動けるか軽く確かめてみて。……やりすぎない程度に」
「は、はい……」
僕が男ゆえに、信頼されていないのだろうな……。とはいえ僕も、油断するとハルカさんの
「……あぁ……」
ハルカさんの裸は、どうしてこんなにも可愛いのだろう。無造作に投げ捨てられた両腕が、ふたつの膨らみの頂きを隠すことはない。それは、僕へと魅せつけるように、呼吸に合わせて上下している。細く締まった腰に、小さく窪んだおへそ。さらには、こうして――僕を招き入れるために、両足を広げて――!
僕と彼女は、しっかりと繋がっている。男の毛と女の毛を交わらせながら。押し開かれた割れ目からは、桃色の中身が少しだけ覗いている。そのすべてを曝け出しながら――彼女は、微笑んでいた。頬を染め、僕の視線の一つひとつを確かめるように。
つい、甘えてしまいたくなってくる。けれど、これは撮影のためだから……!
「……ぁ」
小さく喉から漏れた女のコの鳴き声。それが大きく心に響く。もっと、もっと聞きたい……もっとハルカさんを喘がせたい……! でも……!
「こ、このくらいで……」
彼女と同じく二往復だけで留めておいた。これ以上は、本当に止められなくなってしまう。
「はい、お疲れ様。時間もちょうど良さそうね」
時間制の宿泊施設に時計はつきものだ。何だかんだで、あと三〇分であの男たちが来てしまう。
ハルカさんはゆっくりと起き上がると、お尻を支点にくるりと身体を回す。そして、床へ下り立った。
「そろそろシャワーも浴びておきましょ」
「うん、そうだね」
とはいえ、この裸は見納めではない。このあと控えている本番が来れば、そのときは――
「……ねぇ、ナニぼんやりしてるの? シャワーだってば」
振り返った彼女の顔があまりにも素っ気ないので、逆に僕の緊張が高まってくる……!
「え、まさか、一緒に……!?」
女のコとお風呂だなんて、心の準備ができていない! ……のは、僕だけだったようだ。ハルカさんは、腰に手を置き面白そうにため息をつく。
「なにを照れてるんだか。私たち、
それはつまり、お風呂などとは比べ物にならないことをしてきた関係――さらっと言ってのけているけれど、彼女はどこか嬉しそうだ。建前や口実など、いろんなものが混ざっているけれど、ハルカさんが微笑んでくれることが、僕にとっては一番嬉しい。