※この作品はR-18です。

憧れは二人よがりにも似て   作:うみねこ06

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第一話

 薄ぼんやりとした空気の向こう側で、豆電球が黄色っぽい色を放射している。締め切られた室内が、荒い呼吸音と衣擦れの音で満ちていた。少女──神風型駆逐艦一番艦、神風が、袴を脱ぎ捨てる音である。

 

 ほとんど過呼吸に近い勢いで酸素を求め、二酸化炭素を吐き出しながら、神風が脱いだ袴を乱暴に床へと投げ捨てた。お世辞にも行儀が良いとは言えない行動である。それも、自分の部屋でさえ無く、他人の部屋なのだからなおさらだ。けれども、神風にそれを気にする余裕はない。

 

 ぽたり、と汗が滴る音と、ごくり、と生唾を飲み込む音。果たしてどちらが先に立ったのか。神風が、意を決したように、自身のショーツに手をかけた。

 

 ゴム紐が伸び、指が布地と神風の柔らかい腰肉の間に滑り込む。びっしょりと掻いた手汗を嫌という程に感じた。刹那の間だけ瞳を閉じる。それから、すっとショーツを足元まで降ろした。

 

 すぅ、と淀んだ空気が、けれども熱く火照った神風の秘部を撫でるように通っていった。ん、と小さく声が出て、神風の頬が真っ赤に染まる。慌てたように、目の前の人物が、自身の痴態に気づいていないかを確認した。

 

 

「んっ……」

 

 

 幸いなことに、神風が最も痴態を知られたくない人物は、神風の希望通りで居てくれたようであった。だが、神風は安堵のため息など付けなかった。どころか、呼吸を忘れたように張り詰めて、目の前の人を凝視するだけである。今度は、生唾を飲み込む音のほうが先立った。

 

 

「あ、あんまり見ないでください……」

 

「す、すみませんっ! 羽黒さんっ!」

 

 

 それに気づいたこの部屋の主──重巡洋艦羽黒に咎められ、神風が慌てて背中を向けた。しかし、神風の鼓動は早鐘のようで、女陰の火照りはますますひどくなり、真っ赤でもじもじとしていた羽黒の様子が神風の脳裏から消え去ることは無かった。何しろ、脱ぎかけの桃色ショーツの向こう側、羽黒の秘所が丸見えだったからである。

 

 豆電灯の弱々しい光に照らされて、怪しく光る一本の筋。毛の一本もなく、綺麗な珠肌。皮の間から真っ赤な肉を見せつけてくるクリトリス。忘れろっていうほうが無理でしょう、と爆音を奏でる心の中で神風が喚いた。じゅん、と股の間が濡れていくのを感じている。

 

 

「はぁー、はぁー」

 

 

 背中越しに、羽黒が大きく深呼吸しているのが神風にはわかった。勝手知ったる姉貴分がどんな思いでいるのか、悲しいことに神風にはわからない。ただ一つ言えるのは、羽黒はいつだって自分のためならば無理をしてしまう、ということだけで。

 

 

「い、良いですよ。神風ちゃん、こ、ここ、こっちを向いてください」

 

 

 震える声が断定調で告げた。油の切れた機械のように、神風がゆっくりと羽黒の方へと向き直す。呼吸が更に荒くなった。

 

 羽黒は、ベッドの上に尻を乗せ、神風の方を恥ずかしそうに伺っていた。シーツの代わりに、臀部の下にバスタオルを敷いて、腰を突き出すように後ろ手を付いている。これで、脚がM字に開脚さえしていなければ、辛うじて体育座りって言えるんだろうなぁ、と神風が逃避気味に思った。濡れてかる羽黒のクレパスが、神風の網膜に焼き付いて剥がれない。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」そんな神風の様子を勘違いしたらしい。羽黒が荒い呼吸を懸命に宥めながら口を動かした。「や、やっぱり、また、今度に」

 

「だ、大丈夫ですっ!」神風が反射的に叫んだ。「私は大丈夫ですから! そ、そのっ! 羽黒さんが良ければ、いつでもしてくださいっ!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 羽黒が思わずと言った調子で大きく返事をした。普段ならば、ふっと笑っても良いくらいの勢いであった。だが、神風は笑えない。これからのことがこれからのことであるからだ。それは羽黒も同じらしい。緊張がほぐれるどころか、よりそれを増したように、こくんと小さく頷いている。

 

 

「そ、それじゃあ」

 

 

 羽黒が引きつった顔で、何とか神風を安心させようとでも言うのだろうか、精一杯の笑顔を浮かべた。神風の背筋がゾクゾクと震える。何か、とてつもなく背徳的な事をさせている錯覚に襲われたのだった。──いや、錯覚ではない、と神風が首をブンブン横に振るう。羽黒さんを、あの可愛くて頑張り屋な人に、こんなことをさせるだなんて、背徳的以外の何だと言うんだろうか。ああ、本当に。

 

 

「お、オナニーのやり方、お、教え、ますからっ! そこに、座って、その、ちゃんと、見ててください、ね?」

 

「は、はいっ!!」

 

 

 本当に、どうしてこうなった? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憧れは二人よがりにも似て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、もう! 何で皆居なくなるのよっ!」

 

 

 神風が鎮守府の建物と建物の間、その狭いスペースであらん限りに叫び声を上げたのは、羽黒の部屋で現状への疑義を申し立てていた時から遡ること数ヶ月前の出来事であった。

 

 この年の春季大攻勢(はるいべんと)で深海棲艦領域から救出された彼女は、先遣部隊に保護された後前線司令部で待機し、作戦終了と共に他の救出艦艇と鎮守府に帰投、提督と顔合わせする手はずになっていた。いや、その予定は未だ変わっていない。どころか、少なくとも、高速戦艦金剛──艦艇だった頃からは想像も出来ないくらいの奇抜な出で立ちのハイテンションハイカラガアルだった──に連れられて鎮守府の埠頭に投錨したその瞬間まではそのはずであった。

 

 が、問題が発生したのはその直後。同じく救出されていた、ポーラとか言う伊太利亜の重巡が、「何やらお酒の匂いがポーラのことを呼んでいるようですね~」といってフラフラと一行から抜け出したのが発端であった。あの金剛に対応の暇を与えず、追撃を振り切らんとしていたんだから相当の手練である、というのが神風の感想である。

 

 そんなこんなで船団が乱れ始めたその瞬間、大和が埠頭を通りかかったのも運がなかった。同時に救出されていたアイオワ──かつての敵国艦のはずだったが、そうとは思えないほど気さくで、既に神風とも打ち解けていた彼女が、大和を認めた途端に駆け出したからである。当然、神風に止められる排水量ではない。金剛が事態に気づく頃には、武蔵に救援を求めて遁走する大和とアイオワは既に追いかけっこを始めてしまっていた。

 

 瓦解した船団に対し、指揮船舶である金剛の判断は、青筋が遠くからでも額に見えたとは言え流石は武勲艦というべき素早さであった。なにせ、即座に船団を解散し、一番問題になりそうなポーラ追撃に移ったのである。「神風チャン、一人で執務室まで行ってネー!」という叫び声をリフレインさせながら。

 

 かくして、いやあの私、鎮守府の地理なんか知らないんですけど、と神風が即座に呆然と思った内容は、今現在最悪の形で彼女に降り掛かっていたのであった。要するに、迷っちゃったわけである。

 

 

「うぅ、鎮守府で迷うなんて、末代までの恥……」

 

 

 神風が頬を赤くした。こんなナリでも艦隊最年長級(たいしょううまれ)の駆逐艦なのだ。子供じみた失態なんてあんまりにも恥ずかしい。それに何より、そんなことじゃ。もしこの鎮守府にいらっしゃるんなら、あの艦(ひと)に。

 

 

「顔を合わせられないよなぁ、は──」

 

「どうかされたんですか?」

 

「ひゃいっ!」

 

 

 神風が後ろから声を掛けられたのは、そう思った瞬間のことだった。思わず飛び上がってしまい、慌てて後ろを向く。あはは、と苦笑いする女性が居た。艦だった頃の、数少ない女性の容姿の記憶をたどれば、20歳前後といった女性だろうか。

 

 

「ごめんなさいっ。驚かせちゃいましたか?」

 

「い、いえっ! 滅相も!」神風が背筋を正し、どことない子供扱いの気配を感じ取って少しへそを曲げた。年長者のプライドというやつだ。「ただ、執務室へはこっちかなと思っただけですっ!」

 

「執務室……司令官さんに、用事ですか?」女性が黒いボブカットの頭を傾げた。

 

「はいっ! 新規着任の挨拶に伺わないとで」

 

「あ、新しい艦娘でしたか」女性が少々驚いたように言った。怒らないから何と勘違いしていたのか教えて欲しい、と神風が膨れた。

 

「はい。駆逐艦ですよ」拗ねたように神風が口を開く。「第一駆逐艦……じゃなかった。神風型駆逐艦ネームシップの神風です」

 

 

 むす、っと神風が女性を見た。少しは態度が変わってくれれば良いんだけれど、と膨れっ面がぶつぶつ考えている。そのまま、女性が驚愕の表情を浮かべるのを見つけるまで、たっぷりと文句をつけ続けた。

 

 

「あ、あの?」ようやく異変に気づいたらしい神風が小首をかしげた。「どうかされ──わ、わぁっ!?」

 

 

 神風が思わず手足をジタバタとさせた。だが、バランスを崩したりすることは無い。何しろ、件の女性に思い切り抱きしめられていたのだから。

 

 

「ちょ、ちょっと! いきなり何を」

 

「神風ちゃん……良かった。こっちに来れたんですね……」

 

 

 ぐすん、と鼻を啜りながら女性が言う。やけに強い力加減に、神風がついに暴れるのを諦めると、更にぎゅっと抱きしめられた。

 

 はっきり言うと子供扱いも良いところだったし、正直不本意極まりないのだが、ここまで感情を顕にされていると、どうも艦艇時代の関係者らしい。誰だろうか、と女性の柔らかさと甘い香りに無意識に体を委ねながら思案する。まさか自分の妹ではあるまいし、もしかして北方で一時期一緒だった那智さんあたりだろうか。

 

 

「えぇと、すみません。その、どちら様でしょうか」

 

 

 豊かな胸越しに、神風がもごもごと尋ねる。女性が、涙の浮かんだ瞳をキョトンとさせ、すぐにわたわたと慌てだした。どうやら、自分が名乗っていないことに気づいていなかったらしい。案外可愛い人だな、と神風がくすりと笑った。

 

 

「い、いきなりごめんなさいっ!」女性が大慌てで神風を解放すると、ものすごい勢いで頭を下げた。「わ、私は──」

 

「はーぐろ。何やってるの?」

 

 

 女性の声が二人の耳朶を打った。司令官さん!? と目の前の女性が急に背筋を正した。だが、神風にとっては、もはや新たな人物に注意を向ける余裕はない。

 

 

「は、ぐろ、さん?」

 

「……はい」

 

 

 女性が──羽黒が、すみませんと一礼してから神風を向いた。それから、眦に涙を浮かべたまま、にこりと微笑んで、優しく口を開いた。

 

 

「お久しぶりですっ! 神風ちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「羽黒にしては、やけに情熱的な再会だったみたいね」

 

 

 提督──明るい色の髪をサイドで纏めた女性の誂うような声に、羽黒が真っ赤に噴火してあれは違うんですと大声を上げた。が、意図した効果はまるで無かったようである。提督はと言えば、羽黒の様子があんまりにも面白かったらしい。ついにお腹を抱えて笑い始めてしまった。

 

 

「お、お恥ずかしいところをお見せしました……」ついに抵抗を諦めたらしい羽黒が、朱色の頬のまま力なく頭を下げた。

 

「ま、私としては眼福だったけどね」提督が笑い、羽黒が司令官さんっ!? と再び大声を出した。どうやら、上司部下という関係以上に気楽な間柄らしい。

 

「それで」ごめんごめん、と羽黒を宥めてから、笑いすぎて出てきてしまったらしい涙を拭って、提督が神風に微笑んでみせた。「私がここの提督をやらせてもらってるわ。鎮守府へようこそ、神風。貴艦を歓迎します」

 

「あ、ありがとうございますっ」急に話を振られて準備ができていなかったのか、神風がぎこちなく敬礼した。「神風型駆逐艦、一番艦神風、ただいま着任しました」

 

「ん。楽にしてよろしい。あ、ほんとに楽にしていいんだからね?」

 

 

 提督が言い、自身も背もたれに背中を預けた。はしたないですよ、司令官さん、とようやく復活し始めたらしい羽黒が、頬に赤色を残しながら文句をつけた。だって私予備士官課程出身者だもん、と提督が白々しく応じた。

 

 

「で、もう知っていると思うけど。いまお小言を頂いて、先程貴方に非礼を働いたこの子が、妙高型重巡洋艦四番艦の羽黒。うちの秘書艦をやってもらってるわ」

 

「秘書艦、ですか?」頬を膨らませた羽黒に苦笑いしつつ、神風が首を傾げた。かつての戦争でそういう役職は聞いたことがなかった。

 

「有り体に言えば私の副官ね」提督が簡単に説明した。「事務処理、もろもろルーチン業務の割り振り、編成表作成。頼りにしてるわ」

 

「凄いじゃないですかっ」神風が思わず口に出した。「それ、艦隊の重要なお役目ですよっ」

 

「そ、そんな大した事ありませんよ」慌てたように羽黒が否定した。何かを眩しそうに遮ろうとしている。「みんな、司令官さんの見よう見まねでやってるだけですから……」

 

「こら、あんまり謙遜しすぎない。一応、無駄な役職をおいてるつもりは無いのよ、私」

 

 

 提督が笑いながら曰った援護射撃に、そうですよと神風が追随した。羽黒がうぅ、とますます縮こまっていく。ふふ、と面白そうに笑った提督が、神風にそれで顔見せあとの予定なんだけれど、と声を掛けた。

 

 

「本来なら新規着任艦同士で和やかに雑談でもしててもらう予定だったはずなんだけどね」提督が苦笑した。「ただ、神風ちゃんの話を聞く限り、無理そうかな。ザラちゃんが胃を押さえながら追撃に回ったとは言え、ポーラちゃん確保は無理そうだし、アイオワは大和型振り回して遊んでるみたいだし」

 

「あ、あはは」神風が頬を引く付かせた。酷い面子と同期になったものだ、という感情は全く隠し通せるものではないと思い知っていた。

 

「かと言って、私も仕事が溜まっててね」攻勢(いべんと)の後始末よ、と提督が書類を嫌そうに叩いた。「ついては、信頼の置ける秘書艦に一任して鎮守府を見物してもらおうと思うんだけど、どうかな?」

 

「ふぇっ!? わ、私ですか!?」羽黒が飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「仕事、急ぎの分は終わってるでしょう?」提督がニヤニヤと笑った。「神風ちゃん、まだ姉妹艦も戻ってこれてないし。たぶん、貴方が適任者よ、羽黒」

 

「そ、それはそうですけど」羽黒がもじもじとした。

 

「何、まだ出会い頭に抱きついたこと気にしてるの?」

 

「わぁーっ!? わあぁーッ!!?」

 

「だ、大丈夫ですっ、羽黒さんっ! 確かにびっくりはしましたけど、全然気にしてませんからっ!」神風が慌てたようにフォローした。「それに、羽黒さんに案内いただけるんであれば、私は光栄ですからっ!」

 

「はぐっ!?」

 

 

 特に最後の一文字に反応した羽黒が、何かに射抜かれたように体を硬直させた。その原因に気づいていない神風が、羽黒さん!? と素っ頓狂な声を上げる。やけに楽しそうな提督が笑い声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、こっちが駆逐艦寮です。部屋割りは執務室に戻ってから詳しく説明しますけど、空き部屋の都合でたぶん3階の奥になっちゃうんだけど、大丈夫ですか?」

 

「は、はいっ! 大丈夫ですっ!」

 

「……何度も言ってますけど、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」

 

「だ、大丈夫ですのでっ!」

 

「あ、あはは……」

 

 

 口から棒を飲み込んだような神風の態度に、羽黒が苦笑いしてぶつぶつと何事かをつぶやいた。だが、神風にそんな余裕は存在しない。抱きしめてきた相手が羽黒であると判明した時からそんなものは消えている。何せ、羽黒が相手なのだ。

 

 あのペナン沖。沈む間際、最後の最後その一瞬まで、敵艦隊と戦い続けた武勲艦。神風が何とか生き延びて、最後の最後まで奉公できるようにしてくれた最大の恩人。それが、羽黒という艦と、それを動かし続けた男たちに対する神風の率直な敬意、その根本であった。それは、彼女の艦としての記憶が途切れる直前まで、脳裏に刻み込まれているのだ。

 

 まぁ、もっとも。

 

 

「神風ちゃん? かーみーかーぜーちゃん?」

 

「ひゃいっ!?」

 

「ぼうっとしすぎです。初日から一点減点ですよ?」

 

 

 めっ、と人差し指を突き出してくる女性を目の前に、神風がたじろぐように頷いた。よろしい、と朗らかに笑う羽黒を見ながら、神風が思う。こんなにかわいくてお姉さんぶってくれる人だったとは想定外だ、と。もうちょっと武骨な方を想像してたというのが、抱きしめられた時に羽黒だと微塵も考えていなかった理由である。

 

 

「で、取り敢えず、鎮守府巡りはこんなところですかね」羽黒が自身の唇に人差し指を当てて思案した。「あとは、執務室に戻って、司令官さんにご報告して、それから──」

 

 

 ぐぅー、と腹の虫が鳴ったのはその時だった。言葉を止めた羽黒が神風をみて、くすりと笑った。神風に己の頬は見えなかったが、羞恥から真っ赤になっているという自覚はあった。

 

 

「もう良い時間ですもんね」

 

「うぅ……」

 

 

 神風が申し訳ないやら恥ずかしいやらでうつむいた。何しろ、目の前の人は憧れの艦艇であった。にもかかわらず、この粗相である。何もかんも、昼食も摂らせず自分を放り投げた金剛婆さんが悪い、と神風が心の中で詰った。

 

 

「なら、先に間宮を紹介してから執務室に戻ろうかな」

 

「い、いえっ! お構いなく!」

 

「ですから、そんなに遠慮しなくて良いんですってば」羽黒が困ったように笑った。「私だってお腹すきましたし、ついでに司令官さんに差し入れでも持って帰ろうかなって」

 

「で、ですけどっ」

 

「ん、羽黒じゃない。こんなところでどうしたの。秘書艦は?」

 

 

 神風の不毛な抗弁を遮ったのは、ウェーブの掛かった茶髪をたなびかせた女性の声であった。スタイルもよく、羽黒と似たような制服を着崩すような形で着こなしている。羽黒が安心するタイプの美人なら、女性の方は人を振り向かせるような美人であった。──両手に、何やら大きなビニール袋をぶら下げていなければ、もっと別の意味で振り向いた貰えたかもしれないが。

 

 

「あっ、姉さん」羽黒が何気なく女性を呼び止め、神風がごくりと生唾を飲み込んだ。妙高型なのは間違いないらしい。「今、この娘に鎮守府を案内してたところだったんですよ」

 

「か、艦娘になってからは始めましてっ! 私──」

 

「ってことは貴方が神風ね!」女性が急に優しい笑みを浮かべた。「私、足柄よ。覚えてくれてるでしょう? シンガポール以来ね」

 

「は、はいっ! ご無沙汰してますっ!」

 

 

 神風がぺこり、とお辞儀した。ん、と微かに生じた違和感は胸にしまう。そんなことより、目の前の人達のほうがよほど大切であった。なにしろ、すっと距離を詰めてきた足柄によってすんなりと抱きしめられてしまったわけだし。

 

 

「ああもぅ、艦のころと同じくちっこくなっちゃて。ほれ、うりうりー」

 

「ちょ、足柄さっ! 苦し、苦しいですからっ! いきなり抱きしめないでくださいっ」

 

 

 足柄のぬくもりを感じながら、神風が本日二度目の締め付けにデジャブを感じた。姉妹だからだろうか。温もりは変わらないし、羽黒のとは少し違うが、良い匂いなのもまた同じだ。もっとも、顔に感じる2つの膨らみは、羽黒よりも足柄のほうが少し大きく──と思ってしまって、神風が顔を真赤に紅潮させた。手足から力が抜ける。あら、と足柄が唇を突き出した。

 

 

「もぅ! 足柄姉さん!?」羽黒がプンスコとした。どうやら、理由を誤解しているらしい。「いきなり抱きしめちゃったから、神風ちゃん驚いちゃったじゃないですかっ!」

 

「あっれぇ、おかしいわね。羽黒のときはそんな事なかったって聞いてたけど」

 

 

 尤も、羽黒も神風の二の舞のようになる。ぼん、と紅潮した頬のまま、何で知ってるんですかぁ、とか細く聞いた。

 

 

「そりゃ、提督よ」神風から離れた足柄があっけらかんと言った。「で、情報料として今日はカツカレーが食べたいって言われたから。間宮の今日の夕飯定食をカツカレーでジャックして、ついでに提督のところまで差し入れようと思って」

 

 

 足柄が力こぶを作るかのようにビニール袋を持ち上げた。神風と羽黒の頬がひくついた。どうやら、全部豚の肩ロース肉らしい。

 

 

「何よ、その反応」足柄が再び不服そうに唇を突き出してむすっとした。「姉妹みたいに私のことバカにして」

 

 

 ぴくり、と羽黒が反応したように、少なくとも神風には思われた。何やらそわそわと、自分のことを見ているような気がする。神風が、羽黒を向いて小首をかしげてみせる。が、何かの言葉を期待した神風の思惑は虚しく外れ、羽黒が慌てたように顔をそらしただけだった。変な羽黒さん、と神風が傾いだ首を大きくした。ああ、そうか、と頭の中が切り替わる。変な、といえば。

 

 

「ところで足柄さん」神風が足柄に問うた。「何で私が神風ってすぐにわかったんですか? 写真も出回ってなかったってお聞きしましたけど」

 

 

 神風の疑問も尤もである。艦艇だった頃、当然人間の体なんてものは艦娘たちには存在しなかったから、艦娘となったあと、事前情報抜きに誰が誰というのを判別するのは難しいのだ。実際神風がそうであったし、後に他の艦娘たちにも聞いてみたところによれば、自然と気付く前に自己紹介で判明するのが普通なのである。

 

 

「ああ、それは、ね」

 

 

 けれども、足柄はさも当然、とばかりに微笑んでみせた。頭にはてなマークを浮かべる神風を尻目に、ちらっと羽黒のことを眺める。無関係のはずなのに、なぜだかあうあうと顔を真赤にして震えていた。あ、可愛い。

 

 

「羽黒、神風が来るって知ってから張り切っちゃってね!」足柄がうふふと笑いながらそんな事を言った。ぽかん、とする神風の横で羽黒がぴやぁああと奇声を発した。「絶対自分が案内役というか、指導役するんだって言ってたから、誰か連れてるんなら間違いなく神風だと思ったわけよ。まぁ、仲良くなってからって話だったから、こんな早くに立候補するなんて想定外d」

 

「はぐぅうううううう!」

 

「ちょ、羽黒、どうしたのよ! 痛い! 痛いって! 羽黒!? やめなさい! 羽黒!」

 

 

 羽黒が足柄に掴みかかった。であるのに、足柄に倒れる様子が一切ないのは、足柄が相当手練だからなのか、何やかんやと羽黒のほうが手加減しているからなのか。けれども、神風には、お姉ちゃんの馬鹿ぁと喚きながらポカポカ殴る羽黒が手加減できているとは思えなかった。

 

 

「あ、あー! そういうことなら、私的にはとっても嬉しいですから! はい!」

 

 

 慌てて神風が羽黒を引き離そうとする。羽黒の腰に抱きついて、引っこ抜くように力をかけると、思わずずっこけそうになってしまった。思ったよりも遥かに軽い力で何とかなったのがその理由である。

 

 

「は、羽黒さん? 羽黒さーん? もしもーし?」

 

「あー、これは羞恥心がオーバーフローして使い物にならなくなったパターンね」足柄があははと笑った。神風が顔をひきつらせた。

 

「お、お姉ちゃんがそれ言いますか!?」羽黒が尚も非難がましく言った。

 

「だからごめんってば」

 

「知りませんっ!」

 

 

 羽黒がぷいとそっぽを向く。足柄が力なく頬を掻いた。ぷっ、と神風が吹き出したのは、そんな光景に、安堵するのを耐えきれなくなったからだった。

 

 

「か、神風ちゃん?」この世の終わり、みたいな顔をして羽黒がわなわなと震えた。

 

「す、すみませんっ」神風が必死に笑いを堪えるように言った。「ただ、羽黒さんも足柄さんも、仲が良さそうで何よりだなって。前が、あんなだったから」

 

 

 神風が、目尻の涙を拭いた。これは、笑って出た涙なんだ。そう確信している。何しろ、やっと仲良くやれている姉妹を目の当たりにできたんだから。

 

 羽黒と足柄が顔を見合わせた。羽黒がため息をつき、足柄がニヤついて羽黒に小突かれた。それから、羽黒が神風の手をとった。

 

 

「一先ず、ご飯にしちゃいましょう」羽黒が微笑んだ。「私もひと暴れして、おなかすいちゃいましたから」

 

「足柄特製カツカレー、美味しさは保証するわよ」足柄がにいっと笑った。「それから」

 

「おかえりなさい、神風ちゃん」

 

 

 羽黒が、神風の顔に自身のそれを近づけて、言った。身長差を合わせるためにしゃがんでいる。子供相手じゃあるまいに、と神風がぶーたれようとした。だが、顔に出てこない。出てきたのは、目の前を鏡映しにしたような笑顔だけで。

 

 

「はい、ただいま帰りました。羽黒さん、足柄さん」

 

 

 間宮初体験が足柄のカツカレーというと、人はもったいないと笑うが、それでもとても美味しい夕飯だったのは間違い無いと、神風はそれだけは胸を張って言うことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦隊左一斉回頭90°。用意──始めっ」

 

 

 それから一ヶ月が経とうとする頃。神風の姿は、鎮守府近海の演習海域にあった。理由はもちろん、訓練のためである。

 

 

「ポーラちゃん、回頭少し遅れてます! アイオワさん、ちょっと早いです! 艦娘の体はそこまで鈍くありませんからっ!」

 

「オーケー! 改善するわ!」

 

「駆逐隊、動きは概ね良しです! 神風ちゃん、次もこれを維持しましょう!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 神風が、思わず高い声で旗艦──羽黒の声に応じた。慌てて左右を見回す。羽黒に返事する余裕すらなかったポーラでさえ、ニヤニヤと神風を見ていたのがわかった。

 

 

「艦隊、続いて単横陣から単縦陣へ」その貴重な例外である羽黒が、次の命令を達した。「そのまま海域あ-1から3を通って、射撃演習海域に向かいます。旗艦に続いてください!」

 

 

 慌てたように艦娘たちが命令どおりに陣形を再編した。羽黒を先頭に、アイオワ、ポーラ、神風、それから春風に親潮といった順番で縦一列に並び替える。神風が慌てて海図を確認した。多少の浅瀬は有るが、よほど旗艦から離れない限り座礁なんて醜態はさらさないはずである。

 

 

「神風お姉さま?」

 

 

 神風の帰着、その一週間後に発見された春風が心配そうに神風へと訊ねた。同時に着任した親潮もどことなく不安そうである。それもそのはずと言うべきで、訓練期間が神風よりも一週間少ないにも関わらず、初期演習の最終段階──実戦演習へ進めるかの見極めに進んでいるのだから当然である。

 

 

「大丈夫。私についてきて」

 

 

 神風が硬い声を精一杯噛み砕いて言った。何しろ神風は嚮導艦──この演習艦隊において、水雷戦隊の指揮を任される立場であった。無論、水雷戦隊と仰々しく言っても、実数は神風を含め3隻だけなのだが、それでも訓練時間の長さだけで嚮導艦に選ばれている──少なくとも神風はそう信じていた──身としては、全力で演習をこなすつもりであった。そうでなければ、着任が遅かったと言うだけで、技量もやる気も自分以上に有る妹や後輩に顔向けができない。

 

 

「今の所、陣形に問題ありません」先頭の羽黒が。鼓舞するように言った。「この調子だと、射撃訓練海域到達は1645時。各艦、旗艦に追随しながら兵装の最終確認をお願いします」

 

「Si!」

 

「ラジャー!」

 

「了解です!」

 

 

 各々が返事する中、神風が自らの主砲をチェックし始めた。これが、艦娘が地味に戸惑う環境の変化である。当たり前というべきか、軍艦時代は点検者が居たから、本人たちが兵装の歪みを気にするのはいざ戦闘が始まってからなのだが、艦娘になるとそうはいかない。もちろん、妖精さんが主砲の中であれやこれやとやってくれはするのだが、なにか問題があったときの対処や決断は艦娘がするのだ。これに、実際の射撃時の感覚違いなどが加わるので、経験豊富なはずの艦娘が即座に戦場に出るのは危険視されているのだ。

 

 

「点検良し!」

 

「こちらも問題ありません!」

 

 

 親潮と春風が点検を終える。神風が頷いて、羽黒に伝えた。わかりました、と短く羽黒が応じながら面舵を当てる。アイオワ、ポーラと続き、神風がウェーキに合わせる形で面舵を当てた。直進していては座礁している。

 

 装具点検は、当然というべきか、アイオワの完了報告でいよいよ終了した。流石に不慣れな上に戦艦は時間がかかってしまうらしく、射撃訓練海域直前での完了であった。羽黒が戦闘準備完了を告げた。そう言えば、羽黒さんは何時点検を完了していたんだろう、とぼうっと思う。ポーラさんと比較してもやけにすばやく終わっている。重巡は、慣れればそんなにすばやく点検を終わらせる必要があるのか、と神風が感嘆した。そんな有様だったから、電探妖精が警報を発した時、思わず飛び上がりかける羽目になったのだ。

 

 

「羽黒! 敵艦隊探知したわ!」アイオワが報告した。なお、あくまで新人錬成のため、そもそも羽黒は電探自体を装備していない。「距離──」

 

「はい」距離、方位などを聞き取った羽黒が頷いた。「艦隊、左舷砲雷撃戦用意。同航戦と為します。陣形は単縦陣のまま」

 

 

 口々に復唱が続く。神風が目を凝らし、水平線上に艦影を認めた。標的艦隊だ。

 

 

「目標照準内(ターゲットインサイト)」アイオワが楽しげに言った。流石は米国大戦艦、艦娘になっても余裕がある。

 

「アイオワさん、目標敵大型艦。打ち方初めてください。ポーラちゃんは旗艦の発砲に同調。水雷戦隊は回避を優先しつつ当たりそうならば射撃開始。ただし、別命あるまで陣形維持」

 

「りょ、了解ですっ! 回避機動」

 

 

 神風が応じ、艦の進行方向を変える。ついで、艦隊運動に支障をきたさない範囲で主機の回転数を落とした。春風と親潮への号令も忘れずに。

 

 仮想敵艦隊からの砲撃はなかった。本訓練はあくまでも艦隊機動と射撃において実戦的な訓練が可能かどうかだったから、むしろ砲撃で驚いて事故を起こされたほうが堪ったものではない、という判断らしい。かつては、それこそ羽黒も訓練など無しで実戦に突入されていたらしいが、余裕ができてまで続けることではない、というわけだ。であるから、神風にも、回避しながら前を見る余裕がある。

 

 アイオワの射撃は見事なものだった。この前にちょっとだけ見せてもらった大和型の砲撃と、迫力だけで言えば遜色がない。実際、あの落ち着き様は大したもので、練度さえ上がれば良いライバル関係になるんじゃなかろうか、と神風は勝手に期待していた。そして、視線が羽黒へと移る。

 

 

「目標、敵軽巡洋艦。弾種、徹甲。撃ち方、始めてください!」

 

 

 号令一下、羽黒とポーラが主砲弾を放つ。神風が、回避運動に悪戦苦闘しながらも、ぼけっとその様を見つめた。ポーラの射撃は、普段の飲ん兵衛っぷりが嘘のように落ち着いたものだったし、それに羽黒の射撃は泰然として、実に見事なものだった。照準から砲撃まで、迷いというものが見当たらない。艦隊最高練度の面目躍如とでも言うべきなのか。

 

 神風が舵を左右に動かし、主機の回転数を弄っている間、羽黒の力強い砲撃は続いた。時折、アイオワが口笛を吹いているのが神風の耳に入る。きっと、羽黒の頬がほんのすこしだけ紅いのはそのせいなんだろうな。神風がそんなことを思った。

 

 

「敵艦隊接近しあり! 距離、毎分──」神風が大声を上げたのは、それから更に数分たった頃だった。いよいよだ、と神風が生唾を飲み込む。

 

「了解。戦艦・重巡は射撃を継続。神風ちゃん、水雷戦隊は命令あり次第突撃し水雷戦闘を開始してください」

 

「はい! 突撃準備します!」

 

 

 神風が回避をやめた。後ろの様子を確認しながら、ポーラの後ろに艦をつける。魚雷の安全装置解除を春風と親潮に伝え、自身のそれを確認する。問題なし。何時でもいける。

 

 

「神風ちゃん! 行ってください!」

 

「了解!」神風が弾かれたように応じた。麾下二艦に伝える。「左回頭70°! 両舷前進一杯! 戦隊左舷水雷戦よーうい!」

 

「了解!」

 

 

 復唱が続くと同時に、3隻の駆逐艦が一斉に左舷を向いた。訓練時間の少なさなど感じさせない、駆逐艦の本懐とも言うべき機動であった。そのまま、海面を滑るように高速で仮想敵に突撃する。

 

 

「各艦、主砲は射程に入り次第各個に打ち方初め」神風が続けて命じた。「雷撃目標は敵先頭の大型艦。行くわよ!」

 

 

 元気と緊張に満ちた応答を受けながら、神風が前方を見据えた。仮想敵──ということになっている艦娘たちが急激に近づいてくる。徐々に、ペイントに濡れた姿が明瞭になっていき──水柱に遮られる。羽黒たちの砲撃である。突撃援護のために、わざと近弾寄りに射撃を調整しているのであった。

 

 ようやく使えるようになった12cm砲を打ち込みながら、神風がちら、と後ろを見やった。視線が春風や親潮を飛び越え、ポーラとアイオワを掠めて、羽黒に向かう。ぁ、と神風が小さく声を上げた。波濤を乗り越えて進み、咆哮をあげる羽黒を視界いっぱいに見つめたのであった。流れるように次弾を装填し、砲塔を相手に指向し、その体勢で微動だにしていない。そのなめらかな動きと美しいとさえ言える立ち姿に、綺麗、と本人も気づかない声が出る。思わず、神風が見とれ──。

 

 

「神風お姉様!?」

 

「転舵! 転舵してください!」

 

「あっ!? まずっ!?」

 

 

 ポイントを行き過ぎた。完全なる失態である。

 

 

「ま、曲がれぇ!!」

 

 

 こうなると、妖精さんへの優雅な命令伝達とか、海軍の伝統とかかまっていられる余裕はない。艦娘権限で舵を目一杯右に切ると同時に、主機の回転数を限界ギリギリまで調整する。いわゆるドリフト状態で、波濤とは全く別種の水しぶきが上がる。

 

 それから、ほとんど唖然としている仮想敵や羽黒たち、それから爆笑中のアイオワを完全に無視して、遮二無二春風の前に躍り出た。神風の操艦技術というより、春風と親潮の警告の勝利である。

 

 

「ぎょ、魚雷撃ち方はじめっ!」

 

 

 連装魚雷発射管が圧縮空気を放出し、第二空気(さんそ)によって駆逐艦最大の火力が海中を進んでいくのを神風が確認した。魚雷妖精が、忍び笑いをしながら時間をカウントし始める。神風の退避運動に合わせながら、春風がお姉さまと呆れ顔になり、親潮が居た堪れなくなったのかあたふたしていた。だが、そんなことをとやかく言う余裕は、神風には一切ない。

 

 

「や、やってしまった……」

 

 

 神風がずぅんと落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ペンキを洗い落とした演習統裁官である神通に言わせれば、演習艦隊水雷戦隊は平素の訓練と現場での判断力を遺憾なく発揮し、機動性の乏しい移動目標相手だったとはいえ8割の命中率を誇った、という表現になるらしい。むろん、失笑が漏れ、神風が顔を真っ赤にしたのは、それが神通なりの心遣いであり冗談であるとすぐにわかったからだった。

 

 

「操艦技術も見事でした」真面目くさった表情から顔色一つ変えずに神通が続けた。アイオワが腹を抱えていた。「嚮導の転舵が遅れていなければ完璧だったでしょう。ともあれ、以降は実戦演習での調整になるかと」

 

「はい……」心ここにあらずと行った塩梅で神風がぼそりと返事をした。「今後もご指導お願いします……」

 

「よろしい」神通がふふっと笑った。流石に堪えられなかったらしい。まぁ、実戦ではこまりますが、初めはそんなものですから、と微笑んだ。

 

「い、以上で本日の演習は終わりますっ!」慌てたように羽黒が間に入った。なぜだか神通の笑みが大きくなった。「明日は鎮守府本棟の第三会議室で今後のブリーフィングになりますから、遅刻しないように。解散っ」

 

 

 各々がてんでバラバラに応答して、やぁ疲れた疲れたと散っていった。神風の背中が叩かれる。何事かと振り返ればアイオワだった。ドンマイ、といい笑顔である。でも操艦が良かったのは同感だから気にしないでー! と言って去っていくアイオワを、ヒリヒリする背中を摩りながら神風が見送った。き、気にするよぉ、と神風がまたうなだれた。まだそこにいるであろう羽黒に合わせる顔がないのであった。

 

 

「か、神風ちゃん、大丈夫?」

 

「ひゃい!?」

 

「ひゃっ!?」

 

 

 上から二行目の会話文は突然声を掛けられて飛び跳ねる神風のもので、三行目のそれは飛び跳ねた神風に驚いた羽黒のものである。何やら恐ろしく恥ずかしい反応をしてしまい、神風が顔を更に赤らめた。それは、羽黒の似たようなものだったが。

 

 

「ご、ごめんなさいっ! 突然声を掛けてしまって……」

 

「そ、そんなことないですっ! それより、本日はほんっとうにすいませんでしたっ!」

 

 

 あ、あははとバツが悪そうに笑う羽黒に、神風が腰を綺麗に10°折り曲げた。求められれば最敬礼までしそうな勢いである。

 

 

「まぁ、確かにびっくりはしましたけど、神通さんの言う通り、これからですから!」

 

 

 羽黒は顔をひきつらせながらそう励ましてくれるのだが、残念ながら神風にとっては完全なる逆効果である。憧れの人に情けない姿を見られ、演習の責任者として恥までかかせた上にフォローまでされているという現状に、神風のメンタルはボロボロである。

 

 

「そ、そんなことより!」流石に神風の様子を見てこれ以上慰めるのは無意味だと感じ取ったらしい。羽黒が手を鳴らした。「今日、鳳翔さんのお店でお姉ちゃんたちと集まる予定なんですが……神風ちゃん、是非どうですか?」

 

 神風がぴくり、と顔を動かした。羽黒がすんでのところで『演習無事に終わったお祝いの席』だったという情報を飲み込んだお蔭で、どうやら興味は持ってくれたようである。安堵のため息を漏らしながら、羽黒が神風の手をとった。

 

 

「集まる……、妙高さんたちと、ですか?」

 

「はい。たまには皆で、って話だったので。神風ちゃんももし都合が合えば呼びたいなって思ってて」羽黒が高度に話をぼかしながら続けた。

 

 

 神風が、困ったように羽黒を見やった。別に、行きたくないというわけではない。むしろ、妙高や那智だって旧知の仲であるから、頼んででも行きたいくらいである。とは言え、今日のあの体たらくだったわけだし、第一姉妹水入らずの集まりに参加するのも気後れを──。

 

 

「何ですか、おサケの話ですか~?」

 

「う、うわっ、ポ、ポーラちゃん!?」

 

 

 という神風の思考は、突如として横から顔が出てきたポーラと、それに驚いた羽黒の素っ頓狂な声で遮られてしまった。んふふ~、とポーラが人懐っこく笑いかけてくる。

 

 

「ハグロさん~。お酒ということなら、ポーラもぜひぜひ、ご相伴に預かりたいのですが~」

 

「べ、別に全然構いませんけど……」羽黒が心配そうに聞いた。「ポーラちゃん、ザラちゃんから禁酒令出てる、って那智姉さんから聞いてますけど、大丈夫なんですか?」

 

「そこはその、ザラ姉さま向けにはハグロさんから是非にと誘われたというカバーストーリーで一つ……」

 

「あ、あはは。ま、まぁ大丈夫、です、け、ど……」

 

 

 苦笑しながら頷いた羽黒が徐々に固まって、そのまま顔を青くした。神風が羽黒の視線の先、ちょうどポーラの背後を追って、固まる。不思議そうにそれを眺めていたポーラが、はっとした顔になり逃げ出そうとして、後ろから肩を掴まれてあえなく御用と相成った。

 

 

「ポ、オ、ラ?」

 

「ザ、ザラ姉さま、今日は出撃の予定だったのでは……」

 

「思ったより簡単に片付いたから、ついさっき帰ってきたのよ」ザラが笑った。神風がガクガクと震えだした。「それより、とっても面白い話が聞こえて来た気がしたんだけど」

 

「ジョ、ジョークですよザラ姉さまぁ。いやだなぁ。イッツイタリアンジョー……ごめんなさい許してください」

 

「──禁酒期間延長です」

 

「そ、そんなぁ! ポーラに死ねと言うんですかぁ!」

 

「うるっさい! この前一日秘書艦体験のときにマミーヤで脱ぎだしたのを反省するまでお酒は厳禁ですっ!」

 

「そんなぁ~! 殺生なぁ!」

 

「問答無用!」

 

 

 ポーラが引きずられていった。去り際、ザラがご迷惑おかけしたようですいません、と羽黒に頭を下げていた。迷惑なんてそんな、と苦笑いする羽黒に、だってお邪魔だったでしょう? とザラが軽く笑った。羽黒が赤くなったので、神風がようやく金縛りから解放された小首を傾げた。

 

 

「あ、神風お姉様」

 

 

 もっとも、疑問を問いただす機会はどのみち春風に声を掛けられて失われてしまったから、気づこうが気付くまいが大した違いではない。親潮と、それから苦笑する神通が傍に居た。

 

 

「ん、春風? どうしたのよ」

 

「それが、神通さんに間宮で一緒にお食事でもどうかって誘われまして」

 

「それは──」

 

 

 神風が口ごもった。何ともタイミングが悪い。とは言え、ポーラの出現で調子が狂ってしまったが、よくよく考えれば勇気が無かったのも事実。また後日、こんな風にうじうじ考えなくなった日に、羽黒のことを改めてこちらから誘うのでも良いのではなかろうか──。

 

 

「な──」

 

「あ、いえ。羽黒さんたちとお酒飲まれるんですよね。行ってらっしゃいまし」

 

「……へ? というか、何でそれを」

 

「いえ、普通に聞こえてましたからね?」神通が神風に聞かせるには過剰な声量で言った。「神風さんには、これから実戦演習でみっちりと『お付き合い』頂きますから、今日のところは羽黒さんにお譲りしますよ」

 

 

 や、譲るも譲らないも私そういう対象じゃないと思うんですけど、という声は、機制を制したように手を振り丁寧にお辞儀をしてくれる春風と親潮を前に出てくることはなく。困りきって羽黒をみやっても、どうもさっきのザラの言葉によほど何かがあったらしく、赤い顔のままだから何にも解決しない。結局、ぽつねんと二人、埠頭の近くに取り残されてしまった。真っ赤な夕日の向こう側から海風がぴゅうと吹いてきて、羽黒と神風が震え上がった。

 

 

「と、取り敢えず、鳳翔さんのお店に行っちゃいましょうか」羽黒が夕日に照らされながら神風の手を引いた。

 

「は、はい」

 

 

 なし崩しで、と言った様子の神風が、それに続いた。いや、別に嫌なわけでもないのだし、と頬に朱色が差すのを感じながらぶつくさと思う。知らず知らず、ぎゅ、と羽黒の手を握りしめていた。羽黒の照り返しが、少し柔らかくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、羽黒さん? も、もう日本酒は飲まれないほうが……」

 

 

 焦ったような神風の言葉は、けれどもむっとしたような羽黒の顔に一睨みされて自然消滅した。な、何でも無いです、と力なく笑う神風と、よろしい、とばかりに羽黒が撫でた。その顔が赤らんでいるのが、照れとか羞恥とか、そういった要因でないことだけは確実である。

 

 

「にゃはは、その意気込みよぉ羽黒~。はいおかわり」

 

「足柄、貴方も煽らないの」

 

「まぁそうは言うがな妙高姉さん。あれ、注いでやらないと荒れるぞ?」

 

「それは、そうですけど……」

 

 

 おまけに、姉妹も姉妹でこんな感じだったから神風は単純に四面楚歌である。いや、面白がってる足柄はともかく、妙高と那智は比較的理性的なはずなんだけれども、どことなく思考が諦め寄りになっているのはなんで!? と神風は思わざるを得ない。えへへ神風ちゃーんと抱きついてくる羽黒を目の前にしては尚更である。

 

 

「ま、諦めなさいな」足柄が返す刀で自分のお猪口を潤しながら笑った。「元はと言えば神風が発端なわけだし」

 

 

 とは言え、足柄の言葉にう、と言葉が詰まってしまうのもまた事実。いや、あれを私のせい呼ばわりにされるのもどうかというのが正直なところだったけれども、確かに発端がそうであることも間違いないのだ。

 

 話は遡ること一時間ほど前。妙高姉妹勢揃いで乾杯して、そろそろビールのターンが終わった頃合いのことであった。

 

 

『神風ちゃん、何にしますか?』

 

 

 姉たちが2、3杯のジョッキを乾かしている間、何とか中ジョッキを一つ飲み干した羽黒が、埠頭でとは打って変わって上機嫌でメニューを見せながら訊ねた時、自重していればというのは流石に後知恵なのだろうが、けれども神風はそう思わざるを得ない。でもまぁ、ニコニコしながら世話を焼いてくる羽黒を目の前に、二度目があっても出来るかと言われると怪しいのだが。

 

 

『あ、じゃあ、私これにします』

 

 

 早々にウイスキーやら日本酒やらを決めつつある姉貴分たちを尻目に、神風が指し示したのはある日本酒の銘柄であった。手に持ったメニュー表でピンポイントにそこを射抜かれ、日本酒ですかと羽黒が驚いた。直前の話を聞くに、羽黒はカルーアミルクを頼むつもりだったらしい。

 

 

『はい。その、ちょっと興味が』

 

 

 と言うのには、大したことではなかったものの、理由がないでもないのだった。正直、艦娘に生まれ変わってお酒なんか数えるほども飲んでいないのだが、そこは旧日本軍艦艇として乗組員たちのお友達だった日本酒というやつにはどうしても興味がある。それに、こちらは口ごもった理由になるが、酒蔵の所在地を見てこれだ、と思ったのが指を指した直接の原因だった。羽黒に近い場所、だからこれを選んだというのは、あんまりにも安直な上に恥ずかしい話だったのだけれども。

 

 

『何、神風。あんたいける口なの?』

 

 

 問題は、に、日本酒飲むんですかとなぜだか動揺している妹に、誂うように声を掛けた姉の存在である。『どれどれ、へぇ。羽黒、あんたも飲みたいって前から言ってたところのやつじゃない。いっつもその前に酔いが回って飲めてないけど』

 

『ふぇ、ね、姉さん!?』

 

 

 これまたなぜだか隠し事がバレたような反応をしている羽黒を無視し、足柄が続けるところによれば、やはり羽黒も神風と似た理由で以前に同じ酒に興味をいだいたものの、たまたまその時在庫がなく、仕方なく他の酒を飲んでべろんべろんに酔っ払ってしまったという話らしい。以来、もうちょっとお酒に慣れたらと思って入るものの、の前に酔ってしまうせいで結局飲んだことが無いという。

 

 

『いっそ、いい機会だしあんたも頼んでみれば?』

 

『え、えぇ? 私は、その、別に……』

 

『あ、そ。じゃあ、神風。二合徳利頼んでさ、二人で試してみない?』

 

『えぇ!?』

 

 

 はい、むしろお願いしたいです。そう言おうとした神風の言葉は、素っ頓狂な羽黒の声でかき消された。この卓どころか、居酒屋鳳翔に響き渡るような声で、何だ何だと当たりの視線が集中しだして羽黒が真っ赤になった。

 

 

『何よ』言葉とは裏腹にやけにニヤつきながら足柄が訊いた。『羽黒はカルーアにするんでしょう? で、私は日本酒。別々の頼むより合理的だし、鳳翔さんにも優しいでしょ?』

 

『そ、それはそうだけど……』

 

『足柄、楽しいのはわかるけど、あんまり虐めちゃだめですよ?』

 

 

 妙高が、何やらよくわからないことを言う。首をかしげる神風とは異なり、羽黒の反応は激烈で、今度は『妙高お姉ちゃん!?』という声が建物中に響き渡った。

 

 

『あははー、反応が面白くってつい』

 

『ついってお前な。馬に蹴られる云々って言葉を知らんのか』

 

『まぁ、蹴られそうになったら逃げるまでよ』

 

『威勢が良いのは結構ですけど、私たちを盾にするのはやめてくださいね?』

 

 

 続けて繰り広げられる会話もやはり、神風の理解できるところではなかったし、その余裕もなかった。顔が思いっきりひきつる。羽黒の持つメニュー表がカタカタと震えていた。あ、これいけないやつ。

 

 

『鳳翔さーん』どうやらビール三杯で気持ちよくなっている足柄が声を上げた。遅ればせながら目の前の異常に気づいた妙高と那智にも気づかず、注文を伝えていく。『ダルマ、水割りとロックをひとつづつ。それから、この日本酒を徳利で──』

 

『瓶でください。1升があればそれで。あと、グラスをみっつ』

 

 

 足柄の言葉がはへ、と固まった。注文を被せてきた己の妹をぱちくりと見つめている。鳳翔が苦笑いしながら承りました、と言って引っ込んでいった。

 

 

『神風ちゃん』

 

 

 羽黒の柔らかな声に神風がびくりと震えた。ぎぎぎ、と音を立てながら羽黒を向く。にっこりとした顔の隅に青筋を見つけた。

 

 

『私だって、お酒くらいいける口なんですよ?』

 

 

 そして至る現在。

 

 

「ほら、かみかぜちゃん? わらひも、ひっく、日本酒、いへるふひれしょ?」

 

「は、はい。そうですね」

 

 

 どうやら自分だって日本酒は飲めるだろう、みたいなことを言いたかったらしい羽黒に、神風が従順に頷いた。頬に当たる胸の柔らかさと、吐息から感じる甘さと酒臭さで割と大変なことになっている。

 

 

「しかし、羽黒がここまで潰れるのも珍しい」

 

 

 大荒れの末妹を肴にロックグラスを傾けながら、次女がしみじみと酒を含んだ。「いつもはほろ酔いくらいで自省するんだが」

 

「わらしだってぇ、ほんきらへばこんなもんれふっ!」

 

「なるほど」

 

 

 羽黒はえへんとえばったが、悲しいかなとてもそのようには思えない。神風が縮こまりながら酒を飲んだ。けっこう甘めの味で実に好みの味わいなのだが、あまり味わえていないのが問題だった。

 

 

「かみかぜちゃん。おちょこがかられふよ〜」

 

 

 何しろ、飲めども飲めどもこうやってお代わりが注がれるのである。あ、ありがとうございます、と神風が笑みを作ると、にへらぁと羽黒の顔が心底楽しそうに歪む。断れない理由がそれであった。酒精で真っ赤に色づいた笑顔は、なぜだかとっても魅力的であった。

 

 

「あ、羽黒、私にもちょーだいな」

 

「あしがらねえさんは、ごじぶんでどーぞ」

 

「何でよ!」

 

「ふんっ、だ」

 

 

 おまけに、同じく日本酒を飲む足柄に対してはこれであるから、独占欲のような何かが満たされてご満悦まであった。いやいや、駄々をこねるみたいで足柄に対する態度は態度で羨ましいのだが、って、一体何考えてるのか。神風がぶるんぶるんと顔を左右に振った。去れ邪念! 

 

 

「鳳翔さん」そんな妹たちを、何故かやけに微笑ましそうに眺めていた妙高が、手を上げて店主を呼んだ。「私と那智のウイスキーをお代わり。それから、水を一杯くださいな」

 

「はぁい」

 

 

 厨房の向こうからそんな声が帰ってきたのと、羽黒の顔が目に見えて不機嫌になるのはほぼ同時のことであった。頬が、食べ物を詰め込んだハムスターのようになっている。

 

 

「おねえちゃん。わらひ、まだおみずはいりまへん」

 

「あら、まだ羽黒のだなんて言ってないけれども。もしかして、自覚があるんでしょうか」

 

「……むー」

 

 

 けれども、この程度は妙高にとって可愛い癇癪らしい。苦もなくいなされた羽黒が更に頬を膨らませた。

 

 

「いい加減飲み過ぎです」妙高が、言葉ほど激しくない口調で笑った。「ちょっと頭を冷やしなさいな」

 

「……まだいらないもん」

 

「とてもそうは見えないけれど?」

 

「いらないったらいらないもん!」

 

 

 完全に駄々っ子である。神風がオロオロとし、対照的に姉三人が微笑ましいものを見たように笑った。神風が首を傾げた。

 

 

「そうですか。だとすると困りましたね」毛ほども困っていなさそうな口調で妙高が言う。それから、神風を見ながら続けた。「お水、もう頼んでしまいましたし」

 

 

 神風がきょとん、と自身を見つめる妙高を見返す。それから、那智と足柄もこちらを向いているのに気づいた。足柄が口パクで何かを伝えた。えぇ、と神風が困惑する。やったところで意味があるとは到底思えないからだった。もっとも、かと言ってやらない理由もまたなかったのだが。

 

 

「え、えぇと」神風がおずおずと手を上げた。羽黒がんゆ、と首を動かして神風を向いた。「な、なら、そのお水頂きたいです。そろそろ酔ってきちゃいましたし、お酒飲むときはお水も一緒に飲んだほうが味わえますし」

 

 

 ぴくり、と羽黒が反応する。そわそわと神風を見ていた。神風が目を見開いた。全く理由が見えないが、どうやら足柄の言う通り効果があったらしい。

 

 

「わっかりやすい」足柄が笑った。「ほら、神風もお水要るらしいけど、羽黒はどうするの?」

 

「…………いゆ」

 

「はいはい。神風お姉ちゃんに合わせられていい子でちゅねー痛っ」

 

 

 いや神風お姉ちゃんってなんですか、という神風の文句は、ビシビシと姉を叩き始めた羽黒によって代弁された。そのたびに、羽黒のたゆやかな胸やら何やらが押し付けられ、しまいには汗の良い香りまで漂ってきた。別の意味で酔いそうである。

 

 

「はい、お酒とお水のお代わりです」

 

 

 などと、姉妹の激しいスキンシップを眺めていると、鳳翔がお盆に飲み物を載せてやってきていた。はい、と妙高と那智に琥珀色の液体を渡してから、水が入ったコップを「2つ」、神風と羽黒の前においた。驚いて鳳翔をみやれば、可愛らしいウインクが視界に入った。

 

 

「ご迷惑をおかけしたようで……」恐縮仕切りと言った様子で妙高がわびた。

 

「いえ」鳳翔が何でも無い、と笑った。それに、と続ける。「ここまで大荒れする羽黒ちゃん、珍しいですから。面白いもの見させてもらってます」

 

「まぁ、嬉しくて羽目を外してるからなぁ……」

 

 

 那智が腕組みしてうんうんとうなずいた。よくわからないが、羽黒がらしくないのには理由があったらしい。取り敢えず、酔い冷ましの水をつかみ、羽黒さん、と声をかける。が、返事がない。

 

 

「羽黒さん?」

 

「……くぅ」

 

「あらら、寝ちゃってる」

 

 

 足柄がつんつん、と羽黒を突く。むにゅ、と心地よさそうに羽黒が鳴き、寝息が神風を甘ったるく包み込んだ。ぎゅう、と羽黒が抱きしめてくる。神風が恥ずかしそうに身動ぎした。

 

 

「暴れるだけ暴れて寝る、か。気楽だな」

 

「良いじゃないの。いつも気張ってるんだし」

 

「もともと、今日は羽目を外して貰う予定でしたから、好都合ですよ」

 

 

 三者三様に酒を傾けながら、少し落ち着いた調子で妙高たちが言った。神風が、それに合わせて水をこくこくと飲んだ。今更ながら、四姉妹揃っている姿を見るのに新鮮さを覚えている。妙高型との関係は深い神風だったが、一堂に介してということは無かったのだ。

 

 

「羽黒さん、いつもそんなに大変なんですか?」神風が訊ねた。「そりゃ、お仕事が忙しいのは分かってますけど、そこまで激務だって印象は」

 

「今は、ね」足柄が自分と神風に日本酒を補充した。「でも、大規模作戦実施時の執務室は地獄よ?」

 

「平時任務に加えて、物資集積の手配、遠隔地への補給線の確保、艦隊のローテーションエトセトラ……。追加人員が必要どころか、やれる艦娘も限られる」

 

「提督はああ見えてやり手ですから、不可能になる前に応援を手配するのですが」私も今回は呼ばれた口ですし、と妙高。「ただ、甘くもないですから、秘書艦にはどうしても負担がかかります」

 

「まぁ、そのあたりの精神力を見抜く力はピカイチだから深刻な問題になっていないのは流石の一言だがな。羽黒が秘書艦に決まった時、妙高姉の狼狽は凄かったし」

 

「ちょ、ちょっと、那智!」

 

「事実じゃない。羽黒にはまだ早いって直訴しに言ったのはどこの誰よ」足柄がお猪口に口をつけながら茶化した。「まぁ、私たちも同感だったから、何も言えないけどね」

 

「全く、立場が人を作るっていうのは本当だな」那智が氷を鳴らしながらしみじみつぶやいた。「姉離れ、か。考えても見なかったが」

 

「鎮守府最古参重巡の経験は伊達じゃない、ってことね」足柄が笑った。「それに、どうやら今もみたいだし」

 

 

 足柄がからから笑い、那智がどこか面白がるように背もたれによりかかり、妙高が苦笑した。妹の成長を喜んでいるんだと神風にはすぐ分かった。何故自分が見られているのかは一切分からなかったけれども。

 

 

「その」神風が重い口を何度か開け閉めしてから、慎重に言葉を紡いだ。「私、羽黒さんに何か迷惑かけたりとか、してるんでしょうか……」

 

 

 四人姉妹の上三人がきょとんとした表情で見つめ合った。すぐに失笑が漏れ出す。やっぱり何か粗相をしたのか、と神風が恐縮した。

 

 

「そうか、そう受け取るか」那智が彼女にしては珍しく、心底面白そうに笑った。

 

「真逆よ、神風」足柄が上機嫌でお猪口を乾かした。「少なくとも、迷惑なんて欠片も思ってないはず」

 

「足柄」妙高が少々焦ったような声を出した。「第三者がとやかく言うのはマナーとしてですね」

 

「マナー違反も上等よ! 変に勘違いされるよりはね」足柄が神風に身を乗り出した。「前にもちらっと言ったと思うけど、羽黒、あんたが見つかったって聞いて小躍りして喜んでたんだから」

 

「そ、それは、お聞きしましたけど」

 

「たぶん、そのイメージじゃ不足だぞ」那智が笑った。「あれ、たぶん羽黒が出来る最大の喜び方だったからな」

 

「そ、そんなにですか?」

 

「そんなにも何も、会う人会う人にその話題ですからね」妙高が何かを思い出し、ぷっと吹き出した。「那珂さんになんか、本気で心配の連絡受け取りましたし」

 

「こっちでも会えるなんて夢みたい。無事で良かった、ってね」足柄がウインクしてみせた。

 

 

 神風が恐縮仕切りで縮こまった。すやすやと気持ちよさそうに眠る羽黒に意識を向ける。どうも抱きしめて離してはくれないようだ。

 

 

「そんな、私は」

 

「貴方がどう思おうと、神風ちゃん。羽黒にとって貴方は、良き妹分であり、信頼できる仲間ですよ」妙高が穏やかな笑みを浮かべた。「まぁ、もう一つくらいありそうな気もしますけど、流石にそれは本人から」

 

「あの娘、激務が減った分、全部神風にいいトコ見せる部分に振ってるものね」足柄がまた日本酒を乾かした。「大淀情報だけど、執務室でも暇を見つけては教導計画練って、提督に誂われてたらしいし」

 

「那珂によると、水雷戦隊の戦術について講義してくれとお願いが来たらしいぞ」

 

「那珂さんにもですか? 香取さんと鹿島さんからも聞きましたけど」

 

「ま、何れにしても、今日ので全部パーでしょうけど!」

 

 

 ぶっ、と那智が咳き込んだ。はぁ、と妙高が呆れ顔になる。神風の後頭部に顔を埋もれさせてすやすや眠る羽黒が視線の先に居た。

 

 

「そ、そんなことは!」

 

「本当に~?」足柄がニヤつきながら尋ねた。「本当に、今の羽黒の顔見てそれ言える?」

 

 

 神風が恐る恐る羽黒の方を振り向いた。どうも何か絶妙なバランスで体勢を維持しているらしい羽黒の頭は、ずれることもなくすぐそこに有る。流石は最高練度艦である。

 

 目の前に、羽黒の赤ら顔がいっぱいに映る。小さく寝息を立てる羽黒の顔は安らかだ。小さな顔に整って配置された顔のパーツが、可愛らしさを際立たせている。瑞々しく桃色の唇が軽く開いて、すぅ、すぅと空気を取り込んでいた。無防備な、寝顔だ。

 

 なぜだか無性に生唾を飲み込みたくなる神風の目と鼻の先で、一呼吸遅れて羽黒が環境の変化に気づいたらしい。むにゃ、と口が歪む。それから、何の夢を見ているのか、寝言を一つ。

 

 

「かみかぜ、ちゃん……」

 

 

 にへら、とこれも無防備な笑顔が神風に届いた。酒臭いはずなのに、そんなことより甘さが際立つ吐息が神風へと吹き付けてくる。心なし酸素を求める量が増えてきた肺に、ひっきりなしに取り込まれていった。羽黒のまつげがん、と動いた。神風の心臓がひときわ脈打った。

 

 

「きれい……」

 

「ん、神風、どうしたの?」

 

「ひゃいっ!? い、いえ、頼もしいなぁと!!」

 

 

 神風が素っ頓狂な声を上げた。姉三人が苦笑した。どうやら、愛すべき妹と妹分に同じ要素を感じ取ったらしかった。無言で杯を掲げ合う。彼女らにとって、そうするに足る情景なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、今日の演習はここまでです!」

 

「あ、ありがとうございました!」

 

 

 少しぼうっとした顔が、大声でそう叫ぶと一礼する。演習終わりの高揚感だろう、と神風はそう自分の状態に当たりをつけた。

 

 

「神風ちゃん、無理だけは禁物ですからね?」苦笑しながら、今日の演習艦隊旗艦だった鹿島が神風に注意した。小悪魔っぽく笑いながら付け加える。「羽黒ちゃんから預かった以上、怪我でもされたら何を言われちゃうことやら」

 

「は、羽黒さんは関係ないじゃないですかっ」神風が急に顔を真っ赤にして鹿島に反駁し

 それはそれで過剰反応だったことに気づいて更に顔を赤らめた。もはや、演習での高揚感など目ではないくらいである。

 

「はいはい」鹿島が楽しそうに笑った。「でも、羽黒ちゃんが気にかけてるのは確かなんですから、それは自覚するよーに! 演習に気合入るのはわかりますけど、心配かけちゃ元も子も無いですよ?」

 

 

 図星を突かれた神風が固まった。くすくす、と忍び笑いする春風や、顔だけは平然としたままの神通などを尻目に、失礼します、とやけくそに大声を出してそそくさとその場を立ち去る。あ、明日からは対潜演習ですよーという鹿島の声を背に受けつつも、神風の脳裏に浮かぶのは羽黒のことであった。

 

 あの飲み会からさらに約一ヶ月。酔いつぶれて醜態を晒す羽黒は、結局神風から引き離された翌日にようやく意識を回復し、真っ青な顔で神風に謝ってきたのであった。まぁ、神風としては、去り際の寝顔だとか、陽気な飲みの席での顔だとか、何かこう色々と当ててこられた身体の柔らかさとかで、正直収支はプラスであったから謝られるいわれなど無い。無いのだが、そんな事を一から十まで羽黒に説明できるわけもなく。ともかく、『そんなに謝られるようなことされてない』と説得力のない説得に終止した神風に、でもとかいやとか言う羽黒の謝罪攻撃が続いたのは言うまでもないことであった。

 

 

「お、神風じゃない」

 

 

 足柄の声がしたのは、間宮に向かう途上のことであった。今日も今日とて、間宮で神風のことを待ってくれているはずの羽黒に会うため、神風の夕食は基本的に間宮でということになっている。

 

 

「何、顔が赤いけど、演習そんなにきつかったの?」

 

「あ、あはは、そんなとこです」

 

「ほどほどにしときなさいよ? 羽黒が心配するんだから」

 

 

 神風がまた少し赤くなった。ぷぅ、と頬が膨れている。足柄がニヤリと笑った。

 

 

「まぁ、羽黒にいいところ見せたい、って気持はよく分かるけども」

 

「お、思ってません!!」

 

「え、それを口実にまた酔いつぶれさせて寝顔をゲットしたいんじゃなく?」

 

「それはほんとに思ってません!」

 

「ん、じゃあ良いところは見せたいのね」

 

「……ぁ」

 

 

 神風のやっと落ち着き始めてきていた頬が再び赤く染まった。足柄が声を上げて笑った。

 

 

「何、どういう風の吹き回しよ。ほら、お姉さんに言ってみなさいな。ほれほれ」

 

「────っ!!」

 

 

 誂うように、足柄に頬を突かれる。神風が爆発したように顔を赤く染めた。さすがの足柄も鼻白むくらいの勢いである。

 

 

「うわ熱っ。ちょっと神風、あんた本気で大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です……このまま落ち着かせてもらえれば、大丈夫ですから……」

 

「か、からかって悪かったってば!」

 

 

 いくら何でも悪いと感じたのか、足柄が必死に謝りこんだ。お陰様でかは知らないが、神風の頬も少しは落ち着いてきたらしい。はぁ、と足柄がため息を吐いた。

 

 

「ほんと、悪かったわよ……。で、急に無理し始めた本当のところは?」

 

「……やっぱり誂うつもりですか?」

 

「違うわよ! いや、さっきはちょっとは思っちゃってたけど」足柄がぶんぶんと首を左右に振ってみせた。「秘書艦様は、新規加入艦の訓練度把握も仕事なの。それで、鹿島の真面目な報告書も見ちゃったから、心配しちゃってるわけ。で、オロオロする妹見るに見かねて姉が一肌脱いだ。それ以上でも以下でもないわよ」

 

 

 神風が言葉に詰まった。ちら、と足柄を見やれば、それだけだとか言っておきながら本人も顔をしかめてしまっている。神風が熱っぽい息を吐いた。それから、頬を再び赤く染める。

 

 

「その」

 

「うん」

 

「え、宴会の時、足柄さんとか、妙高さん那智さんと喋ってる羽黒さんを見て、良いなって、思ったんです」

 

「……うん?」

 

 

 足柄が不思議そうに首を傾げた。誂うような意図もなく、純粋に神風の言葉の意味がわかっていないらしい。だから、言いたくなかったんだけど、と神風が熱くなる鼓動を抑えつけた。

 

 

「その、羽黒さん、わたしのことは妹みたいにかわいがってくれて、それはとってもうれしいんです」神風が、必死に言葉を探しながら続けた。「でも、みなさんと話してるときの、遠慮がないっていうか、しんらいしきって自然体で話すすがたっていうか、いいなって思って」

 

「それで、自分も力をつけて、羽黒とそういうふうな関係を作れればって?」

 

 

 神風が、努めて足柄の顔を見ないようにしながらふるふるとうなずいた。足柄が目をパチクリさせてから、満面の笑みを浮かべながら神風の頬を両手で挟み込んだ。

 

 

「ふひゃっ!? あひがらしゃん!?」

 

「ああもう、可愛いこと言っちゃう子はこうようりうりー!」

 

「ひゃめっ! ひゃめてー!」

 

「ああもう、本当にほっぺたあっついわねうりうりー!」

 

 

 足柄の愛情表現は数分間にも渡ったから、終わった頃には足柄の息は若干荒くなってしまっていた。それは、攻撃を受けるだけの神風も同じことである。他人に見られると誤解されそうな美少女二人の出来上がりであった。

 

 

「それじゃ、私は寮へ戻るから」足柄がそう言って風のように去っていったのは、自分の呼吸が平静を取り戻してからだった。神風はまだ時間がかかりそうである。「あ、あと。そんだけ頑張ってるの、羽黒は間違いなく、ちゃんと見てくれてるわよ。そのことだけは忘れないようにね」

 

「は、はい!」

 

「じゃあね~」

 

 

 そう言って、上機嫌で去っていく足柄を苦笑しながら見送る。相変わらず嵐のような人だったな、と思ってから、自身の足が未だに重いことに気づいた。スキンシップが相当響いたか、日頃の疲労の蓄積か。仕方がないので、ゆっくりと歩きだした。もしかすると、いつもより遅れた時間に間宮に到着してしまうかもしれない。こんな会話した直後なのに羽黒さんを心配させちゃうかな、と神風が苦く笑った。

 

 

「ちょ、ちょっと神風? どうしたの?」

 

 

 歩くスピードを緩めて数分後。凛とした声がかけられた。誰かな、と神風が重い頭を動かす。あぁ、と心のなかで手を打った。提督だ。

 

 

「あ、司令官。お疲れさま。今日はもう上りです?」

 

「い、いや、ちょっと間宮でご飯休憩……じゃなくて」

 

 

 髪を揺らしながら、提督が神風に駆け寄ってくる。その表情は、なぜだかとても焦ったものになっていた。

 

 

「司令官? いったいどうしたの、そんなに慌てて」

 

「や、それはこっちのセリフ! 神風、貴方フラフラじゃない!」

 

「へ?」

 

 

 神風が何を言ってるんだろう、と脚をもつれさせてよろけながら言った。訓練終わりだし、さっき足柄の相手もしたし、しょうがないじゃないか。

 

 

「このくらい、いつもの──」

 

「顔も真っ赤、って熱っ! ちょ、ちょっと!」

 

 

 顔が熱いのは、さんざん冷やかされたのと、訓練の影響である。司令官、ちょっと騒ぎ過ぎじゃないか、と神風が苦笑いした。安心させるべく、声をかけようとする。

 

 

「しれいかん、かみかぜは、だいじょうぶれふよ? だか──ぁ」

 

 

 直後、神風の視界が斜めになった。柔らかい感触の上の方に、真っ青な提督の顔があった。ちょっとよろけてしまったらしい。流石にこれは心配されても仕方ない。安心させようと、声をかけようとし──失敗する。何故か、声が出なかった。

 

 

「あ、司令官さん? 神風ちゃん、訓練終わって暫く経ってるのにどこにも居なくて、見てません──か、神風ちゃん!? 司令官さん、いったい何が──!?」

 

「羽黒ちゃん! 明石ちゃんか夕張ちゃん呼んで! 大至急、最優先で構わないから! これ、たぶん──」

 

 

 神風の意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 熱い。目が覚めたとき、神風がまず思ったのはそんな感情であった。体が、燃えるように熱い。

 

 

「神風ちゃん!」羽黒の声を認識したのは、そんな異常に気づいて一呼吸も置かないくらいのことであった。「良かった。気分はどうですか?」

 

「ちょっと、だるい、です」

 

 

 羽黒の声を聞いてなぜだか更に体が熱くなるのを感じながら、神風が答えた。声は普通に出る。風邪ではないようだ。

 

 

「です、か」

 

 

 羽黒がなんとも形容し難い表情でうなずいた。安堵したような、恥ずかしそうな、そんな表情である。

 

 

「私、何か、病気なんですか?」神風が尋ねた。流石に、布団にくるまる自分を発見してその可能性に思い至らないほど馬鹿なわけではない。

 

「ぅえ!? い、いや、違いますよ!」

 

 

 けれども、羽黒の反応は神風の考えたものとは違った。やけにしどろもどろに否定されたが、何かを隠そうという意志からのそれでないことは明白だった。そうでなければ、こんなに真剣そうな表情ではあり得なかった。

 

 

「た、たぶん、過労が引き金でダウンしちゃったんじゃないかって明石ちゃんが。演習だけだと入渠で気分をリセットってことも難しいし、疲れが溜まったままだったんだろうって」

 

 

 なるほど、要するに今の自分は疲労でバテているだけらしい。神風が気怠く熱を持った体を触った。皮膚が熱く、汗ばんでいた。吐く息すら熱い。というか、呼吸が荒かった。

 

 

「そ、それと、なんだけど」羽黒が急にもじもじと口を動かした。「ひ、一つ質問なんですけど、良いかな……?」

 

「? はい、大丈夫ですよ?」

 

 

 神風がくてん、と首を傾げた。長い髪が口元に掛かっているのが気になったらしく、無意識下でそれを払う。羽黒がこくん、と生唾を飲み込んだ。

 

 

「その、神風ちゃんって、艦娘になってから、あの、ひ、一人で、シたこと、あります、か……?」

 

 

 羽黒が神風に負けず劣らずと言った塩梅で真っ赤になりながらそう尋ねた。だが、神風はといえば、羽黒の質問の意図が良くつかめていないらしい。

 

 

「? 一人で何をするんですか?」

 

 

 羽黒がはぐっ、と言葉をつまらせた。なにか変なことを聞いてしまったのだろか、と神風を真似するかのごとく汗を流し始めた羽黒を見やる。顔中を引きつらせた羽黒が、ぐるぐる目のまましどろもどろに口を小さく開いた。

 

 

「で、ですから、その、おな、いえあのっ! じ、こほん。マ、マスターベーション、何ですけど……」

 

 

 至るところで言葉につっかえながら、羽黒がやっとのことでそう言った。うぅ、とうめき声が聞こえ、白い肌が耳まで真っ赤である。が、神風の反応は、羽黒がそこまでした甲斐の無いくらい淡白なものであった。

 

 

「ああ、自慰行為ですか。って、あれって女性もするんですか?」

 

 

 自慰行為、でぴくんと震えた羽黒が、続いて出てきた言葉に体を固まらせる。が、神風としては悪気があっての話ではない。

 

 要するに、男がます掻いてるのは艦の時代に何度も目撃していたのだが、流石に女性を連れ込んだりする不届き者は存在しなかったのである。おまけに、春画本の類すら神風は見たことがない。故に、自慰を女性と結びつけることが出来なかったのである。

 

 

「というか、何で自慰経験の有無を?」神風が、気持ち頬を染めながら尋ね返した。流石に破廉恥な行為だという認識は有るらしい。

 

「い、いや! 違うの! 他意はなくって!」羽黒が何故か焦るように言う。いや、分かってますよ……? と神風が視線で全幅の信頼を示すと、あぅと真っ赤な顔がしおれていった。「その、ね。詳しい原理は未だにわかってないんだけど。か、艦娘は、せ、性的な欲求をね、定期的に解消しないと、その、調子が悪くなる、らしくって、あの」

 

「……えぇ?」

 

 

 神風が著しく怪訝そうな声を出した。羽黒が真っ赤な顔して固まった。自覚は有るらしい。だが、その反応こそ、神風にとっては真に迫るものに他ならない。何しろ、羽黒はこんな阿呆な冗談を言う艦ではないのだ。

 

 

「どういう原理なんですか、それ」たっぷり間を開けて心を落ち着かせてから神風が逆に尋ねた。

 

「その、ね」羽黒が真っ赤な顔をもじもじとさせた。「せ、性的にその、あの、む、ムラムラしちゃうと、欲求不満を、戦闘で解消しようとするんですけど。て、定期的に、お、オナ、オナニーをしないと、戦闘での消費分以上にた、溜まっちゃって、あの」

 

「わ、わかりましたっ! もう大丈夫ですっ!」

 

 

 声を震わせる羽黒を遮って、神風が大声を上げた。もちろん、言葉通り羽黒の説明を理解できたわけでは決して無い。ただただ、もじもじと手を動かし、真っ赤な顔をうつむかせながら、震える唇から熱っぽく羞恥に満ちた音声を発する羽黒を見ていると、体が熱く気だるくなって仕方がないのだった。

 

 

「そ、それじゃ」羽黒がそそくさと立ち上がった。声をつまらせながら、早口に言う。「その、こんな事言われた後じゃしづらいと思いますけどっ。ちゃ、ちゃんと、ま、ますたーべぇしょん、して、くださいね。お、お大事にっ」

 

 

 どうやら、羽黒は極論すればそれだけのために神風に付き合ってくれたらしい。何もそこまで、と思ったものの、まさか春風にやらせるわけには行かないことや、提督は提督で多忙であることを考えると、やむを得なさそうというのも事実であった。と、同時に、あれだけ真っ赤になりながら仕事を果たしてくれた羽黒には申し訳ないが、何も解決していないこともまた、事実であった。

 

 

「あ、あのっ!」

 

「ひゃ、ひゃいっ!!?」

 

 

 妙に甲高い声が飛び出して、神風がびくんと驚いた。尤も、飛び上がらんばかりに驚いた羽黒に比べればオーバーでも何でも無い反応なのだが。

 

 

「か、神風ちゃん? どうしました?」

 

 

 何事かとこちらを伺う羽黒に体を熱くしながらも、今度は神風が羞恥で頬を染めた。だが、ここで聞かなければ、羽黒が必死にこなしてくれた説明が全て無に帰してしまう。

 

 

「あの」神風が意を決したように生唾を飲み込んだ。重々しく続ける。「じ、自慰って、どうやるんですか?」

 

「へ? い、いえ、それは艦だったころに──あっ」

 

 

 羽黒が呆然と声を上げた。神風が、女性の自慰の仕方を知らないと言っていたのをようやく思い出したのだった。

 

 

「そ、そのですね」羽黒が再び赤熱していく。湯気が出んばかりの顔で、瞳がぐるぐると回っていた。「む、胸を、弄って……」

 

「む、胸ですか?」神風が思わずと言った様子で声を出した。「ぺ、ペニスではなくて?」

 

「ぺ、ぺに──あぅ」

 

 

 羽黒が真っ赤なままうつむいた。羞恥心でショートしたらしい。数秒程度で復活したのは、むしろ羽黒の高い職業意識の賜物だ。

 

 

「そ、それは、女の子の場合は違くて、あの、く、クリトリスを、なでなでしたり、弄ると、き、気持ちよく、なれて、ですね」

 

「栗と栗鼠?」

 

「え、えっと、じょ、女性器の上の、突起というか、その」

 

「女性器って、あの、お股の割れ目、です、よね」

 

「は、はい」

 

 

 羽黒が過呼吸気味の口から辛うじて肯定の声を漏らした。神風のそれを想像したのかどうなのか、息が熱っぽい。だが、その様子を見て体をますます熱せられる神風がそれに気付けるわけもない。単純な好奇心、性知識を尋ねている羞恥心、それから、それを羽黒さんに問い詰めているという非日常的な興奮が、全てを覆い隠していた。

 

 

「ふ、普段はちっちゃいんだけど、あの、き、気持ちよくなると、おっきくなるから、そうしたらそこを弄って……」

 

 

 ところどころ声を裏返しながらも羽黒が説明する。涙目どころか、泣きそうな様子である。だが、神風も真っ赤に腫れぼったくなった頬を引きつらせながら聞くしか無い。何しろ本気でわからないのだ。

 

 

「ど、どうやって、おっきくなるまで、きも、気持ちよく、なるんですか?」

 

 

 神風が罪悪感を押し込めながら問うと、羽黒がついにうつむいてしまった。押し込めていた罪悪感が神風の両親を苛むのと同時に、後ろ暗い好奇心で神風の脳内が満たされる。体が熱い。

 

 

「お、おっぱいを、揉んだり、ち、ちく、び、を! こねこねしたりすると、体が熱くなってきて、その、興奮、して!」

 

 

 それでも、神風に対して必死に答えようとする羽黒の姿勢は、間違いなく責任感に満ち溢れたものだった。あるいは、いくら事実だとしても、神風の言葉を微塵も疑っていない人の良さもあるのだろうか。しかし、神風がぴくり、と眉を動かしたのは、悲しいかな羽黒のみを張った献身によるものではなかった。羽黒の発言、その後半部によるものである。体が熱いというのは、興奮していると? 自分が、羽黒さんで? 

 

 これまで以上の羞恥心が神風を駆け抜けていった。罪悪感は発生していたはずだったが、すぐにどこかに追いやられてしまった。神風が次に何を言うのか怖いらしく、もじもじとうつむいたままの羽黒を見て、神風の口元が複雑に歪む。そうしてから、神風が何かを口に出そうとして、慌てて自分で抑え込んだ。気づいてしまえば堕ちるのはすぐだったのだった。

 

 

「わ、わかりました!」

 

 

 神風が強引に首を上下に震わせた。これ以上は羽黒が危険だったし、自分もどうにかなりそうで怖かったのだ。

 

 羽黒がぱっと顔を上げ、刹那の間だけ、安堵したような表情を浮かべた。その眦が潤っているのを発見して、黒い炎が神風を炙る。神風が、自分の判断は正しかったとようやく確信できた。

 

 

「……ほ、本当に、大丈夫ですか?」

 

 

 が、神風の想定はあまりにも甘かった。すぐに顔をこわばらせた羽黒が、離れていても熱を感じさせる顔色で神風に問うた。

 

 

「だ、大丈夫です! 本当に大丈夫ですから!」

 

 

 きゅ、と下腹部が湿る感覚に戸惑いながら神風が顔を横に振った。これ以上会話を長引かせては、そんな謎の感覚に引きずられるのが目に見えていたからだ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 羽黒と神風の視線が交錯する。神風から、先程何らかの優位を得たと曖昧に感じていた満足感が急速に無くなっていく。だが、不快からはあまりに遠いことだけが疑問であった。ただ一つ分かるのは、真摯に自分を見つめる羽黒を、いくら羽黒のためだとはいえ嘘をついたまま受け止めるのは困難だということだけだ。

 

 

「やっぱり、き、厳しいんですよね」

 

 

 視線をそらしてしまった神風に、上ずった声が優しく撫でてきた。母性を感じる甘い香りが神風の鼻孔を感じる。いや、距離が離れているんだからこれは幻想だ、と自分に言い聞かせるためにも、神風が決死の思いで羽黒へと向き直し──直ちに後悔した。

 

 

「わ、わかりました」

 

 

 母性を感じる羽黒の言葉とは裏腹に、羽黒の姿はあまりにも弱々しく、自信なさげだった。神風の吐息が熱くなり、股が知らず識らずのうちに擦り合わされた。羽黒の次の言葉に思い至り、無意識下で期待していたのであった。

 

 

「わ、私の部屋で、実際にやってみせますから」羽黒が荒い息と共に、重々しく吐き出した。「そ、それなら、か、確実に、わかり、ますよね? ねっ?」

 

「は、はい! 喜んで!!」

 

 

 大声を出してから、羽黒と神風がうつむいた。羽黒に促されて部屋を移動するまでしばらく時間があったが、神風の体のほてりは一向に収まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ、んっ」

 

 

 かくして、冒頭の情景へと至り、羽黒が己の胸を揉んで押し殺した喘ぎ声を上げた。自身の目の前でそれを見つめる神風に、おそらく誰にも聞かせたことがないだろう嬌声を聞かれたことを重々わかっている羽黒が、ますます息を荒げた。くちゅり、と水音が聞こえたように、神風には思われた。

 

 

「こ、こんな風に、おっぱいを、触ったりしてると、その、だんだん、こ、興奮、してくるので、あの、神風ちゃんもやってみて、ください」

 

「は、はいっ!」

 

 

 羽黒が過呼吸気味の吐息の中で、何とか聞き取れる程度の声量で言った。左手が自身の柔らかな乳房を揉みしだくと、そのたびにびくんと羽黒が震え、ベッドのスプリングがギシリとうめき声を出した。

 

 

「は、はい」

 

 

 思わず床に正座し、羽黒の秘所に顔を近づけていた神風が慌てて応じた。見入ってしまっていたのだった。羽黒がうぅ、と頬を赤らめた。

 

 

「ぅ、ん」

 

 

 着衣をはだけさせた神風が、見よう見まねで胸を揉む。羽黒と違い、さして大きくはない自分の胸は色んな意味で恥ずかしかったが、乳首だけは、羽黒と同じく大きく膨らんでいる。それだけが数少ない安心内容であった。悲しいかな、羽黒がそれに気づいて更に顔を赤らめている現状には気づいていない。

 

 未だ、なだらかという言葉さえ人によっては躊躇する塩梅の神風の胸は、異常な状況への緊張と興奮に震える手のひらを敏感に感じ取った。ただ、体温の高いそこを押し付けただけで、背筋に震えが走る。やわやわとおっかなびっくり、揉むと言うより手を動かすだけでもそんな調子で、神風が熱っぽく息をついた。

 

 

「き、気持ちよく、ない、ですか?」

 

 

 そんな、神風の消極的な動きを誤解した羽黒が焦ったように尋ねてきた。どうやら、この期に及んでさえ、羞恥心よりも責任感が強いらしい。かといって、羞恥心が小さいわけでもないのが羽黒らしかったが。

 

 

「そ、その、もむっていうか、あの。ち、乳首を、くりくりって、触ってあげると、気持ちよく、なれ、ますから」

 

 

 言うと、羽黒が手のひらを胸の先で円を書くように動かした。びくん、びくんと震え、声を懸命に押し殺しているが、ベッドのスプリングだけは正直だった。どうやら、手のひらで乳首を転がしているらしい。神風が真似するように、存在感の有る己の蕾を転がすように刺激した。

 

 

 

「ひ、あんっ!」

 

 

 神風が弾かれたかのように背筋を伸ばした。羽黒に負けない嬌声が飛び出す。胸先からしびれるような快感が、神風の脳天へかけて駆けていったのだった。

 

 

「き、気持ちよかった?」

 

 

 ん、と手を動かす速度を早めながら羽黒が尋ねた。表情が少し緩んでいるのは、やっと神風に実地で教えることが出来たという満足感か、それとも。

 

 

「な、なんか、びりびり、って言うのが」

 

「う、うん。わ、私も、さっきから、ずっとそうですから。おかしくなんか、ない、ですよ?」

 

 

 羽黒が安心させようとしているのか、神風にそう教えてくれる。だが、神風が反応したのは、羽黒の言葉、その後半ではなかった。羽黒さんも、さっきから、こんな感じなんだ。

 

 

「ひぅ、あんっ! ふぁっ!?」

 

 

 そう思った瞬間、突起が転がされるたびに送り出される電撃が、急に増した。ような気がする、などと悠長な話ではない。

 

 

「神風ちゃん、んっ、気持ち、あんっ、良さそう」

 

 

 羽黒が吐息を荒げていくと、神風の電流はますます強まるのである。そうすると、羽黒の手元が更に早く動いていって、白くさわり心地の良さそうな胸がくにゅりと潰れて、ますます羽黒の吐息が荒くなる。神風にとって、まったく未知のスパイラルだ。

 

 

「ち、乳首、気持ちいいんなら」羽黒が、意を決したように言った。神風に呼びかけると言うよりは自分に言い聞かせるように、蕩けた視線で自分の胸を示した。「こ、こういう風に、んっ、するのも、良いと、ひぅっ、思い、ます」

 

 

 羽黒が親指と人差指で乳首をつまんで、こりこりと動かした。魅了されたかのように見つめる神風の視線を受けて、動きが早まり、嬌声が大きくなっていく。くちゅ、と水音が響いてきて、神風の過呼吸が鼓膜を揺らした。脳みそがぐわんぐわんと揺らされる。

 

 

「か、神風ちゃんもっ、やって、みてっ? ねっ?」

 

 

 ちらちらと神風を見ながら、羽黒が急かした。ごくん、と生唾が飲み込まれる。いったいどちらの音なのか、神風にはまったく判然としない。ただわかるのは、熱に浮かされるように、自分の蕾を摘まんでいたことだけ。

 

 

「ふやっ!?」

 

 

 先ほどとは比べ物にならない電流が神風を走った。思わず前かがみになると同時に、じゅん、と股が濡れる。羽黒がそんな神風を見て、にへら、と蕩けた顔を歪ませた。

 

 

「神風ちゃんっ、んぅっ、神風ちゃん!」

 

「羽黒さんっ! ひぅっ! これ、んっ、気持ちよすぎ、やんっ! てぇっ!」

 

 

 お互いにお互いの名前を呼びながら、乳首を弾き続ける。神風が見つめる羽黒の瞳に、神風が映っているような気がした。白っぽい羽黒の裸体が赤らんで、自分の快感を追求する姿はそれほどまでに魅力的だった。

 

 

「ふぁっ! あんっ! んっ! ぅあっ!」

 

「ひゃんっ! やぁっ! んぅっ! ああんっ!」

 

 

 同じ空間に居ると言うだけで、くっついているわけでさえないのに、嬌声が溶け合ってどちらがどちらなのかさえわからなくなった。切なそうな羽黒が、身をかがめるようにして震え、寝具が軋む。羽黒の熱っぽい吐息が、そのまま取り込んでしまっているような錯覚に襲われ、神風が震えが走った。決して不快ではなかった。

 

 

「ふぁっ!?」

 

 

 そんな、永遠に続くかのような時間が唐突に終わりを告げたのは、何かに驚いたような羽黒の嬌声であった。信じられない、というように歪んでいた表情が、刹那の間に快感に塗り替えられている。

 

 

「ひぅ、なんで、やぁ! 見ないで、やぁあ!」

 

 

 そのままびくん、と羽黒がひときわ大きく震えた。耐えるようにその波を受け止めた羽黒が、全身から力を抜く。ベッドの上に、股を開いてだらんと沈んでしまった。秘部から漏れ出した液体に濡れ、タオルが変色していた。

 

 

「は、羽黒さん?」

 

 

 思わず手を止め、法悦に震える羽黒に見入ってしまっていた神風が、恐る恐る羽黒を呼んだ。

 

 

「な、で、私、イって」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから!」

 

 

 羽黒が神風の心配を強引に打ち消すかのように大声を出し、弾かれたように起き上がった。自身が達しているさまをまじまじと観察されたことに思い至って、胸での自慰を神風に見せていた以上に顔が赤くなっている。ひくり、と秘部が動いた。

 

 

「こ、こんな、こんな風に、あの、き、気持ちよくなると、その、ぜ、絶頂って言って、とっても気持ちよくなって、なるんです!」羽黒が強引に取り繕った。

 

「は、はぁ。その、男性の射精みたいな……?」神風が素で尋ねた。元が軍艦とはいえ、あまりに偏った性知識だ。

 

「しゃ、射精」

 

 

 羽黒が固まる。神風の言葉で、自分が神風の目の前で、それもめったに無い胸だけで達したことを嫌というほど思い知ったようである。頭頂部から湯気が出ている。

 

 

「え、えと、私、まだそうなってないみたいで……」

 

「はぅ!」

 

 

 神風の思わぬ追撃に、羽黒が追加でダメージを受けた。だが、神風の言うことも尤もである。気を取り直したように、羽黒が口を開いた。

 

 

「つ、つつ、次は!」はぁはぁ、と部屋の隅でも聞き取れるくらいに荒く呼吸しながら、羽黒が震える手を秘部に伸ばした。「お、おま、おまんこ、を触り、ます! こっちのが、たぶん、もっと気持ちよく、なれます、から」

 

 

 神風に対して開かれた秘裂は、中から中から湧き出してくる愛液によってぐっしょりと濡れ、妖しく震えていた。羽黒が手ずから教えてくれていること以外、女性に関する性知識など何も無い神風にとって、羽黒がどんな状態なのかそこから判断することは難しいはずである。だが、興奮しきった吐息と、緊張に震える手を見れば、それが何をしているのかは火を見るより明らかだった。何より、目を見開いてその様子を眺める自分の股も、きっと似たような状態なのだから。

 

 

「ひゃんっ!」

 

 

 つぷ、と羽黒の淫裂を人差し指が滑る。潤滑油など、必要性すら見いだせなかった。一瞬で指にまとわりついた愛液が証明を反射して煌めいた。神風が息を荒げた。

 

 

「こんな、んっ、風に、あんっ、指に、んぅっ、あ、あい、愛液、を、ひぅ、つけて、んんっ!!」

 

 

 羽黒が、言ったとおり人差し指に淫液をまとわりつかせながら言った。喘ぎ声にまみれたその説明はとても聞き取りづらかったが、神風にも羽黒にもどうでも良いことに違いなかった。神風の熱っぽい視線を浴びながら、羽黒が念を入れるように人差し指を濡らしていく。それ以上に尻に敷かれたバスタオルが濡れ、抑えきれない嬌声が部屋に響き渡った。

 

 

「つけたら、んにゅっ! こんど、はぁ、ク、クリ、んんっ! クリトリスを、触り、ますっ!」

 

 

 快感に身を縮こまらせながら羽黒が説明しきった。荒い息のまま、すがるように神風を見つめる。神風の手が、自然と自分の股に伸びた。

 

 

「ひゃんっ!」

 

 

 神風が震え、羽黒が口元を微かに歪めた。神風がそんな視線に身を震わせ、また嬌声が上がる。羽黒程ではなかったが、指が愛液で湿っていくのが感覚として分かった。だが、決してそちらは見ない。見たくないわけではない。優先すべきものが目の前にある。

 

 

「神風、ちゃん、んっ、ど、うです、ふっ、かっ?」

 

「た、たぶん、んぅっ! できてる、と思い、ま、あんっ!」

 

 

 二人して見つめ合いながら秘部に指を擦り付ける。ぶるぶると羽黒が気持ちよさそうに震え、神風が陶然とそれを見つめた。羽黒が咳払いしようとして、それを押しのけるように嬌声が出てきて失敗した。

 

 

「で、できてるか、んっ、見てあげますから」羽黒が頬を更に赤らめて言った。「も、もうちょっと、ひぅ、その、よく見せて、くだ、さい」

 

 

 神風が恥ずかしそうに頷いた。だが、もっと恥ずかしいのは羽黒さんの方だと思い返して、おずおずと股を開いた。んっ、と神風が鳴いた。無毛な恥丘を、淫蕩に熱されたとはいえ体温よりかは未だに低い室内の空気が撫でていったのだった。

 

 

「神風ちゃん、んっ、あんっ、んぅっ!」羽黒が、顕になったそこを眺めながらびくびくと震えた。それから、少し落ち着きを取り戻すと、少し俯いてはにかみながら告げた。「きれい、です」

 

 

 神風の体がかぁ、と熱くなる。嬉しさと恥ずかしさが綯い交ぜになって、神風の頭を激しく揺さぶった。

 

 

「そ、そんな」神風が否定するように首を横に振ってから、ぼそりとつぶやいた。「羽黒さんの方が、きれい、です」

 

「だ、だって、神風ちゃん、お肌とか、綺麗ですから」

 

 

 羽黒の言葉に、神風が身を震わせた。じわり、と指先が更に濡れていくのが分かる。小刻みに震える指が、その震えだけで、神風の淫部に快感を送りつけていた。

 

 

「神風ちゃん、んっ、気持ち、よさそっ、あんっ」

 

 

 羽黒が嬉しげに鳴いた。手は、本人も気づいていないのか、淫猥に己の秘部を弄り始めている。羽黒の言葉に、気分を更に昂ぶらせながらも、羽黒さんだって、と神風が心の唇を尖らせた。すぐにはたと気付く。反撃できないわけではなかった。

 

 

「羽黒さん、もっ」

 

 

 神風が口に出した。途端に、体に走る電流が何倍にもなる。自分を見つめながら悦楽を求め、身を捩らせる羽黒を明瞭にイメージした瞬間、なぜだか体が切なくなって仕方がなかったのである。だから、それをきっちりと伝えなければならなかった。

 

 

「羽黒さんも、お、まんこ、ぐちゅぐちゅって、気持ち、良さそう、ですっ!」

 

 

 羽黒の表情だけが一瞬で固まった。刹那の間に呼吸の感覚が短くなり、何かに気づいたように目を丸くして神風を眺めている。その間にも、股間にある手の動きが止まらないことだけが滑稽ですらあった。

 

 

「う、ぁ」

 

 

 羽黒が弱々しくうめき、秘部から淫汁をとろとろと垂れ流した。神風の放った言葉は、本人の意図を越えて、ただ自慰の方法を教えていたつもりだった羽黒へ、実際は感じている様をつぶさに見られていたということを嫌というほど教え込んでいるのであった。

 

 

「だめっ、だめぇっ!」

 

 

 けれども、駄目、と放たれた言葉は、神風にではなく、痴態を晒す自身に対してのものであった。何故ならば、神風に自慰の方法を教える以上、見ないで、とは言えないから。神風がその愚直な想いを一字一句理解できたわけではないが、羽黒の様子からある程度は察することが出来た。胸が、先程までの羞恥心とは別種の暖かさで満たされていく。羽黒に向けて仕返ししてやろうという気が、その反応で充分に充足された以上、神風の対応は一つだけだ。

 

 

「良い、んぅっ! です、よっ」

 

 

 擽るように秘裂を擦りながら、神風が涙目のまま感じる羽黒に微笑んだ。自分も言うほど余裕があるわけではないが、半分パニックを起こしたように感じている羽黒よりはマシであった。

 

 

「わたし、羽黒さんのっ、自慰っ、感じるところっ、あんっ、もっと、んんっ、もっと見たい、ですっ!」

 

 

 言いながら、羽黒がやっているように、少し荒々しく陰部を弄ってみせる。見様見真似であっても、いやだからこそ細かい力の調節ができていないのか、神風がぶるぶると快感に震えた。羽黒にその様子をまじまじと見られていると自覚して、更に震えが大きくなる。

 

 

「か、神風ちゃんっ!」羽黒が、切羽詰まった声で愛しい妹分を呼んだ。

 

「羽黒さんっ! 羽黒さんっ!」

 

 

 お互いにお互いの名前を呼びながら自涜に耽る。あまりにも異常で、あまりにも耽美な光景に、お互いが更にたかまって行った。発散される吐息、汗、そして淫臭が鼻孔をくすぐり、そんな感覚を更にぼんやりと体に広げていく。

 

 神風の目の前で、羽黒が腰を浮かせているのが見えた。羽黒の目の前で、神風がたまらずもう一度胸に手を伸ばしているのが見えた。神風が突き出すように腰を動かし、羽黒が己のたゆやかな乳房を手で包み込んだ。相手にそうされているかのような感覚が流れ込んで、嬌声が上がる。呼吸音は過呼吸を思わせるようなそれになり、興奮に蒸された室内が、晩夏の夕暮れのような空気になった。

 

 

「羽黒さんっ!」神風が、一段と切なそうな声で鳴いた。「なんか、来ちゃいますっ!」

 

「怖がらなくて、んっ、大丈夫、んぁっ、ですよ?」

 

 

 そんな神風を愛おしそうに眺めながら、羽黒が優しくそっと言った。「さっきの私みたく、んっ、イ、イッちゃう、だけ、あんっ! ですからっ」

 

 

 イく。絶頂。達する。知識としては朧気に知っているものだった。だが、もちろん、神風の脳裏に浮かぶのは、そんな文字だけの知識などではない。目の前の尊敬すべき女性が、実地で教えてくれた内容であった。

 

 びくりと目をつむり、幼子がなにかに耐えるように震えるあの姿。ひときわ甲高く、それでいてひたすらに甘いあの鳴き声。汗と愛液の香りが混ざった、決して良い匂いではなく、かといって嫌いにだけはなれない匂い。そして、とめどなく感じ果てた結果を垂れ流す、羽黒の一番恥ずかしいところ。

 

 

「ふぁ! あんっ! やぁ! 羽黒、さんっ! 羽黒さんっ!」

 

 

 思い起こした瞬間に、神風の手の動きがいよいよ荒くなる。乏しい正知識が、羽黒手ずから教えてくれたやり方に従って、自分の体を絶頂へと導き始めたのだった。自分を呼ぶ声を陶然と聞いていた羽黒が、びくりと震え、神風が蕩けた瞳を送った。記憶と現実が合致したのだった。

 

 

「羽黒さんっ! あんっ! も、だめですっ! イッちゃい、ふぁっ! ますっ!」

 

「神風、ちゃっ! んんっ! 私もっ! んぅっ!! 私も、もうっ!」

 

 

 だらし無く酸素を求めて口を開きながら、快感に眉をしかめる羽黒を眺めた。きっと、自分も同じなんだろうな、と一人で合点する。何しろ、さっきっからずっとそうなのだ。

 

 

「羽黒さんっ! 羽黒さんっ! 羽黒さぁんっ!!!!!」

 

「神風ちゃんっ! 神風ちゃん! かみか、ふぁあああああっ!」

 

 

 びくん、と神風が自分ではどうにも出来ない震えに襲われた。力が抜けるような感覚とともに、頭に快感と熱っぽい爽快感が送り込まれてくる。と同時に、秘部がぐじゅぐじゅになる感触がした。

 

 だが、視線だけは何があっても動かなかった。何しろ、目の前では、秘部から透明な液体を軽く噴き出しながら、真っ赤な肌を抱きしめるようにしてびくびくと震える羽黒が居るのだから。気持ちよさそうに、音の高いうめき声のような鳴き声を喉から鳴らしながら、神風をぼんやりと見つめている。神風と羽黒に、性感によらない朱色が復活したのは同時であった。絡まるように交錯した視線の先に、だらしない姿を晒した自分が居ることを思い出したのだった。

 

 

「こ、これが、じ、自慰の、やり方、です」羽黒が息も絶え絶えに言った。羞恥心と肉体的な疲労がこんがらがってまともに口が回らないらしい。

 

 

「は、はい」

 

 

 神風が、ようやく視線を逸した。今更ながらに、とんでもない醜態を晒したことを後悔しているのだった。

 

 

「そ、その」すっかり撚れ、シワが付いてしまった上着で胸を隠し、きゅっと股を閉じて淫裂を隠しなら羽黒がぼそりとつぶやいた。「今後は、神風ちゃん一人で、その、今日教わったように、してみてください」

 

「は、はい」

 

 

 神風が半ば呆然と頷いた。行為が行為だったから、頭が働いていないのだった。未だあの熱っぽさがあるのは、おそらく余韻のせいだろう、と神風がぼぅっと思った。

 

 

「で、でも、や、やりすぎは駄目ですからっ! ね?」羽黒が何かを思い出すようにしてから、慌てて首を横に振って言った。「あ、あそこだって、傷ついちゃうかも、ですし」

 

 

 神風の胸がぽぅっと暖かくなった。目の前の人が、こんな状況でも自分を案じていることが嬉しくなったのだった。神風のあこがれの人は、やはり憧れどおりなのだ。そのことに、熱っぽく微笑んでから──下腹部が、何やら疼いていることに、神風がようやく気づいた。

 

 

「少なくとも、その、一回、い、いい、イッた、ので! たぶん、体のほてりとか、その、疼いちゃうのとかは、それで治ったはずですので!」

 

 

 羽黒が早口でそう言い、立ち上がろうとした。おそらく、神風に拭くものをとってこようとしているのだろう。だが、その優しさに触れるたび、神風の疼きが増して行った。呼吸も再び荒くなってきている。

 

 

「ま、待ってください」神風が、自身の異常を訴えようと羽黒を呼び止めた。手を伸ばしている。「私──」

 

「へ? うわ、かみか、避け、きゃあっ!」

 

「わぁっ!?」

 

 

 イッたばかりの羽黒が、妹分に良いところを見せようと無理に無理を重ねていたのが不運といえば不運であった。神風が未だにまともに動けぬように、羽黒もまたそうだったのである。それでも何もなければ立ち上がって動けるのは羽黒の精神力の賜であったし──例えば呼び止めようとした神風に腕を引っ張られるような、何かがあれば駄目なのはその限界の表示であった。

 

 ばたん、と床に神風と羽黒が転がった。それだけならば問題なかったが、羽黒の柔らかな肢体が、神風に覆いかぶさっているのはまずかった。さらに言えば、お互いに足がもつれ、羽黒の鍛えられた太ももが、神風の淫部に押し付けられてしまっているのもまた、問題に違いない。

 

 

「か、神風ちゃん、ごめんなさ──」

 

 

 謝った羽黒が慌てて起き上がろうとする。だが、ぴちゃり、と太ももから聞こえてきた水音で、それは遮られてしまった。熱く滑った柔らかい肉が太ももに押し付けられ、不快感ではない細波が皮膚を走っていった。

 

 

「羽黒さんっ」

 

 

 己の湿りに湿った秘部を、羽黒のキレイな、汚してはいけないはずの場所へと押し付けながら、神風がすがるように泣いた。

 

 

「私、まだ、熱くてっ。羽黒、さぁんっ」

 

 

 神風がこくこくと腰を動かす。気づけば、無意識下のうちに羽黒の背中へと回されていた腕が、ぎゅっと抱きしめに掛かっていた。羽黒の胸元を、神風の熱っぽい吐息が温めていく。上目に羽黒を見やる神風と視線があった。羽黒が生唾を飲み込んだ。もう、離れようという気は失せていた。

 

 

「……ちゅ」

 

「あんっ!」

 

 

 羽黒が神風の額に口づけた。部屋に充満した熱気で汗ばんだそこはしょっぱくて、なのにひたすら甘い。口づけると言うより、神風を味わうような口づけを間近で眺めて、神風の体が身悶えした。羽黒の太ももを、神風のクレバスが滑っていく。子供らしい、一本筋の淫裂は既に花開き、サーモンピンクをした中身を羽黒にこすりつけていた。あまりに熱いその肉に、羽黒が神風の状態を推測したのか、神風に熱い吐息が降り掛かってきた。

 

 

「か、神風ちゃん」

 

 

 自分が出した声の大きさに驚いたのか、思わず咳払いして声量を落としながら、羽黒が神風を呼んだ。荒い呼吸の合間を縫って、生唾を飲み込んでいる。

 

 

「こ、腰、もうちょっと、その、上に、持っていけます?」

 

 

 神風が、快感に支配された頭を最大限回転させた。ふと、自分の臍のあたりに、湿っぽく熱い熱源があることに気付く。動悸が激しくなった。羽黒の言うとおりにしたらどうなるのか、期待でいっぱいになったのだった。

 

 

「んぅ、ふぁ、あんっ」

 

「ぁっ、んんっ、ひぅっ!」

 

 

 神風が、もぞもぞと体を動かした。愛液や汗といった粘液で滑りやすくなった肌と肌が擦り合う。そのたびに体がびくんと震え、神風と羽黒が小さく鳴いた。それでも、柔らかな肢体に飲み込まれること無く、神風が腰を懸命に動かした。秘部が擦れ、秘芯が転がる快感を必死に抑えつつ、羽黒が言うとおりの場所に動かす。そして、ようやくたどり着いた。

 

 

「あん、ふぁあっ!」

 

「ひ、やんっ!」

 

 

 くちゅり、と今まで以上の水音がした。秘所が熱く湿ったものに触れ、柔らかな肉に包まれた。見るまでもない。羽黒の秘部とくっついたのだ。

 

 

「はぐろさん、あそこ、あっつ、い」神風が、下腹部からじんじんと送られてくる多幸感に震えながら言った。

 

「かみかぜ、ちゃん、おまめ、勃ってる」羽黒が、何もかもが蕩けた顔で股を震わせた。

 

 

 羽黒が、神風の後ろに腕を回した。きゅっと抱きしめる。無論、神風の腕は羽黒からうごいてなど居ない。甘い吐息と淫臭、それからお互いに熱い膚が、快感を刺激しあった。神風が過呼吸気味になる。ままごとのような抱き合いでもこれなのだ。秘部を、羽黒さんのあそこに擦りつけたら、いったいどうなってしまうのだろう、と思う。じゅん、と秘所が更に濡れた。神風だけのものではなかった。

 

 

「いい、ですよ」羽黒が陶然と頷いた。「かみかぜちゃんが、やりたいように、してみて、ください」

 

 

 羽黒の言葉は、母性とか、姉っぽさとか、そういった優しさに満ち溢れていた。けれども、神風には、なぜだかその強く厚い皮の中に女としての切なさが詰まっているように感じられて──とてもうれしくなる。羽黒の言葉に従わない理由がない。

 

 

「ひぁんっ!」

 

「ひぅあっ!!」

 

 

 くちゅ、という音で溺れそうになりながら、神風と羽黒がお互いにつかみ合った。秘所が灼けそうに熱く、そんなこと気にならないくらい電流が走った。

 

 

「はぐろさんっ! これ、これぇっ!」

 

「かみかぜちゃんっ! かみかぜちゃんっ!」

 

 

 神風と羽黒の腰が大きく動き、秘部をこすり合わせた。そのたびに、神風からは羽黒の名前が溢れてきて、羽黒からは神風の名前が飛び出てくる。そのたびに、二人の股が濡れそぼっていった。

 

 神風が羽黒の顔を見上げた。身長差から、ちょうど胸元から首元にかけて顔をうずめるような形になっていた神風から、羽黒の顔はそこまでよく見えない。だが、神風を導いていると言うより、快感にただ振り回されている姉貴分の顔を見るには、それだけで十二分だった。

 

 瞳に映る、羽黒のあられもない顔。首のあたりに押し付けられてくる乳房の感触。汗でぬめり、熱く、そして柔らかな羽黒の膚。すがるように力を込めている羽黒の腕。滴り落ち、口に入っては飲み下されていく甘い汗。汗臭さなど一切感じない羽黒の匂い。水音と嬌声が綯い交ぜになった音。それから、陰部の感触。五感全てが、神風に快感を伝えていき、それはおそらく、羽黒も同じことであった。先程から、違う、今日部屋に入った時から。いや、もしかすると、羽黒と再びあったその日から。高まり続けてきた神風に、もはや我慢の余地はない。

 

 

「はぐろさんっ! はぐろさぁんっ! 来ちゃう! また、来ちゃいますっ!」

 

 

 泣きそうな声音で神風が叫んだ。実際、悲しいのである。神風が全てで感じている羽黒が、このままだと居なくなりそうで、全てが終わりそうで、寂しいのだ。この時間がずっと続いていて欲しい、月次だし無意味な願いだが、今の神風の率直な本心でもあった。

 

 

「いいですよっ、んっ、神風ちゃん」

 

 

 そんな神風の様子に気づいたらしい。顔だけは切なげながらも、あらん限りの優しさを用いて神風をあやしながら、羽黒が腰を振った。

 

 

「イって、あんっ、良いんです。わたしも、んんっ、もぅ、来ちゃいます、ひぅ、からっ!」

 

 

 恥ずかしそうに言葉を途切れさせながらも、羽黒が神風の背中をなでた。新たな刺激はすぐに快感となって神風を襲う。神風が、駄々をこねるように首を左右に振った。羽黒がふっと微笑し、それから刹那の間だけ思案してから、意を決したように神風に自身の顔を近づけた。

 

 

「はぐろさんっ! やだ、はぐろ、ん、ちゅ、むぅっ!?」

 

「ん、れる、かみかぜひゃ、んちゅ」

 

 

 神風の口へと何かが入り込む。沸き起こる快感を嬌声として排出することしか考えていなかった神風の口に、それを拒む余裕はない。熱っぽく、神風を包み込むように、神風の口を探検し尽くすかのように、ともかく動き回ったその舌が、神風の舌を絡め取る。それがやっと羽黒のものだと分かった瞬間、神風の体が赤子のように弛緩した。ろくに力らしい力がかかっているのは、快感を貪る腰と、そこに1ミリたりとも空隙を入り込ませたくもない腕だけだ。

 

 

「かみかぜ、ひゃん」羽黒が神風の口を舐め取りながら、蕩けるように言った。「いっひょに、いこ?」

 

 

 恥ずかしそうなそのはにかみを間近で見て、神風の秘部がきゅう、と締まった。下腹部の疼きはとどまることを知らない。羽黒の太ももがもぞもぞと動いた。はにかみに、羞恥が更に足されたように神風には見えた。つまり、羽黒も神風と同じなのだ。そう思った瞬間、神風が決壊した。

 

 

「はぐろひゃん! はぐろ、さぁんっ!」

 

「かみかぜちゃん! かみかぜちゃんっ!!」

 

 

 神風が、腰を大きくグラインドさせた。ひぅ、と神風と羽黒が同時に鳴く。神風の肉芽が、羽黒のそれに重なったのであった。充分に屹立し、存在感の有るお互いのそれが、お互いをくりくりと刺激しあった。限界であった。

 

 

「はぐろさ、ああああああああっ!!?」

 

 

 神風が小柄な体をびくびくと震わせて果てた。秘裂がひくひくと蠢き、ぴしゅ、と羽黒の陰部に何かがかかった。神風の潮だった。

 

 

「神風ちゃん! わたしも、ふぁあああああああああっ!!」

 

 

 羽黒もまた、すぐに法悦へと加わった。羽黒の若いながらも成熟した肢体と、神風の瑞々しい体がびくんびくんと震える。それがまた相手に刺激を与え続けて、満潮が引いていくほどのゆったりとした時間を掛けて、絶頂が細波として二人に吸収されていった。

 

 

「……羽黒、さん」

 

 

 暫くして。やっともろもろ落ち着いた神風が、恐る恐ると言った様子で声を掛けた。頬が赤い。結果的にどうなったのかを考えれば当たり前だ。

 

 

「少しは、落ち着きましたか?」

 

 

 羽黒が、またあの恥ずかしそうな顔ではにかんだ。神風がぶんぶんと首を縦に振る。

 

 

「よかった」

 

 

 羽黒が神風の頭をなでた。その手は未だ余韻に熱せられて暖かかったが、それ以上の熱に浮かされていた頭には心地よい。思わずうっとりしかけて、神風が慌てて気を取り直した。

 

 

「す、すみませんでした」

 

 

 神風がしゅんと頭を下げる。ほとんど本能だけで動いていた後半、かなり成り行き任せで羽黒に体を委ねたのだから当然である。強引に、と言い換えても通じるんじゃないかと神風は理解していた。

 

 

「あ、謝ることなんかないですっ!」

 

 

 尤も、少なくとも形ばかりでも叱責が返ってくるという予測は大きくハズレた。何やら、神風よりも必死そうにその謝罪を打ち消したのである。

 

 

「わ、私も、あの、気持ちよく、なっちゃい、ましたから」

 

 

 恥ずかしそうに目をそらして羽黒が言う。血潮が未だに引かない頬の色づきを見て、神風が小さく息を呑んだ。自然と言葉が口をついた。

 

 

「羽黒さん、綺麗、でした」

 

 

 何を口走っているんだ私は、とすぐに内心で冷や汗をかく。けれども、羞じるように俯いた神風の耳に入った羽黒の言葉もまた、神風の予想と違っていた。

 

 

「そ、その、ありがとう、ございます」

 

「わ、わ」

 

 

 神風を撫でていた手が、そっと頭を胸元へと押し付けた。再び、湿っぽい柔肌と心地のよい塊に触れ、神風が羞恥と気持ちよさで真っ赤になる。だが、その直前、神風の瞳は、はっきりと羽黒の表情を見ていた。

 

 

「そう言ってもらえると、うれしい、です」

 

 

 羽黒の、たしかに恥ずかしそうだったが、心底から嬉しそうに歪むその顔を。

 

 神風の下腹部が、じわり、と熱くなった。

 

 

 

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