「……本ッッッ当ォォォに!どうしょうもないわね!」
校内女医の怒りが大噴火だった。
眼鏡の奥の
「こんッ、なに遅刻して――バカじゃないの!?」
こめかみをヒクヒクさせ、ゴム手をはめた手に、殺菌スプレーを吹き付ける。
「むかえのクルマ出したのに……情報いってなかったか?」
白衣の男の一人が、
週末にあてがわれた寮の場所は、練成校から10kmばかり離れていた。それを知った『ポンポコ』は、めんどくささに一時帰寮もあきらめ、わたされた機体マニュアルの分厚いコピーを、テスト勉強の要領で、この土日どうにか頭に入れる事に専念したものである。
さて月曜の朝、例の黒メガネ二人組を寮の門前で待っていたが、いっこうに彼らの車はこない。仕方がないので近くのバス停にいき、路線図を読み解いてバスに乗ったはいいが、道が交通事故で渋滞していたため、怖い顔をしたスタッフの一人が待ち受ける正門に着いた時には、登校時間を大幅に過ぎていた。そのまま首根ッこをつかまれ、上級生用の医療棟に
――朝イチで技査フライトなんて聞いていません!
……と、文句を言おうとしたが、女医の手が”
外された貞操帯は、連結したプラグやカテーテルごと、わきのステンレスのカゴに放り込まれている。コイツにはヒドい目にあった、と『ポンポコ』は、うらみがましく横目でにらんだ。
定期的に襲ってくる便意。おまけに何かのきっかけで、プラグと貞操帯が強弱にバイブするのだ。思いきって手持ちのツールナイフで格闘したのだが、よほど頑丈な
「いいわ。さ!とっととチャンバーに入る!」
新品の彼専用ゲシュタルト・スーツは、すでに圧力チャンバーの下にセットされ、ぶら下がっていた。
全裸にカーボン・パンツという恰好で階段を上がり、すこし高いところにある圧力室に入ると、ドアを内側から閉める。床には穴があり、それはGスーツの首もとと連結されていた。直前に使った者が女子候補生だったらしく、女物のコロンの匂いが、かすかに。
「送圧します――
圧のかかったエアが送られ、連結されたG・スーツがわずかに広がる。あらかじめ説明を受けた通りに、ふくらんだ風船に入る要領で、首元の所からスーツの中に滑り込む。
中にはいると、
「
スピーカーから注意され、足先から順に身体が締めあげられてゆく。
「まえよりキツい――です、ぅ……」
「ガマンなさい!そのうち体温で組成変化がおきて、ちょうど
首もとのユニットが閉じられると、自動的にチャンバーからポロッと分離された。
すかさず白衣の一団が『ポンポコ』の身体をまんべんなく触り、チェックが入る。
上体どころか腕をまげるのもきびしい。カチン、カチンと金具を鳴らし歩くと、本当にアンドロイドになった気分。それに、締めつけによってカーボン・パンツの
電話が鳴り、自動的にスピーカー・モードに切り替わる。
《クソ
いま終わりました!と女医が声高に叫びかえすと電話は切れた。
チラッと腕時計を見て、
「では“プリブリ”へ。みなさんお待ちかねよ――Zu dess」
「……Zu dess」
ちからなく彼は挨拶を返し、一団に見送られて部屋を出る。
とびらが閉まる瞬間、白衣の男の一人の声で、
「キチ〇イ
ガシャン、と扉が閉まり、あとの言葉はギロチンにかけられたように。
不安な心持ちと、全身を圧迫される感覚に
大きく深呼吸して中に入ると、薄暗い部屋の中、各人の飛行特性に沿わせたG・スーツを着込む候補生たちが着席したまま体をねじり、いっせいに彼のほうを見た。
その数、ざっと十数名。
(――おい、『ポンポコ』だぜ?)
(一年坊じゃないか!あいつも今回の作戦に?)
部屋がすこしザワつく。あえて彼はそれを気にしないようにして声を励《はげ》まし、
「……遅れてすみません」
フライト・プランの説明をしていた飛行教導員が、レーザーポインターを使い機動エリアらしき場所を示しつつ、身ぶりで空いている席に着くよう伝える。
機動空域は、技査フライトにしては、ずいぶん東の方だ。
「――であるから、警報の有無にかかわらず、突発的な“
沈黙。3Dプロジェクターの画面が、無人偵察機と浮遊型・重力波レーダーの索敵画に切り替わる。
となりにいた二年の候補生から、黙ってプリントの
薄暗がりで目をこらし、表題を見て『ポンポコ』はおどろいた。
[非定常・耀腕捜索飛行活動
・耀腕の発生を
・選抜候補生においては雲海近辺の
・王宮付き教導団/実験中隊が耀腕の特性をさぐるために接近。偵察ポッドを……
『ポンポコ』の体から血の気が引き、G・スーツの
――なんだよコレ。技査フライトじゃないじゃん!
――これじゃ、実戦だよ!なんで自分が……一年なのに……。
説明を担当する航界主任が、彼の混乱をよそに、教壇の上で何か
「――もともと、本作戦は一ヶ月前から、
耀腕が大写しになる。
居ならぶ候補生たちは、暗雲を割って
3Dプロジェクターの投影が消え、部屋に明るさがもどった。教壇ちかくにいた学年教科主任が、今回の作戦のため、特に選抜された候補生の顔をながめわたし、
「昨今、緊縮財政のあおりを受け、どこの錬成校も予算がキビしい。西のほうでは今年も五、六校が閉鎖になるそうだ。もちろんこの東日本エリアでも状況はおなじ。つまりこの作戦を急ぐのには、他校にさきがけ成果を宮殿に報告したいという思惑もある」
あぁ、そういうことか――という候補生たちのシラけた雰囲気が一瞬、広がる。それを敏感に察したか、教壇で説明していた航界主任は、たくみに話題を一般論にすり変え、時事問題にリンクさせつつ、
「ちかごろ
ドン、とこぶしで教壇が叩かれた。そして
「
ここで航界主任は語勢を一転、声の調子をわずかに落とし、
「……これはまだ未確認の極秘情報であるが、三日前、
候補生たちの顔が、引きしまる。
「探査院にとって、もはや時間はあまりない。一日!一刻もはやく!この耀腕の弱点をさぐり、大破断の大元にたどり着かなくてはならない。今回の作戦は、そのための反攻・第一弾だと、そう心得るように」
壇上の説明者が引き取ったあと、わきに立つ学年教科主任が、
「なお、今回は特別に、一年から
以上、
「起立――敬礼!」
解散したあとは、各自で滑走路に向かう。その途中『ポンポコ』は上級生からさっそくイジられた。ひやかすような口ぶりが、頭上から交互にふりそそぐ。
「ゼロ番台の機体で飛ぶのかよ!いまどき
「『オレ、この作戦が終わったら彼女に告白するんだ』とか考えてない?」
「雲海の底についたら連絡よろしく。メールおくってね♪」
「知ってるか?雲海の中には、幽霊がいるんだぜ?それがオマエの魂を喰うんだ……」
なれない貞操帯が填まる尻を叩かれたり、感応ヘルメットを取られそうになったり。
「――およしなさい!上級生が、みっともない!」
騒いでいた一団が振りむくと、三年の略章をつけた女子候補生。
――“ブラン・ノワール組”……の黒い方。
まっすぐな髪を切りそろえ、後ろは腰のあたりまで。
肌の白さとも相まって、まるで顔つきは日本人形のよう。
しかしその瞳は――氷のように
女性は体のラインをさらすことを嫌い、だいたいが貫頭衣か短い白衣をはおっている。だが彼女は、スレンダーでありながらメリハリの効いたボディを誇示せんばかりに、光沢のある黒いGスーツでギチギチに
「『ポンポコ』君、だっけ?可愛いW/Nだこと。気にしちゃダメよ。話は『モルフォ』から聞いてるわ。私は『黒猫』。ヨロシクね。フィー、いらっしゃい」
温度を下げた声で彼女がうしろを向くと、これまた金髪の人形を想わせるような二年生が、オズオズと顔をのぞかせた。白いG・スーツの控えめな胸と、貞操帯ユニットが浮きでる下腹部。それを黒猫の体の後ろにまわることで隠している。
『黒猫』は、自分のかげに隠れようとする下級生を前に押し出し、相手がイヤがるのもおかまいなしに、その胸をまさぐりながら、ウェーヴのかかった相手の金髪に
「この仔は『オフィーリア』。わたしのウィングメイトよ。アナタと私たち、今後も一緒に飛ぶ機会があるかも知れないから、ご挨拶させておくわね」
それにしても、と彼女はフト顔をくもらせ、
「ゼロ番台で飛ぶの?スゴいのね――でもムリしちゃダメよ?」
「そのぅ……“
え、と全員の空気が固まった。
「あなた――知らないで
「知らないもなにも、自分はてっきり今日は技能査定の追試だと……指定搭乗機も今回がはじめてで。その、そんなにボロい機体なんですか?」
『ポンポコ』の言葉に、固まった空気が、さらに重くなった。
「なんか……イヤーな雲ゆき」
「この作戦、そういやウサン臭いウワサがありました。西との取引がどうとか」
「アレほんとかな?殉職者をだせば、その分補助金が……」
「バカいうな!ウワサだウワサ!選抜に落ちた奴らが、やっかんでいるのさ」
「……。」
暗くなりかかる雰囲気。
だが、一人が、それを振り
「ま、われら航界士候補生。飛べと言われたら――飛ぶさ……だろ?」
この言葉に、一団の空気が、ふふっ、と笑いくずれるように変わる。
「……そうね。アタシは飛ぶの好きだし」
「俺だって耀腕の一本や二本ぐらい、どうってコトないさ――怖くなんかないぞ」
「『ポンポコ』、きみは、どうだ?覚悟、できてるか?」
とっさに話をふられ、この集団の最年少者は、内心あわてながら、
「ボクは……まだわかりません。耀腕とか、出会ったことないし」
「こいつビビってやがる。大体、なんで一年坊が出てくるんだ?」
「アナタと違ってそれだけ才能あるんでしょ?自信持ちなさい、ポンくん。ここにいるハンパな男どもとは大ちがい。結局は――」
「キサマらぁッ!何モタモタしとるかぁッ!」
四角く切り取られたように明るい廊下の出口で、仁王立ちの人影が現れた。
「クソ耀腕のクソ一本や二本だと?クソいい度胸だ!候補生2104『ウーラン・ツヴァイ!』だな?」
次いで『エースマン』の調子が、いくぶんニヤついたものになり、
「きょうのクソ事象面斥候は、キサマに任せる!クソ先行して、クソ状況を、クソ正確に、クソ伝達しろ!クソ全員――クソ駆け足!」
『ウーラン・ツヴァイ』は、なぜか
『オフィーリア』の、ひかえめな笑い声……。