※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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008:特殊作戦のこと、ならびに戦友たちのこと

「……本ッッッ当ォォォに!どうしょうもないわね!」

 

 校内女医の怒りが大噴火だった。

 眼鏡の奥の瞳(ひとみ)が、冷たい炎を発している。

 

「こんッ、なに遅刻して――バカじゃないの!?」

 

 こめかみをヒクヒクさせ、ゴム手をはめた手に、殺菌スプレーを吹き付ける。

 

「むかえのクルマ出したのに……情報いってなかったか?」

 

 白衣の男の一人が、手元(てもと)の端末をチェックしながら、非難がましくチラ見する。

週末にあてがわれた寮の場所は、練成校から10kmばかり離れていた。それを知った『ポンポコ』は、めんどくささに一時帰寮もあきらめ、わたされた機体マニュアルの分厚いコピーを、テスト勉強の要領で、この土日どうにか頭に入れる事に専念したものである。

 

 さて月曜の朝、例の黒メガネ二人組を寮の門前で待っていたが、いっこうに彼らの車はこない。仕方がないので近くのバス停にいき、路線図を読み解いてバスに乗ったはいいが、道が交通事故で渋滞していたため、怖い顔をしたスタッフの一人が待ち受ける正門に着いた時には、登校時間を大幅に過ぎていた。そのまま首根ッこをつかまれ、上級生用の医療棟に拉致(らち)られて、手荒く準備される。

 

 ――朝イチで技査フライトなんて聞いていません!

 

 ……と、文句を言おうとしたが、女医の手が”うしろ(アヌス)”に新しいプラグを入れなおしている最中とあっては、ヘタに口ごたえするのも怖(お)っかない。黙ってしおらしく、されるがままになっていた。

 

 外された貞操帯は、連結したプラグやカテーテルごと、わきのステンレスのカゴに放り込まれている。コイツにはヒドい目にあった、と『ポンポコ』は、うらみがましく横目でにらんだ。

 

 定期的に襲ってくる便意。おまけに何かのきっかけで、プラグと貞操帯が強弱にバイブするのだ。思いきって手持ちのツールナイフで格闘したのだが、よほど頑丈な繊維(せんい)らしく、440ステンレスの刃がボロボロになっただけ。そして今日、今度填(は)められた貞操帯は、オムツから更に進化して、カーボン状のメカニカルなパンツに進化していた。それがバチン!という音とともに、骨盤の上でロックされる。

 

「いいわ。さ!とっととチャンバーに入る!」

 

 新品の彼専用ゲシュタルト・スーツは、すでに圧力チャンバーの下にセットされ、ぶら下がっていた。

 全裸にカーボン・パンツという恰好で階段を上がり、すこし高いところにある圧力室に入ると、ドアを内側から閉める。床には穴があり、それはGスーツの首もとと連結されていた。直前に使った者が女子候補生だったらしく、女物のコロンの匂いが、かすかに。

 

「送圧します――鼓膜(こまく)に、気をつけて!」

 

 圧のかかったエアが送られ、連結されたG・スーツがわずかに広がる。あらかじめ説明を受けた通りに、ふくらんだ風船に入る要領で、首元の所からスーツの中に滑り込む。剃毛(ていもう)された脚に触れるスーツの冷たさと、潤滑剤のヌルつきに、あらためて彼は慄然(りつぜん)とした。なにか異様なものに、決定的に憑(と)り込まれてしまったような。そんな感覚が、ふたたび。

 中にはいると、若干(じゃっかん)膨(ふく)らんだ状態のまま、外のスタッフも手伝い、G・スーツの位置を直してゆく。着付けるメンバーは金曜の午後と変わりがなかった。黒メガネ二人組の姿が居ないことを除けば。

 

「圧(あつ)抜きマース!耳抜きヨロシク」

 

 スピーカーから注意され、足先から順に身体が締めあげられてゆく。

 

「まえよりキツい――です、ぅ……」

「ガマンなさい!そのうち体温で組成変化がおきて、ちょうど馴染(なじ)むから」

 

 首もとのユニットが閉じられると、自動的にチャンバーからポロッと分離された。

 すかさず白衣の一団が『ポンポコ』の身体をまんべんなく触り、チェックが入る。

 上体どころか腕をまげるのもきびしい。カチン、カチンと金具を鳴らし歩くと、本当にアンドロイドになった気分。それに、締めつけによってカーボン・パンツの緩衝部(かんしょうぶ)が縮み、うしろのプラグが体内に、さらに食い込んでくるのが分かった。

 電話が鳴り、自動的にスピーカー・モードに切り替わる。

 

《クソ医療班(いりょうはん)!まだか!いつまでかかりやがる?》

 

 いま終わりました!と女医が声高に叫びかえすと電話は切れた。

 チラッと腕時計を見て、

 

「では“プリブリ”へ。みなさんお待ちかねよ――Zu dess」

「……Zu dess」

 

 ちからなく彼は挨拶を返し、一団に見送られて部屋を出る。

 とびらが閉まる瞬間、白衣の男の一人の声で、

 

「キチ〇イ沙汰(ざた)だな……まるでいけに――」

 

 ガシャン、と扉が閉まり、あとの言葉はギロチンにかけられたように。

 不安な心持ちと、全身を圧迫される感覚に苛(さいな)まれたまま、『ポンポコ』は節電のため薄ぐらい廊下をコチコチと歩いて、不安な心持ちのまま『プレ・ブリーフィング室』とステンレスの札がある飛行前打ち合わせの扉に立つ。

 大きく深呼吸して中に入ると、薄暗い部屋の中、各人の飛行特性に沿わせたG・スーツを着込む候補生たちが着席したまま体をねじり、いっせいに彼のほうを見た。

 その数、ざっと十数名。

 

 (――おい、『ポンポコ』だぜ?)

 (一年坊じゃないか!あいつも今回の作戦に?)

 

 部屋がすこしザワつく。あえて彼はそれを気にしないようにして声を励《はげ》まし、

 

「……遅れてすみません」

 

 フライト・プランの説明をしていた飛行教導員が、レーザーポインターを使い機動エリアらしき場所を示しつつ、身ぶりで空いている席に着くよう伝える。

 機動空域は、技査フライトにしては、ずいぶん東の方だ。

 

「――であるから、警報の有無にかかわらず、突発的な“耀腕(ようえん)”発生に留意せねばならない。現状、手持ちの高々度監視機と休眠中のレーダー・サイトを暫定(ざんてい)復活させているが、一朝一夕(いっちょういっせき)にはいかん」

 

 沈黙。3Dプロジェクターの画面が、無人偵察機と浮遊型・重力波レーダーの索敵画に切り替わる。

 となりにいた二年の候補生から、黙ってプリントの束(たば)が渡された。

 薄暗がりで目をこらし、表題を見て『ポンポコ』はおどろいた。

 

 [非定常・耀腕捜索飛行活動要諦(ようてい)]

 

 ・耀腕の発生を促(うなが)す力場形成(りきばけいせい)誘導弾を……

 ・選抜候補生においては雲海近辺の境界面(きょうかいめん)まで降りて囮(おとり)となり……

 ・王宮付き教導団/実験中隊が耀腕の特性をさぐるために接近。偵察ポッドを……

 

 『ポンポコ』の体から血の気が引き、G・スーツの窮屈(きゅうくつ)さが気にならなくなる。

 

 ――なんだよコレ。技査フライトじゃないじゃん!

 

 威力捜索(いりょくそうさく)だか敵性研究(てきせいけんきゅう)だか分からない代物の作戦要諦(さくせんようてい)をまえに、彼の頭は真っ白に。あまりに突然すぎて、震(ふる)えすらこない。

 

 ――これじゃ、実戦だよ!なんで自分が……一年なのに……。

 

 説明を担当する航界主任が、彼の混乱をよそに、教壇の上で何か喋(しゃべ)っていた。

 

「――もともと、本作戦は一ヶ月前から、極秘裏(ごくひり)に準備していたものだ。それが先日の耀腕遭遇(ようえんそうぐう)事故である!不幸な出来事とはいえ、反面、これはもう天佑(てんゆう)というほかない」

 

 耀腕が大写しになる。

 事象震(じしょうしん)と共にあらわれる、航界士の敵。

 居ならぶ候補生たちは、暗雲を割って顕(あらわ)れる巨大な光の腕の映像に、凝然(じっ)と見入る。

 3Dプロジェクターの投影が消え、部屋に明るさがもどった。教壇ちかくにいた学年教科主任が、今回の作戦のため、特に選抜された候補生の顔をながめわたし、

 

「昨今、緊縮財政のあおりを受け、どこの錬成校も予算がキビしい。西のほうでは今年も五、六校が閉鎖になるそうだ。もちろんこの東日本エリアでも状況はおなじ。つまりこの作戦を急ぐのには、他校にさきがけ成果を宮殿に報告したいという思惑もある」

 

 あぁ、そういうことか――という候補生たちのシラけた雰囲気が一瞬、広がる。それを敏感に察したか、教壇で説明していた航界主任は、たくみに話題を一般論にすり変え、時事問題にリンクさせつつ、

 

「ちかごろ巷(ちまた)では「航界士制度を廃止せよ」という論調も、一部のマスコミに散見される。それどころか!耀腕は『大破断』をおこした神の意志の具現(ぐげん)だとする市民団体すらある。断片化した世界を渡ろうとする人間に対しての天罰だと――実に、バカバカしい!」

 

 ドン、とこぶしで教壇が叩かれた。そして憤懣(ふんまん)やるかたなしといった表情で、

 

「現状維持(げんじょういじ)さえできればいいという一般市民は、その現状維持をつづけるのにどれだけの努力と、資金と、また時として今回のような血が!費やされているか見ようとしない。そして恐るべきは、この愚かな風潮が趨勢(すうせい)の度合いを増しているというコトなのだ!」

 

 ここで航界主任は語勢を一転、声の調子をわずかに落とし、

 

「……これはまだ未確認の極秘情報であるが、三日前、廻廊(かいろう)の中継点となる“基地”のひとつが、突発性の巨大な事象震により消失した。負傷者・行方不明者は分かっていない……ターミナル・ステーションが崩壊し、すくなくとも数千人が、雲海に呑みこまれたと推測される」

 

 森(しん)、と部屋の空気が重くなった。

 候補生たちの顔が、引きしまる。

 

「探査院にとって、もはや時間はあまりない。一日!一刻もはやく!この耀腕の弱点をさぐり、大破断の大元にたどり着かなくてはならない。今回の作戦は、そのための反攻・第一弾だと、そう心得るように」

 

 壇上の説明者が引き取ったあと、わきに立つ学年教科主任が、

 

「なお、今回は特別に、一年から抜擢(せんばつ)された者がいる――候補生『ポンポコ』だ。彼は経験値を稼ぐため、特例でこの作戦に参加させた。先輩である諸君は、そのW/N(ウィングネーム)に恥じぬよう、立派な機動を彼に見せてやってくれ。候補生『ポンポコ』は気負わず、先輩たちについて行くぐらいの気持ちで飛べばよい。ムリはするな」

 

 以上、鋭意努力(えいいどりょく)せよ、とこの人物は言葉をむすぶ。

 

「起立――敬礼!」

 

 解散したあとは、各自で滑走路に向かう。その途中『ポンポコ』は上級生からさっそくイジられた。ひやかすような口ぶりが、頭上から交互にふりそそぐ。

 

「ゼロ番台の機体で飛ぶのかよ!いまどき騎乗(きじょう)型コクピット?勇気あンなぁ」

「『オレ、この作戦が終わったら彼女に告白するんだ』とか考えてない?」

「雲海の底についたら連絡よろしく。メールおくってね♪」

「知ってるか?雲海の中には、幽霊がいるんだぜ?それがオマエの魂を喰うんだ……」

 

 なれない貞操帯が填まる尻を叩かれたり、感応ヘルメットを取られそうになったり。

 

 「――およしなさい!上級生が、みっともない!」

 

 騒いでいた一団が振りむくと、三年の略章をつけた女子候補生。

 

 ――“ブラン・ノワール組”……の黒い方。

 

 まっすぐな髪を切りそろえ、後ろは腰のあたりまで。

 肌の白さとも相まって、まるで顔つきは日本人形のよう。

 しかしその瞳は――氷のように冽(つめ)たく、動かない。

 女性は体のラインをさらすことを嫌い、だいたいが貫頭衣か短い白衣をはおっている。だが彼女は、スレンダーでありながらメリハリの効いたボディを誇示せんばかりに、光沢のある黒いGスーツでギチギチに縛(いまし)められた豊かな胸や括(くび)れたウエスト、そして排泄用のユニットが丸わかりな下腹部や、かたちの良い脚を周りに見せて、臆(おく)する気配がなかった。不意に、その冷涼な面差(おもざ)しがフッ、とやわらかく緩(ゆる)んだかと思うと、

 

「『ポンポコ』君、だっけ?可愛いW/Nだこと。気にしちゃダメよ。話は『モルフォ』から聞いてるわ。私は『黒猫』。ヨロシクね。フィー、いらっしゃい」

 

 温度を下げた声で彼女がうしろを向くと、これまた金髪の人形を想わせるような二年生が、オズオズと顔をのぞかせた。白いG・スーツの控えめな胸と、貞操帯ユニットが浮きでる下腹部。それを黒猫の体の後ろにまわることで隠している。

 

 『黒猫』は、自分のかげに隠れようとする下級生を前に押し出し、相手がイヤがるのもおかまいなしに、その胸をまさぐりながら、ウェーヴのかかった相手の金髪に頬(ほお)をよせ、

 

「この仔は『オフィーリア』。わたしのウィングメイトよ。アナタと私たち、今後も一緒に飛ぶ機会があるかも知れないから、ご挨拶させておくわね」

 

 それにしても、と彼女はフト顔をくもらせ、

 

「ゼロ番台で飛ぶの?スゴいのね――でもムリしちゃダメよ?」

「そのぅ……“0(ゼロ)番台”ってなんです?」

 

 え、と全員の空気が固まった。

 

「あなた――知らないでアサイン(割り当て)されたの?」

「知らないもなにも、自分はてっきり今日は技能査定の追試だと……指定搭乗機も今回がはじめてで。その、そんなにボロい機体なんですか?」

 

 『ポンポコ』の言葉に、固まった空気が、さらに重くなった。

 

「なんか……イヤーな雲ゆき」

「この作戦、そういやウサン臭いウワサがありました。西との取引がどうとか」

「アレほんとかな?殉職者をだせば、その分補助金が……」

「バカいうな!ウワサだウワサ!選抜に落ちた奴らが、やっかんでいるのさ」

「……。」

 

 暗くなりかかる雰囲気。

 だが、一人が、それを振り祓(はら)うように、

 

「ま、われら航界士候補生。飛べと言われたら――飛ぶさ……だろ?」

 

 この言葉に、一団の空気が、ふふっ、と笑いくずれるように変わる。

 

「……そうね。アタシは飛ぶの好きだし」

「俺だって耀腕の一本や二本ぐらい、どうってコトないさ――怖くなんかないぞ」

「『ポンポコ』、きみは、どうだ?覚悟、できてるか?」

 

 とっさに話をふられ、この集団の最年少者は、内心あわてながら、

 

「ボクは……まだわかりません。耀腕とか、出会ったことないし」

「こいつビビってやがる。大体、なんで一年坊が出てくるんだ?」

「アナタと違ってそれだけ才能あるんでしょ?自信持ちなさい、ポンくん。ここにいるハンパな男どもとは大ちがい。結局は――」

「キサマらぁッ!何モタモタしとるかぁッ!」

 

 四角く切り取られたように明るい廊下の出口で、仁王立ちの人影が現れた。

 

「クソ耀腕のクソ一本や二本だと?クソいい度胸だ!候補生2104『ウーラン・ツヴァイ!』だな?」

 

 次いで『エースマン』の調子が、いくぶんニヤついたものになり、

 

「きょうのクソ事象面斥候は、キサマに任せる!クソ先行して、クソ状況を、クソ正確に、クソ伝達しろ!クソ全員――クソ駆け足!」

 

 『ウーラン・ツヴァイ』は、なぜか恨(うら)みがましい目でポンポコをにらむ。

 『オフィーリア』の、ひかえめな笑い声……。

 

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