※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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078:         〃           (後

 

 護衛を従えて一団に近づく“狩りの女神”。

 

 『九尾』の耳には、密(ひそ)やかな賛美の声が小波(さざなみ)のごとく群衆の間を伝わるのが聞こえた。

 ため息と、羨望。賛嘆。あるいは邪(よこしま)な窺覦(きゆ)と劣情。

 不本意ながらも、ちょっとまんざらでもない気分。しかし一部の貴婦人や少女たちからは、彼の美しさを己(おのれ)の存在を危めるものとしてとらえるのか、憎々しげな陰口がヒソヒソと。

 

 満面の笑みをたたえて一番はじめに近づいたのは“西のヤリチン”こと耳成(みみなし)院の大僧正だった。法衣で包んだ2mはある巨体をゆらし“狩りの女神”を、その抹香(まっこう)臭い袈裟(けさ)で待ちかねたように抱きしめる。

 

「おぉ、おぉ……さすがは儂(わし)の『成(・)美(・)』ドノぢゃ」

 

 抱きしめていた“女神”の身体をいちど離し、面(おもて)をシゲシゲと看る。

 

「流麗、高雅、理知にして淫奔。凡(すべ)ての魅惑がここに……」

 

 サワるだけで勃起(ボッキ)するワイ(まぁそりゃそうだよねby珍歩)……と言いつつ、肉厚な唇をだらしなく緩め、指輪が食い込む曲げた指の甲で『九尾』の頬をいとおしげにさすって。

 

 真珠のティアラが飾られるウェーヴのかかった赤髪の額。

 黄金の首輪が巻かれた白い首筋。

 

 『九尾』は『九尾』で、この六十がらみな巨老の眼差しに「好色」と「冷徹」と。そして何より隠しようもない狂気じみた「残忍」さを看て取る。

 

 アイシャドウと長い睫毛の奥から見返す『九尾』の緊張した視線は、この大僧正の満足げな笑みをさらに倍加させ、まるで美しい珍獣を手中につなげたかのように、

 

「これを愚僧が独り占めできるとは、まっこと冥加(みょうが)に尽きることぢゃて」

「おやおや――これはお手のはやい僧正どのですコト」

 

 落ち着いた声が、背後から近づき、二人の傍らに立った。

 第二王女が、白い園遊会用のドレスをまとい、微笑を浮かべて。

 

「さ、お愉(たの)しみは今しばらく。今は園遊会の皆様にも、悦(よろこ)んで頂かなくては」

「コレは!愚僧ともあろうものが――つい地が出てしましたわい……」

「まぁまぁ……ほほほほ……」

 

 好色な舌なめずりをのこし、渋々と大僧正は居並ぶ人々のなかに『九尾』を押し出した。

 もしこの時、僧正の胸の内を披(ひら)いて見れば、以下のような脂ぎった独白(モノローグ)が聞けたことだろう。

 

(ふン、楽しみは後に取っておいた方が、歓びも、ひ(・)と(・)し(・)お(・)と言うものぢゃて……さて、この淫猥ショタ。どうしてくれよう?単に女(メス)にするだけでは飽き足らん。もっと惨(みじ)めな境遇に堕として、蠱惑な衣装を強いて纏わせた全身を、内からどうしようもない情欲(よく)に炙(あぶ)られながら儂(ワシ)の肉棒(もの)を涙ながらに希(こひねが)うよう仕向けんと、老若男女(すべて)の読者(みなさま)も、満足せんぢゃろうて……ンゥ?)

 

 去ってゆく女神の短いスカートからチラチラする生(なま)尻を、巨躯をゆらしつつ頭巾の影より凝(じ)ッと見つめて。そしてはやくも怒張する巨大ないちもつの位置をさりげなく直しつつ、

 

「獣人(ケモ)ショタ化かな?ふふふ……イヤがる意識を保ったまま、下半身をジワジワと蛇(へみ)に?あるいは長毛種の猫少女(むすめ)。胴を切断して人馬も佳(よ)いか?それとも……いっそ家具にしてやろうかぃ。もちろんアソコは残しての?あるいは置物か。たんに人形(ドール)とするには、芸がなさすぎる。否(いや)!否(いや)!あまりやりすぎると、まァた『玲瓏の翼にエロは似合いません!』などと読者の皆様にお怒りを受けるから喃(なう)。まぁ仰るとおりなんぢゃが――難しいコトぢゃて……だいたい“なろう”の――」

「僧正どの――お声、お声が出ていましてよ?」

 

 やんわりとたしなめる“蘭の王女”。

 大僧正はよだれの浮く口元を、あわてて懐の袱紗(ふくさ)でおおう。

 

 “七つのヴェールの舞い”の一部が、楽団によって始まった。

 

 『九尾』は貴婦人の一人からうすいマントを借りうけ、弓矢を高価な茶器のならぶテーブルにさりげない素振りで措くと、楽曲(がく)にあわせ、華麗なステップを踏む。

 

 体に付けられた装具を涼(すず)やかにならしつつ、ときおり吹く暖かな風に援(たす)けられ、“女神”はマントをゆるやかに、そして巧(たく)みに翻(ひるがえ)し、扇情的なふりつけで優美な舞をみせる。その実、彼はマントの襞(ひだ)の影に援(たす)けられ、マスカラ彩(いろど)る流し目の奥で、抜かりなく居ならぶ貴顕を品定めするのをわすれない。

 

 ――ふん……どれもこれも。

 

 と、『九尾』は指先まで行き届いたマイムを華麗に演じつつ、己(じぶん)では気付かぬほどの妖艶な媚態を見せつけながら、ともすれば皮肉な目つきになりかかるのを制しつつ、人々を観察した。

 

 男たち、とくに中年~初老のエスタブリッシュメントは、いずれを窺っても欲ボケした顔をさらしキリがない。若い連中は連中でカマー・ベルトの下、タキシードのズボン前を突っぱらかせて。

 

 対して女性陣は女性陣で、なにやら含みのあるアヤしげな目つきでヒソヒソ顔を寄せ合い、自分の舞を羽根扇(おうぎ)ごしに見守っている。

 

 そこはかとなく漂う、レズビアンの馥郁(ふくいく)たる香気。

 

 アレグロなターンの連続。

 そして、開脚した渾身のジャンプ。

 楽団のフォルテッシモと同時に――着地。

 おどろいた。練習(レッスン)もしてないのにピタリと合う。

 習い性というのか、やはり身体は覚えているらしい。

 同時に調教で受けたムチの味と革の縛り心地もよみがえって。

 

 金髪(ゾーロタ)に銀髪(シリブロ)。

 

 なにより、あの黒髪ロングな女の日本人形めく切れ長な微笑が。

 

 叙情的に余韻を引く最後の音と共に、ひと幕の華麗な舞は終わった。 

 おぉ、と高貴なる一団から、お上品にざわめく気配がユラリ、全体に波及する。

 さすが園遊会に集うような来賓たちは、大げさに賛嘆することはしない。木々のそよぎを想わせる微笑と静かな賛辞。手袋ごしに拍手するこもった音。コーギーが二匹ばかり、人々の興奮にあてられたかのように盛んに吠える。

 

 大きな帽子をかぶった一人の少女が、白い面紗(ヴェール)を降ろしたまま、気を利かせたかのようにタオルを手にして近づいた。

 

「はい、『九(・)尾(・)』――お疲れサマ」

「ありがとう御座います……マドマゼル(お嬢さま)」

 

 少女が面紗(ヴェール)を上げる。

 悪戯(いたづら)っぽい笑みと青い目が彼を見上げた。

 

 ――シモーヌ……!

 

 よりにもよって、一番会いたくなかった存在。

 

 これでもう“瑞雲”の仲間とヨリを戻すのは、絶望的となったかと瞬時に悲壮な覚悟をきめる。女装すがたの演舞を写した動画フォトを修錬校中にバラ撒かれ、女同士に連れそうトイレでのヒソヒソ話。しまいには、あのフルチンでドヤ顔をした映像も、ウラで流されて。

 

 いまは送り迎えは人目を避け、護衛のセダンでされている。

 これが休憩中は視聴覚室から一歩も出ずに、コソコソ過ごす自分を想像する。

 もともと嫌われていたのだから、たいした差は無いと思われるが、そこに羞恥(はじ)が加わるのは、やはり痛い。『エースマン』の冷たい目つきも、ますますトゲトゲしくなるだろう。サラ先輩は、どうおもうだろうか。

 そもそも自分は、このまま好奇の視線に晒されながら、心も折れないまま無事に卒業できるか自信がない。いっそのこと転校を申請したほうが良いのか。そして――できるなら、W/N(ウィング・ネーム)の改名を……。

 

「大丈夫よ、そんなに身構えなくても――ダレにも言わないわ」

 

 どうだかな、と『九尾』はアヤぶむ。

 

「今日は……ビアンの“お友達”はいかがなさいまして?」

 

 せめてもの反撃に、『九尾』は工事中のエリアで偸(ぬす)み見した同級生との秘め事を、あてつけに話題にする。あの娘は――なんと言ったか。

 

 ――こちら十五の、あちら十六。

   おんなじ部屋で眠る仲。

   とても鬱とわし九月の夕ぐれ。

   か細い二人の眼は青く、

   頬に苺の赤味さす――   ※

 

「イヤねぇ……女言葉もすっかり板について」

「こっ、これは……そのぅ。声帯(ノド)も、いぢられて……」

「知ってるわ。それに大丈夫よ?貴方が『成美』ってことは、探査院・特秘事項とされたから。もっともそのスジにはバレバレで、きょうの園遊会のように“公然の秘密”ってやつだけど」

「探査院の特秘事項?なんで?」

「版権の問題もカラんでるみたい。ビックリしたぁ、まさか、アナタが」

「瑞雲(がっこう)のみんなには、ナイショですよ!?」

 

 登校しずらくなっちゃう、と彼があとを続けた継いだときだった。

 (えッ?)と今度はシモーヌがおどろいた顔をする。

 

「アナタ――瑞雲(ずいうん)ヤメるんじゃないの?」

「……辞めるって、どうして?」

「どうしてもコウしても……」

 

 シモーヌは辺りを気にしつつ、レースの手袋をはめる手でヒソヒソと耳打ち。

 

「だってアナタ、無礼い……“耳成(みみなし)院”サマのお稚児(ちご)サンになるんでしょ?」

「え?っていうか、オチゴサンって、ナニ?――七五三?」

「プ。違うわよバカね。夜のおつとめも果たす男の子のことよ」

 

 それを聞いたとき、『九尾』の脳裏には地下墓地の奥でぬすみ見た助祭と児童の痴態が思い出された。もっともそれは、メドン・ドールでみたドスぐろい光景にかなり上書きされて、マイルドな印象になっていたが、それでも自分がはじめて見た衝撃の行為ということで、忘れがたいものになっている。

 

 過去にくぐり抜けてきた数々の修羅場。

 一歩間違えれば、自分が“性処理道具”にされていたという事実。

 『タチアナ』の、真正な成美(オリジナル)の。

 そしてイサドラをはじめ、あの店で見た様々な光景が。

 

「ボクが……夜のおつとめを?」

「ちがうの?この園遊会だって、そのためのお披露目の意味が……」

 

 シモーヌは、薄物から浮き出ている『九尾』の乳首をツンツンと、美しく整えた爪先でつついてから、いかにも“フェムタチ(男役)”らしく宝○チックな笑みをうかべ、

 

「残念。もっと早くに知ってたら――可愛がってあげたのに」

「冗談じゃない。ボクにそんな趣味はないよ――ありません!」

「そぅ?わたしとしても、ソッチのほうが妄想はかどるわ。ネ?あなたは絶対“責め”の方よ!あのデカい坊さんは“受け”にしちゃいなさい?冬の「例大祭」は、アナタと“無礼院”で作るわ!」

 

 ふんス!とシモーヌは鼻息もあらく、イミ不明なことをまくし立てる。

 

「なんで、あのデカい坊さんを『無礼院』って言うんだい?」

 

 そのとき宮廷付属のメイドが、キッチンワゴンに紅茶のポット。焼きたてのスコーン。それにクリームポッドを載せてやってきた。さっそくシモーヌはスコーンにクリームをつけて襲いながら、

 

「横ヤリ通すのが十八番(オハコ)だからよ。東宮も、なかなか頭が上がらないみたい。ちょっと前、西ノ宮の錬成校で名の通った美形の候補生を、モノにしようとしたらしいんだケド。モノの見事にフられたらしいわ。『蓮華(れんげ)』、とか言ったカナ?そのあてつけに、そのコ。今度の『勅任航界士試験』に出させるんだって」

 

 知ってる?とシモーヌは更に言いつのり、

 

「今度の“御前試演(ごぜんしえん)”なんかヤバいみたいよ?気象庁の話によれば「事象震」の規模がハンパないって。たぶん、出演する候補生はほとんど殺られるってハナシだけど。でもそのかわり鼻先にブラさげるニンジンも相当なものらしいわ……コンドミニアムや、ブガッティのリニア・スポーツどころじゃないって。ま、当然よね。だれも手に入れられないんだもの。でもイイこと?このコトは――ナイショよ?」

 

 『九尾』も、メイドから“トリオ”仕立てのティーカップを受け取った。

 スコーンをメイドから微笑とともに勧められるが、先ほどまで、あれほどあった食欲も、今の話を聞いてゲンナリ吹っ飛んでいる。

 

 ――ここにもまた“大きな手”が。

 

 彼は、遠くで西の事務次官と談笑する第二王女(蘭)をながめた。

 あるいはチラチラと好色な目で自分を窺(うかが)う、坊主頭な西の将校たち。

 

 重くなってくる胃に、アール・グレイの香りと温かみが有難い。

 

「瑞雲のみんなは……なにしてます?」

「べーつに。あいも変わらず、演習と実技試験。そうそう、アナタが居ない間に、4組の『空(カラ)電池』と『脚(ギア)無し』が接触事故おこして退校(リタイア)したわ。それぞれ片腕と腎臓、前頭葉に障碍(しょうがい)。国立の養護科高校が受け皿になって、そっちに移るみたい」

「『牛丼』や『山茶花』は……」

「あの二人は、相変わらずよ。『牛丼』は精神物理のテストが赤点だったらしく、ヒーヒー言ってるし」

「ボクのこと……なにか話題になってる?」

「ぜ~んぜん。みんな自分のことだけで忙しいし」

 

 すでに――自分の手の届かない世界になった感のある日常をきかされ、どこか懐かしい。

 

 数式を並べた電子黒板や、教室にひびく教官の声。

 墜落事故を目撃するまでの、あの退屈な午後の授業は、なんと平和で恵まれていたものだったか。

 幸せなんて、亡くしてはじめて分かるんだな、と『九尾』は口中の苦みを紅茶とともに味わった。

 

 黒い士官ドレスを着た伝令役の女官が足早にやってきて、楽団が控えるステージまで来るよう、第二王女の命令を伝えに来た。

 

「ほぅら、おいでなすった。You,女の子に――なっちゃいなさい?」

  

 お休みの日に呼んでくれたら、ベッドの上で可愛がって ア・ゲ・ル♪と意味深な笑みを洩(も)らし、シモーヌがドレスの上からでもわかる尖った肩と薄い尻を見せて去ってゆく。

 

 さらに重さを増す胃のうえに、“朱雀院”の少年から渡されたペンダントの感触を護符としながら、この“女神”は狩りを司るものらしく決然とした足どりで、一団の中でも抜きんでて背の高い大僧正と、蘭の王女が並び立つところへと歩んでいった。

 

 すでに、何事かの申し送りは、できていたらしい。

 一座は『九尾』が近づくのを待ちかねた風。

 

 やがて蘭の王女が彼を伴いステージに立つと、短い口上をひとくさり。

 それは――

 

・昨今の探査院をめぐる状況は、予算や外面環境等、あらゆる意味でキビしい事。

・問題を同じくする西ノ宮から、このたび協力の申し出があった事。

・その外的環境では、4年毎な今春の“事象震”が激烈なものと予想される事。

・『勅任(ちょくにん)航界士試験』の難易度があがり、候補生の損耗(ぎせい)が予想される事。

・そのため褒賞(ほうび)を篤くし、同時に精鋭の候補生による試演を目標とする事。

 

 そして――。

 

・こたびの試演に於ける出場者リストには、瑞雲校『九尾』の名も入っている事。

 

 さすがに最後の口上は、一座に不吉なざわめきを喚(よ)んだ。

 第二王女は、悠揚(ゆうよう)せまらず双腕(もろうで)をあげ、人々の不安を押し鎮(しず)めながら、

 

「どうか、どうか皆のもの!お聞き召されい――そこで只今(ただいま)、いとも尊き西ノ宮は『耳成院』の大僧正どのより、過分な申し出を頂いた。すわなち、此度(こたび)の事象震に候補生『九尾』をあて、その美しさを死地に臨ませるはいかにも剣呑(けんのん)。それ故(ゆえ)東宮からの“永久親善大使”として、候(・)補(・)生(・)『(・)九(・)尾(・)』(・)を(・)『(・)耳(・)成(・)院(・)』(・)に(・)嫁(・)が(・)せ(・)、西と東との連帯を更なる緊密なものとし、日本事象面における諸々の難局を、あらゆる方面にわたって凌(しの)ぐという、ご提案ぢゃ!」

 

 おぉ、という一団からのざわめき。

 

 いささか芝居がってはいたが、それはどこかホッとするような、あるいは何かの期待がかっているような雰囲気を、園遊会に集う人々の面にもたらした。

 その半面、一部の華族や武官からは、うつむいた表情に唾棄すべきことを聴いたと言わんばかりな面差しの歪みを見て取る。それはおもに東の貴顕に多いようではあったが……。

 

 いならぶ数百の人々をまえに、蘭の王女は傍らなる女神を“慈愛をこめた”眼差しで見やった。だがメゾン・ドールで“魂の純潔”と引き換えに得た『九尾』の洞察力は、そんな欺瞞(ウソ)を許さない。第二王女の視線に込められたものは、あたかも屠畜場におくられる豚を見るような“哀れみ”。そして、こちらが何も知らされず操られることへの“嘲り”の近似値に他ならないのを彼は分光器にかけるように冷静に解析する。

 

「もちろん、候補生『九尾』には――選択の余地を与えます。『勅任(ちょくにん)航界士試験』に出場し、あたら華(はな)の命を散らすか――あるいは西への親善大使となり、栄達の道をすすむか……」

 

 はやくも西ノ宮の坊主頭な侍従たちが、『九尾』が着るべき袈裟を用意しているのが窺える。「最悪の場合」を予想してか、ど(・)こ(・)か(・)で(・)見(・)覚(・)え(・)の(・)あ(・)る|コ(・)ン(・)ト(・)ラ(・)バ(・)ス(・)の(・)ケ(・)ー(・)ス(・)すら。

 

「もちろん、応(いら)えは明らかですね?――さぁ、その口で皆に宣誓しなさい!」

 

 もの凄い精神的強制波(プレッシャー)が、壇上を支配した。

 『九尾』の首から下げたペンダントが、鳩尾(みぞおち)のあたりで震える。

 

 ――特定シナプス促進波!

 

 王女の二重顎のうえで、唇が嗤(わら)っていた。

 

 

                ★

 

 「よいか?――『九尾』どの」

 

 小公子との別れぎわな言葉を、彼はおもいだす。

 

「わしの愛する人、わしの希望、わしの初めての真実なる友……その方らの第二王女(蘭)は卑劣な手練手管を用いて、その方を“無礼院”への生け贄とする算段ぢゃ。さきに儂(わし)が申したであろう。「最大多数の最大幸福」は朕(ちん)の……儂(わし)の好むところではないと」

 

 少年は分別くさい顔で己(おのれ)に言い聞かせるよう、ひとつ頷き、

 

「こたびも左様(そう)ぢゃ。そなた独り犠牲となれば八方丸く収まる。西と東、それぞれ互酬(ごしゅう)としてな?だが儂は厭なのぢゃ……それゆえ儂はそなたにコレを授けよう」

 

 小さな当主は、自分の首に下げていたペンダントを外すと『九尾』にかけ、そのまま彼に抱き着いた。

 互いの鼓動を交換し合うような、不思議な満足感に満ちたひととき。

 

「やはり……母様(かかさま)の匂いぢゃ……」

 

 そのまま暫し、動かずに黙(もだ)していたが、

 

「“蘭”(あの女)は特殊な波動を用いて、己(おのれ)の意にそなたを沿わせようとするであろう。これはその波動を打ち消す装身具ぢゃ。西でもホンの数家しか持っておらぬ。東の者でこれを持つ家を、儂はしらぬ」

 

 よいか『九尾』どの、と小公子は更にいいつのり、

 

「万難を排し、道をすすんでくりゃれ。そして最後に、ちn――儂のところに嫁ぐのぢゃ。儂は……そなたをいつまでも待っておる」

 

 涙ぐむ少年。

 『九尾』も、静かにうべなった。

 

「若さまも――わたくしとの約定を、お忘れなきよう……」

 

 ささやかなキスが、ふたりの間を結んだ。

 

 

               ★

 

 

 その情景を想い、『九尾』は覚えずほほ笑んだ。

 それを観た第二王女も「事は成就せり」と思ったか莞爾(ニッコリ)として。

 だが彼が微笑したのは――口づけの後に少年が、カァっ、と赤くなったその初心(ウブ)な様を好ましく思い出したからに他ならない。

 

 彼は、低いステージから園遊会に集まった中央官僚や高級将校。華族や、それに連なる人々、そしてもちろん宮殿に関連する有象無象を、どこか尊大な面持ちでながめやった。それはどこか中世の風刺画に出てくる“愚者の群れ”にも似通うように、この一(・)介(・)の(・)候補生には思われた。

 

 ――こんな奴らのために!

 

 候補生(ボク)たちは苦労している!と『九尾』の面(おもて)に朱がそそぐ。

 

 既得権益にドップリと漬かり、安寧として日々を送る目の前の人々。

 そんな彼らを守るため、航界士たちは命をささげる必要が、意味が、あるのか。

 

 死んでいった『ホース・ヘッド』や『カマキリ』

 容態が急変し、還らぬ人となった『ペンギン』

 成仏できない『オフィーリア』、そして脳死の『シャ・ノワール(黒猫)』

 下劣な欲望の闇に呑まれた『タチアナ』

 『空(カラ)電池』と『脚(ギア)無し』は障碍者に。『牛丼』と『山茶花』は進路に苦しんで。

 いまだ謎めいた『ホスロー』上級大尉。

 そしてなにより――『ドラクル』先輩……。

 

 かくいう自分は、女に――人形(ドール)にされかかり、もはや取り返しもつかぬほど心を犯され穢(けが)されて、いままた生臭坊主の傍女(はしため)として“ご奉仕”の人生を送らされるところ。すでに、自分という確固とした“実存”すらも危ぶまれて。

 

 様子がおかしいと思ったのだろう。

 第二王女が傍らの秘書官に目くばせ。

 同時に『九尾』の鳩尾(みぞおち)に下がるペンダントの震えが、カユみを帯びるほど激しくバイブする。

 

 もし、あ(・)の(・)少(・)年(・)と出会ってなかったら、いまごろは第二王女の申し出を強制的に受諾し、メス奴隷への道を転げ落ちていったことだろう。それでなくても己の中に、あの調教感覚はどんな脱・洗脳処置をうけても消しがたいほど残されているのを実感する。

 

 

 男としての存在意義。

 

 女としての受愛欲求。

 

 候補生としての矜持。

 

 ま(・)だ(・)ら(・)になった自己。

 

 

 ほんとうの――自分……?

 

 欲望にみちた視線をうけるうち、不意に戛然(かつぜん)とひらめくものがあった。

 

 そうだ、と彼は何でこんなコトに気付かなかったのかと怪しむ勢いで、

 

 

 

 

 

 

――自分は、もはや「男」ではない――「女」でもない――「候補生」であることすら怪しい。ただ、自分の周囲に蠢(うごめ)く汚さに辟易(へきえき)しつつ、それでも最後の時まで、しぶとく生きていかなきゃならないと考えている、『九尾』と、かりそめに名乗る自分。この存在だけは――確かなのだ。

 

 

 

 

 

 

 だれの評価もいらない。

 どんな賛辞も無意味だ。

 ただ歩き続ければいい。

 

 そう考えたとたん、あれほど自分を苦しめていた懊悩(なやみ)は、まるで触媒によって霧散してしまったかのように跡かたもなかった。

 

 深呼吸を三度(みたび)。

 『九尾』を自認する“実存”は、居並ぶ人々を見渡した。

 

「――みなさん!」

 

 凛(りん)とした女性の声が、室内庭園に響きわたった。

 『九尾』は、自分の気迫が一団に浸透するのを注意ぶかく待つ。

 傍らで、第二王女がギョッとたじろぐ気配。

 

 やがて――頃(ころ)は佳(よ)しとみたか、おもむろに、

 

「航界士は、この世の理(ことわり)を明らかにし、人類を共栄共存に導く、その橋渡しとして存在するものであります!決して――決して一部の貴顕の私利私欲や、既得権益の保護のために存在するものではありません!私、航界士候補生『九尾』は!皆さんが日々の安寧のなか、平和に、そ(・)し(・)て(・)正(・)し(・)い(・)道(・)の(・)な(・)か(・)に(・)人(・)生(・)を(・)お(・)く(・)り(・)、さいごは平穏の中でこの世を去れるよう、多くの先輩たちと等しく、私もまた、人々の日々の礎(いしずえ)に――その犠牲になる覚悟であります!どうか――どうか航界士を!ご理解頂きたい!今この時の平穏は、彼等の血のにじむような努力で贖(あがな)われていることを一瞬――一瞬でよいから、銘記していただきたいのです!……どうか……どうか!」

 

 あとは声にならなかった。

 今までガマンしてきたものが、一気に押し寄せてきたかのように胸が詰まる。

 くそっ、と『九尾』は自分のふがいなさに心の中で地団駄をふんで。

 

 しかし、彼の半ば涙でむせぶ声の代わりに、まぎれもない、真正の拍手が沸き起こった。

 手袋ごしの、お上品なものではない――本物の感情。興奮。賛辞。

 ブラボー!の声さえ、あちこちで。

 

 女神の姿(なり)をした者は、泣き笑いで自分を囲む一団を眺め渡した。

 雲間の間から陽光が地上に降り注いだような、たしかな暖かさ。

 

 もっともそれは半分以上、大僧正への当てつけが入っていたかもしれないが。

 “無礼院”の顔が赤黒くそまり、手にした大ぶりの数珠がはじけ飛ぶ。

 第二王女の顔からは、余裕を含んだ笑みが消えた。

 仮面は剥(は)がれ、能面のような面差しが、はったと『九尾』を見すえる。

 やや久しくして人々の歓声もおさまったころ、蘭の王女はおもむろに、

 

「今後――そちと袂を分かつときが来ぬよう、宮殿は切に願うぞ?」

「御意にございます――殿下」

 

 今は涙を祓った『九尾』は、いかにも鷹揚に微笑する……。

 

 

              * * *

 

 

「ふふっ――♪」

 

 『控えの間』で彼はひとり、椅子にダラしなく座りながらほくそ笑む。

 

 ――あの時の王女の顔は、傑作だったな。ざまァみやがれってンだ。

 

 【ひとの感情を弄ぶ“おたふくの白豚”】

 

 これが、蘭の王女に関して、彼がたどり着いた評価だった。

 おそらく今この時も、自分の処遇をめぐり高官たちと議論を戦わせているに違いない。

 なかなか案内が現れないのは、そのためだろう……。

 

 

 





※ヴェルレーヌ「女友達」:Pensionnaires
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