※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

102 / 117
079:遺される候補生たちのこと、ならびにサラの怒りのこと

 

 

「今後――そちと袂を分かつときが来ぬよう、宮殿は切に願うぞ?」

「御意にございます――殿下」

 

 今は涙を祓(はら)った『九尾』は、いかにも鷹揚に微笑する……。

 

              * * *

 

「フフッ――♪」

 

 『控えの間』で彼はひとり、椅子にダラしなく座りながらほくそ笑む。

 

 ――あの時の王女の顔は、傑作だったゼ(・)。ざまァみやがれってンだ。

 

 【 ひとの感情を弄ぶ、“おたふく”の白豚 】

 

 これが“蘭の王女(第二王女)”に関して、彼がようやくたどり着いた結論だった。

 おそらく今この時も、自分の処遇をめぐり高官たちと議論を戦わせているに違いない。

 なかなか案内役の女官が現れないのは、そのためだろう――好きにしやがれ。

 

 ――あの園遊会が、航界士となる決定的なきっかけだったのか。

 

 『九尾』はザッとその後の記憶を漁る。

 園遊会のあとも、思い出したくもないコトがたくさんあった。

 ほんと、自分はソンするように出来ているなと悲しくなってしまう。

 

 ――いや、違う。決定的なことが、もう一つあったじゃないか。

 

 沈思黙考する『九尾』。

 その目が何事かを思いついたかのように光る。

 

 ――そう、あれは……。

 

 思索の細い糸をつなごうとするが、単調な音が、それを打ち切る。

 『控えの間』で相変わらず存在感をしめす、黒檀製の棺桶めいた柱時計。

 振り子の音が立てる重々しさは変わらないが、もはや候補生たちの耳には沈鬱に響かない。代わって豪華な広間を満たしているのは、ある種の後ろめたさだった。

 

 ためらいがちな気配がオズオズと近づく。

 そして「あの……」と消え入りそうな声。

 

 振りむけば、彼が身代わりになった『若梅(わかうめ)』とかいう若年候補生。

 いまは目の充血もおさまり、『九尾』が見ても嫉妬するほどのプニプニとした若々しい肌に、緊張のあまり紅潮した色をのせて。

 

「あの――なんて言ったらいいか」

「じゃ、何もいうな」

 

 そんな、と少女とも見まがう、この候補生はグッ、とうなだれた。

 とはいえ『九尾』もいまだ女性らしさが完全に抜けていないので、一見すれば女子高の不良先輩と付属中学でパシりにされた生徒に見えなくもない。

 

「ははっ。冗談だよ――バカだな……気に病むことはないサ」

「でも、ボク……あんまり申し訳なくて」

 

 小鹿のように澄んだ大きな目が、凝(ジ)っと『九尾』を見おろした。

 ふと、彼は『若梅』という候補生の体から、嗅ぎなれた匂い。女性に特有の、柔らかな気配と雰囲気を感じる。男だよな?と疑問に思いつつも、残り少ない人生の時間だ。強いてもう、面倒なことは考えまい、と浮かびかかるものを『九尾』は振り払う。

 

「申し訳なくなんかないサ。あとはキミの時間を生きてくれ」

 

 それでも少年は、とまどったような、オロオロした風情で、

 

「なんて、ご恩返しをすればイイか……」

 

 あのな坊主、と『九尾』は大きく息をついて、

 

「恩返し、なんて人間にゃ出来ないんだ――それは一種のバトンさ」

「……バトン?」

「その犠牲を受け取ったものは次の誰かに、その恩のバトンを渡すんだ。オレは、君を助けた――今度は君が、誰かを助けてやれ。世の中は、そういう風に出来てるらしい」

「でも……」

「大丈夫だよ。気にするな」

「勝算は――あるのかィ?」

 

 不意に、べつの方角から声がかかった。

 

 見れば、ナイフを投げつけ、羽目板に突き立てていた候補生が、ゆっくりと近づいてくる。

 年齢は、『九尾』と同じくらいだろうか。

 漂わせる雰囲気に、修羅場をくぐった気味がある。

 

「『九尾』先生に、カラもうってのけ?」

 

 雷酸水銀(起爆剤)のように反応する『二番星』が立ち上がった。

 この“半グレ”めいた候補生は、もはや『九尾』の一番弟子を自認する勢い。

 

「身の程を知れよ?――おめぇ」

 

 そうじゃない、と近づく候補生は首をふり、

 

「気に病むなと言われたって、オレたちにゃムリだよ――なぁみんな?」

 

 「もちろん」「あぁ」「そうだ」と広間のあちこちから異口同音の響き。

 渋面を浮かべる『二番星』の前を悠然と通過してこのナイフを弄んでいた候補生は傍らに立つ。『九尾』は、そんな相手や広間に集う候補生たちを見回して、力のない苦笑をみせながら、

 

「とはいえ。事実、そうだから仕方がない」

「だが、そう言われてもなぁ――『七刃』、だ」

 

 そう言って、傍らに立った少年は手を差し出した。

 『九尾』も握り返しながら、

 

「修錬校“天王宮(てんのうぐう)”の『七刃(なぬは)』だな?――去年の大会で殊勲賞を獲った?」

「蒼の殺し屋(ブラウ・アサシン)ほどのネーム・バリューは無いがね」

 

 ふたりの候補生が一瞬、視線を切り結ぶ。

 鋭角的な雰囲気は、双方とも互角。

 ほおの傷が凄みを増しているとはいえ、『九尾』が女性的な分、荒事にも慣れているらしい雰囲気の『七刃』が、ややもすれば押し気味に。たとえは悪いが“縄張りを多く抱える姉御(あねご)”VS新進気鋭の“若頭(わかがしら)”といった雰囲気。

 しかし、ふいにこの“若頭”は気配をおさめ、

 

「龍ノ口さんの事は――残念だった」

「……知ってるのか?」

 

 『九尾』の表情がうごいた。『七刃』はそれにうなづくと、

「出張講師で“天王宮”に来てくれてね……界面翼のブチかましかた、教えてくれたよ」

「そぅ、か……」

 

 あぁ、と『九尾』は想う。

 先輩は――『ドラクル』は、こうして生きた証を遺(のこ)して逝(い)った。

 ならば自分は?いったい、なにを遺せるのだろう。

 彼の煩悶も知らず、多少口ごもりながら『七刃』は、

 

「何とかならなかったのか?安全圏からオレがこんな事を言うのは、クソだと分かっちゃいるが、その」

「どうにもならなかったから、今がある」

「オレが言いたいのは、だな。せっかく龍ノ口さんから――」

「『ドラクル』、だ」

「え?」

「“龍ノ口サン”じゃなくて『ドラクル』それ以外の呼び名は――オレが許さん」

 

 ギロリ、『九尾』は『七刃』をニラむ。

 だが、そうは言いつつも、実のところ心中では(龍ノ口センパイと呼んでいいのは、ボクだけだ)と作戦出撃前のあの日、滑走路での心象を浮かべながら不思議な感情で。

 

「う、分かったよゥ。でだ、せっかく『ドラクル』さんから――」

「サー・『ドラクル』!」

「……サー・『ドラクル』から助けてもらった命を、こんな無意味な“御前試演”で」

「じゃぁ、この子を見殺しにしろってのか?」

 

 『九尾』は椅子に座ったまま、傍らにたつ若年候補生をしめした。

 話題にされた若年候補生は、少女めいた顔をくもらせ、オドオドと。

 

「そうは言ってない!ただココまでクソになった大会なら、『九尾(あんた)』が出撃(で)るんじゃなくスッパリ中止するよう、この広間を出て我々全員が運動すべきだと――」

 

 『九尾』はゆるやかに首をふった。

 

「分かってないね――分かってない」

「そうだぞ!『九尾』さんの言うとおりだ!」

「『二番星(きさま)』はしばらくダマってろ」

「ンだとコラ!」

 

 ――あぁもう、クソうざい!

 

 『九尾』は椅子を蹴倒して立ち上がり、二人を睨みつけた。

 

「いい加減にしろ!狗(イヌ)の喧嘩じゃあるまいし。これはオレの闘いなんだ!誰のモノでもない、こ(・)の(・)オ(・)レ(・)自(・)身(・)の(・)な(・)!」

 

 そう怒鳴ってから、彼はゆっくりと広間を見わたし候補生たちの顔を見ながら、

 

「感じないか?みんな……“大きな手”の存在をサ?」

「大きな手って、なんだね」

 

 あの老け顔の候補生が、すこし離れた場所から『九尾』をうかがう。

 

「それはつまり――探査院のことか?」

「否(いや)。人を恣意(しい)的に操ろうとする強大な権力だ」

 

 だが、そうは言ったものの、『九尾』は先日から別な違和感を感じている。

 もっと何かがあるような。

 もっと広大な――人間の手に負えないほどの、暗く、奥深い……。

 

「ナニが言いたいのか分からん」

 

 広間のかたすみで別の声が。

 その方に顔を向け、『九尾』は硬い表情で、

 

「そもそもおかしいよな?『七刃』の言ったとおり、なんですぐ中止しないのか。今回の件でいえば“あと一人”に何か理由(わけ)があるのさ――それも汚い理由がね。TVの【ソクラテスイッチ】みたいな、精巧に因果の連鎖を仕組まれた」

「どんな理由さ?」

 

 それが分かれば苦労しないよ、と『九尾』も芝居がかって肩をすくめ、

 

「オ(・)レ(・)だってこんなところには居ないはずなんだ……サー『ドラクル』も、きっと生きてたハズさ」

 

 もっとも“生(・)き(・)て(・)”いたかどうかは分からないが。

 

 歩く死人となって街をさまよい、車にでもハネられたか。

 あるいはロボトミーめいた手術が成功し、明朗快活。命令順守、人畜無害な好青年となって役所の片隅に席をもらい、定年まで職場と自宅の振り子のような生活をおくり、何も疑問をもたぬまま、木偶(デク)のような制御された笑みを張り付かせて、ゆっくりと老いていっただろうか。

 

 サラ先輩は、そんな『ドラクル』を観て、どう感じただろう?

 もしや、後悔に一生を費やしたのではないだろうか。

 いずれにせよ、シミュレーション結果はいやな未来しか結像しない。

 

 広間に据えられた黒檀の柱時計は、そんな彼の想いに拍車をかけるように、振り子の音をことさら目立たせるように。

 

 一団の悼(いた)ましげな視線を無視して『九尾』は椅子をもどし、脚を投げ出して座り込むと、腕組みの向こうにサラ候補生の顔を浮かべる。

 

「――やりきれないなぁ」

 

               * * *

 

「なにが“やりきれない”のかね?」

 

 映像講義のおわった視聴覚室。

 あらわれた護衛に『九尾』は黙って“薄い本”を差し出した。

 ほうほう、とペラペラ紙の音。

 

「上手いものだね……これが私か?ふむふむ」

「――もっと先」

 

 やがて(うっ)と絶句する気配。

 

「……いまの子は、こういうのが流行りなのかね?」

 

 園遊会のすったもんだのあと、修錬校に戻ってみれば、瑞雲の雰囲気が微妙に変わっていた。

 まず、ヒッソリと握手や、サインをねだる女子候補生が増えた。

 彼の講義で使用される視聴覚室入り口の書類箱には、ときおりコッソリと書類用封筒が投函され、中から出てきた“うすい本”には彼と護衛をネタにしたアブない短編マンガのオフセット誌が。

 

 ――シモーヌめ……まさかバラしたんじゃ。

 

 だが幸いにも自分が女装をしてステージの上でヒロインになるというストーリーは見かけず、だいたいが護衛と自分とのカラみで、

 

「フフフ。キミのココは、そうは言ってないぞ?」

 

       だの

 

「ボクのこと、キライになった?」

 

 ……などと、アヤしいセリフのふき出しが。

 

 しかしそんな女子にくらべ、男子候補生のほうは相変わらず風当たりが強い。『先輩を踏み台にして勲章をもらった下種野郎』との評価が定着しつつあるせいだろうか。

 だからそんな折、作戦後に初めてサラと会ったときの感情は、後ろめたさ意外の何物でもなかったのだ。

 

 朝のホームルーム(映像版)が終わった後、新しい貞操帯を受領するため、護衛とともに向かった医療棟。

 

 滅菌タイプの無機質な廊下で、まるで待ち構えていたような、彼女の姿。

 白々とした衛生的な光景の中で探査院の黒マントが、まるで吸血姫のように。

 

 だが『九尾』の眼は、まったく別のところに吸い寄せられた。

 

 セットもいいかげんな、油っ毛のないパサパサの髪。

 化粧水どこのメーカ?と思わず聞きたくなるほどの、乾燥した肌。

 目の下のクマと、やつれた面差し。

 その無表情な顔の奥でひかる、妖蛇のような視線。

 

「よぅ――『九尾』」

「……サー・『モルフォ』……」

 

 フッ、と相手が身をゆらし、一拍嗤(わら)う気配、

 

「ハ!どうしたィ。ヤケに他人行儀じゃないか。それともナニかい?翼十字章を受けた自分に、アタシのような平(ヒラ)候補生が話しかけるのは無礼だとでも言うのかぃ?」

「そんな……分かってるでしょ?ボクだって先輩を置いて帰って来たくなかった!」

「でも還って来た!――龍(タツ)を措いてね」

「説明しようとサラ先輩探したんですよ!?でも会えなくて」

「とうぜんサ!会わないようにしてきたからね!」

 

 叩きつけるような怒声。

 そして一転、女の情念を燃やした低い声で、

 

「――会えば……きっとアンタをコロしてたから」

 

 候補生『九尾』?と心配そうな気配が背後から、

 

「校内医のアポ時間に――」

 

 黙ってて!と彼は憧れだった先輩の方に目を向けたまま背後に叫ぶ。

 

「これはボクとサラ先輩だけの問題だよ!」

「いーィ度胸、してるじゃねぇか……」

 

 『九尾』は、吸血姫めいたサラを刺激しないよう、静かに近づく。

 サラも、ゆったりとした足取りで近づきながらマントの肩を探る。と、つぎに現れた右手には黒い鉤爪(かぎづめ)のようなナイフがにぎられて。

 

「――候補生『九尾』!」

 

 手出し無用!

 サラの方を向いたまま、彼はまたも後ろに手を突きだして歩きだす。

 

 彼女のナイフの射程にはいった。

 双方の歩みがゆっくりになる。

 やがて、互(かたみ)に一歩ずつのところで、停まる。

 ひび割れた唇が――あれほど『九尾』が夢想した唇がうごき、

 

「メスの貌(かお)しやがって。龍(タツ)を――咥(くわ)えこんだのかィ?」

 

 その一言で『九尾』は慄(ゾ)ッと悟った。

 すべてがマグネシウムを焚かれるように、一瞬にして明るみになった気がして。

 

 ・目の前の先輩は、自分を待ち受けていたこと。

 ・きっかけは、女子候補生の間でひろがるヤオイ同人誌であること。

 ・おそらく彼女は、自分と龍ノ口の関係を疑っていること。

 ・『九尾』=『成美』であることは、たぶんバレていること。

 

 盟神探湯65Bや勲章がらみでないことに、彼は危機感を覚える。そしてうかつにも、その微妙な後ろめたさが顔に出てしまったのを『九尾』は自覚した。

 (しまった)という閃き。

 それがサラの最後の起爆剤となる。

 

「へぇ~え。アタシゃ、NTR(ネトラ)れてたんだぁ……」

 

 彼女はナイフをひるがえすと、研ぎ澄まされた一挙動で、『九尾』の制服から翼十字章の略章を刎(は)ねおとす。

 背後でホルスターから銃を抜き出す気配。

 それをチラ見したサラの微笑が、割れた唇から血を流しつつ、物騒な印象の笑みをもらして、

 

「こんなクソみたいなモノのために、アタシがムカついてると思った?」

 

 サラは『九尾』の胸ぐらをグイと掴んだ。

 そして一閃させたナイフを、こんどは“恋敵“のほおに押し当て、

 

「そのカマ面(づら)――ハクぅ付けてワルさできなくしてやろうか……」

「ナイフを捨てなさい!」

 

 滑動体(スライド)を動かした音とドスの効いた声。

 へぇ?と横目にしたサラが面白そうに眉をヒョイとあげ、

 

「撃てるのかよ、オッサン――いいぜ……撃ちなよ、ホラ」

 

 鉤爪のようなナイフを『九尾』の首にグッと当て、その姿勢のまま護衛と正対する。

 護衛の男は冷静に銃を構えなおすと、レーザー・ポインタを発光させ、サラの額(ひたい)に狙いを定めた気配。

 せまい空間に殺気と怒気。はち切れんばかりな感覚で横溢して。

 

「まって――まってよ!」

 

 炙りたてられたように『九尾』は叫ぶ。

 

「もう大事な人が死ぬのは見たくない!」

「は!ワラかすな。アタシぁお前なんか大事じゃねぇし」

「ドラ――龍ノ口センパイも別れ際に気にしてた。『よろしく言ってくれ』って!」

 

 沈黙があった。

 

 それは一種の“急所”だったのだろう。

 頑なだった心が、一撃を受けたガラスのように崩れる気配。

 張り詰めていたものが一気に切れ、廊下を満たしていたあれほどの緊張は、もはや跡形も無い。

 

 サラの身体が小刻みに震えだす。

 稠密(ちゅうみつ)な金属が、廊下におちて跳ね返る音。

 護衛のコルト(拳銃)から照準光が消え、男が構えをといた。

 

 ほおにポタポタ温かいものがおちる。

 それが彼女の涙と気づくまでに、少し時間がかかった。

 ふわっ、と女の匂いが戻ってくる。

 彼女の体の温かさ。そこに伝わる狂おしい想い。

 

「畜生……畜生……畜生……」

 

 サラは、年下の候補生を手あらく護衛のほうに突き放した。

 自由になった彼が足元を見ると、あの禍々(まがまが)しいナイフが目的を遂(と)げることなく、廊下で硬質な光を放って。

 

「センパイ、あの……」

「ちくしょぉぉぉおおおおおおおお!」

 

 瞬間。

 黒いオオコウモリが、眼前で翼を広げたように見えた。

 そのまま、ブーツをはいた肉感的な脚が、格闘ゲームのキャラじみた動きで視界いっぱいにひろがって。

 

 ほおに、車がぶつかったような衝撃。

 

 華麗に廊下の宙を舞いながら――“あのジャジャ女、やたらケリいれてくるぞ。顔面のガードは、しっかりな”という『ドラクル』の遺言。忠告を守らなかったばかりにモルジブで迎撃を受けたことをおもいだしつつ、あぁ……自分って学習能力ないんだな……と。

 

 自嘲感にさいなまれる視界を――両手で銃を保持したまま、あんぐり口をあけた護衛と――涙目のまま回し蹴りを収束させるサラ――やがて医療関係の模型を展示するウインドウに顔から突っ込んでガラスを突き破り、派手な音をたてる自分――跳ね返って廊下に後頭部を打ち付けて倒れ――目から火花がでると同時にガラガラと扉の開く気配……。

 

 これら一連の出来事が凝縮された数秒のうちにおこり、ようやく通常時間の流れに収まってみると、『九尾』は自分が廊下の天井を観ながら大の字にのびているという“非日常”な現実を認識する。

 後頭部が心臓にあわせ、ガンガンと殴られるように。

 おまけに頬がピリピリ、ヌラヌラと濡れている――ような。

 

「ナニやってんだい煩(うるさ)い――ワッ!『九尾』?どうしたのサあんた!」

 

 校内女医の顔が、いきなりドアップ。

 『九尾』の頬を診ていたが、

 

「ともかく止血を……アンタこれ、遺伝子溶着しないとダメだよ?」

 

 横たわった頭のほうで、蹴り飛ばされたナイフが廊下を滑ってゆく音。

 

「傷害容疑で緊急逮捕!時間――」

「あぁ、タイホでもナンでもしてくれ。いっそ、殺してくれると嬉しいや」

「まって、待ってよ……サラ先輩は悪くない!」

「喋らないで!サラ!アンタがやったのかい?オイそこ奴(の)!救急車を!」

「エコー(E)028よりホテル(H)01、特定保護対象にコード006発生。対応E099を要請!繰り返す――」

 

   ――    ――    ――   ――

 

 かるい脳震盪と皮膚の溶着処置で、『九尾』は三日ほど入院した。

 そのあいだ、サラは傷害の現行犯で緊急逮捕、所轄の留置場へ。

 『寛大な処置を求む』という彼のとりなしもあって、最終的に起訴はされず書類送検で済んだが、瑞雲は謹慎1ヵ月となる。最初は無期限の停学処分だったのだが、入院中の彼が探査院の本院へ、強引に直訴(じきそ)したのだ。

 

 その入院中、『九尾』は意味不明な夢を見続けた。

 

 あのボロをまとった髑髏の夢。

 形も分からぬ亡者たちが、自分にすがり、まとわりつく。

 いったん起きても、また寝るとその悪夢の続きが始まるという偏執。

 

 導入剤を飲んでも効果が無く、かといって無水カフェインを使って起きていれば、深夜臨終を迎えた隣のベッドに黒い影が佇立し、肉体から遊離した影をどこかに引きずってゆくのを観るという始末。最後は強力なクスリをもらい、半ば昏睡状態ですごした四日目の昼近く。

 

 さすがに睡眠満タン状態。

 寝すぎでダルい気分のまま、呆けた面差し。

 しどけなくソファー横座りなっていると、あちこちで携帯のカメラの気配がする。

 しまいにはパジャマのズボンにテントを張った、点滴棒を従えた入院患者が目立つようになり、とうとう病院の警備出動するハメに。退院手続きを済ませた彼が病院のロビーで警備に付き添われたまま待っていると、いつにもまして無表情な護衛が、ようやく迎えにやってきた。

 パッと明るくなる『九尾』の顔。

 しかし、護衛はどことなくムッツリと。

 

「護衛さん。お疲れ様です……」

「……」

 

 返事はなかった。

 

 車に乗り込んだ時、その違和感はさらにハッキリとする。

 あきらかに護衛は、疲労と怒りに満ちた顔をして、口をへの字に曲げて。

 『九尾』は、ほおに貼られた皮膚保護パッドと、表情筋を動かさないための麻酔を気にしつつ、片手を頬に当てながら、ためしに相手が食いつきそうな話題を放った。

 

「いやー参っちゃいました。ホントにいるんですね――幽霊って」

「……」

「ボク、見たんですよ。こう、黒い影が……」

「……」

 

 反応はない。

 そういえば公用車には、会話記録装置があると護衛が話していた。

 

 ――きっとこちらがボロを出さないよう、気にしているのかも。

 

 大きく口を動かしたおかげで痛み出す頬。

 『九尾』は化粧用のミラーをとりだし、大判な絆創膏の具合を確認する。

 運転席からルームミラーでそれを見た護衛の、鼻で嗤う気配。

 

 とうとういたたまれず、彼は、

 

「ボクのほお、ヘンになってません?ブルドッグみたいに垂れさがっているような……」

「継続弛緩薬の効果だ。しばらくガマンするんだな。女顔にチッとは凄みがついて良かったじゃないか」

 

 なにか声にトゲがある。

 また余計な騒ぎをおこしたせいだろうか。でも自分(コッチ)のせいじゃないし……。

 

「その、学校で。あのドタバタ話題になってませんでした?」

「しらんよ。私は本(・)部(・)で(・)再(・)研(・)修(・)受(・)け(・)て(・)た(・)か(・)ら(・)」

「はぁ……」

「……さ、寮に直行だ。もうプラプラするんじゃね(・)ぇ(・)ぞ(・)」

 

 やっぱり声にトゲがある。

 

「あの……なにか怒ってらっしゃいます?」

「別に。キミの知ったコトではない」

 

 突っ放すような護衛。

 

「(ホラやっぱり怒ってる)」

 

 小声で『九尾』はゴニョゴニョ。

 

 車が信号待ちをして、室内が静かに。

 ウィンカーの音が、いたたまれなさを助長して。

 

「そうだ!」

「却下」

「えー……まだ何も言ってないのに」

「早急にキミを寮へ送り届けるコトとする」

「あの、慰霊大聖堂へ行きたいんですけど……」

「却下。それにアレは形式的なものだと言ったろう。またメンドウごとに巻き込まれては、コ(・)ッ(・)チ(・)の(・)身(・)が(・)持(・)た(・)ん(・)」

「そんなぁ。こんどいつ機会があるか、分からないのに」

「知ったことではない。キミを野放しにすると、コチラが迷惑するんだ!」

 

 護衛の本気な怒声。

 ウッ、と思わず『九尾』は涙ぐむ。

 あいかわらず片頬が動かないな、と考えながら。

 

 凍ったような沈黙の中、いきなり車の無線が喋りだした。

 

<ホテル(H)01よりエコー(E)028>

「……こちらエコー(E)028」

<連れてってやれ――以上>

 

あっけにとられたような空白。

やがて「ドカン!」とハンドルを叩きつける気配。

「クッソ……」

 

 あからさまに怒気を放出する護衛に対し、『九尾』は肩をすくめる。

 それに対して護衛は、

 

「いい身分だな!メゾン・ドールは遠隔洗脳の技術でも教えるのか!皆が皆、キミの言いなりだぞ。ご都合主義のラノベみたいだ!」

 

 アクセルをラフに操作し、トルクの太い車はいきなり加速する。

 無線の内容に力づけられ『九尾』は身を竦(すく)めたまま、おそるおそる、

 

「あのぅ……」

「なんだ!」

「その、ですね。お墓参りのまえに、お供え物を……」

 

 チッ、と舌打ちの気配。

 やがてため息が吐かれて、

 

「……わかった。花屋だな?」

「いえ、その。酒屋さん」

「まったく……あぁ、あそこにコンビニがある。とっとと行って――」

「あの、できればですね?高級ウィスキー希望なので……鷹島屋に」

「はぁ!?供え物だろう!?」

「そう、なんですけど……」

 

 相手からの怒気が高まる。

 とうとう護衛は本気を出した。

 

「調子にのるなよ、小僧……」

 

 しかし、間髪を入れず入電。

 

<ホテル(H)01よりエコー(E)028……>

「あぁ!分かったよモウ!行きゃイイんだろ行きゃ!」

 

 リヤタイヤを鳴らし車は車線変更。

 そのまま急激に加速する。

 この護衛さんも、感情まかせな行動をするんだ、と『九尾』は心ひそかに驚く。

 10分ほど乱暴な運転が続いた後、渋滞に出会い、ようやく車は静かになった。

 今だ――と『九尾』は思う。

 

「あのう……」

 

 四方を車に囲まれ、行き場の無い護衛の男は大きくため息をついて、

 

「こんどは何だ……」

「そのぅ――お金貸して?」

 

 あまりに呆れすぎ、とうとう怒りのメーターがグルッと一回りしたらしい。

 一瞬の空白のあと、護衛は爆笑する。

 狭い車内にひとしきり笑い声を響かせたあと、涙をこすりながら、

 

「だからあの時!カッコ付けて贈り物を投げなけりゃ良かったんだ!」

 

 だって、と『九尾』はプッとふくれ、

 

「あの時は!ああしたかったんです……」

 

 

 

 

 




作者は主人公とサラを仲直りさせるつもりでしたが、彼女としては、やはり許せなかったみたいです。

またも登場人物たちに、勝手に動かれてしまいました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。