※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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081:光散乱めいた間奏曲(Ⅱ)-β/Ver.Ⅱ

 

 

 百貨店を出た彼らは、護衛が運転するセダンで慰霊大聖堂に向かった。

 

 都市を外れた場所に建つメガ・ゴシック様式の巨大な構造体。かなり離れた場所からでも、その威容をながめることができる。

 かつての雲海戦で慰霊式をおこなった場所。あれから1年と経っていないのに、もうずいぶん昔のことのようにおもえた。

 

 ――すべて変わっちゃったな……。

 

 自分をとりまく仲間も、環境も、そしてなにより自分も。

 大聖堂に至る道中、延々と続いた車内での沈黙のなか、『九尾』は自分の身体にふれる。

 いまだにメス化の影響がのこる体つき。血管に濾過用の血液プラントを設置されているが、なかなか浸透性の性改変ホルモンが抜けない。もしかしたらずっとこのままかもな、と彼はもうあきらめに近い感情を持っている。

 そして――ほおのキズ。

 怒りに燃えるサラ先輩の瞳が、いまだに忘れられない。どうしようもない状況だったことを、いつか分かってくれることがあるだろうか。望み薄だな、と彼はもうどうでもいいような思いで考える。自分を憎むことであの人の心のバランスがとれるなら、それでいい。

 

  黙り込んだまま車の外を眺める『九尾』に、護衛のほうも押しだまったまま、フルマニュアルの車を運転する。

 

 重い空気の中、車は大聖堂にたどりついた。

 武装した入口(ゲート)の衛士に身分証を見せ、敷地内にセダンを乗り入れる。

 彼方で植栽の手入れをしているのは、釈放まぢかの模範囚たちだろうか。

 等しく蛍光オレンジの派手な作務衣に、監督官のような者が一人、ついている。

 

 車から降りると、『九尾』は付随する“礼拝堂を”彼方に眺めた。

 この足もとでは何千、何万柱もの骸骨が、整然と並べられているのだ。鎌を構えた“死を想え(メメント・モリ)”の標語。そういえば、あの意味不明な悪意は、いまだこの足もとに潜んでいるのだろうか……。

 

 磨かれた花崗岩の大階段を昇る。

 

 寒々とした印象すらうける宏大なエントランスに足を踏み入れると入ると、平日の午後おそくともあって、巨大な伽藍(がらん)は人影もまばらだった。

 側廊だけでものしかかるばかりな規模の構造体は、来賓であふれたいつぞやとちがい、ガラガラなだけに広さが幾倍にも増して、心もとないまでにうすら寒く感じる。ちょっと見には、まるで夕日に照らされた神代(かみよ)の巨大な獣の白骨体、その肋骨の中を想わせる壮大さで。

 彼方に喪服を着た子供連れの若い婦人が『九尾』たちより先に来ており、プレートの隅でぬかずいている。余所行きの服をきた子供たちがまわりで騒ぐが、その歓声すら、堂内に雲をうかべるほどのあまりに広壮な丸天井には響かない。

 

 受付担当の堂守りから、航界士の礼拝所は上だと聞かされた彼らは、側廊の隅に並ぶグラス・エレベーターのひとつで100mほど上空へ。微動だにしないシルクのようなスムーズさで上空まで運ばれると、大理石(なめいし)張りの白く耀くフロアにたどり着く。たまたま近くにモップで床を磨く上層の担当員がいたので目的の場所を訊けば、壁面から突き出るガラス板のようなエスカレーターを示され、さらに上に昇れという。しかもそのエスカレーターには手すりがなく、落ちたら100m以上を真っ逆さまというありさま。

 

 足の裏にイヤな汗をかきつつ、護衛とともに『九尾』はゆったりと動くガラス板に乗り、両足の間にゴマ粒のようにうごめく先ほどの子供たちを見つつ、さらなる高みへと向かってゆく。

 

 登るにつれ地上の汚穢をはなれ、空気は静謐に、清浄になりまさってゆく。

 空気が無機質となり、硬く、冷たく。まるで氷の清澄さで身をつつんだ。

 

 静々と、そして延々と上昇してゆく磨かれた踏み板。

 

 わきを見れば、上空にどこまでも延びるような大聖堂の巨大な側面。

 夕日を受け、ゴシック様式の壁面にならぶ像がオレンジ色に染められて。

 その背景、空に立ち上がる雲も南洋事象面を思わせる壮麗な輝きを見せている。

 

 ――“ムハンマド”のみんな、元気でやってるかな……。

 

 ゆるやかな昇りに多少なれ、余裕の出てきた彼は、次いで“南十字星”で帰国したおり、医療センターでヒットさせた検索をおさらいした。

 

 泊まり込みでの検査につぐ検査。

 毎日、数時間もかかる点滴。

 問診と、リハビリ。3時のお茶の食器出し。

 

 ヒマなようで忙しい入院中の空き時間に、入力端子を潰された病院貸与の情報端末で遊んでいると、過去のニュース記事で『コスロー』という名前が目に飛び込んできたものである。 

 

 通信社の記事は短いものだった。

 

 「第四方面軍」所属の『コスロー』少(・)尉(・)が、愛機“シーリーン”と共に難関の「東方第149劈開面(へきかいめん)」を突破し、新方面事象への突破口を開いた、というもの。

 

 数十年前のベタ記事であるそこには写真もなく、隣でシャンパンを浴びている24時間レースのウィナー・ドライバーの方が目立つくらいだったが、『九尾』はニュースの発信元がフランスを本拠地とする外信系の通信社であることに気づく。

 

 フランス語でH(アッシュ)は黙字(もくじ)として読まないことが多い。音声翻訳の際に『ホスロー(Khosrow)』が『コスロ―』になったことも十分考えられた。メゾン・ドールから“生還”して検査を受けたときのヒマな時間で探したときは、『ホスロー』の記事はいくら探しても出なかったのだ。

 自分のパスワードではダメだったが、『リヒテル』のものを使うと、当たりがゾロゾロと出てくる。その情報量に、端末を握りしめ思わず小躍りして通りすがりの怖っかないことで有名なナース長に怒られたのも、いまでは彼の中で良い思い出となっている。

 

 

 ・第47強行偵察連隊・第四中隊の勅任航界士『コスロー』少尉。

  若い風貌(かお)が、美しい姿の航界戦闘艇“シーリーン”の傍らで自身に満ちて。

 

 ・第二小隊の指揮をまかされた小隊長『コスロー』中尉。

  気負った硬い顔が、新進気鋭の指揮官めいて装った自信とともに。

 

 ・遭難した仲間の捜索・救助に成功して勲章を受ける『コスロー』上級中尉。

  不眠不休の活動のためか、年齢より老けて見える。

 

 ・耀腕との遭遇戦で擱座・大破した単座戦闘艇“シーリーン”

  擱坐(かくざ)、サルベージされた機体の脇で『コスロー』特務課長のニガい顔。

 

  ニュースの本文では、粋(いき)なことに「ニザーミー」の詩(うた)を引用している。

 

    “諸氏はこの物語のシーリーンに

       辛い薔(・)薇(・)(血)の涙を零されるだろう。

         かの短い生涯はバラのように儚(はかな)く

           青春の中に生命を散らしたのだ”  ※1

 

 ――そして……。

 

 ・新たな専用の搭乗機を受領した『コスロー』大尉。

 

 

 一瞬、その機体が『九尾』は分からなかった。

 

 流麗なフォルム。

 スマートなデザイン。

 航界士なら、誰でもちょっとオッ?と思うぐらいのスマートさ。

 記事の誤植では?――と疑うもコクピット周りが、何となくソレっぽい……。

 

 ――戦術研究所・特別実験機“奉天(ほうてん)”……。

 

 ようやくエスカレーターが上の階につき、ホッとした『九尾』は、アール・ヌーボーチックな装飾に飾られた古風なアーケードやアーチが連なる吹きさらしなテラスから彼方を望んだ。

 

 浅草1200が彼方に見える。

 夕日を受けた姿は、まるで地面に突き立つ槍のよう。

 

「おぉい!アンタらぁ!」

 

 彼方からこのフロアの堂守が声をかけてきた。

 

「あと1時間で締まるよぅ!おがむンならハヤくしなっせぇ!」

「あ、ハァイ――!」

 

 『九尾』は大声で返事をし、教えられた区画へと向かう。

 鬱蒼(うっそう)という雰囲気がにあう、人気の無い小路。

 壁一面にならぶ、A3ほどの引き出し。

 そこに生前名が、重々しい青銅のプレートで鋲留めされて、幾列にもならんでいた。中にはスラヴ系の墓石めいて、生前の面影を石に焼き付けたようなスタイルのプレートもある。

 

「候補生『九尾』――右側を。私はこっちだ」

 

 作戦行動をするようなプロっぽい語調の護衛にうながされ、『九尾』は右列に。

 手分けして探すうちに、とうとう護衛の方が“アタリ”を引き当てた。

 

 静かな緊迫に包まれた護衛の声。

 

 振りむくと、中段の列の一角を、男が黙ったまま示している。

 近づいて見れば『Khosrow』とあるW/N(ウィング・ネーム)。

 その下に本名と生年・没年。 

 G(ゲシュタルト)・スーツの古めかしさから推論した通り、相当まえの人物だ。

 最終階級として――二階級特進だろう――中(・)佐(・)の肩書が。

 最下段にエピグラム(碑文)がビス留めされている。

 

 

 冷厳たる牢(ひとや)に封ぜられし旅人よ

 

       いつの日かふたたび解き放たれんことを。

 

 

 お決まりの「死」と「復活」への祈り。

 

 

「どうすればイイんだろう……」

「IDカードだ。IDを差し出せば、航界士の“戦友(カメラート)魂”とやらが引き合う」

 

 『九尾』がIDを差し出すと、ピッ、とロックの解ける音。

 プレートが開き、そのまま引き出しのように手前に。そのうごき方が、高速巡界艦の、あの悪夢のようなエイジング・システムを連想させる。

 

 生きながら死せる物を格納する、サージカル・ステンレス。

 死にながら尚(なお)も記憶に生き続ける者を収める、青銅の碑文。

 

 引き出しに骨壺は入っておらず、代わりに何と――みずみずしい薔(・)薇(・)の一束。

 

「いまだ、慕(した)う者がいるとみえる。あるいはかつて慕っていた者というべきか」

「なんで……?」

 

 絶句して声も出ない『成美』に背後の護衛は黒メガネを光らせ、

 

「べつに不思議なコトじゃない。当時ごく親しい間柄だった二人のうち一方が姿を消し、遺(のこ)された片方は薔薇を送り続けた。やがて本人がその後を追っても、花屋との契約は生きており、決まった時期に想いのよすがを送り届ける。たまたま我々が来たのが、ちょうどその時期だったに過ぎない」

 

 『九尾』は拍子抜け。

 説明されてみれば、なんということはない。

 

 な~んだと思いながら、薔薇の花束のわきに持参した40年もののウィスキーを紙袋から出してソッと置く。

 

 薔薇の花束を背景に、リボンをかけたプレゼントの包装は実に絵になった。

 遺された者の胸に根差した想い。愛惜。悔恨と――慰謝(なぐさめ)。

 

 【人々から完全に忘れ去られたとき、はじめて人は死ぬのである】

 

 ――といったのは誰だったか。

 

 プレゼントを置いてかがんだ腰を伸ばそうとしたとき、『九尾』は花束にカードが挟まれていることに気づいた。

 なんだ?と思わず手に取り、二つ折りのカードを開いてみる。

 

 

 “いつまでも貴方(あなた)と共に”

          ――シーリーン。

 

 一瞬、彼の脳裏に鮮烈なイメージがうかぶ。

 

 朝日に輝き、たゆたう黄金の波間。

 髪の長い女性が、波打ち際にたたずむ容姿(すがた)。

 一瞬。陣風にあおられ、抱えた薔薇の花束をさらわれて。

 風に舞い、そこに漂う幾万もの薔薇の花弁。

 刹那(せつな)、波濤(はとう)は赤く燃えるかと。 ※2

 

 フラッとよろける『九尾』。強烈なイメージに身体をもっていかれる。

 あぶない!と護衛のたくましい腕が、後ろから少年を抱き支えた。

 そして、片手で静かにプレートを押しもどし――墓所を鎖(とざ)す。

 

 ことも無げに男は『九尾』を強く抱きしめたあと、しっかりしろと言うように彼の体をゆする。次いで黒メガネを光らせ、

 

「思った通りだ……まれにトラップじみた仕掛けを弄(ろう)する者がいる。生者、死者問わず。それも物理的ではなく精神的な。盗人に警戒してのことだろう。ま、死者は静かに瞑(ねむ)らしめよ、というところか」

 

 頭を振って『九尾』は意識をハッキリさせる。

 

 しかし。そうは言われても、いまの強制認識めく精神的なインパクト。護衛のとおり一編な説明ではまったく腑(ふ)に落ちなかい。

 

 彼方からやってきた、あふれるばかりの想い。

 喪(うしな)った故人への追憶と鎮魂。愛慕と殉死の希望(自分も、もうすぐ)。

 それらが婦(おんな)の情念だけがもつ、底知れぬふ(・)か(・)さ(・)と包容で。

 

 自分が女にされかけた強制洗脳時の心的構造。

 

 それがいまだ心のどこかに残っており、墓にまつわる残留思念に共鳴して、ある種の幻影を魅せたのだろうか……。

 

「さ、目的は済ませた――ところでキミの『ドラクル』のところは、いいのか?」

 

 男は『九尾』の背後から問いかける。

 “遺された”候補生は、黙って首をふった。

 第一、あ(・)の(・)龍ノ口先輩が死んだなんて、いまだに信じられない。もし墓参りなんかしたら、自分の中でセンパイは本当に死んでしまう。それだけは絶対に避けたいと、彼は心ひそかに恐れていた。

 

 ――自分の中で、センパイは……まだ生きてる。

 

 いまでも道を歩いていると、不意にヒョッコリ。

 片手杖に、あのニヤニヤ笑いを浮かべながら不敵なオーラを漂わせ、ヨゥ、とこちらに挨拶するような気がしてならない。

 

 なんの前触れもなく、涙がこみ上げてきた。

 彼は護衛にそれを見られまいと足早に墓前を去る。

 息をヒクつかせたまま高層階のテラスに出ると、手すりに肘をついた。

 

 すでに陽は没し、砲金色な蒼みのかかった空を背景にして、星が出始めていた。

 視線を下に落とせばかなた背徳の都市が、今宵も獲物を啜(すす)らんと灯火を明滅させているのが望遠できる――その様は、まるで巨大な生物が、脈動するかのようだ。春の気配を感じさせる艶めいた夜風が、頽廃の都市の仄暗(ほのぐら)い秘密を孕(はら)み、吹き寄せてくるイメージ。

 

 『恵娜』。イサドラ。金髪(ゾーロタ)に銀髪(シリブロ)。ハッサン。

 そして――“オリジナル”の『成美』

 みんな魔都に消化、吸収されてしまった者たち。

 

「候補生『九尾』……」

 

 男の声に、硬い口調があった。

 いそぎ手で眼をこする。

 深呼吸3回。

 

 ようやく落ち着いて振りむく。

 すると、護衛の男が掌(てのひら)に小箱をのせて差し出していた。

 

「言おうか、言うまいか――いまの今まで迷っていた」

 

 天鵞絨(ビロード)の貼られた、小箱。

 

 控えめに言って『九尾』は愕然とする。

 あの運命の夜。

 身を切る思いで、闇に向かって放擲(ほう)った想いの証。

 それが、まるで悪魔のような“したり顔”をして戻ってきたような印象。

 

「どうして、これを……」

 

 そう言うのが、やっとだった。

 手にすると、記憶にある持ち重りが、かつての心的構造をそのまま蘇らせた。

 蓋を開ければ、プラチナと、ダイヤ――それに24金のアクセント。

 遠い魔都の灯火に、照り煌やいて幻惑を生む……。

 おかげで心のシーソーが不安定にゆれ、いつまでも収まらない。

 

「苦労したぞ、キ(・)ミ(・)」

 

 護衛は、どこかあきらめたような、打って変わった調子で、

 

「キミがあの植物園で放り投げた品を「何としても探せ」と上からの命令でな。暗視装置の記録映像に残っていた放物線予測位置から自分が発見したのだが、手もとにとどめるのは、正直かなり覚悟がいった」

「どうして――そんなこと?」

「正当な持ち主のもとに、届けたいからさ」

「ボクには、もう要らないものです」

「もう一度だけ言うぞ?――正(・)当(・)な(・)持(・)ち(・)主(・)のもとに、届けたいのだ」

 

 ミラ宮廷秘書官?と首をかしげるが、この黒メガネは知らないと言う。

 それならば……いったい誰?

 

 頭の中で、歯車がいきなり噛み合う気配。

 

 ハッ、と『九尾』は胸を突かれる。

 得体の知れないうすら寒さが、彼方からやってきた。

 そしてそれは、自分が心ない、見当違いのコトをしたという恐ろしさも併(あわ)せて。

 

「そんな――まさか、そんなことって……」

 

 

 

 




※1「ホスローとシーリーン」訳:岡田恵美子氏

※2参考:Les Roses de Saadi(サアディの薔薇・作:ヴァルモオル夫人)

 注:これは是非、齋藤 磯雄先生の訳で味わって下さい。

(略)

――結び目は破れほどけぬ
  薔薇の花、風のまにまに飛び散らひ
  海原めざしことごとく去って還らず
  忽(たちま)ちうしほに泛(うか)びただよひて、行手は知らね、

  波、ために紅(くれなゐ)に染み、燃ゆるかと怪しまれけり。

  (略)
  
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