百貨店を出た彼らは、護衛が運転するセダンで慰霊大聖堂に向かった。
都市を外れた場所に建つメガ・ゴシック様式の巨大な構造体。かなり離れた場所からでも、その威容をながめることができる。
かつての雲海戦で慰霊式をおこなった場所。あれから1年と経っていないのに、もうずいぶん昔のことのようにおもえた。
――すべて変わっちゃったな……。
自分をとりまく仲間も、環境も、そしてなにより自分も。
大聖堂に至る道中、延々と続いた車内での沈黙のなか、『九尾』は自分の身体にふれる。
いまだにメス化の影響がのこる体つき。血管に濾過用の血液プラントを設置されているが、なかなか浸透性の性改変ホルモンが抜けない。もしかしたらずっとこのままかもな、と彼はもうあきらめに近い感情を持っている。
そして――ほおのキズ。
怒りに燃えるサラ先輩の瞳が、いまだに忘れられない。どうしようもない状況だったことを、いつか分かってくれることがあるだろうか。望み薄だな、と彼はもうどうでもいいような思いで考える。自分を憎むことであの人の心のバランスがとれるなら、それでいい。
黙り込んだまま車の外を眺める『九尾』に、護衛のほうも押しだまったまま、フルマニュアルの車を運転する。
重い空気の中、車は大聖堂にたどりついた。
武装した
彼方で植栽の手入れをしているのは、釈放まぢかの模範囚たちだろうか。
等しく蛍光オレンジの派手な作務衣に、監督官のような者が一人、ついている。
車から降りると、『九尾』は付随する“礼拝堂を”彼方に眺めた。
この足もとでは何千、何万柱もの骸骨が、整然と並べられているのだ。鎌を構えた“
磨かれた花崗岩の大階段を昇る。
寒々とした印象すらうける宏大なエントランスに足を踏み入れると入ると、平日の午後おそくともあって、巨大な
側廊だけでものしかかるばかりな規模の構造体は、来賓であふれたいつぞやとちがい、ガラガラなだけに広さが幾倍にも増して、心もとないまでにうすら寒く感じる。ちょっと見には、まるで夕日に照らされた
彼方に喪服を着た子供連れの若い婦人が『九尾』たちより先に来ており、プレートの隅でぬかずいている。余所行きの服をきた子供たちがまわりで騒ぐが、その歓声すら、堂内に雲をうかべるほどのあまりに広壮な丸天井には響かない。
受付担当の堂守りから、航界士の礼拝所は上だと聞かされた彼らは、側廊の隅に並ぶグラス・エレベーターのひとつで100mほど上空へ。微動だにしないシルクのようなスムーズさで上空まで運ばれると、
足の裏にイヤな汗をかきつつ、護衛とともに『九尾』はゆったりと動くガラス板に乗り、両足の間にゴマ粒のようにうごめく先ほどの子供たちを見つつ、さらなる高みへと向かってゆく。
登るにつれ地上の汚穢をはなれ、空気は静謐に、清浄になりまさってゆく。
空気が無機質となり、硬く、冷たく。まるで氷の清澄さで身をつつんだ。
静々と、そして延々と上昇してゆく磨かれた踏み板。
わきを見れば、上空にどこまでも延びるような大聖堂の巨大な側面。
夕日を受け、ゴシック様式の壁面にならぶ像がオレンジ色に染められて。
その背景、空に立ち上がる雲も南洋事象面を思わせる壮麗な輝きを見せている。
――“ムハンマド”のみんな、元気でやってるかな……。
ゆるやかな昇りに多少なれ、余裕の出てきた彼は、次いで“南十字星”で帰国したおり、医療センターでヒットさせた検索をおさらいした。
泊まり込みでの検査につぐ検査。
毎日、数時間もかかる点滴。
問診と、リハビリ。3時のお茶の食器出し。
ヒマなようで忙しい入院中の空き時間に、入力端子を潰された病院貸与の情報端末で遊んでいると、過去のニュース記事で『コスロー』という名前が目に飛び込んできたものである。
通信社の記事は短いものだった。
「第四方面軍」所属の『コスロー』
数十年前のベタ記事であるそこには写真もなく、隣でシャンパンを浴びている24時間レースのウィナー・ドライバーの方が目立つくらいだったが、『九尾』はニュースの発信元がフランスを本拠地とする外信系の通信社であることに気づく。
フランス語でH(アッシュ)は
自分のパスワードではダメだったが、『リヒテル』のものを使うと、当たりがゾロゾロと出てくる。その情報量に、端末を握りしめ思わず小躍りして通りすがりの怖っかないことで有名なナース長に怒られたのも、いまでは彼の中で良い思い出となっている。
・第47強行偵察連隊・第四中隊の勅任航界士『コスロー』少尉。
若い
・第二小隊の指揮をまかされた小隊長『コスロー』中尉。
気負った硬い顔が、新進気鋭の指揮官めいて装った自信とともに。
・遭難した仲間の捜索・救助に成功して勲章を受ける『コスロー』上級中尉。
不眠不休の活動のためか、年齢より老けて見える。
・耀腕との遭遇戦で擱座・大破した単座戦闘艇“シーリーン”
ニュースの本文では、
“諸氏はこの物語のシーリーンに
辛い
かの短い生涯はバラのように
青春の中に生命を散らしたのだ” ※1
――そして……。
・新たな専用の搭乗機を受領した『コスロー』大尉。
一瞬、その機体が『九尾』は分からなかった。
流麗なフォルム。
スマートなデザイン。
航界士なら、誰でもちょっとオッ?と思うぐらいのスマートさ。
記事の誤植では?――と疑うもコクピット周りが、何となくソレっぽい……。
――戦術研究所・特別実験機“
ようやくエスカレーターが上の階につき、ホッとした『九尾』は、アール・ヌーボーチックな装飾に飾られた古風なアーケードやアーチが連なる吹きさらしなテラスから彼方を望んだ。
浅草1200が彼方に見える。
夕日を受けた姿は、まるで地面に突き立つ槍のよう。
「おぉい!アンタらぁ!」
彼方からこのフロアの堂守が声をかけてきた。
「あと1時間で締まるよぅ!おがむンならハヤくしなっせぇ!」
「あ、ハァイ――!」
『九尾』は大声で返事をし、教えられた区画へと向かう。
壁一面にならぶ、A3ほどの引き出し。
そこに生前名が、重々しい青銅のプレートで鋲留めされて、幾列にもならんでいた。中にはスラヴ系の墓石めいて、生前の面影を石に焼き付けたようなスタイルのプレートもある。
「候補生『九尾』――右側を。私はこっちだ」
作戦行動をするようなプロっぽい語調の護衛にうながされ、『九尾』は右列に。
手分けして探すうちに、とうとう護衛の方が“アタリ”を引き当てた。
静かな緊迫に包まれた護衛の声。
振りむくと、中段の列の一角を、男が黙ったまま示している。
近づいて見れば『Khosrow』とある
その下に本名と生年・没年。
最終階級として――二階級特進だろう――
最下段に
冷厳たる
いつの日かふたたび解き放たれんことを。
お決まりの「死」と「復活」への祈り。
「どうすればイイんだろう……」
「IDカードだ。IDを差し出せば、航界士の“
『九尾』がIDを差し出すと、ピッ、とロックの解ける音。
プレートが開き、そのまま引き出しのように手前に。そのうごき方が、高速巡界艦の、あの悪夢のようなエイジング・システムを連想させる。
生きながら死せる物を格納する、サージカル・ステンレス。
死にながら
引き出しに骨壺は入っておらず、代わりに何と――みずみずしい
「いまだ、
「なんで……?」
絶句して声も出ない『成美』に背後の護衛は黒メガネを光らせ、
「べつに不思議なコトじゃない。当時ごく親しい間柄だった二人のうち一方が姿を消し、
『九尾』は拍子抜け。
説明されてみれば、なんということはない。
な~んだと思いながら、薔薇の花束のわきに持参した40年もののウィスキーを紙袋から出してソッと置く。
薔薇の花束を背景に、リボンをかけたプレゼントの包装は実に絵になった。
遺された者の胸に根差した想い。愛惜。悔恨と――
【人々から完全に忘れ去られたとき、はじめて人は死ぬのである】
――といったのは誰だったか。
プレゼントを置いてかがんだ腰を伸ばそうとしたとき、『九尾』は花束にカードが挟まれていることに気づいた。
なんだ?と思わず手に取り、二つ折りのカードを開いてみる。
“いつまでも
――シーリーン。
一瞬、彼の脳裏に鮮烈なイメージがうかぶ。
朝日に輝き、たゆたう黄金の波間。
髪の長い女性が、波打ち際にたたずむ
一瞬。陣風にあおられ、抱えた薔薇の花束をさらわれて。
風に舞い、そこに漂う幾万もの薔薇の花弁。
フラッとよろける『九尾』。強烈なイメージに身体をもっていかれる。
あぶない!と護衛のたくましい腕が、後ろから少年を抱き支えた。
そして、片手で静かにプレートを押しもどし――墓所を
ことも無げに男は『九尾』を強く抱きしめたあと、しっかりしろと言うように彼の体をゆする。次いで黒メガネを光らせ、
「思った通りだ……まれにトラップじみた仕掛けを
頭を振って『九尾』は意識をハッキリさせる。
しかし。そうは言われても、いまの強制認識めく精神的なインパクト。護衛のとおり一編な説明ではまったく
彼方からやってきた、あふれるばかりの想い。
それらが
自分が女にされかけた強制洗脳時の心的構造。
それがいまだ心のどこかに残っており、墓にまつわる残留思念に共鳴して、ある種の幻影を魅せたのだろうか……。
「さ、目的は済ませた――ところでキミの『ドラクル』のところは、いいのか?」
男は『九尾』の背後から問いかける。
“遺された”候補生は、黙って首をふった。
第一、
――自分の中で、センパイは……まだ生きてる。
いまでも道を歩いていると、不意にヒョッコリ。
片手杖に、あのニヤニヤ笑いを浮かべながら不敵なオーラを漂わせ、ヨゥ、とこちらに挨拶するような気がしてならない。
なんの前触れもなく、涙がこみ上げてきた。
彼は護衛にそれを見られまいと足早に墓前を去る。
息をヒクつかせたまま高層階のテラスに出ると、手すりに肘をついた。
すでに陽は没し、砲金色な蒼みのかかった空を背景にして、星が出始めていた。
視線を下に落とせばかなた背徳の都市が、今宵も獲物を
『恵娜』。イサドラ。
そして――“オリジナル”の『成美』
みんな魔都に消化、吸収されてしまった者たち。
「候補生『九尾』……」
男の声に、硬い口調があった。
いそぎ手で眼をこする。
深呼吸3回。
ようやく落ち着いて振りむく。
すると、護衛の男が
「言おうか、言うまいか――いまの今まで迷っていた」
控えめに言って『九尾』は愕然とする。
あの運命の夜。
身を切る思いで、闇に向かって
それが、まるで悪魔のような“したり顔”をして戻ってきたような印象。
「どうして、これを……」
そう言うのが、やっとだった。
手にすると、記憶にある持ち重りが、かつての心的構造をそのまま蘇らせた。
蓋を開ければ、プラチナと、ダイヤ――それに24金のアクセント。
遠い魔都の灯火に、照り煌やいて幻惑を生む……。
おかげで心のシーソーが不安定にゆれ、いつまでも収まらない。
「苦労したぞ、
護衛は、どこかあきらめたような、打って変わった調子で、
「キミがあの植物園で放り投げた品を「何としても探せ」と上からの命令でな。暗視装置の記録映像に残っていた放物線予測位置から自分が発見したのだが、手もとにとどめるのは、正直かなり覚悟がいった」
「どうして――そんなこと?」
「正当な持ち主のもとに、届けたいからさ」
「ボクには、もう要らないものです」
「もう一度だけ言うぞ?――
ミラ宮廷秘書官?と首をかしげるが、この黒メガネは知らないと言う。
それならば……いったい誰?
頭の中で、歯車がいきなり噛み合う気配。
ハッ、と『九尾』は胸を突かれる。
得体の知れないうすら寒さが、彼方からやってきた。
そしてそれは、自分が心ない、見当違いのコトをしたという恐ろしさも
「そんな――まさか、そんなことって……」
※1「ホスローとシーリーン」訳:岡田恵美子氏
※2参考:Les Roses de Saadi(サアディの薔薇・作:ヴァルモオル夫人)
注:これは是非、齋藤 磯雄先生の訳で味わって下さい。
(略)
――結び目は破れほどけぬ
薔薇の花、風のまにまに飛び散らひ
海原めざしことごとく去って還らず
波、ために
(略)