※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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085:人形のこと、ならびに『邦斎』退場のこと

 

 

 

 女秘書・綾華は、いまや護衛の本性をあらわし、青筋をたてて小型拳銃の撃鉄(ハンマー)をおこした。

 

「いかな手数をかけた高価な品であっても、不良品ではメゾン・ドールの沽券(こけん)にかかわります!」

 

 そう言って、ゆっくりと小型拳銃の先をAIKAの眉間にむける。そしてサディスティックな色を声に滲(にじ)ませ、ヒソヒソと元・人間である美麗な人形(ドール)に向かい、

 

(安心なさい?お顔をフッとばしても、身体はオナホールとして再利用したげるから)

 

 よく見ておきなさい肉人形ども!と女秘書は銃をかざし、まわりを見回すやいくぶん声を震わせて叫んだ。

 

 そして、バン!という破壊音が広間に響いて……。

 

――(前回:084まで)―― 

 

 ハデな音を立て、護衛はセダンの重いドアを閉じる。

 

 メゾンで使っていた防弾仕様の高級なリモ(リムジン)とちがい、モーター・アシストで終端閉鎖しないので、力まかせに閉じた場合、ズシンと車体に響いた。おそらく専用設計ではなく通常の車に装甲を仕込んだだけの、安出来(やすでき)な造りなのだろう。

 

「出たまえよ『九尾』――いい夜だ」

 

 高速のパーキング・エリアで、彼らの車は一息ついたところだった。

 

 護衛にうながされ、頭上でループが幾重にも錯綜(さくそう)する駐車場の外に、先ほどの経験でヘロヘロになった彼が車外に出るとオゾンの気配とモーターの灼ける臭い。それにまぎれヒンヤリと腐葉土が香る春の気配が幽(かす)かに漂った。

 

 まだ感覚に生々しい、何重にもショッキングな経験。

 いまだ痺(シビ)れたままな頭を深呼吸でスッキリさせようとしても、周りの磨きたてた車を見渡せば、そこに人形(ドール)を内包した艶(つや)やかなパッケージがダブって見えるしまつ。

 

「クソ。さっきはヤバかったぞ……」

 

 ため息をつきながら護衛の男はスーツを何やらいじってから、周囲に並ぶ車の生体反応を油断なくチェックするようなそぶりで古ぼけた車体に寄りかかり、

 

「あの女秘書な……たぶん強化体(Закалка)だ。人工的に筋肉の質を変えて神経を補強し、戦闘能力を増している」

「……そうですかぁ?」

 

 いまだ“AIKA”のことを考える『九尾』は、遠くの幸せそうな家族連れを眺めながら気のない声で、

 

「ボクには――フツーにスタイルのいいキャリア・ウーマンにしか……」

「ハ!普通の女性総合職が、あんな強力な殺気を放つもんかね。骨はガラス繊維。体温分布と構成密度から、筋神経の反応速度をあげているのが分かった。動体視力も強化しているはずだ。西の秘匿(ひとく)技術だと聞いていたのだが、あんなところに……なぜだ!」

 

 そうか、と『九尾』はボンヤリしたまま、ものすごく納得する。

 愛玩用の人形(ラブ・ドール)があるのだ。戦闘用の人形(コンバット・ドール)があってもおかしくない。

 あるいは、もっと別の用途も……と考えるが、怖くなったので途中でやめる。

 

「でもまさか、あそこでドンパチってことには――」

「分からんぞ?」

 

 対テロリスト(治安執行)部隊の必須要諦をひとつ教えてやろうか、と護衛はいまだこわばりの取れない貌(かお)で、

 

「“まず女から殺せ”だ」※1

「……なんですって?」

「男のテロリストだったら、勝負あったと分かれば抵抗しない場合が多い。だが女のソレは――ヒスってナニしでかすか分からん。あそこで闘いになった場合、正直勝てるか自信がなかった。最悪、流れ弾でも受けたら、応急処置のドサクサにまぎれて、キミまで奴隷人形に改造されていたかもな」

 

 そんな……と『九尾』は絶句する。

 

「あの店(メゾン)から独立した場所にあるワケも分かるよ。何かあったら“知らぬ存ぜぬ”で切り離すつもりだろう。してみると半・非合法な存在なんだな――いつ“ガサ入れ”くらっても大丈夫なように」

「ボクが……『愛玩人形(ラブ・ドール)』に……」

「ま、恐(・)怖(・)を(・)味(・)わ(・)い(・)な(・)お(・)す(・)必(・)要(・)は(・)な(・)い(・)」

 

 護衛は黒メガネを光らせ辺りを再確認すると、こともなげに、

 

「来たまえ――精進(しょうじん)落としだ」

 

 二人は高級車が目立つ広い駐車場を移動し、あかるい建屋のほうへと向かう。

 

 フード・コートのガラス張りなスィング・ドアを開けると、暖房に食べ物の美味(うま)そうな匂いがまじりあう、ホッとする雰囲気が二人をむかえた。

 

 揚げ物や、炒め物の気配。売り場の行列。

 立ち食いソバの香りなど、『九尾』はひさびさに嗅(か)いだ気がする。

 談笑や歓声。広い厨房で食器の触れ合う音が陽気に響いて。

 

「なんにするかね――?副交感神経に効く、あたたかいモノがいいな」

「自分は……食欲ないからイイです」

「まぁ、そう言うな」

 

 護衛はメニューで迷った挙句(あげく)、湯気の立つラーメン二つを盆の上にのせ、フードコートを見わたせる目立たない片隅に席をとった。時刻は19時をまわり、広いエリアにはそこそこ客が入っているものの混雑というほどではない。おそらく来客の波の谷間にあたるのだろう。それでもあちこちで湧きおこる高笑いや子供の泣き声などで、込み入った話をするには具合がよかった。

 

 あの――と『九尾』が人形のことを聞こうとしたとき、テーブル向かいの男は、

 

「どうした――遠慮せずに食いたまえ。ノビちまうぞ」

 

 天井の照明を油滴の数だけ映しこむラーメンのスープ。

 彼は微妙な心境で見おろす。

 

 ものを食べる気分ではなかった。

 

 見ばえのいいモルグ(死体置き場)から生還して、胸が冷えきっている。

 美しい愛玩人形(ラブ・ドール)に改造され、凝固し、ほほ笑んでいた“AIKA”。

 どこか哀しげな“人形”の眼つきが、いまだに目のまえにチラついて。

 だが、テーブルを挟んでいかにも余裕タップリに麺をすする護衛を見ていると、

 

 

   ぐぅぅぅぅ……ぅ。

 

 

 いきなり腹が鳴った。

 

 ――え……。

 

 彼は自分の身体の図々しさにあきれる。

 あれだけのコトがあったのに、腹が鳴るとは。

 そういえば先日、目の前で女殺し屋の頭が狙撃で吹ッとばされた時も、何ひとつおどろかず、かえって足もとに転がっていた彼女の目玉を興味津々(きょうみしんしん)、観察したのをおもいだした。去年の秋、先輩候補生ふたりの死体を見たときは、吐き気をガマンするのが精いっぱいだったのに……。

 

 自分の心は死んでしまったのだろうか。

 それとも――これも洗脳の後遺症? 

 と、そんなことを彼が考えるうち、またもや腹がなって。

 

 ――えぇ、もう知るか!

 

「いただきます……」

 

 力なくそう言ってから、割り箸を裂き、麺をひと口すする。

 

 

 ――あ……。

 

 

 美味(うま)い。

 

 冷えたような肩に、背中に、たちまち熱エネルギーが回ってゆく気配。

 押し寄せる日常の現実感。

 “実際に存在している”という、手ごたえ。

 

 生きかえる心地に、彼の眼には正体不明の涙すらうかぶ。

 濃いスープが、ひとすすりごとに生の感触を、そして頭の回転を潤滑にさせるような印象。考えてみれば、今日は病院で出された10時のお茶から、なに一つ口にしていなかった。

 

 身体のまわりで立てられる“生者”たちの騒音。

 ペンギンの見舞いからの帰り道。トラムのなかの混雑を、ふと連想して。

 気がつけば『九尾』は、最後のシナチクをどんぶりの中にさぐり、完食してしまっている。

 

 暖かい食べ物が身体はもちろん、精神にあたえる影響は大きかった。

 先ほどまでアレほど虚無にみちていた自暴自棄な考えは、もはや跡形もないほどに消え去り、それに代わって、どうやったら“こんな社会”に反撃できるか、そんなラディカルなコトまで、頭に想いめぐらせている。

 

「さっきは、私の失敗(ミス)だった……すまん」

 

 ポツリ、先に食べ終えていた護衛は彼方を歩いてゆくスーツ姿の男たちを警戒しつつ、それでいてどこか虚(うつ)ろな気配をただよわせ、そう言った。

 

「キミを、連れてゆくべきではなかった」

「そんなこと……」

 

 『九尾』はレンゲを使って夢中でラーメンの汁をすすりながら、

 

「知っておいて、良かったと思います。い(・)い(・)社(・)会(・)勉(・)強(・)でした」

「――そうか?」

 

 ふと、護衛はそんな彼の食いっぷりに気がついて、

 

「どうした?もっとなにか食うか?遠慮するな」

「いえ、もう十分。お情け――身に沁(し)みます」

 

 時代劇からひろってきたようなセリフに男はフフッと笑い、

 

「なにか、キミも変わったな」

「えぇ、なんとでも。マヌケっぷりに磨きがかかりましたよ」

「いや、そういう事を言っているんじゃない……」

 

 黒メガネの反射に『九尾』の顔をうつす、中年と呼ぶには少し早いこの男は、

 

「じつを言うとな――先日の“傷害事件”を防げなかった懲罰(バツ)として、わたしはキミの入院中、再研修を受けていたのだ。そして今回の件だろう?キミに取り返しのつかない心的な傷害(トラウマ)を与えてしまった。なるほど自分は懲罰研修を受けてしかるべき二流の要員だと自責の念に駆られていたのだが……どうやらその心配は無かったようだ」

 

 やっぱり、と彼は思う。

 

 ――己(ボク)が格好つけたせいで、また邦斎(くによし)サンに迷惑をかけてしまった……。

 

 ほおを探り、いまだ白っぽく残るキズをさぐる。

 完全に消すには、少し通院しなくてはならないらしい。たぶん処置は“御前試演”の後になるだろう。もし、それまで生きていたらの話だが。

 

 またも弱気になりかかるところを“AIKA”の件を思い出し、喝を入れる。

 

 ――自分が殉職したら、あの人形はHENTAIのヒヒ爺ィにでも売られるのかな。それだけは何としても……でも9980ギニーかぁ。億ションが買えるよ……勅任航界士になって、そうとう功績を挙げないと――。

 

 そこで『九尾』は、先ほど聞きそびれていた質問を思い出し、

 

「あの、護衛さん」

「ん」

「あの人形たちって……もとの人間にもどせるの?」

「とうぜんムリだ」

 

 サラっと男は彼の希望を断ち斬った。

 

「身体の組織を不可逆に更新されてしまっているからな」

「でも……でも西側最新技術なA(オート)P(ポイエーシス)S(システム)を使ったら?」

「なにを言ってるのか分からんが、体内物質を半ば無機物に置換(ちかん)されているんだぞ?神でもないかぎり、とても」

「じゃぁ……“AIKA”は、もう単なる人形(ドール)のままなんだ……」

「ま、ていのいい保存死体だ、あきらめろ。もっとも――」

 

 そう言いかけた護衛は、おっと、という風に口をつぐむ。そしてたちまち目前の少年の面(おもて)に希望の明るさが浮かぶのをみて心底後悔した顔をして。

 

「なに――なにかあるの?」

「べつに。人形ケースのアレは“腐らないゾンビ”だよ」

「ウソだ!なにかあるんでしょ?」

「……」

 

 護衛はしばらく言い渋っていたが、ややあって“お冷や”を口に含んでから、

 

「あのオールバックの男が、最高の等級(クラス)で手術(オペ)したと言っていたが……いいか?あくまで聞いたハナシだぞ?」

 

 コクコク、と目を輝かせて頷く少年にヤレヤレという顔を浮かべ、

 

「この等級の場合、そうとう手間ヒマかけて改造を行うそうだが、恐ろしいことに基本的な記憶野さえも、外付けの記憶媒体に移植するらしい。つまり身体は人形になっても、心――と呼べるかは分からんが、もとの容れものに戻すことはできる、と聞いたことがある」

「人形になった体に、もとの意識をですか!?」

「……そうだ」

「でも!そうしたら愛香はどう思うか」

 

 そこよ、と男は指をたてて彼のほうに示し、

 

「そうやって変わり果てた自分の体を認識させ、悲しむさまを見るのが好きな金持ちが居るらしい。しかもオリジナルの人格を取ってあるので、コピーを注入すれば悲嘆に沈む様を何度でも繰り返せる。それを酒の肴にしてたのしむのだと」

 

 『九尾』の脳裏に、分厚な唇をよだれでテカらせた“無礼院”のニヤつきが浮かぶ。ねちっこく股間をさわる大きな手の感触も、併(あわ)せて。

 

 思わず彼は鳥肌をたてて首を振り、粘(ねば)ついた印象を祓い落とそうとするが、なぜかそこに“蘭の王女”の秘密めいた冷ややかな眼差しも浮かぶのは、どうしたワケか。

 

「悪趣味なハナシだが、しかたない。大陸事象面でおこなわれている、政府の政策に沿わない市民を強制的に労働洗脳したり、特権階級のために一般“人民”を問答無用で臓器工場にするのとくらべれば――なんぼかマシだよ」

「そんな事象面があるんですか」

「悲惨な話、不合理な事実なら、まだまだたくさんあるぞ?」

 

 キミが知らないだけだ、こう言わんげに護衛は椅子の背もたれによりかかる。

 サングラス越しな護衛の凝視に包まれながら、『九尾』は考え込む。

 

 ――愛香は“AIKA”となって、どうおもうだろう……。

 

 

 どちらにしろ、HENTAIどもの手から守りたい。

 ここまで考えた時、ふと『九尾』は立ち止まる。

 

 

 “救(・)う(・)の(・)は(・)――愛(・)香(・)だ(・)け(・)で(・)い(・)い(・)の(・)か(・)?”

 

 

 偽装ブティックの地下広間でみた人形ケース(ドール・ボックス)の 山。

 安楽な生活のために身をうる『恵娜(えな)』の類。あるいはパピヨン、ビエルシカ。

 第一、西ノ宮の僧正(無礼院)みたいなものを一掃しないと、この社会は変わらないだろう。

 

 過去に映像データでみた様々な光景がうかぶ。

 

 既得権益にしがみつく政治屋や小役人。

 自分のオ〇ニーを他人に強制する「脳内お花畑」。

 イツホクをはじめとした強力な圧力を発生させる(ロビイスト)銭ゲバ。

 

 ――コイツらに一撃を加えるには……どうする?

 

 自然、彼の手はポケットのメモリー・ユニットに伸びた。

 じっとりと、それらを親指のはらでなでさすって。

 

 すこし、間が開いた。

 

 やがて沈思黙考する『九尾』をよそに護衛は大きく息をつくと、

 

「今回の一連で、自分はキミの担当をハズされるだろう。スーツに内蔵されているログ収録器も、さっき止めてしまったしな。たぶん、自分は懲戒――」

「そんなぁ!イヤですよ……そんな」

 

 またも青天の霹靂。

 

「なんで……」

「キミを守るためだ。こんな暴露話をキミが聞いたと本部が知ったら、キミまで危うくなる」

「護衛さんは、だいじょうぶなの?」

「これが大人の役目さ……そして自分のかわりにあたらしく来る要員は、おそらく融通(ゆうずう)の利かないヤツだろう。それはたぶん“御前試演”の時までそれは続く。どうか我慢(がまん)してくれたまえ」

 

 また、自分のために犠牲になる人が――と、彼は暗澹たる思いにかられる。

 ふくれっ面をする少年に、この男は硬い表情をうかべ、

 

「“親(・)と(・)上(・)司(・)は(・)選(・)べ(・)な(・)い(・)”覚えておけ?ついでに“命令”もな御前試演は――再来週だっけ?」

「……土曜日です」

 

 おもむろに、護衛の男は黒いメガネとった。

 鋭い金色な眼差し。その奥に、なぜだか温かく感じるものが。

 そしてブスっとふさぎこむ少年候補生の顔をみて、フッとみじかく微笑。

 

「来週には事象震の嵐が――その第一波がやってくると内々で予報が出ているぞ?行きたいところがあれば、それまでに行っておくといい……」

 

 『九尾』は、自分の中に深く沈潜する。

 

 いままでの経験、記憶。そこから要素をくみ上げて考える。

 思考実験し、予想される作用・反作用を取捨と選択。

 それに加味し、過去に見た事象震のすさまじさ。

 なにより、自分が生き延びる確率……。

 

 ――せめて……せめて一撃。

 

 そして彼は――ついに覚悟を決めた。

 打って変わって明るい声で、

 

「今回の事象震、激しいモノになるんですよね」

「……らしいな」

「あっと♪」

 

 『九尾』は、ラーメンの丼(どんぶり)に添えていた割り箸をカラカラ落としてしまう。

 

 テーブルの下にもぐるとそれをひろった。そしてポケットから取り出した二つのメモリーユニットで護衛のヒザをつつき、相手にわたす。何気ない顔でテーブルに浮かび上がると、椅子に座りなおした。

 

 護衛の金色な瞳が、こんどは呆然と見ひらかれて。

 

「ボク、護衛サンといっしょにいると、なんだかお父さんと居るようで、楽しかったです――なーんて、護衛サンはそこまでのお歳じゃないですよね。そうそう、そういえば……」

 

 とりとめのない話をしながら、喋りとは別に『九尾』は手を動かして候補生手帳へと記す。

 目の前の大人はスーツに仕込んだ録音装置を停止させてと言っていったが、もしかしたらこのエージェントにも知らされていない仕掛けがあるとも限らない。もう自分のために誰かが犠牲になるのはイヤだった。

 

 

 

【やはりこの情報ユニット、邦斎(くによし)さんにお渡ししておきます。

 愛香のブローチを守って、こちらに返してくれた、お礼。

 

 これは、自分と先輩の命を削った結晶です。どうか“良い方向に”役立ててください。

 

 もう自身の判断では誰に渡したらよいのか、わかりません。

 身近な大人で、一番信用のおけそうな人に託すのがベターと判断しました。

 

 もう一つのユニットは、当方の修錬校で女子候補生徒に対し、卑劣な行為を 行っている教官の言動を録画したものです。

 どうか、どうかこの悪辣(あくらつ)な大人たちに、正義の一撃を。

 

 あと、画像の女子候補生を追跡捜査して、助けていただけると嬉しいです。

 W/N(ウィング・ネーム)は『タチアナ』。自分と同じ1年です。

 《brown》(もっとも先ほどの人形たちのように、もう手遅れかもしれませんが)

 

 勝手なお願いですが、もう自分には時間が無いかもしれません。

 何卒(なにとぞ)、よろしくお願い申しあげます。

 

 いままで振り回して、ごめんなさい。

 そして、本当に有難う御座いました】

 

 【追記:この紙は、映像記録のエビデンスとして渡しておきます】

      

          錬成校・瑞雲所属1013 1級・航界士候補生 『九尾』

 

 

 

  最後に、今日の日付を書き込み、指紋を押印。

 

 護衛は革の手袋をつけ、生徒手帳から破り取られた三枚の紙片を再読。

 そしてポケットから出した小さなスプレーを吹きつけると指紋を定着させた。

 

 ――これでいい……。

 

 護衛の処置を見守りつつ、『九尾』はホッとする。

 そして大事に守ってきたものを託してしまうと、彼の胸はガランとしてしまう。

 これで終わった、という感慨。

 

 護衛の方は、なぜか『九尾』から背をむけ、黒メガネを拭いた。

 

 奇妙な、沈黙。

 

 しばらくの後(のち)、ようやくそれを掛けなおすと男は『九尾』のほうに向きなおり、胸から出したクロスの薄型手帳に、紙片を大事そうに挟みながら、何ごとか言いかけ、口ごもる。

 

 しばらく逡巡するようすが、傍目にもありありと。

 

 だが――やはり言わないことに決めたらしい。

 腕時計を見てため息をつき、

 

「もうこんな時間か……そうだ、寮が変更になることは聞いているかね?」

 

 え?やった、と気の抜けた喜び。

 邦斎(くによし)が担当を外れるというショックが尾を引いて。

 それでも、落胆を表に出すまいという、妙なプライドと共に、

 

「いまのトコより酷くは……なりませんよね?」

「あの店(メゾン)のレベルとはいかないが、ずいぶんマシになるはずだ」

「いつです?」

「分からん。後任の指示に従ってくれ」

「護衛さんとは……その、もう連絡取れないの?」

 

 残念ながらな、と通常の硬い雰囲気にもどった男が席を立った。

 

 『九尾』は相手の分まで空きドンブリを盆にのせ、それを両手に抱えながら、すがるような目つきで頑強な岩を思わせる“本物の大人”を見げる。

 あのホスロー上級大尉とはまた毛色の異なる、ガッシリとした存在。

 

「部局の内規で、担当外の保護対象と個人的な接触を持つことは禁じられているのだ」

「そう……ですか」

 

 うなだれる少年に、男は軽く彼の頬(ほお)をペチペチと叩く。

 

「強く生きてくれよ、『九尾』」

「護衛さん……ありがとうございます」

 

 うむ、と戦場(いくさば)経験を積んだ男の、重々しい頷き。

 

 

 





※1 映画でも有名な某特殊部隊の教本には、そうあるとか。

終盤に近づき、だんだんと主要キャラたちが去ってゆきます……。
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