※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

11 / 117
009:いわくありげな旧式機のこと、ならびに雲海の幻影のこと

 整備士たちが、慎重に『ポンポコ』と機体を各種ラインで接続してゆく。

 ケーブル一つ、コード一つ接続されてゆくたび、視野に光が奔(はし)り、体が反応。

 HM(ヘッドマウント)Dに(ディスプレイ)緑色をした一次同調のインジケータが投影され、刻々と変わって。

 

「コネクト・ユニット起動・予熱開始。高度計リセット・非常用電源・確認」

「――チエック」

「バイタル接続・心拍確認。血中酸素濃度モニター開始」

「――チェック」

 

 特性評価試験によって割り当てられた彼のコクピットは、どちらかといえば時代おくれな「騎乗(きじょう)型」の操縦系だった。多くの候補生は、普通の航空機のようにイスに座る姿勢で機体を操縦するのに対し、『ポンポコ』のタイプはレース用バイクのように前傾姿勢(ぜんけいしせい)でまたがって操作する形となる。操縦の感覚自由度があがる反面、機動特性の暴力的なところが諸刃(もろは)の剣だが彼自身の好みには合っており、教練でも時おりこのタイプを使っていた。

 

「むかしァ、みんな騎乗型(この手)の操縦系(タイプ)だったモンだが……」

 

マクフィー整備主任が、ピカールとウェスを手に配下の整備士たちを指揮しつつ、

 

「いまじゃマニューバAIが発達したおかげで、大部分が寝椅子(ねいす)タイプになっちまったな……紛争以降に発見された法則で設計された機体を、二(フタ)ケタっつッてな?それ以前の、パイロットの腕がモロに出るタイプをゼロ番台と呼んでンのサ。言ってみりゃ、AT車とマニュアル車みたいなもんだ」

 

 『ポンポコ』は、先輩たちが格納庫で嬉々(きき)として、自らにアサインされた今風(いまふう)の機体に駆けよってゆくのをよそに、ハンガーの薄暗い片すみに独り案内されて対面した搭乗機、その第一印象を反芻(はんすう)する。

 

「――これが……練習機じゃないよね、コレ……」

 

 思わず彼は声に出してうめいたものだった。

 

 この土日、必死で覚えたマニュアル。

 その主が、威圧(いあつ)する勢いで目のまえに踞(うずくま)っていた。

 軽妙なデザイン。

 美しいフォルム。

 俊敏(しゅんびん)さをイメージさせるオーラ……。

 ――そういったものとは、い(・)っ(・)さ(・)い(・)縁(・)の(・)な(・)い(・)機(・)体(・)。

 

 無骨。鋭利。凶悪。巨大。

 

 これら記号を凍(こお)らせ、現実世界に具現(ぐげん)させたものがあるとすれば、まさに。

 ちょっと見には、歴史の映像講義で見た共産圏のジェット戦闘機のよう。練習機にしては多すぎるハード・ポイントや大容量のウエポン・ベイ(武装庫)が、その印象を補強している。幾度となく描き換えられた形跡(あと)のあるペインティング。被弾痕(ひだんこん)なのか、外板にはミシン目のように交換された部分すらあった。そして実戦機をムリヤリ練習機に改造したのだろう。いかにも後づけな可変硬翼(こうよく)……。

 

 ほの暗い空間でこの大型の機体を見上げた時、逆に得体(えたい)のしれないモノに見下ろされたような感覚。黒ずんだ銀色をしたこの機体は“奉天(ほうてん)”と名付けられていると、その時はじめて聞かされる。蒼枯(そうこ)たる威風(いふう)に圧倒されつつ、まぁ“回天”じゃなくてラッキーだったと、胸を戦(おのの)かせながら、頭のどこかで彼は思ったものだ。

 

「ポンポコ聞いてるかァ?各侵襲(しんしゅう)デバイス規定位置へ。生理反応処理コネクタ・接続」

「――よっと。チェッ……っくふゥう!」

 

 排泄(はいせつ)ユニットを、シートに設置されたコネクタと接続した時、サージ電流が発生したのか前立腺あたりのバルーンが刺激され、あやうく精を漏らしそうになる。

 

 「……だいじょうぶか?」

 「――も、問題なし」

 

 アヘ顔を隠すため下をむいた時、『ポンポコ』はコクピットの床に、うす黒い染みが広がっているのを見つける。

 油染みとは明らかにちがう色合い。

 

 ――これ……血なんじゃないの?

 

 湧き上がる嫌悪感。

 テンションだだ下がりのなか、彼はチェッとつぶやいた。

 

 「……ボロ機体」

 

 そのとき、突然後頭部に電撃がはしり、反射で身体がのけぞった。

 目の前に星が舞う。

 クラクラする視野となみだ目でバックミラーを見ると、機体の尾部にいた整備員に向かいマクフィーが走ってゆき、跳び蹴りを炸裂(さくれつ)させるのがみえた。

 

「ボケぇコラ!AI接続をターミナル・フィルタ起動前にするヤツがあるか!」

「え?ジブンなんもやってないッスよぉ!」

「貸せ!オレがやる。おめェは予備機の整備してろ!801番機だ!」

 

 整備主任の背後で、蹴りをうけた茶髪にピアスの若い地上員が蹴られた尻をさすり、ニヤニヤ薄笑いを見せながら去ってゆく。その気配に彼はどうしたことか、ゾッとした。

 

「供給エア圧、地上既定値(きていち)。以降(いこう)自動給気へ……すまねぇ、ポン」

「チェック……いえ、大丈夫です」

 

 コクピット内環境を整えるため風防が閉ざされ、以後は機体に付いたデバイスで会話のやりとりとなる。マクフィーの言い訳がましい声が感応ヘルメットから響いた。

 

《なにせ急に“本院”から回されてきた旧(ふる)い機体だからなぁ……整備は万全のつもりだが。オレも久々にこの手のタイプをいじったよ。機体除菌(じょきん)が終わったのが9時間前で――》

「さっき言ってた“むかしはみんなこのタイプ”って、いつのごろ話です?」

《んぅ?……ほんの、3,40年前サ。ようやくメイン廻廊が、おちついたころ、かな》

「マクフィー主任どのも、航界士だったんでしょ?第一線の」

《……二級だけどな。そン頃(ころ)ァ、分断された世界がアチコチ領界(りょうかい)ラインを勝手に引いて、境界侵犯(きょうかいしんぱん)だのなんだのと。そのたンびにスクランブルで大変だった》

「一般武装を積んでたんですよね?対耀腕用フレアじゃなく、誘導飛翔体(ミサイル)を」

《いまだって長距離AAM(空対空ミサイル)や、ABM(対事象面ミサイル)積んで格闘戦やってるトコもある。オマエが――そんな場所の配属にならないように》

 

 口調を変え、ぶっきらぼうにマクフィーはそれだけ言うと、『ポンポコ』と機体との接続作業にもどる。おしゃべりはこれまでだ、とでも言うように。

 

 最後に、前傾姿勢の上体をホールドするため、マニューバ・ダンパーと呼ばれる自在固定アームを引き出す。両肩と胸をコネクタで接続し、準備完了。

 しばらくの後、 地上での最終チェックを終え、総計で八機が駐機場にならんだ。

 

 シュヴァルム単位で2個小隊。

 色も、形も、さまざま。

 

 ほとんどが単座だが、複座型もある。

 ハデなカラーリングがあると思えば、長距離戦術偵察機のように、漆黒な機体も。

 パール・ホワイトな白地にブルーの一本ストライプは、『オフィーリア』の六九番機だ。

 

 いずれも性能の良さそうな美しい機体だが、やはり『ポンポコ』の跨る○八番機だけは、長年の使用で外板や部品の交換を重ね、微妙な色ちがいのアクセス・パネルや、後づけの改装部分が全体的に目立ち、まるでブリコラージュされた模型を思わせ、無様(ぶざま)だ。ただ機体から発散される禍々(まがまが)しさと巨大さだけは、待機列のなかで群を抜いていた。言ってみれば華やかなエア・レースの会場に、場ちがいな軍用機が、無粋(ぶすい)に紛(まぎ)れこんだ印象……。

 

 地元警察の監視下で、大型の増糟(ぞうそう)のような不格好きわまる対耀腕弾が各機に配備され、セィフティ・ピンが抜かれた。やがて整備員退去のホィッスルが二度鳴り、順番に牽引車にひかれ、ゆるゆると滑走路端へ向かってゆく。

 本来ならペラ(プロペラ)の曳航(えいこう)機に引かれ、のんびりと上昇してゆくのだが、今日はちがった。

 

――来た。

 

 晴天のかなたから、機影がポツ、ポツとあらわれ、みるまにそれが大きくなる。

 離着陸用のエンジン音を響かせ、王宮付き探査院の巨大な曳航用VTOL航界機が四機、瑞雲錬成校の滑走路上空をいちど旋回したあと、せまい誘導路端に編隊を密に組んだまま一斉に降着する。砂塵と芝が盛大に舞い、立て付けの悪かった防火用設備小屋のシャッターがフっとんだ。

 

《すげェ!空技廠(くうぎしょう)の新型だ!》

 

 だれかがオープン回線で叫んだ。

 

 やっぱホンモノは迫力あるわ、と『ポンポコ』も乾燥する給気マスクの中で唇をなめる。ふと防爆用の土手の方を見ると、瑞雲錬成校の在校生が一群となって歓声を上げていた。応援団の大団旗が、エンジン噴流のなごりを受けてゆらめいて。

 

《各機・離陸準備。曳航機一機につき、練習機二機を同時に牽引する。呼ばれた者から自走して離陸位置へ。2104『ウーラン・ツヴァイ』、2095『オフィーリア』》

 

 VTOL機が一機、それに合わせるように進み出て、滑走路端の前で曳航用のロッドを横に展開。地上員が2機の練習機の機首に曳航索をとりつけ、ちょうど“冂”のような形となった。連結の終わった機体はそれぞれグライダー型の硬翼を機体側面の格納場所から展開し、発進にそなえる。

 

《まって下さい、わたしお姉ェ――いえ、サー『黒猫』(シャノワール)と一緒じゃないんですか?》

《命令(オーダー)だ。今回は、このフォーメーションでいく。離陸タイミングに注意。両サイドの機体は意識的に間隔をとれ。R1,R2時は、界面翼の相互干渉を避ける位置まで双方、自主回避せよ》

 

 地上員が、背をかがめて散ってゆく。

 VTOL機のジェネレーター圧力が上がり、地上に陽炎(かげろう)がたった。

 

《候補生のみなさん、準備はよろしいですか》

 

 それまでと全く違う声が、オープン周波数に割って入った。

 老練な印象をうける、中年の女性パイロットだ。

 

《それでは行きますよ――お手並みを、拝見》

 

 電力供給を兼ねた曳航索に余分なテンションを与えぬよう、始めはゆっくりと。

 しかしそれはすぐに戦闘離陸速度まで上がってゆく。

 V1。そしてあっという間にV2。

 

《危ない!》

 

 右サイドの2014がVTOL機の後流に流され、あやうく反対側の2095と接触しそうになる。だが幸い曳航索(えいこうさく)がからむこともなく、どうにか安定飛行に入っていった。

 

 2番機集団、3番機集団も、磨かれた光が充ちる雲量0の青空に離陸してゆく。

 

 4番機のVTOL機が、取りのこされた二機の前に進みでた。

 先行する三機にくらべ、やけに好戦的な塗装。

 何となく使い込まれた印象さえ受ける。

 機首にはシャーク・マウス。

 機体側面は、でかでかとマンガか何かのキャラ。

 

 管制塔からの指示が飛んだ。

 

《2109『サラマンダー』、1016『ポンポコ』、離陸位置へ――殿を(しんがり)タノんだぞ、火竜、(サラマンダー)初心者(わかば)の面倒を、たのむ》

《『サラマンダー』了解――『ポンポコ』、心拍上げすぎ。緊張するな、普段通りやればいい。通常の技査飛行だとおもって飛べ》

「1016、了解……なるべく巧(うま)くやってみます」

 

 管制から離陸許可が出た。

 とたん、無言のまま4番機は全力滑走を開始する。

 

 「ぐっ!」 

 

 いきなりの滑走開始に、騎乗型のコクピットに乗る彼の視野が揺らいだ。

 両肩を自在ホールドするダンパーが加速度を検知して、自動的に固着する気配。

 さらにG・スーツの首もと・背側が硬化し、体をサポートする。

 

 そのまま、脳が置いて行かれるかと思われるほどの緊急離陸。

 

 滑走路が見覚えのないスピードで足もとをながれ、いつのまにか、視界いっぱいに空が広がっていた。高度計の針が目まぐるしく回り、機体の姿勢が、牽引用硬翼使用時にしては恐ろしい角度を示している。そのまま一気に高度を稼(かせ)ぎ、『ポンポコ』の呼吸が酸素マスクの中でようやく正常になるころには、1~3番機の集団をはるか足元にふまえる位置まで上昇していた。

 

《廉人(レント)中尉、編隊にもどりなさい!候補生たちを引いているのですよ!?》

《ハ!ツカえねぇヒヨコ押しつけられるくらいなら、ここでツブしてやりぁスよ》

《それはわれわれ教導隊の仕事です!貴方たち実(・)験(・)中(・)隊(・)の仕事ではありません!》

《あンたらのおかげで最近はクズばかり来やがる。尻ぬぐいする身にもなれってンだ》

《編隊にもどりなさい!繰り返します、廉人中尉、編隊に――》

《……オレに、命、令、するんですかィ?》

 

 ドスの効いた声。

 

 空電と、地上短SAM部隊の交信らしきものが混じった沈黙。

 4番機に引っ張られる候補生ふたり。

 クラクラする頭で、無線にかたずを呑んで。

 

《――事故が起きた場合は、キチンと責任をとってもらいますからね》

 

 冷ややかな声とともに、交信は切れる。

 ひぇぇぇ、酷(ヒド)いの当たっちゃったなぁ、と曳航される側はコクピットで震(フル)えた。

 

《――てェことだ、ヒヨコさん共(ども)よ》

 

 この中尉は、そんな彼らにとどめを刺すような口ぶりで、

 

《さァて。おゆるしも出た事だし……作戦空域までにゃ、まだチト間がある。最初のブラック・アウトといこうか》

 

 VTOL機が、不気味に増速。

 

《両機、硬翼(こうよく)を揚力最小まで移行。翼縮を確認後、曳航状態のまま高速機動に移る》

 

ゾッとしながら『ポンポコ』はコンソール脇のノブを3ノッチ手前に引いた。あまりに高速域でロックを外したため、ガコンと酷(ひど)い音がして、翼がウィング・ベイに1/4まで格納されてゆく。

 練習機の揚力は、もともと胴体だけでも(リフティング・)プラス(ボディ)に設計されているので、速度さえあればこれだけでも十分起動はできる。とはいえ、いくらなんでも無茶だった。

 考えを同じにしたか、あるいは上級生としての責任感からか、二年の『サラマンダー』が、

 

《中尉どの!これはあまりに危険です。曳航中、操縦をあやまると、練習機同士が接触する可能性が――》

 

無線の向こうから鼻で嗤(わら)う気配。

 

《操縦を誤れば、だろ?なら問題ないジャン。おま―らが失敗(ミス)ンなきゃイイんだから》

 

 さらに対気速度が速まった。

 VTOL機からイオン翼が吹き出て、それが後退してゆく。

 

 ――マズイ。本気だよ相手は!

 

 『ポンポコ』の肛門がゆるむ。それを検知して、アナル・プラグが自動的に拡張(かくちょう)。

 

《さァて、いくぞォ?》

 

そう言うや、曳航機はいきなり背面飛行。そのまま弧を描きながらダイブしてゆく。

 動力めいっぱいの機動降下。

 エンジン全開の飛び降り自殺。

 『ポンポコ』たちも反射的に相手に合わせて背面になると、天地がひっくり返った光景を見ながら、頭から落ちていった。

 

 肩が冷え、呼吸が荒くなってゆく。

 バイタルを拾ったシステムが自動的にスーツの温感上昇。

 エア供給量3%アップ。

 HMDの数値がめまぐるしく変わる。

 雲海の白さがせまる。寸前でVTOL機は機体を順面(じゅんめん)にもどすと、

 

 《雲海に入るぞォ。両機、機体姿勢に注意!》

 

 曳航状態が安定したところで4番機群は雲の中に突っ込んだ。

 はじめは明るい霧状だったコクピットの外も、だんだんと光を失ってゆく。

 『ポンポコ』は、曳航(えいこう)されているとはいえ機位を失わないよう、神経を集中させる。気付いたら背面飛行なんて醜態は、ゴメンだった。

 ふだん、訓練で雲海に入ることは滅多にない。というより厳禁されていた。何が起こるか分からないのが雲海の中だった。大破断から年月がたっているとはいえ、いまだに多くが謎に包まれている。

 風防外の視界が悪い。

 以前、水中透明度のひくい湖で、魚雷型のスクーターを使い講習を受けたときの事が思い出された。

 

 ――あのときは鎖(くさり)を巻かれた水死体が……。

 

 突発的な気流にはげしくあおられ、機位を乱しそうになった『ポンポコ』は、あわてて舵を修正。もう余計なことを考えず、操縦に集中する。目標ポイントが照準サークルの中にくるよう、それだけを注意しながら……。

 

 VTOL機が翼端灯と航空灯を付けた。

 

 彼も、手元のスイッチで、それにならう。

 機位確認。意外にサイドが近い。アブないな、と眉をひそめていると、

 

《『サラマ(・)ン(・)コ(・)』!中央寄りすぎ。気流に巻かれるとポン吉にぶッかる。まだ下げっぞ》

 

 雲海深度を下げてゆくにつれ、気流も激しくなり、翼端灯の上に青白い炎がうかんだ。

 

 ――セント・エルモの灯か……はじめて見た。

 

 と思うまもなく、その火は姿を大きくしながら硬翼を伝ってきて、最後に巨大な青白い髑髏となりキャノピーに張りついた。ヒッ、と彼が無線の送信ボタンを押そうとするより早く、ヘルメット内に『サラマンダー』の悲鳴がひびく。

 

《鬼だ!鬼が機体にくいついてる!3匹、いや、4……5匹!》

 

 そのあとは、ワケのわからない悲鳴と怒声。

 曳航される片側の機体が激しくゆれる。

 それを聞いて、『ポンポコ』はかえって落ちついた。

 長年のクセで各種インジケーターを素早くチェック――異常なし。

 ドクロを見ないよう、計器飛行に集中する。

 廉人中尉のあざけるような調子が、レシーバーから響いた。

 

《おちつけ。それはオメーの深層心理の具象化だ。現場は“フロイト”って呼んでる》

 

 空電まじりの沈黙。

 稲妻の紫色を二度、三度、4番機群は突きぬけた。

 キャノピーに一瞬、水滴が激しく突き当たる。驚いて彼が顔を上げると、いまだドクロは彼の方をにらんでいた。まばらな歯の残るアゴがカクカクと、痙攣(けいれん)したようにむなしく動く。まるで何かを伝えるように。

 

《……パイロットの気に病むモノ。あるいは心的外傷(トラウマ)が、ワリと雲海深度の浅いエリアであらわれる。理由は不明だ。無視してればそのうち消える。幻だよ、マ、ボ、ロ、シ。鬼が見えるのはダレだ?》

《サっ、サラマンダーです!》

《火食いトカゲの名が泣くな――ポン吉(キチ)ィ!一年坊、息しとるかァ?》

 

 呼びかけられた彼は、給気マスクの中で、ひび割れたくちびるをいちど舐めてから、

 

 「こちら『ポンポコ』。こっちは光る頭蓋骨(とうがいこつ)がキャノピーに――現在、絶賛シカト中」

 

レシーバーから、引きつったような手放しの笑い声がひびいた。

 

《いいぞォ豆ダヌキ!キンタマだけァ、デカいとみえる》

 

機体の位置に注意しろ、と中尉は続けた。

 

《深度をさらに下げッぞ。もっと面白い体験をさせ……あァ?圧縮通信?代われ》

 

そこでいったん交信が止み、一時的に静かになる。

 時折気流にもまれ、機が激しくゆれた。そんな中、立体投射型HUDが発するグリーンの光が外の嵐を隔絶し、刻々と変わる状況を冷静にデータとして変換・表示し続けている。

 

 雲海深度。

 指示対気速度。

 存在意識保持レベル。

 Gスーツからのバイタル。

 レーダに映る前方とサイドのIFF(敵味方識別)表示。

 それらはみな、自分が実(・)際(・)に(・)存(・)在(・)し(・)て(・)い(・)る(・)証だ。

 こころが落ち着く。気がつけば、キャノピー外にドクロの姿は消えていた。

《くそっ!》

 

 そのとき、ヘルメットのレシーバーが甦った。

 

《各機!チョイと面倒なことになりァがった。雲海散歩はおあずけだ。これより上昇に移る。同時に各自スーツを還元モード・1で起動準備。交戦機動の用意をしておけ》

 

 こちら『サラマンダー』、と先輩候補生が、いまだ興奮の残る声。

 

《交戦機動って……何かあったんですか》

《所属不明機(アンノウン)だ。先行する我が方の編隊群に、異常接近してくるヤツがいる》

 

 キャノピーの外が、黒から乳白色へ。どんどん明るくなって行く。

 不明機のことはさておいて、とりあえず雲海を離れられることで生き返るような気分になった『ポンポコ』は、ホッと胸をなでおろす。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。