整備士たちが、慎重に『ポンポコ』と機体を各種ラインで接続してゆく。
ケーブル一つ、コード一つ接続されてゆくたび、視野に光が
「コネクト・ユニット起動・予熱開始。高度計リセット・非常用電源・確認」
「――チエック」
「バイタル接続・心拍確認。血中酸素濃度モニター開始」
「――チェック」
特性評価試験によって割り当てられた彼のコクピットは、どちらかといえば時代おくれな「
「むかしァ、みんな
マクフィー整備主任が、ピカールとウェスを手に配下の整備士たちを指揮しつつ、
「いまじゃマニューバAIが発達したおかげで、大部分が
『ポンポコ』は、先輩たちが格納庫で
「――これが……練習機じゃないよね、コレ……」
思わず彼は声に出してうめいたものだった。
この土日、必死で覚えたマニュアル。
その主が、
軽妙なデザイン。
美しいフォルム。
――そういったものとは、
無骨。鋭利。凶悪。巨大。
これら記号を
ちょっと見には、歴史の映像講義で見た共産圏のジェット戦闘機のよう。練習機にしては多すぎるハード・ポイントや大容量の
ほの暗い空間でこの大型の機体を見上げた時、逆に
「ポンポコ聞いてるかァ?各
「――よっと。チェッ……っくふゥう!」
「……だいじょうぶか?」
「――も、問題なし」
アヘ顔を隠すため下をむいた時、『ポンポコ』はコクピットの床に、うす黒い染みが広がっているのを見つける。
油染みとは明らかにちがう色合い。
――これ……血なんじゃないの?
湧き上がる嫌悪感。
テンションだだ下がりのなか、彼はチェッとつぶやいた。
「……ボロ機体」
そのとき、突然後頭部に電撃がはしり、反射で身体がのけぞった。
目の前に星が舞う。
クラクラする視野となみだ目でバックミラーを見ると、機体の尾部にいた整備員に向かいマクフィーが走ってゆき、跳び蹴りを
「ボケぇコラ!AI接続をターミナル・フィルタ起動前にするヤツがあるか!」
「え?ジブンなんもやってないッスよぉ!」
「貸せ!オレがやる。おめェは予備機の整備してろ!801番機だ!」
整備主任の背後で、蹴りをうけた茶髪にピアスの若い地上員が蹴られた尻をさすり、ニヤニヤ薄笑いを見せながら去ってゆく。その気配に彼はどうしたことか、ゾッとした。
「供給エア圧、地上
「チェック……いえ、大丈夫です」
コクピット内環境を整えるため風防が閉ざされ、以後は機体に付いたデバイスで会話のやりとりとなる。マクフィーの言い訳がましい声が感応ヘルメットから響いた。
《なにせ急に“本院”から回されてきた
「さっき言ってた“むかしはみんなこのタイプ”って、いつのごろ話です?」
《んぅ?……ほんの、3,40年前サ。ようやくメイン廻廊が、おちついたころ、かな》
「マクフィー主任どのも、航界士だったんでしょ?第一線の」
《……二級だけどな。そン
「一般武装を積んでたんですよね?対耀腕用フレアじゃなく、誘導
《いまだって長距離AAM(空対空ミサイル)や、ABM(対事象面ミサイル)積んで格闘戦やってるトコもある。オマエが――そんな場所の配属にならないように》
口調を変え、ぶっきらぼうにマクフィーはそれだけ言うと、『ポンポコ』と機体との接続作業にもどる。おしゃべりはこれまでだ、とでも言うように。
最後に、前傾姿勢の上体をホールドするため、マニューバ・ダンパーと呼ばれる自在固定アームを引き出す。両肩と胸をコネクタで接続し、準備完了。
しばらくの後、 地上での最終チェックを終え、総計で八機が駐機場にならんだ。
シュヴァルム単位で2個小隊。
色も、形も、さまざま。
ほとんどが単座だが、複座型もある。
ハデなカラーリングがあると思えば、長距離戦術偵察機のように、漆黒な機体も。
パール・ホワイトな白地にブルーの一本ストライプは、『オフィーリア』の六九番機だ。
いずれも性能の良さそうな美しい機体だが、やはり『ポンポコ』の跨る○八番機だけは、長年の使用で外板や部品の交換を重ね、微妙な色ちがいのアクセス・パネルや、後づけの改装部分が全体的に目立ち、まるでブリコラージュされた模型を思わせ、
地元警察の監視下で、大型の
本来なら
――来た。
晴天のかなたから、機影がポツ、ポツとあらわれ、みるまにそれが大きくなる。
離着陸用のエンジン音を響かせ、王宮付き探査院の巨大な曳航用VTOL航界機が四機、瑞雲錬成校の滑走路上空をいちど旋回したあと、せまい誘導路端に編隊を密に組んだまま一斉に降着する。砂塵と芝が盛大に舞い、立て付けの悪かった防火用設備小屋のシャッターがフっとんだ。
《すげェ!
だれかがオープン回線で叫んだ。
やっぱホンモノは迫力あるわ、と『ポンポコ』も乾燥する給気マスクの中で唇をなめる。ふと防爆用の土手の方を見ると、瑞雲錬成校の在校生が一群となって歓声を上げていた。応援団の大団旗が、エンジン噴流のなごりを受けてゆらめいて。
《各機・離陸準備。曳航機一機につき、練習機二機を同時に牽引する。呼ばれた者から自走して離陸位置へ。2104『ウーラン・ツヴァイ』、2095『オフィーリア』》
VTOL機が一機、それに合わせるように進み出て、滑走路端の前で曳航用のロッドを横に展開。地上員が2機の練習機の機首に曳航索をとりつけ、ちょうど“冂”のような形となった。連結の終わった機体はそれぞれグライダー型の硬翼を機体側面の格納場所から展開し、発進にそなえる。
《まって下さい、わたしお姉ェ――いえ、サー
《
地上員が、背をかがめて散ってゆく。
VTOL機のジェネレーター圧力が上がり、地上に
《候補生のみなさん、準備はよろしいですか》
それまでと全く違う声が、オープン周波数に割って入った。
老練な印象をうける、中年の女性パイロットだ。
《それでは行きますよ――お手並みを、拝見》
電力供給を兼ねた曳航索に余分なテンションを与えぬよう、始めはゆっくりと。
しかしそれはすぐに戦闘離陸速度まで上がってゆく。
V1。そしてあっという間にV2。
《危ない!》
右サイドの2014がVTOL機の後流に流され、あやうく反対側の2095と接触しそうになる。だが幸い
2番機集団、3番機集団も、磨かれた光が充ちる雲量0の青空に離陸してゆく。
4番機のVTOL機が、取りのこされた二機の前に進みでた。
先行する三機にくらべ、やけに好戦的な塗装。
何となく使い込まれた印象さえ受ける。
機首にはシャーク・マウス。
機体側面は、でかでかとマンガか何かのキャラ。
管制塔からの指示が飛んだ。
《2109『サラマンダー』、1016『ポンポコ』、離陸位置へ――
《『サラマンダー』了解――『ポンポコ』、心拍上げすぎ。緊張するな、普段通りやればいい。通常の技査飛行だとおもって飛べ》
「1016、了解……なるべく
管制から離陸許可が出た。
とたん、無言のまま4番機は全力滑走を開始する。
「ぐっ!」
いきなりの滑走開始に、騎乗型のコクピットに乗る彼の視野が揺らいだ。
両肩を自在ホールドするダンパーが加速度を検知して、自動的に固着する気配。
さらにG・スーツの首もと・背側が硬化し、体をサポートする。
そのまま、脳が置いて行かれるかと思われるほどの緊急離陸。
滑走路が見覚えのないスピードで足もとをながれ、いつのまにか、視界いっぱいに空が広がっていた。高度計の針が目まぐるしく回り、機体の姿勢が、牽引用硬翼使用時にしては恐ろしい角度を示している。そのまま一気に高度を
《
《ハ!ツカえねぇヒヨコ押しつけられるくらいなら、ここでツブしてやりぁスよ》
《それはわれわれ教導隊の仕事です!貴方たち
《あンたらのおかげで最近はクズばかり来やがる。尻ぬぐいする身にもなれってンだ》
《編隊にもどりなさい!繰り返します、廉人中尉、編隊に――》
《……オレに、命、令、するんですかィ?》
ドスの効いた声。
空電と、地上短SAM部隊の交信らしきものが混じった沈黙。
4番機に引っ張られる候補生ふたり。
クラクラする頭で、無線にかたずを呑んで。
《――事故が起きた場合は、キチンと責任をとってもらいますからね》
冷ややかな声とともに、交信は切れる。
ひぇぇぇ、
《――てェことだ、ヒヨコさん
この中尉は、そんな彼らにとどめを刺すような口ぶりで、
《さァて。おゆるしも出た事だし……作戦空域までにゃ、まだチト間がある。最初のブラック・アウトといこうか》
VTOL機が、不気味に増速。
《両機、
ゾッとしながら『ポンポコ』はコンソール脇のノブを3ノッチ手前に引いた。あまりに高速域でロックを外したため、ガコンと
練習機の揚力は、もともと
考えを同じにしたか、あるいは上級生としての責任感からか、二年の『サラマンダー』が、
《中尉どの!これはあまりに危険です。曳航中、操縦をあやまると、練習機同士が接触する可能性が――》
無線の向こうから鼻で
《操縦を誤れば、だろ?なら問題ないジャン。おま―らが
さらに対気速度が速まった。
VTOL機からイオン翼が吹き出て、それが後退してゆく。
――マズイ。本気だよ相手は!
『ポンポコ』の肛門がゆるむ。それを検知して、アナル・プラグが自動的に
《さァて、いくぞォ?》
そう言うや、曳航機はいきなり背面飛行。そのまま弧を描きながらダイブしてゆく。
動力めいっぱいの機動降下。
エンジン全開の飛び降り自殺。
『ポンポコ』たちも反射的に相手に合わせて背面になると、天地がひっくり返った光景を見ながら、頭から落ちていった。
肩が冷え、呼吸が荒くなってゆく。
バイタルを拾ったシステムが自動的にスーツの温感上昇。
エア供給量3%アップ。
HMDの数値がめまぐるしく変わる。
雲海の白さがせまる。寸前でVTOL機は機体を
《雲海に入るぞォ。両機、機体姿勢に注意!》
曳航状態が安定したところで4番機群は雲の中に突っ込んだ。
はじめは明るい霧状だったコクピットの外も、だんだんと光を失ってゆく。
『ポンポコ』は、
ふだん、訓練で雲海に入ることは滅多にない。というより厳禁されていた。何が起こるか分からないのが雲海の中だった。大破断から年月がたっているとはいえ、いまだに多くが謎に包まれている。
風防外の視界が悪い。
以前、水中透明度のひくい湖で、魚雷型のスクーターを使い講習を受けたときの事が思い出された。
――あのときは
突発的な気流にはげしくあおられ、機位を乱しそうになった『ポンポコ』は、あわてて舵を修正。もう余計なことを考えず、操縦に集中する。目標ポイントが照準サークルの中にくるよう、それだけを注意しながら……。
VTOL機が翼端灯と航空灯を付けた。
彼も、手元のスイッチで、それにならう。
機位確認。意外にサイドが近い。アブないな、と眉をひそめていると、
《『サラ
雲海深度を下げてゆくにつれ、気流も激しくなり、翼端灯の上に青白い炎がうかんだ。
――セント・エルモの灯か……はじめて見た。
と思うまもなく、その火は姿を大きくしながら硬翼を伝ってきて、最後に巨大な青白い髑髏となりキャノピーに張りついた。ヒッ、と彼が無線の送信ボタンを押そうとするより早く、ヘルメット内に『サラマンダー』の悲鳴がひびく。
《鬼だ!鬼が機体にくいついてる!3匹、いや、4……5匹!》
そのあとは、ワケのわからない悲鳴と怒声。
曳航される片側の機体が激しくゆれる。
それを聞いて、『ポンポコ』はかえって落ちついた。
長年のクセで各種インジケーターを素早くチェック――異常なし。
ドクロを見ないよう、計器飛行に集中する。
廉人中尉のあざけるような調子が、レシーバーから響いた。
《おちつけ。それはオメーの深層心理の具象化だ。現場は“フロイト”って呼んでる》
空電まじりの沈黙。
稲妻の紫色を二度、三度、4番機群は突きぬけた。
キャノピーに一瞬、水滴が激しく突き当たる。驚いて彼が顔を上げると、いまだドクロは彼の方をにらんでいた。まばらな歯の残るアゴがカクカクと、
《……パイロットの気に病むモノ。あるいは
《サっ、サラマンダーです!》
《火食いトカゲの名が泣くな――ポン
呼びかけられた彼は、給気マスクの中で、ひび割れたくちびるをいちど舐めてから、
「こちら『ポンポコ』。こっちは光る
レシーバーから、引きつったような手放しの笑い声がひびいた。
《いいぞォ豆ダヌキ!キンタマだけァ、デカいとみえる》
機体の位置に注意しろ、と中尉は続けた。
《深度をさらに下げッぞ。もっと面白い体験をさせ……あァ?圧縮通信?代われ》
そこでいったん交信が止み、一時的に静かになる。
時折気流にもまれ、機が激しくゆれた。そんな中、立体投射型HUDが発するグリーンの光が外の嵐を隔絶し、刻々と変わる状況を冷静にデータとして変換・表示し続けている。
雲海深度。
指示対気速度。
存在意識保持レベル。
Gスーツからのバイタル。
レーダに映る前方とサイドの
それらはみな、自分が
こころが落ち着く。気がつけば、キャノピー外にドクロの姿は消えていた。
《くそっ!》
そのとき、ヘルメットのレシーバーが甦った。
《各機!チョイと面倒なことになりァがった。雲海散歩はおあずけだ。これより上昇に移る。同時に各自スーツを還元モード・1で起動準備。交戦機動の用意をしておけ》
こちら『サラマンダー』、と先輩候補生が、いまだ興奮の残る声。
《交戦機動って……何かあったんですか》
《
キャノピーの外が、黒から乳白色へ。どんどん明るくなって行く。
不明機のことはさておいて、とりあえず雲海を離れられることで生き返るような気分になった『ポンポコ』は、ホッと胸をなでおろす。