閃光は、優に1秒以上あっただろうか。
青ざめた二人の護衛が、白目をむいてバタリと仰向けに倒れる。
次いで身体を粉砕されるような雷鳴がとどろいた……。
(前話まで)
* * *
ドカン!と雷が落ちたような音。
大扉が蹴られたのか、重量級の扉がゆるゆると開いてゆく。
控の間にいた候補生たちは、今度こそ度肝をぬかれた。
『九尾』ですら眼をむいて、まじまじとながめて。
「……」
入口のところには、先ほどの宮廷女官が衛兵も従えずに独り立っていた。
一同が驚いたのはそのありさまで、メガネはひしゃげレンズの片玉はなくなり、さらにレンズの無い側の眼は青あざが丸く隈どって。おまけに鼻血がたれっぱなしで、レース付き白エプロンに今この時も点々と赤い斑点が増えている状況。
「東宮管轄『瑞雲』錬成校所属・一級候補生――『九尾』!」
ヤケ声で、
「“御礼拝”の……お時間ですッッッ!」
最後はキレたように怒鳴る、扉の片側にムスッと身を寄せ、彼をニラんで待ち受ける。その瞳の色からは『どうせもうじき死ぬんだから、いまはガマンしてやるわよ』と、言わんばかりな気色。
いささか唖然としつつも、『九尾』は椅子からゆっくり立ちあがる。
――いいぞ……。
冷え切ったような気配が、肌にピリピリと。
だが存外に落ち着いている自身に彼は満足した。
『蓮華』にもヒケをとっていないのが、ちょっと自慢に思えて。
満座の注視を意識しつつ、制帽をグッ、と目深にかぶり直し、深呼吸一回。
そして――ゆっくりと広間をよぎる。
手本は『ホスロー』上級大尉。
本物の“大人”である護衛の『
そして……もちろんサー『ドラクル』。
レオナルド・ダ・ビンチの描く聖ヨハネは変わらず天を示し、思わせぶりに微笑んでいる。
逆にチェリーニの金細工めく天使は(コイツ死ぬぞ……)としたり顔を交えた残虐さを浮かべて。
『二番星』は、ふてくされたようにソッポを向いていた。
『七刃』が何か言いたげにナイフを逆手にしたまま、凝っと見つめてくる。
みょうに老けた面構えの候補生は、居たたまれないような面持ちで。
その他、選抜された候補生たちは、一様に沈鬱な顔をして彼を送った。
『九尾』は傷だらけな宮廷女官の脇で足を留め、控の間をふりむく。
「じゃ、諸君――いくから」
永遠とも思える一瞬が、候補生たちのあいだで共有された。
「あの!」
そのとき、『若梅』が『九尾』に駆けよった。
「あの……あの……」
あとは言葉にならない。双の瞳に泪があふれると、みるまにしゃくりあげる。
気にするな、と彼はわざとおどけてみせた。そして栗毛なサラサラ髪をワシワシ
「……だがな?覚えておけ。キミが本科の候補生、いや航界士になったとき、身を張って後輩を助ける時が来るかもしれん。そのときは――覚悟を決めろ」
ワッと、『若梅』が“救い主”に抱きついてきた。よしよし、と苦笑しながら彼は自分が身代わりとなる幼年候補生を抱きしめてやる。
と……この幼い候補生の身体からミルクを想わせる女の匂い。
「――頑張りな」
そう言って、『九尾』は何気なく幼い候補生の額にキスをした。
一連の流れでごく自然と、そんな行為をしてしまってから内心彼は自分に驚いて。
――なんで……こんなことを。
もしや、女体化・洗脳の余波が、まだ残っているのだろうか。
自分の中に植えつけられた母性が、少年に対してそうさせたのかと危うい感覚。
だが、ひたいに口づけをされた『若梅』のほうは顔を赤くし、一瞬呆然と。
そして次の瞬間、若年候補生は『九尾』にしがみつき、よけいに泣きじゃくる。
構ってやりたいが――もう時間切れだった。
嗚咽する『若梅』を後にのこる者たちにまかせ、自身は血まみれな宮廷女官のあとに付きしたがう。いかなる理由か分からぬが、武装した衛兵は見あたらない。『九尾』はいよいよ控えの間の外に足を踏み出した。
ひんやりとした廊下。あの
カスケード状の装飾階段を降り、打ちすてられたような見るからに古めかしい広間を通って、
処刑場にいたる道は、なかなか変化に富んでいた。
『
扉。廊下。広間。階段。噴水の枯れたエントランス。
イコンを飾る舞踏室。石造りの回廊。肖像画の間。
やがて、ひときわ背の高い重厚な木製の大扉をひき開けると、宮廷女官は腰をかがめ口上を一声。腫れたほおと、血で詰まった鼻がゆるすかぎりの明瞭さで、
「王家御継承・第
そう口上し、通路の脇にしりぞく。
奥を見れば天井の高く薄暗い廊下が、どこまでも続いているような。
重く、密やかな空気と、はりつめた気配。
古いニスと、木材、そして積み重なった歴史の匂い。
宮廷女官は目を反らしつつ、さっさと行けという仕草で。
『九尾』はひんやりとした底知れぬ空間に、脚を踏み入れる。
擦り切れたような
かたいブーツで歩くと、時おり心もとなくたわみ、ギシギシと鳴った。
すべてがおぼろなうす暗がりに目を慣らしながら、彼は用心ぶかく進む。
直線と曲がり角で構成されている奇妙な廊下を、『九尾』はいつまでも歩いた。
ところどころに飾られる胸像や甲冑。金銀細工を散らした什器。
あるいは得体のしれぬ、革と金属で出来た拷問用具を想わせる古めかしい道具。
そして――曲がり角に必ず置かれている、周囲を金細工で飾られた大きな姿見。
だがその鏡はあまりに古く、歪んでいるようで、時として『九尾』は、その大きな四角のなかに斜にかまえたサー『ドラクル』の姿を見るような気がした。
あるときは『蓮華』の微笑が浮かんだかと思うと『ペンギン』のすがるような眼つきや、淫らに媚びを売る『
しかし――いずれも近づいてみれば、汚れた銀幕のむこうには、不安と
長い廊下は廊下の天井まで至る大きな両扉で、ようやく終わっていた。
獅子の口が
とうとう『九尾』は礼拝堂ドームの入り口にたどり着いた。
燦然たる色がふりそそぎ、肺まで鮮やかに染めるような勢い。
モチーフは、例によってあの鍛鉄細工の絵物語となっている。
中央の祭壇には誰もいない――いや影のような人物が
光と闇のコントラストが、ここでは奇妙なほど強すぎて、真実を見すえることが難しい。彼が近づくと、祭壇で
シックとも
それが歩みを進めるたび、ステンド・グラスから差す光のトーンの変化を受け、万象の極彩色に染められて、ドレスを
胸もとの大きな赤いシルク・リボンが印象的だ。
全体のバランスと調和していないのは、後付けなのだろうか。
額にはティアラを。
燃えるような赤毛の豊かな髪に、真珠を編み込んだきらめき。
そして冴え冴えと
伏せられていた面が上げられ、白い
さいごに金色の瞳が、彼を見据えた。
投げかけるべき言葉を、おぼつかなげに
やがて“
「久しぶりね。すこし、やせた?」
「そっちこそ、だいぶ見違えたよ……あの銃撃戦のあと、心配してた」
「あなたも。なんだかずいぶんと――その」
ステンドグラスの光彩にも関わらず、王女の顔が赤らむのが判った。
それを悟られまいとするのか、
「ほおのキズ。ご愁傷サマ」
「知っているのか」
「えぇ。話は聞いたわ――それより」
ミラは自身の王族用ドレスをちょっとゆらし、全身に煌めきの
「……おどろかないのね?」
「そんな気がしてた――何となく」
彼の心は、この一風変わった事実を柔らかく受け止めることができた。
それも道理で、あと少しの後に命が尽きるかもしれない者にとっては、どんなことが起ころうとも、それは“ささいなこと”に過ぎない。言ってみれば、精一杯の強がりである。
ただ彼は、本当に心のどこかで予感していたような、そんな気もしていた。
そして、彼女のほうも「そう……」と言ったきり、またしばらく会話がとぎれる。