会話の接ぎ穂を探しあぐねていた『九尾』は、そうだ、とばかり、
「ウチの修錬校に『
「分かりました――担当部署に、検討させます」
――あ!
イイことを思いついた!と『九尾』は
探査院の予算なら“9980ギニー”ぐらい何とかしてもらえるかもしれない。
不確実な作戦に“彗星Ⅱ”なんて高価な機体を投入し、使い捨てにできるのだ。
もしかしたら――あるいは。
「そう!それともうひとつ、頼みが――」
「却下」
第二王女は、にべもなく撥ねつける。
「えええ……まだ何も言ってないのに」
「言わなくても分かるわよ」
そう言うや、彼女はドレスに唯一不似合いとみえる胸もとの大きなリボンを、シルクの擦れる音も
下から現れたのは――あの大ぶりなブローチ。
プラチナと
それが壁面のステンドグラスに照り輝いて、傲然と存在を主張する。
今度ばかりは、さすがに『九尾』も驚いた。
なんで……と喘ぐような声をするのが精いっぱい。
“百合の王女”は――ミラは、冷然たる調子で、
「間一髪だったのよ?“ウチの
「交戦したの!?」
あの人形だらけな狭い空間で、PDWや
ウワサに聞く探査院・
護衛の邦斎すら知らないバックアップ部隊がウラで展開していたに違いない。
生き人形たちがボロくずのように銃撃されたのだろうか。
そんな彼の心配をよそに、
「交戦?――まさか」
ミラは得意げな風で、
「一瞬で制圧して、状況終了」
そしてこれも問題なく正当な持ち主の手に、と彼女は胸もとの輝きをなでる。
――ブローチのことで邦斎さんにとばっちりが行ってないだろうな……。
『九尾』は危ぶむが、むやみに護衛の名前を出してヤブ蛇になるのもコワい。
あの人にはメモリー・ユニットを託してある。巧く立ち回ってもらわないと。
「それで……“AIKA”は?」
さぁて――。
彼女は脇を向いてトボけてみせた。
「教えてほしければ、貴方“御前試演”を辞退なさい。つぎの者が繰り上げで犠牲になって、それでこのラノベめいた茶番も終わるわ」
「それは出来ない」
言下に『九尾』は否定する。
栗毛色のサラサラ髪な幼年校坊主。
自分を恃みに、ふるえてしがみついてきた。
あの子の希望を、絶対に裏切りたくはなかった。
「そ。じゃぁ
「……好きにするがいい」
サッ、と彼の胸中に冷たい怒りが。
キズの浮くほおをヒクつかせ、
「だがそうなった場合、キミを彼女にした自分は!女を診る目が無かったワケだ」
あぁ!もう!と第三王女は声を荒げ地団太をふむ。
硬いヒールのような音がカッ!と、
「じゃ、じゃぁ!手をヌイて飛んで、適当なトコで不時着、ってのは?」
「熟練者が機動ログを見れば、本気を出していないことが、まるわかりサ」
航界士の元締めとも言われる第三王女は、そんなことも知らないのだろうかと、『九尾』は疑問に思う。してみると、実権はほとんど第二王女に握られているのか。まぁ、軋轢の先端に狩り出されて交戦するくらいだから、それもそうかとムリヤリ符合させる。
「――そんな」
彼の答えに王女はヨロヨロと、ぎこちない動きで礼拝段の手すりにもたれかかった。
大きくため息をついた彼女の横顔。
そこには、あの“高潔な美”が、まぎれもなく浮かんで。
彼女の不自然な動きを先ほどから目に留めていた彼は、憤りを引っ込め、
「どうした――脚が悪いのか」
しばらく彼女は黙然とうなだれた。
グラスドームに衝撃波が当たる音だろうか。
低重音の、腹に響くいやな振動。
それに促されたように、やがて彼女は覚悟を決めた手つきでモソモソと、ドレスの前をまくり片膝を
メゾン・ドールで強いられた女体化経験から、白いガーター・ストッキングに包まれた美麗な脚を彼は予想する。しかし
「あの銃撃戦で
『九尾』は呆然とする。
清らかな王族のドレスからのぞく脚。
黒い毛を横溢させた、黄色い
なにか冒涜的な、そして不吉な印象。
こころなしか、獣臭いような気配すら漂わせて。
「義足?――なんでそんな脚を」
「正式な新規の脚は、いま培養中」
こわばった顔で彼女は華麗なドレスのスカートをもとにもどした。
「嫌がらせ受けて。暫定的にこんな足、神経接合されちゃったの」
「だれに!?」
「……あなたも知っている人よ」
脳裏に、ポッチャリとした二重アゴの面差しがうかぶ。
寛容さを糊塗した欺瞞の奥に光る冷徹な瞳も、それに併せて。
いまは西ノ宮の大僧正とセットで浮かぶまでに堕ちた鼻持ちならぬ存在。
「なんで?それに王族でしょ?だいいちキミが前線に立つなんて」
極彩色にそめられた面差しに、フッと自虐的な笑み。
「言ったでしょ?わたしたち“三姉妹”それぞれ母親が別なのよ。表面上は平穏にみせても、裏では暗闘がスゴいワケ。わたしを危険な場所に派遣するのも、
「女王さまは……なにもしないの?」
「歩行機に入ったヨイヨイなお婆さんが?いったいなにが出来るもんですか」
「キミは……孤軍奮闘ってワケか」
彼女が自分を引き入れたがったわけもわかる。
すこしでも信用のできる手駒が欲しいのだろう。
――自分がエージェント?
しかし『九尾』は心ひそかにおぞ気をふるう。
彼女が王家の人間だとすら見抜けなかった間抜けな自分が?
邦斎サンのように黒メガネをかけ、銃を振り回す姿なぞ想像できない。
――たぶん、イの一番に撃ち
接合部が痛むのか、彼女は顔をしかめ、ドレスの太ももあたりをさすり、
「最近アナタが“蘭のビッチ”の
「すまない……」
「いいわよ――もう。アナタが謝るコトじゃないもの」
ふたりの間に、また沈黙がおとづれた。
『御礼拝はァ……
ふと、遠くで中年男の声が光彩の穹陵に響いた。
司祭か、あるいは神事官か。
“生け
広いドームに、その声は妖霊のごとく反響して。
ふたりの顔に、颯ッと緊張が
このまま
「そういやァ、さ?あの宮廷女官には――なに使ったの。
「え?……あぁ、ナックルよ」
そう言うや、王女は、ブレスレットのはまるパール・ホワイトの長手袋、その甲のがわを見せた。
金色に光る、ぶっそうなブラス・ナックル。
白い地の輝きに、鮮血の紅が光の万華鏡に驚くほど栄える。
「やれやれ――手加減してあげればイイものを。可哀想に」
「可哀想なのはコッチよ?」
彼女は声のトーンを変える。
『九尾』も胸を張って応戦する構え。
ふたりの調子がもどってきた。
「だいたいアナタねぇ?アタシが何回、アナタを助けようとしたか、知ってる?」
「へぇ?そのワリには、こっちが尋問受けてるとき、何もしてくれなかったじゃんか」
「はぁ?アタシが手を回さなきゃ、あなたモルディブで失踪の予定だったんですケド?」
「ムハンマドに……工作員が?」
「そんな手間ヒマ、西の連中が費やすワケないでしょ」
現地の軍が持つ潜水艦を使った核
「その尋問だって、わざと警備付きの部屋にいれて外部からの干渉を断つのが目的だったんだから。さもなきゃ狙撃屋に頭ブチ抜かれてイチコロよ?護衛つきで瑞雲校にいるあいだ、ちかくにある雑木林の丘で、複数のチーム同士が喰い合う大狙撃戦があったの知ってる?」
『九尾』は邦斎とのやりとりを思いだす。
――あれは……遠距離狙撃を心配してのことだったのか。
「それに、あなたが靴下にメモリー・ユニット隠してるのなんて、監視映像でバレバレだったわ。その映像ラインの掌握戦で何人死んだ事か。王宮での組織闘争、あなたに見せてあげたかったぐらい」
へぇそうかいと気圧された『九尾』はすこし鼻白む。
拷問めいた尋問で、サラの名前を決して吐かなかったことを言ってやろうかと思ったが、このまま第二王女に喋らせ、舞台裏のカラクリを言わせるのも悪くなさそうだった。
案の定、さらに勢いに乗った彼女は唇のはしに少しばかり残虐な色をみせ、
「今回の事象震だって、あと一人で中止になってアナタは助かるはずだったのよ?その一人も、本人は知らないけど
今度は『九尾』の顔がこわばる。
控の間で震えていた幼年候補生。
抱きしめたときは、すいぶん柔らかい
どうりで変だと思った。同性愛者でもない自分が、あんな行動に出るなんて。
サラサラ髪なクセっ毛の感触。手袋をはめた手に、いまだ新鮮だ。
身体から匂ったミルクの気配。あれはやっぱり女性の体臭だったのだ。
「……ウラでは汚い取引が、イロイロあったんだな」
「そうよ?アナタの思っている以上にね」
「『リヒテル』の――ネイガウス上級大佐の役どころは、なんだったんだ?」
「ネイゴオス?誰よそれ。
知らないのか、と『九尾』は驚く。
宮殿官房・第三部のカラミは、彼女の所掌外なのか。
西ノ宮どころか、東宮も伏魔殿じゃないかとなおさら愛想をつかして。
このぶんじゃ、まだまだウラに何が潜んでいるか、わかったものではない。
「とにかく、アナタは今回の一件の最重要人物。かなめ的な存在だったのよ。便利に使わせてもらったわ。アナタみたいな存在は、
「言いたいことはそれだけかい?じゃ――
――まったく。こんなクソ溜めに自分が居たとはね……。
彼女の言葉を聞いて、いまの今まであやふやだった胸のうちが、こんどこそ完全にスッキリまとまった気がする。自分を取り巻いていた古い世界に
――やはり、ここに自分の居場所は、ない。
白手袋をはめた手を彼は握りしめた。
首もとの勲章が、まるで首輪を想わせてどうにもウザい。
シャッキリと背筋が伸び、
急に雰囲気の変わった『九尾』に、ミラもはじめて自分の言いすぎに気づいたらしい。しまった、とばかり女の
「まってよ!ねぇ待って――いま外がどんな状況か知ってるの?」
宮廷用・礼拝ドレスの
「控の間にあるモニターには、アナタたちが動揺するでしょうから、ループした映像を流しておいたけど――猛烈な事象震よ?耀腕が何本降りているか。対撃工法のグラスドームにもヒビが入って観客は全員退避したわ。ねぇ待って?待ってってば!なによ――バカぁッ!!」
ドレスが重いのか、あるいは接合した獣の脚がいうことをきかないのか。
“百合の王女”は“覚悟を決めた候補生”の動きについてこれない。
半泣きのような叫び声を背中ではね返し、『九尾』は入ってきた方向とは反対の大扉を足早にめざした。重そうな両開きの扉は意外にもモーターじかけで軽やかに動き、うって変わって
ひと目みて、彼は絶句する。
――なる……ほど……。
空は、巨大な粉砕機となっていた。
まだらな墨色に染められた雲が、引き裂かれ、押し潰され。
そのすき間から、いつまでも残る稲妻のような
普通の航空機が紛れ込んだら、あの悪魔の腕が出るまでもなく、ベクトルの定まらない指向性の暴風と重力の歪のため、たちまち空中分解の憂き目をみるにちがいない。