※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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090:決意表明のこと、ならびに出撃のこと

 

 空は、巨大な粉砕機となっていた。

 

 まだらな墨色に染められた雲が、引き裂かれ、押し潰され、捩じ切られ。

 そのすき間から、いつまでも残る稲妻のような耀腕(ようえん)が、地上をダラダラと探っている。

 空力で飛ぶ原始的な普通の航空機がまぎれ込んだら、あの悪魔の腕が出るまでもなく、ベクトルの定まらない指向性の暴風と激しい重力の歪のために、たちまち空中分解の憂き目をみるにちがいない。

                              (前話まで)

 

 餓えた亡者のような、執拗性をみせる耀腕。

 雷球をまとった光の腕が、獲物を――犠牲者を求め、虚(むな)しく宙空(くう)を彷徨う。

 暴風と重力の歪が、雲をねじり、引きちぎり、穴を開ける。

 モニターで見た情景よりも、数段烈しい。

 

 ――ナルホド、こりゃグラス・ドームの野次馬どもが逃げ出すワケだ……。

 

 凄惨(せいさん)ともみえる情景。

 言ってみれば、それは壮大な処刑場に他ならなかった。

 蝟集する耀腕たち。形や色合いもさまざまに。だが気のせいか……それらは、雲海の深部で見たような「意志を持った凶悪さ」に欠けるようにも『九尾』には思えた。耀腕に『天然モノ』と『養殖モノ』の二種があるとすれば、まさに目の前の敵は後者だ。

 

 彼の胸の内で冷たく凝固していたものがユルユルと溶けてゆく。

 ブルっ、と一度。身体がふるえ、唇には“先達たち”ゆずりの不敵な笑み。

 

 ――もしかして……イケる?

 

 諦観(あきらめ)と悲嘆(なげき)の決意が、希望(のぞみ)と戦闘(たたかい)の高揚(たかぶり)へと席をゆずった。

 血が、ゆるやかに動きはじめ、頬が熱く、心臓が高鳴ってゆくのがわかる。

 

「航(・)界(・)士(・)『九尾』どの!」

 

 とおくから白衣の医局員と整備兵が走ってくる。

 

「G(ゲシュタルト)・スーツの準備が出来てます!お早く」

「“奉天(ほうてん)”離床準備、完了!いつでもイケます。でもホントに飛ぶんですか?」

 

 またも強制的にアサインされた馴染みの旧式機――だが、ゲンはいい。

 あの雲海戦のように、万が一があるかもしれない。

 

『旧(ふる)い「いわくつき」の機体でナ?無敵を誇る代わりに、パイロットの魂を喰うんだと』

 

 リムジンの中で聞いた、女衒屋(イツホク)の言葉が、よみがえる。

 こんな時にイヤなことを思い出してしまった。

 

「まぁ……やってみますよ」

 

 でもいいぜ、と彼は思う。

 あの耀腕どもをブッ殺すことが出来るなら、魂のひとつやふたつ、くれてやる。

 

 沈鬱な気配と、消毒液のただよう装具ルーム。

 医療官たちのアシストをうけ、新型のGスーツを装着する。

 微妙に体形の変わった『九尾』用に、特例のオーダーで作られた最新型。

 

 ――あ……。

 

 しなやかに締め付ける感覚。

 体温変化による着心地のなじみが早い。

 アヌスや尿道(ユリスラ)に挿入する排泄プラグもスマートに。

 身体を拘束する印象はそのままだが、心なしが動きがすばやくなった、ような。

 

「気が付いたか?フィルム筋肉によるパワー・アシスト機能が付いている。西側技術・最新型の試作品らしい。防弾機能もあって『9(キュー)パラ』はムリだが『.380ACP』ぐらいなら致命傷にはならんとか。西の方の“とある銘家”から御指名で送られてきたと聞いているんだが……正直、われわれも驚いたよ。なにせ直々のご指名だからなぁ」

 

 ユニセックスなカラーリングとデザイン。

 あの生意気な坊やの顔が思い浮かんだのは、偶然だろうか。

 

 そこへノックの音がして礼服姿の候補生が入ってきた。

 手錠と腰縄につながれ、さらに両側を警官が監視している。

 懐かしいようなコロンの香りが、かすかに部屋に漂いはじめる。

 『九尾』に対する傷害罪では刑の執行猶予が付いたものの、保護観察処分とされたサラだった。

 

 テレたような笑い。

 手錠をハメられた手首をかかげてみせる。

 おそらくここに来るまでに何通りものシミュレーションを頭の中でしてきたのだろう。

 作ったような明るさの口調が、それにつづき、

 

「ハィ――この事象震を飛ぶんだって?どッかのガキの身代わりに、サ」

「ええ、そのようです」

 

 そっけない『九尾』の口ぶりから、この女子候補生は“第三王女”とはちがい、状況と立場が決定的に変わっているのをすぐに悟った。そして相手を“年下の候補生”ではなく、一人前の“男”として扱わなくてはいけない事も。

 

「そのぅ――謝っとこうと思ってサ……悪かったな、蹴り、いれたりして」

 

 無意識に『九尾』は頬のキズを指でなでる。

 あの華麗な回し蹴り。恐ろしいほどの威力だった。

 だが、そんな記憶も、いまはどこか遠いものに思えて。

 

「いえ、候補生『モルフォ』の行動は至極(しごく)正当なものです。サー『ドラクル』を連れて帰投できなかったのは自分の落ち度であり――弁明のしようもありません」

 

 冷ややかな口調で『九尾』は応える。

 いまの彼は一級候補生のうえに『金枝付・王賜十字章』佩用者だ。すでに“格”が数段ちがっている。もはや彼女に“サー”をつける義理だてはなかった。

 

「やっぱり――許しちゃくれないんだね」

「……」

「でもだからッて、この事象震を飛ぼうだなんて。罪滅ぼしのつもりかい?龍(タツ)はそんなの――」

 

 ボクが!と『九尾』は、そこでサラの言葉を強引にさえぎり、

 

「いまここに逃げもあきらめもせず、天覧試演候補生として立っているのは、自分でも信じられません!」

 

 サラをはじめとして、彼は辺りの人々をひとりづつ見つめる。

 なじみ深い、離人症の感覚が戻ってきた。

 周囲から一枚、うすい膜で隔てられたような。

 むりもない。向こうは生者で、こっちは半ば死者なのだ。

 いくぶん声のトーンを落とすと、彼は静かにさきを続ける。

 

「……それはきっとサー『ドラクル』やサー『黒猫』といった、心ならずも先に散っていった候補生や、ボクを支えてくれた、いろんな人たちのおかげだと思います」

 

 急にイラっとしたのは――どうしたことだろうか。

 彼が、その理由(わけ)を己の心中ですばやく検索した結果、目の前の“女(ビッチ)”が龍ノ口先輩を気軽に「タツ」なとと呼んだことへの反感、あるいは嫉妬だと探り当てた。

 

 ――“嫉(・)妬(・)”?

 

 あのやさぐれたような、それでいて不敵な笑みが、はやくも或る懐かしさを伴って頭に浮かんで。

 

 片手杖で、ヒョコヒョコ廊下をゆく姿。

 Maison d'or『エルジェーベトの間』。あの23時のキス。

 マフラーのイカれた旧(ふる)いBMWの轟音のなか、共有された想い。

 “Null(ヌル)”という異界に捕らわれた中、半ば崩壊した“彗星Ⅱ”の上で力強く上げられた腕。 

 

 ――会いたい……。

 

 胸を締め付けるような愛おしさ。

 心が、冷たい水に浸されたように哀しく。

 

 『蓮華(れんげ)』や『黒猫(シャ・ノワール)』の顔が浮かぶ。

 志(こころざし)なかばにして散華したものたち。

 あるいは廉人(レント)中尉やQ・シップのヒゲ艦長。

 自分をここまで連れてきた、今も生ける人々。

 

 己の“実存”を支えるもう一人の自分。

 

 それを想像した『九尾』の面差しが、こんどは一転、静かな満足に充たされた。

 邦斎(くによし)に渡したカートリッジ。

 『牛丼』たちや、AIKAの後を託した第三王女(ミラ)。

 

 ――もう、思い遺すことはない。

 

「でも……アンタまで、そんな」

「いま逃げたら!」

 

 現世への未練を吹き飛ばすように、またいきなり彼は声を荒げる。

 睨みつけられたサラは、えっ?という顔で今度はすこし怯えて。

 

「いま逃げたら――たとえ物理的な死を免れたとしても、それは死んだも同じです。勝負をして生きたまま死ぬか!死人となって生き続けるか!――巧(うま)く言えないけど……そういうことです」

 

「候補生『九尾』どの。用意できました」

 

 彼の着付けを手伝いながら話を聞いていた医療官たちが、粛然とした面持ちでG・スーツの装着を終えたことを知らせる。

 

「準備――完了です……」

 

 

                  * * *

 

 

 ドーム外の離床台には猛然とした風が吹きつけていた。

 墨色の濃淡が荒れ狂う、低いところでは雲高200mにもみたない上空には、あらたな獲物の気配を察知したのか、耀腕が蝟集をはじめている。

 

 もはや控の間に待機する義務から解放された“もと・生け贄”たちは、ガランとしたグラスドームを息せき切って駆け抜けると、衛兵の制止もふり切って離床を直接見わたせる外周の展望デッキへと出た。そしてモニターで見た事象震とはケタのちがう荒れぶりに、一同は恐怖し、また絶句する。候補生たちのマントがひるがえり、金モールがゆれ、ある者の制帽は、冥(くら)い虚空へと吸い込まれていった。

 

「なんだよこれ!どうなってんだ!」

「アイツ、こんな空を飛ぼうってのか?」

「むりよ、こんなの」

「こんなの、むりよ」

 

 最後は双子の候補生が異口同音に甲高い悲鳴混じりな声をあげる

 

 向きをメチャクチャに変える颶風のなか、雷球が空間中に明滅しながら乱舞し、それとは別にセント・エルモの火のような青白い光がいくつも――これは風に流されることなく――凝(ジッ)と一点にとどまり、鬼火めくゆらめきを見せている。事象面自体に壮大なゆがみが生じて、墨色な空は異様にねじくれて見えた。

 

「見てください――あそこ!」

 

 『若梅』のカン高い、それゆえ暴風の中でもよく通る声が、一同の視線を一点に集めた。

 離床台のエレベータから、ワイヤーに拘束された巨大な一機がせり上がってくる。硬翼は撤去され、雲海戦よりスマートな印象。あのニュース記事の状態に近い。だがそんな折角の流麗なデザインを崩し、かわりにハード・ポイントが目一杯に増設されていた。

 

 落雷が、近くにある吹き流しのポールを直撃し、世界を一瞬、白変させる。

 

 “奉天”のコクピットに管制塔(コントロール)からの通信 

 

《候補生『九尾』!ごらんの通りだ。地上要員は放電現象がはげしく配置ができない。ゼロ高度での界面翼展開を許可する。周辺設備はドウなったっていい。ド派手にやってくれ!》

 

 諒解、とそれに応えつつ手元のコンソールパネルを操作。

 起動シークエンス・リストの第25番から40番までを省略。

 コントロール・バイバスをパラ(並行)で繋ぎ「マルチ・ブーストMODE」へ。

 

 機体は傷むが仕方ない。今この瞬間に耀腕に掴まれないだけでも奇跡だ。このうえ界面翼の反応など見せたら、ヤツら一斉に襲いかかってくるだろう。

 

 ふと、彼は感応ヘルメットのバイザーを意識でズームに。

 ドーム外周をめぐる展望デッキに、控の間に居るはずの候補生たちが礼装をなびかせ、こちらを見て騒いでる。

 

 チッ、と舌打ち。

 

 ――ナニやってんだ、アイツら……あんなトコいたら雷球の直撃くらうぞ!

 

 メイン・ウェポン・システム。セイフティ(安全装置)・OFF(解除)。

 火器官制システム(F C S)は戦闘用AIとのデュアル。

 D/Aコンバータ、および脳バイパス接続。

 

 3、2、1――解放。

 

 脳に初期負荷が伝わりはじめ、視界が赤く。

 眼をしばたき『九尾』は上空をにらんだ。

 耀腕が、重力波レーダーを使って確認しただけで7体。

 リンク108を使った広域多層面レーダーは、その背後に12体を示して。

 これらがユラユラと、文字通り手(・)ぐ(・)す(・)ね(・)を引いて待っている。

 いいだろう、と『九尾』は予想翼形状を最適解にセット。

 

 ――やってやるさ……。

 

 油圧、正常。

 各蓄電槽(バッテリー)、イオン生成デバイス異常なし。

 翼面形成因子、および一時タービン、起動。

 回転安定――二次タービンに移行。流量計確認。

 各インジケーターと計器の指針が順調に規定位置へ。

 

 『黒猫』たちも『ドラクル』も教導団もいない、初めての単機戦。

 

 ――さぁ、こんどはサシで勝負だ!

 

 機体固定アンカーの爆発ボルトを作動。

 いきなりスロットルを「MAX」のさらに奥、「緊急」の位置に叩き込む。

 “奉天”の一次ジェネレータがブラック・ゾーンまで跳ね上がり、轟然と雄叫びをあげた。

 

 いきます!と給気マスクのなかで呟くや手元の安全カバーを親指ではね上げ、R1・モードへ。そして全身にガラスの破片じみた違和感が行きわたるより先に、彼は叫んだ。

 

 龍ノ口(ドラクル)直伝の遷化コード。

 

『リダクション・モード2!VA(行ケ)・OULTRE(彼方ヘ)!!』 ※

 全身に激痛。

 眼球のウラで何かが爆発するような痛み。

 電撃をあびたように、身体が仰け反り『九尾』は悲鳴をあげる。

 

 それと引き替えに機体から急展開した界面翼が、地上設備を粉砕しつつ延びてゆく。

 

 

 

 

 




※
VA OULTRE:ラテン語で「超エテ彼方ニ至レ」の謂いですが、ここは起動語らしく簡潔にしました。

あと3~4話で終わりです。

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