『リダクション・モード2!
全身に激痛がはしった。
眼球のウラで何かが爆発するような閃光。
電撃をあびたように身体が仰け反り『九尾』は声にならない絶叫をあげる。
体を生きたまま破砕機にかけられたような苦悶と衝撃。
その犠牲と引き替えに、急展開した界面翼が地上設備を粉砕しながら延びてゆく。
(前話まで)
機体が翼を延ばし切るまえに、上空の耀腕が一気に襲いかかってきた。
鍵爪をした光の前腕が、中途半端な界面翼をすすろうと先を争う。
「――危ない!」
候補生たちのあいだから悲鳴にも似た叫びがあがった。
それをかき消すように、増設されたハード・ポイントから対耀腕弾・一斉射出。
暴風に軌跡をなびかせ、1ダースばかりが雲間に向けて延び、次々と炸裂する。
四体の耀腕を消滅させたが、即、真っ黒な雲間から新たに五本の痩せさらばえた光の腕がダラリ、糸の切れた操り人形のように下がった。
対して“奉天”は!?と見れば、細く貧弱な界面翼を懸命にのばし、それが辛うじて機体の浮遊を支えているという、きわめて危なっかしい格好。
「あれが……『九尾』サンの翼?」
「まずい、あれじゃタダの餌食だぜ!」
「ダレだよ“耀腕殺し”なんて言ったヤツぁ――期待させやがって」
「ちょっと!そんな言い方ないぞ!!」
「五時だ!五時方向からくる!回避!」
届かない警告とはわかっている。
しかし、それでも彼らは叫ばずにはいられない。
―――― ―――― ――――
細い針金のような界面翼の出来そこないを彼方に望む広間だった。
航界機の周りに耀腕の群れが押し寄せ、機体は木の葉のように嬲られている。
その様をドレス纏う少女が孤然、大きなフランス窓に
ドレスのスカートから洩れ出た雄山羊の
紅で彩られた
「ナニやってんのよ!――あのバカ――お願いだから――」
彼女の背後で広間の大扉が開かれる音がした。
水晶のように磨かれた床を踏み、孤然、近づいてくる気配。
少女は胸もとから出したサテンの
「おやおや、ご
ぽっちゃりとした二重アゴが、すずしげに彼方を覗う。
「このぶんでは――取りこし苦労だったかの」
「何しにいらしたのです」
少女は、いくぶん温度を下げた声で顔も動かさず、新参の婦人に応対する。
大窓の
「なに、チョットした余興をの。時にそなた、脚の具合はどうだぇ?」
「……ワザとらしい!」
「ほんにマァ。口の利き方を識らぬ品下った身内がいると苦労するのぅ」
「まったく、権勢欲に取り付かれた銭ゲバが身近にいると苦労しますわ」
冷徹な瞳が少女を射た。
そしてきわめて
「雄山羊の脚では物足りなかったかぇ。減らず口をたたく悪しき口は
それはどうも、と少女も負けずに、
「口さがないのは、
「血筋をハナにかけるのも大概に致すが
少女は不貞腐れたように面をそむけ、目じりをヒクつかせた。
「やれやれ、そなたのご
エッ!と少女が彼方を見れば、大型の戦闘航界機が耀腕に包囲されている。
「『九尾』……!」
―――― ―――― ――――
コクピット外で『九尾』の“意識体”は界面翼を必死に操作しようとしていた。
やはりいきなり
心臓が時おり停止し、そのたびAEDの衝撃を受けるので、胸を殴られたような肉体の衝撃に意識が引っ張られ意識が散漫となる。界面翼を創出するのに必須の集中力がズタボロだ。
一度は耀腕が翼をつかむが、あまりに界面が細かったのか、とちゅうで情報逆流がちぎれた。
コクピットの中では様々な警告灯とアラート音が鳴り響き、さらにパイロットをアセらせる。
――これは、ヤバい……かも。
ガックリとうなだれ、血の気のないバイザー越しな自分の
ガッカリしたような候補生たちの顔や、悲劇を見まいと
悲嘆にゆがむ視線は――たぶん『若梅』のものだ。
――くっそ……やっぱり……ダメか……?
〔ソノ 程度 カ〕
――なに?
この緊急時にも関わらず、彼の意識はゾッ、と冷えた。
何かが頭の中に流れ込んでくる。
最終関門が!と感応コネクトをパージしようとするも、インジケータはプロテクトにまだ八○%ほど余裕があることを示していた。
〔操舵 ヲ 寄コセ 未熟者ガ〕
――だれだ!どこから……。
〔汝 ニハ 過ギタ機体ダ 操舵 ヲ 寄コセ〕
――フロイト!?いやちがう、これは……
〔違ぅワョ セカンド――こうするの、ヨ!〕
―――― ―――― ――――
“奉天”の界面翼が、身震いしたように一瞬、すべて消える。
やがて、それまでの貧弱な翼とは全くちがう、紫色に発光する
「なんだァ!?――何がおこった!!」
「なにアレ!
「初めて見る
まどい騒ぐ候補生たちの目前で状況の驚くべき変化が次々と、まるで壮大な映画のように。
界面翼にふれた
紫に輝くヒビをつかもうとした腕は、瞬間、ガリリと分解され、滅失する。
数を六本に増やした禍々しい紫の翼。
しかも、おなじ耀腕に二度、三度と攻撃し、きわめて残虐な
暗天には今まで聞いたことのない、まるで耀腕の断末魔のような、ひび割れた金属的な轟音がとどろいて。
「すげぇ……すげぇよ!!!」
「二体まとめて
「あっ、また!」
「翼って、あんな使い方できるんだ……」
「なんか……怖いわ」
「怖いわ……なんか」
暴風と、雷球と、空震と、破砕音と。
それらをない交ぜにした混沌の情景を目前に、うち騒ぐ候補生たち。
そんな一団のなかで『若梅』は嵐にかき消されそうな声で呟いた。
「あれが……本当に『九尾』さんの翼……?」
また一体、耀腕が不吉な色合いの翼に裂かれ、悶えながら消失する。
―――― ―――― ――――
――誰だ!出てこい!
前立腺を電撃の痛みにジンジンさせつつ『九尾』はそう叫ぶと、ムダとは知りながらコクピットの中をさぐった。当然、せまい単座の操縦席には自分の
また後ろのプラグに電撃。
カッ!と怒りが炎のように『九尾』の全身をかけめぐる。
耀腕が一気に蝟集してくるが、それどころではない。
邪魔だ!と
イライラとした感情を『九尾』が解放すると空間がねじ曲がり・かさね合わさって、挽き臼にかけたよう耀腕をまとめて
――ハ!どうだクソぁ!
脳が――視床がオーバー・ブーストをかけられたように熱い。
感覚が、いつの間にか界面翼の攻撃的な使い方を学んでいた。
いや――思い出した、といったほうが正確だったろうか。
インメルマン・ターンをミスったときのことが、あるいは雲海戦での一騎打ちが。そしてメゾン・ドールという
しょせんは――認識の延長。
世界と己を取りむすぶ、絆。
耀腕は、翼にしたがい、
翼は、世界にしたがう。
世界は、認識にしたがい、
認識は――。
〔シカシテ……認識ハ?〕
自分の考えでない、ゾロリと違和感のある先ほどの思考が、またもやどこからか頭のなかに囁く。
だが今は、そんなことを気にしてはいられない。
耀腕は次から次へと襲ってきた。
怒りにまかせ、
あるいは、あちこちで電話が鳴り響く騒然としたオフィスのなか、部下に指示をトバしつつ、自分の仕事を猛スピードでかたづけてゆくような……。
いや、静寂に充たされた満員のコンサート・ホールで
そこで、彼は少し我にかえる。
――ちがう……この記憶……
しかしそれは、もはやどうでも良い事のように思われた。
幽体離脱な視点から、『九尾』は自分の“
肉体はとっくに鼓動をやめ、G・スーツのバイタル・システムで血流を保っている状態。おそかれ早かれ身体も脳も――ひいては意識も亡びるだろう。
その破滅的な事実が自虐めいたカタルシスを呼びおこし、何故だか無性に気持ちがいい。思考は、さらに自己
〔イザ来タレ――7人目ノ、航界士〕
ふたたび頭に、以前とは違う調子で直接そんな印象が響いた。
――だれだ?
〔“奉天”ヲ統ベル次席。W/Nハ……スデニ失ハレタリ〕
――次席?
〔汝ヲ コノ機体ノ一部トスル〕
―――― ―――― ――――
「……これは予想外じゃの。あの小僧、またしてもやってくれる」
あとからやって来た婦人はひろげた羽根扇を閉じ、面白くなさそうに呟いた。
「どこまでも我らの邪魔をしをるか」
「そうよ!
ふふ、と二重あごが動き、
「
婦人はドレスが際立たせるムッチリと豊かな胸元から、レーザーポインタくらいのデバイスを思わせぶりに取り出した。
「“
「……え?」
「あの坊やが
彼方、紫色の界面翼が、また耀腕を一体。
いかにも無残に、非情に、滅し斃す。
衝撃波がビリビリと広間の大窓をふるわせて。
「もともと
「魂……命ですって?」
「正確に云えば“霊の犠牲”ぢゃ。ために操縦席にはある“死掛け”があっての。必要とあらば乗り手の魂を吸い取るカラクリが用意されておるのよ。限界の動きをすればするほど、その
“奉天”は低高度のまま、バレル・ロール。
そのまま上昇して耀腕の林の中を突っ切った。
再度、対耀腕弾射出。
空になり、空中投棄されたポッドが直後に落雷。
不発の一発が誘爆し、派手な花火となって爆散した。
盛大な火球を背景にミラ王女は振りむいて、
「それって……まさか!」
「老嬢から直々にきかされたのよ。くわしい仕組みは聞かされなかったがの。今この時も、あの厄介者の魂を吸わんとて、あの呪われた航界機は狙ぅておるのぢゃ」
「なんで――そんな」
「
キッと少女がまなじりを険しくし、年上の王女に飛びかかろうとする。
それをこの婦人はポッチャリ目の体格に似合わぬ俊敏さで体を
踏みとどまろうとした少女だったが、継がれた異形な片脚の哀しさ。こらえきれず、横ざまにドゥと倒れた。ドレスのすそからのぞく毛むくじゃらな雄山羊の脚が、この情景に異様さを加味して。いったんは立ち上がろうとする彼女だが、この醜悪な獣の脚との接合部が痛むのか、やおら患部を押さえ、天をあおいで美しい顔をしかめる。
羽根扇を悠揚せまらずひろげた婦人はニッコリと、
「ほほほほ。やはり脚を
「くっ……よくも!」
「あの機体は我ら「外象人」の、切り札なのぢゃ――観ぃ」
ピッ、とポッチャリした手になるデバイスから、電子音。
「えっ……」
彼方、耀腕を無双していた紫色の翼が一瞬、震えたかと思うと、あたかも
「そんな――『九尾』ィ!!」
―――― ―――― ――――
「なんで!?翼が消えた!!」
「まさか、D/Aコンバータの最終関門を突破された?」
簡易型の観測スコープを手にした候補生が、
「空間の歪ゲージは翼の縮退を確認!創翼係数――ゼロ!」
「いや、耀腕との一時接触は、まだ起こってねぇ!」
「じゃぁ、なんでだ!」
「オレが、知るかよ!」
轟々と風が吹き寄せる展望テラスで、ひな鳥たちは罵り騒ぐ。
どの顔も色を喪い、非常事態に遭った目は血走って、鋭く。
「ひよっとして心筋梗塞、それとも脳溢血?」
「心臓ならG・スーツからのサポートがあるだろう。たぶん、後者……」
航界機の非常用サポートが働いたのか、緊急用の界面翼が展開される。
だが耀腕はそれには興味を示さず、機体の周りをジリジリと覗う風。
―――― ―――― ――――
『九尾』ですら、なにが起きたのか分からなかった。
まるで首根っこを引っつかまれて、後ろに引き倒されたようなイメージ。
後頭部に衝撃があり、そのあとは――真っ暗に。
ひとすじの小川が、サラサラと音をたてて暗い地面を流れて。
石敷きの川べりには
気がつけば、『九尾』は独り、そんな光景の中にたたずんでいる。
時おり、山おろしのように吹く冷たい風。
G・スーツを貫通して身に沁み、さびしく骨を噛む。
川べりの毒々しい赤にまぎれて、だれの手になるものか。小石が大中小と三つに幾つも積まれていた。その傍らには
あぁ、そうかと彼は初めて納得する。
――なぁんだ、自分は死んだのだな……。
己の最後が、よく思い出せない。
耀腕にやられたのかも、機体が崩壊したのかも分からなかった。
しかし、これがウワサにきく「彼の世と此の世との境目」であることは間違いないらしい。
あっけなかったなぁ、と味気なく思っていると、ふいに黒い人影が陽炎のように立ち現われ『九尾』の腕をとった。
驚いて引きはがそうとしても、巌としてうごかない。
病院で騒いでいた死ぬ前日の老人の言葉が突然よみがえる。
『黒い影が――黒い影が
Gスーツごしにもわかる、大きくて硬い、冷たい手だった。
――痛った……。
この人影は有無を言わさず彼を赤い橋の方へと引っぱってゆく。
「ちょ……ちょっと!痛いぞ」
「オ迎ヱダ 皆ナ 待ッ〒ル」
黒い陽炎のように、とらえどころのない姿。
しかしよくみると、どうやらそれは恐ろしく古い鎧型のG・スーツ。
グラブの関節の一つ一つが、柔肌に食い込むのだ。自分のG・スーツのサポートは、もはや喪われたらしい。
「待て!おまえは――貴方は、誰だ?」
「……
そんな意識が、わずかに相手から波動のように伝わってきた。
赤い橋のたもとに行くと、同じような影が数体、並んでいた。
影がうすく、消え入りそうな影もあれば、Gスーツのカラーリングまではっきり分かる者も。
「キタリ……
「イザや……供犠の
黒い影のおくから視線を感じる。
『九尾』は、それに幻惑されたかのように、橋の入り口にむけ、フラフラと進んだ。
これは逃げなくてはと思うのだが、脚が、何より身体が
「
覚えのある浄福感に彼は包まれる。
初めての雲海戦で、西の少年が空の高みに昇って行った時のように。
あっという間に、この世に未練はなくなり、早く行かねばと心が急いてしまう。
ふらふらと彼が、まるで操られるかのように赤い橋を渡ろうとした時だった。
「ちょいと待ちなァ!」
背後から、どこかで嗅いだことのあるような、ヨード臭い匂い。
「こいつを
ふり向けば、あの古参兵めく上級大尉。
手には見覚えのある40年物のウィスキー・ボトルをラッパにして。
「コスロー!ソナタ又シテモ!」
「供犠ヲ成就セネバ 我等ノ
「アタイからも お願いスルよ!
べつな声が、割って入った。
見れば実体と影が半々ほどになった、女性の航界士だ。
「コの仔ぁ、モウすこし泳ガセて ソレから“収穫”したホウがイい」
「おっ!ワかってるねぇ、
「あンたのタめじゃナイわヨ、
ちぇ、と上級大尉はラッパ飲みにひと口。
そして茶目っ気たっぷりに『九尾』を見て、
「小僧!モラっといて文句いうワケじゃねェが、コイツは上物すぎるぜェ!水みてぇにスースー入ってッ
(ここでまたひと口)
「狐が穴ンなか飛び込むより
上級大尉は片目をつぶってみせた。
その間、冥い上空を妖しい雲が渦を巻きながらゴウゴウと飛び去ってゆく。
やがて最古参とみえる煙のような影が、
「良かったナァ、ボウヤ!ホぉら、ボやボやシテっと
亡霊めく女性航界士は、かれをグイグイ引っ張ると、川のほとりに立たせた。
「アバよ――ボウヤ」
ズドン!
強烈な低掌で突き押し。
うわっ、と思う間もなかった。
最後に見えたのは、橋のたもとに佇む様々な影たちと、ウィスキー・ボトルを掲げて見せるホスロー上級大尉。
ガラスの破片めいたしぶきと音を立て、『九尾』は落水する。
いや、水かと思ったのは微分化された存在エーテルめく気配そのもの。
すぐに強い流れが彼を
リダクションのMODE2を想わせる内側からの痛みと、全世界との一体感。
夢うつつのような状態でもがきながら、彼はいま、
この世のしがらみというやつ。
人間関係、組織、将来、もろもろの感情。
あるいは財産。地位。名誉。富貴に関連するもの。
これらは
“奉天”が見えてきた。
その周囲では、AI展開の界面翼には、目もくれず、ひたすら『生きた翼』を喰らわんと待ち構える耀腕たち。使役されるはずのミイラは――見当たらない。
認識を、さらに研ぎすますべく機体に接近しようとしたときだった。
スッ、と事象震も耀腕も航界機も。何もかもがロウソクの炎を吹き消したように見えなくなってしまう……。