※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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092: 崩壊する空間のこと、ならびに嘯(うそぶ)く役人たちのこと

 “奉天”が見えてきた。

 

 その周囲では、AI展開の界面翼には、目もくれず、ひたすら『生きた翼』を喰らわんと待ち構える耀腕たち。使役されるはずのミイラは――見当たらない。

 

 認識を、さらに研ぎすますべく機体に接近しようとしたときだった。

 スッ、と事象震も耀腕も航界機も。何もかもがロウソクの炎を吹き消したように見えなくなってしまう……。

 

                          (前話まで)

 

 薄暮にただ独り浮かび、冥(くら)い川を仰向けのまま、どこかへと流されてゆく感覚。

 いくつもの暗渠(あんきょ)を通り、細流(せせらぎ)を危うく通過し、小さな滝を下った。

 クルクルと淀みをまわり、あるいは何かに引っかかり、まとわりつかれ。

 

 やがて辺りが次第に――次第に――明るくなってゆくと思ったその瞬間。

 爆発的に色彩があふれ、続いてさまざまな幻視(ヴィジョン)が二重三重に透けた状態で、万華鏡のように展開した。

 

 

 見た事もない建築様式の巨大な宝塔。

 

 月が上空にいくつもうがぶ、うすい翡翠(ひすい)色をした空。

 

 あるいは衛星軌道までとどくかと思われるような高層タワー。

 

 巨大な航界艦同士の艦隊戦や、航界機の壮絶な特攻。

 

 星と星とをつなぐ、惑星規模の大廻廊。

 

 

 羽根のある人々が白い外衣をまとい、ゆるやかに宙空を行き交う光景もあれば、錆(さ)びたように赤い太陽のもと、異形のものが蠢(うごめ)く荒廃した巨大都市も見た。

 

 残留思念体の姿で『九尾』は目をみはる。

 

 ――これは……この機体の――“奉天”の記憶?

 

 ゆらめき、ぶつかり、淘汰しあう様々な事象面の姿。

 

 ほの明るい雲間を、金色の大河となって昇天してゆく善霊たち。

 漆黒の黄泉を腐臭を立てて流れ下り、暗黒に堕ちてゆく悪霊たち。

 

すべてを悟った『九尾』が無意識のまま、その金色のながれに付き従おうとしたとき、ふと何かが行く手を遮った。

 

 目を凝らせば――それは赤ん坊に乳を含ませる若い母親。

 はだけた着物の胸に新たな命を誇らしげに抱き、うつむいた顔に婦(おんな)の自信と満足とをうかべている。

 栗毛色のクセっ毛を五月の微風にゆらした彼女は、ふと顔をあげ……。

 

 

「――あなた!」

 

 

 『若梅』は嵐の中、ほそい喉の限りに一声、叫んでいた。

 

 どよっ、とドン引きになる雰囲気。

 周りにいる候補生がどよめき、ヒソヒソと。

 

 (――え、ナニ?この子やっぱり女なの?)

 (――だよなぁ。男物の礼装だけど、どうみても女の子だもんなぁ)

 (――けっきょくナニ?ボクっ娘(コ)?いまどき?)

 (――ラノベでもありえねぇぞ、フツー。)

 

 俄然(がぜん)、注目されたこの稚(おさな)い候補生は顔を真っ赤にしてうつむくと、デッキの手すりにつかまり、しゃがみ込む。

 

 なんであんなコトを叫んだのか――れっきとした男子だと言うのに……。

 

 ただ一瞬、不思議な幸福感に身を包まれたのも事実だった。

 あの控の間で、優しく抱きしめられ、オデコにキスをされた時のように。

 

 やがて、事象震が今までにない空震を鳴らしはじめる。

 

「オイ見ろ!『九尾』サンの翼が……化わる!」

 

 大音響を立て、空間に光のヒビがはいってゆく。

 

 空いっぱいの大鐘を、目いっぱい乱打されるような衝撃。

 聴覚に感じているのではない。候補生たちの意識に直接共鳴しているのだ。

 

 言われてハッと『若梅』は顔を上げた。

 空間を奔(はし)る六本の界面翼が、その色を禍々(まがまが)しい印象の紫から清浄な気配の金色に、その数も九本に増やしてユルユルと変化させている。

 

 磨かれたような、清冽な大気。

 颶風の匂いすら、どこか変わったよう。

 しかし遠くからは耀腕の群れが明滅しながら押し寄せる。

 

「九体?十体?……いやそれ以上いやがる!」

「風が……空気が……」

 

 ひな鳥たちの吐く息が一気に白くなる。

 澱んだ雲を断ち割って、玉虫色のカーテンが冥(くら)い空を駆けめぐった。

 パタパタと大粒の雨に濡れ始めた展望デッキが仰ぎ見る候補生たちの足下をすくって、いきなり揺れる。

 

「地震?――それにオーロラ?」

「界面翼が……」

 

 機体から伸べられた翼に変化があった。

 それと同時に、空間いっぱいの巨大な金属が、同規模のハンマーで続けざまに打ち叩かれるような音。

 

「空が……砕ける!?」

 

 万象はことごとく震え、轟音のうちに戦(おのの)いた。

 

 九本の翼は、その相を変転、まるで曼荼羅を想わせるように。

 高まる大鐘(おおがね)の音――そして、希薄となる“実存”。アンカーを喪う“世界”。

 一瞬、候補生たちの姿が3D(ホロ)のように透けとおり、感覚すべてがあやふやになってしまう。彼らはおずおずと互いの顔を見合わせ、そして自らの腕や胴、顔をさわり、身体の存在を確認した。

 

 すべてが不確かとなった世界で、翼が虚空(そら)全体を覆ってゆく。

 

 それはもはや“界面翼”ではなく“空間の破砕”そのものだった。

 

 

 

 遂(つい)に――大きな破片の一片が別の世界へと崩落し、巨大な間隙(すきま)が生じる。

 

 玉虫色に輝く“むこう側”が見え、まだらな光のせめぎあいのようなものが数瞬。

 気のせいか、古めかしい昔の大型航界機のようなものすら。

 

 最初に、その割れ目に吸い込まれていったのは暗雲だった。

 次いで耀腕が一体、また一体と、千切られ・砕け・バラバラになりながら大渦を描き、まるで高粘性の液体が下水に流れてゆくように、捻じ曲げられた物理法則に従って墜ちこんでゆく。

 

 光。雷球、オーロラ。

 宙を舞うカンバンや、破壊された地上設備の残骸。

 へし折れた街路樹。大破した車両。その他、様々なガラクタ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 暴風はさらに強まり、候補生たちは展望デッキから耐激ドーム内に避難する。

 二重の強化ガラスをへだて展開する轟々とした、まるでこの世の終わりのような光景を彼らは懼(おそ)れることも忘れ、ただ石化したように見守るのみだった。

 

 

 

 やがて――黒雲が消え、空に普通の明るさがもどってきた。

 

 

 

 雲の切れ間から陽光が、地上に二すじ、三すじと差し込む。

 

 

 候補生たちがデッキに出ると、轟々とした生暖かい風のなごりに、吹き散らされた木々の枝葉。大気にのこる雨の匂いは、ちょうど台風が過ぎた後を思わせて。

 

「機体は……『九尾』は?」

 

 たしかな視力をもつ若いヒナたちの視線が、暗めの白金色をした空のあちこちをさぐる。

 

「――墜落音は聞こえなかった!」

「――爆炎も見ていない!」

「交信記録だ!管制(コントロール)にいけば、機動記録が残っているはず!」

 

 候補生たちは礼服をひるがえし、ふたたびドーム内へバタバタと駆け込んでゆく。

 後には、ひとり『若梅』だけが残された。

 

この幼い候補生は見た。

 

 “奉天”が、いくつもの耀腕を吸い込んだ事象面のヒビに、自らも呑まれていったのを。

 そして本能的に理解していた。

 それが破砕された空間を閉じる、唯一の手段であったことも。

 

 正体のみえない感情。

 胸の中いっぱいに拡がり、ひとり『若梅』を苦しめる。

 

「『九尾』センパイ……」

 

 轟ッ、と一陣の風が吹きよせ、デッキに佇む『若梅』のマントを激しくなびかせた。

 

 

        ――――  ――――  ――――

 

「逝(い)ったよう、ですな?」

 

 展望デッキのさらに上、多層レーダーのメンテナンス・バルコニーだった。

 

 長身の男がパイプに火を点けようと、風の中、長身をかがめている。ターボライターですら、この風の中では役に立たない。とうとうあきらめると、彼は隣に佇立して黄金色に輝く雲の彼方を打ち眺める羆(ひぐま)のような人物に向かい、

 

「細工は上々でしたなァ!あの小僧――いや失礼“少年候補生”の使命感をアオり、雲海深部探査を受諾させ、さらに“御前試演”に殉職を目的としてアテンドし、結果、登録を抹消するとは。これで西側とも“手打ち”ですな」

 

 コートをなびかせる羆じみた人物の反応はない。

 ただシワの奥の眼が、なにかを羨むように、彼方を眺めやって。

 

 

「惜しむらくは“あのデータ”が行方不明になったコトですな!“別院”の手にでも渡ったらコトですぞ。上院は、改めて貴方に捜索命令を出すでしょう。もし、既にどこかの部局が入手したのであれば、そこの手により粛清が始まるでしょうが――どうなることやら!」

 

 羆の反応は無かった。

 パイプ男は口ひげを撫でてさらに言いつのり、

 

「我々が直接手を下したいものですなぁ!そもそも貴方が、あの候補生の信用を得ていなかったのが誤算でした……失敗しましたよ」

 

 暴風が、普通の風のレベルまで弱まってきた。

 光が。鳥が。みるみる世界は平穏を取りもどし始める。

 その風のすき間を突いて、ぶっすりとした声が初めて反応した。

 

「……作戦活動に支障はなかった。行動計画書にも特記事項で留保の記載がある。稟議書(りんぎしょ)のハンコのならびには、キミのところの課長も顔をだしているじゃないか」

「ま、ともかく――」

 

 パイプ男はあわてて話題を変えるように、

 

「このドタバタで、貴方の公費使い込みは当分ウヤムヤってコトですな。或る意味ザンネンですが、息子さんにかかる高額医療費とも縁が切れて、八方丸く収まったワケだ」

 

 さすがに腹に据えかねたものか、猫背の羆は底力のある声で、

 

「そんな事を言いに来たのかね、中佐。いや――」

 

 と、ここで僅(わず)かに嘲りを載せ、

 

「“第三部”を塒(ねぐら)にするコウモリ、とでもいおうか」

 

 ここで長身のパイプ男は、ようやく火皿に点火することに成功した。

 甘いような香りが暴風の名残(なご)りに薄くただよう。

 満足げに一服するや、煙りまじりの言葉で、

 

「えぇ、いかようにも。小官は職務に忠実であれとつねづね肝に銘じております――公務上の横領など考えもつきませんよ。上(・)級(・)大(・)佐(・)どの」

「……」

「何を言いに来たのって?えぇ、そうですとも。周りの部局は忘れても『宮廷官房・第三部』は忘れませんぞと言いにですよ。せいぜい横領した分は役にたって頂かなくては。そのための念押しです。だいたいその焦りと金(カネ)に対する後ろ暗さを、あの“少年候補生”は敏感に感じ取っていたのでは?ただでさえ候補生(ヤツラ)はカンが鋭い。だから貴重なユニットを――貴方に託さなかった……」

 

 否定はせんよ?と身障者の息子のために身を汚した上級大佐は開き直った嗤(わら)いを見せ、

 

「おそらく部局間スパイの、薄ぎたない気配を悟ったんだろう……」

 

 こんどはパイプ男が鼻白む番だった。

 

 にらみ合うふたりの上空で、雷鳴が二、三度。

 つづいて虚空(そら)と大地をゆるがす空震が数回。

 それで長かった今回の事象震は終わりのようにも思える。

 

 ただし航界機の力によって、むりやり幕引きさせられた事象面の歪みが後々どんな作用を及ぼすか。事象面管理省は大変だろうなと、互いに視線を逸らした二人は、地上設備の残骸を眺めやりながら奇しくも同時に考えた。

 やがてパイプ男は、尖った肩をそびやかしながら休戦の気配を匂わせ、

 

「お互い組織のためでしょう、上級大佐どの。内局監査委員会に足元をすくわれないようにして下さいよ。とばっちり受けるのは、ゴメンこうむりますからな」

「それはこっちの台詞(セリフ)だよ。君のところみたいに、あちこち節操なくプローブ伸ばしていると、そのうち奥の院の「情偵」に引っくくられるぞ」

「そうそう、その「情偵」で思い出した……」

 

 パイプ男は火の消えたボウルをはたき出しながら、

 

「今回の件ですが――どうもウラで老嬢(王女)が直々にカラんでいたらしい」

 

 女王が?と羆は眉毛をひょいと上げた。

 歩行機に収まった老婆を、大柄な男は連想して首を傾げる。

 意思疎通すら困難な、政権運営を“薔薇(第一王女)”に任せきりにしている生ける屍。

 隔離と警護とが物々しく、めったに人前に現われない秘密めいた存在となって。

 

「何故(なぜ)。“蘭の殿下(第二王女)”ではなくてかね?」

「そこのところを調べてくれと、ウチの方から依頼が行くはずですよ。なんなら動きやすいように出向命令書を出してもイイと」

「初耳だな――でもなんで宮殿の大元が?そして私に探れと?ゾッとしない話だ」

「それから……“蘭の殿下(第二王女)”ね?」

「うむ」

「貴方の手腕に喜ばれてましたよ。そのうえ御前試演まで西ノ宮の大僧正にヒト泡ふかせられたと“ゴ機嫌斜メナラズ”です。ただ“百合の殿下(第三王女)”は……」

 

 パイプ男は口ひげの奥でニヤリとうすく笑いつつ、

 

「こんどはコチラが荒れるでしょうなぁ。みすみす我々の用意した誘導映像をみせて、こんな空を飛ばせ、お気に入りだった“あの個体”を死に追いやったんだから……」

 

 羆の横顔にはじめて表情らしきものが浮かんだ。

 だがそれは、長身の男が予想していたものとは、おもむきが違ったらしい。

 削げたように痩せた頬を一度ピクリと動かし、はじめて声にわずかな不安を載せ、

 

「第三部(ウチ)で用意した認識誘導映像を……あのガキに見せたんですよね?」

「中佐。もう終わったコトだよ――終わったコトだ」

 

 長身の男を蔑(さげす)むように一瞥し視線を彼方にもどすと、この羆めく人物は、

 

「結果がどうあれ『九尾(あの子)』は翔けた。私は――それを誇りに思う」

 

 

【挿絵表示】

 

 

               * * *

 

 

 それから二週間ほどたち、桜の便りがポツポツと届きはじめるころ。

 

 春の移動の季節を待たず日本政府と王宮に、それぞれ更迭と依願退職の嵐が吹き荒れた。

 不可解な死や行方不明者も相次ぎ、行政機関の統廃合もすすむ。

 

 この件に関し、マスコミは表立った事実をベタ記事で扱うのみだった。偏向報道の臭気ふんぷんたるニュース・バラエティー。その“脳内お花畑”なコメンテーターたちすら口を濁したまま特段に話題とすることもなく、気まずそうな顔でスポーツ・ニュースなどにそそくさと話題を移し、いっさいの沈黙を守る。

 

 

 

 そして――1年の歳月が流れた……。

 

 

 

 

 




次回で終わりです。
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