桜の花が朝の光に乗り、ゆるやかに舞っていた。
新設された瑞雲校・付属中等部の開校式に、ポンポンと花火があがっている。
三年から新規転入する『若梅』は、彼方に校舎が見える場所でちょっと足を止めるとスカートをひるがえしてふり返り、こちらを向いてニッコリと微笑んだ。
「お話は――これでおわりです。あの事象震のあと消滅した“奉天”をさがすために捜索隊が出ましたが、けっきょく機体の破片すら見つかりませんでした。遺された私たち選抜候補生は、それぞれカタチばかりの試演慰労金をいただき、日常生活にもどっています……」
ここで『若梅』は、心ならずも豊かにふくらみつつある胸を気にするように、ちょっとセーラー・スカーフの具合を直しながら、
「えぇと『七刃』さん、『二番星』さん――そのほかあの日『九尾』さんから助けていただいた皆は、連絡を取り合い、いまでもお友達でいます。おたがい競い合ってウデを磨きあい、技術を高めあっているんです」
春の強風が、栗毛色のクセっ毛をゆらす。
一瞬、桜の花吹雪。
風が収まったあとに、花弁がひとひら栗毛色の上に。
また花火の響き――ひとしきり、青空にとどろく。
『若梅』は舞い上がったスカートの具合を気にしつつ、
「あの方が、みんなの身代わりとなって出撃してから……私たちは変わりました。とくにあれほど荒れていた『二番星』サンは心機一転。東西対校戦で殊勲賞をとるまでになったんですよ?みんな、もらった命を、時間を精いっぱい有効に使おうと必死です……わたしは、その。まだ……ダメダメですけど」
後ろからガタピシな電動スクーターの音。そしてホーン。
「『若梅』さァん!遅いわよ?――またお寝坊?」
「あぁ、『タチアナ』センパイ!……違いますよぅ。ちょっと起きるのが遅れただけです!」
「フフッ。そーゆーのをお寝坊ってゆうのよっ」
バイザーの奥から蒼い瞳が笑う。
「しょうもない子ねぇ」
「最近、なんだか身体がダルくって」
「あら、じゃぁ高等部の校内医のところに行きなさい?診てくれるわ」
「えぇぇ……あの先生、なんかコワいですぅ」
「なに子供みたいなコト言ってるの!体調管理も候補生の義務よ?しっかりなさい!」
さき行くわね!とオンボロ電動スクーターは彼方へと走ってゆく。
外装がビリビリとふるえ、ナンバーなどは今にも落ちそうな車体。
どうも候補生たちは、
『若梅』はこちらを向いて、
「え、いまの方ですか?――高等部二年の先輩です。なんでも病気療養のため1年留年ですって。あの方も、なにか『九尾』さんと関係があるとか……」
青空を背景に、編隊を密に組んだVTOL機が一度、上空をパスしたあと練習用・滑走路のほうに降りてゆく。今日の祝典に参加する教導隊の面々だろう。
「『九尾』さんの殉職公報がでたときは、わたしも泣きました――でも」
ここで『若梅』はパッと顔を輝かせ、
「でも、このまえ、風のウワサで聞いたんです――事象面・探査師団の前線探査部隊が“九枚の翼”を放つ所属不明の航界機を目撃したって!……ね?コレってヒョッとして!」
一瞬、『若梅』は目を輝かせるが、すぐにうつむいて、
「そりゃ公式には――まだ『九尾』センパイは“奉天”ともども「喪失」扱いになってますけど――でも、もしかしたら……」
最後の方は口の中で呟いて、ふたたびゆっくりと錬成校のほうに歩いてゆく。
「……『九尾』センパイを輩出した瑞雲錬成校は、なんと予算倍増!王宮直属となり教官方は“ウハウハ”のようです。規模も大きくなり、このたび中等部もできました……あそこです。ボクは居づらい実家の屋敷をでて、寮のあるこの新設校に転入学することになりました」
そこで、もの問いたげな視線に気づいた『若梅』は、
「――え?この妙なカッコウは、なにかって?」
ボッと顔を赤らめ、自分のセーラー服すがたを改めて見やる。
オフホワイトを基調とした、赤いスカーフが映える春服のデザイン。
肩口を風船のようにふくらませ、反対に胴を絞る19世紀末をおもわせるシルエット。
少女たちの胸のふくらみを上品に主張する、嫌味のない立体裁断。
『若梅』は重そうな黒いフライト・ケースを手にトボトボと歩きながら、
「ん。ヤッパリ似合いませんか?じつはボク、いえ私……女、だった。みたいで」
いえその、と彼――彼女は、すぐにあわてて言いつくろい、
「お、オチ**ンはあるんですよ?でもタマタマが、言われてみれば無くて……それまでじっくり他の人とくらべたことなんて、無かったものだから、その……」
(おい、あの髪の短い娘、ちょっとイイじゃん?)
(襟のラインが三本……中等部三年かな?あとでしらべてみよっと)
登校する高等部男子候補生たちが、追い越しざまにヒソヒソとささやく。
そのチラ見がちな“品定め視線”に、『若梅』はツン、とソッポを向いて、ふくらみが目立つようになった胸に、ソッと手をあてながら、
「この身体を認めるのに、一年かかりました。変化があったのは……あの事象震のあとからです。今でも『九尾』さんの事を想うと胸がドキドキして、切なくなって……そう考えると私、やっぱり女――なのかな、って」
「おォい、そこの三年!なにノンビリ歩いてンだァ!」
正門の脇で、腕組みをして立つスーツ姿の若い女性が怒鳴り声をあげた。
ピンストライプの、一見して仕立ての良さが分かる出で立ち。
豊かな髪をかきあげ、目を光らせ、
「あァ?――『若梅』かァ?門が閉まるぞ!シャキシャキ歩けェッ!」
「は、はい!サー『モルフォ』!」
そう答えてから足早になりつつ『若梅』は、ふたたび顔をこちらに向け、ささやき声で、
「あの人、スゴ腕の女性航界士なんですよ?今は航界大学からコチラにチューターとして出向してマス。転校では、西ノ宮にムリヤリ嫁がせようとする本家と私のあいだを取り持って、ずいぶん骨をおって頂きました。えっ?そう!よくお分かりですね?“無礼院”とかいう、頑丈作りのお坊さんです。はじめてお会いしたとき、ビビっちゃいました……タハハ」
サイズがまだ合わないのか、ブラの具合をさりげなく直しながら、
「あと一人“ミラ特別理事”ってのが居るんですけど、これがなぜかやたらと私を目の敵にするイヤな奴で……でも私負けません。いつか私も航界士になって、あの人と翼をならべて飛ぶんです!それが私の――」
「ナニやってんだクソがァ!早くしろォ!」
カッ!とヒールを踏み鳴らし、教導官は怒鳴り声をあげた。
まるで『エースマン』直伝を思わせる喝の入れよう。
「ボヤボヤしてッと
「ハ――ハぁィ!」
さすがに『若梅』も焦り気味になる。
タッ、とローファーを鳴らし、フライト・ケースを反対の手に持ち替え、こちらにウィンク。
「――それじゃ、またね?」
そう言うや彼女は磨かれたような青空のもと、門に向かって駆けだした。
ー玲瓏の翼(『九尾』篇)・了ー