※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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010:界面翼を展開のこと、ならびに臨死体験のこと

 

【挿絵表示】

 

 

 

――雲海を出た!

 

 ホッと息をつくが、期待した青空ではなかった。

 陽光は、あちこちに立ちのぼる積乱雲に乱され、まるで中世の版画めいて幾つもの輝線をななめに描く(チンダル現象)。上空も薄い巻積雲におおわれ、重力ベクトルまでもが若干みだれているのか、まるで巨大な雲の迷宮にでも入ったよう。目視飛行するには注意しないと自己存在感をも失いかねない。

 

《各機、R1起動!まだ界面翼は展開するなよ!?存在干渉(そんざいかんしょう)に注意!》

 

 廉人(れんと)中尉の口調が、切迫(せっぱく)した調子にガラリとかわり、なにやら本職のプロらしくなってきた。

 だが、辺りの光景にボンヤリ見とれていた『ポンポコ』は、命令を聞きのがす。

 すぐさま、小鞭(ホイペット)のように廉人中尉の檄(ゲキ)が飛ぶ。

 

《ナニやってやがる『ポンポコ』!リダクション(R)・モード1(ワン)へ!》

 

 彼は、あわてて手元の安全装置(セーフティ)をはずし、レリーズを押した。

 HMDの表示が変化し、モードが移行したことを知らせる。

 同時に、G・スーツに接続した各コードを通って、なにかが自分の中に侵入してくる感覚。言ってみれば、それはガラスの細かい破片がキラキラと、軋(きし)み音をたてて、身体の中を充(み)たしてゆく形象(イマージュ)。

 

 やはり本物のG・スーツ。

 一年に支給される練習用の簡易(かんい)スーツより、体感的には数十倍過激だ。

 すこし身体をよじると、それがザクザクと皮膚(ひふ)を突き破りそうで、怖い。

 だが思考と感覚は違法な薬でも注射したように、異様に冴(さ)えわたるのを感じる。となりを飛ぶ先輩候補生の心音までも分かるいきおい。しかし牽引するVTOL機は、実戦機だけに生体シールドがあるのか、機内の状況は判然としない。相変わらずの戦闘推力で高度をかせいでゆく。

 

 一つ積乱雲を抜けると、はるか彼方に先発した曳航機群が三角形を描き、雲海スレスレを飛ぶのが見おろせた。曳航される練習機も全機、いつ耀腕が出現してもいいようにR1で飛行しているのが“意識”できる。

 

 ――ヘンだ。

 

 ポンポコは眉をひそめた。

 

 ――進行方向・第一象限。

 

 なにかいる……しかも、かなりの脅威(きょうい)。

 明確に加害衝動(かがいしょうどう)をもつ、複数の意識集団。

 右肩に、目の粗い紙ヤスリを押しつけられるようなプレッシャー。

 それがじわじわと広がって、不快感をあおる。

 練習機のレーダーに反応はない。

 VTOL機が装備しているに違いない大仕掛けの重力レーダーは、どうなのだろうか?

 

 《中尉どの、前方同高度、1ー5ー0から1ー6ー0の間に何か居ます!》

 

 名誉挽回(めいよばんかい)、と言わんばかりに『サラマンダー』が正確に反応した。

 ポンポコも絞られた方位に眼を凝らす。だがその空間は、逆光のため暗い柱を思わせる積乱雲が幾つも立ち昇り、よく分からない。それに対し中尉は嘲(アザ)るように、

 

 《反応遅(オソ)いぞォ~。雲海から出た瞬間(とき)に気づかにゃダメだ……それっと!転針》

 

 VTOL機が旋回を開始しようとした時だった。

 積乱雲を突きやぶり、超大型の飛翔体がアッという間に近づいてくる。

 HMDが、警報とともにデータを出す。

 

 ――速度3.2。IFFは(敵味方識別装置)“未確認”

 

 だが、リダクション・モードに入っている候補生たちには、すぐに分かった。

 あれは他校の練習母艦だ。自分たちのように曳航式ではなく、贅沢(ぜいたく)にも空中投下式の。べらぼうに費用がかかるため運用される練習校は限られている。この東では王宮直轄の練習艦[鳳翔](ほうしょう)ほか、ニ、三艦ぐらい。だがそれならIFF登録があるから“未確認”とは出ない。では……どこの所属だ?

 

 《未確認艦に告ぐ。当方は航界士錬成校[瑞雲]所属・練習機群。フライトNo.0518・2087。当方の航界活動を阻害(そがい)することなきよう通告する。繰り返す――》

 

 中尉が言い終わらぬうち、未確認の飛翔体とは対航状態のまま、一瞬ですれ違う。気のせいか、一瞬、線香と蝋燭(ろうそく)の炎の連想がうかんだ、ような。

 電磁処理を施しているらしい、凹凸の少ないヌメッとした巨大な漆黒。大型水族館で見たイルカとかいう生き物の巨大版が、音速ですれ違ったような印象。

 4番機群の背後で不明艦は信じられないような高Gターンを決める。直後、黒い艦体の下面で大型ウエポン・ベイ状の扉がひらき、なかば界面翼を展開した練習機が射出された。

 

 投下された機体は三機。

 雲海に向け落下しながら、みるみる翼を拡張させてゆく。

 廉人中尉の叫びがインカムに響いた。

 

《やべェ、ヤツらやる気だぜ。上等だクソぁ!両機、リダクションモード・2へ移行!オート・ポイエーシス(自己生産)・システム起動!切り離すぞ?3.2.1.レッコ(解放)!》

 

 曳航していたワイヤーの電磁ボルトがはじける。

 火喰トカゲの機体は事象面との還元率をあげ、手なれた調子で素早く界面翼を展開。ナトリウムの炎色反応(えんしょくはんのう)めく赤色を、脳の負荷ギリギリまで許容して拡げつつ、所属不明の練習機群に対応するため離れてゆく。

 

 『ポンポコ』は一拍おくれた。R・2に移行できない。

 意識を集中し、移行文言を唱えてもシステムが反応しないのだ。

 

 ――くっ!何か……引っかかってる。

 

 ダダ落ちする高度計の数字。雲海面が、ズームでせまる。

 

 ――あぁ……いよいよか。もう、ダメだ。

 

 非常用脱出レバーに『ポンポコ』は手を伸ばそうとするが、止める。

 ここで射出座席を使っても、雲海に呑み込まれるだけだ。

 生き延びるのが数分、あるいは数十分遅れるだけで、結果は同じだろう。

 最新型の練習機はコクピット周りが分離し、グライダーとなるが、暗記した“奉天”のマニュアル記録をさらっても、そのような機能は見あたら無かった。この操縦席は、パラシュート付きの死刑台だ。

 

 ――やっぱりだ。ヤな予感したんだ。このボロ練習機……。

 

 テストの赤点。

            机の上の花瓶。

   頭のえぐれた 

 囁き       クラスメイト。

     上級生たち。      血だまり

首のない       骸骨

   陽炎         湖の水死体。

 事故    精神注入棒

            真珠とドレス

 

 ……サラ先輩の、巨乳。

 

  ――生きたい!

 

 脱出装置のレバーに彼が手を伸ばした、その瞬間。

 石のように雲海に墜ちてゆくポンポコを、サファイア色の翼を展開する不明機の一機が、等速でダイブしながら近づいてきた。

 

 ――硬翼……完全に収納されてないよ、きみ。整備不良かい……?

 

 不明機を操る操縦者のからの、いたわるような“意識”。

 えぇっ、と『ポンポコ』はヘルメットバイザーのHMDを確認するが、インジケータは“格納済み”のマークが点いている。横を見ると、なんと八枚もの界面翼を展開する練習機が随伴(ずいはん)降下していた。

 

 ――その状態じゃ、高位シフトは無理だね……まってて。

 

 八枚翼の不明機が一瞬、存在干渉(そんざいかんしょう)をふせぐためか、すべての翼を消すと、スッと機体を寄せる。そして尾部アームをくり出すと、軽く“奉天”の閉まりかけな硬翼に打ち当てた。鈍い音がして、ウィング・ベイは閉じられる。

 

 ――OK、やって!

 

 雲海面が目のまえに近づいた。

 もう猶予(ゆうよ)がない。

 雲海の中での単身・界面翼起動は危険がともなう。

 

 所属不明の練習機は、ふたたび翼を創出させると、キレのある機動でロールをかまし、創翼阻害(そうよくそがい)をふせぐため“奉天”から離れ、爆発的に上昇してゆく。

 『ポンポコ』は、龍ノ口から直々にゆずられた、秘密のコード・パスを叫んだ。

 

 とたん……、

 

 体の中を充たしていたイガイガなガラス片が、すっと液状化し、すみずみまで馴染(なじ)む感覚。冷たい水に、内側からさらされたように、細胞という細胞が瞬間的に置き換えられたような印象。

 この状態から急に戻ることはできない。

 極端に言えば彼はいま、人間から“別のモノ”に変化したのだ。

 

 頭の中に、世界が入ってくる――この事象面の現象、凡(すべ)て。

 

 大気のながれ、匂い。

 自機を照らす光の暖かみ。

 さまざまな気配。感情の流れ。

 

 自身が希薄化(きはくか)し、だんだんと形を無くしてゆく心持ち。

 ゲシュタルト(G)・スーツが、そんな『ポンポコ』の個体自我を、辛(かろ)うじて保つ。

 “奉天”の機体から群青色(ぐんじょういろ)とも薄墨色(うすずみいろ)ともつかぬ陽炎が吹き出し、それが空間をゆがめてゆく。すると見る間に硬い印象の光が、まるでガラスにヒビが入ってゆくように四方に延びていった。ヒビの数は四、いや、それに短いのが一つ。

 

 雲海をx軸とする歪んだ漸近線の軌道を描き“奉天”は危ういところで水平飛行に移ることができた。

 

 バイタル・コントロールシステムに警告。

 心拍数と血液アドレナリン指標が赤色値に。

 

 すぐさま薬液による適切な処置が機体側から行われるが、モード2に移ったいまは肉体に何の感覚もない。感情も懍(おそ)ろしいほど澄明(ちょうめい)。言ってみれば幽体離脱でもしたような状況に、親(ちか)い。

 

 ――ありがとう、えぇっ、と……。

 

 『ポンポコ』は辺りを見まわし、次いで気配を探った。

 

 だれもいない。

 

 ときおり青空の断片が見える気流激しい雲の筒のなかで、彼の意識は孤然(ひとり)、フラフラと機動する“奉天”の上で、たよりなく浮かんでいた。

 

 遠くで、何かが激しく争う気配が発せられている。

 あまり美しくない、近寄りたくないたぐいのモノ。触れば、穢(けが)れるような……。

 四方を濃淡めまぐるしく回転する綿のなか、彼は感覚で手近の雲をすくう。ヒンヤリとした冷気が腕までつたい、水蒸気の一つぶ一つぶが感じられるよう。心が、奇妙な平安に満たされ、いままでにないほどの穏(おだ)やかな気持ちに包まれた。

 

 ――このまま、どこかに行きたいな。

 

 あいかわらずどこかで鳴る警告音(アラート)。

 ウザい、と彼は思考操作でアラームを切った。

 いつの間にか目の前で複雑に錯綜(さくそう)しデータを示していたHMD表示の輝線も消え、『ポンポコ』は裸体(はだか)で雲間を彷徨(さまよ)っている。

 

 ――光が……。

 

 見たこともない金色の光が、上方(うえ)から降りそそいでいた。

 かすかに――きわめて幽(かす)かに、自分の本名が遠くから波のように伝わってくる。

 

 ――呼んでる?……だれ?

 

 うん、と背を伸ばし、光が降ってくる上空を見た。

 意識を集中。

 自分ができうる限りの機動上昇。

 体が――消える。

 こころの中で、なにか鎖が解かれたような気配。

 

 そんなとき。

 

 候補生の意識がひとり、『ポンポコ』を追いこして蒼空の高位(たかみ)へと昇っていった。

 まって、と彼は呼び止める。

 

 ――ねぇ。機体は、どうしたの?

 

 相手は『ポンポコ』を横目に、ちょっと微笑んだかと思うと、

 

 ――永久(トワ)ノ浄福(ジョウフク)ニ至(イタ)ラン……汚穢(ムサ)キ肉塊(ニク)ノ衣(コロモ)ヲ脱(ヌ)ギ棄(ス)テ。

 

 そのまま彼を引き離し、どこまでも昇ってゆく。

 追おうともがくも、自分はネバついた空間にとらわれたように。

 

 ――おいキミ!待てよ、まてった……。

 

 突然!

 

 胸にナイフを突き刺され、『ポンポコ』は我にかえった。

 首根っこをワシ掴みにされて、もとの体にタタキ戻された感覚。

 リダクション・レベルが、いつの間にかモード1にもどっている。

 ゼイゼイと、まるで呼吸を止めていたかのように彼はあらく息をつく。

 チラチラ・キラキラと目の前を星が舞い、こめかみを冷たいものがながれる。

 

 バイタル・システムに警告ランプ。

 

 G・スーツに装備されているAEDの作動履歴がついていた。

 脇腹が、電撃のなごりで紙ヤスリをかけられたようにヒリヒリとうずく。

 吐き気が、二度、三度。

 

 《『ポンポコ』ォ!キサマ心臓止めてナニしてやがる!》

 

 無線の直音声で、廉人中尉の怒鳴り声。

 

 《耀腕(ようえん)がでた!繰りかえす、耀腕だ!指定座標をおくる。こっちァ不明機群と耀腕との二正面作戦だ!とっとと来やがれ!》

 

 

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