※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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011:航界戦のこと、ならびに耀腕犠牲者の末路のこと

 《遊んでる場合か!ただちに空中集合!》

 

 通信に、中尉の怒りの念波が添付され、平手打ちされた感覚。

 『ポンポコ』の括約筋が、また少しゆるむ。

 座標を航法P/Cに入力。転針して、自動で指定エリアへと向かう――はずだが針路が定まらず、フワフワと。

 

 ――チェッ。さすが旧式……機体が鈍重(おも)い。

 

 そう唇を噛(かん)んだ時、どこかのシステムにバグでもでたのか、瞬間、翼が消えて、300mばかりダダ墜ちする。かろうじて立て直したが(リカバリー)、油断すると気流ごときにあおられそうに。いくら精神を集中させても挙動が安定しない。

 

 「あぁもう、このボロが!ちゃんと飛べよ!」

 

 今度は回線がショートしたらしく、一度、尿道カテーテルに軽い電撃。

 

 「いッ!……たぁッッ……つ!?」

 

 こりゃダメだ、と彼はあきらめ、イヤイヤ還元(リダクション)の深度をもう一度、レベル2にまで昂進(こうしん)させると、世界との同調をはかった。認識と視点が機体のうえにふたたび占位し、周囲は曇ったフィルターを棄て去ったかのごとく、いっそう明瞭(はっきり)と感じられるようになる。

 

 ――見えた!

 

 感覚で20ちょい先、高度差で3000ほど下方の積乱雲そば。

 事象破砕リミッターoff、界面翼・最適解へ。

 機体にダッシュをかけて急行。

 

 不明機母艦と錬成校VTOL1番機、そして3番機、4番機。それに双方の練習機群と耀腕が、彼我(ひが)入り乱れての格闘戦というワケの分からない混沌状態。味方の練習機群が、二本の耀腕を相手に奮闘する。そこをチョロチョロと、不明機群がジャマをする格好。

 四方を雲に包まれた広大な空間で、青白い稲妻を血管のように這わせた黔(くろ)い腕と、白煙で出来た柳のような細い腕が、ゆらゆらと雲間から出たり消えたりを繰り返し、周囲の機体に襲いかかっている。VTOLの2番機はどうしたことか、姿が見えない。対・耀腕誘導弾が乱れ飛び、雲海に紅蓮(ぐれん)の華(はな)を次々と咲かせて。

 

 ――『ソード』もっと右!『ランサー』お前は下から殺れ!『青龍Ⅱ』!ナニやってやがるクソ呆(ボ)けが!磁気フレア使ってパラージ(弾幕)!ガキ共のバックアップに!

 ――勝手言うな!タダでさえこっちは対耀腕弾の携行が少ない!

 ――ハァ?教導団の名はダテか!?ババァ!そうじゃねぇ!もっと寄れ!

 ――この黒い奴(の)ジャマ!中尉どの墜としていいスか?

 

 練習機が一機、不明機と界面翼をぶつけあう。

 稠密(ちゅうみつ)な金属を激しく打ち合わせたような思考共鳴波が響き渡り、たがいの憎悪を叩きつけて。

 闘犬(とうけん)のようにいがみ合う、その二機の横を白い機体が燕(つばめ)のように翔け抜けた。 自機のウェポンを射出しながら、耀腕に向かってゆく。

 

 ――『フィー』!もっと距離をおいて!認識機動のロスが多すぎるわよ!?

 ――ワかってる姉ぇサマ!でも機体がなんか重く、てッ!

 

 危うく掴(つか)まれかけた『オフィーリア』は、機動の型を華麗に変化させ、きわどいところで耀腕の指をすりぬける。同時にすくい投げ投法で黔(くろ)い耀腕の根本に事象面反応弾を投下――わずかに耀腕が、震える。

 

 ――ダメだ……航空優勢が、獲(と)れてない。 

 

 そう感じた『ポンポコ』は、危険とプライドを秤(はかり)にかけ、なるべく遠巻きに参戦しようと、おっかなビックリ近づいてゆく。

 

 ――大丈夫……あとで問題にされないよう、それッぽいトコに、抱えているモノをブン投げとけばいい。そう、なんにせよウエポン・ベイは、空にしとかないと……。

 

 彼が機動降下に移ろうとしたとき、廉人中尉の指示を圧し、聞き覚えのある女性の声――VTOL機群の編隊長――が混乱する意識交信を押しのけ、最優先緊急モードで金切り声。

 

 ――各機、気をつけて!この耀腕は――変化します!

 

 黔い耀腕の手の甲を、『オフィーリア』が大きく迂回(うかい)しようとした時だった。

 

 前腕の一部がうずを巻いたかと見ると、そこから小ぶりな腕が噴出する。即座に回避行動にうつるが、所属不明の練習機が、それをジャマした。急な機動に速度を殺された彼女の界面翼を、耀腕が遂(つい)につかむ。

 

 「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 脳に直接、いやな悲鳴が全開で響いた。

 人間が出せるとも思えない凄惨(せいさん)な声に、一瞬、周囲の機動すべてが凍りつく。

 編隊長や『黒猫』が何か怒鳴っていたが、聞き取ることは出来なかった。

 周辺を舞っていた機体は、うごきを止めた耀腕と『オフィーリア』機とを、“意識体”のまま、声もなく凝視する。

 R2モードに入っている『ポンポコ』も、ほかの候補生たちと同じく距離という要素を取りはらい、すぐ目の前で起こっているかのようにその光景を目撃した。

 

 界面翼をつかまれた『オフィーリア』の顔が、まるで水分を抜き盗られるかのように、イヤイヤをしながら見る間に萎(しな)びてゆく。それはあたかも翼を経由し、耀腕に生気を吸い取られてゆくように。

 やがてミイラのように完全に乾(ひ)からびると、これ以上は吸えないと耀腕は悟ったのか、やせ細っていた界面翼を利用して、こんどは何かを逆流させた。力こぶめくものが、翼を伝ってゆき、とうとう最後に『オフィーリア』機へとたどり着く。

 

 ミイラが、驚いたように眼をまん丸くするのが最後に見えた。

 艶をうしない縮れた金髪が、放射状に逆立つ。

 

 つぎの瞬間。

 

 ボン、と何かが弾(はじ)ける軽い音。

 タンパク質の焦げる臭いも一緒に。

 どこかで嘔吐(おうと)する気配。たぶん『サラマンダー』だ。

 周囲の機体が、候補生たちが、凝然と声を喪(うしな)う中、ややあって、

 

 ――『ウーラン・ツヴァイ』……『オフィーリア』のバックアップにまわれ。

 

 廉人中尉が、うってかわった落ちついた調子で、指示を下した。

 

 ――でッ、でも――もう死んでるんでしょ!?

 ――命令だ。それと全機、所属不明機群に対し対耀腕弾の使用を許可する。作戦行動を阻害する場合にあっては、これを実力で排除せよ。

 

 この“本気”な意識波がつたわったのか、所属不明の練習機群は一様にすこし距離をおき、現場を遠巻きに監視する空間に占位する。

 

 操舵能力を喪った『オフィーリア』機が、緊急飛行モードに移行していた。

 

 硬翼を自動展開。さらに緊急用の延長翼を出してグライダー状になり、耀腕から幾分、離れたところで、回収を待つための周回飛行を始める。『ウーラン』が『オフィーリア』機から垂れた緊急用の曳航索をつかもうと接近した。だが、その救援活動をねらってか、黔いほうの耀腕が、ゆるゆると雲海を蠢(うごめ)き『オフィーリア』機の周回飛行空域に移動する。

 

 ――『ウーラン』、『ロードマン』を援護に付ける。素早くやれ。

 ――ムリ!無理ゲーですって!やつら知能持ってる!『フィー』の死骸をオトリに!

 

 そのとき、疲れたような編隊長の声が全機に伝わった。

 

 ――廉人中尉。増援がこちらに向かっています。それまで待機しましょう。この所属不明群にも対応してもらいます。状況は伝えました。増援は全機、八八式ASM(対艦ミサイル)を装備済み。

 

 援軍が、対艦用に武装しているというこの意識交信が決定的だった。所属不明の母艦は、練習機を順次、練度の高いうごきで空中収容するや、現場を高速離脱してゆく。

 すると今度は黔い耀腕が、その形を薄れさせ、消滅したかと思うや、細白い耀腕の方は『オフィーリア』機を掴(つか)み、そのまま雲海に沈んでゆこうとする。

 

 ――ちきしょう!

 

 どこからか叫びがしたかと思うや、周囲を舞っていた機体のうち、一機が界面翼を全開に、耀腕へと特攻をかけた。

 

 ――黒ネコ!待て!

 ――冗談じゃありませんわ!このままあの子を引っ張られて、たまるもんですか!

 

 虹色を伴った藍色の長大な界面翼が、小さく、後退翼状に変化してゆく。

 

 ――やる気だ。

 

 空域の全員が見まもるなか、雲間をヒリヒリした緊張が充(み)たす。

 

 VTOL機が援護として、残り少ない誘導式の大型反応弾を轟音とともに射出。『オフィーリア』の機体ギリギリをすり抜け、耀腕の周囲で着弾・炸裂。動きを幾分おさえる。『ロードマン』がフォローにまわった。耀腕の基部を目標に、自機の残弾を全部放出。雲海の浅い部分が数度、オレンジ色に変色し、耀腕が『オフィーリア』機を放して沈んでゆく。

 その隙(すき)をのがさず、『黒猫』の尾部から緊急曳航索をつかむための回収ロッドが延(の)び、曳航索にヒットする。

 

 ――やった!

 

 ワイヤをつかみ、上昇する『黒猫』を全員が見て歓声をあげかけた、その刹那(せつな)。

 姿を消したはずの黔い耀腕が、雲海から垂直に、猛然と突き出される。

 明確な悪意をもった、餓死者の正拳突き。

 

 乗機を直撃され、『黒猫』の体が横ざまに“く”の字にへし折れた。

 血と吐瀉物(ゲロ)とを驚くほど吹き出しながら、パイロットが白目を剥くのが、R2モードに入っている候補生たちにはハッキリと分かる。

 

 慄然(ゾッ)とするヒマもない。

 

 分解する機体。

 飛散する部品やハイドロ。増槽やウェポン。

 パイロットシート周りの残骸(ざんがい)だけが僅(わず)かに残り、それが『オフィーリア』機に引っかかる形で雲海への落下を奇跡的に救っている。

 ヘルメットが飛び、給気マスクも喪われた『黒猫』の蒼白い顔。

 口から、鼻から、耳から、目から。

 紅いものをタラタラとながし、長い黒髪がバサバサと高層気流にゆれて。

 

 その時。

 

 候補生たちは、たしかに聞いた。

 

 ――ネェサマ……ネェサマ……ネェサマ……。

 

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