※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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012:初陣のこと、ならびに新しいW/Nのこと

 いまにも蒼空に消え入りそうな、かぼそい、透明な声。

 怖(お)じやすく、控え目な存在の波動……。

 そんな気配が、候補生たちのまわりを微風のように廻りめぐったかと思うや、『オフィーリア』機が、最終緊急用にプログラムされた救援待ちの周回機動を突然中止し――あたかも意志があるように――気息奄々(フラフラ)と戦闘空域からはなれてゆく。

 

 それを追う――黔(くろ)い腕。

 痍(きず)ついた可憐な機体を、穢(けが)れた腕が、ふたたび嬲(なぶ)ろうとする。

 だが居並ぶ者たちは、指をくわえてタダ観ているだけ……

 そんな光景を前にしたとき、『ポンポコ』の中で豁然(かつぜん)と何かが啓(ひら)けた。

 

 ――くそっ!

 

 四枚半のハンパな界面翼を意志の及ぶかぎり最大限に拡張!

 自我境界リミッターをも外しての緊急戦闘加速。

 後付けのシステムである「脳幹(のうかん)保護」のための「自動抑制(じこよくせい)モード」に入ろうとするところを、「ジャマするな!」とばかりニラみつけ、意識操作でカット・オフ。

 

 情けない!

 あまりに情けない!

 なんで一方的にヤラれっぱなしなのサ!

 こうなったら、ダメもとで――ボクが先輩たちを!

 

 気のせいだろうか。

 旧式であるはずの“奉天(ほうてん)”は、まるで喜び勇むかのように一度機体を身震いさせると、それまでのナマクラな挙動がウソのような勢いで、カミソリめいた戦闘(コンバット)機動(マニューバ)を開始。猛然と耀腕に襲いかかる。

 廉人中尉や編隊長の制止する意識波も、もはやどこか遠くに。

 命令違反?尻(ケツ)バット?懲罰房?

 

 ――フン!知るもんか。

 

 彼(ポンポコ)には、見えていた。

 

 この三本に見える耀腕群の本体は、知覚を変えれば根本を同じくする分岐した細い筋に過ぎないこと。その急所らしき根元に自機が抱える対耀腕弾を全弾たたき込めば――あるいは!

 R2モードに入っているので、電子計器の指示やFCS(火器官制装置)のデータは使わない。

 頼(・)り(・)と(・)す(・)る(・)の(・)は(・)自(・)分(・)の(・)直(・)感(・)。

 ただそれだけ。

 耀腕が、『黒猫』機の残骸をぶら下げた『オフィーリア』機をつかもうとする動きを止め、『ポンポコ』の方に向かってくる。

 

 ――ハ!対耀腕・誘導弾かかえて、地獄に逆落としだよ!

 

 彼の脳裏(のうり)に、かつて授業で見た大昔のレシプロ式・急降下爆撃機の白黒映像が、この非常時にもかかわらずチラッとうかぶ。究極の“同一化”。景気づけにサイレンが無いのが残念なほど。あの当時はペラ(プロペラ)の回転で目標軸からズレてゆく誤差と地球の自転まで計算にいれたらしいが、今は展開した知覚を機体に還元さ(リダクション)せるのみ。

 

 研ぎ澄ませた認識力(つばさ)を、めいっぱい増幅しての特攻接近。

 ダイブ・ブレーキなどもちろん無い。チャフなども効かないだろう。

 イチかバチかの大勝負。

 

 投射地点で、イメージ的に彼は6発の対耀腕弾を“なげつけ”る。

 相手の反応が迅(はや)い。狙いを読まれたか。

 手首のあたりをギリギリかすめ――素早く待避機動。

 

《ポン吉、右だ!右へ回避!》

 

 視床下部のあたりに廉人(レント)中尉の叫びが響いた。

 と、背後から、まるで幽霊に追われるかのようなザワザワした感覚が背中を走り抜け、足首を冷たいものにつかまれる感触。

 

《『ポンポコ』、離脱なさい!『ポンポコ!』》

 

 空域が、異口同音(いくどうおん)の悲痛な“想い”で充たされる。

 彼の機体から延びる4枚半の翼のうち、一枚が、耀腕の痩せさらばえたような指に挟まっていた。

 動きが取れない。心象的には、足首に冷たいドロが絡(から)まったよう。

 酸欠した思考(あたま)で半ば気を喪(うしな)いながら、なんとかそれを引きはがそうと身の毛もよだついきおいで焦っていると、湖での無重力訓練中、湖底で自分の足を掴(つか)んできた腐乱死体の腕を思いだした。

 

 質感も、冷たさもそっくりに。

 

 声にならない悲鳴と共に、彼は、ネバついたそ(・)れ(・)を引きちぎる……。

 

         ――――――――――――――――――

 

 会議室の大型モニターが映像の再生を止め、待機画面の赤になった。

 居ならぶ宮廷武官や通常軍・高級将校の顔が、それと等しく赤く染まる。

 一見、鬼でも集合したような、もの凄い画面(えづら)だが、しかし表情は、一様(いちよう)に満足そうなものをたたえて。

 

 「なんと言ったかな?――そのぅ……コイツのW/N(ウィングネーム)は」

 「『ポンポコ』、であります。東宮代将殿(ブリガディエ)」

 

 耀腕による候補生虐殺シーンを見続けていたため、張りつめていた一座の空気。

 それがフッ、とゆるんだ。

 ひくくおさえた笑いさえ起こる。

 緋色(ひいろ)に金モールの宮廷勤務服をまとう初老の男も、ニヤけた笑いを浮かべつつ、

 

 「『ポンポコ』……ちがう、違うだろう。コイツは、そんなタマじゃあない」

 

 ふたたび映し出された画像が逆転され、目当てのところで、止まる。

 ミュートのまま、もういちど再生。

 

 界面翼の一枚を耀腕に捕まれた、いびつな翼を展開する“奉天”。

 その時だった。

 一瞬、機体が震えたかと見るや、自由な翼の一枚が、まるで巨大なナイフのように成長し、数百mはあろうかという黔(くろ)い耀腕を、瞬時にしてズタズタに切り刻む。白いほうが、ふたたび雲海を割って現れるが、この機体は間髪入れず、べつの翼の一枚を長槍(スピア)状に変化させ、ものすごい勢いで突き立てた。

 ふたたび一時停止(ポーズ)。

 たてに引き裂かれた耀腕。

 界面翼の創り出す事象面のヒビに引き裂かれつつ、止まる……。

 

 かすれた声が、あえぐように、

 

 「化け物ですね、この候補生は……まさしく我々が欲していた待望の逸材(いつざい)……」

 「本件に関しては、作戦に参加した候補生に、強制記憶補正処置を用いた箝口令(かんこうれい)をひいてあります」

 

 女性の宮廷少佐が直立不動のまま、キリリとした口調で端末片手に補足して、

 

 「同時に、関係部署には[特秘一種]の通達を完了済みであります」

 「当該(とうがい)候補生の機体に、工作のあとがあったと聞いておるが?」

 

 疑わしげな別の声に、この少佐はテキパキと、

 

 「硬翼が未収納のインシデントですが、問題の部位に指紋が検出されました。現在照合中であります」

 「サボタージュ、か……しかし、あんな二流校で?」

 「その二流校が、俄然(がぜん)、重要度を増してきたということだ。東西対校試演会が、楽しみですな。西の奴ばらに、泡を吹かせてやれますぞ?」

 

 まだだ――まだ。もっとシゴいてやらにゃ、と“東宮代将殿”はアゴ髭(ひげ)をいじる。

 

 「競ワセ、選別シ、廃棄スル。まだまだ手ぬるい。もっと食い合いをさせにゃならん。それも、極秘裏(ごくひり)に。而(しこう)して、我々は最終勝利をおさめるのだ」

 「ですが、そうなりますと、いまの情報秘匿(ひとく)体制に、問題があります」

 

 宮廷少佐は、“ここだ”とばかり予算の不足を匂わせて、

 

 「事実、この候補生の乗機を検証したところ、西ノ宮由来と推察されるウィルスが、同調システムに発見されました。リダクションの第二工程で発現するもので、自我の湮滅(いんめつ)を助長させるタイプです。この日、西側でも約一名。自我拡散症によると見られる殉職者を発生させています。安全管理、および監視体制を構築するには、資材も人員も――」

 「“足らぬ足らぬは工夫が足らぬ”だよキミ」

 

 間延びした別の声がピンボケな調子で、

 

 「西ノ宮(むこう)だって予算が潤沢(じゅんたく)なワケではあるまい」

 「しかしあちらサンは人体実験ができるからなぁ……候補生(こども)を使い捨てできるのは、強みだテ。監査もうるさくないと聞く」

 

 空幕長の徽章をつけた男が、うんざり半分、やっかみ半分のような声で。

 

 「然(しか)り。当方でそのようなコトをやろうものなら陛下の逆鱗(げきりん)にふれる……」

 

 ベストから金鎖を垂らす高価(たか)そうなスーツ姿の中年は、唇をゆがめた。

 

 「結局、ウチの切り札は、この『ポンポコ』だけか」

 「逆に言えば、強力な捨て札ともなりうるわけだ……譲歩を引き出すための」

 「うむ……それにしても、早急に、べつのW/N(ウィングネーム)をつけねば、東(ウチ)としても恰好がつかん――そうだろ少佐(キミ)」

 「は」

 「は。じゃないよキミぃ――何かないのかね、いいW/Nが……」

 

 映像ファイルが代わり、一機の練習機が、あやうげな調子で基本機動をする鮮明なシーンが映し出された。データの日付は、今の映像より、すこし前のものだ。

 技査フライトだろうか。監督機に見守られながら、規定の連続技(わざ)をこなそうと、汚らしい群青色の光をはなつ貧弱な4枚翼。候補生の認識力で創る空間のヒビが、負荷に耐えられず、苦しそうに“存在フラッター”をおこす。

 2回目のインメルマン・ターンでとうとう翼は破綻(はたん)し、制御不能のまま雲海に墜ちるかと思われたその時。機体は、しばし震えると、周囲の空間に、輝くばかりの劈開面(へきかいめん)を奔(はし)らせた。

金色(こんじき)の翼を拡げるようにも観えるその翼の数は、九枚。

 

 「何度見ても、スゴいなコイツは」

 「たしかに。あの『エースマン』が太鼓判を押すだけのコトはある」

 「死なせる覚悟で飛ばせて、はじめて実力を発揮するとは。因果(いんが)な候補生だ」

 「今回の作戦に、強制的に参加させて正解でしたね」

 「本人、知らんのだろう?」

 「両方のケースとも、自己喪失しているところを回収したからな」

 「自我安全弁が働いて、交戦時の記憶はあいまいだそうです」

 「今回使用した機体は、アレだな?噂(ウワサ)に聞く――“人喰(ひとく)い奉天(ほうてん)”」

 「あぁ。担当部署を怒鳴りつけ、倉庫の封印をといただけはある。官僚(クズ)どもが」

 「なんにせよ、耀腕を自分の認識力(つばさ)で“消滅”させるとはねぇ……」

 

 「――たしかに。『ポンポコ』、なんてトボけたものじゃ、ありませんわね」

 

 男たちの会話に混(ま)じり、中年女性のやわらかい声が、部屋をわたった。

 

 「――殿下!」

 

 ザッ、と一斉に椅子が引かれ、一同が起立する。

 一瞬で現出する将官制服や文官勤務服の林を縫(ぬ)って、ひとりの人物が、その歩みもゆるやかに、モニターへと近づいた。

 清楚にして優美。だがどこか威圧感のある、宮廷用・執務ドレスに装(よそ)われた姿。

 モニターの灯に浮かび上がる、品のいい、ぽっちゃりとした二重の頤(おとがい)。

 だがその双眸(そうぼう)は――あくまで冷ややかに。

 

 「この子はタヌキなんて惚(とぼ)けたものではなく……むしろキツネ。化け狐ですわ。そうじゃありませんこと?代将(ブリガディエ)」

 「御意(ぎょい)に、殿下」

 

 そうですね、とこの人物は幾拍か黙(もだ)した後、

 

 「どうでしょう、代将(ブリガディエ)。この子の新たな名前(W/N)は……」

 

         ――――――――――――――――――

「Q.B.――QB!」

 

 荘重(そうちょう)にうち鳴らされる弔鐘(ちょうしょう)の合間を縫って、背後で声がした。

 喪服代わりである第一種・礼装制服の首もと具合が、気になって仕方ない彼は、白手袋をはめた手で、勲章に隠れた黒ネクタイの結び目をソッとゆるめる。

 

 黒に銀の縁取り。剣吊りベルトと角の柄がついた短剣。半身が隠れる銀モールつきのマントに、乗馬用ズボン。それに、投げナイフを納めたシースが右に装備されたロングブーツ。とにかくこの礼服は仰々しい――なにより重い。

 

「QBったら!」

 

 “一級候補生”の肩章をのせた肩を、いきなり叩かれて、彼はふりむいた。

 『牛丼』と『山茶花(さざんか)』、それにもう一人、他クラスの女子が三人、ならんで立っていた。

 女子候補生一年の冬用礼服は、第一装制服の上に防寒対策の意味でボア付きのマントと毛皮の帽子。額には瑞雲の校章が銀色に輝いている。

 

 高等錬成校に入って初めての冬。

 女子の見なれぬ一装姿をまえにして、不覚にも彼は、内心ドギマギする。それを押し鎮(しず)めるため、わざとぶっきらぼうに、

 

「なんだよ、ギュードンか。よっす、サザンカ」

 

ヤッホ、とメガネの奥から『山茶花』の微笑が手をふった。

 

「なんだよじゃナイだろー。さっきから呼んでるのに」

「う……じゃぁ、ちゃんと発音しろよ。『Q.B.』じゃなくて――『九尾』だ!」

 

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