いまにも蒼空に消え入りそうな、かぼそい、透明な声。
そんな気配が、候補生たちのまわりを微風のように廻りめぐったかと思うや、『オフィーリア』機が、最終緊急用にプログラムされた救援待ちの周回機動を突然中止し――あたかも意志があるように――
それを追う――
だが居並ぶ者たちは、指をくわえてタダ観ているだけ……
そんな光景を前にしたとき、『ポンポコ』の中で
――くそっ!
四枚半のハンパな界面翼を意志の及ぶかぎり最大限に拡張!
自我境界リミッターをも外しての緊急戦闘加速。
後付けのシステムである「
情けない!
あまりに情けない!
なんで一方的にヤラれっぱなしなのサ!
こうなったら、ダメもとで――ボクが先輩たちを!
気のせいだろうか。
旧式であるはずの“
廉人中尉や編隊長の制止する意識波も、もはやどこか遠くに。
命令違反?
――フン!知るもんか。
この三本に見える耀腕群の本体は、知覚を変えれば根本を同じくする分岐した細い筋に過ぎないこと。その急所らしき根元に自機が抱える対耀腕弾を全弾たたき込めば――あるいは!
R2モードに入っているので、電子計器の指示や
ただそれだけ。
耀腕が、『黒猫』機の残骸をぶら下げた『オフィーリア』機をつかもうとする動きを止め、『ポンポコ』の方に向かってくる。
――ハ!対耀腕・誘導弾かかえて、地獄に逆落としだよ!
彼の
研ぎ澄ませた
ダイブ・ブレーキなどもちろん無い。チャフなども効かないだろう。
イチかバチかの大勝負。
投射地点で、イメージ的に彼は6発の対耀腕弾を“なげつけ”る。
相手の反応が
手首のあたりをギリギリかすめ――素早く待避機動。
《ポン吉、右だ!右へ回避!》
視床下部のあたりに
と、背後から、まるで幽霊に追われるかのようなザワザワした感覚が背中を走り抜け、足首を冷たいものにつかまれる感触。
《『ポンポコ』、離脱なさい!『ポンポコ!』》
空域が、
彼の機体から延びる4枚半の翼のうち、一枚が、耀腕の痩せさらばえたような指に挟まっていた。
動きが取れない。心象的には、足首に冷たいドロが
酸欠した
質感も、冷たさもそっくりに。
声にならない悲鳴と共に、彼は、ネバついた
――――――――――――――――――
会議室の大型モニターが映像の再生を止め、待機画面の赤になった。
居ならぶ宮廷武官や通常軍・高級将校の顔が、それと等しく赤く染まる。
一見、鬼でも集合したような、もの凄い
「なんと言ったかな?――そのぅ……コイツの
「『ポンポコ』、であります。東宮
耀腕による候補生虐殺シーンを見続けていたため、張りつめていた一座の空気。
それがフッ、とゆるんだ。
ひくくおさえた笑いさえ起こる。
「『ポンポコ』……ちがう、違うだろう。コイツは、そんなタマじゃあない」
ふたたび映し出された画像が逆転され、目当てのところで、止まる。
ミュートのまま、もういちど再生。
界面翼の一枚を耀腕に捕まれた、いびつな翼を展開する“奉天”。
その時だった。
一瞬、機体が震えたかと見るや、自由な翼の一枚が、まるで巨大なナイフのように成長し、数百mはあろうかという
ふたたび
たてに引き裂かれた耀腕。
界面翼の創り出す事象面のヒビに引き裂かれつつ、止まる……。
かすれた声が、あえぐように、
「化け物ですね、この候補生は……まさしく我々が欲していた待望の
「本件に関しては、作戦に参加した候補生に、強制記憶補正処置を用いた
女性の宮廷少佐が直立不動のまま、キリリとした口調で端末片手に補足して、
「同時に、関係部署には[特秘一種]の通達を完了済みであります」
「
疑わしげな別の声に、この少佐はテキパキと、
「硬翼が未収納のインシデントですが、問題の部位に指紋が検出されました。現在照合中であります」
「サボタージュ、か……しかし、あんな二流校で?」
「その二流校が、
まだだ――まだ。もっとシゴいてやらにゃ、と“東宮代将殿”はアゴ
「競ワセ、選別シ、廃棄スル。まだまだ手ぬるい。もっと食い合いをさせにゃならん。それも、
「ですが、そうなりますと、いまの情報
宮廷少佐は、“ここだ”とばかり予算の不足を匂わせて、
「事実、この候補生の乗機を検証したところ、西ノ宮由来と推察されるウィルスが、同調システムに発見されました。リダクションの第二工程で発現するもので、自我の
「“足らぬ足らぬは工夫が足らぬ”だよキミ」
間延びした別の声がピンボケな調子で、
「
「しかしあちらサンは人体実験ができるからなぁ……
空幕長の徽章をつけた男が、うんざり半分、やっかみ半分のような声で。
「
ベストから金鎖を垂らす
「結局、ウチの切り札は、この『ポンポコ』だけか」
「逆に言えば、強力な捨て札ともなりうるわけだ……譲歩を引き出すための」
「うむ……それにしても、早急に、べつの
「は」
「は。じゃないよキミぃ――何かないのかね、いいW/Nが……」
映像ファイルが代わり、一機の練習機が、あやうげな調子で基本機動をする鮮明なシーンが映し出された。データの日付は、今の映像より、すこし前のものだ。
技査フライトだろうか。監督機に見守られながら、規定の連続
2回目のインメルマン・ターンでとうとう翼は
「何度見ても、スゴいなコイツは」
「たしかに。あの『エースマン』が太鼓判を押すだけのコトはある」
「死なせる覚悟で飛ばせて、はじめて実力を発揮するとは。
「今回の作戦に、強制的に参加させて正解でしたね」
「本人、知らんのだろう?」
「両方のケースとも、自己喪失しているところを回収したからな」
「自我安全弁が働いて、交戦時の記憶はあいまいだそうです」
「今回使用した機体は、アレだな?
「あぁ。担当部署を怒鳴りつけ、倉庫の封印をといただけはある。
「なんにせよ、耀腕を自分の
「――たしかに。『ポンポコ』、なんてトボけたものじゃ、ありませんわね」
男たちの会話に
「――殿下!」
ザッ、と一斉に椅子が引かれ、一同が起立する。
一瞬で現出する将官制服や文官勤務服の林を
清楚にして優美。だがどこか威圧感のある、宮廷用・執務ドレスに
モニターの灯に浮かび上がる、品のいい、ぽっちゃりとした二重の
だがその
「この子はタヌキなんて
「
そうですね、とこの人物は幾拍か
「どうでしょう、
――――――――――――――――――
「Q.B.――QB!」
喪服代わりである第一種・礼装制服の首もと具合が、気になって仕方ない彼は、白手袋をはめた手で、勲章に隠れた黒ネクタイの結び目をソッとゆるめる。
黒に銀の縁取り。剣吊りベルトと角の柄がついた短剣。半身が隠れる銀モールつきのマントに、乗馬用ズボン。それに、投げナイフを納めたシースが右に装備されたロングブーツ。とにかくこの礼服は仰々しい――なにより重い。
「QBったら!」
“一級候補生”の肩章をのせた肩を、いきなり叩かれて、彼はふりむいた。
『牛丼』と『
女子候補生一年の冬用礼服は、第一装制服の上に防寒対策の意味でボア付きのマントと毛皮の帽子。額には瑞雲の校章が銀色に輝いている。
高等錬成校に入って初めての冬。
女子の見なれぬ一装姿をまえにして、不覚にも彼は、内心ドギマギする。それを押し
「なんだよ、ギュードンか。よっす、サザンカ」
ヤッホ、とメガネの奥から『山茶花』の微笑が手をふった。
「なんだよじゃナイだろー。さっきから呼んでるのに」
「う……じゃぁ、ちゃんと発音しろよ。『Q.B.』じゃなくて――『九尾』だ!」