※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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013:慰霊式のこと、ならびにサラ候補生再登場のこと

 W/N(ウィングネーム)を『ポンポコ』から変更するという通達が管轄の中央省からあったのは、つい数日前のことだった。

 

 ふつう二年生にもなれば、よほどのことが無いかぎり珍妙な名前は変えられて、他から呼ばれても恥ずかしくない物になるのだが、一年の内からというのは珍しい。おまけに身を挺(てい)して上級生を助けたとの理由で、日本国・航界殊勲章(しくんしょう)も授与される。もっとも救助した『黒猫』は、いまだICU(集中治療)ポッドに格納された状態で、候補生登録を抹消(まっしょう)されたとのウワサだが。

 

 新しいW/Nは、いまだに彼の中で慣れない。

 風のウワサで、自分の学校に『九尾(きゅうび)』とかいうスゴ腕がいると聞いたのは、もうずいぶん前のことになる。

 まさか、それが他ならぬ自分自身のことだったとは。

 

 一ヶ月前、耀腕と東西の候補生錬成校がくりひろげた三つ巴(どもえ)の戦い。

 この事件は、その時ちょっとしたニュースになった。

 

 原因究明と責任の追及。

 法的な処理と賠償問題。

 

 査問(さもん)委員会での泥仕合がマスコミと大衆を湧(わ)かせたが、いつの間にかすべてに結論を得ないまま、移り気な世間の興味もうすれ、責任を取って辞職した者や処罰を受けた者は報告されぬまま、なし崩しに沈静化する。

 

 季節は晩秋の終わりにうつりつつあった。

 

 ようやく東宮(とうぐう)、西ノ宮(にしのみや)、それぞれ宮殿広報担当の応酬(おうしゅう)がおさまった昨今、今日は“事故”で行方不明となった東宮候補生をとむらうための慰霊式が、ここ中央大聖堂で世間に示威(じい)の意味もこめて、盛大に執(と)り行われるのである。

 

 おりしも例年より早い寒波が、事象境界面を超えてやってきた。

 季節だけは、もとの世界が球体であった通りにすぎてゆく。

 渡り鳥でさえ、飛んでくる。

 しかし生身の人間は、事象境界面を超えられない――航界機なしでは。

 

 黒ずくめの喪服たちが、あちこちから中央聖堂のドームを目指し、宮殿前広場の石畳を歩いてゆく。その足音が一つにまとまってゴォッというような轟(ひび)きとなり、寒々とした光景に拍車をかけていた。今日、東の錬成校は喪に服すという意味で、一斉休校となっている。式典に参加する者は手当が出る段取りになっていた。そうした道行きの途中で『九尾』はクラスメイトに捕まったのである。

 

「イイよなぁ……ポン――『九尾(きゅうび)』は」

 

 式次第のパンフを丸め、『牛丼』が『九尾』の肩章を叩きながら、

 

「特進で、一級候補生サマかぁ」

 

 『山茶花』が、好奇心まんまんといった風に表情(かお)を輝かせ、

 

「ねェねェ!新しい寮の住み心地、どう?広いの?間取りは?」

「1LDK、っていうの?そんなに広くもないよ。でも部屋に風呂がついてる」

 

 おまけに拷問台(ごうもんだい)のようなトイレも、と加えたいところだが、こちらは恥ずかしくて絶対に言えない。いまこの時も自分の肛門(アヌス)と尿道(ユリスラ)をズップリと犯している“貞操帯”の事だけは、何としても知られてはならなかった。

 

 うそぉ。いいなぁ。の応酬のあと、もう一人の女子候補生が、こちらはすこし控えめに、

 

「新しいW/N、『九尾のキツネ』から採られてるんですって?なんで九尾なんです?」

「こっちもよく分からない。なんでも羽根の形が、すこし変化したらしくて」

 

 お稲荷(いなり)サンみたいに?と『山茶花』が、お下げを揺らして笑う。

 

「鳥居の形をしていたとか?」

「いくらなんでも九枚翼のハズねェよなぁ」

「いたら化け物よねぇ。あの『カズィクル・ベイ』でさえ、八枚翼ですもんねぇ」

 

 彼女は東の錬成校につたわる伝説の先輩候補生の名をあげた。

 『九尾』は、自分を救った西の候補生のことをチラッと頭にうかべる。

 

 サファイア色した、あの八枚翼……。

 悔(くや)しいぐらいにキレイだったな、とも。

 

「昇進祝いになんか奢れよ『Q.B.』。景気よくサ」

「アラ、いいわね。港湾区のインペリアル・スカイ・ラウンジで“お昼(ランチ)”なんていかが?」

 

それにつられたのか、他クラスの女子候補生が、

 

「これからワタシの彼も加えてダブルデートなんですけど……どうです?『九尾』さんも?」

 

 そして事情をしらぬ、屈託(くったく)のない笑みで。

 

「せっかくですから『九尾』さんの彼女もつれて、わたしたちとご一緒に」

 

 あとの二人は、あちゃァ……という微妙な顔。

 満身創痍(まんしんそうい)の彼は、かろうじて体勢を整えつつ、平静をよそおった顔で、

 

「なんで昇進した方が、オゴらにゃならんのかね。それに『Q.B.』じゃない『九尾』だ!」

 

 ヨぉ!『Q.B.!』と、そのとき遠くから声がかかった。

 

 四人は声の方を向く。

 次いで『山茶花』が、うわぁ……と声にならない吐息。

 

 SMの女王様が女性航界士用・冬季喪服(もふく)をデザインしたらこうなる、という見本のような装いの人物が、チャリチャリと金属音を立て、威風堂々(いふうどうどう)、近づいてきた。

 

 襟(えり)に、ヤマアラシのような密集針のボアが付いた、毛皮製の黒マント。

 その下は、胸が大きくダイヤに空いたタイトなアッパー。

 谷間も見せる、こころニクい演出――ついでに薄物越しに、胸のポッチリも。

 ピンク色のショーツが見えた!と錯覚するほどにギリギリなミニスカート。

 そこからのびる、網タイツに包まれたムッチリな太もも。

 しかし、それもすぐに膝上(ひざうえ)までの拍車(スパー)つき編み上げブーツに隠れてしまう。

 

 『山茶花』のかぶる物より上質と見える、濡れたような光りを奔(はし)らせた、東部ヨーロッパ事象面の山岳民族がかぶる様な背の高い黒の毛皮帽。そこには錬成校の紋章のほかに、対校戦・戦績優秀賞と空技廠・青銅十字章の徽章が輝き、とどめに大きな黒法皇鳥の羽根だ。

 

 アクセントとして首から垂らす、純白のマフラーの具合をなおしながら、

「なんだクラスメイトか?をォ!いっちょまえに“一級”の肩章ぶっ刺して!?」

 

 “あの日”のように、彼女は『九尾』の肩に腕をまわす。今日は2Stオイルの匂いにジャマされない分、マントに籠(こも)もる彼女のムレたような温かい躰香が、革の臭いとともに艶(なま)めかしく薫(かお)った。黒いふたつの隆起を背景にして、二重にさげた真珠(しんじゅ)の大玉ネックレスが、映(は)える。

 

「行こうゼ、式ィはじまッちまうよ――オマエらも遅れンなよ?」

 

三級候補生のヒヨコたちは気圧(けお)され気味のまま、ピョコピョコと頭を下げた。

 『九尾』は、そんな彼らに見せつけるよう、なるべく心やすい風を演じながら、

 

 「わかりました、サー『デザート・モルフォ』。候補生『九尾』、およばずながらエスコート致(いた)します」

 

 名高い武闘派上級生のW/Nを、いくぶん声高に口にする。

 空気を読んだのか、サラも媚態(しな)をつくり、こちらも三人に聞こえよがしに、

 

「もぅ『Q.B.』ったら、硬いンだからぁ!カタいのは“アソコ”だけで、イ、イ、の!」

 

 そういうや大きな胸を『九尾』の顔にムニムニと押し付け、

 

「サラ、って呼んでくんなきゃ――イ・ヤ・!」

 

 人さし指で、年下候補生の胸にの(・)の(・)字(・)を書く。

 

 自分の仕掛けた演出を、そのままダイレクトに返された『九尾』。

 ボッと顔が火照るような感覚で、うれし恥ずかしさに心中、天にものぼる勢い。

 そしてさらに柔らかい胸が押し当てられるという、大サービスの波状攻撃。

 あぁ、本当に彼女が居たらなぁ、と彼は心底思う。

 

 口をアングリあけたままの三人から遠ざかると、彼女はサバサバと口調をかえ、

 

「式ィ終わったら、龍(たつ)とメシぃ食い行くんだ。オマエもどうだ、『Q.B.』?」

 

 彼は首にまわされた腕から感じる体温を味わいながら、彼女がはめる黒い長手袋に光るドクロの指輪を眺めつつ、ちょっとふくれて、

 

 「それってデートじゃないんですか?ボクはジャマでしょ。それに『Q.B.』じゃない、『九尾』!」

 

 

 

 慰霊大聖堂の薄暗く広大な空間。

 見上げるほどに高い丸天井から、光が方形に何本も差し込んでいた。

 床には、10階ほどの高さからかろうじて見分けがつく文様や画が、真鍮と大理石タイルで描かれている――はずだが、今日は喪服姿の群衆が、その場所を占めていた。主廊だけではない、袖廊や翼廊、さらには廻廊の上に設けられた通路もいっぱいである。

 だが、立ち入り禁止となった100m以上の階は無人なので、ちょっと観には、この広大な大聖堂は、まだまだスカスカに見えた。

 

 ――ふえぇぇ……。

 

 他校の候補生が、このように一堂に集まるのを見るのは初めてな『九尾』には、それが精一杯の反応だった。しかも錬成校ごとに、デザインは千差万別。まるで喪服のデザイン・コンペとみまごうほどに。洋風もあれば和風もある。現代風にシックなスタイルから、はては法王の傭兵のような、時代がかったモノまで。

 オールド・ミスが校長の錬成校は、えてして礼装が仰々しいという話だった。

 そして――アヤしげなウワサも、チラホラと。

 

 大聖堂の中はスチームが効いて暑いくらいだ。

 なるほど、外で見たときは、サラがなぜマントの下を薄着にしているのか分からなかったが、いまにして彼は納得する。女子の上級生は重々しいマントを外しているので、下の衣装が丸分かりだった。彼女たちは黒を基調としたギリギリに派手な喪服をまとい、まるで己(おのれ)の存在を誇示するように。

 そこへ行くと、男子候補生は不利だ――デザインの関係上、胸元ひとつ緩める事が出来ない。高級将校めく生徒も、平安朝の武官をデザインした生徒も、西洋古典風の生徒も、男子候補生はみな顔を上気させ、ハンカチで汗をふいている。

 

(ほら――あんまキョロキョロしてンなよ?)

 

 ヒソヒソと、サラは彼に注意する。

 

(オマエは注目浴びてんだから)

(そんな。サー『モルフォ』が、そんなデーハーなカッコしてるからでしょ)

(失ッ礼な。あたしゃシックな方だろ。あれ見ろよホラ――貧相(ヒンソー)な横チチ出して)

 

 アゴで示されたほうをみると、なるほど。サラの格好を数倍濃くしたような女子候補生。サンバのカーニバルに飛び入り参加しても、おかしくない。

 

(ぅっわ。そもそも喪服ですよね?なんで上級生の女子は、みんな派手(ハデ)なんですか?)

(そりゃ、自分のW/Nを売るためサ)

 

 こともなげに彼女は、傍(かたわら)らを通りすぎる他校の男子候補生、その視線に会釈(えしゃく)を返しつつ、

 

(対校戦の前哨(ぜんしょう)。ここで相手にもプレッシャー与えとく、ってワケ。とくに今日はエラいさん達も来てる。自分を売り込んどいて、もし将来正規採用されなかったら、どっかの省にモグり込みたい、ッてな算段だ。女の“候補生くずれ”なんて引き取り手はあんまり無いし。一般企業の秘書や、手当をもらって“愛人(あいじん)”やってる先輩もいる。あぁ――愛人、ってのはダナ?いわゆる――)

(それくらい知ってマス!)

(マ、そういうこと。女で事象面間航行タンカー勤務なんて、なぁ?……チッ!ほら、シャンとしろ――来るぞ!)

 

 サラの気配が一変する。

 混雑のなか、彼方からどことなく“水っぽい”男子候補生たちを従えた女子候補生が、悠然(ゆうぜん)と近づいてきた。

 

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