ふつう二年生にもなれば、よほどのことが無いかぎり珍妙な名前は変えられて、他から呼ばれても恥ずかしくない物になるのだが、一年の内からというのは珍しい。おまけに身を
新しいW/Nは、いまだに彼の中で慣れない。
風のウワサで、自分の学校に『
まさか、それが他ならぬ自分自身のことだったとは。
一ヶ月前、耀腕と東西の候補生錬成校がくりひろげた三つ
この事件は、その時ちょっとしたニュースになった。
原因究明と責任の追及。
法的な処理と賠償問題。
季節は晩秋の終わりにうつりつつあった。
ようやく
おりしも例年より早い寒波が、事象境界面を超えてやってきた。
季節だけは、もとの世界が球体であった通りにすぎてゆく。
渡り鳥でさえ、飛んでくる。
しかし生身の人間は、事象境界面を超えられない――航界機なしでは。
黒ずくめの喪服たちが、あちこちから中央聖堂のドームを目指し、宮殿前広場の石畳を歩いてゆく。その足音が一つにまとまってゴォッというような
「イイよなぁ……ポン――『
式次第のパンフを丸め、『牛丼』が『九尾』の肩章を叩きながら、
「特進で、一級候補生サマかぁ」
『山茶花』が、好奇心まんまんといった風に
「ねェねェ!新しい寮の住み心地、どう?広いの?間取りは?」
「1LDK、っていうの?そんなに広くもないよ。でも部屋に風呂がついてる」
おまけに
うそぉ。いいなぁ。の応酬のあと、もう一人の女子候補生が、こちらはすこし控えめに、
「新しいW/N、『九尾のキツネ』から採られてるんですって?なんで九尾なんです?」
「こっちもよく分からない。なんでも羽根の形が、すこし変化したらしくて」
お
「鳥居の形をしていたとか?」
「いくらなんでも九枚翼のハズねェよなぁ」
「いたら化け物よねぇ。あの『カズィクル・ベイ』でさえ、八枚翼ですもんねぇ」
彼女は東の錬成校につたわる伝説の先輩候補生の名をあげた。
『九尾』は、自分を救った西の候補生のことをチラッと頭にうかべる。
サファイア色した、あの八枚翼……。
「昇進祝いになんか奢れよ『Q.B.』。景気よくサ」
「アラ、いいわね。港湾区のインペリアル・スカイ・ラウンジで“
それにつられたのか、他クラスの女子候補生が、
「これからワタシの彼も加えてダブルデートなんですけど……どうです?『九尾』さんも?」
そして事情をしらぬ、
「せっかくですから『九尾』さんの彼女もつれて、わたしたちとご一緒に」
あとの二人は、あちゃァ……という微妙な顔。
「なんで昇進した方が、オゴらにゃならんのかね。それに『Q.B.』じゃない『九尾』だ!」
ヨぉ!『Q.B.!』と、そのとき遠くから声がかかった。
四人は声の方を向く。
次いで『山茶花』が、うわぁ……と声にならない吐息。
SMの女王様が女性航界士用・冬季
その下は、胸が大きくダイヤに空いたタイトなアッパー。
谷間も見せる、こころニクい演出――ついでに薄物越しに、胸のポッチリも。
ピンク色のショーツが見えた!と錯覚するほどにギリギリなミニスカート。
そこからのびる、網タイツに包まれたムッチリな太もも。
しかし、それもすぐに
『山茶花』のかぶる物より上質と見える、濡れたような光りを
アクセントとして首から垂らす、純白のマフラーの具合をなおしながら、
「なんだクラスメイトか?をォ!いっちょまえに“一級”の肩章ぶっ刺して!?」
“あの日”のように、彼女は『九尾』の肩に腕をまわす。今日は2Stオイルの匂いにジャマされない分、マントに
「行こうゼ、式ィはじまッちまうよ――オマエらも遅れンなよ?」
三級候補生のヒヨコたちは
『九尾』は、そんな彼らに見せつけるよう、なるべく心やすい風を演じながら、
「わかりました、サー『デザート・モルフォ』。候補生『九尾』、およばずながらエスコート
名高い武闘派上級生のW/Nを、いくぶん声高に口にする。
空気を読んだのか、サラも
「もぅ『Q.B.』ったら、硬いンだからぁ!カタいのは“アソコ”だけで、イ、イ、の!」
そういうや大きな胸を『九尾』の顔にムニムニと押し付け、
「サラ、って呼んでくんなきゃ――イ・ヤ・!」
人さし指で、年下候補生の胸に
自分の仕掛けた演出を、そのままダイレクトに返された『九尾』。
ボッと顔が火照るような感覚で、うれし恥ずかしさに心中、天にものぼる勢い。
そしてさらに柔らかい胸が押し当てられるという、大サービスの波状攻撃。
あぁ、本当に彼女が居たらなぁ、と彼は心底思う。
口をアングリあけたままの三人から遠ざかると、彼女はサバサバと口調をかえ、
「式ィ終わったら、
彼は首にまわされた腕から感じる体温を味わいながら、彼女がはめる黒い長手袋に光るドクロの指輪を眺めつつ、ちょっとふくれて、
「それってデートじゃないんですか?ボクはジャマでしょ。それに『Q.B.』じゃない、『九尾』!」
慰霊大聖堂の薄暗く広大な空間。
見上げるほどに高い丸天井から、光が方形に何本も差し込んでいた。
床には、10階ほどの高さからかろうじて見分けがつく文様や画が、真鍮と大理石タイルで描かれている――はずだが、今日は喪服姿の群衆が、その場所を占めていた。主廊だけではない、袖廊や翼廊、さらには廻廊の上に設けられた通路もいっぱいである。
だが、立ち入り禁止となった100m以上の階は無人なので、ちょっと観には、この広大な大聖堂は、まだまだスカスカに見えた。
――ふえぇぇ……。
他校の候補生が、このように一堂に集まるのを見るのは初めてな『九尾』には、それが精一杯の反応だった。しかも錬成校ごとに、デザインは千差万別。まるで喪服のデザイン・コンペとみまごうほどに。洋風もあれば和風もある。現代風にシックなスタイルから、はては法王の傭兵のような、時代がかったモノまで。
オールド・ミスが校長の錬成校は、えてして礼装が仰々しいという話だった。
そして――アヤしげなウワサも、チラホラと。
大聖堂の中はスチームが効いて暑いくらいだ。
なるほど、外で見たときは、サラがなぜマントの下を薄着にしているのか分からなかったが、いまにして彼は納得する。女子の上級生は重々しいマントを外しているので、下の衣装が丸分かりだった。彼女たちは黒を基調としたギリギリに派手な喪服をまとい、まるで
そこへ行くと、男子候補生は不利だ――デザインの関係上、胸元ひとつ緩める事が出来ない。高級将校めく生徒も、平安朝の武官をデザインした生徒も、西洋古典風の生徒も、男子候補生はみな顔を上気させ、ハンカチで汗をふいている。
(ほら――あんまキョロキョロしてンなよ?)
ヒソヒソと、サラは彼に注意する。
(オマエは注目浴びてんだから)
(そんな。サー『モルフォ』が、そんなデーハーなカッコしてるからでしょ)
(失ッ礼な。あたしゃシックな方だろ。あれ見ろよホラ――
アゴで示されたほうをみると、なるほど。サラの格好を数倍濃くしたような女子候補生。サンバのカーニバルに飛び入り参加しても、おかしくない。
(ぅっわ。そもそも喪服ですよね?なんで上級生の女子は、みんな
(そりゃ、自分のW/Nを売るためサ)
こともなげに彼女は、
(対校戦の
(それくらい知ってマス!)
(マ、そういうこと。女で事象面間航行タンカー勤務なんて、なぁ?……チッ!ほら、シャンとしろ――来るぞ!)
サラの気配が一変する。
混雑のなか、彼方からどことなく“水っぽい”男子候補生たちを従えた女子候補生が、