※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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014:他校候補生のこと、ならびに宮殿“三王女”のこと

 喪服(もふく)に引き立てられた抜けるような肌の白さ。

 ラピス・ラズリな冷たい瞳(ひとみ)。まるで人を射るような眼差しで。

 そして――皮肉そうな微笑を浮かべた、冷徹(れいてつ)を印象させる薄い口もと。

 

 ほんのすこし『オフィーリア』を連想するが、雲間(うんかん)に散ったあの女子候補生の清楚さも可憐さも、そして儚(はかな)げな雰囲気もまとってはいない。ただ肉食獣めいた、あてのない不満と物欲と、そしてなにより冷たいカミソリのような気配を周囲に放射しているだけだった。

 

 一団は二人の前で足を留めた。

 そして取り巻きを背後に、彼女は一歩進みでて軽やかに一揖(いちゆう)すると、

 

「これは、これは。『デザート・モルフォ』どの。こたびはとんだ事になりまして。わが錬成校を代表し、お悔やみ申し上げます」

 

 たいした迫力だ、と『九尾』は心中舌を巻く。

 

 大柄で滅殺の気満々なサラを相手に、身長160cmそこそこと見えるこの肉食獣はビクともしない。対して“デザート・モルフォどの”も隠しきれない殺気をおさえつつ、見なれない慇懃(いんぎん)な態度で、つつましく応戦する。

 

「ご挨拶、大変恐縮です『クラスナヤ・ズヴェズダ』どの。散華(さんげ)した者たちも御来臨を賜り、泉下(せんか)でさぞや光栄に思うことでしょう」

 

 それを聞いた彼女は、取りまきに有るか無きかの流し目をくれたあと、口調をいくぶん冷ややかなモノに転じ、

 

「とは言っても。まぁ此度(こたび)の作戦は、そもそも無理があったともっぱらの評判ですが。貴女(アナタ)という逸材が居ながら具申できなかったのが少々不思議でしたよ。なおかつ参加もしていないとは。あたら華(はな)の命が――無為(むい)に費やされて」

「まこと、耳朶(じだ)に痛きお言葉でございます、サー『ズヴェズダ』」

 

 相手の気配を、サラはやんわりと受け流しつつ、

 

「とはいえ、小(・)翼(・)のような末端には、うかがい知れぬ駆け引きが、いろいろとあるようで――」

「貴女の所のように、小まわりの効く“小ッぽけな”修錬校ですと……」

 

 目の前の『ズヴェズダ』は、サラの言葉などまるで聞こえないように、

 

「いろいろと他愛(たあい)もない冒険もできて楽しそうですけどねぇ。当方のような政府直轄(ちょっかつ)、精鋭ぞろいのマンモス校にもなると……これがなかなか」

「お言葉の……とおりにございます……サー」

 

 軽く頭をさげたサラのこめかみが、このときピクピクと動く。

 

「貴女には、まだ紹介してなかったですわね?」

 

 そういうと彼女は、まわりの取りまきを次々に紹介する。

 そのうち一、二名のW/Nに『九尾』は聞きおぼえがあった。

 全国の対校戦・上位入賞発表のニュースで、わりと耳にする名前だ。

 

 いずれも洒落(シャレ)めかし、さまざまな光りモノを身につけた“チャラ系”候補生たち。パッと見、ホストだと紹介されても分からなかったろう。一団のなかでも『九尾』と同学年と見える一人の年少候補生は、オー・ド・トワレの臭いを振りまきつつ、彼にあからさまな侮蔑(ぶべつ)と挑発(ちょうはつ)の表情(かお)をかくさない。

 

「で――そちらは?紹介しては、くださいませんの?貴女のカワイイ仔(コ)を」

 

 粘着質な声で“カワイイ子”といわれてムカッとくるが、先輩に恥をかかせるわけにはいかない。

 『九尾』はサラが反応するより早く、幼年校時代、半睡(ねむ)りで聞いていた礼法授業の知識を、記憶野に活を入れ、ミリセコンドで思い出す。

 悠揚(ゆうよう)せまらず彼は前に進み出ると、白手袋を填めた右手の中指と薬指を礼服の胸の合間に差し込み、左手は背に、そして左足(さそく)をひいて軽(かろ)く身をかがめ、

 

「尊敬すべきサー『クラスナヤ・ズヴェズダ』に拝謁(はいえつ)の機会を賜(たまわ)り、光栄至極(こうえいしごく)に存(ぞん)じます。小翼(しょうよく)は名乗るほどの者ではございませぬが、『九尾』、と御心にお留め置き下れば、これに勝る幸せは……」

 

 『九尾』!と取りまきの間に動揺(どうよう)が奔(はし)った。

 

 (あの“耀腕扼殺者(やくさつしゃ)”の!?)

 (“蒼(あお)の殺し屋”とか言われてるヤツ!?)

 (ちがう、“白の槍騎兵(ランシエ ブラン)”だ!)

 (酒場に入り浸って、地元のヤクザ半殺しにしたって聞いたぞ……)

 (マジで?コイツが!)

 (こぇぇぇぇ!)

 

 すこしのあいだ、集団をふくむ周りがザワつく。

 そのとき、式典の始まりを告げる鐘が、頭上陰々(ずじょういんいん)と鳴り響いた。

 

「ではサー『ズヴェズダ』……わたくしどもは――これにて」

 

 あっけにとられる一団をよそに、サラは『九尾』をうながし、揚々(ようよう)とその場を去った。

 修錬校ごとに指定された座席のエリアに向かう最中、とうとう彼女は笑みくずれ、

 

「ニャッハぁー、気持ちよかったァ!アンタのおかげで、あの『ズベ公』のブタに一泡フかせたわ。ザマミロっての!クソが」

 

 破顔一笑、せっかくキメた『九尾』の髪を、ワシワシとなでる。

 

「ちょっとモー、やめてくださいよぉ!……でも、サー『ズヴェズダ』って、全国大会でいつも上位にいる人ですよね」

 

 ふくれ顔で髪型をなおす『九尾』にサラは、

 

「サーなんてつけなくていーの。自分の家柄と、金と、コネと、容姿だけを鼻にかけてるクソ女なんだから」

「……それって最強の配牌じゃないですか」

「だ~か~ら~、このアタシが仕方なくペコペコしてンじゃないのさ。アイツにたてつくと、ウチのガッコの予算すら、キビしくなるかもしれないからネェ」

「へぇ……そんなに」

「それにアイツとはこの前、秋の大戦技会で因縁があってね。借りを返してやる……」

「今年のは中止になりましたよね」

「かわりの全国大会が年明けにひらかれる、ってウワサさ。そンときにな。来年の春は、例年どおりなら“事象震”が発生するハズ。そのマエに決着つけるつもり」

「……コワいですね」

「あぁ。女(・)の(・)執(・)念(・)ナ(・)メ(・)る(・)と(・)、(・)イ(・)タ(・)い(・)目(・)あ(・)う(・)よ(・)?よく覚えときな」

 

 若干ザワつき始めた周囲。視線。

 携帯カメラの気配と共に『九尾』という言葉がチラホラと。

 

「でも、なんでみんなボクの名前知ってるんだろ」

「あぁ、『九尾』っていうオマエのW/Nな?ずいぶん前に決まったらしい。でも保安上の理由から表に出せなかったらしいぜ。それがなぜ知れわたったかというと……」

 

 サラは、すれちがう知りあいに会釈をかえしながら、

 

「アタシぁ見たことないが、当時の空撮映像が、ウィルスがらみで流出したんだとサ。他校じゃ、もうオマエのW/Nにつけられた二つ名だけひとり歩きして、けっこう有名らしい。“孤高の翼”“白雲の乙仲(おつなか)”“事象の求道者”その他、もろもろとナ……うちのガッコ、来年は予算獲得のチャンスかも、な。もちろん卒業生のアタシも、航界大学でハナ高々ってワケ」

 

 満足げなサラは、艶めかしい腕を彼の汗ばんだ首にまたもやまわして、あたかも周囲に誇示するように通路を歩いてゆく。

 スーハーと鼻で深呼吸する『九尾』。

 ズボンの下も、けしからぬことにチョットふくらんで。

 

「気ィつけろよ『九尾』。有名になった候補生は、ほかの“二つ名”共(ども)から因縁(インネン)つけられる場合もあるからな……どした?鼻息あらくして。暑いか?」

「い、いえ!とんでもない!」

 

 しばらく行くと、すこし高くなった階段部分に見なれない女官服を着た人物が、まるで喧噪(けんそう)を避けるように独り佇(たたず)み、こちらを凝(ジ)っと見ているのに気がついた。

 

 徽章(きしょう)輝く略帽の下で、キッチリ撫でつけられた金髪。

 黒いドレスに印象的な、白い襟元。そこに輝く何かの十字章。

 胴をしぼったシルエットの上半分は女官風の装い。しかし下は、『九尾』と同じく乗馬用のズボンに磨きたてた長靴(ちょうか)だった。シルクらしい光沢の黒い膨らみ袖に、小さく階級章が輝く……。

 

 『九尾』の視線を追ったサラが、

 

「へぇ、珍しいな。王室付き秘書官だ。階級は、と。宮廷中尉!?……平軍での上級少佐、ってトコだなァ。歳(トシ)ぁオマエと同じくらい?マ、どうせ華族がコネで入れたんだろ。あの歳で佐官級は、ネェわ。アタシらなんかさんざ修羅場くぐって、せいぜい“上航卒”スタートだもんなぁ」

 

 しばらく混みあう通路を歩いてから、彼女は『九尾』の首にまわした腕をとくと、喪主校指定の上級生用座席エリアに去ってゆく。とおい人混みのなかにエースマンの愛用する騎兵帽もチラっと見えたような気が。

 

 中央の壇上に副祠祭(しさい)が座を占めるころ、万人単位が集う堂内のざわめきは、ゆっくりとおさまってゆき、やがて大鐘楼の本鐘が鳴らされるころには、コンサートの合間のような咳(しわぶき)が二,三度きこえるだけとなる。 

 

 鳴らされるオルガン・レクイエム。

 儀典長の宣言と、従者隊が鳴らす鉦鼓(しょうこ)。

 祭壇の袖から皇族と、総理大臣。そして外象民の長である王族が姿をみせた。

 

 第一、第二――そして第三王女。

 

 喪の象徴であるマスクに半顔を隠し、長い裳裾(もすそ)の黒ドレスに身をつつんで、『九尾』たちが見守るなか、画に描いたような優雅さで順次着座する。

 中央に位置を占めるのは、女系王族であるこの王室の第一王女だ。

 “薔薇(バラ)の王女”と言われる彼女は、現在の女王が高齢で公式の行事に参加できない今、実質の統領(コンスル)であり『大破断』によって日本に漂着した避難民を統べるトップでもある。

 右隣に座る“蘭(ラン)の王女”と呼ばれる第二王女は、外務一般を担当していた。

 

 そして――左隣に座る、燃えるような赤毛を、黒リボンで結い上げた第三王女。

 “百合(ユリ)の王女”とよばれる彼女こそ、探査院のトップであり、すなわちすべての航界士の長である。もっとも性格の激しさから“鬼百合”と呼ばれ、王宮内では敬遠されて、職務も実際には第二王女が兼務しているというウワサだったが。

 

 ――あ。

 

 着座せる王女たちの、それぞれ背後には、小姓だろうか。薙刀(なぎなた)を傍(かたわら)らに立て、片ひざをつく者と、権威の象徴である指揮杖を、凛として保持し、佇立する者。

 その指揮棒を馬手(めて)にする者のうち、第三王女の背後にひかえる女官に、さきほど『九尾』たちを見下ろしてきた宮廷中尉らしき者がいた。

 ヴェネチアン・マスクをかけてはいるものの、周囲の小姓たちを圧し、“凄絶なる美”とも言うべき気配を、風貌、儀容ともあいまった形で周囲に発散している。

 

 弔鐘(ちょうしょう)が陰々と鳴り、砲車に乗せられて会場に入ってくる棺(ひつぎ)が5つ。

 耀腕の奇襲を受けたVTOL2番機の乗員4名、そして『オフィーリア』の分。

 座していた者は全員起立して遺体を迎える。だがこのうちの4つは空だ。雲海に墜ちた者を捜索するすべはない。残る一つ、『オフィーリア』の棺も、遺体はとうに火葬済みで骨壺が入っているだけと聞いている。遺体の状態は、ひどいものだったらしい。回収を手伝った医療班のうち二名が当日に配置転換を希望し、のこりの要員も長いあいだ、鎮静剤の助けをかりたと、これは『牛丼』の受けうりだ。

 

 あの美しかった顔が、耀腕の力で見るまに無惨な面に変形させられていったイメージ。

 

 ――実際の死体も、あんなふうだったのかな、

 

 と『九尾』は凝(ジッ)と考える……。

 

 侍童たちが捧げる大燭台(おおしょくだい)の列。

 年老いた司教の振る香壺と、読経。若い司祭たちの交唱。

 長い儀式と歴々のスピーチ。

 座っている者の頭が居眠りでフラフラ揺れるころ、ようやく慰霊式は終わった。

 

 百人規模の外象人による聖歌隊が、十二音階にしばられない不思議な詠唱(えいしょう)を行うなか、粛然と鐘は打ち鳴らされ、棺を載せた砲車の列は、ならびゆく参会者が思い思いに撒く花弁が折りなす永訣(えいけつ)の細雪(ささめゆき)のあいだを、ふたたび大聖堂からしずしずと出てゆく。

 

 内閣の要職と皇族、王族。それに来賓(らいひん)たちが退席し、あとは自由散会となった。

 開け放たれた大聖堂の大扉から冷たい外気が、ヒタヒタとまぎれこみ、儀式に使われた大蝋燭の列をゆらして、蒸された人々の顔をホッとさせる。

 

 『九尾』が先に聖堂の入り口で出会った三人組が、男子候補生をひとり増やして近づいてきた。

 

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