――うわ!
いきなりの暗転。
『九尾』は身体を堅くして、辺りの気配をうかがう。
うっかりすると平衡感覚もなくしそうな、濃密な闇の中の、息苦しい数拍。
残像のせいか、それでもガイコツは残ったまま。
――この!
長靴の足をさらに振り上げようとした、その時。
ふたたび同じ音。
瞬間、礼拝堂は光の
背後なる
闇に慣れた眼には、まだらに焼かれた深みある蒼片すら、
さらに同じ音が続き、そのたびに冥く塗りこめられていた高い壁面が、さまざまな輝色で
事象面を渡るものが、
それが
彼が場内の変化に息を呑むこと、やや久しく。やがて、とおくから硬質な靴音の反響が、ゆっくりと近づいてきた。
斜めに降り注ぐ“光の
そこにブーツを履く人影があらわれると、次第に姿を
黒い膨らみ袖には、宮廷中尉の階級章。
そして
相手は近づくにつれ、ステンドグラスの様々な色に染められて、表情がなんとなく読みづらい。 略帽の都合上、うしろになでつけた髪のせいでオデコにみえるその下の
「こんにちは?」
声の調子は、どうやら面白がっている
「……どうも」
倒れた椅子のかたわらで、『九尾』は不器用に一礼する。
とたん、相手は不機嫌さを声に
「ナニよ、
ちょっとガッカリ、とこの宮廷女官は非難するように胸をそらせ、バックルが光る腰の
近くで見ても、やっぱり自分と歳がそんなに違わないや、と再確認。
整った
いたずらっぽそうな
画硝子でまだらに染め上げられているとはいえ、勤務服の仕立ても恐ろしくイイのが分かった。白い
気をつけろ、と彼は本能的に
「んで?こんな
「辛気くさい?あ、いえ宮廷中尉どの!申しわけありません。この礼拝堂の扉が開いたので――つい入ってみた次第で」
「礼拝堂?」
すこし意外な顔をした彼女は、つぎに何やら皮肉な笑みを浮かべ、
「そうねぇ。まぁ、礼拝堂とも言えるわね――いらっしゃい」
彼女は
えらく
明かりをつけるわよ?とスイッチをひねる音。
「ぅわ!」
一面に奥へと続くワインセラーのような、レンガ造りの人工
違うのはワインの代わりに人間の頭蓋骨が整然と並べられていることだ。天井は大腿骨と背骨を使って綺麗に文様が描かれ、それらが工事用の強力な電球に照らされて強烈な
どう?と彼女が、声もない『九尾』を横目に、勝ち誇ったような勢いを響かせ、
「ここは礼拝堂なんかじゃない。
「どれぐらいの……人数分があるんです?」
「さぁ?わたしも興味ないから知らない。外象人が
ふぇぇ、と彼は
なにやら身体が冷えてくるようでもある。
病院からの帰りに見た、あの気味悪い爺さんの記憶。
雲海で見た
そして、先ほど“光の炎”にかき消された影絵。
暗喩にしては、
ふと、どこかでカラカラ、と乾いた音が鳴った。
「……なに?」
「さぁ。ネズミでも……いるのかな?」
何気なくつぶやいた『九尾』に、エッと彼女は音の方を見てしばらく沈黙。
やがて声を奮い立たせ、彼をせきたてて、
「さ、こんな陰気なトコはもうたくさん!出るわよ」
『九尾』の喪服を引っぱると、もとの場所にもどり、重い扉を
「うっわ。ひょっとしてオート・ロック、とか?」
「えぇっ?知らないわよそんなの!」
「そんな。宮廷中尉どのは、秘書官でしょ?ここのしくみに詳しいのでは?」
早くも危うい雲行きに『九尾』は、ちょっと待ってよという声で。
対して彼女も、だから何よと
「わたしは“宮殿付き”よ?“神殿付き”じゃないわ。神職に女は成れないもの」
へぇ、そんなもんですかネと彼が言おうとしたとき、人工洞窟を照らす明かりが、一斉にフッと消えた。
鼻をつままれても分からぬ闇。
カラカラと、どこかでまた乾いた音が、つづけて。
ヒッ!と息を呑む気配。 柔らかいモノが、しがみついてくる。
しかし、どうしたことか、サラ――『デザート・モルフォ』と一緒にいたときのような、胸の高まり、幸福感、切なさといったものが、いっさい感じられない。つまりワクワク感が全くないのだ。あるのは緊張感。そして何より警戒感。
なぜだろう、と覚めた視点で『九尾』は自己分析をおこなう。
相手の家柄を、気に掛けているのだろうか。
または自分の性癖、あるいは属性に合わないとでも……。
と――気のせいだろうか。
彼は、どこからか自分たちを
けっして好意的ではない、その眼差し。
非難するような――