※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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016:光の驟雨(しゅうう)のこと、ならびに闇奥からの眼差しのこと

 ――うわ!

 

 いきなりの暗転。

 『九尾』は身体を堅くして、辺りの気配をうかがう。

 うっかりすると平衡感覚もなくしそうな、濃密な闇の中の、息苦しい数拍。

 

 残像のせいか、それでもガイコツは残ったまま。

 網膜(もうまく)の奥にゆらぎ、どこか嘲笑(あざわら)う風。

 

 ――この!

 

 長靴の足をさらに振り上げようとした、その時。

 ふたたび同じ音。

 

 瞬間、礼拝堂は光の極彩色(ごくさいしょく)に充(み)たされた。

 

 背後なる薔薇窓(ばらまど)の鎧戸(よろいど)が闡(ひら)かれ、大理石(なめいし)の床に絢爛(けんらん)たる文様(もんよう)が投射される。

 闇に慣れた眼には、まだらに焼かれた深みある蒼片すら、眩(まばゆ)い。

 さらに同じ音が続き、そのたびに冥く塗りこめられていた高い壁面が、さまざまな輝色で填(み)たされ、『九尾』を瞠目(どうもく)させる。

 

 画硝子(えガラス)のモチーフは、表の柵にあった鍛鉄細工とおなじものだ。

 事象面を渡るものが、艱難(かんなん)をへて、ついに約束の地に至るの図。

 それがアルカイック(古 拙)な風味も効果に加え、圧倒的な迫力で迫(せま)ってくる。

 

 彼が場内の変化に息を呑むこと、やや久しく。やがて、とおくから硬質な靴音の反響が、ゆっくりと近づいてきた。

 

 斜めに降り注ぐ“光の驟雨(しゅうう)”の彼方(かなた)。

 そこにブーツを履く人影があらわれると、次第に姿を明瞭(はっきり)とさせる。

 黒い膨らみ袖には、宮廷中尉の階級章。

 そして腿(もも)の広がった乗馬用ズボン。

 相手は近づくにつれ、ステンドグラスの様々な色に染められて、表情がなんとなく読みづらい。 略帽の都合上、うしろになでつけた髪のせいでオデコにみえるその下の柳眉(りゅうび)と、勝ち気な瞳がようやく判然る距離になってからようやく、

 

「こんにちは?」

 

 声の調子は、どうやら面白がっている節(ふし)がうかがえた。

 

「……どうも」

 

 倒れた椅子のかたわらで、『九尾』は不器用に一礼する。

 とたん、相手は不機嫌さを声に載(の)せ、

 

「ナニよ、覇気(はき)ないわね。それが“耀腕殺(ようえんごろ)し”の応対なの?」

 

 ちょっとガッカリ、とこの宮廷女官は非難するように胸をそらせ、バックルが光る腰の帯革(たいかく)に手をやる。そこには刃渡りの長い儀典用短剣らしきものを太めの銀鎖で下げているのが窺(うかが)えた。

 

 近くで見ても、やっぱり自分と歳がそんなに違わないや、と再確認。

 整った面差(おもざ)し。

 いたずらっぽそうな眼差(まなざ)し。

 磊落(らいらく)な言葉を弄(もてあそ)ぶものの、身体から発する品格は隠しようも無い。

 画硝子でまだらに染め上げられているとはいえ、勤務服の仕立ても恐ろしくイイのが分かった。白い襟元(えりもと)に輝いていたのは、なんと。ダイヤモンド剣付き・航界士十字章だ。はじめて実物をみた。なるほど彼女は華族の、それもずいぶん位が上の家門だ。しかも自分のことを少なからず知っているらしい。

 

 気をつけろ、と彼は本能的に自戒(じかい)する。

 

「んで?こんな辛気(シンキ)くさいトコに、なんの御用かしら」

「辛気くさい?あ、いえ宮廷中尉どの!申しわけありません。この礼拝堂の扉が開いたので――つい入ってみた次第で」

「礼拝堂?」

 

 すこし意外な顔をした彼女は、つぎに何やら皮肉な笑みを浮かべ、

 

「そうねぇ。まぁ、礼拝堂とも言えるわね――いらっしゃい」

 

 彼女は踵(かかと)に打った金具の音を、静謐な極彩色の空間に遠慮なく響かせ、礼拝堂の奥、光のとどかぬ場所の床面にポッカリと設けられていた地下に通じる階段に誘う。降りきった場所に設けられた重そうな扉を、彼女に続いて入ってみると、なんとなく乾いたような甘いような、埃(ホコリ)っぽい独特の臭気が、闇の冷たさと共に吹き上げてきた。

 えらく重厚(じゅうこう)な、動作の渋い扉が背後で閉まって、また真っ暗。

 

 明かりをつけるわよ?とスイッチをひねる音。

 

「ぅわ!」

 

 一面に奥へと続くワインセラーのような、レンガ造りの人工洞窟(どうくつ)。

 違うのはワインの代わりに人間の頭蓋骨が整然と並べられていることだ。天井は大腿骨と背骨を使って綺麗に文様が描かれ、それらが工事用の強力な電球に照らされて強烈な陰影(いんえい)を形づくり、グロテスクではあるが、バロック的な空間を演出している。

 

 どう?と彼女が、声もない『九尾』を横目に、勝ち誇ったような勢いを響かせ、

 

「ここは礼拝堂なんかじゃない。外象人(がいしょうじん)の納骨堂(のうこつどう)なのよ。ここにならぶのは、みんなご先祖様ってワケ。地球の事象面にも、似たような宗教はあるはずよ?カプチン会派とか。珍しくもないでしょ?」

 

「どれぐらいの……人数分があるんです?」

「さぁ?わたしも興味ないから知らない。外象人が営(いとな)む王室の有史以前からじゃないかしら。もちろん外象人の遺骨ばかりじゃないけどね」

 ふぇぇ、と彼は唸(うな)った。

 なにやら身体が冷えてくるようでもある。

 

 病院からの帰りに見た、あの気味悪い爺さんの記憶。

 雲海で見た頭蓋骨(フロイト)の心象。

 そして、先ほど“光の炎”にかき消された影絵。

 暗喩にしては、連(つら)なりがイヤらしい。やはり何かの……。

 

 ふと、どこかでカラカラ、と乾いた音が鳴った。

 傍(かたわ)らで、宮廷中尉が体を固くするのがわかる。

 

「……なに?」

「さぁ。ネズミでも……いるのかな?」

 

 何気なくつぶやいた『九尾』に、エッと彼女は音の方を見てしばらく沈黙。

 やがて声を奮い立たせ、彼をせきたてて、

 

「さ、こんな陰気なトコはもうたくさん!出るわよ」

 

 『九尾』の喪服を引っぱると、もとの場所にもどり、重い扉を懸命(けんめい)にあけようとする。どれ、と彼が代わってみるものの、緑青(ろくしょう)のういた頑丈(がんじょう)そうな真鍮(しんちゅう)の取っ手はビクとも動く気配がない。

 

「うっわ。ひょっとしてオート・ロック、とか?」

「えぇっ?知らないわよそんなの!」

「そんな。宮廷中尉どのは、秘書官でしょ?ここのしくみに詳しいのでは?」

 

 早くも危うい雲行きに『九尾』は、ちょっと待ってよという声で。

 対して彼女も、だから何よと尊大(そんだい)に、

 

「わたしは“宮殿付き”よ?“神殿付き”じゃないわ。神職に女は成れないもの」

 

 へぇ、そんなもんですかネと彼が言おうとしたとき、人工洞窟を照らす明かりが、一斉にフッと消えた。

 鼻をつままれても分からぬ闇。

 カラカラと、どこかでまた乾いた音が、つづけて。

 ヒッ!と息を呑む気配。 柔らかいモノが、しがみついてくる。

 しかし、どうしたことか、サラ――『デザート・モルフォ』と一緒にいたときのような、胸の高まり、幸福感、切なさといったものが、いっさい感じられない。つまりワクワク感が全くないのだ。あるのは緊張感。そして何より警戒感。

 

 なぜだろう、と覚めた視点で『九尾』は自己分析をおこなう。

 相手の家柄を、気に掛けているのだろうか。

 または自分の性癖、あるいは属性に合わないとでも……。

 

 と――気のせいだろうか。

 

 彼は、どこからか自分たちを窺(うかが)う視線を感じる。

 けっして好意的ではない、その眼差し。

 非難するような――糾弾(きゅうだん)するような……。

 

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