――なんだ……?
携帯を出し、フラッシュ・ライトを起動するが、うっかり充電不足だったためバッテリー節約モードになってしまい、光量不足でとても遠くまで骸骨の洞窟は見渡せない。かえってホラー映画的な演出風味となっただけとなってしまう。
余計なことに、リニア・トラムで見た老人の印象もヒタヒタと脳裏に
しかし今は
なるべく声を
「あー。節電モード?になってるんですね。最近は、電力事情キビしいから……」
闇のなかで、『九尾』はつとめて余裕のあるふりで話しかけた。
やがて、壁にあるスイッチを見つけ、ラッキーとばかりプラスチックも黄ばんだ年代物のそれを、再度パチパチと動かすが――
「ありゃ……ネズミが電線かじったかな?」
ひぃぃぃぃっ!と声にならない悲鳴。
しがみつく腕の力が増した。それとともに漂う、柑橘系の香水。
「大丈夫ですよ、携帯とか無いんですか?連絡して、扉を開けてもらえれば」
おびえた宮廷中尉の顔が、すがるように彼を見あげた。
「神官部の大代表なんて知らないわよ……それに」
「……それに?」
「携帯、おいてきたの」
「なんでまた。ってか――うわッ!」
「なに?どうしたの!」
「ぼくの、いえ小官の携帯も圏外に。その扉、たぶん電磁波を
「どうするのよ!なんとかしなさいよ!」
「いや……何とかと言われましても……」
洞窟の構成は、迷路のようになっていた。
いくつもの分岐、また分岐。
携帯のライトで局所的に照らされる骸骨の群れは、先ほどまでとはちがって
「ねぇ……本当にこの
心細げな彼女の声に小官の感覚では、と『九尾』はなるだけ儀礼的な雰囲気と平常心をくずさないよう注意しながら、
「この直上が、ちょうど大聖堂のエントランスのはずです。ほら。
「……よく分かるわね」
「方向感覚と距離感覚は、幼年校のころから叩き込まれました」
「小学生のころから……そのころから飛んでたの?」
「ややもするとフット・ペダルに足届きませんでしたよ」
“恐怖”とは認めたくないものを振り
「あのころが一番よかったなぁ。つぎの中等修錬校では、格闘戦、おぼえるのにロケット・モーター装備の機体になったけど、好きじゃなかった。事故をおこしてリタイヤする仲間も出たし――いや、失礼。私情です」
「いまはどう?航界士の本科候補生になって、嬉しい?」
彼の頭に、なぜか龍ノ口とサラの会話が、ある程度の苦さと共によみがえる。
沈黙。
しかし、この微妙な間が、なぜか彼女の微笑を呼んだ。
かかえこむ『九尾』の腕に、さらにやわらかく力をこめ、
「ねぇ。候補生、ヤめたいと迷ったコト――ない?」
胸の内をズバリと言い当てられた気がした彼は、恐怖も忘れ、足を停めた。
「なんで、急に――そんなことを?」
「最近、ムダに人材消費してるでしょ?インシデントも多発してるし」
「そりゃ、まぁ……そうですが」
「実をいうとね?このへんで探査院は
まって!と『九尾』は彼女を制した。
今度こそ、彼は
どこかですすり泣く声がする……ような気がした。
貧弱なライトで辺りを照らすが、そこはY字型の分岐となっており、分かれ目には大鎌をかたわらにした黒マントの全身骨格が、
えぇっ、と宮廷中尉が本格的に『九尾』の身体へ抱きつく。
「なによ――アレ」
風のふきぬけるような低い音。
それに混じって、たしかに
Y字路の、左の方からだ。
「……行きましょう」
彼女が『九尾』の腕を、右の通路に引っ張った。
そこを「ちょっとマテ」といまは気安く彼女を押しとどめる。
むりやり行こうとするのを抱きとめたため、レースで飾られる彼女の女官服の胸を、わしづかみにしてしまう。
おたがい無言のまま、しばらくモミ合い。
「まって!宮廷中尉どの、まって!」
ようやく彼女を落ち着かせ、骸骨通路の足もとを照らす。
「ほら、この床!右側の通路は敷石がこんなにすり減ってるのに、左はホコリだらけ。ハズレですよ」
「じゃぁ右行けっての?イヤよ!」
「では骸骨が泣くとでも?バカバカしい」
応対しながら『九尾』は、自分の、この沈着さがどこから出てくるのだろうかと驚く。
同年代の女子、それも超上流の美人がそばにいるからイイ所をみせたがっているだけなのか。それとも――。
後ろから礼服のすそを引っ張られながら、登り勾配となった通路を進むと、それに従ってドクロの数は少なくなっていった。代わりにすすり泣きの声は高まり、言葉までハッキリとする。
(だめ、ダメです、そんなところ――ァアっ!ボク逝っちゃいますぅ)
ひくい、くぐもった声が、何やらそれに
(いや、らんぼーすぎます――ーアン――アァァン……)
なるほど。
すすり泣きの正体は、どうやらコレだったらしい。
うしろから礼服を引っぱる力がなくなり、
むりやり体をすりつけて前にゆくとき、化粧の香り。
艶かしい柔らかさと、上気した女の体の匂い。息づかい。
普段めったに触れない女物の服の摺れ具合とともに。
携帯のライトを消すと、あたりはほのかに明るい。
見ると行く手は階段となり、その先は光の四角なワクが浮かんでいた。
四つんばいになった彼女のヒップが目の前でアップとなったまま『九尾』のまえで階段をのぼり、四角なワクをソッと押し広げる。彼も秘書官をバックする姿勢で、彼女の髪の香りを感じながら、すき間に眼を押し当てた……。
緋色の法服を着た中年のヒラ司祭と、白いシルクのガウンがはだけた、とし
「ほうれ――オマエのだいじなココを、こんどシューツしてやろうな?おチン○を残したままタマタ○を取ってイヤらしいオマ○○にしてやるぞ……?そこに可愛いピアスも付けてやろうな?」
「イヤですぅ……はづかしぃよぅ」
「もうオマエは、オトコの娘としてしか、生きられないんだよ?一生、ワシの如○宝をおしゃぶりするのが大好きな、聖奴隷になるんだよ」
「そんな、ほんと?ほんとに、ボクでいいの?あぁっ、ふっ、ふとぉぉい」
「おホゥ、可愛い、イヤらし、服を、着せて、一生、ワシに、ご奉仕、するのじゃ!」
「アはぁッ!うれしぃッ!してっ!ボクを、司祭、さまの、およめ、サンに、してぇぇぇっ!」
動きが激しくなるとともに、二人の声が高まり――そして静かになった。
ややあってから、司祭は、いまだもの欲しげに小さな尻をくねらせ、白滴をたらす侍童から眼をそむけるや、ついと立ちあがると
「……脳に
うす禿げの小男は、自分の服装を整えてから、次いで気のない手つきで半裸の侍童に、真珠めく光沢のあるレース付きガウンを着付けると、年幼い相手をせき立て、連れだって視界を出て行った。
重い木製らしきドアが閉まる音。
ささえる『九尾』の腕の力が尽きて、二人は小さな扉を押しやぶり、砂袋のように部屋に転がり込む。
「イッタぁ……ちょっとォ!どこさわってるのよ!」
「そんなぁ、不可抗力です!」
辺りを見回すと、聖像やイコン、
ブツブツと中尉が文句を言いながら、立ち上がるのをよそに、彼は今まで通ってきた背後に伸びる暗闇を
そして――おそらく体重を長らく支えていたからだろう――震える腕で、そのままゆっくりと、厳重に「隠し扉」を閉める……。