※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

20 / 117
018:『蓮華』のこと、ならびに年幼い犠牲者のこと

 そろって礼服のよごれをはたき、革(かわ)とテレピン油、なにより次亜塩素酸ナトリウムっぽい臭気(注:カビキラ○とかドメ○トの臭いです……つまり……?)のする小部屋の、なま温かい空気のなかで、いま通ってきた死の世界の気配を全身から洗いながし、ようやく人心地がつく。

 

 宮廷中尉は、しきりに乱れた服の胸もとをなおしていた。

 そこに、なんとなく恣意的な気配を感じ取る『九尾』は、ネクタイの具合を直しながら密(ひそ)かに横目にして(でも、残念ながらサラ先輩の胸とくらべれば全然だな)と、失礼にも品定め気味に観察する。

 抱きつかれた時の感覚も、先輩候補生のあふれるような肉感とちがい、どこか冷たく、艶(なま)めかしさが足りない。

 明るい電灯のもと、あらためて目の前の宮廷中尉を目の当たりにすると、なるほど確かに美人ではあった。

 

 モデルとも言っていい整った顔立ち。

 ちょっと冷たそうな瞳(ひとみ)。

 品の良い口もと。

 ぬめるような光沢の白い肌。

 おでこ気味な印象は、明るい灯のもとでも変わらない。

 だが、やはり心なしか尊大で、女性らしい暖かみに欠けるようにも思える。

 

 ――ステンレスのような……ガラスのような。

 

 たぶん、家柄か、階級を鼻にかけてるんだと『九尾』は判定(ジャッジ)する。

 しかし彼女の方は、そんな彼のあけすけな視線を受けて何を勘違いしたか顔を赤くし、口もとをとがらせると、

 

「でっ、でも。まぁ地下墓所での功績により、触(さわ)った事は不問にしてあげます」

 

 それに――と、彼女は急に小悪魔っぽい笑みをうかべ、

 

「なンか、イイもの見れちゃったし」

「いいものって……アレがですかぁ?」

「ともあれ、こんな部屋。サッサと出ましょう。」

 

 ゲンナリ顔の『九尾』をよそに、彼女は妙に練(ね)れたうごきで、窃(そ)っと枠金(わくがね)に飾られる聖具室の扉をひらき、ひとけのない廊下の左右を特殊部隊よろしくコンパクト(化粧品)の鏡を使って確認する。

 声低く、宮廷中尉が本職めいて呟いた。

 

 ――クリア……!

 

 ふたりが連れ立ってさりげなく聖堂内にもどると、司教の接待でもしていたのか、残っていた高官たちと護衛の一群が、主身廊近くに集まっているのが遠くにうかがえた。

 

 ――チッ!

 

 歯の隙間から漏れ出たような、彼女の鋭い舌打ち。

 

「……ここで、いったんお別れましょう」

 

 宮廷中尉は、高官たちが集う彼方を見やったあと『九尾』を柱の影に誘(いざな)いつつ、

 

「本当は――一緒(いっしょ)にお食事でもと思ったけど」

 

 忌々(いまいま)しそうな鋭い目つきで彼方を見やりながら、

 

「ヘンなトコで時間(テマ)とっちゃったわね?」

 

 言われて『九尾』が航界士用のゴツい腕時計を見れば、もうすでに一四時を回っていた。忘れていた空腹感がよみがえる。

 視線をもどすと、彼女はいつのまにか手にした名刺を一枚差しだし、

 

「じゃね?――Zu(ズゥ) dess(デス)」

 

 それだけ言うや中尉は、良くプレスの効いた制服の背を返し、主身廊(しゅしんろう)を迂回(うかい)するかたちで足早に外へ出て行く。

 

 ――あ、ちょっと。

 

 そういう声すら『九尾』の喉おくで消えたほど、彼女の動きはさりげなく、そして素早かった。

 まるで黒い豹(ヒョウ)が体毛に光沢を奔(はし)らせ、しなやかに身をひるがえして消えたよう。

 無駄なコトとは知りつつ、未練(みれん)げに彼女のあとを追って大聖堂側面の扉から外に出る。

 

 とたん、新鮮な、冷たい空気が、まぶしく頬を射た。

 

 いつの間にか雪も勢いをましており、たちまち黒い礼服は鹿(か)の子(こ)模様となる。

 ガランとした広場には、もはや誰もいなかった。

 手にした名刺を、明るさから来る眼の痛みをこらえ、あらためてよく見る。

 

 『第三王女付秘書官(宮廷中尉)ミラ・ユデイト・アレクサンドラ』

 

               *  *  *

 

 制服の胸ポケットに、まだそれは入っていた。

 何回も見直したもかかわらず、いまだエッジが鋭いのは、人工象牙でつくられているためだと知らされる。

 

 控えの間に、ノックの音が二度、三度。

 あいだを空け、災殃(まがつび)を告げるように、重々しく。

 少年たちのあいだに緊張がつたう。

 覚悟していたものが、とうとう来た。

 そんな感覚。

 

 やがて、古風なライフルを胸に掲げる衛兵が二名現れ、つづいて勤務用のドレスをまとった宮廷女官が、控の間に入ってきた。今回はメガネ着用の女官。階級は――宮廷曹長だ。

 彼女は一礼して、周囲を緩やかに見まわしたのち、手にした巻物を悠揚(ゆうよう)せまらず上下に拡(ひろ)げると、よくとおる声で、

 

「西ノ宮所属、清暁第一校所属・候補生『蓮華(れんげ)』!“御礼拝(ごれいはい)”の、お時間です」

 

 ―【御礼拝】―

 

 つまり、この事象震を試演飛行する前に行われる、禊(みそ)ぎの儀式。

 見方を変えれば、これは大司教が直々に行なってくれる“生前葬”だ。そして今回のような激しい事象震の場合、それが“本葬”となる可能性は――きわめて高い。

 

 広間の中央から、古代西域の僧服をあしらったような格好の一人が、今は覚悟も決めたのか、慌てず騒がず悠然(ゆうぜん)と立ちあがった。

 

 金色の冠に、重々しい袈裟(けさ)すがた。首から下げる大玉の数珠が印象的に。

 その格好が、どこか三蔵法師をイメージしなくもない。

 育ちの良さそうな、まっすぐな面構え。

 決意をひめたような、固く結ばれるくちびる。

 鋭角的な雰囲気をまとう印象は、相当な遣(つか)い手とも見える。

 

 かたい面持ちで、そのまま周りを見回していたが、やがて(みつけた!)とばかり悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべると『九尾』の方に歩み寄り、

 

「やぁ。キミがあ(・)の(・)『九尾』とはね。とうとう現世(このよ)では親しく話す機会も無かったが……」

 

 そんな曖昧(あいまい)な言葉とともに、この候補生は一瞬、幽(かす)かな微笑をうかべる。

 

 そこには、悲嘆(かなしみ)も、悔恨(うらみ)も、諦観(あきらめ)も看(み)えなかった。

 

 ただ、揺らぎのない清澄(せいちょう)さのみが、面差(おもざ)しには満たされている。

 泰然(たいぜん)と死地におもむく同い年くらいの相手を見て、己(おのれ)の時は、こんな平静を保てるだろうかとひそかに畏(おそ)れ、感心しつつ、『九尾』もとりあえず立ち上がると、西ノ宮で使われる別離(わかれ)の言葉で握手をした。

 

「――ご武運を。Braa(ブラァ)」

「まぁ――いずれ、そのうち。Zu(ズゥ) dess(デス)」

 

 相手は、去りぎわにもう一度だけ振り返って微笑すると、衛兵にはさまれ、控の間を出て行く。

 『九尾』は儀式的にライフルを突きつけられ、部屋を出てゆく同い年ぐらいの背中を見おくった。

 衛兵の行為は、過去に錯乱した候補生が、武器を持って暴れた時の名残(なごり)だ。

 そのときの事象震も酷(ひど)い状況で、試演に参加した候補生は全員死亡、あるいは行方不明と記録にはのこっている。惑乱し、試演をまぬがれた候補生が、その後どうなったか。

 データは抹消されていて、分からない。

 

 大扉が閉まるのを確認し独(ひと)り控の間に残った宮廷女官は、居ならぶ少年たちの顔を、どこかサディスティックな色を交えて見遣(みや)りつつ、

 

「謹聴(きんちょう)!第三王女『百合(ゆり)の殿下(でんか)』からの御宣告(ごせんこく)です!」

 

 そう声高に叫ばれると、候補生たちは一斉に立ち上がり“気をつけ”となる。

 ひとつ頷(うなづ)く女官。

 ふたたび羊皮紙製ともみえる巻き癖のついた紙をひろげると、

 

『此度(こたび)の事象震、峻烈(しゅんれつ)の度、此処(ここ)に極まれり。

 故(ゆえ)に『蓮華(れんげ)』の機動空(むな)しき場合……。

 試演は――あとひとたびにて打ち切りとす』

 

 思いもかけない通達だった。

 

「ソレって……つまり……どういうコトで?」

 

 おさえきれない喜びを懸命に隠そうとした震え声で、一人の候補生が手を挙げる。喜悦あふれるしまりのない顔がブルブルと、まるで瘧(おこり)にでもかかったよう。

 

「貴官は――」

 

 と、ここで三十前後とみられるこの女官はメガネをなおし、そのレンズの奥で、ネズミを前にしたネコのような瞳の輝きをみせ、

 

「すでに、ご理解されているご様子ですが。言(こと)の葉(は)を徒(いたずら)に費やすは――愚かなことです。左様で御座いましょう?」

 

 そう言い放つと、口のはしに乾いた笑みを浮かべ、形ばかりの一礼をするや、気取ったターンをキメて控の間を歩み去った。

 

 広間の空気が、みるまにゆるんでいくのがわかった。

 

 ほとんどの顔から思いつめた表情が消え、肩から背中から、緊張が抜けるのがわかる。なかにはそれを悟られまいと、わき上がる笑みを隠すべく、うつむくものすらいた。

 

「おい、つぎの順番は?アワれな子羊は、誰だい?」

 

 さきほど中年女官に向けて質問した候補生が、はやくもお道化た口調で、

 

「カワイソウになぁ、えぇ?オイ。耀腕の最後の生け贄(にえ)だぜ――いや、クソ観客の、かな?官製グラン・ギニョール(恐怖劇場)のフィナーレだ!」

「よせ、そんな言い方」

 

一拍おいて、さすがに広間の方々(ほうぼう)から、とがめる言葉が重なった。

 

「不躾(ぶしつけ)極まりないな、どこの出身だ!」

「礼儀を知らんのか……候補生の風上にもおけん」

「『二番星』だろ、変形四枚翼の。西ノ宮。香具山校のクズだ」

 

 んだとコラ。と先の候補生がスツールを蹴って立ち上がった。

 

「ヤんのか、あァ?上等だ!立てや」

「よせよせ、ケンカなんて。つまらンだろが」

 

 老け顔をしたひとりの候補生が、めんどくさそうに割って入った。

 

「せっかく無傷で助かるってのに、わざわざケガしようってか?ご苦労なこった」

 

 その言葉で、一触即発の気配は、やや沈静化する。

 

「でも順番的に、つぎは誰だい?」

「――この子だよ」

 

 どこから声がかかり、全員の視線がそちらを向いた。

 ひとりの候補生が、椅子の上でヒザを抱える小柄な少年を示していた。

 この少年のまとう礼服は全体にブカブカで、帽子などは今にもずり落ちそうだ。実際、全員の注目をあびて驚いた事で、銀色の葉をあしらった将校帽のひさしが前にずっこける。本人がうっとおしげにそれを取ると、栗色をしたベリーショートのサラサラ髪が現れた。

 

「驚いた!御前試演に女の子か!!」

「ウソだろう!まさか中等校?」

「キミ――お嬢ちゃん。なんでこんな所に?」

 

 最後の言葉に、小柄な身体がぴくりと反応し、青ざめた可愛い顔がふくれっ面をして、

 

「ボク……オトコですけど。た(・)ぶ(・)ん(・)」

「どっちでも変わらん!イヤな結果しか見えない」

「キミみたいなヒヨッ仔は、ミリセコンドで耀腕の餌食(えじき)だぞ」

「……どうだって良いんです。どうせ」

 

 やがて、この小さな候補生はポツリと応える。

 

「今回の試演でボクが出たから、学校も助かるし、殉職(じゅんしょく)しちゃったとしても家門(かもん)が潤(うるお)います」

「家門――華族(かぞく)出身か?」

 

 コクリ、と少年は無言のまま。

 ふぇぇ、と広間に嫌気のようなため息。

 

「だッから、ヤなんだよ――“名家”ってのァ!」

 

 そう言いつつ一人が制服に下げる短剣を一挙動で投げつけ、広間の壁に突き立てた。

 チークの羽目板に鋭角的な音を立て、深々と刺さった鋼が光る。

先ほどまでの沈鬱な空気が、ふたたび帰ってきたような気配。

 

「こんなカワイイ奴がナァ。なんでなの?」

 

 ――カワイイ、か……。

 

『九尾』は、クッションが効いた豪奢な肘かけ椅子に身を持たせ、うつろな眼差しのまま、老け顔の候補生がつぶやいた、その言葉を反芻(はんすう)し、ふたたび過去の日々を思い出す……。

 

 

                 * * *

 

「え?だって可愛かったじゃないの。あの仔(コ)」

「変態中年に触(さわ)られるのを喜ぶ、きち(ピ~)な子供(ガキ)にしか見えませんでしたが?」

 

 思わずトリ肌のたった二の腕を軽くさすりながら、『九尾』は窓の外をみる。

 

地上一ニ〇〇mのスカイラウンジは界面アンカー処理をしてあるため、地震はもちろんカルマン渦(うず)の揺れとも無縁な設計で微動だにせず、足裏の感覚が地上と変わらない。

 にもかかわらず、この日はちょうど雲高がラウンジのあるフロアにかかり、高さ数十mはあろうという大窓の外は流れる霧で満たされて、それがためにラウンジ全体が、室内楽の軽やかなBGMにのって緩(ゆる)やかにどこかへと漂流してゆくような、そんな光景を呈(てい)していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。