店舗用にしては贅沢なテーブル。
それを
凝った意匠な胸の造花。
胸もとに輝く品の良い装身具。
アール・ヌーボー風の
上からふんわりと羽織られたいかにも手触りの良さそうな毛皮のコート……。
待ち合わせの指定場所で初めて目にしたときは、どこぞの金持ちな新婚サンの片割れかと思ったものだが。
ドレス・コードは“フォーマル”で!
先日受け取ったメールには、とくにそこが強調されていた。
そこで『九尾』は、むかし合コンのため購入し、寂しくもいまだ出番のないヘリンボーンのツィード・ジャケットにポロ・コートを合わせ、指定の待ち合わせ場所である“サモトラケのニケ”像を背に、特設ラウンジ総合コンコースを行く様々な人の流れを観ながらボウッと
「――ナニよそのスーツ。ダサいわね」
と、きたものである。
側面に王宮の徽章を飾るつばの短い帽子。そこに巡らされた白い
リップの色が、どぎついほど赤すぎる。
腰つきの豊かさがイマイチなので、せっかくのデザインが板に付いていない。
全体的に、どことなく借りモノめいた感じ。
ピンヒールを
話は数日前にさかのぼる。
慰霊式典からしばらく経ったある日だった。
修錬校の放課後、部活にも入っていない『九尾』は、寮に帰って明日のテスト勉強をしていると、いきなり机の上の携帯が強制受信モードでメールを受けたものである。
携帯をにらんで受信意志を送ると、文面が宙に浮かび上がった。
==こんどの日曜、ヒマでしょ?六区の浅草120階・スカイラウンジに集合ね♪
なんだ、この間違いメールは?と眉をしかめるも、よく見ると〔ミラ宮廷中尉〕とある。
――ウっザ……!
つぎの日曜は、やっとのテスト明けだから部屋で爆睡したいと考えていたのだ。
それにあの宮廷秘書官。
一見、美人に見えるが相手をするにはちょっとキツすぎる。
一体どこで目を付けられたのだろう……。
「残念ながら当方、試験中につき勉学に
……送信、っと。
音声でそう答え、さて、と先輩候補生から回ってきた空間物理の過去問ファイルを開いたとき、ふたたび着信音。
==ウソつきなさい。アンタの学校、こんどの土曜でテスト週間オワりでしょうが!分かってンのよ?それともナニ?テスト明けで、ゆっくりエロゲーでもやろうって
一瞬、絶句するが、『九尾』は、すぐピンとくる。
――これはダレか男のブレーンがいるに違いない……。
それに考えてみれば相手は航界士の元締めである“第三王女付きの秘書官”だ。
探査院の本院端末から、こんなチンケな修錬校のデータに入り込むなぞ、たやすいことなのだろう。
ヘタに言い逃れをすると、ますます
あれこれ考えていると、またもや着信音が。
==ナニよ。
どう答えようかと彼は
――あのショタ好き変態小悪魔め……。
アレでなかなか権力を持ってそうでコワい。ヘタに対応したら、あとあと
疲れた脳みそにムチ打って、オーバーブーストで答えをたたき出す。
「
……送信、っと。
はね返すように、またもや着信。
ビクビクしながら文面を浮かべると、
==ザンネン。最終確認が終わって王立造船所から
さすがにこれにはクラッときた。
東宮が持つ大型界面翼艦は多々あるが、
――乗ってはみたい。乗っては見たいケド、なァ……。
結局、ことわりの文面をかえし、『九尾』はそれで終わったと考えていた。
次の日、“航界倫理”のテストが終わったとき、彼は候補生指導室に呼ばれた。
そこで生活指導の担当官が、机の向こうから、いやに深刻な面持ちで言ったものである。
「候補生『九尾』。キミ――探査院に何か失礼な事しなかったかね?なんの事やら分からんが『メールの返事が悪い』って、先方がエラくカンカンで――」
その時、ポケットの中で携帯が振動した。
ハッと、何事か思い当たった担当官にうながされ、携帯をオンにすると空中に文字が、
==どう?きてくれるよね……?
そしていま。
結局、服の指定やら特設ラウンジ入り口でのパスワード入力やらと、こまかいことを教えられ、テストぼけの頭も治らないまま着慣れないツイードのスーツも堅苦しく、高度一ニ〇〇mでホットミルクをのんでいる『九尾』だった。
相手は、そんな彼の
――ふぅん。
『九尾』は相手の言葉を右から左に流しがら、ひそかに相手を観察した。
こうしてみると、この宮廷中尉も自分と同い年ぐらいな女の子だなと思えてくる。
こんな借りモノめいた格好じゃなく、もっと今風の女の子らしい格好してくれれば良かったのに、とも。
それとも宮廷秘書官は、プライベートでも服装コードが決まっているのだろうか?
「……でねでネ?最近は西ノ宮とのやりとりがヒドいのよ。こないだの件もそうだけど、ナニかと
うっ……と彼は、あわてて我にかえり、
「Brahma atma aikyam……
これは以前、龍ノ口から教えてもらった情報だった。
実際あの機動時に心臓を止めたときの
「そ、正解。よくできました」
「……なんだ、試したんですか。ちぇ」
「あなたがボンヤリしてるからでしょ、もう!」
「カンベンしてくださいよぅ。こっちはテスト明けでクタクタなんです」
「じゃ、ホテル行って休む?
チロリ、とした相手の上目づかい。
一気にキナくさくなる展開。
さすがに『九尾』の目も覚めた。
新しさの取れないスーツの胸を張り、
「ソレホドマデジャ……ナイデス」
「もう!男なのにハッキリしないわね。そんなに
「――どんな?」
と、『九尾』は
もうここまで来ると相手が“雲の上”の存在にもかかわらず、完全に知り合いのノリだった。もうドウにでもなれって感じ。
しかし彼女は、そんな『九尾』のタメ口をとくだん気にするマデもなく、
「うぅーん……とりあえずは西ノ宮との
「え。でも、
「いちおう……ね」
目の前の彼女は、プツプツと泡を浮かべるメロン・ソーダにストローで軽く口をつけた。氷と
ひとしきりそれを
「東宮と、西ノ宮とではね……」
ここで、やや彼女は眼差しを
「おなじ外象民でも、
「ふぅ……ん?」
「最近、むこうの技術が、行き詰まってるらしいの。それでこちらの技術センターも、かなりのハッキングを受けてる。それだけでなく妨害行動も。こないだの雲海戦も、その一例よ。強引なんだから。データだって、どこもかしこもウィルスだらけ」
『九尾』は、慰霊式でのサラとの会話をうかべ、
「なんか、ボクの界面翼データも、ウィルスがらみで流出したらしいですね」
彼は、ドブ色とよばれる自分の翼が知れ渡ったかとゲンナリする。
いくら耀腕を
「本人より先に
「アナタの名前が『ポンポコ』から『九尾』になったと知らされたのは最近よね?でも西の宮では、書類上のW/N変更時から情報がつたわってた。本人に知らせなかったのは、アナタ自身の安全のためよ」
「有名になった候補生は他校の生徒から
「他校の生徒からインネン?」
ハ!とハナで嗤《ワラ》う気配。
ミラは手もとの脚つきグラスに少しく目を落としてから薄い笑みをうかべ、
「そんな可愛いモノじゃないわ……」
そう言うや、隣の椅子においた小さなハンドバッグから携帯を取り出した。
「コイツらに見覚えは、ある?」
チタン色の携帯が、宙に二つの立体ホロを浮かべる。
忘れようもない。
初めて本物のG・スーツをつけたときに居た、黒スーツの二人だ。
「そして、この男は?」
次に浮かんだのは茶髪の、ちょっとヤンキー風な男だった。
思い出すのに数秒かかるが、あの実戦飛行のとき接続コードを手荒にあつかい、こちらの前立腺を刺激してくれた若い整備士と重なる。
「まえの二人は、西ノ宮との空戦になった日、朝あなたを迎えにいくはずだった人員よ。“交通事故”で重傷。次の人間はあなたの学校にもぐり込んで生徒の情報や機動試験を知らせてたスパイ。いえ、スパイなんて大層な代物じゃない……
彼女から放射される
目つきも、気のせいか幾分とキツくなったような。
「ただでさえ、この妨害活動!これであなたが『九尾』なんて知れていたら――どんな
シャ――ッ!と宮廷中尉はネコが毛を逆立てるように。
「ウラの“交通整理”が終わったんで、あなたに正式なW/Nの辞令がおりたの。タイムラグは、そのせいよ。まぁ
なにを言ってるか、彼にはいまひとつよく分からない。が、少なくとも自分が一時危なかったらしい事は、おぼろげながら理解する。
「きょう
相手から放射される冷気が、さらに冷える。
ホットミルクは、すっかりヌルくなっていた。
「
「ちょっ、待って下さいよ。なんですそれ。聞いてませんよ」
「とうぜんよ。聞かせてないもの」
シレッと彼女は言い放つ。
あのね、とメロンソーダをわきに除け、
「候補生の命なんて、紙切れ一枚、ハンコひとつよりカルいのよ?予算獲得の談合ネタに使われるならまだしも、
そう言いつつ、
“宮廷中尉”である彼女の、いまだ知らない
――情報工作担当者?それとも“汚れ仕事”を請け負う現場の実行班……?
話半分で聞いていた学校でのコワい
なんとなく
「秘書官の仕事、って。どんな事やってるんです?アブなくないんですか?」
「アラ?――へぇ、心配してくれるんだ」
相手は高価そうなブラウスに包まれた腕を、すんなりと引っ込め、軽くうれしそうに。
「そうじゃないですけど……」
茶化された『九尾』は、チョッとふくれる。
仕返しとばかり、彼は先ほど相手が言ったセリフの
「ミラ宮廷中尉どのって――外象系なんですか?」
こんどは相手の雰囲気が、一瞬、硬くなった。
失敗したかな、と彼が唇をひそかに噛んだとき、ラウンジに流れていたコレルリの合奏協奏曲が止み、女性のアナウンスが、高い天井に響く。
《航界艦“南十字星”は、当ポート五番フィンガーに、あと十分程で到着の予定となります。乗艦を御予定のかたは御準備のほど、よろしくお願い致します――繰り返します》
アナウンスが終わるころには、相手の
「もし――そうだとしたら?」
ミラは、
冷ややかな眼差しが、『九尾』を見下ろした。
「