※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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020:“蘭の王女”のこと、ならびにクラスでの疎外感のこと

 ラウンジに所属する衛兵の“捧(ささ)げ筒(つつ)”に送られ、腕を組んだスタイルで、ふたりは一〇〇m四方ほどの広さを持つコンコース・ロビーに出た。

 

 一般客用の二《ふた》ケタ番台・フィンガーとは、イミテーションの鎖と金ポール、それに赤絨毯(じゅうたん)で仕切られた中、さらに一階上のフロアに、長い長いエスカレーターを使ってふたりは昇ってゆく。下から見上げてくる一般客たちの、羨望(うらやみ)と嫉妬(ねたみ)まじりな視線を背中に痛いほど感じ、うしろを向くのがコワい。しかしミラは面紗(ヴェール)を下ろしたままアッケラカンと振りむいて、

 

「ほら、見て?アタシたち、華族の若いニュー・カポーに見られてるかも」

 

 言われてとうとう後ろを向いた“夫役”は、初詣(はつもうで)のとき大階段直前でロープの通行規制をうけた参拝客を連想するのがせいぜいだ。

 上階に着くや彼女は、上品なスーツに似合わぬノビをして天をあおぎ、

 

「あぁ……久しぶりの有給はイイわ――素晴らしき哉(かな)、人生!」

「御勤務(おしごと)、おいそがしそうですね」

「うん……ナニせ風邪ということで、ムリヤリ取った有給だもの」

「大丈夫なんですか?それ」

「たまには、ダマってズル休みでもしないと身体がモたないわ。最近、ウチの殿下の仕事が増えて。スタッフがそれを押し付けられるンで大変よもう。感謝なさい?私の貴重な自由時間を。そしていいコト?今日は付き合ってもらうわよ……?」

「もう寝たいんですけど……」

「アラそう?うふふ♪――じゃあ」

「チ ガ い ま す !」

 

 衛士が散在する絨毯の通路を二人はさらに歩んで「五番フインガー」と表示がある入り口までたどり着いたときだった。

 エントランス・ゲートが、黒スーツの一群で満たされている。

 げ!とミラは狼狽(ろうばい)したような呻(うめ)きを上げ、

 

「なによアレ!――聞いてないわよ」

「……ハァ?」

 

 一群をよく観ると、スーツのラペル部分に、等しく銀色の徽章を付けている。

 

「なんです?あれ」

「叱(し)ッ!ダマって!」

 

その声に振り向いた黒スーツの一人が、あぁっ、とふたりを見て驚いたように。

 とたん、ミラは声をこころもち張りあげ、

 

「『百合(ゆり)』の殿下付き秘書官、宮廷中尉ミラ・ユデイト・アレクサンドラ!おそれながら『蘭(らん)』の殿下ご一行さまと、親しくすれ違う許可(おゆるし)を頂きたく存じます!」

 

 そういうや、優雅なスーツが汚れるのもかまわず片膝立ちとなり、右手をついて平伏する。『九尾』の方をうつむいたまま向き、ささやき声で、

 

「ナニやってんの!ほらアンタも!」

「――いいえ!その必要はありません」、

 

 ミラの言葉を圧し、柔らかな、それでいて凛(りん)とした語勢が辺りに澄みわたった。

 黒スーツが次々と頭を下げる中、ゲートの奥から、宮廷服を着た一人の婦人が現れる。

 気配が、気品が。なにより迫力のケタがちがう。

 それが外象民の№2。『蘭(らん)の王女』だった。

 

「いちど、直にお会いしたいと、こう、心待ちにしておりましたのよ」

 ぽっちゃりめの優しそうな瞳が、『九尾』を見おろした。

 わずかな二重アゴも彼女の柔和(にゅうわ)な印象を手伝っている。

 だが身に纏(まと)う高貴さは隠しようもない。

 たとえ宮廷用の雅服姿でなくともそれは同じだろう。

 緊張した『九尾』は口が上手く回らないかと危ぶんだのだが、大聖堂での経験もあってこの場所でも礼節の授業で教わったとおりの口上に成功する。だがなぜかそれに対する第二王女の眼差しは、痛ましさ――もしくは哀れみというものだった。

 

 緩(ゆる)やかな、まるで慰(なぐさめ)めるような優しい口調がそれに続く。

 

「課業は――強(きつ)くはないかぇ?体調は、大事ないかの?」

「ハ、殿下のご慈悲(じひ)をもちまして、問題は御座いません」

 

 ふるえる声をはげまし、彼は辛(かろ)うじて応じた。

 

「……殿下の御稜威(みいつ)、彌榮(いやさか)ならんと希(こいねが)い、日々精進しております」

 

 深々と腰をかがめる頭上で重々しくゆるやかにうなずく気配。

 

「西の方にも、そ(・)な(・)た(・)の名が誉(ほま)れと共に届き、わが東宮も誇りに思います」

「ありがたき、お言葉――かたじけなく」

 

 うっかり『九尾』は感激のあまり涙が出そうになった。

 胸の締めつけられるような、嬉しさ。かしこさ。勿体(もったい)なさ。

 ついで、微妙な間をおいてから蘭の王女は、

 

「そう遠くない未来、つぎの探査航界が予定されております。これは内々の話ですが、こたびは雲海の深淵(しんえん)に挑む事となりましょう。腕利(うでき)きの候補生が要《い》り用となります。かくなる時は――」

「畏(おそ)れながら!」

 

 おどろいた事に、秘書官風情(ふぜい)であるミラが第二王女の言葉をさえぎり、とうとつに面《おもて》をあげた。王女周辺の従者一団が、颯(さっ)と緊張する気配。

 

「その計画は、確定でございましょうや?小官は百合(ゆり)の殿下(でんか)の秘書官を及ばずながら拝命しておりますが、当該《とうがい》作戦は無期延期になったと聞き及んでおります!」

 

 緊張のため喉がかすれたのだろう。普段とはちがい幾分《いくぶん》ハスキー気味な声で、彼女は語気するどく先をつづける。

 

「探査院の正式な行動予定、および予算計画には、そのようなものは存在――」

「ひかえよ!」

 

 近くにいた女官が、手にした従者用の飾りつき長扇でミラの肩を打ちすえる。

 濃密な森閑(しんかん)さが充ちる通路に、ピシリ、鋭い音がつたわった。

 

「殿下の御前(ごぜん)である!口をつつしめ」

「西への貢(みつ)ぎの代償(だいしょう)としては、それはあまりに――」

「――ひかえと申すに!」

 

 女官はブラウンの髪を振りみだし、長扇をミラの頬に一旋させる。

 扇の房飾りが飛び、ミラは『九尾』の側にたおれこんだ。

 辛うじて受け止める事に成功した彼は、腕の中で震える柔らかい身体を無意識のうちに抱きしめる。

 壊れた扇子を手に得意げな風で仁王立ちとなり、二人を見おろす若い女官。その彼女に向かい『蘭の王女』は背後から痛ましげな口調で言葉をなげかけた。

 

「そなた、識(し)っておりますか?剣を恃(たの)む者は剣に、威(い)を恃む者は威に、自(おの)ずから亡(ほろ)びるのですよ。自省なさい」

 

 深々と一礼する衣ずれの気配。

やがて緋色の床でうずくまる二人を残し、第二王女一行は、ゆるやかにその場を去っていった。ひとけが絶えた廊下は毛足の長い絨毯のせいか、ふたたび音楽室のように静かに。

 

「だいじょうぶですか、サー?」

 

 ミラの背中をゆるやかにさすっていた『九尾』は、うずくまる彼女の顔をのぞき込んでギョッとする。なぜなら泣いているかと思いきや、彼女の顔は怒気にあふれ、面紗(ヴェール)を通してすら瞳は爛々(らんらん)と燃えているのが判ったからである。

 

「……立たせてくれる?」

 

 やや久しくして、ようやく彼女は『九尾』にささえられ、立ち上がった。

 噛みしめられた紅(あか)い唇。

 しかめられた細い眉。

 扇で打たれた側のほおはスリ傷がつき、うっすら血がにじんでいる。

 

「……ねぇ」

 

 いまは声の調子も直ったミラは、眼を隠していた面紗を帽子の上にまくり上げ、

 

「キス、してよ」 

「……え?」

「だから。キス、しなさいよ」

 

 心中、『九尾』は驚くが、男のプライドから何とか平静を保った――はずだったが、顔が爆発的に赤くなるのは避けられない。それを見てミラの顔がすこしやわらぐと、いつもの小悪魔的な笑みをわずかによみがえらせ、

 

「もう、ハラたって仕方ないの!いいでしょ?あんなコトあったんだもの」

「いや、でも……その」

「なによ!焦(じ)れったいわね――あぁ、そうなんだ」

 

 ニンマリとした笑みが、ますます深くなる。

 

「もしかして、初めて?したコト無いんだ?航界士は“草食”が多いって聞いてたケド?アナタもやっぱりそのクチ?」

 

 せまられて退いた『九尾』の背中が通路の壁にあたる。

 ミラは、そのまま躰を押しつけるようにして、彼の前腕を、レースの手袋をはめた手で握ると、自身のスーツの内側に差し込ませた。

 

 獲物を前にしたような、彼女の目つき。

 

 着痩(きやせ)せ、とでもいうのか。意外に量感のある隆起が、『九尾』を驚かせる。

 どこまでも柔らかい暖かさ。シルクらしい艶々(ツヤツヤ)としたブラウスの手触りごしに感じる、なめらかな丸み。そして、手のひらの真ん中にポッチリとした突起が、くすぐったく。

 

 ――ノーブラ!

 

 だがこれが意外にも『九尾』の熱を冷ました。

 代わりに彼は、別のものを想いおこしている。

 あのムッチリとした肉感。

 悩ましくも張り切った腰つき。

 引き締まったカフェオレ色の肌と、荒々しくも優しいまなざし。

 顔を抱きすくめられた時の、豊かな谷間からただよう大人の女性の匂い……。

 

 突然ミラの顔がこわばり、いきなり『九尾』を突き飛ばした。

 はずみを食った彼は、反対側の壁までよろける。

 不意打ちをくった彼の驚き顔に、ミラは憤然(ふんぜん)とした面持ちで、

 

「ナニよ!そんなに、あのオッパイ牝(オンナ)がイイわけ?」

「急に、なにを……ボクは、べつに」

「言わなくても分かるわよ!」

 

 頭上から、腹に響く霧笛が降ってきた。

 同時に彼女の携帯も廊下に鳴りわたる。

 

「ウルサイわね!……えぇ、行かないわよ!乗艦は取り消すわ!」

 

 通話を終えるや彼女はフーフーと肩で息をしていたが、やがて略帽のピンを抜き、後ろでまとめた髪の具合を整えてピンを差しなおすと、面紗(ヴェール)を下ろし、乱れた胸元を、血の気のない手つきでととのえた。

 

「今日は、これまでにしましょ――興(きょう)を削(そ)がれたわ。帰り路はわかるわよネ……それじゃあ」

 

 つけつけとそれだけ言うや、無言のまま、彼女は通路の奥に去ってゆく。

 

 ――なんだってんだよ……もう。

 

 呆然と、『九尾』はその後ろ姿を見送るしかなかった……。

 

 

 

 それから二週間ほどたった、ある朝の講義だった。

 

 ようやく学校に復帰した『リヒテル』が講義を脱線し、対航戦の秘訣(ひけつ)を電子黒板に図と共に書きはじめ、それに候補生たちは身を乗り出して、クラスが静かな興奮で包まれていると、廊下から足音がパタパタ近づいて教室のドアがノックされ、学校の若い女性事務員が失礼しますと顔をのぞかせ、

 

「候補生1016、『九尾』さん」

 

 はい?と必死に模式図を写していた彼が顔を上げると、

 

「至急、離床準備棟へ、とのコトです」

 

 クラス中に、またか、という白けた気配がひろがる。

 『九尾』と言う名前が有名になり、特別扱いされるようになると、クラスの中でも自然と浮く雰囲気ができた。以前はよく一緒に遊びに行った『牛丼』たちとも疎遠(そえん)になる。『山茶花』は変わらずに接したがっているようだが“彼氏”のほうが良く思わないらしい。それが証拠に、机を並べていても、もう滅多に話をすることはなかった。

 対航・交戦図を書きかけ、思わずイライラと舌打ちをした『九尾』は、

 

「今ですか?イイとこなのに……あとじゃだめなんですか?」

 

 するとクラスのあちこちからブーイングがおこり、

 

「いいから早く行けって!先が聞けないじゃないか」

「そうだぞQB、講義のジャマだ」

「大丈夫だよ、後でノート見せてやるから……目眩まし(チャフ)の」

「上級校医の、あのSMセンセイの奴隷だってハナシだけど?尻掘られるんでショ?――アンアンって」

 

 どっと嗤(わら)いがおこる教室に、バン!と『リヒテル』は強大な手で教卓をたたき、ラテン語で、

 

「賤(イヤ)シキ言(コト)ノ葉(ハ)ヲ弄(ロウ)スル者(モノ)ハ、自(オノ)ズト心(ココロ)ヲ卑(イヤ)シクス!自省しなさい!講義にもどります……あぁ、候補生『九尾』。早く行ってきなさい」

 

 叱られ、森(シン)、とショゲきったクラス。

 その冷ややかな、憎しみまじりの空気を痛いほど感じつつ、彼は無表情をよそおうも、屈辱感で頬(ほお)を熱くしながら、うつむきかげんに教室を出る……。

 

 雲高の低い、どんよりと暗く寒い日だった。

 ほてった頬を冷やすにはちょうどいい。事務員のあとについて下駄箱で靴を履きかえ、上級生棟に行く途中、ファイルを片腕で山盛りに抱えて龍ノ口が片手杖でヒョコヒョコとやってくるとのが見えた。

 先日の慰霊式での出来事――告悔所めく小部屋での、痴態。

 以前とちがい、何となく黷(けが)れたような、直視できない相手の印象がある。

 自身でも知らず、少し引いていると、

 

「よ、『九尾』――いまチッとイイかな?」

 

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