※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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021:雲海大深度探査計画のこと、ならびに墜ちた偶像のこと

 女性の“瑞雲”付き事務員は、パープル色な品の佳(よ)いブラウスの肩をすくめ、

 

「龍ノ口さん。いまからこの子、準備棟に連れて行かなきゃ……」

「そんなイヤそうな顔すンなョ。だーいじょうぶだって!俺が連れてッから。かわりに悪ィいけど、このファイル。研究棟・第四号室のあの爺さんトコに持ってって――ホイと」

 

 いきなり大量のキングファイルをドサッと渡され、事務員は小さな悲鳴をあげる。 龍ノ口はそれにかまうことなく踵(きびす)をかえすと、そのまま『九尾』を誘(いざな)い肩を触れ合う勢いでならべ、杖をいそがしく使って歩きはじめた。

 

「…………」

 

 しばらくは、沈黙。

 

 ふたりの吐く白い息が、あの日の――雪の大聖堂を思い出させる。

 龍ノ口の体から、『デザート・モルフォ』を穢(けが)したおりの、腥(なまぐさ)い、淫猥めいた禁忌(きんき)の気配が漂(ただよ)うようで悔(くやし)しく、自然、『九尾』は先輩である元(・)候(・)補(・)生(・)から距離をとる。しかしこのチューターはそんな彼の心持ちなどおかまいなしに、彼の密(ひそ)やかな煩悶(はんもん)を一瞬にして吹き飛ばすようなことを話しはじめた。

 

「なぁ……こんどオマエ、雲海深部への偵察降下に出るんだろ?Dゾーンの?」

 

 Dゾーン?と一瞬『九尾』は眉をひそめ、

 

「あぁ、調査未了界域のコト、でしたっけ――って、エ!決定なんですか!?」

 

 彼は耳を疑う。

 だがその驚きをなど気にする風もなく、龍ノ口は陽気に、

 

「西の宮との技術的な駆け引きがカラんでるらしいんだが……ンなこたァ、どうでもイイ。とうぜん、強行偵察タイプになるだろうから複座(ふくざ)だよな?主操縦者(メイン)はオマエとして、RSO(航界機偵察装置担当員)に俺を指名してくれないかなァ?その権利がメインにあるのは、錬成校代々の不文律だ」

 

 ――いいコト?誘いにのっちゃダメよ……

 

 ミラの、あの“王女付き秘書官”の炎をたたえた瞳(ひとみ)が『九尾』の目前で閃(ひらめ)くような気がした。耳元でささやかれた息の熱さとミントの香りもいっしょに。

 

「なァ――イイだろ?」

 

 足を止め、龍ノ口の方を改めて見ると、驚いたことにこちらも何かに憑(つ)かれたような、底光りのする眼をしている。般教(ぱんきょう)の授業で、読書感想文の課題に出された“パリの憂鬱(ゆううつ)”。その作者紹介ページに載っていた「伝説の詩人」の眼差しが、似たような感じで。それに、よく注意してみればなんだかタバコ臭い。おまけにお酒の気配すらする……ような。

 

 『九尾』は相手をにらみ、唇を噛(か)む。

 次いで、とりあえずの時間かせぎとして、

 

「その話、ホントですか?探査院の予算には計上されず凍結になったって自分は聞いてますが……」

「ンなもん、補正予算(ほせいよさん)や復活折衝(せっしょう)で、どうにでもなるだろが?それに、もう作戦名も決まってるって話だ。『盟神探湯(くがたち)65B』。いいか要は――こういうコトさ」

 

 龍ノ口は、校舎の壁によりかかり、腕組みをして、

 

 「“認識”を装置(デバイス)で増幅させ、あたりの空間をねじ曲げて、ほとんど幽体離脱スレスレの状況で飛ぶ俺たち(いや、正確に言えば俺はもう飛んでないが……畜生(ちくしょう)め!)にとって、G・スーツってのは、言ってみりゃァ“存在”をワクの中にとじこめ、事象面に“実存”させる安全索みたいなモンだ。そして安全索が切れた場合も、最終安全装置として“(オート・)A P(ポイエーシス・) S”が(システム)付いてる。破損したメモリを再構築するように、自己を修復する代物だ」

 

 龍ノ口は片手杖をコツコツと地面に突き立てる。

 そのとき大鴉が一羽、近くの立ち木に巨(おお)きな翼をばたつかせてとまり、ギャァ、と一声。得体の知れぬくろい目で、彼らふたりを首をかしげ、ねめつけた。

 

 候補生指導役(チューター)は、その方を鬱陶(うっとう)しげに一瞥(いちべつ)してから、

 

「……だが残念なコトに我が方は、この自己生産システムの分野で、西ノ宮(アチラ)さんよりだいぶ劣(おと)ってる。ムリもない。前にも言ったが、世界との融合だ、涅槃(ねはん)の境地だ、なんて言って自我をトばし、結果的に人(・)体(・)実(・)験(・)しまくる向こうのほうが、そりゃァ技術は進歩するわな……寒いか?」

「えぇ……すこし」

 

 じゃ、歩きながら話そう。と龍ノ口は、杖をセカセカと動かしつつ、上級生用の校舎に入った。

 廊下をゆくと、通りすがりの教室では、『存在認識論ーⅡ』と表題のかかっただ立体画像を教官が操りつつ、中空にアメーバを三次元的に何層にもからめたような、存在領域をうかべるなかで、グラデーションのかかったその境界面に、生徒が航界機の模型を動かし、自分の考案した航界機動を発表している。

 

「きいた話じゃ、こんど西ノ宮は新方式のAPSを開発したらしい。なんでもシナプスレベルの再現までいけるとか。これを使えば、耀腕(ようえん)はもちろん、雲海の大深度で突発的に襲ってくるらしい“強制憑依(ひょうい)”すらクリアできる、かもしれない」

「きょうせい……なんです?」

「オヤ、知らんか。強制憑依思考」

 

 不勉強だな、と龍ノ口は不満そうな顔をして、

 

「いくら自己意識を機械的に防御しても、突発的に何かに意識を乗っ取られることがあるらしい。意識だけじゃない。身体まで物理的に変化させられる場合もあると聞いた」

「……フロイト?みたいなものですか……」

 

 そんな生やさしいモンじゃない、と龍ノ口は鼻で嗤(ワラ)い、

 

「一部の大深度探求航界士(ディープスローター)からは、スバリ“悪霊”(ズロイドゥーフ)と呼ばれているそうだ」

「……」

「つまりこのシステムを使えば、これまでの雲海深度記録を、大幅に塗り替えることが可能になる。より安全に、より確実に。そこで次に必要となるのは、この新型システムのテスト航界を請け負う、優秀な航界士候補生さ。本職の貴重な航界士はテストになんざ使えんし。なにより奴等(ヤツラ)が、やりたがらんだろう。かくなる上は、優秀なる候補生『九尾』に、パイロットを――」

 

 はぁ?と『九尾』はとうとう声をあげ、

 

「ボクが?なんで――どうして!ほかにも優秀なヒトいっぱい居るでしょうに!」

「そのヘンは知らん。上層(うえ)には上層(うえ)の理由《かんがえ》があるンだろ」

 

 ヒステリックに叫ぶ彼に“元候補生”は、なにか唾棄するような一蹴で、

 

「とにかく、オマエに白羽の矢が立ってるってのは確実、ってハナシだ。東宮の空技廠(くうぎしょう)が仲立ちして、西ノ宮の[存技研(そんぎけん)]――存在技術研究所と交渉してるらしいンだな、コレが」

「イヤですよ!そんなの」

 

 さすがに怖(お)じ気をふるい、あえぐように答える。

 

「死ににいくようなモンじゃないですか!わざわざ」

「なぜだ?未知の領域だぞ。そこに挑めるんだ。こんなに幸運(ラッキー)なことはない」

「龍ノ口先輩には、そうでしょうけど!!」

 

 『オフィーリア』の死に様を思い出した『九尾』は、ブルッと体を震わせ、

 

「べつに、ワザワザ危険なトコに行かなくても……ねぇ?ホラ、その、深淵(しんえん)を覗(のぞ)くものは、なんとやらって。好奇心が強すぎたネコになるのもイヤですし」

 

 そして、なるべく平静をよそおいつつ、龍ノ口の目を見ないようにして、

 

「ボクも最近は、なんだかクラスの皆からシカトされるわ、妙な横ヤリあるわで。航界士ってあんまイイことないなァって。できるならどっか探査院がらみの企業を紹介してもらって、安定した生活――」

「……本気(ホンキ)で言ってやがるのか?」

 

 その声は、これまで『九尾』が聞いたことがないほどドスが効いていた。

 相手の猫背な背中に、怒気が溜まってゆくのがわかる。

 やがて一呼吸おいて、この先輩は年下(としした)の顔を睨(にら)みつけ、いきなり爆発した。

 

「これを見ろ!この脚(あし)を!」

 

 アルミの片手杖で、自分の不自由な片脚を邪険に打ち叩きながら、

 

「もう機体と満足に同調ができない――できないんだよ!おれの界面翼《つばさ》は無くなっちまったんだ!自分ひとりで高度な機動は出来ない!金輪際(こんりんざい)な――いいか金(・)輪(・)際(・)だぞ!だがオレは飛びたい!飛(・)び(・)続(・)け(・)た(・)い(・)!……でもな、糞(クソ)鈍重な大型貨物機のFEや(フライト・エンジニヤ)、貨物(カーゴ)クルーなんざゴメンだ!ならば……そう、RSOなら?後席(タンデム)とはいえ、まだしもさ……貴様はイイよ?好きに飛べるんだ!無限の可能性がある!だがオレは――オレは……!」

 

 恨(うら)みがましい上目づかいが、『九尾』を見据(す)えた。

 

 多少そり反ったように見える片手杖.

 それを、龍ノ口が横殴りに持ちかえたのを見て彼はハッと身構え、打ち叩かれるのを覚悟する。

 

 ジットリトした数拍。

 

 やがて相手は、そんな彼のおびえ顔を目の前にして寸前のところで自制したらしい。

 急に肩の力をおとすと己の所業に気づいたのか、この翼を喪(うしな)った元候補生はうつむいたまま、年下の候補生をシッシッとおいはらう手つきで……。

 

 『九尾』は、形ばかりの敬礼をして、その場を逃げ出した。

 

 いままで辛うじて残っていた、先輩に対する尊敬の念の最後の一角。

 それが、音をたてて無残にもガラガラと崩れてゆく。

 

 鼻の奥にツンとするものをこらえつつ、唇の端をわななかせながら、彼は離床準備棟へとかけていった。

 

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