「いつまで待たせンのよ!」
龍ノ口をやり過ごし、離床棟《りしょうとう》についた『九尾』だったが、こんどは入り口で待ちかまえていた校内女医《センセイ》に、またもやカミナリを落とされた。
「毎回毎回!学習しないコね!まったくもう!この遅刻魔!バカじゃ――って、あら。泣いてるの?遅刻するほうが悪いんでしょ!もう!」
細い指に、見た目と違って強力な握力。
服の上からとはいえ、腕をギリギリつかまれるのが痛い。
そのままフィットルームへ連れて行かれ、消毒液臭の漂う部屋に投げ入れられる。
部屋の中央には“あの”忌まわしいギロチン。
おまけにガチムチの屈強そうな看護助手が三名。
感染症予防用のフルフェイス・ゴムマスクごしに、爬虫類のような目つき。
一瞬でこれらを見て取った『九尾』に、女医は情け容赦《ようしゃ》もなく、
「探査院・別院から、あたらしい
女医は、ご丁寧にもジュラルミン・コンテナ入りの体外排出ユニットを示す。
「今日からコッチの方つけてもらうからね。
ドヤ顔で指し示されたそのユニット。
生体シリコンだろうか?アズキ色をした、妙にテカる物体。
イボのようなものが沢山ついた、そのうえ神経接続部のトゲも生々しいグロテスクな体内挿入部《アナルプラグ》も、いまの『九尾』には、どこか現実感がない。
先ほどの大きく目を見開いた
いまだ情景が目前にチラチラとフラッシュバックして、いくぶん体温の下がり気味な彼の思考野を大部分占拠したまま去ろうとしない。
「さ、制服をぬいで――はやく!別院の方がお待ちだよ。」
「別院って……?」
「
あとの説明を『九尾』は聞いていなかった。
さきほど聞いた龍ノ口の言葉。
あまりな暗合。偶然。
そのため気づいたときは全裸にされ、ギロチンに拘束されて、脚を大の字に開いたすがたで麻酔《リドカイン》を混入させたゲル剤を局所に塗られていた。
ネットリとした手つきで、アヌス部分は特に念入りに処置されて。
女医の目が、手術用ゴム手袋をキュパキュパ鳴らしつつ
記憶の断片。様々な心象が、グルグルと、頭のなかでまわる。
進行性の脳
首のない死体。
瞳の中の炎。
フロイト。
弔鐘《ちょうしょう》。
髑髏《ドクロ》。
身体改変。
雲海の大深部。
強制憑依――
いつの間にかミラ秘書官や龍ノ口の言った計画は動き出していて、いま自分が強制装着されてるこの貞操帯のようにズップリ
――って、ズップ……リ?
「
貞操帯のことに考えが及んで初めて気がついた『九尾』は、拘束される“ギロチン台”を激しくゆすり、黒い
「暴れないの!いま調整するから。親和剤、20追加」
麻痺がゆっくりとやってきて、それが去ると下腹部の違和感は消えている。
「……いいわ、外したげて」
ようやく解放された彼は、おそるおそる自分の下腹部をさする。以前より薄く、身体にフィットする貞操帯が張り付いていた。
なんとなく
ふたつの丘がラテックスで作った女性の恥丘を思わせる。
ご丁寧にも、うっすらタテ筋まで、再現されて。
「特殊な人工皮膚をスキン溶着しているから、
「なんか……だんだん酷くなってゆくような」
「なんですって?アタシの趣味に文句――」
「……趣味?」
ゲフンゲフン!と、とっさに女医は咳払い。
「あ、イェイェ。とォォォォっても!よく似合ってるわよ」
「いえその、先輩たちは、みんなこんなもの……四六時中?」
「そ、そうよ?もちろん――」
女医はこともなげに言いはなつ。
「首輪みたいなものよ。便の排泄《はいせつ》は専用の設備がないと出来ないから、ヘンに遠くにも行けないし。ロケーション機能もついて居場所も分かるしね」
『九尾』はサラの姿を浮かべた。
「その。女の、女性の……先輩も?」
こともなげに女医は、なにを当たりまえなという表情で、
「女子候補生は、とくにね。いろいろ便利なのよ。排便、排尿はもちろん経血処理とか、局部保温とか。鎮痛プラントとか」
と、ここでニタリと意味深な
「挿入する膣の処理部を
“ディルド”や“アダプター”が何かは分からなかったが、
チャンバーに入り、G・スーツを肌に張り付かせる。
なるほど。新型貞操帯は前よりスムーズな感じで、外見にも自然だ。ウェストにポーチの並ぶベルトのようなバイタル・デバイスを調整し、さて、と女医を見ると、いつも背中に装着する機器の代わりに紙の手下げ袋をわたされた。
「G・スーツのバック・パックは要らないわ。あと、服が来てる――はいコレ」
袋の中を見ると、オリーブ色の真新しいツナギ型作業着が入っている。ちょっと見には、軍用の一般勤務服のようだ。腕には探査院のマーク。
【城壁の隙間から鍵を差し出す腕】※
「それからこの書類持って――あなたの履歴書。おむかえの連絡機が
女医が、額をくっつけるほど近づき、眼鏡の奥でにらむ。
「あの、感応ヘルメットとかデバイスは?」
「聞かされてないわ。向こうで用意するんじゃないの?」
――やっぱり。
計画は進行しているんだなと、ノロノロした手つきで『九尾』はスーツの上からツナギを着なおし、古風な「目玉つき封筒」を受け取りながら考える。どうしよう……バックれようか?でも、どこへ?
浮浪者になるんだ!という想像が、浮かぶ。
川の土手ッぷちにブルーシートと単管を組み合わせて
テスト勉強も、
追試も、殉職も、関係ナシで。
風呂とトイレは川で済ませて、調理はカセット・コンロか。電気は……どっかで盗電して、
いますぐこの場から逃げ出して、ダッシュで寮に帰ってエロ画象を始末して、手持ちの現金を……。
――あ。
そこまで、計画を練ったとき、彼は自分の下腹部、尿道とアヌスをズップリと犯しているものに思い当たった。
惨めな思いに
柔らかいようで、硬い、去勢されたように平らな丸みが、中ゆびに伝わった。“男のふくらみ”が圧し潰され、縦スジのあるなだらかさに換わってしまっている。
――これがある限り……逃げられない、か。
幸せなプータロー生活が、雲のように消えてゆく。
「どぉ?女の子みたいでしょ」
女医が、してやったりというニヤニヤ顔で、そんな彼の仕草を。
「似合うと思ったのよねぇ……あなたオンナ顔だし。ウェストもくびれてるし」
「そんなぁ」
「これでおチチつけて、メイクすれば、もう立派な女の子じゃないの。知ってる?あンた、クラスの一部から、カキタレになってるって」
「柿タレ?なんですソレ。バカタレにされて?」
あッはは!
女医は高価そうなブレスレットを揺らして手を打ち鳴らし、イスの上で身を前かがみにして笑いくずれる。
眼鏡をズラして涙をふき、
「ヤッパねぇ……アナタ、箱入り
「クソ『九尾』候補生!クソ居るか!?」
いきなり怒鳴り声がして、フィットルームの扉が、ギロチンのごとく横に開けられる。
脱走、という『九尾』の希望が、このとき決定的に打ち砕かれた。
「先方様が、クソお待ちだ!とっととクソついてこい!クソが!」
展開に
バイバーイ、と笑顔で校内女医。
エースマンがスクーターを飛ばし、第二滑走路の駐機場まで『九尾』をおくり届ける。
主席教官のラフな運転にもかかわらず、後席にまたがる貞操帯をはめられた尻に、鈍痛は無かった。よほど
※プラハ市の紋章の「剣」を「鍵」に
換えたものと考えてください。