※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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025:F・カートリッジのこと、ならびに奇妙な邂逅のこと【18禁】

 すすむにつれて、通路の色が変わっていった。

 そのうち隔壁(かくへき)が二重三重にもあらわれ、全身スキャンで身分を確認される。

 『九尾』が驚いたのは、こんな場所にも自分のデータが入力されており、秘書官の名前と同時に自分のW/N(ウィング・ネーム)も読み上げられた事だった。そして、ようやくたどりついた目的地らしき頑丈(がんじょう)そうな扉には、

 

       【ブルー章(バッジ)要員以下の入室は】

       【これを固く禁止する――艦長】

 

 虎ワクで、そんな注意事項がビス止めされている。

 ここでアラームが鳴った。

 つづいて女性の合成音声らしきものが、なめらかな口調で、

 

「畏(おそ)れいりますが航界士候補生は入室資格がありません。艦艇管理法・第――」

「ホワイト章(バッジ)要員の管理職である、わたしの権限(けんげん)と責任で許可します。解錠(ウヴレ)!」

 

 若干(じゃっかん)の空白。

 

 やがて渋々といった感じで、ブ厚い隔壁(かくへき)ドアが開いた。

 そこはエア・シャワールームとなっており、同時に吹き出るミストと殺菌灯を浴び数分間、強風に吹かれる。終わると、つぎの部屋は靴底がひたるほど、浅く水が流れており、靴裏を消毒。ようやく入った場所は、一○m四方ほどの大きさもあるだろうか。白を基調とした、黒いグリッドが壁面にならぶ、無味乾燥とした部屋だった。

 中央にはコンソール。その傍らに、胸ほどの高さで一m角ほどの金属質な直方体が何本も整列して立っている。表面にはシリアルナンバーらしきものが、プレートで。

 

「――ここは……なんの部屋です?」

 

 数歩、部屋の中央に歩み入り、くるりとふり向いたミラは、

 

「この艦のメイン・スタビライザー養成装置よ。エイジング(熟成)・ルームとも呼んでるわ」

 

 彼女はコンソールに手のひらを当ててから、何かをI/P(インプット)する。

 壁のグリッドの一つが、まるで引き出しのように、ゆっくり壁面から直方体状に突きだした。

 サイズ的には、コンソールわきで直立しているものと同じ。連動して上面の一部分がひらく。

 かすかに感じられる、冷気。

 

「見てごらんなさい」

 

 面白がるようなミラの口調。

 『九尾』はイヤな予感とともに、引き出された部分に近づく。

 

 ――うっ……。

 

 『九尾』の頭から血が音を立てて引いてゆき、一瞬、よろけた。

 以前にも、こんな事があったと彼は頭のどこかで。

 でもこんどの方が数倍ひどい。

 

 あの、艶(つや)やかな黒髪。そして冷たく理知的な表情(かんばせ)は、もう無かった。

 静脈の目立つ、透き通るような白い裸体。

 剃(そ)りあげられ、コーティングされたように光沢がある坊主頭と、蒼白な顔面。

 ひろくなった額には、刺青でもされたような明瞭(めいりょう)さで、番号と認証コード。

 

 氷の印象だった瞳(ひとみ)もいまは白目を剥(む)き、口には大小の径を変えて幾本もの透明な管を差し込まれている。

 控え目な胸は露出され、両の丘の中央が切り割られて、ここにもチューブが何本も身体の中に飛び込んで。

 腕も根本から切りつめられ、代わりに何かの機器が接続されていた。

 下半身は隠されて見えなかったが、推して知るべしだろう。

 

「……サー『黒猫』(シャノワール)?」

 

 喘(あえ)ぐように呟(つぶや)くのが精一杯の彼は、己の眼を疑うように二、三回まばたきする。

 

「言ったでしょ?候補生なんて――たんなる消耗品(しょうもうひん)だって」

 

 ミラは、そんな彼の顔を小気味よさそうに横目にするや、悠揚(ゆうよう)せまらず傍(かたわ)らに歩み寄ると、そっと彼の肩に手を置いて

 

「これは、一般に“F・(フィメール)カートリッジ”と呼ばれるものよ。生体を効率よく保存しながら、その個体の脳髄(のう)を活用するの。女性候補生の脳は、脳梁(のうりょう)が太くて情報の大量入力にも耐えるし、安定志向があるでしょ?だから不安定な事象面境界(きょうかい)を渡るとき、航界艦の姿勢制御に使われるってワケ。もっとも……」

 

と、彼女は直方体の中に横たわる『黒猫』のひたいを、中指の腹でやさしく撫(な)で、

 

「賞味期限?があるから、そのたびにカートリッジの中身を入れ替えなきゃだけど。まぁ、艦の運航状況しだいね。保(も)って七、八年といったところかしら?耀腕や、ほかの航界艦との戦闘状態を継続した場合は三年も保たないと言われてるわ。小脳が――灼(や)けてしまうのよ」

「でも……でも、生きてるんですよね!?」

 

ミラはコンソールにもどり、立体表示を宙空に浮かべてデータを呼び出しながら、

 

「記録によると――この“素体”が日常生活に復帰する可能性は無いわね。ときおり眼球運動があるらしいから、ひょっとして自我意識があるカモだけど、望みうす。言ってみれば“例外状態(れいがいじょうたい)の生(せい)”というトコロかしら」

「そんな……ムゴい」

「ハ!植物状態で症状が固定された場合は脳髄を有効利用する旨(むね)、彼女とは契約が交わされているもの。航界士候補生になるときに、宣誓と――血判で」

 

 たんなる臓器の有効利用よと、あたり前のようにミラは言いはなつ。

 

「角膜(かくまく)や腎臓(じんぞう)と、なんら変わりない。こういったカートリッジをいくつも並列処理につないで艦の安定をはかっているわけ。ココは、その養殖場(ようしょくじょう)みたいなものよ。ホンモノの――つまり稼働中(かどうちゅう)の――カートリッジが並ぶ部屋は、別にあるわ。さすがに艦長でないと入れないけど」

「まさか、この四角なグリッドが……全部?」

 

 『九尾』は、入り口以外の三面にならぶ格子状の文様を、今までとは違った目で、畏怖(いふ)の面持ちもまじえて見わたす。

 

「みんな――その、植物状態の女の子が詰まってるんですか?」

「空きもあるから全部ってわけじゃないけど、現状では四五%以上埋まってるみたい」

「……」

 

 なんのことはない、遷延性(せんえんせい)意識障害(いしきしょうがい)の患者を再利用する、その献体(ドナー)保管倉庫だ。

 打算(ださん)思想、ここに極まれリ。もはや理念(りねん)も、倫理(りんり)も、理想(りそう)もない。

 完全無欠な実用主義(プラグマティズム)。情(なさ)け無用、仏心御免(ぶっしんごめん)の唯物論(ゆいぶつろん)。

 おそるおそる、彼は秘書官の顔を偸(ぬす)み見て、

 

「ボクも植物状態になれば……こうなる?」

「まさかァ!」

 

 『九尾』の台詞(セリフ)にミラは、陰惨(いんさん)の度合いを俄然(がぜん)、増しはじめるこの部屋にそぐわぬ快活(かいかつ)さで笑いころげると切れ長な目じりの涙を、曲げた小指で掃(はら)う。

 

「男の子の脳髄(のう)をスタビライザーなんかにしたら、艦があさっての方に行っちゃうわよォ。境界門(ゲート)の維持(いじ)や航界艦艇の針路保持――みんな女性(メス)の脳の特質を利用したモノ。狩猟行動を基礎とする好奇心あふれる男子(オス)の脳髄は、ほかの分野で利用されてるわ」

「――たとえば?」

 

 その問いに、彼女は『九尾』の瞳をじっと見すえ、

 

「……そ・れ・は、機密事項。知りたければ候補生なんてやめて、探査院(ウチ)で働きなさい?アタシがいい部署、紹介したげる。だからイイ?いま計画されている雲海・深深度探査のパイロット募集には手を挙(あ)げないこと。それと第二王女には気をつけて。こないだのアレ、判ったでしょ?」

「このあいだ、って?」

 

 ジれったいわね、とでも言うように、ミラは手近の直方体をガン、と蹴りつけ、

 

「“南十字星”に乗せたげようとしたときに、あのイケ好かない“蘭(ラン)の殿下(ビッチ)”ご一行が現れて、あなたに特定シナプス促進波(そくしんは)あびせたじゃないの。あれは感謝情動(かんしゃじょうどう)を昂進(こうしん)させるモードよ。ありがたがって、目ぇウルウルさせてたでしょ?人のオトコを!まったく!」

 

 あれが、と『九尾』はそのときはじめて納得がいった。

 自分でも変だと感じていたのだ。

 感情崩壊にも似た、どうしようもない感謝の思い。

 まさか――あれが人工的なものだったとは。

 

「アンタが拒否しようとしたら、おなじ手を使って志願させるかもしれない、もしそうなったら、アタシに言いなさい?何とかしてあげるから。だから――」

 

 ミラは、宙空に浮かぶ緑のインジケータをつついた。

 

 先ほどミラが蹴りつけた、コンソールわきに直立して並ぶ直方体の一つが、低い唸(うな)りを発し、その正面が壁に突き出た“カートリッジ”とおなじ開き方をする。中には、やはり坊主頭の女性が格納されていた。唯一ちがう点は、中身がまだ意識あるらしく、直方体の中で苦しそうに身じろぎしているコトだった。

 

 剃髪(ていはつ)はされているが、額には惨(むご)たらしい認証コードと数字がない。両腕もまだ繋がった状態で、首輪からのびる革製らしき黒い編み上げの袋を使い、うしろで一つにまとめられている。ひかえめな胸の片方の頂(いただき)には鑑札のようなものがピアス留めされ、本人の身じろぎとともに揺れている。泣きはらしたような真っ赤な両目を突然のまぶしさにしばたたかせ、黒い口枷(くちかせ)にポッカリと開けられた丸い穴から、チロチロのぞく紅舌(こうぜつ)と、意味不明な言葉らしきものをオーオーと出して。

 

「ほぉら……イイ子にちてまちたかァ?」

 

 ミラは満面の笑みをうかべ、直方体の後ろに回り、中に拘束されている女性の額をピタピタ叩く。そしてポケットからハンカチをとり出し、口のまわりと、小さな乳房に滴りおちた涎(よだれ)を優(やさ)しくぬぐってやる。次いで直方体を後ろから抱く姿勢のまま、媚(こ)びた上目づかいで『九尾』を見上げるや、嫣然(えんぜん)と、

 

「だ~からぁ……ぜったいに、志願しちゃ――ダぁメ」

 

 カートリッジの中に拘束されている女性に対して嬲(なぶ)るようなミラの仕草と目つきを見ているうち、彼は蘭の王女の言葉とともに、ようやく思い出した。

 

 (威(い)を恃(たの)む者は威に、亡(ほろ)びるのですよ……)

 

 あのとき。

 ミラのほおを、大扇で打ち据えた若い女侍従。

 それがどういうわけか“カートリッジ”の中に封印され、いまや高速巡界艦(フリゲート)の部品にされようとしている。

 

――それも、意識のあるままに?

 

「その人も、えぇと、スタビライザー?にされるんですか」

「んー。どうしよっかナー」

 

 ミラは“中の人”のアゴを、きれいに整えられた光沢のあるピンクの爪でゆっくり引っ掻(か)きながら、

 

「あのとき、手ひどくぶっ叩かれて大恥かかされちゃったもんねェ?……このまま麻酔なしで、後頭部にドリルで穴開けて、脳髄インターフェース、頭蓋(ずがい)の中に這わせてもイイんだけど……」

 

 中の女が悲鳴をあげた。

 そして拘束された口を精一杯使い、泪(なみだ)のすじをあらたにしながら、

 

「エンハ…オオヒテフハハイ……エンハ……」

 

 不自由な言葉をかろうじてあやつり、なにごとか訴えている。しかしそれを聞いたミラの眉間は美しく顰(しか)められ、口調がトゲトゲしくなって、

 

「ようやく取れた休暇(きゅうか)のデートを台無しにして!人の恋路(こいじ)をジャマするやつは、馬に蹴られる代わり、コレでもしゃぶってなさい!」

 

彼女はそう言うや、カートリッジの開口部内手前から、ジェル質感のあるショッキング・ピンクの筒を引き出した。よくみると、先端は男根をかたどっている。

 イボつきの、カリが高い、見るからに婦(おんな)を泣かせそうな凶悪たる一本。

 

 と――その模造チ〇ポは一転、ウネウネと自在にかたちを変えるではないか。

 

 大小ふたつに分かれたり、タコの脚を思わせる形になったり。

 果ては先端からミミズのような舌をチロチロ出しいれもする。

 

 中の女性の悲鳴が大きくなった。

 

 それを意に介さず、彼女はプルプルしたピンク色の亀頭に、軟膏のようなモノを塗りたくると、悲鳴を上げる口枷(くちかせ)の中にも何やらスプレーする。とたんに悲鳴は殄(や)み、ゲホゲホと、せいいっぱい身をよじらせる中の女性(ひと)。

 

「はぃ、あ――ん?」

 

 顔をそむけようにも、カートリッジの拘束と口枷が、それを許さない。

 どぎついピンク色をした太く長いカリ高の男根が、女性のえ(・)ず(・)き(・)を無視してズルズルと口の中を通ってゆき、やがて彼女の悲鳴がとだえるとコンソール上の立体表示が、電子音と共にあたらしく文字を浮かべる。

 

 女声の合成音が、

 

「挿入管(そうにゅうかん)接着・気道(きどう)確保・使用気体/洗脳用オピウム・および催淫(さいいん)剤混入・Bタイプ」

 

 そして最後に宙に浮かんだ文字が点滅した。

 

 《強制呼吸補助(こきゅうほじょ)を開始しますか?Y/N》

 

「どうするぅ?これを吸うとネ?なぁにも考えらンない、おバカになっちゃうの。でも気持ちイイのよぉ?……これが済んだら下(・)の(・)お(・)口(・)にも、いーっぱいご馳走してあげましょうねぇ?」

 

 ミラが焦(じ)らしている間に、カートリッジ内の女性が暴れ、顔が赤くなってゆく。

 思わず『九尾』は叫んだ。

 

「秘書官!もうやめて下さい!あまりにムゴすぎます!」

「ハァ!?あのときブッ叩いてくれたお礼をしてるんじゃないの!」

「それでもコレはあんまりです!」

 

 毅然(キッ)と睨(ニラ)みあう二人。

 

 やがて、こぶしを握りしめ仁王立ちで見すえる『九尾』の語気に本気を感じ取ったのか、チッと彼女は舌打ちし、コンソール操作をやり直す。

 流れるような手つきで宙に浮かぶ外象文字をつつくと、知的な女性の口ぶりを想わせる合成音声は、

 

「了解いたしました。使用気体・通常格納・Aタイプに変更――強制呼吸補助を開始します」

 

 アナウンスがそう言い終えるや、カートリッジ内の女性が脂汗を流し、グッタリとうな垂れて静かになる。さらにミラは操作を続け、カートリッジの開口部を鎖すと“部品候補”の姿を『九尾』の目から覆(おおい)い隠した。

 

 ミラは肩を落とし、コンソールに目を向けたまま、

 

「ねぇ――ひとつ約束して」

「なんです!」

「どんなときでも、アタシに命令しないって」

「それならボクにも約束してください!」

 

 『九尾』は語気も鋭く、負けずに言いかえす。

 

「卑しくもボクの“彼女”を名乗るなら!どんなときにも優しさや品格を失わない、って」

 

 彼の言葉に一瞬、ミラの面差しが、暗く翳(かげ)った。

 

「アンタまでそんなコト言うんだ……でも、イィ」

 

 コンソールのわきを離れると、ミラは『九尾』に歩み寄り、いきなり彼の首に腕を巻き付けて唇を重ね、目を閉じた。その動きはネコのようにしなやか、かつ敏捷(びんしょう)で、たわいもなく『九尾』は唇を奪われる。

 

 今度のキスは、長いものになった。

 

 互(かたみ)に唇をはなしたとき、ほそく輝く糸が、二人の間をつなぐ。

ミラは、妖(あや)しげな微笑を浮かべると、女侍従が格納されているカートリッジによりかかり、飛行服の上着を中のアウターごと寛げ、黒いレースのブラをあらわにしてから、ホックをはずし、

 

「――ね……見て?」

 

 

                 * * *

 

「見ろ!きたぞ」

 

 観衆のどこかで叫び声があがった。

 スタジアムの舞台正面から搬送用の大エレベーターに乗って、航界機が一機。徐々(じょじょ)にせり上がってくる。

 猛威(もうい)いや増す事象震を怖れて数をいくぶん減らしたとはいえ、スタジアム内に残る数万の観衆――中継の視聴者を含めれば、数千万にはなるだろう――が一斉(いっせい)に歓声を上げた。

 

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