※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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026:挑む少年のこと、ならびに控えの間の軋轢のこと

 グラス・ドーム内の空中に浮かぶ光学スクリーンが蘇り、この荒天に挑(いど)む少年を大写しにする。

 モニター越しだからか、部屋を出たときとは印象が違うような気配。

 なにか手の届かない、別の世界の住人になってしまった感が。

 観衆から――とくに若い女性の観客から、ひときわ歓声。

 

 大きな冠の具合を直したとき、袈裟(けさ)に停められた様々な勲章が輝く。

 

 第一級(特)鳳凰(ほうおう)章。

 対校戦成績優秀賞(金賞)。

 西ノ宮法務院・八葉付き迦陵頻伽(かりょうびん《/blue)が》medaillon(メダイヨン)。

 

 “御披露目台(おひろめだい)”の上に立つ少年は、皇族や王族の並ぶ来賓席を仰ぎ見て、軽く一礼。

 顔は幾分(いくぶん)、蒼(あお)ざめているが、引き結んだ口唇(くちびる)からは、決意のほどが伺(うかが)われた。

 (殀(ころ)すには惜(お)しい仔ぢゃないか?エラく美形だ。毛並みも良さそうだし)

 (なんでボクのところに来なかったかなぁ。あたら有益な個体を)

 (ナニ、あれも誰かのお手つきが放流(なが)されたモノでしょうて)

 (もしかして、どなたかの逆鱗(げきりん)に触れたのかしら?)

 (なんじゃいその目は!ワシは知らんぞ?)

 (では西ノ宮の方々のどなたかとか?)

 (あの本院の大僧正かもしれん)

 (ぶるぶるぶるつ)

 (桑原(クワバラ)桑原)

 

 テラス状になった“お歴々の席”で、着飾った招待客のあちこちから漏れる、そんなもろもろの囁(ささや)き。

《西ノ宮院付属――清暁第一校・候補生『蓮華《れんげ》』》

 

 スピーカーが、これから飛ぶ者の履歴を装飾たっぷりの仲人(なこうど)口調で読み上げる。

 生まれ――家系――修錬校の成績。受賞歴。

 それを彼は肩で聞きながら、居ならぶ観客を、幾分ひややかに見わたす風。

 

《――使用機体はロッキヰド&イスマヱル社製・FA47・サンダーボルト・Ⅳ》

 

 次いで外象語、および数カ国語で、同様の案内をする拡声器の紹介が終わると、画面が替わる。『蓮華』の横顔のアップ。唇のはしにフッ、と寸鉄(すんてつ)のような、皮肉な笑みのようなものが浮かぶ。だがそれもすぐに消えてしまう。

 機体を整備係に任せ、候補生はいったん飢(う)えた観衆の視線から姿を消した。機体も、スタジアム外の離床プラットホームに向け、再びエレベーターを降りてゆく。

 振り返った少年が、一瞬、沈鬱(ちんうつ)な笑みをみせて。

 

 

           

 毛足の長い絨毯(じゅうたん)に豪華な調度が備わる控えの間。

 だがそこには、先ほどまでの沈鬱(ちんうつ)な気味は、もはや無い。

 自分の“死刑”の順番を待っていた少年たちは、ロココ調の軽やかで雅(みやび)やかな椅子を思い思いに動かして、それぞれ好みの位置に持ってゆくと一装服をすこしばかりラフにくつろげ、用意された大型モニターに見入っている。

 

「さぁ、たのむぜ……うまく墜(お)ちてくれよ?賭けるかィ?オレは三〇秒以内に」

 

 『二番星』が、近くに座る西洋中世騎士風の候補生に話しかけた。

 

「よしたまえよ……そんな」

「は!キレイごと言ってンじゃねぇよ!」

 

 またもいきなり『一番星』が切れた。

 

「ヤツさえ――ヤツさえ墜(お)ちれば!あと一人除いて、みんな丸く収まるんだぜ?」

 

 もっと長く飛ぶだでしょう?と遠くから声がかかった。

 

「彼、いちおう六枚翼よ?ずっとまえに対校戦で見たわ」

 

 さらに別の方から、咎(とが)めるような口ぶりで、

 

「われわれの身代わりとなって飛ぶんだ。もっと静かに見守ろうじゃないか」

「チッ!なんでぇ。みんなイイ子ぶりやがってヨォ!」

 

『二番星』が、焦(じ)れたように叫び地団駄をふむ。

 かたちの悪いジャガイモのような「いがぐり頭」を振りたてて、

 

「オマエ等(ら)だって考えてみろよ!ヤツが(なんてったッけ?そう『蓮華(れんげ)』だ)クタばれば!このキチ(ピー)イじみた事象震を飛ばずに済むんだ!えェ?そうだろ!死ぬのを期待するなって方が、ムリってもんだ――そこにいる!」

 

 と、例の女の子ともみまがう候補生を指さして、

 

「そこのオンナ小僧(コゾウ)みてェに、ガタガタ震えるのがオチってもんだろうが!こん中で手前(てめ)ェの身が可愛くないヤツが、いるんかい!?どいつもコイツもスマしたツラぁしやがって!偽善者どもが!吐き気がすらァ!豚野郎が(ブダン)!」

 

 ねばついた沈黙が、広間を支配した。

 

 広間の少年たちは、互(かたみ)に視線を避け、己(おの)がじしに自省する。

 ただひとり、女小僧と言われた候補生だけは、恨(うら)みがましい目で『二番星』を凝(じ)っとニラんで。ひざを抱えたまま動かない。

 

 しばらくして、モニターに『蓮華』候補生がふたたび現れる。

 

 今度はスタジアム内ではない。

 空電と衝撃波が飛び交う外の世界だ。

 機体のまわりを、グランド・クルーが忙しく巡っている。

 

 観客用にバラエティ番組を流していた大パネルが切りかわり、少年が整備員に助けられコクピットに着座するのが映し出された。機付き長が各種ユニットをスーツの所定部位へ手ぎわよく接続し、最後に候補生のヘルメットを、専用ラインで機体とむすぶ。

 

 給気マスクを装着。

 バイザーが降ろされ、『蓮華』の表情は好奇な観客の眼から遮断(しゃだん)された。

 音声が、外の音を手加減しながらひろう。

 空電と空震、雷鳴と暴風。

 

「墜ちろ、墜ちろ、墜ちろ、墜ちろ……」

 

 控えの間では、とぎれなく続く、念仏のような声。

 

『離床六〇秒前(Tマイナス60)』

 

 アナウンスが、無機質にカウントを告げた。

 整備員の動きにハッパがかかる。ひとり、整備員が倒れている。雷球(らいきゅう)の直撃を受けたらしい。赤色回転灯を付けた車両が近づき、白衣をはためかせてストレッチャーが運ばれ、赤ムケの身体が回収される。暴風の轟音をしのぐ勢いで機体の一次スターターが回り、機動ジェネレーターが息を吹き返した。

 

『離床三〇秒前(Tマイナス30)』

 

 怒鳴り声。警笛(ホィッスル)――また警笛。

 整備員が飛びすさり、車輪止めは外される。

 別れ際(ぎわ)に交わされる機付長とパイロットの、ハンドサイン。

 

「――飛ぶぞォ!」

 

 スタジアムのどこかで悲鳴にも似た叫びがあがった。

 ジェネレーターが離床パワーにまで上がると、機体の周囲に陽炎(かげろう)が立つ。

 候補生の特質により、その色は千差万別。

 この機体の場合、揺らめきは、うす紫。

 

 主脚(ギア)を固定していたワイヤーのロックがはじけ、ふわりとサンダーボルトは浮き上がる。やがて機動安全高度にまで達すると、機体をつつむ、うす紫色のもやはますます強くなり、ひととき、機体の輪郭(りんかく)そのものが希薄化(きはくか)して、光学的にグニャリと歪んだように。

 

 つぎの瞬間。

 

 機体の周囲にサファイア色の鋭角なヒビが生まれ、それが鱗翅類(りんしるい)の羽根のごとく、八方へと伸びはじめた。

 

 ――あいつ!

 

 控(ひかえ)の間で『九尾』は思わず立ち上がる。

 

 ――あのときの!

 

 スタジアムの観衆も、同じようにどよめく。

「八枚だ!八枚だしやがった!」

「こりゃあ、今度はイケるかもしれんぞ?」

「カメラ!カメラ早く!」

 

 雷球乱れ飛ぶ、冥(くら)く荒れた上空を背景に、機体は垂直に高度をとりながら翼をのべてゆく。

 

 『Tプラス・一五、一六、一七…』

 

 スタジアムの中では、合成音声が無機質に離床後の経過をつげていた。

 

「――耀腕だァ!」

 

 ふたたび、めざとい観衆の中から叫び声。

 上空の暗雲が割れ、そこからニュッ、と骸骨めく痩(や)せさらばえたような光の腕が、閃(ひらめき)きながら数本伸びる。危ない!と観衆が息をのんだ瞬間、機体は背面から対耀腕弾射出。光の前腕をあらかた消散させ、のこる一本の腕も限界機動で華麗に回避する。

 

「巧(うま)い!」とスタジアムが手を打ち、唸(うな)った。

 

 その――瞬間……。

 

「あ!」と言うヒマもなかった。

 

 ひとまわり巨大な耀腕が、回避先を予測していたように雲間からあらわれ、翼の一枚をわしづかみにする。候補生たちの見るモニターの中で、『蓮華』の八枚翼はしおれ、見る間に輝きを無くしてゆき、わななくようにふるえ、明滅する。

 

 ワイプに入るオンボード・カメラの映像では、パイロットが体を、人体ではありえない激しさと動きで痙攣(けいれん)させながら必死にヘルメットを取ろうとしているのが分かった。跨乗型の操縦席ではグラス・コクピットが火を噴き、風防(キヤノピー)の火薬が誤爆して吹き飛ぶ。

 

「――脱出しろ!」

 

 むだとは識(し)りつつ、『九尾』は控(ひかえ)の間(ま)で叫んだ。

 あの顔が、データの逆流で歪み、脳が灼かれてゆくのを想像したくなかった。

 つられてほかの候補生たちも、異口同音にモニターに向かって叫ぶ。

 

「はやく!」

「がんばれ!メットを外せ!」

「機外に脱出しろ!」

「(…………………………死ね!!)」

 

 もがき苦しみながら、ヘルメット・システムをどうにか脱いだ瞬間。

 パイロットの頭部が、まるで炸薬でもしかけてあったかのように爆散した。

 きれいな下あごの歯ならびと、ピンク色のみょうに長い舌が映ったところでモニターは暗転する。

 

 

 

 沈黙と、巨大な疲労感が――控えの間に降りてきた。

 

 

 

 実況アナの軽薄な声が、むなしく彼らの耳朶(じだ)をうつ。

 やがて翼が完全に消えたのと同時に、巨大な腕も薄くなり、形を崩してゆく。翼を喪(うしな)い空に遺(のこ)された機体は、そのまま石のように地表に墜ちていった。

 

 視界から消えて数秒後。

 

 火球と黒煙が立ち昇り、たちまち暴風に吹き消されてゆく。

 観客の尾を引くどよめきが、スタジアムを満たした。

 観客席のあちこちで、ハズした“勝ち翼投票券”とカラのペットボトルが宙を舞っている。

 

「ヤレヤレ――これであと一機か」

 

 控の間を白々とわたる声に、どの目も非難がましく発言の主をにらみすえる。

二人だけ、そっぽを向く者がいた。『九尾』と、そして例の小柄な候補生だった。それをめざとく見つけた『一番星』が、『九尾』の席に歩み寄るとカラみはじめる。

 

「よぉ“耀腕殺し”ぃ。どうだィ、あんなチビ助を飛ばすんじゃナシに、アンタが代わりに出てやったら」

 

『九尾』は、脳裏に『蓮華』の散りざまを張りつかせたまま、ジロリと顔をわずかに声の方に向け、

 

「その言葉――そっくりキミに返すよ」

 

 ウッ、と『二番星』は鼻白(はなじろ)むが、すぐに露悪的な笑みを投げてよこし、

 

「わかってンだよ。どうせオレのこと、クズ野郎と思ってンだろ?」

 

 いや、と『九尾』は首をふった。

 ペラペラと軽薄に喋るこの候補生がウザイ。

 いまは、早く話を切り上げ、独り『蓮華』の喪に服したい『九尾』だった。

 

「……ウソつけよ。この部屋のほとんどのヤツらは、みんなキメつけてるゼ。オレが、どうしようもないクズだってコトをな。何よりオレが一番よく知ってらぁ!」

 

 そうか?と相変わらず『九尾』は立ち尽くしたまま、荒れた空を映すモニターから目をはなさない。まるでそのまま眺めていれば“サンダーボルトⅣ”がまた現れてくれるかのように。

 

「確かに、オレはクズ野郎さ。でも、オレの立場なら誰だってこうなるだろ、なぁ?」

「もちろん、そうだな」

「……え」

 

 カクン、と二番星の首がおちた。

 

「ホントに……そう思う?」

「……あぁ」

「……」

 

 だよ、なァ!?と急に『一番星』は元気づく。

 腰に手をやり、まわりの候補生の敵意に満ちた視線を跳ね返し、皆勤賞や健康優良賞のならぶ制服の胸を反らして、逆にまわりをねめつけた。

 

「ホラ見ろぉ!」

 

 いくぶんかさにかかったように、

 

「“耀腕殺し”サ(・)ン(・)だって、こうおっしゃってンだよォ!どいつもコイツも善人ヅラしやがって!だれもあんな空、飛びたくねェだろが!」

 

 ――あんな空、か。

 

 またもや言い合いがはじまるのを上の空に、『九尾』は頬の傷をなで、ふたたび定位置の椅子にドサリと力なく座った。そして若干位置の悪くなった貞操帯を、さりげなく直す。

 

 

* * *

 

 ――くっ!

 

 またしても、『九尾』の下腹に貞操帯バイブの振動がひびいた。

 “彼女”からの、呼びだし合図だ。

 

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