グラス・ドーム内の空中に浮かぶ光学スクリーンが蘇り、この荒天に
モニター越しだからか、部屋を出たときとは印象が違うような気配。
なにか手の届かない、別の世界の住人になってしまった感が。
観衆から――とくに若い女性の観客から、ひときわ歓声。
大きな冠の具合を直したとき、
第一級(特)
対校戦成績優秀賞(金賞)。
西ノ宮法務院・八葉付き
“
顔は
(
(なんでボクのところに来なかったかなぁ。あたら有益な個体を)
(ナニ、あれも誰かのお手つきが
(もしかして、どなたかの
(なんじゃいその目は!ワシは知らんぞ?)
(では西ノ宮の方々のどなたかとか?)
(あの本院の大僧正かもしれん)
(ぶるぶるぶるつ)
(
テラス状になった“お歴々の席”で、着飾った招待客のあちこちから漏れる、そんなもろもろの
《西ノ宮院付属――清暁第一校・候補生『蓮華《れんげ》』》
スピーカーが、これから飛ぶ者の履歴を装飾たっぷりの
生まれ――家系――修錬校の成績。受賞歴。
それを彼は肩で聞きながら、居ならぶ観客を、幾分ひややかに見わたす風。
《――使用機体はロッキヰド&イスマヱル社製・FA47・サンダーボルト・Ⅳ》
次いで外象語、および数カ国語で、同様の案内をする拡声器の紹介が終わると、画面が替わる。『蓮華』の横顔のアップ。唇のはしにフッ、と
機体を整備係に任せ、候補生はいったん
振り返った少年が、一瞬、
毛足の長い
だがそこには、先ほどまでの
自分の“死刑”の順番を待っていた少年たちは、ロココ調の軽やかで
「さぁ、たのむぜ……うまく
『二番星』が、近くに座る西洋中世騎士風の候補生に話しかけた。
「よしたまえよ……そんな」
「は!キレイごと言ってンじゃねぇよ!」
またもいきなり『一番星』が切れた。
「ヤツさえ――ヤツさえ
もっと長く飛ぶだでしょう?と遠くから声がかかった。
「彼、いちおう六枚翼よ?ずっとまえに対校戦で見たわ」
さらに別の方から、
「われわれの身代わりとなって飛ぶんだ。もっと静かに見守ろうじゃないか」
「チッ!なんでぇ。みんなイイ子ぶりやがってヨォ!」
『二番星』が、
かたちの悪いジャガイモのような「いがぐり頭」を振りたてて、
「オマエ
と、例の女の子ともみまがう候補生を指さして、
「そこのオンナ
ねばついた沈黙が、広間を支配した。
広間の少年たちは、
ただひとり、女小僧と言われた候補生だけは、
しばらくして、モニターに『蓮華』候補生がふたたび現れる。
今度はスタジアム内ではない。
空電と衝撃波が飛び交う外の世界だ。
機体のまわりを、グランド・クルーが忙しく巡っている。
観客用にバラエティ番組を流していた大パネルが切りかわり、少年が整備員に助けられコクピットに着座するのが映し出された。機付き長が各種ユニットをスーツの所定部位へ手ぎわよく接続し、最後に候補生のヘルメットを、専用ラインで機体とむすぶ。
給気マスクを装着。
バイザーが降ろされ、『蓮華』の表情は好奇な観客の眼から
音声が、外の音を手加減しながらひろう。
空電と空震、雷鳴と暴風。
「墜ちろ、墜ちろ、墜ちろ、墜ちろ……」
控えの間では、とぎれなく続く、念仏のような声。
『
アナウンスが、無機質にカウントを告げた。
整備員の動きにハッパがかかる。ひとり、整備員が倒れている。
『
怒鳴り声。
整備員が飛びすさり、車輪止めは外される。
別れ
「――飛ぶぞォ!」
スタジアムのどこかで悲鳴にも似た叫びがあがった。
ジェネレーターが離床パワーにまで上がると、機体の周囲に
候補生の特質により、その色は千差万別。
この機体の場合、揺らめきは、うす紫。
つぎの瞬間。
機体の周囲にサファイア色の鋭角なヒビが生まれ、それが
――あいつ!
――あのときの!
スタジアムの観衆も、同じようにどよめく。
「八枚だ!八枚だしやがった!」
「こりゃあ、今度はイケるかもしれんぞ?」
「カメラ!カメラ早く!」
雷球乱れ飛ぶ、
『Tプラス・一五、一六、一七…』
スタジアムの中では、合成音声が無機質に離床後の経過をつげていた。
「――耀腕だァ!」
ふたたび、めざとい観衆の中から叫び声。
上空の暗雲が割れ、そこからニュッ、と骸骨めく
「
その――瞬間……。
「あ!」と言うヒマもなかった。
ひとまわり巨大な耀腕が、回避先を予測していたように雲間からあらわれ、翼の一枚をわしづかみにする。候補生たちの見るモニターの中で、『蓮華』の八枚翼はしおれ、見る間に輝きを無くしてゆき、わななくようにふるえ、明滅する。
ワイプに入るオンボード・カメラの映像では、パイロットが体を、人体ではありえない激しさと動きで
「――脱出しろ!」
むだとは
あの顔が、データの逆流で歪み、脳が灼かれてゆくのを想像したくなかった。
つられてほかの候補生たちも、異口同音にモニターに向かって叫ぶ。
「はやく!」
「がんばれ!メットを外せ!」
「機外に脱出しろ!」
「(…………………………死ね!!)」
もがき苦しみながら、ヘルメット・システムをどうにか脱いだ瞬間。
パイロットの頭部が、まるで炸薬でもしかけてあったかのように爆散した。
きれいな下あごの歯ならびと、ピンク色のみょうに長い舌が映ったところでモニターは暗転する。
沈黙と、巨大な疲労感が――控えの間に降りてきた。
実況アナの軽薄な声が、むなしく彼らの
やがて翼が完全に消えたのと同時に、巨大な腕も薄くなり、形を崩してゆく。翼を
視界から消えて数秒後。
火球と黒煙が立ち昇り、たちまち暴風に吹き消されてゆく。
観客の尾を引くどよめきが、スタジアムを満たした。
観客席のあちこちで、ハズした“勝ち翼投票券”とカラのペットボトルが宙を舞っている。
「ヤレヤレ――これであと一機か」
控の間を白々とわたる声に、どの目も非難がましく発言の主をにらみすえる。
二人だけ、そっぽを向く者がいた。『九尾』と、そして例の小柄な候補生だった。それをめざとく見つけた『一番星』が、『九尾』の席に歩み寄るとカラみはじめる。
「よぉ“耀腕殺し”ぃ。どうだィ、あんなチビ助を飛ばすんじゃナシに、アンタが代わりに出てやったら」
『九尾』は、脳裏に『蓮華』の散りざまを張りつかせたまま、ジロリと顔をわずかに声の方に向け、
「その言葉――そっくりキミに返すよ」
ウッ、と『二番星』は
「わかってンだよ。どうせオレのこと、クズ野郎と思ってンだろ?」
いや、と『九尾』は首をふった。
ペラペラと軽薄に喋るこの候補生がウザイ。
いまは、早く話を切り上げ、独り『蓮華』の喪に服したい『九尾』だった。
「……ウソつけよ。この部屋のほとんどのヤツらは、みんなキメつけてるゼ。オレが、どうしようもないクズだってコトをな。何よりオレが一番よく知ってらぁ!」
そうか?と相変わらず『九尾』は立ち尽くしたまま、荒れた空を映すモニターから目をはなさない。まるでそのまま眺めていれば“サンダーボルトⅣ”がまた現れてくれるかのように。
「確かに、オレはクズ野郎さ。でも、オレの立場なら誰だってこうなるだろ、なぁ?」
「もちろん、そうだな」
「……え」
カクン、と二番星の首がおちた。
「ホントに……そう思う?」
「……あぁ」
「……」
だよ、なァ!?と急に『一番星』は元気づく。
腰に手をやり、まわりの候補生の敵意に満ちた視線を跳ね返し、皆勤賞や健康優良賞のならぶ制服の胸を反らして、逆にまわりをねめつけた。
「ホラ見ろぉ!」
いくぶんかさにかかったように、
「“耀腕殺し”
――あんな空、か。
またもや言い合いがはじまるのを上の空に、『九尾』は頬の傷をなで、ふたたび定位置の椅子にドサリと力なく座った。そして若干位置の悪くなった貞操帯を、さりげなく直す。
* * *
――くっ!
またしても、『九尾』の下腹に貞操帯バイブの振動がひびいた。
“彼女”からの、呼びだし合図だ。