※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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003:事故のこと、ならびに先輩候補生たちの死のこと

 

 一群から出た『ポンポコ』は、クラスメイトに見せつけるがごとく、少なからず得意気にサイドカーの舟側へと乗りこんだ。

 ボクものせて、いやオレも――と、バラバラ群(むら)がるほかの1年生。

 

「だめだ、二次災害のおそれがァ――だからコラ!坊主ども!乗るんじゃない!」

 

 隙(すき)あらば乗り込もうと、未練(みれん)がましく群がる1年生を引きはなすために、ふたたび龍ノ口はスロットルを開けた。爆音を響かせ、BMWはピロティーをぐぐり、正門を駆け抜ける。

 

「――覚悟しておけよォ!?」

 

  スピードがのるにつれ咆哮(ほうこう)する、排気音ダダ漏(も)れなフラットツイン・エンジンと、耳元(みみもと)の風きり音にまけまいとして龍ノ口は怒鳴った。片手で額にハネあげていたゴーグルを引き下げ、両目に当てながら、

 

「最悪、晩メシが不味(まず)くなる!講義は、大丈夫かァ?」

 

 かまいません!と『ポンポコ』も怒鳴りかえす。

 

「つぎの時間は、学科、取ってませんから!」

 

  防爆用の土手をまわると、視界が一気にひろがり、滑走路エリアに出た。

 その滑走路の終端(しゅうたん)ちかくに、キノコ雲の残滓(なごり)らしきものが薄くたなびいている。火災は――どうやら起こしていないらしい。

 

 ――望みアリだ!

 

 誘導路わきにある格納庫のサイレンが鳴りはじめた。

 赤十字が書かれた大型ゲートが、回転灯を光らせながら重々しく開いてゆく。

 いまごろかよ!と龍ノ口が腹立たしげに唇をゆがめ、

 

「遅(お)ッそぃナァ、救護班は!まるで俺達を殺そうとしてるみてェだ」

 

 その言葉が合図だったかのように、あちこちの道からてんでバラバラ、上級候補生たちの乗るスクーター、三輪バギー、はては黒煙を盛大に吹きまくる、軍払いさげの個人用・機動車両があらわれて煙の方へ走ってゆくのが見えた。

 とおくから怒鳴り声。

 

「キサマら、もどれぇっ!クソ共!行くなぁっ、行くなァァッ!」

 

 管制塔の非常階段から駆けおりてきた、騎兵帽をかぶるガタイのいい男が、ハンドマイク片手に怒鳴っている。王立探査院から直々(じきじき)に派遣されている主任教導官『エースマン』だ。

 警笛(ホイッスル)が2回。

 つづく威嚇(いかく)用の銃声は、この鬼教官自慢のピー(S)ス・(A)メーカ(A)ーだろう。

 だが2年、3年の候補生たちに動じる気配なない。

 それぞれの愛車で、黒煙、爆音すさまじく、一目散に現場へと駆けてゆく。

 

「いまの時間は?誰が墜ちたんです!」

 

 激しく一度、車体をスリップさせてBMWは滑走路に入った。タイヤマークが幾重(いくえ)にも錯綜(さくそう)する直線が、風圧とともに彼等の目のまえに広がる。

 

「今日は、3年の長距離機動試験のはずだァ!界面翼(ツバサ)は、逆ガルの四枚半だった!」

「翼(よく)の色は?何色でした!」

「そこまで見てない――いや、トパーズ色!だった、ような……」

「『ムラマサ』センパイ!?」

「あのバカは、女に肘(ひじ)テツくらって今日はフテ寝してるよ!」

「じゃァ、ギンズブルグさん?」

「やつは技査の判定研修で他校に――うゎ!」

 

 主滑走路を走る彼等にむかい、平行する誘導路からハデにホーンを鳴らしつつ、トレーラー・ヘッドが飛び出してきた。リヤ部には、別の組の候補生たちが「タンクデサント」している。BMWはとっさに後輪をロック。慣性を利用し、船を浮かせたままヌヴォラーリ顔負けのサイドカー2輪ドリフト。

 

「クソったれども!」

 

 寸前のところでBMWは事故を回避するものの、トレーラー・ヘッドは平然とふたりを無視し、煙幕のように黒煙を吹きつつ目のまえを加速してゆく。速度を殺されたサイドカーの横を、ジープや野戦バギーが次々に追い抜いていった。

 

 最後に後方から軽快なチャンバー音を響かせ、モトクロスが彼等と併走する。

 機械油で汚れたツナギの上半身を脱いで腰にむすび、その下はレオタード。

 腰の弾薬帯に前腕ほどのレンチをぶっ差し、バンダナを巻く銀色の豊かな髪を、時速九〇kmの風になびかせる姿。砂漠(デザート)色のカフェオレ肌ともあいまって、まるでアマゾネスのよう。

 

 出た!と『ポンポコ』は緊張する。

 

 『デザート・モルフォ』。

 ブラン・ノワール組をしのぐ、スゴ腕の女子候補生。

 対校戦では、その機動があまりに暴力的かつラディカルで、いつも反則負けを喫するため“無冠の女王”などともよばれる、東西校通しての武闘派候補生・最右翼。

 

「ハィ!――なに遊んでンのさ」

「サラか!あンのクソ野郎、南組(Sud)のザハーロフだな?」

 

 彼女のことを、龍ノ口はW/N(ウィングネーム)を使わず名前で呼んだ。

 つまり――それだけ親しい間柄(あいだがら)ということだ。

 

「四年前の対校戦のこと、まだネに持ってンだってサ!」

「俺のせいじゃないぞ!あれは――むこうの機体の整備に問題があったんだ」

「ハ!ヤツにそんな道理、つうじないよ!」

 気ィつけな!と言うや彼女はギアを一段ケリ下げてスロットルをひねり、フロントを高々と持ち上げると、けたたましく駆け去ってゆく……。

 

  墜落現場は、滑走路をすこし離れた場所にある、なだらかな草原の一角だった。

 たぶん、あと一歩のところで力尽きたのだろう。

 フェンスや側溝(そっこう)が張りめぐらされているため、大型の四輪や機動車両の組は到着がおくれ、バイクやバギーなどの軽車両が先に集まっていた。『ポンポコ』たちのサイドカーも、キリギリまで近づくと車体を停め、スイッチを切る。

 

 静寂。

 

 エンジンと風切り音のせいで耳鳴りがするなか、先に着いた生徒たちが、機体の残骸(ざんがい)を遠まきに取りかこみ、佇(たたず)んでいるのが見えた。龍ノ口は、BMWのタンク脇から片手杖(かたてづえ)を引きだし、脚をかばいつつヒョコヒョコと精一杯の速さで駆けよるや、あえぐような息で、

 

「墜ちたのは、だれだ!ケガ人は!?」

 

 だが、囲みの中の候補生たちは、ただ残骸の方を向き凝固(ぎょうこ)したまま、それに応えようとしない。

 おい!と、龍ノ口が一団に近づき、一人に手をかけると、

 

「龍(た)ッつぁん――ダメだったよ」

 

 その候補生は龍ノ口の腕を振りはらい、うなだれたたまま群れを離れる。

 かわりに集団の一人が肩越しに後ろをむいて声ひくく、

 

「3年の『ホース・ヘッド』と『蟷螂(カマキリ)』ペアです――耀腕(ようえん)にやられた、らしい」

「耀腕だァ?……ウソつけ!この晴天に」

 

 それを片耳に聞きつつ、『ポンポコ』は居ならぶ先輩たちに遠慮しながら、小柄な体躯(からだ)を利用し、囲みのすき間をひかえめに押しわけて、最前列へと出る。

 

 灼けた金属とオイル。

 燃えた草木。

 それにオゾン臭が一気に濃くただよい、鼻をついた。

 心なしか、顔もほのかに熱くなって。

 

 機体は――かろうじて原型をとどめていた。

 

 普通(なみ)の練習機ではない。

 準正式タイプ・複座型の偵察系スーパー・クルーズ練習代替機だ。

 消化剤が効いたのか鎮火はしていたものの、残骸はいまだ陽炎(かげろう)をまとっている。

 コクピット周辺まで火は来ていないが、キャノピーが喪(うしな)われた操縦席の中は、ひとめ見れば十分だった。

 

 二人の候補生の亡骸(なきがら)が、そこにはあった。

 

 前席のパイロットは着座したたまま、前のめりになっていたが、ヘルメットバイザーの上がった顔面には、HU(ヘッドアップ)Dの(ディスプレイ)基部が深々とめりこんでいる。

  血液とも髄液(ずいえき)とも分からぬ粘(ねば)ついたものが、給気マスクを伝い糸を引き、ゆっくりと滴(したた)りおちて。

 

 後席に座るRSO(航界機偵察装置担当員)の首は無く、剃刀のような切り口で、ヘルメットに接続するケーブルや給気ホースごと、スパリと切り取られている。白い切断面が、どこかスーパーの豚肉を連想させ、『ポンポコ』の視界をゆるがす。

 ナタが一閃したような切り口は、そのまま機体後部へと続き、パワー・パックの防弾区画にまで延びている。機動ユニットと二次燃料タンクは見あたらない。途中で脱落し、別個に墜落したのだろう。先ほどの爆発音が、それにちがいなかった。

 

 少なからずの若者たちにとって、はじめて向き合う、『死』という現実。

 鳥のさえずりだけが、その沈黙の中、陽気に響きわたって……。

 

 目の前がクラクラと揺(ゆ)れつつ、みぞおちからムカつくものが逆流する『ポンポコ』だが必死に耐える。ここで吐くことは、死んだ先輩たちを冒涜(ぼうとく)するような、そんな気がしていた。

 脇の茂みがガサガサ揺れると、先にモトクロスで抜いていったサラが唾(ツバ)を吐きながら出てきた。一団の視線に出会うとバツが悪そうに下を向く。それを横目に龍ノ口が、

 

「墜落位置の連絡は?ドクター・ユニット(VTOL)、おそいじゃないか」

「もう通報ずみ。だけど――飛行禁止命令が出ているって」

 

 首から円形計算尺(けいさんじゃく)を下げた、作業着姿の生徒が応えた。

 

「正体不明の移動型・空間阻害物(そがいぶつ)警報がでているとのコトです」

「ぼくら、管制塔で多層レーダー見てたんですけど……」

 

 と、一団の中から、ワイシャツにネクタイ姿といった管制履修組の2年生たちが、いかにも事情を知った風な口ぶりで、

 

「あれは、あきらかに耀腕反応でした。な?」

「あぁ、間違いない。重力波レーダーと事象面解析でクロス・チエック済みです」

 

 ふうぬ、と龍ノ口は口を曲げて腕ぐみをする。

 そのまましばらく機体の残骸をにらんでいたが、遠くからトラックなどの排気音が聞こえてくると、

 

「よし、航界班長クラスをのこし、全員撤収(てっしゅう)!これ以上もたついてると『エースマン』の精神棒がとんでくるぞ!『リュリ』、『マラルメ』!配下を使って現場保存しろ。『ヒミコ』以下のグループは火気の確認――かかれッ!」

 

 兄貴分である龍ノ口チューターの命令一下、残骸の囲みがバラバラと解ける。

 

「ポン、俺はここを仕切らにゃならん。おまえはサラ――『デザート・モルフォ』の後ろに乗って帰れ……なんだオマエ、上履(うわば)きじゃないか。生活指導に見つからんようにな」

 

 龍ノ口の言葉を、『ポンポコ』は、どこかとおくに聞いていた。

 目のまえで凝固する、かつて候補生であった“もの”。

 上級生二人の、あまりに無惨な死に様。

 

 自分も、い(・)つ(・)か(・)あ(・)あ(・)な(・)る(・)のかという想(おも)いが、血の気の引いた頭からはなれない。

 龍ノ口が、なにごとかサラに耳打ちする。

 それを受け、この大柄な武闘派女子候補生は、なおも機体の残骸を見すえて動こうとしない『ポンポコ』に歩み寄ると、ひよわな肩に腕をまわし、悲惨な墜落現場から彼をひきはなしていった……。

 

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