※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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028:ミラとの諍いのこと、ならびに『リヒテル』流【オッカムの剃刀】のこと

 

 放課後、うすく積もった雪を踏んでノロノロ自分の寮に帰ると、門のまえにリムジンが止まり、そのかたわらにトレンチコートを来たミラがポケットに手を突っ込み、壁を背にして立っていた。

 傾げた赤いベレー帽と、あごをうずめる芥子色のマフラー。

 

 そうだ、と『九尾』は昼間の信号を思い出す。

 

 いろいろなコトがありすぎて、すっかり忘れていた。そして彼女の後ろめたげな目つきが、彼にすべてを悟(さと)らせる。

 近づくと、ミラは上ずったような声で二、三歩あゆみ寄り、すがるような眼つきで、

 

「あの……あのね?アナタに話さなきゃいけないコトがあるの」

「……」

「アナタに謝らなきゃ……」

「分かってるよ。『盟神探湯(くがたち)65B』、だろ?」

 

相手の愕然(がくぜん)とする表情(かお)を、せめてものウサ晴らしで通りしなに足を止め、横目にする。

 チェーンを巻いた大型車が、轟音をあげてふたりの傍らを通り過ぎる間の小休止。

 

「どうしてそれ……機密事項なのに」

「キミが言ったんじゃないか」

「え……」

 

 幾拍かの沈黙。やがて、

 

「つまりキミんトコの情報管理が、ザルってコトさ」

 

 『九尾』もマフラーを下げ、白い息を吐きながらつけつけと言い放った。

 もはや階級などどうでもいい。捨て鉢な気分が、九尾の胸を苛(さいな)んで放さない。

 

「きいて。今回の件は、西ノ宮との取引条件が……」

「新型オート(A)・ポイエーシス(P)・システム(S)の、ていの良い実験材料?東宮側の見返りは――何だい?実験データ?それとも……」

 

 相手の顔が、こんどこそギョッとしたまま黙(もだ)す。

 立ち止まった二人のあいだの距離が、見た目より遠いのを彼は実感する。

 今日は色々なことがありすぎた。社交的忍耐は――もう帰投燃料切れ(ビンゴ)だった。

 感情にまかせて彼は一度、灰色な冷たい空気を大きく吸うと、

 

「結局、きみのお仕えする『百合(ゆり)の王女』も、あの『蘭(らん)の王女』には、かなわないってワケだ」

「そんな――」

「ツカえない“鬼百合(おにユリ)”って、本当だな」

 

 カッ、と今度はミラの顔に怒気が奔(はし)る。

 

「ちがうわ!一生懸命頑張った!……姫さまは。でも!」

「おなじだよ。結局きみの言うとおり、候補生なんてモルモットじ(・)ゃ(・)ね(・)ぇ(・)か(・)」

 

 普段の自分ではない言葉が、胸からあふれてくる。

 その勢いに、彼は酔う。

 フライホィールのように、どんどん勢いがついて止まらない。

 まさか自分の中にこんな性格が潜んでいたとは、と第三者的な感覚で驚きながら、

 

「ザけんなよ?さんざパワー・ゲームの駒(こま)にしておいて、その目的は何だ?行き着く先は?用済みの男子候補生は、どうなる」

「どこでサル知恵(ぢえ)を仕込まれたかは知らないけど――」

 

 唇をふるわせながらも必死に体勢を立て直そうと、ミラはポケットから黒い革の手袋に包まれた手を出し、それを固く握りしめた。

 顔が――必死に平静を保とうと努力し、かえってヒクついて。

 

「あまり詮索(せんさく)しないほうが、身のためよ?」

「へぇえ?怖(オ)っかねぇ。じゃ、ヤメとくか」

 

 そう言い捨て、ミラの横を通り過ぎる。

 なんてこった、と彼は腹の中で苦笑せざるを得ない。

 

 ――これじゃ、龍ノ口センパイとおなじじゃないか。

 

 反面、そんな自分を格好いいと感じつつ肩をそびやかし歩いてゆくと、背後で雪を踏み鳴らし二歩、三歩。

 

「アナタには――まだ選択権があるわ!」

 

 必死な声が追いかけてきた。

 

「拒否(きょひ)すれば、探査院は、ナニもできない!」

「どうだかね。カートリッジ行きじゃねーの?クソが」

「『九尾』!」

 

 声に、否応にも振り向かせる迫力があった。

 後ろを向くと、ミラの手にリモコンがある。

 瞬間、彼は眼を怒(いか)らせ、

 

「こんどそれ動かしたら……あ(・)ん(・)た(・)との縁。キルから」

 

 目つきだけで凄(スゴ)むとスタスタ歩き出し、寮のガラスドアを開ける。

 

「なによ――なによなによ!」

 

 泣き声にも似た叫びは、ガラスドアを突き抜けて、彼の耳にとどいた。

 

「なによォ!」

 

 自分の部屋に入り、通学用フライト・ケースをそっとおく。

 そして、やおら着ていたコートを脱ぎ捨て、壁にたたき付けた。

 窓を開いて、細い隙間から冷たい空気を部屋にいれても、胸のモヤモヤは、晴れない。

 

 ――あぁクソ!

 

 ベッドに背面跳びの要領でダイブし、天井を見上げ、昼間の老教官との話を思いだす。

 

     ――――――――――――――――――――――――

 

「ワタシも、じつは航界士だったころがあったんですよ」

「教官どのが……?」

「ふつうに『リヒテル』、でイイですよ?みなさんそう呼んでるんでしょ?」

 

 カフェテリアから、すこし離れたところにあるラウンジだった。

 もう休み時間の残りが少ないので、候補生の姿はまばらだ。何かのレジュメを書き写している女子と、深刻そうな額を寄せ合い、密談めいたことをする三年生。

 老教官は、そんな光景をぐるっと見回したのち、おしぼりで顔をふいてニッカリとわらう。

 差し向かいで座っていた『九尾』は恐縮した。

 だが、『リヒテル』は彼が首をすくめたのを見て、

 

「別に咎(とが)めている訳じゃありません。わたしが財テクに失敗したので、嫌々(イヤイヤ)この学校でアルバイトをしている噂があるというも聞いています」

「それは、一部の連中の――」

「実をいうと――」

 

 頼んでいた飲み物が来た。

 ウェイトレスが、カップを二つ置く間の沈黙。

 一礼をしてヤボったい制服が下がってゆくと、大柄な老教官は、間違えられたオーダーを正すため、自分のほうにココア、『九尾』のほうに、カフェインレスのコーヒー置きなおす。

 歳(よわい)を重ねた、染みだらけのゴツい指が、若い彼の目をひいた。

 

「わたしは生徒たちが好きなんですよ――あぁ、文字どおり、父親的な心情でね」

 

 『リヒテル』は、ひとつ頷(うなず)いてから、

 

「みんなイイ子でたちでした。そして、かくいうワタシの一人息子も、候補生だったんです。フィードバックを受け、長いこと植物状態でしたが……先日ようやく彼方に旅立ちました」

 

――まさか……あの時じゃないよ、な?

 

 『九尾』は、目の前の人物が携帯をチラ見して、天をあおいだ光景を思い出す。老教官が教室を出て行ったあとクラスの候補生は、持ち株でも下落(さが)ったか?などと勝手な事を言っていたが。

 

 相手の顔が、急に陰影(かげ)を増したようにみえた。

 シワが深く刻まれ、一気に年齢をとったったようにも。

 そして長いため息をついたすえ、口の端にうすい笑みを浮かべ、

 

「正式な航界士となるのは、ハードルが高い。半分は挫折し、進路を変更することになるでしょう。私の息子のように不具になる場合もある。それでも一部の子は、諦(あきら)めたがらない――あの子のように」

 

 老教官の言葉に『九尾』はピンとくる。

 

「サー……ご覧になってたんですか」

「優秀でしたよ?彼は。戦績も、仲間や後輩への面倒見も、今までワタシの見た中で五本の指に入るくらい。でもそれがために、理想(のぞみ)と現実(いま)のギャップを、認められないんですねぇ……これがもう少し経験を重ねれば、それなりに見えてくるものもあるんですが。如何(いかん)せん、彼もまだ稚(おさな)い」

 

 沈黙。

 しかし『九尾』は意を決して、

 

「リヒテル教官どのは!その……どう思われます?先輩が、飛ぶのを諦(あきら)めるか。それとも」

「それは彼が決めることです」

 

 と、意外に『リヒテル』、そっけなく切り返す。

 

「なんたって彼の人生ですから。決断の責任をとれるのは、本人だけだから」

「そりゃぁ、まぁ。そうなんですけど……」

 

 不満げにふくれっ面をする『九尾』をよそに、老教官は、

 

「願わくば、私は子供たちの決断が正しいものであれと、願ってやみまでん。そして、つねにそれは可能なハズなんですよ?よけいな先入観を捨て、出来事に真(ま)っすぐ向き合えば、開かない扉は無いんです。この世に“行き止まり”はありません。開かない開かないと「引き戸」を一生懸命に「押して」嘆(なげ)いても無益なこと。いやはや時間と労力の、大いなる消耗(しょうもう)ですな。いいですか?『何とかのカミソリ』ではないですが、よぶんな要素は、捨てておしまいなさい」

 

 その分かったような上から目線の物言いに、『九尾』はイラッと反発して、

 

「それは!!あ、いえその……教官殿みたく経験をつんだ方が、はじめて言えることでしょ?後出しジャンケンです、そんなの!」

 

 そうかもしれません。と、この老教官はあえて抗わず、

 

「ならば経験、すなわち情報を、自分の中に入れなさい。その上で派生する枝葉を切り捨て、真実の核のみを、つかみ獲(と)るのです」

 

 『リヒテル』は、くたびれたスーツの内ポケットから手帳を取り出すと、銀のくすみが年季をしめすボールペンでなにやら書いていたが、やがて頁(ページ)を引き裂き、テーブルの上に。ふとい指をそろえズイと押してよこす。中指に填まる紋章付きの指輪を光らせ、

 

「図書館の、上級職員用・閲覧(えつらん)パスワードです」

 

静かな口ぶりで、この老教官は続けた。

 

「まずは、世界を知りなさい。そして雑音を切り棄(す)て、判断しなさい……今度の金曜日、瑞雲のセキュリティ・システムが、メンテナンスに入るのは知ってますね?盗聴、ウィルス捜査のための。生徒は放課後、一斉下校の日ですが、その時データを検索すればよろしい。一年用図書館のメンテナンス日は土曜ですので、まだデータは拾えるでしょう。一階トイレの窓を開けておきます。監視員の目をくぐってゆけば、建物には入れるハズです。巧くいけば」

「……」

「なんです?その顔は……真実を獲るためには、ときに危険も必要ですよ?」

 

    

 

 ベッドのうえで、『九尾』は制服の胸ポケットから、折りたたんだ紙片を出した。筆圧高く、漢字と数列の組み合わせが2行。蒼(あお)いインクで書かれている。

 

 彼は、凝(ジッ)とそれに見入った。

 

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