※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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031:“人形”たちの悲哀のこと、ならびにこの製品を取り巻く事情のこと【18禁版】

 ――一くッ!! 

 

 なかば呆然としていた彼は、反応がおくれた。

 腰をかがめ、すばやく振りむく――が、洞窟まえのテラスには、だれも居ない。

 こんどは女の悲鳴。続いて、なにやら男同士で言い争う声。

 

 ――1階からだ……。

 

 どうやら自分の存在がバレたのではないらしい、と彼は滝のような安堵(あんど)。

 だが――まだ油断は、できない。

 匍匐(ほふく)前進で一階がのぞける位置まで、おそるおそる近づく。

 すると入り口近くの、例の室内庭園わきで、見なれない制服を着た金髪の女子が、システム検査会社のツナギを着た数人の男に囲まれている。

 一団のうちの一人が、割れるような大声で、

 

「いいか!手前(テメェ)にゃ大金かけてンだ!言うコト聞かんと“ドール”にして――」

 

――“人形(ドール)”……。

 

 『九尾』は、個人端末を取り出す。

 カール・ツァイス仕込みの光学ズームで、一階の、情景を。

 

 女子の方に見おぼえがあった。

 おなじ一年の候補生だ。

 忘れるハズもない。W/Nは『タチアナ』。

 

 顔立ちが佳(よ)く、教官からも贔屓(ひいき)にされ、うちのクラスにもファンが多いと『牛丼』が言っていたような。当時、どうせ自分には“高嶺(たかね)の花”とあきらめたのと彼女のクラスが場所的に遠いのを幸い、『九尾』は強いて気にしないようにしていた。

 

――でも……だいたい彼女は一学期の終わりに転校していったはず。

 

 なんでいま頃?と、凄(スゴ)んでいる男の方にフォーカスを移す。

 こちらはなんと、あの頭の悪そうな体育教師……バービー伍長。

 そういうことか、と『九尾』は奥歯を噛(か)みしめる。

 

 おそらく何かの撮影会をしているのだろう。

 『タチアナ』はセーラー服を着せられ、撮影機材のわきにはレフ版が数枚、立てかけられている。

 やがて、ひとしきり怒鳴った教師はジャージの前を下げると、彼女の金髪をわしづかみにして強引にひざまずかせた。思わず『九尾』は顔をそむける。

 

「もっと舌うごかせよォ……オラッ!――ホント“勃(た)ち穴(あな)”にすッぞ!」

 

 バービー伍長の言葉に、なにがおかしいのか周囲のスタッフはゲラゲラわらう。

 

「コイツ、ホントに“ドール”にして市場に出したら、どれくらいつきますかね」

「五○は行くんじゃね?この顔に、この身体だぜ」

「手前(てめ)ぇケチだな!八○、九○どこじゃねぇ、ヒャクは行くにキまってら!」

 

 伍長の言葉に、九尾は“あの夜”のことを思い出す。アヌスの疼(うず)きとともに。

 

 ――してみると“市場”というのは、そんなに有名な組織なのか?人身売買的な?聞いたことがないのは、自分のアンテナが低いから?でもテスト勉強ばかりの生活でも、そんなに有名なら少しは耳にはいってきても、いいハズなのに……

 『タチアナ』が100か。そうだ、自分のときは、幾らと値踏みされてたっけ……思い出せない。そもそも100ってなんだ?あのオヤジ二人といったレストランでは、なんていわれてたっけ、そうだ“両”だ。両ってなんだ?100万円?100万$?あるいは外象人の古い通貨である100万ソルドか。

 

 一瞬、『九尾』はヒヤッとする。

 

 空中に浮かぶ3Dファインダーを通し、仰向けで玩弄(なぶ)られる『タチアナ』。

 そんな彼女と目があった、ような。

 体位を変えられても、微妙に二階(こちら)を気にする風。

 

 バービー伍長がニヤニヤと、紙袋からバニーガールの衣装を取り出した。

 

 『タチアナ』は、気のなさそうな、力のこもらない手つきで、差し出された光沢ストッキングを履くと、その上からノロノロと網タイツを二重履き。均整のとれた脚(あし)を網目にコーティングされたようにテカらせ、バニーコートに脚を差し入れると、メリハリの利いたボディに引き上げ、バニーコートの背中にあるジッパーを閉じる――はずだが、よほどタイトなのか。あるいは胸が大きすぎるのか。白い肌をギッチリと縛(いまし)める黒エナメルのジッパーが上がらない。

 

「トレぇなぁ――でも、あたまワルそうなデカいチチ……イイぜぇ」

「コイツ、頭ンなか弄(いぢ)って、本当にメス人形にしたほうが、ヨかないですか?」

 

 バービーの尻馬(しりうま)に乗って、彼女を囃(はや)すツナギ服のひとりに、バービーは、

 

「アーほ。どっからそんな金、出てくンだ。コイツの全身脱毛と豊胸処置、それにボディライン矯正手術(オペ)だけで600万円だ。しかも闇(ヤミ)医者ァ使ってダゼ?」

 

 なるホド、円単位ではナイらしい、と2階で『九尾』は納得。

 

「さ、姦(ヤ)るぞ!?」

 

 一団の行動を録画して、イザと言うときの保険にしようとした『九尾』だったが、だんだんと彼等の行為がエスカレートしてゆき、さまざまな“道具(アイテム)”を持ちだし、責めを替え手法を替え、さらにはアングルを替えて、そのうえ卑猥な煽り文句まで加えて『タチアナ』を嬲(なぶ)り苛(さいな)むのに辟易(へきえき)とする。

 

 首輪、手枷(てかせ)、それに全身を縛(いまし)めるクモの巣のような、エナメルのベルト。

 洗脳補強とバービーたちが呼んだ、聴覚と視覚をうばう、頭をすっぽりとおおう皮製らしき責め道具を使われたときは、彼女の身体が糸のもつれたあやつり人形のようにガクガクと、幾度もゆれる。

 

 ブースで見た、哀(あわ)れな少女たちのように、彼女も次第に、人からモノへ。

 あえぎ声と、悲鳴。

 のど奥に差し込まれたときの、えずきと咳(せ)きこみ。

 

 衣装が変えられ、

 アラビア風な宮廷の踊り子に。

 全身を縄で縛められたSM風味に。

 エナメルで乳房をくびりだされるボンデージ姿。

 

 女の秘所に、アヌスに、尿道に。

 

 様々な思惑を秘めた残酷な器具が挿入され、あるいは抜き差しされて。

 そのうち女の子の発情した匂いが、2階にまで立ちのぼるようになる……。

 

 証拠撮影をしているうち、だんだん腹が立ってきた。

 

 あれは――自分だ、と『九尾』はかんがえる。

 

 オトナに、組織に、都合に。

 いいように振り回され、消費(しょうひ)される存在。

 当人の意思などお構いなし。小突かれ、蹂躙(じゅうりん)され、嬲(なぶ)られる。

 尊厳(そんげん)を踏みにじられ、恐怖に侵(おか)され、それでも決して許されない。

 

 彼女の大きな尻に「“腰使い”がなっちゃいねェんだよォ!」 と平手うち。

 それを観た『九尾』の中で、怒りは頂点に。

 

 ――なんとか一矢報いたい……なんとか……。

 

 あたりを見回すと、火災報知機が柱のところに見えた。

 あお向けに寝かされ、手錠で両腕をあたまの上に拘束されて、曲げた脚を宙に持ち上げられた体位の彼女にも見える位置にある。

 思い切って『九尾』は腕を高く持ちあげると、指で報知器をさし示した。

 

「まって!ダメよ――ダメ!」

 

 その時、『タチアナ』の必死な声が、唐突(とうとつ)に。

 哀願するような眼差しが、3Dファインダー越しに『九尾』の眼を射た。

 

「ほゥ、そんなにヨかったか?オメェもコッチが良くなってきたんだな」

 

 一瞬の空白。やがて彼女は言葉つきをかえて必死に、

 

「もうやめて!警察に言ったらどうなるか分かってるの!?」

 

 警察ゥ?と男たちは顔を見合わせ、ヘッ、と。

 

「ナニ言ってんだコイツ?」

「いまさらケーサツ呼んで欲しいってか」

「アホが。ココにも一人いるよ、ホラ」

 

 バービーが、首輪からのびるクサリの端(はし)を持つ、ツナギ服の一人を指した。

 若者の中でも少し年齢がいっているその男は、カメラを手に、ニヤリと。

 

「ハ!もう快楽(イキ)漬(づ)け、クスリ漬(づ)けのヘンタイ女が、どうした?いまごろ」

「だいたいポリ(警察)の親玉が、上玉の人形(ドール)をいくつもコレクションしてンのに、いまさらケーサツもナニもねぇもんだ。市場に参加しねぇ政治屋どもや検察、華族や宮殿のお歴々は、いねぇってのに……ヨ!」

 

 『タチアナ』のほおが、また平手打ちに鳴った。

 パァン!とホールに乾いた音が響きわたる。さらにもう一度。

 その音は、『九尾』の胸にささくれたクサビを打ち込んだに等しかった。

 

 ――そんな……。

 

 カーペット敷きの床の冷たさが彼の身体の骨身にしみるころ、ようやく一団の下劣な“撮影会”はおわり、『タチアナ』は縛られた半裸の上からコートを羽織らされ、スタッフの一団と共に図書館を出て行った。

 

 

 

 ――……。

 

 

 

 いつの間にか全身に余計な力が入り、背骨がガチガチに固まっていた彼は、関節の痛みに耐えてヨロヨロ床から起きあがると“洞窟”にもどる。

そして熱を持った電子機器を見つけるや、それをコードごと引き寄せて腹に抱え込んだ。手近かなブースの中に制服が汚れるのにも構わず横たわると、グッタリと身体を丸めて。

 

「分かっていたんだ……あのコ……彼女は」

 

 わざわざ口に出し、彼はポツリとつぶやいた。

 彼女、とワザワザ言い直したのは自分にとっての“恩人”を軽々しく表現したくなかったためだった。

 

「ああ、そうさ。分かっていた。そして、このオ(・)レ(・)は、なすすべもなかった……ッ!」

 

 自己嫌悪の以前に、いろいろなことが起こりすぎて、なにも考えられない。

 やがて一息つき、冷えた腹も温まると端末にもどり、「ドール」という語句を検索。

 なんとか出来ないか、なんとかこのことを世間に広くブチ撒(ま)けて……。

 冷たい炎が、彼の胸のなかで燃えさかって。だが、出てきたのは、

 

 【バービータイプ・ドールの豊胸改造】

 【腰を不自然なく細くするには】

 【魅惑(みわく)的な唇(くちびる)の造型】

 【肉パテの目立たない注入方法とその要諦(ようてい)】

 

  等々……。

 

 ――なんでフィギュア・オタクのHow toが!

 

 表題の文字を見て舌打ちをすると、そうだ!と次に「闇市場」「取引」関係で検索。

 

 【ポスト・マルクス主義の復権と市場の今後】

 【ハイエクの功罪とネオ・ケインズ派の現在】

 【広域(こういき)航界戦におけるゲーム理論について】

  等々……。

 

 ――ですよ、ねぇ……。

 

 検索をかさねても、これはと言うような情報も集まらない。

 気がついて時計を見れば、いつのまにか、もう夕方の時刻となっている。

 

 脱力が、全身をひたひたと充たしていった。

 頭がグルグルとまわり、フラフラに。

 

 潮どきだ、と感じた彼は、力の入らない手で端末の電源を落とし、ブースエリアを出る。

 外は暗いと思っていたが、夕陽の残照があるのか、まだすこし明るい。

 正面玄関のセンサーを畏(おそ)れ、来たときと同じくトイレの窓から身をよじらせ、苦労して外にでる。

 落ち葉を焼く焚き火の匂いが、心の荒涼(あれ)と現状のやるせなさを加速させる気分。

 ふたたび教職員の人目につかぬよう、茂みをつたい足ばやに修錬校の敷地をよぎり、柵をのりこえ、手押し車の老婆を驚かせて往来(おうらい)へ出る。

 

 やってきたトラムに、彼は衝動(しょうどう)的に飛び乗った。

 なかば自暴自棄なまま、行き先にまかせて……。

 

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