※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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032:翻弄される枯れ葉のこと、ならびに自己嫌悪のこと

 

 

【挿絵表示】

 

 

 盛(さか)り場が集まる旧市街は、変わらずの雑踏(ざっとう)だった。

 宵(よい)の口が始まったばかりのこの刻(とき)。

 都市(まち)がリズミカルに――うねるように。

 人々(ひとびと)を吸い込み、吐き出し、呼吸している。

 

 壁面モニターの広告や、奇抜なディスプレイ。

 ラウドスピーカーの政府広報。その下をゆく様々な人々の流れ。

 通勤帰りの疲れた顔や手をつなぐカップル。

 

 早めにデキ上がり、声高に話す酔っぱらい達。

 ヤクザの地回(じまわ)りと、呼び込みの隠語。

 ウィンドウ越しに、談笑が充ちるカフェのにぎわい。

 温かそうなサロンにひらめくドレスの輝き。

 うす汚れた街宣(がいせん)車が、なにやらガナりながら通りすぎてゆく……。

 焼き鳥屋のダクトからは、美味(うま)そうな煙が壊れかけのファンとモーター音とともに外に流れ、あるいは安風俗店の扉がひらくたび、なかの賑(にぎ)わいと低音の効いたBGMが歩道にまで洩(も)れ溢(あふ)れて。

 

 だが『九尾』は、自分とそれら賑(にぎ)わいの間に、なにかうすく透明な、それでいて強力な膜(まく)ができたような、奇妙な遊離(ゆうり)感を味わった。あたかも立体映像を見ているかのように、すべてに現実感がない。

 風俗店わきにいた、アオザイすがたのティッシュ配りが自分をスルーしたとき、遊離感は、一転。疎外(そがい)感に、その席をゆずって。

 ホロ苦さと、悔(くや)しさ。

 胸のなかに湧(わ)きおこる、渋(しぶ)い痛み。

 

 ――くそ……っ!

 

 騒音とネオンが交錯(こうさく)する街を、寒風に吹き弄(もてあそ)ばれる落ち葉のように、メチャクチャに歩きまわり、さまざま光や音。会話。靴音。なにより印象が、自分の中を蹂躙(じゅうりん)するにまかせ、いっそ凡(すべ)てを押し流すことを希(こいねが)う。

 

 ヘッドライトの流れ、テールランプの澱(よど)みが、様々なフラッシュバックを呼ぶ。

 

 先ほどの胸が悪くなるような光景。

 ボッテリとした紅唇に整形され、思考のレベルも故意に引き下げられて、ビニールめいた肌艶にされ出荷される元・女子候補生。

 革拘束――そしてムチの音。

 こちらを見た『タチアナ』の眼差(まなざ)し。

 

 それはいつの間にか、龍ノ口の目つきに。

 あるいは、『リヒテル』の視線に。

 

 やがてはミラの――あの意味不明な宮廷秘書官の何かを狙うような瞳。いくつもの電飾アーケードやネオン看板をくぐるうち、ついにはいつかの気味悪い、あのガイコツめいた老人が、路地の奥からこちらを眺めているという強迫観念(パラノイア)めいた幻影(マボロシ)すら。LEDの光がとうとうチラチラと細かくブレるようになり、視線が定(さだ)まらない。

 

 世界が緩(ゆる)やかに傾斜してゆく……。

 

 いや、傾斜しているのは、彼自身のほうか。

 

 路(みち)ゆく人々が、こんどはギョッとしたような顔で、自分を避けるのを感じる。

 周りからのヒソヒソ声。周囲のコンクリートやガラス、SUSの(ステンレス)構造体に反射し、心にヒシヒシと突き刺さる。入射角と反射角の正確さで。

 自分に向けられた会話がガラスのサラダのように心に突き刺さる。

 看板。チラシ。自動宣伝カー。ティッシュ配りのキワどいおネェちゃん。 

 

 すべてが、自分を揶揄(やゆ)しているような。嘲(あざ)るような。

 

 奥歯をかみ締め、泣くまいと彼はくちびるを引きむすぶ。

 

 ――修錬校だけでなく、みんな、ボクを仲間はずれにする!

 

 だが、湧きかけた怒りは、ふと尻すぼみになり、消えてしまう。

 当然だよな、という自虐(じぎゃく)と自己懲罰(ちょうばつ)が、それに代わって。

 

 『タチアナ』を見捨てた、後ろめたさ。

 

 さらに辿(たど)って、先輩の彼女に横恋慕しようとした、己(おのれ)の汚さ。

 何だかんだ一級候補生になったことで、どこか自慢げな、イヤなヤツになってなかったか。昇進を、ハナにかけてはいなかったか。

 

 ――罰(バツ)を受けるのも……当然、か。

 

 どうしようもなく小ッさい自分……バカの道化……優柔不断なクズ……。

 数歩よろけ、とうとう傍らの建物に肩をつけて、大きく深呼吸してゆるやかに回る世界と折り合いをつけようとしたときだった。背後から、

 

「ダイジョブ?キブン、ワルい?」

「え……?」

 

 下向きに振りかえると、この寒空に、白いロングブーツとミニスカート。それに胸を強調するアッパーに銀色のチョーカーを巻いた、そ(・)の(・)手(・)の(・)キ(・)ャ(・)ン(・)ペ(・)ン(・)ガ(・)ー(・)ル(・)風(・)な金髪のお姉さんが、マッチ売りの少女よろしく何かを入れたバスケットを腕に下げ、彼を見つめていた。

 

「ナンかブツブツ言って通りフラフラ歩いてるんだモン。怖(オ)ッかないネ」

「ボクが?……ですか」

 

 街の塵埃(ほこり)にまみれた壁から離れようとして、またよろける。

 

「ちょとダイジブねェ!?コート着ないで、こんなフロワ(寒い)夜」

 

 そちらこそ、と『九尾』は何とか立ち上がることに成功すると、

 

「寒くないんですか?そんなキワどい格好で」

「アラ、言うね。カワイイお面で、ほら――さわてゴランなさぃ」

 

 二の腕までの白い彼女は、『九尾』の手をとると、大きく窓があいた胸元から、自分の胸を触らせる。

 

 ――あ……。

 

 ビニールのような、ラテックスのような、温かくツルツルとした肌ざわり。

 

「ネ?コーティングされてノ。だからダイジョブ。コムプリ(わかった)?」

 

 彼女は前にかかった金髪を、肩のうしろに跳ね上げてわらう。

 

「あの、おネェさんは外象系のひと?」

「ティヤン(あら)、ドシテ?」

「日本語は上手いけど……なんとなく」

「そウ?」

 

 キャンギャルのお姉さんは、通行のジャマにならぬよう、『九尾』を道のはじに引っぱってゆくと、片ヒジにさげたバスケットの中から、広告付きのキャンディーを取り出し、

 

「ワタシはキスイ?の地球GIN?であル。ただアタマいじられ、ボクー(とても)考えダメにナタ」

 

 あっけらかんと彼女はそう言って、わらう。

 『九尾』はゾッとした。

 図書館で観た“人形(ドール)”の幻影が、自分を追いかけてきたような、気配。

 ドサクサまぎれに、ダメもとで聞いてみる。

 

「ねぇ……“市場”って、なんのことか知ってる?」

 

 お姉さんの身体が、ビクリと一度、電気ショックを受けたように。

 

「ダレからソレ聞いた?……ソレいけない。トレ(大変)、トレ(大変)、イケない」

 

 エリアーヌ!と遠くから声がかかった。

 彼女が振り向くと、白シャツに蝶ネクタイ、それにピンストライプのベストに黒ズボンといったオールバックの男が、サングラスの奥からコチラを睨(ニラ)みつけて。

 

 パルドン(ゴメンなさい)、と彼女はいうと、男のもとに走ってゆく。

 観ていると、この男の拳固(げんこ)が、長身な彼女の頭に炸裂(さくれつ)した。よろけるところを、さらに万年筆のようなものでアタマを小突かれる。彼女が、なにやら話し込み、男がチラと『九尾』のほうをむく。やがて、彼女にもう一度万年筆のようなものを押し当て、何事か指示すると、店舗らしき建物の扉に、すがたを消した。

 エリアーヌと呼ばれた彼女は、ブーツのヒールを鳴らして走ってきて、

 

「ごめん、ごめん、マネージヤーに怒られちゃった」

「……大丈夫なの」

「平気、ヘーキ、それより、コレ」

 

 彼女はバスケットから、名刺を一枚、差し出した。

 そして打って変わったなめらかな口ぶりで、

 

「こんど、お店に来てよ。絶対ね?でなきゃ――ワタシが、また怒られちゃう」

 

 ニコやかにしゃべりながら、不思議にも彼女はひとすじ、涙を流した。

 

「制服は、着てきちゃダメだよ?サービスするからね?いつ来れる?」

「え……分からないですよ。修錬校のこともあるし……行けないかも」

「ソレが……いいネ――いえ!でも週末あたり、待ってるからね?絶対よ」

 

 それだけ言うや、アデュー(じゃぁね)、とミニスカートに包まれた大きな尻が去ってゆく。

 残された『九尾』は、名刺片手にぼんやりと、雑踏の中にたたずんで……。

 

  彼が寮に帰ったのは、夜もおそく、門限ギリギリになってのことだった。

 

 もはや自分の部屋がある階のエレベーター・ボタンを押すのもダルい。

 自室の扉をあけ電気をつけると、こもった部屋の空気に、気のせいか煙草(タバコ)の臭いがする。制服をクンクンかいでみると、今度は焼肉の匂いがした。温かい風を吹き出す居酒屋の排気ダクトのそばで、繁華街を激しく行き交う人々を、ぼんやり観察していたせいだ。結局その場所は、能面(のうめん)のように無表情な中年男の、

 

「ニィちゃん――なんぼや?」

 

 という意味不明なしつこい言いがかりに、畏(おそ)れをなして逃げたのだが。

 

 重苦しい航界士候補生の制服を脱ぎ、ブラッシングをして埃(ホコリ)をかき出したあと、ハンガーにかけて衣装戸棚へ。

 貞操帯ひとつの裸になって、木馬にまたがり排尿や排便をすませると、もうもうと湯気を立てる熱いシャワーを勢い最大にして浴び、ようやく『九尾』は生き返るような気分を味わった。

 

 バスルームの壁に額をつけて、目を閉じる。

 いろいろな事がありすぎた最近の光景が、断片となって。

 そして彼のなかで、われ先に浮かびあがろうと、バラバラにせめぎあう。

 

 老教官の言葉。

 図書館で見た映像――そして『タチアナ』。

 街の騒音と、近寄ってきたキャンペーンガール。

 あるいは自分の値段を訊いた、能面の様な中年。

 氷を思わせるミラの微笑。

 先輩候補生の熱に浮かされたような目つき。

 

 『盟神探湯(くがたち)65B』

 

 シャワーが止まった。

 節水と電力節約のため、一回の操作がタイマー仕掛けになっている。

 もういちどお湯のボタンを押そうとしたが、クソッ!とつぶやくと、思い切って水のボタンを押し、茹(ゆ)だった体に喝(かつ)を入れる。季節がら、氷のように冽(つめ)たい感覚が背中から脳に突き刺さり、覚えたての単語の羅列を、記憶野に鮮烈に奔(はし)らせた。

 

「社会不適応個体」――「抹消」――「任務拒否」――「ドール」――「市場」

 

 長いこと冷水をあびてから『九尾』はようやくシャワーを止めた。

 身体の震(ふる)えは、手に入れた情報のせいか、それとも冷たいシャワーを浴びすぎたせいか。バスルームを出ると濡れた体のまま、ベッドにひっくり返った。

 ニュース・サイトを点けると、また当たり障(さわ)りのない出来事を流している。

 AIアンカーのキザったらしい喋りもハラがたつ。

 

 ――上野動物園で蒼(あお)ユニコーンの子馬が一般公開?……知るかってんだ!

 

 イライラと思考操作でカットして、部屋はふたたび青い空間に。

 清澄な気配が、ふたたび空気を充たした。

 

「枝葉(えだは)を切り捨てる?……ムリだよ、サー『リヒテル』」

 

 ゴロゴロとベッドの上で暴れていると、自身のなかで、得体の知れないモノが孵化(ふか)しようとあがくような気配がする。その落ち着かなさは、どうやっても相殺することはできない。

 あらかた体の水滴をベッドに吸わせたあと、彼はパタッと動きをとめ、額に手をあて、渡された名刺を手に、そのピンク色なカードを力なく見つめる。

 

「これは枝葉なんてモンじゃない、ジャングルじゃんか……カミソリじゃムリだ」

 

     ――――――――――――――

 

「オイ、なんていった……この小僧は?」

 

 葉巻をくわえた男が、背後に言葉を投げかける。

 モニターの光に、白い煙がゆっくりとたなびいて。

 

「ジャングル?カミソリが、どうとか」

 

 チッ!と鋭い舌打ち。一服吸う間の沈黙。

 

「フーッツ……まったく。早く服を着やがれ!冷水なんか浴びやがって。バイタル激変してナニかと思ったじゃねぇか!低体温症にでもなったら、コッチの責任だ。風邪でも引いたら減給(げんきゅう)くらッちまう」

「何か見てますね……名刺?カード?」

「オイ、チャンと録画してンだろうな?この前みてェに良いトコで画像が――」

「ワかってます。こないだは西のヒヒ爺ィどもから、クレームがスゴかったって。ネチネチとドヤされましたよ」

「糞エロじじぃどもが……ドコでも湧いてきやがる」

「しかし……コイツもつくづく哀(あわ)れなヤツですねぇ」

 

「ソレ言うなィ。なら小僧(ガキ)をネタに、小遣(こづか)いカセぐオレらってナニ?って話だ」

 

     ――――――――――――――

 

 ――今月の支給金(こづかい)、いくら残ってたかな……。

 

 睡りに落ちるまえ、朧気に九尾は考える。

 オッパイのおおきな、優しいお姉ぇさんたち。

 いままで受けた経験に無い、やさしい態度と仕草。

 やさしい温もり。そして笑顔。ふわふわとした触れ合い。

 

 ――あそこのお店、いちど行ってみようかナ……。

 

 やがて暖かく大きなうねりに包まれて、『九尾』は暫(しば)しのまどろみに――沈む。

 

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