図書館で得た情報を『リヒテル』に問い質そうと週明けの月耀日、
「そんなぁ!つぎ、いついらっしゃるか分からないんですかぁ?」
「公務だからね。先方のつごう次第だろう。情報系の除菌も長引いているし、今週と来週いっぱいは」
学務課の主任職員は、端末を確認しながら応えた。
「なにか、伝言でもあるのかね?伝えようか?」
「いえ……べつに」
まさか「図書館でSM撮影会やってた教官を
――はぁ……どーするかなぁ。
誰かに意見を聞きたかった。
それも、信用できる人間に。
市場の事。
奴隷人形の事。
この社会の、世界のこと。
なぜ、情報は隠されているのか。
なぜ、だれも真実に触れようとしないのか。
同級生は、論外だ。
知ってる先輩は、サラと龍ノ口の二人だけだが、片方は探査院に出ずっぱりで、龍ノ口は、なんと謹慎処分だという。いったいナニやらかしたんだか。
『リヒテル』はいない。
『モガモガ』など頼りにならない。
あの校内女医は……あまり近寄りたくない。
ミラは、なかば絶好宣言のあとは、アナルバイブを鳴らしてこないので、この状態はキープしたいと考えている。
こう考えてみると、自分のコミュ能力の無さに我ながら呆れるな、と『九尾』は悲しく考える。
なるほど、アンテナが低いワケだ。
トボトボ廊下を歩いていると、行く手から長身の男を先頭に、男女の候補生を取り混ぜた一団がやってくる。
――げ、
先頭で風を切る長身の大学生こそ、龍ノ口の宿敵にして、南組チューター。
ザハーロフ・ゾズタリェム・ゼレティウス。
Zが3つならぶことから「トロワー
ザハーロフは廊下の
「よぉ、
「……ご健勝で。サー」
「ヤツが居なくなって、
「さて、小翼には分かりかねますが」
こいつ!とザハーロフは周りの取り巻きを見回し、
「すっかり
龍ノ口とは異なったおもむきを持つ、凶悪なオーラ。
頑丈そうなアゴが、ギクリとうごく。
「ナメられたモンだな?南組も。え?」
取り巻きたちの追従わらい。
そのまま黙ってすれ違うかと思われた、一瞬、
ザハーロフは、強烈なフックを、『九尾』の腹に叩き込んだ。
腹筋に力を入れるのが遅れた彼は廊下の壁にフッとび、床に崩れおちて二、三度
「ヤツに伝えときナ。いい加減ここに居着くのは、ヤメろってな」
まわりでこわごわ見ていた生徒たちも、不吉なものから逃れるように、三々五々、現場を散っていった。『九尾』だけが独り、腹をかかえ廊下にうずくまったまま残される。
――ちくしょう……。
ヨロヨロと立ち上がると、通りすがりの生徒が、うしろめたげな目つきで、みな視線を逸らす。
どうにかトイレまでたどりつき、二、三度吐いて、ようやくスッキリした。
無条件反射で出たなみだを、ポケットのハンカチで拭き、口をゆすぐ。
――そっか、つぎの授業は、どうせ座学だしナ。
これで完全に
彼は、修錬校の増築予定となっている作業現場へとむかう。
最近見つけたこの穴場は、独りになりたい時に絶好の場所だ。
ナンでも工事を始めたはいいが予算が圧縮され、増築は無期延期となったらしい。
入り口のバリケードをくぐり、監視センサーの死角をすり抜け、なかへ。
建築資材がゴッタに集められている、ひとけのない空間。
空調も生きていて、ありがたい。その片隅で、彼は手近な資材を
ザハーロフの、鋼鉄のような笑み。
最近は押さえの龍ノ口がいないせいで、やりたい放題らしい。
“瑞雲”もオワりか、と『九尾』はハナでわらう。
こうなっちゃ、ウワサを聞いて、新入生も
と、なると、卒業生の格も堕ちることになる。
なによりザハーロフそのものが、他校の回し者という風評も聞く。
――こりゃ本当に、将来の事を考えなくては。
『山茶花』の メガネの奥の 瞳のきらめき。
「もう私たち二年になるのよ……」
やはり彼女は正しかった。
ただし、もし――もし雲海行きを逃げられたら、のハナシだが。
しかし、龍ノ口が謹慎ということは、RSOの望みが無くなったのだろうか。かりに雲海行きだとしても、どこかのヘンなオッサンと組まされるのは、いやだなぁ、と彼は切実に思う。
(だからサ?こんどの週末、行こうよぉ)
誰かが、工事現場に入ってきた。
(えー、アブなくない?)
(ダイジョウブだって。候補生の服ぬいで平服で行けば)
ブロック材の梱包が積み上げられた陰から注意深く
3組の『シモーヌ』と4組の『アドリーヌ』だ……。
へぇ、と彼は短くわらう。
あの二人、そんな仲だったとは。
(美少年のキワどいショーが見られるってよ?)
(うー。そりゃ……見てみたいけどサー)
(じゃキまり。旧市街の奥まったトコロにあるお店だけど“メゾン・ドール”の近くだから分かりやすいよね。名前もニてるし)
――また人形。
『九尾』は物陰で、そっともとの姿勢にもどると、手を頭のうしろに組み、作りかけの天井を見上げてウンザリ。
運命とやらを、本気で信じたくなる。まるでこの世界が、デキの悪いラノベのよう。
――あるいは“神の意志”とか?
どうあがいても、自分の雲海深部行きは決定で、殉職が“予約済みに”なっている、としたら。せめてそこに幾分かの自由意志が、
運動場の方ではホイッスルの音と罵声が聞こえてくる。
校庭では、バービー伍長が、体練の授業で男子候補生をサド的に締め上げて。
そのくせ女子候補生は、学校付属のカフェで“お茶会”だと。テキトーに男子候補生を疲れさせる目的で、時間の終わりまでグランド周回を命じた後は、女子候補生たちのところに行くのだろう。最悪、次の犠牲者の品定めかもしれない。ほんッとうに自分のクラスの体練担当でなくて良かった、と彼は心底思う。
ピチャペチャと、なにか舌なめずりをするような音がする。
彼がふたたび体を起こしてみると、くだんの二人組が、イイことをしていた。
気兼ねのいらぬ 彼女たち、
妹が差し出して反り身になれば、
姉は乳房に手を触れて、そっと口づけ、
それから
狂気のように取り乱す。口はおちこむ
金髪の黄金の下の灰色がかった影のなか。※
――あぁもう、いい加減にしてくれ……。
ペチャペチャと“むつみごと”を間近に聞きながら、彼はこれからの事をズボンのなかでテントを張りつつ、一生懸命考えようとする。
嬌声と吐息。そして“よがり声”が聞こえる中、ムダな努力では、あったが。
――いっそボクも、純粋に街で気晴らしするかぁ……。
先日の夜、寝入る寸前に考えたことを思い出した。
あのキャンギャルを脳裏に浮かべつつ、お金はどれだけ要るかなと胸算用をする……。
※ポール・ヴェルレーヌ
「女友達」(1867)訳:窪田 般彌 より抜粋