※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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033:もう一人のチューターのこと、ならびに“女友達”のこと

 図書館で得た情報を『リヒテル』に問い質そうと週明けの月耀日、勇躍(ゆうやく)『九尾』は登校して教官室に向かったが、なんと!あの羆(ヒグマ)は出張でしばらく来ないという。

 

「そんなぁ!つぎ、いついらっしゃるか分からないんですかぁ?」

「公務だからね。先方のつごう次第だろう。情報系の除菌も長引いているし、今週と来週いっぱいは」

 

 学務課の主任職員は、端末を確認しながら応えた。

 

「なにか、伝言でもあるのかね?伝えようか?」

「いえ……べつに」

 

 まさか「図書館でSM撮影会やってた教官を弾劾(だんがい)してください」とも言えない。

 

 ――はぁ……どーするかなぁ。

 

 誰かに意見を聞きたかった。

 それも、信用できる人間に。

 

 市場の事。

 奴隷人形の事。

 この社会の、世界のこと。

 なぜ、情報は隠されているのか。

 なぜ、だれも真実に触れようとしないのか。

 

 同級生は、論外だ。

 知ってる先輩は、サラと龍ノ口の二人だけだが、片方は探査院に出ずっぱりで、龍ノ口は、なんと謹慎処分だという。いったいナニやらかしたんだか。

 

 『リヒテル』はいない。

 『モガモガ』など頼りにならない。

 あの校内女医は……あまり近寄りたくない。

 ミラは、なかば絶好宣言のあとは、アナルバイブを鳴らしてこないので、この状態はキープしたいと考えている。

 

 こう考えてみると、自分のコミュ能力の無さに我ながら呆れるな、と『九尾』は悲しく考える。

 なるほど、アンテナが低いワケだ。

 トボトボ廊下を歩いていると、行く手から長身の男を先頭に、男女の候補生を取り混ぜた一団がやってくる。

 

 ――げ、南(ソゥード)組だ。

 

 先頭で風を切る長身の大学生こそ、龍ノ口の宿敵にして、南組チューター。

 ザハーロフ・ゾズタリェム・ゼレティウス。

 Zが3つならぶことから「トロワーZ(ズ)」とよぶ者もいるが、だいたいはもっと短く切りつめ、ゾッドとも呼ばれている。W/N(ウィング・ネーム)は『フェンリル』。

 ザハーロフは廊下の隅(すみ)に寄った『九尾』を見つけ、

 

「よぉ、組(ゼミ)なし孤児がいるな。エセ一級候補生」

「……ご健勝で。サー」

「ヤツが居なくなって、北組(ノルド)は崩壊状態ってウワサだな?エェ?」

「さて、小翼には分かりかねますが」

 

 こいつ!とザハーロフは周りの取り巻きを見回し、

 

 「すっかり狡猾(ズル)くなりやがった。オレたちを受け流すつもりだぜ」

 

 龍ノ口とは異なったおもむきを持つ、凶悪なオーラ。

 頑丈そうなアゴが、ギクリとうごく。

 

 「ナメられたモンだな?南組も。え?」

 

 取り巻きたちの追従わらい。

 

 そのまま黙ってすれ違うかと思われた、一瞬、

 ザハーロフは、強烈なフックを、『九尾』の腹に叩き込んだ。

 腹筋に力を入れるのが遅れた彼は廊下の壁にフッとび、床に崩れおちて二、三度噦(えづ)きかける。

 

「ヤツに伝えときナ。いい加減ここに居着くのは、ヤメろってな」

 

 目(メ)障(ざわ)りだ、と言うや、顔をこわばらせた取り巻きたちを引きつれ、去ってゆく。

 まわりでこわごわ見ていた生徒たちも、不吉なものから逃れるように、三々五々、現場を散っていった。『九尾』だけが独り、腹をかかえ廊下にうずくまったまま残される。

 

 ――ちくしょう……。

 

 ヨロヨロと立ち上がると、通りすがりの生徒が、うしろめたげな目つきで、みな視線を逸らす。

 どうにかトイレまでたどりつき、二、三度吐いて、ようやくスッキリした。

 無条件反射で出たなみだを、ポケットのハンカチで拭き、口をゆすぐ。

 

 ――そっか、つぎの授業は、どうせ座学だしナ。

 

 これで完全に出席(で)る気をなくした。

 

 彼は、修錬校の増築予定となっている作業現場へとむかう。

 最近見つけたこの穴場は、独りになりたい時に絶好の場所だ。

 ナンでも工事を始めたはいいが予算が圧縮され、増築は無期延期となったらしい。

 入り口のバリケードをくぐり、監視センサーの死角をすり抜け、なかへ。

 建築資材がゴッタに集められている、ひとけのない空間。

 空調も生きていて、ありがたい。その片隅で、彼は手近な資材を都合(つごう)良く並べかえ、ゴロッと横になり目をとじる。

 

 ザハーロフの、鋼鉄のような笑み。

 

 最近は押さえの龍ノ口がいないせいで、やりたい放題らしい。

 “瑞雲”もオワりか、と『九尾』はハナでわらう。

 こうなっちゃ、ウワサを聞いて、新入生も入学(はい)っては来まい。

 と、なると、卒業生の格も堕ちることになる。

 なによりザハーロフそのものが、他校の回し者という風評も聞く。

 

 ――こりゃ本当に、将来の事を考えなくては。

 

 『山茶花』の メガネの奥の 瞳のきらめき。

 

 「もう私たち二年になるのよ……」

 

 やはり彼女は正しかった。

 ただし、もし――もし雲海行きを逃げられたら、のハナシだが。

 

 しかし、龍ノ口が謹慎ということは、RSOの望みが無くなったのだろうか。かりに雲海行きだとしても、どこかのヘンなオッサンと組まされるのは、いやだなぁ、と彼は切実に思う。

 

 (だからサ?こんどの週末、行こうよぉ)

 

 誰かが、工事現場に入ってきた。

 瓦礫(ガレキ)をあぶなっかしく踏み鳴らし、温風の排気口近くで座った気配。

 

 (えー、アブなくない?)

 (ダイジョウブだって。候補生の服ぬいで平服で行けば)

 

 ブロック材の梱包が積み上げられた陰から注意深く覗(のぞ)いてみると、女子候補生二人が手をつないで、お互いの制服を直し合っている。いや、よくみれば、直すフリをして触りあってるらしい。

 3組の『シモーヌ』と4組の『アドリーヌ』だ……。

 へぇ、と彼は短くわらう。

 あの二人、そんな仲だったとは。

 

 (美少年のキワどいショーが見られるってよ?)

 (うー。そりゃ……見てみたいけどサー)

 (じゃキまり。旧市街の奥まったトコロにあるお店だけど“メゾン・ドール”の近くだから分かりやすいよね。名前もニてるし)

 

 ――また人形。

 

 『九尾』は物陰で、そっともとの姿勢にもどると、手を頭のうしろに組み、作りかけの天井を見上げてウンザリ。

 共時性(シンクロニシティ)だかなんだか知らないが、最近すべてが暗喩(あんゆ)的だ。

 運命とやらを、本気で信じたくなる。まるでこの世界が、デキの悪いラノベのよう。

 

 ――あるいは“神の意志”とか?

 

どうあがいても、自分の雲海深部行きは決定で、殉職が“予約済みに”なっている、としたら。せめてそこに幾分かの自由意志が、裁量(さいりょう)が、存在してほしいものだが。

 

 運動場の方ではホイッスルの音と罵声が聞こえてくる。

 校庭では、バービー伍長が、体練の授業で男子候補生をサド的に締め上げて。

 そのくせ女子候補生は、学校付属のカフェで“お茶会”だと。テキトーに男子候補生を疲れさせる目的で、時間の終わりまでグランド周回を命じた後は、女子候補生たちのところに行くのだろう。最悪、次の犠牲者の品定めかもしれない。ほんッとうに自分のクラスの体練担当でなくて良かった、と彼は心底思う。

 

 ピチャペチャと、なにか舌なめずりをするような音がする。

 

 彼がふたたび体を起こしてみると、くだんの二人組が、イイことをしていた。

 

 

 気兼ねのいらぬ 彼女たち、馥郁(ふくいく)と、

 龍涎香(りゅうぜんこう)も香(かぐわ)しい、薄い寝間着を脱ぎ捨てる。

 妹が差し出して反り身になれば、

 姉は乳房に手を触れて、そっと口づけ、

 

 それから跪(ひざまず)き、修羅(しゅら)の振舞い

 狂気のように取り乱す。口はおちこむ

 金髪の黄金の下の灰色がかった影のなか。※

 

 

 ――あぁもう、いい加減にしてくれ……。

 

 ペチャペチャと“むつみごと”を間近に聞きながら、彼はこれからの事をズボンのなかでテントを張りつつ、一生懸命考えようとする。

 

 嬌声と吐息。そして“よがり声”が聞こえる中、ムダな努力では、あったが。

 

 ――いっそボクも、純粋に街で気晴らしするかぁ……。

 

 先日の夜、寝入る寸前に考えたことを思い出した。

 あのキャンギャルを脳裏に浮かべつつ、お金はどれだけ要るかなと胸算用をする……。

 

 

 




※ポール・ヴェルレーヌ
 「女友達」(1867)訳:窪田 般彌 より抜粋
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