週のなかばになっても、「除菌」といわれる校内システムのウィルスチェックは終わらなかった。
安全面を考え、飛行教導はすべて中止。あとは体力のいらない座学とあれば、候補生たちは授業中、試験勉強の“内職”にはげむ。
航界心理学の教官が、やる気のなさそうな声を生徒たちの頭上に素通りさせている最中、まえの席の『スメル
――おぉ……目が真剣だ。
『九尾』は、心ひそかに
“亭主”候補生は、ここまで人を変えるのか、と。
最近となりの席とは互いに妙な意地をはりあって、もはや言葉をかわすことすらなかった。
敵意とも、
その『九尾』はといえば、こちらはグッと
――ピチピチなギャルが、お待ちしています……か。
酒は脳細胞を死滅させると
しかし、女の子と呑むマネくらいなら何とかなるだろうという
どうせ雲海で
周辺の地図をしらべるうち、『シモーヌ』と『アドリーヌ』が言っていた“メゾン・ドール”という超・高級レストランをみつけるが、それは“
「ふぇぇぇ……」
思わず洩らしたタメ息に、『牛丼』が軽く反応してコチラをチラ見するが、すぐ面接本のほうにもどってゆく。
どうあっても、自分の線引きは外さないらしい。
こんなヤツだったとは――それならコッチからも願い下げだ。
さて……今日は水曜日。
つごうの悪いことに、週末は教導
結果次第では、また落ち込んで、とても遊びに行く気分ではないだろう。
じゃぁ元気な今のうち、こんどこそキチンと用意して街にくりだすかと、不意に決心した『九尾』である。
放課後、なにか話したげな教官を廊下でふり切り、いそいそと寮にもどると、
まずシャワーを念入りに。
そして、めったに使ったことのないコロン。
時間をかけて髪型を整え、ドライヤーのあと整髪料。
ミラとのデート・スタイルを変更し、カシミアの白マフラーを追加。
街中にある「Fシステム」を避ける目的で、顔を隠すためのボルサリーノを。
どうだ!と決めたつもりで、ネットのオークションで手に入れた十九世紀の
苦渋の
角度を変え、ポーズを換えるが、印象は、変わらず。
――うぅん……まぁ、ヨシとしよう。
カードや生体認証支払いは“足がつく”との端末の「
――おっ、と。
貞操帯用の、小さい方につかうアタッチメント。
これがあれば、どこの公衆トイレでも、大丈夫。
大のほうは、シャワーを浴びるまえに、木馬便器のエネマ・シリンジ・モードで完全にカラにしている。いきなり女性の音声警告で「腸内細菌が云々――」と言われた時はビックリしたが。
貞操帯も、最近ではずいぶんと
月曜に
時間を見はからい、知った顔に出会わないよう、非常階段を使って一階に下りると、裏口から外に出た。
冒険の気配がする、
木々の
――よし!
バスとリニア・トラム。それに地下鉄を乗り継ぎ、最寄りの駅へとむかう。
あのときは図書館でのショックで何も考えず、足の向くまま気の向くまま、手あたり次第に交通機関を乗り継いだが、あらためて地図で見てみると、ずいぶん遠くまで来ていたんだなと自分の無鉄砲ぶりが少し怖くなる。
地下鉄の入り口近くにある“チェンマネ屋”で、彼は生体認証からリアル・マネーを多めに換金した。札入れが、一気に分厚くなる。
モーターの匂いが充満する、地下鉄のコンコース。
「節電月間」と標語のある、無味乾燥な駅ポスターが何枚も。
遠くの闇で叫びをあげる、鉄条の響き。
鉄の
勤め人が帰宅する流れとは進行が逆なので、乗り降りがラクだ。
低くチャイムを鳴らし続ける自律清掃機も、のびのびと動いて。
そんな中、目的の駅に降りると、浮浪者が二、三うずくまるタイル貼りのヒンヤリとした通路を抜け、A-36出口とある地下鉄のエスカレーターを登り出口に立った『九尾』の目には、しかし期待していた
このまえの金曜とはちがう、どこかうら寂しい風景。
ネオンも、車の通行量も同じなのだが、人の流れが、圧倒的にすくない。
店先に出ている客引きの数もポツポツなら、店先を物色する人もチラホラ。
なにより街全体に活気が感じられず、
高速道の高架が幾重にも
――こりゃー
やっぱり金曜の夜にくれば良かったか、と『九尾』はマフラーの前をかき合わせ、はき慣れないウィング・チップの硬いソールを響かせて歩き出した。
目の前に個人端末が3Dで浮かべるマップに案内され、右に曲がり、左に折れてゆくと、いつの間にか、路面の
紙くずやタバコ・カートリッジ、あるいはコンドームの空き箱などが転がる、掃除のされていないビショビショな路面の
ポツポツと行き交う人々も、うす汚れたジャンパーに野球帽やハンチングといった、公設競技場にたむろするギャンブル親父が目立つように。
《ホルモン》と書かれた半ばやぶれ気味な
ここ、旧市街は、建築基準法の適用範囲外となっていた。
景観に配慮して建て増すのはいいが、壊すのはダメという土地がら、古い建屋に雰囲気を合わせた新規建築物が多く、そのカオス的な光景が、昼間は他象面観光客を呼ぶ場所となっている――と端末の説明。
何とはなしに彼は、かつての愛機“
あれもツギハギだらけの、妙な機体だったが……。
と、どうしたことか。
そんなことを考えながら歩く『九尾』は、自分がいつのまにか、呼び込みするパンチパーマや、姐サンたちの、なま暖かい注目を浴びていること気づいた。
いままで、「社長!社長!」とハッピ姿で呼び込みをかけていた角刈りの兄さんたちも、通り過ぎる彼には思わずニガ
とうとう、ガマンできなくなったか、酒焼けをした初老の呼び込みが、
「お兄チャンどこ行くのぉ?イイ
「バカ、
「ブルブルブルっ、どこの華族サマかと思ったぜぇ」
「
「ネェ!ボクぅ――精通した?」
あとは、通りじゅうに響きわたる、下品な大爆笑。
ほおを火照らせた『九尾』は、ムッとして、深めにかぶったソフト帽をとり、彼らを
とたん。静まりかえる、場末の路地。
いままで馬鹿笑いしていた海千山千な、脂ぎった薄ハゲな中年男や厚化粧のシワ女が、こんどはアングリと口をあけたまま。
コレ幸いと『九尾』は足を早め、路地をあとにする。
そんな彼のうしろ姿にヒソヒソと、
「なんなの?
「どっかから逃げて来た?それとも放流?」
「おとり捜査、かも?」
「ちげェねぇ、アンな“上玉”がコンなとこにくるけェ」
「うっかり手ェ出したら、トンだ
「くわばらくわばら」
「おぃ、塩まいておきねェ」
「
遠くなった最後の言葉を背中で聞いたとき、自身が持っていた服のセンスを全否定されたようで、彼は歩きながらガックリとくる。
(――ナニよそのスーツ。ダサいわね……)
してみると、ミラの――あの宮廷秘書官の言葉は、正しかったというワケか。
魔窟のような湿っぽく饐えた匂いの充満する迷路状の路地を抜け、一気にきらびやかな表通りに出ると『九尾』はホッと歩みをゆるめた。
あたりの光景は一転。空気は、磨かれたような雰囲気となる。
呼び込みの男のスーツや、店先に立つチャイナドレス姿の照り輝き。
一気に面目を
衣装に“破れ”や“ほつれ”がなく、髪には
【ロリっ仔の館】とかいう、しょーもないプラカードをもつ14~5と見える少女が、歩道のすみに佇んで道ゆく人に媚びた笑みを投げかけていた。
「不思議の国のアリス」なコスプレをしたその少女を看て、すぐに『九尾』はピンとくる。
――
図書館で見た投薬の光景。
クズな母親が娘の価値を高めようと、あるいは家出をして“ウリ”をするマセた〇〇生がスジ者からクスリを買い、服用した成れの果てとされるその“ニンフェット”も、着せられたコスチュームに色あせや
そんな彼女から、こんどは自分にもチャンとティッシュが配られ、さらに『九尾』はホッとした気分になる。
この世界――この夜。
自分は“実際に存在している”という安心感……。