※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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034:             〃         (後

 『九尾』が、さらに周囲をよく観察すると、この界隈(かいわい)は通行人に豪奢(ごうしゃ)な毛皮をまとった女性をエスコートするカシミヤ・コートや、宮廷勤務服のマントが目立つ――ような。

 

 ――あぁ、そうか。 

 

 彼方にメゾン・ドールのきらびやかな建物がライトアップで見えた。

 ヨーロッパ事象面の古い造りを模した広壮な館で、ぐるりを高い鉄柵と庭園で囲まれている。テロ防止のため周囲はリニア・カーが乗り入れ禁止なので、みな手近なココいらで車を乗りすて、徒歩でレストランに向かうのだろう。

 

 しばらく歩くうちに、行く手から何やらスピーカーで一本調子で唱える声がする。

 

 歩みをゆるめ、通りしなに窺(うかが)うと、【神を畏れよ】というビラをベタベタ貼った軽自動車が道路わきに停まり、素人仕事で取り付けたようなルーフの拡声器で、

 

《今なら、あやうく――間に合います》

《いそいで踵(きびす)を――かえしなさい》

《地獄をみては――なりません》

《快楽(けらく)を貪(むさぼ)るものは――みな》

《ゲヘナの業火(ごうか)に――亡びます》

《厳神(かみ)は貴方(アナタ)を――ご覧です》

 

拡声器の調子がおかしくなったらしく、ハウリングで、暫(しば)し途絶える。

やがて、テープ録音なのか、全然関係の無いところから、

 

《ながき我が世の――夢覚めて》

《むくろの土に――返るとき》

《心のなやみ――終るとき》

《罪のほだしの――解くるとき》

《墓のあなたに――我魂(わがたま)を》

《導びく神の――御聲(みこえ)あり》

 

 軽自動車の窓はスモークとなっており、中は窺えない。

 光の加減か、暗いガラスに髑髏めく影。

 ギクリとするよりも早く、遠くからサイレンが近づいてきた。

 

《嘆(なげ)き、わづらひ――くるしみの》

《雲海(うみ)にいのちの――舟うけて》

《夢にも泣くか――塵(チリ)の子よ……》※

 

 PC(パトカー)のドアが重々しくバタバタと開け閉めされたかと思うと、軽自動車の窓を叩き割らん勢いで警官たちがノックをし、この奇妙な街頭演説は尻切れトンボとなる……。

 

 (バカだなぁ、警戒区で街宣活動なんて)

 (“あの店”の周囲で、騒ぐなんてネェ……)

 

 路行く人々の、そんなヒソヒソ話。

 くだらない、と『九尾』は足をはやめ、点滅する横断歩道を渡る……。

 

 目指す店の近くまで来たとき、見覚えのあるプラカードを立てるキャンギャルが、水をキチンとまかれた石畳の歩道で所在なげに立っているのが見えた。

 しかし、同じ金髪なものの、ヘアスタイルと衣装(コスチューム)が違うので、おそるおそる近づくと――やっぱり別人。

 

 肉感的な、ムッチリとした肩と二の腕。

 そこに刻(きざ)まれた、スペードの刺青(いれずみ)。

 同じように見えた金髪は、彼女の場合、赤銅がかっている。

 巻かれた首輪には、何かの電子デバイスが輝いて。

 

 横からの視線に気づいた彼女が、ふとふりむく。

 

「アラ、カワイイ殿方(とのかた)。ドウデス?いまカラ」

 

 あぁ、と『九尾』は呻(うめ)く。彼女も、やはり。

  

 蠱惑(こわく)的に見えるよう、肥大化(ひだいか)手術(オペ)された口唇(くちびる)。

 夜の巷(ちまた)でも、どぎつく映えるための、グロスな赤がベットリと。

 身体の不自然なメリハリ。巨(おお)きな胸と尻にくらべ、ウエストの異様な細さ。

 成長抑制剤を使用する“ニンフェット”の見分け方もそうだが、図書館で観た女体改変手術の知識が、まさかこんなトコロで役立つとは。

 

「あのサ……いえ、あのデスね」

 

 自分でもギクシャクとした言い回しになってると思いつつ、

 

「エリアーヌさん、いません?」

 

 エリアーヌ?と、いかにも口淫奉仕が巧(たく)みそうな唇(くちびる)がうごく。

 

「アン(1)?トロワ(3)?――ドゥ(2)は、もうイナイね」

「えぇと――金髪で」

 

 彼の言葉に、ふいに彼女は手を打ち鳴らし、笑いくずれ、

 

「ウチのオ店、エリアーヌ。みんな金髪ネ」

「えぇと、これ」

 

 『九尾』は定期入れから、渡された名刺を出した。

 相手の顔が、ふと曇(くも)る。

 

「あのコ……他のお店イッタ」

「――そうなんだ」

 

 これでは“市場”のことも“人形”のことも訊けない。

 目の前のこの姉サンでは……相談するには、どうも信用が足らなさそう。 

 ガッカリとする『九尾』をなぐさめるように、

 

「でもアタシいるネ?アタシの方が――イイ婦(おんな)ヨ?」

 

 お店コナイ?クル?と、彼女は小首をかしげ、営業スマイル。

 どうしようかと考えていると、遠くからドミニぃーク!!と声がかかった。

 

「ZUT(ちぇ)!イーサ!」

 

 やってきたのは、白いカクテル・ドレスにフェロモン満載な身体を包んだ、褐色な肌のホステスだった。黒く、ボリュームのあるソバージュが、エジプト遺跡の壁画を連想させる。サラの髪を黒く染めて商売女風にしたら、あるいはこのような。

 スレっからしな歩き方でブランド物のミュールを鳴らし、流暢(りゅうちょう)に、

 

「アブラ売ってんじゃないわよ!2Fでお客さまが……あら可愛い子ね?」

「ドゥのトモダチ、です」

「ドゥ?エリーの?へぇぇ。ねぇ、名前は?」

「……あの――『土鳩(どばと)』です」

 

 もの問いたげな美女二人の視線に、『九尾』がとっさにウソをついたのは、どういう風の吹き回しだったのだろうか。しかし、彼は姉御(アネご)二人が眉根(まゆね)に“?”と浮かべるのを感じて、

 

「ドバトです。鳩ですよ、ハト!」

「ハトォ?」

「あぁ、Pigeon(ハト)!」

「Pigeonネ!Pigeon、Pigeon、Mon pigeon(ワタシのはと)!」

 

 ドミニクと呼ばれたほうが、『九尾』をギュッと抱きしめる。

 その時、またしても遠くから声がかかった。

 カン高い、よく通る声音(こわね)で、

 

「ベッラ!ミイラ取りがミイラになって、ナニしてやがる!」

 

 三人が声の方を向くと、オールバックにサングラスの男が、金鎖を下げるベストのポケットに親指を引っかけ、こちらを見ていた。 

 男の下品なサングラスに見覚えがある。

 あの夜、エリアーヌさんを呼びつけたマネージャー。

 相手も、『九尾』の顔を見て思い出したらしい。険悪さを急に収めて、

 

「これはこれは――候(・)補(・)生(・)の(・)坊(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)、いらっしゃい。お待ちしておりましたよ?あぁドミニクさ(・)ん(・)!2Fでお客様がお待ちだ。イサベラくん?ナニをしているのかねぇ、こんな寒空に坊ちゃんを立(・)ち(・)ん(・)ぼ(・)させて」

 

 ドミニクが、一足先に店へともどってゆく。イサベラと呼ばれた方は、さりげなく『九尾』の腰に手をまわし、彼を店へとさそう風。その手が尻にまで延びたとき、驚きで腕が一度震えるのが、彼には分かった。

 

「おどろいた!あなた、ほんとうに候補生なのね?」

「ええ。いちおうは、そうです」

「三級?――それとも、もう二級になった?」

「一級です。いちおう」

「素敵!」

 

 彼女はそう言うや、

 

「マネージャー!このコ、一級候補生ですってよ?」

 

 近づいた二人に、オールバックの顔が、満足そうにうなづく。

 

「だろうと思いましたよ。オーラがちがうもの。どうぞヨロシク。このチンケな店でケチなマネージャー営ってる、イツホク・モシェルってモンです。」

 

 ささ、お早く中へ、と『九尾』は、まるで店に絡(から)め取られるように、中へと吸い込まれる。

 

「この世の憂(う)さをロストさせるには、うってつけの当店ですテ」

 

 ――――――――――

 

「旧市街区でロストしただと?」

 

 モニター室は、異常な緊張に充たされていた。

 蒼い光が充ちる中、いつもの二人を、長身のスーツ姿が二人組が難詰(なんきつ)している。

 あきらかに『当局』の鋭角的な雰囲気を発散する彼等を前に、さすがの監視役も萎縮(いしゅく)ぎみとなって。シャツをまくった腕に入れ墨のある大柄なデブは、それでも不満気にソッポを向いている。痩せた小男の方は、キョトキョトと落ち着かない。

 

「ちゃんと見張っていたんだろうな!」

「“ツェッペリン(飛行船)”で、上空からトレースは、してたんでサ」

 

 入れ墨のある男が、ふてくされたように。

 

「そしたら、反応が急に希薄(きはく)化して。市街区に入ってから、チョット目標は不鮮明になッてたんスが」

「Fシステムや、Wシステムの解析は!」

「あのへん、有名人のカップルが“路チュー”するってンで、切られている場所(トコ)、多くて」

 

 おぃ、冗談じゃないぞとスーツのもう一人が口をはさみ、

 

「このコトが上層に知れてみろ!どうな――葉巻はヤメろ!」

 

 マッチに手を伸ばそうとした入れ墨の男を一喝(いっかつ)する。

 

 ――――――――――

 

 一喝されたミニスカ・メイド姿の少女は、マネージャーの睨みにおびえつつ、銀ブチ眼鏡の奥からオズオズとした視線と仕草で『九尾』に紅茶を差し出した。

 バニーガールのような手首のカフス下にた(・)め(・)ら(・)い(・)傷(・)がチラリと。

 動きがギコチないのは、ひょっとしてメイド・ドレスの下に、図書館で見た少女がされていたような“仕掛け”が全身に巡らされているのかもしれない。

 

 彼女は『九尾』の視線に気付くと、ぎこちない笑みを浮かべる。

 

 首輪に縛(いまし)められる喉(ノド)が、こくりとひとつ。うごいて。

 次いで、ささやくような小さな声が、

 

「……どうぞ」

「わざわざありがとう」

「スンませんねぇ『土鳩』閣下、まだこの娘(こ)ァ、入店(はい)ッたばッかしナンで」

「いえ――カワイイ子で、嬉しいです」

「聞いたか!御礼は!」

「は、ハイ!だんなサマ。愛香(あいか)は、うッ、うれしゅうございます」

 

 いかにも華奢(きゃしゃ)そうな、父性本能をくすぐりそうな少女。

 フリルで飾られる、多分にえぐられたドレスの胸元。

 シルクか、サテン製だろうか。黒地全体に部屋の灯りを受け、光沢が趨(はし)る。

 そしてヒールが驚くほど高い、革製のキツ目なショート・ブーツ。

 彼女が深々と、ヘッド・ドレスが飾るショートヘアーな頭を下げたとき、少女にしては大きすぎるその胸の谷間に、トカゲのようなものが。

 

 『九尾』の脳裏に、図書館の悪夢がよみがえる。

 

 しかしこの娘の胸は、作り物にしてはいかにも自然だった。

 黒革のウェスト・ニッパーは、そんな少女の胴を残酷に締めあげ、レースの小さなエプロンが、それを形ばかりに隠している。

 短めの黒いスカートから、ガーター付きなパール(真珠色)の白タイツをはかされた脚。

 スカートの奥から、彼女が身動きをするたび、リリ、リリと鈴の音が。それに少しばかり上気したような顔の赤さ。

 

 

 暖房が効いたこの部屋は、なるほど少しばかり汗ばむほどだが、少女がこんなきわどい格好する理由には、少々力不足だ……。

 

 




※土井晩翠の「希望」を一箇所変えました:海→雲海(うみ)
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