『九尾』が、さらに周囲をよく観察すると、この
――あぁ、そうか。
彼方にメゾン・ドールのきらびやかな建物がライトアップで見えた。
ヨーロッパ事象面の古い造りを模した広壮な館で、ぐるりを高い鉄柵と庭園で囲まれている。テロ防止のため周囲はリニア・カーが乗り入れ禁止なので、みな手近なココいらで車を乗りすて、徒歩でレストランに向かうのだろう。
しばらく歩くうちに、行く手から何やらスピーカーで一本調子で唱える声がする。
歩みをゆるめ、通りしなに
《今なら、あやうく――間に合います》
《いそいで
《地獄をみては――なりません》
《
《ゲヘナの
《
拡声器の調子がおかしくなったらしく、ハウリングで、
やがて、テープ録音なのか、全然関係の無いところから、
《ながき我が世の――夢覚めて》
《むくろの土に――返るとき》
《心のなやみ――終るとき》
《罪のほだしの――解くるとき》
《墓のあなたに――
《導びく神の――
軽自動車の窓はスモークとなっており、中は窺えない。
光の加減か、暗いガラスに髑髏めく影。
ギクリとするよりも早く、遠くからサイレンが近づいてきた。
《
《
《夢にも泣くか――
(バカだなぁ、警戒区で街宣活動なんて)
(“あの店”の周囲で、騒ぐなんてネェ……)
路行く人々の、そんなヒソヒソ話。
くだらない、と『九尾』は足をはやめ、点滅する横断歩道を渡る……。
目指す店の近くまで来たとき、見覚えのあるプラカードを立てるキャンギャルが、水をキチンとまかれた石畳の歩道で所在なげに立っているのが見えた。
しかし、同じ金髪なものの、ヘアスタイルと
肉感的な、ムッチリとした肩と二の腕。
そこに
同じように見えた金髪は、彼女の場合、赤銅がかっている。
巻かれた首輪には、何かの電子デバイスが輝いて。
横からの視線に気づいた彼女が、ふとふりむく。
「アラ、カワイイ
あぁ、と『九尾』は
夜の
身体の不自然なメリハリ。
成長抑制剤を使用する“ニンフェット”の見分け方もそうだが、図書館で観た女体改変手術の知識が、まさかこんなトコロで役立つとは。
「あのサ……いえ、あのデスね」
自分でもギクシャクとした言い回しになってると思いつつ、
「エリアーヌさん、いません?」
エリアーヌ?と、いかにも口淫奉仕が
「
「えぇと――金髪で」
彼の言葉に、ふいに彼女は手を打ち鳴らし、笑いくずれ、
「ウチのオ店、エリアーヌ。みんな金髪ネ」
「えぇと、これ」
『九尾』は定期入れから、渡された名刺を出した。
相手の顔が、ふと
「あのコ……他のお店イッタ」
「――そうなんだ」
これでは“市場”のことも“人形”のことも訊けない。
目の前のこの姉サンでは……相談するには、どうも信用が足らなさそう。
ガッカリとする『九尾』をなぐさめるように、
「でもアタシいるネ?アタシの方が――イイ
お店コナイ?クル?と、彼女は小首をかしげ、営業スマイル。
どうしようかと考えていると、遠くからドミニぃーク!!と声がかかった。
「
やってきたのは、白いカクテル・ドレスにフェロモン満載な身体を包んだ、褐色な肌のホステスだった。黒く、ボリュームのあるソバージュが、エジプト遺跡の壁画を連想させる。サラの髪を黒く染めて商売女風にしたら、あるいはこのような。
スレっからしな歩き方でブランド物のミュールを鳴らし、
「アブラ売ってんじゃないわよ!2Fでお客さまが……あら可愛い子ね?」
「ドゥのトモダチ、です」
「ドゥ?エリーの?へぇぇ。ねぇ、名前は?」
「……あの――『
もの問いたげな美女二人の視線に、『九尾』がとっさにウソをついたのは、どういう風の吹き回しだったのだろうか。しかし、彼は
「ドバトです。鳩ですよ、ハト!」
「ハトォ?」
「あぁ、
「Pigeonネ!Pigeon、Pigeon、
ドミニクと呼ばれたほうが、『九尾』をギュッと抱きしめる。
その時、またしても遠くから声がかかった。
カン高い、よく通る
「ベッラ!ミイラ取りがミイラになって、ナニしてやがる!」
三人が声の方を向くと、オールバックにサングラスの男が、金鎖を下げるベストのポケットに親指を引っかけ、こちらを見ていた。
男の下品なサングラスに見覚えがある。
あの夜、エリアーヌさんを呼びつけたマネージャー。
相手も、『九尾』の顔を見て思い出したらしい。険悪さを急に収めて、
「これはこれは――
ドミニクが、一足先に店へともどってゆく。イサベラと呼ばれた方は、さりげなく『九尾』の腰に手をまわし、彼を店へとさそう風。その手が尻にまで延びたとき、驚きで腕が一度震えるのが、彼には分かった。
「おどろいた!あなた、ほんとうに候補生なのね?」
「ええ。いちおうは、そうです」
「三級?――それとも、もう二級になった?」
「一級です。いちおう」
「素敵!」
彼女はそう言うや、
「マネージャー!このコ、一級候補生ですってよ?」
近づいた二人に、オールバックの顔が、満足そうにうなづく。
「だろうと思いましたよ。オーラがちがうもの。どうぞヨロシク。このチンケな店でケチなマネージャー営ってる、イツホク・モシェルってモンです。」
ささ、お早く中へ、と『九尾』は、まるで店に
「この世の
――――――――――
「旧市街区でロストしただと?」
モニター室は、異常な緊張に充たされていた。
蒼い光が充ちる中、いつもの二人を、長身のスーツ姿が二人組が
あきらかに『当局』の鋭角的な雰囲気を発散する彼等を前に、さすがの監視役も
「ちゃんと見張っていたんだろうな!」
「“
入れ墨のある男が、ふてくされたように。
「そしたら、反応が急に
「Fシステムや、Wシステムの解析は!」
「あのへん、有名人のカップルが“路チュー”するってンで、切られている
おぃ、冗談じゃないぞとスーツのもう一人が口をはさみ、
「このコトが上層に知れてみろ!どうな――葉巻はヤメろ!」
マッチに手を伸ばそうとした入れ墨の男を
――――――――――
一喝されたミニスカ・メイド姿の少女は、マネージャーの睨みにおびえつつ、銀ブチ眼鏡の奥からオズオズとした視線と仕草で『九尾』に紅茶を差し出した。
バニーガールのような手首のカフス下に
動きがギコチないのは、ひょっとしてメイド・ドレスの下に、図書館で見た少女がされていたような“仕掛け”が全身に巡らされているのかもしれない。
彼女は『九尾』の視線に気付くと、ぎこちない笑みを浮かべる。
首輪に
次いで、ささやくような小さな声が、
「……どうぞ」
「わざわざありがとう」
「スンませんねぇ『土鳩』閣下、まだこの
「いえ――カワイイ子で、嬉しいです」
「聞いたか!御礼は!」
「は、ハイ!だんなサマ。
いかにも
フリルで飾られる、多分にえぐられたドレスの胸元。
シルクか、サテン製だろうか。黒地全体に部屋の灯りを受け、光沢が
そしてヒールが驚くほど高い、革製のキツ目なショート・ブーツ。
彼女が深々と、ヘッド・ドレスが飾るショートヘアーな頭を下げたとき、少女にしては大きすぎるその胸の谷間に、トカゲのようなものが。
『九尾』の脳裏に、図書館の悪夢がよみがえる。
しかしこの娘の胸は、作り物にしてはいかにも自然だった。
黒革のウェスト・ニッパーは、そんな少女の胴を残酷に締めあげ、レースの小さなエプロンが、それを形ばかりに隠している。
短めの黒いスカートから、ガーター付きな
スカートの奥から、彼女が身動きをするたび、リリ、リリと鈴の音が。それに少しばかり上気したような顔の赤さ。
暖房が効いたこの部屋は、なるほど少しばかり汗ばむほどだが、少女がこんなきわどい格好する理由には、少々力不足だ……。
※土井晩翠の「希望」を一箇所変えました:海→