※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

39 / 117
035:愛香のこと、ならびに彼女の献身のこと【18禁版】

 表通りの貧相(ヒンソー)な店の構え――例えれば場末のスナックのような――からは、ちょっと想像できない贅沢な客間の造り。

 サテン・ドールというこの店には、不思議な雰囲気が満ちていた。

 

 アンティーク家具を広めの空間に配し、マントルピース(暖炉)に火は赤々と燃えて。

 頭上のシャンデリアや紫檀(したん)と見える飾り棚。

 ここにきて初めて『九尾』は、支払いのことが少しばかり心配になった。

 

 ――でも、アンティーク家具を並べた「ぼったくりカフェ」なんて……聞いたことないしナァ。

 

「ところで……」

 

 と、マネージャーは、客人席の横に置かれるチェスタフィールド風のロング・ソファに腰かけると、中指に大きな印形(いんぎょう)の嵌(ハマ)る指輪をはめた右手でサングラスをズラし、上目遣(づか)いに、

 

「『土鳩(どばと)』閣下は――なンで、こんな街区(とこ)に?」

「とくに……意味はありません。一種の視察です」

「視察、ねぇ?」

 

 鼻で嗤(ワラ)いつつ、あからさまに「感心しませんな」という口ぶりで、

 

「ココいらへんは、オモテはチッとばかり見栄(みば)えァいいが、ウラはロクなモンじゃありやせんゼ。お前サンの――いえ失礼――閣下のような方が、なんの援護もなくフラフラ出歩いたんじゃ、鴨ネギどころか、火薬に雷酸水銀ですテ?おっと、言い訳ご無用。バックアップが無いのは、確認済みですぜ」

 

 追従(ついしょう)と侮蔑(ぶべつ)を半々にした、卑(イヤ)しい笑み。

 顔の陰影が、その印象に拍車をかけて。

 

「……そんなに怖いところなんですか?ボクはまだ部局に入って間もないもので。自分でコネとテリトリーを作ってこいと上司から……」

 

 ため息をつき、首をふってイツホクマネージャーは立ち上がると、『九尾』の背後で紅茶のお変わりとケーキを準備する愛香のそばに立つ。

 ハッと、彼女が息を呑む気配。

 やがて中年男は手をこすりあわせ、さ、行けと愛香に指示を出す。

 

 『九尾』は――見た。

 

 十八世紀作とみられるアンティークの小さな写真立てが鏡となり、その中でイツホクが指輪の印形(いんぎょう)をずらし、空洞から、愛香が用意したミントンのティーポットに、何か粉状のものを混入させるのを。

 礼服のブーツに仕込まれたナイフが恋しい。なるほど、こんな場合に使うのか。

 

 心が……。

 透明な湖に垂(た)らす錘(おもり)のように森(シン)、と落ちついてゆく。

 この応接間のすべて。

 一挙手一投足すべてが、手に取るように。

 

 なんて事だ、と彼は思う。

 このピンチを愉(たの)しんでいる自分が居る。

 そして、そんな自分を傍観(ぼうかん)している、自分。

 心持ちが、妙に喧嘩(ケンカ)っ早くなって、ワクワクする気配……。 

 己の存在が二つに遊離してしまい、どこか気持ちの焦点が喪(うしな)われて。

 

 チリチリと鈴の音が背後から近づき、やがて前に回りこむと、愛香が、すこし震えながらポットと、トリオのセットにしたカップを載せる盆を捧(ささ)げ、彼の前に。

 

 その時だった。

 

 さて――と『九尾』が行動をおこすよりはやく、彼女は毛足の長い絨毯(じゅうたん)にヒールでもからませたものか、不意によろけるとトレイの物を全部床に落とし、カップやポットをことごとく粉砕して、紅茶をあらかた絨毯に吸わせてしまう。

 

 神経を引っかくような無残な破壊音。

 

「アイカ!――手ン前(め)ェ!」

 

 イツホクの平手打ちが飛んだ。

 はずみで彼女は応接間の床にたおれ、ネコ脚のイギリス風な棚の角に、ヘッド・ドレスで飾られた小さな頭を打ちつけて、うぅん、と昏倒(こんとう)する。

 大またびらきに倒れこんだため、短めな黒のスカートがピラリとめくれ、少女の一番大切な部分を室内灯のアンティークな色のもとにさらけ出した。

 

 『九尾』は目を疑った。

 

 ガーター付きの白い光沢ストッキングで包まれた、その根もと。

 無情(むじょう)にも、可憐(かれん)な前と後ろの孔をドス黒い張り型で貫(つらぬ)かれた姿。

 錠前のついた黒革のハーネスが、ガッチリとそれら淫具の脱落を許さない。

 

 押し割られた双の小淫唇に穿(うが)たれた穴(ピアス)。そこに付けられたふたつの鈴が、彼女の歩みにつれてチリチリと鳴っていたカラクリを、彼は目の当たりにする。

 

 アナル・ブリーチされたピンク色の肛門。

 秘部にくい込むハーネース越し。恥丘に刻まれた“カラスアゲハ”の刺青(いれずみ)……。

 鍛え上げられた動体視力が“ラッキースケベ”といわんばかりのワンシーンを彼の脳裏(のうり)に刻み付けた。

 

 イツホクは、彼女の首輪に下がる手環(しゅかん)を手荒に扱って少女を引き起こすと、拳をかため、振り上げた。『九尾』は自動的に己(おのれ)の体がイツホクの背後からグイとその腕をつかみ、自分でも信じられない力で、マネージャーを投げ飛ばすのを筋肉の痛みとともに“傍観”した。

 中年男の胴体が優雅(ゆうが)に宙を舞い、ロココ風な鏡台を修復が難しいほど粉砕する。

 

「痛(い)ッてぇ……くそ。あぁッ!ルイ王朝の年代物を!そんなぁ……」

「へぇ……じゃ、その指輪も、年代モノなのかい?」

 

 『九尾』の口が勝手に動き、ギロリとイツホクを睨(ニラ)む。

 

 ――あ……まただ。

 

 自分ではない自分。

 それがこの女衒(ぜげん)を、殺さんばかりな目つきで。

 マントルピースの上に、大ぶりな銀製の七本腕燭台(メノーラー)がある。

 あれで殴(なぐ)ってもイイな……そんなことを考えながら。

 

「へ……へ、へへ」

 

 イツホクは下卑(げび)た哂(わら)いを浮かべ、フラフラ立ち上がると、飾り棚の引き出しを開け、旧(ふる)い拳銃を取り出した。

 ただし――狙いはつけず、これみよがしにひけらかして。

 とりあえずマウントは取ったから、お互いのため、これ以上メンドウなコトはヤめましょうや?という意思表示。

 

「ッカしいと思ったんだよナ。アンタみたいなヤツが、ノコノコこんなトコに“アホ面”サラして出てくるわけがねぇ……オレもヤキが回ったモンだぜ。三課か?」

「……宮廷官房のモンじゃないよ。かといって、外事課でもない」

 

 図書館で見た単語が、口から出まかせにスルスルと口をついて出た。

 イツホクは、冷酷そうなうすい唇を(……ヤベェ)とゆがめ、

 

「内局?アァ……「本院」の始末屋か。お前ェいくつだ?」

「“クロノス”は使ってない」

「へぇぇ……その歳(トシ)で、ねェ」

 

 てぇしたもんだ、と余裕をかまし中型拳銃を尻ポケットに突っ込むと、

 

「仕切りなおしと、いきましょうヤ?」

 

 彼は、粉砕された鏡台を忌々(いまいま)しげに一瞥(いちべつ)してから飾り棚のガラス戸に近づいて、アブサン、それにグラスとスプーンを2セット取り出しテーブルにならべ、たおれた愛香の頭を、チャーチとみえるストレート・チップな爪先で、かるく突ついて起こす。

 

「……ヤめなよ」

 

「なに、ダイジョブですっテ。これぐらいの女餓鬼(メスがき)ァ、こんなもんで丁度イイんでさァ――おぃ起きろ!この若いダンナと呑むんだ、用意しねェか!」

 

 愛香はノロノロ起きあがると、目をパチクリさせた。『九尾』はすかさず立ち上がり、彼女を抱きおこすと、サラサラの黒髪をナデナデする。

 やはり。タンコブになってるじゃないか。

 

「痛かったね――だいじょうぶ?」

 

 へっ!とイツホクがくちびるを歪める。

 ほっときなせェよ、という様に。

 

 彼女は少しばかりまぶしそうにもういちど瞬きると、応接間の空気を瞬時に読み、ホッとした顔。『九尾』を見上げてひとつ頷(うなづ)き、そしてあわててまくれ上がったスカートをなおす。ズレたメガネを押し上げ、フラフラしながら立ち上がるとアブサンの準備を。

 

 コースターの上に立てたグラス。

 そこに渡したスプーンの上に、角砂糖。

 

 部屋がすこし暗くなる。

 

 イツホクも、『九尾』の対面に座ると、愛香の手で点けられた角砂糖の上で燃える炎に、凝(ジ)っと見入る。

 やがて尻の具合が気になるのか、もぞもぞと身体を動かし、無造作な風を装って拳銃をテーブルに放った。

 

「で。ウチの実入りは……ナンです?」

 

 微妙な一拍。

 『九尾』は旧式の量子コンピュータ並みに頭を働かせ、

 

「少なくとも、宮廷秘書官とのパイプ、とか」

 

 そう――少なくともウソは言っていない。

 

「そいつァ豪気だ!」

 

 相手の興奮をよそに、『九尾』はさりげなく卓の上にあった拳銃を取る。

 イツホクが、ハッと緊張。

 彼は炎に透かし、MOD.83 CAL.9という刻印が目立つ、中型の自動拳銃を診た。

 

 ――なんだろう……心が落ち着く。

 

 というか、長年慣れ親しんだ相棒に出会ったような。

 手が勝手に動き、薬室(チャンバー)からカートリッジを排出すると、弾倉(マガジン)を抜く。

 用心鉄を(トリガー・ガード)引き下げてフレームからスライドを外し、手馴(な)れた調子で、分解。

 

 バレルの状態を確認しつつ『九尾』の口がまたも勝手に、

 

「前科(まえ)がある銃?」

「まさか。交換もできないんじゃ、そのたンびに捨ててまさァ」

「ふぅン……」

 

 すばやく組み立て、もと通りにすると、すこしひねくり回した挙句、名残惜しげに卓(テーブル)にもどすと、イツホクのほうに滑らせて。

 イツホクは肩をすくめる。

 こちらも余裕をかまして、押し返された銃を強いて取ろうとはせず、

 

「で――閣下は、ナニを……」

 

 ノックの音がして、ドアが勢いよく開けられた。

 

「コマンジュ(隊長)――」

 

 いかにも用心棒風味な、ガタイのいい外象人がスッと入ってきて、『九尾』に会釈するとイツホクの耳に何事かささやく。しばらく聞くと、こちらもロシア語らしき言葉で、口早に子音を並べたシラブルを囁(ささ)くや、卓(テーブル)の拳銃を取り、

 

「閣下、野暮(ヤボ)用が出来ましたンで、チョイとばかし席をハズしまさァ――愛香!閣下をお(・)も(・)て(・)な(・)し(・)だ!ワかってンな?」

 

 ザムノォーイ(ついてこい)、と用心棒に首をふり、二人は出て行く。

 

 雰囲気のある客間に、『九尾』と二人。

 残された愛香は、すこし恥じらいながら彼をソファーのほうにいざなう。

 幅広な本革のソファに座ると、彼女はオズオズとヒザの上に乗ってきた。

 

 『九尾』の首に腕をまわし。ギュッとする。

 

 女の子の、やわらかく甘い匂い。

 ありがたいことに、しつこい香水の臭いはしない。

 彼のももに、愛香が銜えさせられたディルドーの尻部があたる。

 自分もアヌスにズップリと銜え込まされている『九尾』は “立場の違う” 奴隷が二人、こうして抱き合っていることに、みょうな興奮を覚えてしまう。

 

 彼女の小さな頭を撫(な)でたとき、先ほど家具にぶつけたタンこぶを探り当てた。可哀想に、と腕をのばし、サイドテーブルにあった冷たいおしぼりを、ビニール・パックのまま、ソッと彼女の後頭部に押しあてる。

 そのまましばらくジッとしていた二人だが、やがて彼女が『九尾』の頭を抱いていた腕をはなし、不思議そうに、

 

「シないのですか――?」

「するって?ナニを?」

 

 いえ。と彼女はうつむき、

 

「こんなワタシじゃ、ごふまんですよね」

「なに言って。キミは十分カワイイさ」

 

 じっさい、初めて女の子を抱きしめた心臓はバクバクとうごき、願わくばこの動揺が彼女に悟られ、主導権を握られないようにと願うばかりであったが。

 

 何気ない仕草で、愛香は先ほど手荒く扱われた幅広な首輪の具合をなおす。

 胸に彫られたトカゲが、肉感的に、ゆれて。

 

「可哀想に……痛くなかった?」

 

 『九尾』が胸の谷にやさしく触れると、なにを思ったか、彼女はメイド服のアッパーに並ぶボタンを次々と外すや前をくつろげ、肩から滑りおとして上半身の裸体(はだか)を少年にさらした。

 

「ご覧――下さい」

 

 あらためて看(み)ても、その印象は変わらない。

 

 おそらく彼女も豊胸処置されたのだろう。

 ただしシリコンなどではなく、長期の女性ホルモン投与で。

 

 乳輪と乳首に穿たれた大ぶりなピアス。

 そのわきの、和彫(わぼ)りとみえる極彩色の蜥蜴(とかげ)。

 バイブとディルドーに気をつけて彼のひざのうえで身をよじると、背中に細かいムチの白っぽい痕(あと)が一面にあらわれる。

 

 たたみかけるように、彼女はポツリ、ポツリと、

 

「売られてから、ここに来て……いろんなコトがありました」

「……」

「いろんなことをさせられました」

「……」

「淫(みだ)らな処置を受けて――イヤらしい身体にされて」

「……」

「そんなワタシでも、誇りと矜持(きょうじ)は、いまだ胸の内に秘めています」

「……」

「貴方(アナタ)は……こんなところに来ては不可(イケ)ません」

「……」

 

 ついで彼女は、息吹で彼の耳をくすぐりながらの囁(ささや)き声で、

 

「先ほどのお言葉――当局の殺し屋(エージェント)なんて、ウソなのでしょう?」

 

 『九尾』のなかで逡巡(ためらい)が。

 まるで「気をつけろ!」と自分に一喝されたように。

 

 なるほど。監視モニターの可能性を、疑ぐってしかるべきだ。

 あるいは――彼(・)女(・)自(・)身(・)に(・)も(・)。

 

「確かに、殺し専門の部局(ブランチ)じゃない。でも当局の人間、というのは本当だがね」

 

 力のない、あきらめきったような彼女の笑み。

 

「やっぱり。こんなウブな殺し屋さんなんて――居ませんもの」

 

 ミントの香りとともにそういうや、愛香は『九尾』の手を取ると、ピアスが飾る己の豊かな胸に誘う。

 全身脱毛はされているものの、コーティングや、人形化などとは無縁な、自然な柔らかみとあたたかさが、手のひらにつたわって。

 

 ミラのオッパイに触れたときとは全然ちがう、なにか禁忌の手触り。

 あのとき、手のひらの真ん中をくすぐったのはウブで可憐(かれん)な乳首だったが、今回はホンモノ。奴隷である証として、ボッキ状態で乳輪ともどもピアスに縛(いましめ)められた、愛玩人形(ラブドール)の弩エロ乳首だァ!ァーァーァ……(エコー

 

 まて、と『九尾』は眉をひそめる。

 

 今の下品な印象派、どこから出た?

 ぜんぜん自分には無かったはずの知識だったが。

 それとも図書館の映像をみて、すこしオカしくなってしまったのだろうか。

 

「ん……」

 

 なよやかに彼女は身じろぎするや、そんな『九尾』の迷いを封じるようにキスをする。

 フェラ奴隷のルージュに染められたタラコ唇ではない。

 リップで軽く彩られた、清楚(せいそ)な、可憐(かれん)な、口づけ。

 そのまま暫(しばら)く、二人は石像化して動かぬまま。

 ミラとのキスなど比較にならぬ濃厚さで。

 

 しかし――何を思ったか、愛香は動きをとめると、やがて『九尾』の唇からほおを伝い、耳へと口元を移動させ、有るか無きかの囁き声で、

 

「お気をつけくださいね。あの紅茶を飲まされたら、アナタもメス奴隷にされていました」

 

 『九尾』も盗聴をおそれ、聞かれにくい低い声で、

 

「――やっぱり。さっきのは、ワザとだったんだね……メ(・)ス(・)奴隷?ボク男だよ?」

 

 えぇ、と彼女は火照(ほて)りの残った顔で一つ、『九尾』の首もとで頷(うなず)くと、

 

「この部屋で眠らされた何人もの男の子が、手術されて、豊満(おっき)すぎる乳房(オッパイ)にされたり、自身の細胞を培養され、そのうえ奉仕用に魔改造された“女の部分”を移植されて……」

「……」

「淫(みだ)らな性技(わざ)を洗脳注入され、顔すらも変えられて。名前はおろか自己も喪(な)くしたあとは、厳重に梱包され、あちこちのお店に売られてゆきます。時には――他の事象面にすら」

「……」

「いまも、殿方やご婦人の欲求に応えるため、そんな少年たちが人形となり、お店の “備品” あつかいで、アチコチのフロアやショー・ウィンドウに立っています。わたし――あなたのそんな姿、見たくない」

 

 とうとう『九尾』はガマンしきれず、

 

「ここはどういう店なんだい?」

「マネージャーは“アンテナ・ショップ”といってました。ワタシも詳細は……」

 

 愛香の口ぶりに、『九尾』は違和感をおぼえる。

 

 彼女の雰囲気。

 それに加えて品の佳(い)い面差(おもざ)し。

 

 単にそこいらのギャルが、ヴィトンやグッチ欲しさの挙句、安易に身を売ったすえ薬漬(ヤクづ)けにされて、転落したものとも思えない……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。