表通りの
サテン・ドールというこの店には、不思議な雰囲気が満ちていた。
アンティーク家具を広めの空間に配し、
頭上のシャンデリアや
ここにきて初めて『九尾』は、支払いのことが少しばかり心配になった。
――でも、アンティーク家具を並べた「ぼったくりカフェ」なんて……聞いたことないしナァ。
「ところで……」
と、マネージャーは、客人席の横に置かれるチェスタフィールド風のロング・ソファに腰かけると、中指に大きな
「『
「とくに……意味はありません。一種の視察です」
「視察、ねぇ?」
鼻で
「ココいらへんは、オモテはチッとばかり
顔の陰影が、その印象に拍車をかけて。
「……そんなに怖いところなんですか?ボクはまだ部局に入って間もないもので。自分でコネとテリトリーを作ってこいと上司から……」
ため息をつき、首をふってイツホクマネージャーは立ち上がると、『九尾』の背後で紅茶のお変わりとケーキを準備する愛香のそばに立つ。
ハッと、彼女が息を呑む気配。
やがて中年男は手をこすりあわせ、さ、行けと愛香に指示を出す。
『九尾』は――見た。
十八世紀作とみられるアンティークの小さな写真立てが鏡となり、その中でイツホクが指輪の
礼服のブーツに仕込まれたナイフが恋しい。なるほど、こんな場合に使うのか。
心が……。
透明な湖に
この応接間のすべて。
一挙手一投足すべてが、手に取るように。
なんて事だ、と彼は思う。
このピンチを
そして、そんな自分を
心持ちが、妙に
己の存在が二つに遊離してしまい、どこか気持ちの焦点が
チリチリと鈴の音が背後から近づき、やがて前に回りこむと、愛香が、すこし震えながらポットと、トリオのセットにしたカップを載せる盆を
その時だった。
さて――と『九尾』が行動をおこすよりはやく、彼女は毛足の長い
神経を引っかくような無残な破壊音。
「アイカ!――手ン
イツホクの平手打ちが飛んだ。
はずみで彼女は応接間の床にたおれ、ネコ脚のイギリス風な棚の角に、ヘッド・ドレスで飾られた小さな頭を打ちつけて、うぅん、と
大またびらきに倒れこんだため、短めな黒のスカートがピラリとめくれ、少女の一番大切な部分を室内灯のアンティークな色のもとにさらけ出した。
『九尾』は目を疑った。
ガーター付きの白い光沢ストッキングで包まれた、その根もと。
錠前のついた黒革のハーネスが、ガッチリとそれら淫具の脱落を許さない。
押し割られた双の小淫唇に
アナル・ブリーチされたピンク色の肛門。
秘部にくい込むハーネース越し。恥丘に刻まれた“カラスアゲハ”の
鍛え上げられた動体視力が“ラッキースケベ”といわんばかりのワンシーンを彼の
イツホクは、彼女の首輪に下がる
中年男の胴体が
「
「へぇ……じゃ、その指輪も、年代モノなのかい?」
『九尾』の口が勝手に動き、ギロリとイツホクを
――あ……まただ。
自分ではない自分。
それがこの
マントルピースの上に、大ぶりな銀製の
あれで
「へ……へ、へへ」
イツホクは
ただし――狙いはつけず、これみよがしにひけらかして。
とりあえずマウントは取ったから、お互いのため、これ以上メンドウなコトはヤめましょうや?という意思表示。
「ッカしいと思ったんだよナ。アンタみたいなヤツが、ノコノコこんなトコに“アホ面”サラして出てくるわけがねぇ……オレもヤキが回ったモンだぜ。三課か?」
「……宮廷官房のモンじゃないよ。かといって、外事課でもない」
図書館で見た単語が、口から出まかせにスルスルと口をついて出た。
イツホクは、冷酷そうなうすい唇を(……ヤベェ)とゆがめ、
「内局?アァ……「本院」の始末屋か。お前ェいくつだ?」
「“クロノス”は使ってない」
「へぇぇ……その
てぇしたもんだ、と余裕をかまし中型拳銃を尻ポケットに突っ込むと、
「仕切りなおしと、いきましょうヤ?」
彼は、粉砕された鏡台を
「……ヤめなよ」
「なに、ダイジョブですっテ。これぐらいの
愛香はノロノロ起きあがると、目をパチクリさせた。『九尾』はすかさず立ち上がり、彼女を抱きおこすと、サラサラの黒髪をナデナデする。
やはり。タンコブになってるじゃないか。
「痛かったね――だいじょうぶ?」
へっ!とイツホクがくちびるを歪める。
ほっときなせェよ、という様に。
彼女は少しばかりまぶしそうにもういちど瞬きると、応接間の空気を瞬時に読み、ホッとした顔。『九尾』を見上げてひとつ
コースターの上に立てたグラス。
そこに渡したスプーンの上に、角砂糖。
部屋がすこし暗くなる。
イツホクも、『九尾』の対面に座ると、愛香の手で点けられた角砂糖の上で燃える炎に、
やがて尻の具合が気になるのか、もぞもぞと身体を動かし、無造作な風を装って拳銃をテーブルに放った。
「で。ウチの実入りは……ナンです?」
微妙な一拍。
『九尾』は旧式の量子コンピュータ並みに頭を働かせ、
「少なくとも、宮廷秘書官とのパイプ、とか」
そう――少なくともウソは言っていない。
「そいつァ豪気だ!」
相手の興奮をよそに、『九尾』はさりげなく卓の上にあった拳銃を取る。
イツホクが、ハッと緊張。
彼は炎に透かし、MOD.83 CAL.9という刻印が目立つ、中型の自動拳銃を診た。
――なんだろう……心が落ち着く。
というか、長年慣れ親しんだ相棒に出会ったような。
手が勝手に動き、
バレルの状態を確認しつつ『九尾』の口がまたも勝手に、
「
「まさか。交換もできないんじゃ、そのたンびに捨ててまさァ」
「ふぅン……」
すばやく組み立て、もと通りにすると、すこしひねくり回した挙句、名残惜しげに
イツホクは肩をすくめる。
こちらも余裕をかまして、押し返された銃を強いて取ろうとはせず、
「で――閣下は、ナニを……」
ノックの音がして、ドアが勢いよく開けられた。
「
いかにも用心棒風味な、ガタイのいい外象人がスッと入ってきて、『九尾』に会釈するとイツホクの耳に何事かささやく。しばらく聞くと、こちらもロシア語らしき言葉で、口早に子音を並べたシラブルを
「閣下、
雰囲気のある客間に、『九尾』と二人。
残された愛香は、すこし恥じらいながら彼をソファーのほうにいざなう。
幅広な本革のソファに座ると、彼女はオズオズとヒザの上に乗ってきた。
『九尾』の首に腕をまわし。ギュッとする。
女の子の、やわらかく甘い匂い。
ありがたいことに、しつこい香水の臭いはしない。
彼のももに、愛香が銜えさせられたディルドーの尻部があたる。
自分もアヌスにズップリと銜え込まされている『九尾』は “立場の違う” 奴隷が二人、こうして抱き合っていることに、みょうな興奮を覚えてしまう。
彼女の小さな頭を
そのまましばらくジッとしていた二人だが、やがて彼女が『九尾』の頭を抱いていた腕をはなし、不思議そうに、
「シないのですか――?」
「するって?ナニを?」
いえ。と彼女はうつむき、
「こんなワタシじゃ、ごふまんですよね」
「なに言って。キミは十分カワイイさ」
じっさい、初めて女の子を抱きしめた心臓はバクバクとうごき、願わくばこの動揺が彼女に悟られ、主導権を握られないようにと願うばかりであったが。
何気ない仕草で、愛香は先ほど手荒く扱われた幅広な首輪の具合をなおす。
胸に彫られたトカゲが、肉感的に、ゆれて。
「可哀想に……痛くなかった?」
『九尾』が胸の谷にやさしく触れると、なにを思ったか、彼女はメイド服のアッパーに並ぶボタンを次々と外すや前をくつろげ、肩から滑りおとして上半身の
「ご覧――下さい」
あらためて
おそらく彼女も豊胸処置されたのだろう。
ただしシリコンなどではなく、長期の女性ホルモン投与で。
乳輪と乳首に穿たれた大ぶりなピアス。
そのわきの、
バイブとディルドーに気をつけて彼のひざのうえで身をよじると、背中に細かいムチの白っぽい
たたみかけるように、彼女はポツリ、ポツリと、
「売られてから、ここに来て……いろんなコトがありました」
「……」
「いろんなことをさせられました」
「……」
「
「……」
「そんなワタシでも、誇りと
「……」
「
「……」
ついで彼女は、息吹で彼の耳をくすぐりながらの
「先ほどのお言葉――当局の
『九尾』のなかで
まるで「気をつけろ!」と自分に一喝されたように。
なるほど。監視モニターの可能性を、疑ぐってしかるべきだ。
あるいは――
「確かに、殺し専門の
力のない、あきらめきったような彼女の笑み。
「やっぱり。こんなウブな殺し屋さんなんて――居ませんもの」
ミントの香りとともにそういうや、愛香は『九尾』の手を取ると、ピアスが飾る己の豊かな胸に誘う。
全身脱毛はされているものの、コーティングや、人形化などとは無縁な、自然な柔らかみとあたたかさが、手のひらにつたわって。
ミラのオッパイに触れたときとは全然ちがう、なにか禁忌の手触り。
あのとき、手のひらの真ん中をくすぐったのはウブで
まて、と『九尾』は眉をひそめる。
今の下品な印象派、どこから出た?
ぜんぜん自分には無かったはずの知識だったが。
それとも図書館の映像をみて、すこしオカしくなってしまったのだろうか。
「ん……」
なよやかに彼女は身じろぎするや、そんな『九尾』の迷いを封じるようにキスをする。
フェラ奴隷のルージュに染められたタラコ唇ではない。
リップで軽く彩られた、
そのまま
ミラとのキスなど比較にならぬ濃厚さで。
しかし――何を思ったか、愛香は動きをとめると、やがて『九尾』の唇からほおを伝い、耳へと口元を移動させ、有るか無きかの囁き声で、
「お気をつけくださいね。あの紅茶を飲まされたら、アナタもメス奴隷にされていました」
『九尾』も盗聴をおそれ、聞かれにくい低い声で、
「――やっぱり。さっきのは、ワザとだったんだね……
えぇ、と彼女は
「この部屋で眠らされた何人もの男の子が、手術されて、
「……」
「
「……」
「いまも、殿方やご婦人の欲求に応えるため、そんな少年たちが人形となり、お店の “備品” あつかいで、アチコチのフロアやショー・ウィンドウに立っています。わたし――あなたのそんな姿、見たくない」
とうとう『九尾』はガマンしきれず、
「ここはどういう店なんだい?」
「マネージャーは“アンテナ・ショップ”といってました。ワタシも詳細は……」
愛香の口ぶりに、『九尾』は違和感をおぼえる。
彼女の雰囲気。
それに加えて品の
単にそこいらのギャルが、ヴィトンやグッチ欲しさの挙句、安易に身を売ったすえ