※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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036:愛香の過去のこと、ならびに“思わぬ出会い”のこと【18禁版】

「アンテナ、ねぇ?なんの傾向(トレンド)を探るんだろう」

「“市場”の売(ウ)れ筋(スジ)、でしょう、もちろん」

「――市場!?」

 

 『九尾』の驚きに、なにをいまさらと愛香は再び冷たいおしぼりを後頭部にあてて立ち上がると彼から距離をおき、己(おのれ)の秘所に挿入される淫具が悪さをしないよう、チェスタフィールドのロング・ソファーに横向きな姿勢で座りなおす。それがいかにも退廃的でピタリと様になる姿なので、ますます『九尾』は瞠目(どうもく)して。

 

「上流顧客の(エスタブリッシメント)好みは、最近変化をみせているそうです。ホンのすこし前までは、生育を薬で抑えた人工幼女(ニンフェット)でしたが、最近は男の娘(ギュノス)が、流行(はやり)の兆(きざ)しを見せているとか。改変手術(ディート)をおこなうアンダー・メス(闇医者)が大繁盛らしいですよ?しかも――」

「男のコ?」

「えぇ。しかもイザークは――いえマネージャーは、放言してました」

 

 彼女は微妙に眉根(まゆね)をよせ、

 

「そこいらの庶民(クズ)を奴隷に墜(お)とすのでは、美学がなく高評価が得られないとか。言うも穢(けが)らわしいことですが“毛並み”が重要だそうです。高位の子弟を「メス墜ち」させることで、その『落差』が“鵜(う)飼い”の高評価につながると」

「ウカイ?」

「え? “市場” での隠語ですが――ご存じない? “人形” をつかう側の。売人や、仲買人とはちがった格の存在で “人形師” のおとくい様ですのに」

 

 ヤバイ、と『九尾』はアセりつつ、話題をそらそうと、

 

「イツホク氏も“ウカイ”?なの」

 

 まさか、と彼女は寂しく唇をゆがめ、声をひそめて、

 

「彼(あのひと)は、たんなる傭(やと)われ店長だそうです。ほんとうに怖い人たちは、背後(うしろ)に」

「コワい人たち?ヤクザとか」

「……」

「わかった、外象系のマフィアかチンピラだ」

 

 フッ、と美(・)苦(・)笑(・)し、彼女の言葉がとぎれる。

 

 さらに情報を引き出そうと『九尾』は焦る。

 しかし。またしても、自分のなかで「待て!」の声が。

 疑わしげな愛香の目つき。相手の気配が硬くなるのが露骨にわかった。

 あまりにも粗雑(ざつ)すぎるだろ!と自分に叱責(しか)られ、罵(ののし)られた気分。

 状況を収拾!急いで改善しろと、胸の内でアセらされる。

 なにか無難なコトを……と『九尾』は知恵をしぼり、 

 

「じつは……ボクは“研修”の身でね」

「……」

「身体ひとつで、いろいろ体験してこいって言われてるのさ」

「……まぁ、そういうことにしておきましょうか」

 

 非道(ヒド)いなぁ、と『九尾』の言葉に彼女は冷ややかな真顔で、

 

「研修だとしたら――むいてませんわ?貴方(アナタ)」

「う……そう?かな。やっぱり」

「この世には、ね。知らない方がいいコトがありますのよ?」

「ボクの教官は「経験値を高めろ、知識をさぐれ、そして自分で判断しろ」って、口うるさく言うんだ。それでなきゃ、いい界面翼(つばさ)は、認識力は、もてないって」

「知ってしまったら、後にはもどれない事だってたくさんあるんですのよ?心が黷(ケガ)されてしまったら、もう後戻りはできません」

「たとえば?」

 

 フゥ、とため息を一拍(いっぱく)ぶん。

 

「……困った方。見なくてもイイものを、わざわざご覧になりたがるなんて」

 

 ううぬ、と彼は心中うめく。

 

 この上品さ、言葉の緩急。

 なにより相手を逸(そ)らさない応対。

 ひょっとして彼女も、成長抑制剤(クロノス)で創られた“ニンフェット”かもしれない。

 じつは、自分より年上で、けっこうな年齢だったり?だが、それにしては長期服用で出るとされる肌のゴム化やヨゴレなどがぜんぜん診(み)えない。

 

「いったい、どうしてキミはこんなところに?」

 

 ツィ、と愛香はソファーから立ち上がった。

 そのまま優美な仕草で、チリチリと鈴をならしつつ壁際まで歩むと、応接間の窓を細めに開ける。

 冷たい夜気が蒸された頭に心地よく流れ込み、暖炉の炎に勢いを与えて。

 ふと、あの大聖堂の慰霊式が雪の光景とともによみがえる。

 色々なことがありすぎて、もうずいぶん昔のようだ。

 

「私は――」

 

 微妙な一呼吸をへて、彼女は言いよどむ。

 やがて、なにかを振り切ったように声の調子を落とし、

 

「むかしむかし、あるところに、ある華族(かぞく)がおりました。その一家は旧(ふる)い家柄で、権勢こそ無かったものの、それなりに周囲からは慕(した)われた家門でした……」

 

 九尾は黙って聞き入った。

 もちろんこの場合は、愛香の家門のことだろう。

 

「でも、一族を取り仕切っていた長老が身罷(みまか)ったとき、遺産の分配をめぐり、本家と分家。さらには分家同士のあいだで争いごとがおきました。それぞれが、味方に引き入れた人脈を背景に、裁判で優位に立とうとします。そのうち係争(あらそい)は泥仕合となり、むかしの贈賄(ぞうわい)や違法な事業を曝(あば)きあったすえ、多額の追徴課税と、すくなからずの逮捕者を出し、あらそいはこの一門の瓦解(がかい)をもって、おわりました」

 

「……ふぅん」

 

「一門にとって痛手だったのは、この一連の騒動が外象宮殿・日本政府、双方の枢要(すうよう)な人物たちから不興(ふきょう)を買ったことでした。彼等もまた、後ろ暗いことに手を染めており、この騒動で自分たちの所業の一端がマスコミ暴露されたことに対し、快く思わなかった方々が多かったのです。処罰として影に陽に、この一門は制裁を加えられ、分家の家々は離散(りさん)してゆきました。そして本家も――」

 

 不意に、彼女は声を詰まらせた。

 しばらくジッと、感情の波を堪え忍ぶようす。

 やがて耐え切ったか、もと通りの口ぶりで、

 

「本家も、所蔵していた書画骨董はもちろん、家屋敷まで余人の手にわたりましたが、なんとか家門は存続の見込みでした――しかし議会の要人で、派閥(はばつ)の領袖(りょうしゅう)である他国系の帰化議員一人が、どうしても本家の取りつぶしに執着しました。自分の違法なカルテルが危機にさらされ、なおかつ自身の面子(ミャンツ)がつぶされたことに非常な怒りを抱いていたのです」

「……」

「ここで、宮殿の側からとりなし……というよりも、ハッキリとした警告が入りました。これ以上騒ぎを長引かせるようなら、しかるべき手段をとる――と」

 

 応接間の細めに開いた窓から、風に乗って遠くの喧噪(けんそう)が聞こえてきた。

 なにやら罵(ののし)り騒ぐような声も。

 繁華街のさわぎが、ここまで漏れ聞こえるらしい。

 愛香も、それに興を削がれたか、噺(ハナシ)を省略し、“巻き”に入ったようだ。

 

「その議員は地団駄ふんでくやしがったそうです。相応の代償をとらねば、野党のフィクサーとしての恥だ、名折れだと。そして、ついにその議員は……本家の子供たちに目をむけたのです」

 

「本家には――跡取りの男子が一人と、三人の姉妹がおりました。わたしが言うのもナンですが、姉妹は見目うるわしさで、周囲からは“本家の三花”と呼ばれていたそうです。その議員が言うには、ウチの組織に三姉妹を差しだせば、本家の取りつぶしは“断腸の思いで”(ホントにこうおっしゃいました)カンベンしてやる、と」

 

「跡取りさえのこれば、本家は救われると代替わりした当主は思ったのでしょう。三姉妹を“屋敷女中”(ハウスメイド)の名目で、議員の関係先である派遣会社の社長に、差し出しました。その会社のウラの顔が――“人形師”工房であることも知らずに」

 

 愛香は沈鬱に黙(もだ)した。

 しばらくは、言葉を探すように。

 表の騒ぎは、いつの間にか収まっている。

 ねばり気のある静けさが、応接間を支配した。

 時おり混じる、暖炉を通る風と、くべた薪(たきぎ)が爆ぜる音。

 

 それで?と、とうとうガマンしきれずに『九尾』は尋ねた。

 

「それで、どうなったんです?」

 

 それで?と愛香は怪訝(けげん)そうに、

 

「それでお終(しま)いです。三姉妹は、それぞれメス奴隷として馴致(じゅんち)され、姉は完全な“人形(ドール)”に改変されました。後日、両親が、とあるパーティーに招待され、そこで姉の形をした、ビニールのような肌質(はだ)の人形が盛況な会場のなか、余興としてステージの中央で大型犬に後ろから突かれつつ、来賓(らいひん)に媚(こび)と笑みを振りまき、ラブドールのようにO型に整形された口から淫(みだ)らな台詞(セリフ)を吐いて嬌声(あえぎごえ)を発していたそうです」

 

 まるで唾棄するような口ぶりで、愛香は言い捨てる。

 そしてうつろな目に自虐的な灯をともし、

 

「その夜、母は赤紙の貼られた屋敷の客間で首を吊り、父は病院で薬物依存症になりました――おそらく例の議員の息が、かかった病院だったのですね」

「……ほかの、ふたりは?」

「ひとりは、ひょっとして貴方(アナタ)もご存じかも知れません。末娘の方は“人形”のモデルとして、働いてるとか」

「よかった。モデルなら、まだしも――」

「ただし、頭部だけになって「着せ替え人形」ならぬ「すげ替え人形」として、いろいろなボディに装着(セット)されるんだそうです。もちろん、その後のお愉しみにも」

「……その畜生……なんて言う議員?」

 

 野党の――と愛香が口を開きかけたとき、鈴が細かく鳴り始めた。

 窓際で崩れおれる彼女を、『九尾』が素早く立ち上がって支えたとき、彼女の下腹部がバイブ音で震えているのが分かった。

 

「存じ――ません」

 

 辛うじて彼女がそう呟くと、鈴の音も歇(や)んだ。

 

 上気した顔に息を切らせ、ようやく彼女は呟いた。

 

「そして……跡継(あとつ)ぎとされた、唯一のこった男児も、いまはギュノスに改変され、どこかの屋敷で愛玩品の男の娘として、飼われているとか。いないとか」

 

 これですべてです、と彼女はピンヒールをフラつかせ、立ち上がる。

 

「この社会には、知らない方がいい世界もあるんです。もっとひどいハナシなんて、いくらでも知っていますし、この目で見てきました。貴方(アナタ)は――絶対に関わってはイケません」

 

 最後の言葉は低く、歯の隙間からささやくように、押し出された言葉だったが、ほかのどんな口調よりも凄味(スゴみ)があった。

 

 胸苦しさを覚えた『九尾』は高い窗(まど)を全開にして、二階のこの応接間から外の景色を見ようと、窓枠の取っ手に力をこめる。だが、横向きに細く開いた窓は、いまの角度からは開こうとしない。ガラス自体も磨りガラス状なので、窓の外は窺えなかった。まるで寮の部屋のように。

 

 ムリですよ、と愛香はそっけなく、

 

「使用人の脱出口にならないよう、あるいは侵入者の入り口にならぬよう、それだけしか開かないんです。ちなみにガラス本体も準防弾で、ちょっとやソッとじゃ割れませんから」

「おどろいたね、どうも」

「これぐらいで驚いていては――」

 

 ノックの音がして、マネージャーが応接間に入ってきた。

 乱れたオールバックを手櫛(てぐし)でなおし、拳銃をもとの飾り棚に放り込みながら、

 

「客人――あぁ、『土鳩』さん。チョイと来ちゃモラえませんかネェ」

「なんでしょう、イザークさま」

「オメーは、だァってろ……『土鳩』さん、階下でチョイとモメごとがありゃしてね?アンタに出張(でば)ってもらいてェんスが。その代わし、ココのお代は結構ですンで」

「……いいでしょう」

 

 あの、と不安げな表情《かお》の愛香を睨《ニラ》みつけて制し、マネージャーは『九尾』を廊下に連れ出した。

 

 グリーンの壁紙と緋色(ひいろ)の絨毯が印象的な、落ち着いた佇(たたず)まいの廊下を店の奥に向かい、だんだんと殺風景になる階段を地階まで降りてゆくと、行く手の部屋から怒鳴り声がする。

 やわらかい物が叩かれる音がして、不意に静かになった。

 チッ!とマネージャーのするどい舌打ち。

 歩み進めるほどに、いやな予感。

 両開きの大きな扉を開けた瞬間、広く殺風景なタイル張りの広間に、鉄臭(くさ)い血のにおいと、興奮した男たちの汗の気配。両腕を取られ、ガックリと床に膝を突く人物の背を中心にスーツ姿の男たちが取り囲む光景が、冴え冴えとした白灯のもと、『九尾』の目の前に展開された。

 

「『土鳩』閣下は、修錬校“瑞雲”の生徒サンでしょ?」

 

 イツホクは、いたぶられていた人物にツカツカと歩み寄り、グイと髪を掴(つか)んで持ち上げる。

 

「もしかしたらコイツに、心当たりがあるンんじゃ?と思ッて」

 

 やつれの目立つ、血にまみれた横顔。

 ハデに立ち回ったのか、来ているジャケットはボロボロだ。

 そしてなにより――ひしゃげ、折れ曲がった片手杖。

 

「……どうしたんです?コレ」

 

 目の前の光景が信じられない。

 打ちっぱなしのコンクリートとドラム缶、それにセメント袋が転がる空間。

 天井からはチェーン状のホイスト・クレーンがかかっている。

 よくみれば、コンクリートの壁面には赤サビ色をした手形や、飛沫(しぶき)の跡も

 震える声で、『九尾』は囁くように。

 対してマネージャーは、ナニね?とカルい調子で、

 

「ウチの三下が、女の子たちを道でスカウトしてたら、横からチョッカイ出して来やがって。なによりコイツも太(ふて)ェ野郎で、ウチの若い奴(の)が4人ばかり病院送りに、ね」

「どうするんです……このヒト……」

 

 マネージャーは掴んでいた髪を手荒放し、ぐったりと目を閉じる青年の血まみれな顔を垂らす。傍らの男にロシア語で何ごとか話しかけると、その男も青あざの浮かぶ頬(ほお)をヒクつかせ、早口で返答するや青年の顔に、血混じりのタンを吐きかけた。

 

 マネージャーはひとつ、頷(うなづ)き、

 

「ま、それなりの対価をいただかなくちゃァ、ね。元気そうなヤツだし、腎臓(じんぞう)と肺をカタっぽずつ、それに角膜ぐらいで」

「そんな!」

 

 思わず『九尾』は叫ぶ。

 そんな彼の姿を見て(得たり)とこのユダヤ商人はニタリと、

 

「……でも、もし『土鳩(アンタ)』が何とかしてェ、ってンなら……?」

 

 ゴクリと『九尾』はノドを鳴らす。

 

「……どうしろと?」

「ナニ、そんな顔をせずとも。難(ムズ)かしィこっちゃナイんです」

 

 店を預かるマネージャーは商売人の口ぶりで、最悪の事態を予想する少年にヤニ臭い身体を寄せると、ニヤけた表情(かお)つきで思わせぶりに、

 

「そ(・)れ(・)な(・)り(・)の(・)格(・)好(・)をして。店のために、ね」

「……」

「チョイと役立ってもらえりゃ――ネェ?」

 




さぁ、エロパートの始まりDEATH!
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