※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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037:いわくありげな店のこと、ならびに『九尾』→『成美』のこと【18禁版】

「アン!ドゥ!トロワ!キャトル!そこで!回って!脚を!上げて!」

 

 全身が、きしむ。

 緩急織り交ぜ、演じる

 “七つのヴェール”の三幕目。

 難易度の高い、アレグロ・パート。

 ダンス教師の手打ち拍子と指示が飛ぶ。

 もうフラフラで、ナニが何だかわからない。

 朝から叩き起こされ、すでに昼近くになっていた。

 しかし“脳教導”のおかげか、身体はリズミカルに、軽快に。

 

 ターン、ジャンプ!音楽に、合わせ。

 ポールに、からみ!愛欲(よく)に、媚(こ)びて。

 ヴェール、投げて!淫(みだ)らに、蠱惑(こわく)に。

 

 指先まで、想(おも)いをいきわたらせて。

 的確に――そして熱情(パッション)が、爆(は)ぜるように。

 精密無比(メカニカル)な動きと、煽情的な(ファッシネィション)柔らかさの対比

 天井の灯りが、動きに連れて目のまえを高速でよぎり。

 跳躍のたび、ローションを塗る肌がテラテラと。

 アヌスに挿入装着されたプラグ・テール。

 真珠(パール)のレオタードと、邪魔な首輪。

 時に、激しく。時に、柔和(にゅうわ)に。

 

「サンク!シス!セット!ユイット!目線!こっち!もっと!媚びて!」

 

 回転、回転!ジャンプ、回転!

 腕を、天に!笑みを、含んで!

 

 足に小さめな真珠色のトウ・シューズが、火花を散らす勢いで宙を翔ける。

 真珠のレギンスと、同じく二の腕まで延びた、同色の指なしグローブ。

 見えないヴェールをイメージさせるよう、繊細に演出して。

 

「ヌフ!ディス!オンズ!ドゥーズ!そこで!一転!雰囲気!険しく!」

「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!最後の!ターン!目力(めぢから)込めて!HALT(止まれ)!」

 

ゼェゼェと息をつきながら、練習用ステージの上で、ピタリと動きを止める。

イサドラが、馬手(みぎて)にした乗馬用ムチをヒュンヒュン鳴らしながら、ポーズをキめた“踊り子”に近づき、ステージに付けたバッテンのガムテープと、彼の立ち位置との差をさして、

 

「バ(・)ミ(・)ッ(・)た(・)位置と、五〇cmはチガっているじゃないか!――ナニやってるんだい『成美(ナルミ)』!」

 

 そう叫ぶや、ピシリ、シッポを生やした尻に、弱めの一発。

 あくまでも、店の“商品”に傷をつけぬよう、細かい配慮(はいりょ)。

 メイド姿の愛香が、チリチリ、いそいそと、タオルにスポドリを持ってくる。

 ここはイツホクの店 “サテン・ドール(Satin d'or)” の稽古場(スタジオ)。

 

 かつて『九尾』と呼ばれた『成美』の局部には、もはや貞操帯が喰い込んでいない。

 代わりにプラグを「し」の字に介した尻尾が、尻上から延びている。つまり「し」の曲がった先にプラグがあり、まっすぐな部分の上部に尻尾が付けられているので、見た目、生物学的な普通の位置に、尻尾が生えているよう。

 

「そんなぁ……キツィ……ですぅ」

 

 若いクセに寝言いってンじゃないよ!と、またピシャリ。

 

 愛香が、タオルで優しくひたいから身体へと汗をぬぐってくれる。

『成美』は「有難う」をいう余裕もなく、渡されたスポドリのボトルを、ストローからノドを鳴らして呑んだ。それを愛香がニコニコと、いとおしそうに、また嬉しそうに汗をやさしく払う。

 

「コン、なピチピチの肌してるクセに、さ!?」

 

 乗馬ムチの平たい先端が、『成美』の頬をなでる。

 すると頬をふくらませ、愛香がそのムチを邪険に払いのけた。

 ヒクリ、とイサドラのこめかみが痙攣し、ギロリ!彼女をねめつける。

 

「しばらく体練――やってなかったから」

 

 『成美』は言い訳しつつ、ゾッとする。

 あきらかに、身体が衰えてる。呼吸(イキ)がアガるのが、早い。

 いや、この弱りかたは異常だ――なんで?

 

「まだ三番目のヴェールだよ?金曜(あした)のステージまでに、完璧にしなきゃダメなのに!」

「どーよ、やってるゥ?」

 

 そのとき店長のイツホクが、数人のスーツ姿の老人を従えて、ドヤドヤと稽古場(スタジオ)に入ってきた。

 

 「おぉ……ホンモノだ!」

 

 ネイビー地に金の太いストライプという、三流芸人でも着ないような下品なスーツを着た一人が、上ずった声をあげて。

 老紳士たち一団の眼の色が変わり、気の迅(はや)い者は手を震わせ歩み寄る。

 一人などはスーツの胸ポケットから出した3Dと『九尾』を見比べ、

 

「実物のほうが、さらに数段カワイイじゃないか!ダレだこのカメラマンは!馘(クビ)にしたまえ!馘に!」

 

 写真(3D)には心当たりがあった。

 

 もう一週間以上も前になる。

 イツホクの子飼いたちとストリート・ファイトした挙句、店の虎箱(独房)に入れられた龍ノ口をネタに言うことを聞かされ、その夜スタジオまで連れて行かれた『九尾』は、セットの中で全裸をふくめ、色々淫(みだ)らなコスプレをさせられ、その姿を3Dに撮られたのだ。 

 

「これで、お前ェの半分はウチのものだな?」

 

 イツホクは撮影が終わったあと、機材を撤収するスタッフたちの混雑をよそに『九尾』に向かい、もはや「お前ェ」呼ばわりで粘着質な嗤(わら)いを浮かべたものである。

 

「何かあったら……この3Dをバラまくよ?」

 

 最後にローマの少年奴隷風な衣装を着せられた『九尾』は、悔しくて声も出ない。

 ハメられた純金の首輪の具合を直しながら、ふくれっ面をする。

 

 ――まったく!龍ノ口(あのひと)がコンナ街区(トコ)を飲み歩かなきゃ、こんなに面倒なことには……ッ!

 

 その夜から、なかば店の丁稚奉公(でっちぼうこう)となり、ダンスや接待の作法を教わるハメになった彼だった。いまは週末に舞台でデビュー予定のため、特訓の真っ最中である。

 

「イザーック、イイのひろったなぁ!どこで引っかけた?」

「大事にしなきゃダメだぞぉコレ。ここには勿体(もったい)ないよ」

「ウチの医者、紹介しようか?いいスタッフそろえてやる」 

「このコの“童子蛋”※を作りたいね!10歳は若返るぞ!」

「きみぃ、まァた罪作りな艶姿(すがた)してからに……名前は?」

 

 ピン・ストライプのとなりの、ダブルのブレザーを着る白髪な人物。

 一見、品の良さそうなその老人が、『九尾』に額の汗をふいていた愛香の手からタオルを引ったくると、じきじきに彼の身体をふく。そしてそのタオルを自分の顔に当ててスーハーすると目をとじ……きわめて恍惚(こうこつ)とした笑み。

 

 ――おぇぇぇぇぇぇぇ!

 

 と、思いつつも “踊り子” は、レオタードの食い込みと、シッポの具合をなおしながら、営業スマイル。

 

「え、と……『成美』ですぅ」

「ナルミちゃんかぁ――イイ名前だねぇ」

 

 彼の“源氏名”は、愛香の妹の名に由来していた。

 そのためか、彼女は『成美』、『成美』、と口繁(くちしげ)く。

 まるでそう呼びかけるのが、嬉しいように。

 源氏名を決めるとき、『エリザベス』だ『ジルベール』だと、いろいろな候補があったが、イツホクやイザベラ、ドミニクが提示した案を拒否し、結局、愛香が出した『成美』に決まったのは、たしか昔の海軍大将に同じような字面(じづら)の人がいたな、という理由だけで。

 

 ――子曰ク、君子ハ人ノ美ヲ成ス、人ノ悪ヲ成サズ、云々……。

 

「イジィー、今晩この仔(コ)、貸してくれたまえ」

 

 一団のなかで一人、とくに位が高いと思われる老人が、

 

「えぇッ……?ムーランの店長(ダンナ)、そんなァ」

「カタぃコト言わないだろうね?こないだ運河に一人沈めたの、不問に付すぞ」

「……作法も、まだ叩ッ込ンでないのにで御座いやすかィ?それにこの子は金曜にメーゾン・ドール本店でデビュー予定なんでさ。いま仕込みの真っ最中で……」

「ちょっと顔出しして、店のハクつけてくれればイイ。レンタルの銭(ゼニ)は、はずむよ?」

 

 ゼニ、ときいて、イツホクの顔はしまりがなくなる。

 

「へへ、どうも。「喚(ワメ)きの厳」の兄キにも、よろしくお伝えしてくんなせェ」

「夕方、むかえに来るよ?――約束だよ?老(お)い先短い爺ィの、後生だからネ!」

 

 そう言って、スーツの一団は、さいごに『成美』とツーショット写真を撮って、満足げに稽古場を後にしていった。

 イサドラは、茶系のコンサバな服装で包んだ豊かな身体をブルっとふるわせ、

 

 (フン、ヒヒ爺ィどもが。しまりの無いシワ面しやがって!) 

 (ンなコトよりイーサ、どうなんだ?『成美(コイツ)』のデキは)

 (どこで拾ったのヨ?こんな上玉……オマケにキミ悪いわ。覚えが異様で)

 (もと一級候補生だゼぇ?当然だろが!)

 (ナンか、ウラあるんじゃナイの?ヤバいって……コンなの!)

 (オレにもやっと運が向いてきたってコトさ。みてろ?宮殿の――)

 (――叱(シ)ッ!)

 

 あの、と『成美』は、コトコトとトゥ・シューズを鳴らして険(けわ)しい顔で二人に近づき、イツホクの方を問いつめる。

 

「運河に一人沈めた――って。なんのことです?」

「あ?あぁ、こっちもイロイロ商売があってな」

「まさか!あの修錬校の!」

「チガうって!」

 

 イツホクは大あわてで腕をふった。

 

「ヤツならチャンと市大病院送りにして返したって!運河に沈めたのは、暴行致傷おこした、ただのチンピラよ。自殺した娘サンの遺族から依頼あってナ?どうせ裁判で「責任能力が無ェ」とかで無罪になるなら……ってな具合」

 

 ふぅ、と踊り子の姿の彼は、力をぬく。

 

「なら――イイです」

「そんなコトより、よォ?」

 

 イツホクは、レオタードに包まれた『成美(かれ)』の身体をジロジロと、

 

「ホントに、修錬校(ガッコ)の方はイイんだな?あとンなって尻ィ、もちこまれンのは否だぜ?」

 

 『成美』は自分の股間をなでた。

 女性の恥丘を模した、タイトなサポーター。スリット(たて割れ)のある局部。

 しかし、いつでも普通のトイレに行ける。排泄管理も、されていない。

 貞操帯で拘束されていないことが、これほどスッキリするなんて。

 

 ――骨休めに一、ニ週間、修錬校を無断で休んでも構わないだろ。なにか言われたら「イジめられて登校がイヤになり、雲隠れしてました」と誤魔化せばイイ。

 

 ガラにない悪知恵をはたらかせ、あえて自分を納得させる。

 

 ――なにより特殊雲海探査作戦機の操縦者(メイン)だ。ちょっとぐらいハメ外したって、黙認せざるをえないハズ。

 

 彼は、自暴自棄(やけくそ)な嗤(わら)いを浮かべた。

 

 図書館で見た風景。市場。ドール。肉体改変。メス奴隷。

 あれほど嫌悪した情報の、その真っ只中に自分がいるという。

 このクソな世界の、なんという皮肉と嫌味。

 ご都合主義なイタズラ。

 

 ――それに……ココが居心地いいようなら、もう雲海探査ともおサラバだ。

 

 最悪、航界士なんて、もう知ったことかと考えつつふと現実にかえり、

 

「ぎゃくに――ボクがココに居るって、分からないですよね?」

「そりゃぁ、もう。位置情報システムのついたC・ベルト(貞操帯)は捨てたし、この辺の個人照合システムは殺してる。それに居場所がバレたとしても、どうにもならないぜ?」

「と言うと……」

「こっちにャ強力なバックがあるんだから」

「外象系のマフィアでしょ?アテにならないな」

「バカ言え」

 

 マネージャーは鼻をならし、趣味の悪いネクタイを目立たせふんぞりかえると、

 

「そんなナマやさしい規模(モン)じゃねェよ。警察(イヌ)すら、ココには手がだせねぇ。だから捗(はかど)るんだなぁ商売が……」

 

 『成美』は、先日訪れたおそろしいほどの設備を抱える無名店を思いだす。

 それは、まるで映画のセットだった。

 あれだけのアンティークに、外象から移築したような建屋。

 なるほど背後には底知れぬ財力がにおう。

 泊まっているホテルも、ロイヤルスィートという待遇(たいぐう)。

 店からすこし離れた場所にあるこの稽古場だって、なかなかの設備。

 

「しッかし、お前ェのC・ベルト(貞操帯)。外すのエレぇ苦労したナァ。闇医者に相当ボられたぜ」

「そうなんですか?」

「おうよ。お前ェは一級でも、かなり特殊な方なんだな。セキュリティ頑丈すぎ。なるほど秘書官云々のハナシも、納得できらァ……なァ?」

 

 イツホクのさりげない念押しに、

 

「わかりましたよ……そのへんは、大丈夫です。ちゃんと“繋(つな)ぎ”つけますから」

「タノんだぜ?現場が、宮殿側ともパイプもてりゃ、本店のウスノロ事務屋にも、デカい顔させねェ」

 

 オヤジ臭いオーデコロンのニオイを振りまきつつ、ニッカリと。

 しかし『成美』は、ピンとくる。

 いまのイツホクの言葉。

 

 ――宮殿側“とも”……?

 

 と、いうことは。まさかこの店舗系列のバックは――日本国政府側?

 あるいは、愛香の家系を滅ぼしたような、派閥を持つ野党議員?

 わからない。

 この社会って、いったいどういう――。

 

「で、だ。今夜のあのジジィの店に行く段取りなんだが……」

 

 それから『成美』は、愛香を連れて去ったマネージャーの命令で、ダンス教師のイサドラに、引き続きたっぷりと“奉仕者”マナーの教育を受ける。

 

お昼になった。

仕出しのシャケ弁当を食べながらも、イサドラの教育は続く。

なにせ、金曜の本番まで時間がない。話題は、テーブルマナーと、ホテルで毎晩マッサージをされながら受ける “奉仕者” 用の思考誘導教育の話となる。

 

「ほら、ゴハンこぼしてる。お箸の使い方、ヘタねぇ。おウチでちゃんと習わなかった?」

「……ボク、両親から体よく追い払われたんで」

「そうなの?まぁイイけど。でもホラ。エラい人と会食するとき、テーブルマナーがなってないと、一段低く見られちゃうわよ?いっしょに居る人にも恥かかせちゃうし。アタシなら、絶対ユルせない……死ねッて思うわ」

 

 『成美』は、スープを啜っていた黒メガネ二人組を思い出す。

 給仕に白眼視され、周りの客の失笑を買っていた

 

 ――なるほど。あれは……イヤだ。

 

「ホテルでの教育も、いよいよ第二段階だから。せいぜい頑張るのね」

「あの思考誘導教育って、なんか受けたあと頭クラクラするんで、ヤなんですよね。いつも午前中のレッスンに影響でます。一晩中、なんかモヤモヤして」

「まぁ、一種の洗脳だしね」

「洗脳……」

 

 イサドラはフッと唇をゆがめるや、イツホクがいたときとはガラッと雰囲気をかえ、

 

「えぇ、そう。クラクラするのはアタマが強制的に異物知識を注入されて、情報を自分に同化させようと必死になっているからよ」

 

 流暢な日本語で、このアメリカ事象面の姉御はそういうや、

 

「じっさい、もう『成美(アンタ)』も洗脳されちゃってるかもネ。そのうち……オッパイつけられて、培養(ばいよう)子宮を入れられて。ステキに馴致されて、飼い主さまの赤ちゃん、産みたくなるかも」

 

 シャケ弁当と教導用モニターの載るテーブルごしに “ニッコリ” と画に描いたような微笑。

 『成美』はなせか慄(ゾ)ッとする。

 あくまで――あくまで、そこはかとなく、なにかそのウラに憎しみを。理由のない純粋な敵意を嗅(か)ぎ取った、ような。

 

「なにか、身体の調子が変わったこととか、ナぁイ?」

「え……」

「肌がキメ細かくなったとか……おしりが大きくなったとか……」

「とくに大丈夫だとは、思いますけ――」

 

 組織、ってのはね?とイサドラは、まるでそれを聞かなかったかのように、

 

「どんなトコでも、思わぬところから、崩壊が始まるモノよ……千丈の堤(つつみ)も螻蟻(アリ)の穴を以て潰(つい)ゆ。そんな言葉があってね」

「韓非子(かんぴし)ですね――たしか喩老(ゆろう)篇」

 

 サラリと返した『成美』のセリフに、イサドラの眉がヒクつく。

 

「やっぱり。アンタ……いったい何者なの?」

「なにものって。ただの見習いですよ。宮廷秘書官の。自分のち(・)か(・)ら(・)でコネをさぐってこいって言われてます。個人的な情報源を開拓しろって。それで評価が決まるとか」

 

 『成美』の意図しない滑らかさで、自然と言葉が流れ出る。

 

 ――なんだ、これ?口が勝手に……。

 

 しかし「ウソね」と、イサドラは一蹴し、

 

「アンタのW/N(ウィング・ネーム)、たしか『土鳩(どばと)』だっわよ、ねぇ?」

「え、えぇ。まぁ」

「アタシの情報たぐったんだけど……そのコ、今年の前半に殉職(じゅんしょく)してるって」

「……」

 

 黙りこむ相手にイサドラは腕組みをして( やはり )という表情(かお)。

 そして不意に、ねぇ?と、してやったりな笑みを浮かべ、

 

「女モノのレオタード着ることに、まえから拒否感はなかった?かわいく媚(こ)びてみせることに違和感は?そのネイルの趣味はホントにアナタのものなのかしら。その蝶ネクタイ型の首輪。それにイヤリング。アナタ進んで身に付けていたわよネ。それに……そのお弁当、美味しい?」

 

 シャケの皮が、まるで紙を食べている感触に。

そんな、バカな。

 

「オシリでもう感じちゃってるんでショ?尿道のほうはどうだった?――そう、図星なのね」

「ボクは!そんなヘンなこと、してません」

「あらソウ?でもダメ。あなたの身体には、もう“メス奴隷”の魂が、いやらしい心根が、染み込まされちゃってるモノ」

 

 妖しげな目つきで、翠の瞳から避けようもない威圧感を浴びせられつつ、

 

「――ねぇ。貞操帯、って言ってごらんなさいな」

「え?」

「ホラ。はやく。貞操帯よ?てーそーたい♪」

 

 ナニを言ってるのか、と『成美』は、

 

「てっ……」

 

 でない。

 

「て、ヘぇッ!」

 

 まるで、のどの奥でブレーキがかかったように。

 戸惑った息だけが、かすれた具合で口から漏(も)れ出てゆく。。

 ね?とイサドラは、イイ気味だと言わんばかりに瞳を輝かせて。

 そして、卓(テーブル)に身を乗り出すや、上気した顔と、匂(にお)い立つような婦(おんな)の気配で、

 

「アナタの頭には、もうさいしょから拘束がかかってるの」

 

 うぅん。それだけじゃない、とこの婦(おんな)はさらに言いつのり、

 

「アナタの頭の中には、もうメス化本能が、刻まれてるの。前頭葉のなかに、細かい根がミッシリと張るようにして、もう戻れないのよ?あとは、あのヒヒ爺ィたちに奉仕するのを待つだけ。でも、それがもうイヤじゃなくなってる……いえ、むしろあの臭(く)ッさい萎びた汚(お)チンコをしゃぶりたくて、仕方なくなってるの。えぇ、そういう風にアナタのアタマの中を、いぢりまくってあげたもの。アナタが、あのホテルのロイヤル・スィートに泊まっている間中。浸透型の女性ホルモンも、おまけに」

 

 『成美』のアタマのなかで火花が奔(はし)って、なにも考えられない。

 まるで強力なブレーカーが作動して、躰の自由を奪っている感覚。

 胸が、熱い。下半身が――なぜかジンジンする。

 

「ホラ。ね?」

「ボクに、いったいなにを……」

 

 イサドラはガラッと口調をかえ、仁王立ちになると吐き捨てるように、

 

「だいたい、おかしいと思わなかったの?アンタみたいなガキが、あんなホテル手配されるだなんて。ドコまでオメでたいのサ。たかが候補生の走狗(いぬ)ふぜいが!」

「そんな、あれはイツホクさんが……」

 

 フフン、とイサドラは魅惑的な横顔に苛烈なものを浮かべ、

 

「ハッキリ言おうか?アンタがジャマなの。テキトーに女体化させて、売り飛ばしてやるわ。危険なのよアンタは。アタシにとっても、店にとってもねぇ!おしりのプラグに染み込ませた媚薬、どぉ?キモチいいでしょう。あなたは送迎の途中、誘拐(ゆうかい)されたことになるの。そう演出してあげる。全身換装か、再利用プラント堕ちがアンタにはお似合いだわ。首だけになって、フェラ奴隷になってみるぅ?心配しないで。その時は……アタシが買ってあげるわ。イザークは、モチロン怒るでしょうけど奴隷の誘拐や強奪なんて、この世界じゃよくあるハナシだし。アンタ、すぐ人気出そうだから無名な今のうちに芽を摘(つ)んどかないと。それになによりこの店の系列は、アタシのパパが議決権をもつ大株主になってるのよ?スキ放題には、させない!――えぇ、させるもんですか!!」

 

 『成美』は立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。

 イサドラは、そんな“彼女”のアゴをムチでシンネリとなぞり、

 

「この街じゃね、食べるものにも注意しなきゃ生きてけないんだよぉ?半人前のエージェントとはいえ、アンタみたいなガキが、ノコノコやってきてイイ場所じゃないんだ!」

 

 

 そういうや、聞き慣れない言語で何ごとかを叫ぶ。

 すると昨日の晩、先輩チューターをブチのめしていた格闘家クズれのような印象をもつ、ミリタリー・セーター姿の小柄だがガッチリとした男二人が、みょうに大きい電動車輪付きのコンバス・ケースをスタジオに運びこみ、イサドラに指示された場所で停めた。

 

 ダンス教師が、まるで『成美』に見せつけるとも思える、タイト・スカートをゆらしたモンローウォークでコンバス・ケースに歩み寄ると、そのジュラルミン製ケースの頑丈そうなサイド・ラッチを、優雅な手つきでバチン、バチンとひとつ、またひとつ外してゆき、二重のパッキンが目立つ胴体を『ご開帳~♪』とばかりにユルユルと開いた。

 

 なかは……M字状にしゃがむ人型に刳りぬかれており、黒いゴム張りの、その内側には様々な拘束用の仕掛けや、排泄(はいせつ)管理用の機器。あるいは洗脳用とみられるヘルメットやゴーグル。うちがわに男根の生えた呼吸マスクや、薬液パック・ホルダーにカテーテルなどがツヤツヤと照りかがやき、あわれな犠牲者を今やおそしと嘲笑(あざわら)うよう待ち受けていた。

 

「ここに入れられた子はね?アッという間に、マゾ人形の素体(ざいりょう)に変貌(チエンジ)、というわけ。繭(コクーン)とも呼ばれてるわ……どぉ?素敵でしょう」

 

 この非常時に、『成美』のまぶたが、急に重くなる。

 全身が、鉛(なまり)を縛りつけられたように、重く、ダルい。

 

「――どうしたの?もうおネムかしら……イイのよ?眼を覚ましたときは、可愛い姿になっているから。安心しておやすみなさい」

 

 男子を“牝(メス)”と強制的に変じる巨大な楽器ケース型の檻(おり)が、『成美』を取り込もうと貪欲に――そして無慈悲に覆いかぶさってきた……。

 

 

 




※童子蛋:(厳密には精通前の)少年のオシッコに漬け込んで作った「味付き卵」のコト。中国の食文化。
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