「アン!ドゥ!トロワ!キャトル!そこで!回って!脚を!上げて!」
全身が、きしむ。
緩急織り交ぜ、演じる
“七つのヴェール”の三幕目。
難易度の高い、アレグロ・パート。
ダンス教師の手打ち拍子と指示が飛ぶ。
もうフラフラで、ナニが何だかわからない。
朝から叩き起こされ、すでに昼近くになっていた。
しかし“脳教導”のおかげか、身体はリズミカルに、軽快に。
ターン、ジャンプ!音楽に、合わせ。
ポールに、からみ!
ヴェール、投げて!
指先まで、
的確に――そして
天井の灯りが、動きに連れて目のまえを高速でよぎり。
跳躍のたび、ローションを塗る肌がテラテラと。
アヌスに挿入装着されたプラグ・テール。
時に、激しく。時に、
「サンク!シス!セット!ユイット!目線!こっち!もっと!媚びて!」
回転、回転!ジャンプ、回転!
腕を、天に!笑みを、含んで!
足に小さめな真珠色のトウ・シューズが、火花を散らす勢いで宙を翔ける。
真珠のレギンスと、同じく二の腕まで延びた、同色の指なしグローブ。
見えないヴェールをイメージさせるよう、繊細に演出して。
「ヌフ!ディス!オンズ!ドゥーズ!そこで!一転!雰囲気!険しく!」
「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!最後の!ターン!
ゼェゼェと息をつきながら、練習用ステージの上で、ピタリと動きを止める。
イサドラが、
「
そう叫ぶや、ピシリ、シッポを生やした尻に、弱めの一発。
あくまでも、店の“商品”に傷をつけぬよう、細かい
メイド姿の愛香が、チリチリ、いそいそと、タオルにスポドリを持ってくる。
ここはイツホクの店 “
かつて『九尾』と呼ばれた『成美』の局部には、もはや貞操帯が喰い込んでいない。
代わりにプラグを「し」の字に介した尻尾が、尻上から延びている。つまり「し」の曲がった先にプラグがあり、まっすぐな部分の上部に尻尾が付けられているので、見た目、生物学的な普通の位置に、尻尾が生えているよう。
「そんなぁ……キツィ……ですぅ」
若いクセに寝言いってンじゃないよ!と、またピシャリ。
愛香が、タオルで優しくひたいから身体へと汗をぬぐってくれる。
『成美』は「有難う」をいう余裕もなく、渡されたスポドリのボトルを、ストローからノドを鳴らして呑んだ。それを愛香がニコニコと、いとおしそうに、また嬉しそうに汗をやさしく払う。
「コン、なピチピチの肌してるクセに、さ!?」
乗馬ムチの平たい先端が、『成美』の頬をなでる。
すると頬をふくらませ、愛香がそのムチを邪険に払いのけた。
ヒクリ、とイサドラのこめかみが痙攣し、ギロリ!彼女をねめつける。
「しばらく体練――やってなかったから」
『成美』は言い訳しつつ、ゾッとする。
あきらかに、身体が衰えてる。
いや、この弱りかたは異常だ――なんで?
「まだ三番目のヴェールだよ?
「どーよ、やってるゥ?」
そのとき店長のイツホクが、数人のスーツ姿の老人を従えて、ドヤドヤと
「おぉ……ホンモノだ!」
ネイビー地に金の太いストライプという、三流芸人でも着ないような下品なスーツを着た一人が、上ずった声をあげて。
老紳士たち一団の眼の色が変わり、気の
一人などはスーツの胸ポケットから出した3Dと『九尾』を見比べ、
「実物のほうが、さらに数段カワイイじゃないか!ダレだこのカメラマンは!
もう一週間以上も前になる。
イツホクの子飼いたちとストリート・ファイトした挙句、店の
「これで、お前ェの半分はウチのものだな?」
イツホクは撮影が終わったあと、機材を撤収するスタッフたちの混雑をよそに『九尾』に向かい、もはや「お前ェ」呼ばわりで粘着質な
「何かあったら……この3Dをバラまくよ?」
最後にローマの少年奴隷風な衣装を着せられた『九尾』は、悔しくて声も出ない。
ハメられた純金の首輪の具合を直しながら、ふくれっ面をする。
――まったく!
その夜から、なかば店の
「イザーック、イイのひろったなぁ!どこで引っかけた?」
「大事にしなきゃダメだぞぉコレ。ここには
「ウチの医者、紹介しようか?いいスタッフそろえてやる」
「このコの“童子蛋”※を作りたいね!10歳は若返るぞ!」
「きみぃ、まァた罪作りな
ピン・ストライプのとなりの、ダブルのブレザーを着る白髪な人物。
一見、品の良さそうなその老人が、『九尾』に額の汗をふいていた愛香の手からタオルを引ったくると、じきじきに彼の身体をふく。そしてそのタオルを自分の顔に当ててスーハーすると目をとじ……きわめて
――おぇぇぇぇぇぇぇ!
と、思いつつも “踊り子” は、レオタードの食い込みと、シッポの具合をなおしながら、営業スマイル。
「え、と……『成美』ですぅ」
「ナルミちゃんかぁ――イイ名前だねぇ」
彼の“源氏名”は、愛香の妹の名に由来していた。
そのためか、彼女は『成美』、『成美』、と
まるでそう呼びかけるのが、嬉しいように。
源氏名を決めるとき、『エリザベス』だ『ジルベール』だと、いろいろな候補があったが、イツホクやイザベラ、ドミニクが提示した案を拒否し、結局、愛香が出した『成美』に決まったのは、たしか昔の海軍大将に同じような
――子曰ク、君子ハ人ノ美ヲ成ス、人ノ悪ヲ成サズ、云々……。
「イジィー、今晩この
一団のなかで一人、とくに位が高いと思われる老人が、
「えぇッ……?ムーランの
「カタぃコト言わないだろうね?こないだ運河に一人沈めたの、不問に付すぞ」
「……作法も、まだ叩ッ込ンでないのにで御座いやすかィ?それにこの子は金曜にメーゾン・ドール本店でデビュー予定なんでさ。いま仕込みの真っ最中で……」
「ちょっと顔出しして、店のハクつけてくれればイイ。レンタルの
ゼニ、ときいて、イツホクの顔はしまりがなくなる。
「へへ、どうも。「
「夕方、むかえに来るよ?――約束だよ?
そう言って、スーツの一団は、さいごに『成美』とツーショット写真を撮って、満足げに稽古場を後にしていった。
イサドラは、茶系のコンサバな服装で包んだ豊かな身体をブルっとふるわせ、
(フン、ヒヒ爺ィどもが。しまりの無いシワ面しやがって!)
(ンなコトよりイーサ、どうなんだ?『
(どこで拾ったのヨ?こんな上玉……オマケにキミ悪いわ。覚えが異様で)
(もと一級候補生だゼぇ?当然だろが!)
(ナンか、ウラあるんじゃナイの?ヤバいって……コンなの!)
(オレにもやっと運が向いてきたってコトさ。みてろ?宮殿の――)
(――
あの、と『成美』は、コトコトとトゥ・シューズを鳴らして
「運河に一人沈めた――って。なんのことです?」
「あ?あぁ、こっちもイロイロ商売があってな」
「まさか!あの修錬校の!」
「チガうって!」
イツホクは大あわてで腕をふった。
「ヤツならチャンと市大病院送りにして返したって!運河に沈めたのは、暴行致傷おこした、ただのチンピラよ。自殺した娘サンの遺族から依頼あってナ?どうせ裁判で「責任能力が無ェ」とかで無罪になるなら……ってな具合」
ふぅ、と踊り子の姿の彼は、力をぬく。
「なら――イイです」
「そんなコトより、よォ?」
イツホクは、レオタードに包まれた『
「ホントに、
『成美』は自分の股間をなでた。
女性の恥丘を模した、タイトなサポーター。
しかし、いつでも普通のトイレに行ける。排泄管理も、されていない。
貞操帯で拘束されていないことが、これほどスッキリするなんて。
――骨休めに一、ニ週間、修錬校を無断で休んでも構わないだろ。なにか言われたら「イジめられて登校がイヤになり、雲隠れしてました」と誤魔化せばイイ。
ガラにない悪知恵をはたらかせ、あえて自分を納得させる。
――なにより特殊雲海探査作戦機の
彼は、
図書館で見た風景。市場。ドール。肉体改変。メス奴隷。
あれほど嫌悪した情報の、その真っ只中に自分がいるという。
このクソな世界の、なんという皮肉と嫌味。
ご都合主義なイタズラ。
――それに……ココが居心地いいようなら、もう雲海探査ともおサラバだ。
最悪、航界士なんて、もう知ったことかと考えつつふと現実にかえり、
「ぎゃくに――ボクがココに居るって、分からないですよね?」
「そりゃぁ、もう。位置情報システムのついた
「と言うと……」
「こっちにャ強力なバックがあるんだから」
「外象系のマフィアでしょ?アテにならないな」
「バカ言え」
マネージャーは鼻をならし、趣味の悪いネクタイを目立たせふんぞりかえると、
「そんなナマやさしい
『成美』は、先日訪れたおそろしいほどの設備を抱える無名店を思いだす。
それは、まるで映画のセットだった。
あれだけのアンティークに、外象から移築したような建屋。
なるほど背後には底知れぬ財力がにおう。
泊まっているホテルも、ロイヤルスィートという
店からすこし離れた場所にあるこの稽古場だって、なかなかの設備。
「しッかし、お前ェの
「そうなんですか?」
「おうよ。お前ェは一級でも、かなり特殊な方なんだな。セキュリティ頑丈すぎ。なるほど秘書官云々のハナシも、納得できらァ……なァ?」
イツホクのさりげない念押しに、
「わかりましたよ……そのへんは、大丈夫です。ちゃんと“
「タノんだぜ?現場が、宮殿側ともパイプもてりゃ、本店のウスノロ事務屋にも、デカい顔させねェ」
オヤジ臭いオーデコロンのニオイを振りまきつつ、ニッカリと。
しかし『成美』は、ピンとくる。
いまのイツホクの言葉。
――宮殿側“とも”……?
と、いうことは。まさかこの店舗系列のバックは――日本国政府側?
あるいは、愛香の家系を滅ぼしたような、派閥を持つ野党議員?
わからない。
この社会って、いったいどういう――。
「で、だ。今夜のあのジジィの店に行く段取りなんだが……」
それから『成美』は、愛香を連れて去ったマネージャーの命令で、ダンス教師のイサドラに、引き続きたっぷりと“奉仕者”マナーの教育を受ける。
お昼になった。
仕出しのシャケ弁当を食べながらも、イサドラの教育は続く。
なにせ、金曜の本番まで時間がない。話題は、テーブルマナーと、ホテルで毎晩マッサージをされながら受ける “奉仕者” 用の思考誘導教育の話となる。
「ほら、ゴハンこぼしてる。お箸の使い方、ヘタねぇ。おウチでちゃんと習わなかった?」
「……ボク、両親から体よく追い払われたんで」
「そうなの?まぁイイけど。でもホラ。エラい人と会食するとき、テーブルマナーがなってないと、一段低く見られちゃうわよ?いっしょに居る人にも恥かかせちゃうし。アタシなら、絶対ユルせない……死ねッて思うわ」
『成美』は、スープを啜っていた黒メガネ二人組を思い出す。
給仕に白眼視され、周りの客の失笑を買っていた
――なるほど。あれは……イヤだ。
「ホテルでの教育も、いよいよ第二段階だから。せいぜい頑張るのね」
「あの思考誘導教育って、なんか受けたあと頭クラクラするんで、ヤなんですよね。いつも午前中のレッスンに影響でます。一晩中、なんかモヤモヤして」
「まぁ、一種の洗脳だしね」
「洗脳……」
イサドラはフッと唇をゆがめるや、イツホクがいたときとはガラッと雰囲気をかえ、
「えぇ、そう。クラクラするのはアタマが強制的に異物知識を注入されて、情報を自分に同化させようと必死になっているからよ」
流暢な日本語で、このアメリカ事象面の姉御はそういうや、
「じっさい、もう『
シャケ弁当と教導用モニターの載るテーブルごしに “ニッコリ” と画に描いたような微笑。
『成美』はなせか
あくまで――あくまで、そこはかとなく、なにかそのウラに憎しみを。理由のない純粋な敵意を
「なにか、身体の調子が変わったこととか、ナぁイ?」
「え……」
「肌がキメ細かくなったとか……おしりが大きくなったとか……」
「とくに大丈夫だとは、思いますけ――」
組織、ってのはね?とイサドラは、まるでそれを聞かなかったかのように、
「どんなトコでも、思わぬところから、崩壊が始まるモノよ……千丈の
「
サラリと返した『成美』のセリフに、イサドラの眉がヒクつく。
「やっぱり。アンタ……いったい何者なの?」
「なにものって。ただの見習いですよ。宮廷秘書官の。自分の
『成美』の意図しない滑らかさで、自然と言葉が流れ出る。
――なんだ、これ?口が勝手に……。
しかし「ウソね」と、イサドラは一蹴し、
「アンタの
「え、えぇ。まぁ」
「アタシの情報たぐったんだけど……そのコ、今年の前半に
「……」
黙りこむ相手にイサドラは腕組みをして( やはり )という
そして不意に、ねぇ?と、してやったりな笑みを浮かべ、
「女モノのレオタード着ることに、まえから拒否感はなかった?かわいく
シャケの皮が、まるで紙を食べている感触に。
そんな、バカな。
「オシリでもう感じちゃってるんでショ?尿道のほうはどうだった?――そう、図星なのね」
「ボクは!そんなヘンなこと、してません」
「あらソウ?でもダメ。あなたの身体には、もう“メス奴隷”の魂が、いやらしい心根が、染み込まされちゃってるモノ」
妖しげな目つきで、翠の瞳から避けようもない威圧感を浴びせられつつ、
「――ねぇ。貞操帯、って言ってごらんなさいな」
「え?」
「ホラ。はやく。貞操帯よ?てーそーたい♪」
ナニを言ってるのか、と『成美』は、
「てっ……」
でない。
「て、ヘぇッ!」
まるで、のどの奥でブレーキがかかったように。
戸惑った息だけが、かすれた具合で口から
ね?とイサドラは、イイ気味だと言わんばかりに瞳を輝かせて。
そして、
「アナタの頭には、もうさいしょから拘束がかかってるの」
うぅん。それだけじゃない、とこの
「アナタの頭の中には、もうメス化本能が、刻まれてるの。前頭葉のなかに、細かい根がミッシリと張るようにして、もう戻れないのよ?あとは、あのヒヒ爺ィたちに奉仕するのを待つだけ。でも、それがもうイヤじゃなくなってる……いえ、むしろあの
『成美』のアタマのなかで火花が
まるで強力なブレーカーが作動して、躰の自由を奪っている感覚。
胸が、熱い。下半身が――なぜかジンジンする。
「ホラ。ね?」
「ボクに、いったいなにを……」
イサドラはガラッと口調をかえ、仁王立ちになると吐き捨てるように、
「だいたい、おかしいと思わなかったの?アンタみたいなガキが、あんなホテル手配されるだなんて。ドコまでオメでたいのサ。たかが候補生の
「そんな、あれはイツホクさんが……」
フフン、とイサドラは魅惑的な横顔に苛烈なものを浮かべ、
「ハッキリ言おうか?アンタがジャマなの。テキトーに女体化させて、売り飛ばしてやるわ。危険なのよアンタは。アタシにとっても、店にとってもねぇ!おしりのプラグに染み込ませた媚薬、どぉ?キモチいいでしょう。あなたは送迎の途中、
『成美』は立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。
イサドラは、そんな“彼女”のアゴをムチでシンネリとなぞり、
「この街じゃね、食べるものにも注意しなきゃ生きてけないんだよぉ?半人前のエージェントとはいえ、アンタみたいなガキが、ノコノコやってきてイイ場所じゃないんだ!」
そういうや、聞き慣れない言語で何ごとかを叫ぶ。
すると昨日の晩、先輩チューターをブチのめしていた格闘家クズれのような印象をもつ、ミリタリー・セーター姿の小柄だがガッチリとした男二人が、みょうに大きい電動車輪付きのコンバス・ケースをスタジオに運びこみ、イサドラに指示された場所で停めた。
ダンス教師が、まるで『成美』に見せつけるとも思える、タイト・スカートをゆらしたモンローウォークでコンバス・ケースに歩み寄ると、そのジュラルミン製ケースの頑丈そうなサイド・ラッチを、優雅な手つきでバチン、バチンとひとつ、またひとつ外してゆき、二重のパッキンが目立つ胴体を『ご開帳~♪』とばかりにユルユルと開いた。
なかは……M字状にしゃがむ人型に刳りぬかれており、黒いゴム張りの、その内側には様々な拘束用の仕掛けや、
「ここに入れられた子はね?アッという間に、マゾ人形の
この非常時に、『成美』のまぶたが、急に重くなる。
全身が、
「――どうしたの?もうおネムかしら……イイのよ?眼を覚ましたときは、可愛い姿になっているから。安心しておやすみなさい」
男子を“
※童子蛋:(厳密には精通前の)少年のオシッコに漬け込んで作った「味付き卵」のコト。中国の食文化。