※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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040:Maison d'orのこと、ならびにビェルシカのこと

「いらっしゃいませ、ヴォロネツ閣下。

             これは、これは。今宵(こよい)もお美しい――初音(はつね)さま」

 

 年代物の逸品(いっぴん)ぞろいな什器が並ぶ、絢爛(けんらん)たるエントランス・ホール。

 金曜の夜とて、名にし負うメゾン(Maison )・ドール(d'or)の豪勢な大シャンデリアが高みに連なった、二層窓を巡らす緋(ひ)色の大広間では、人いきれの中、おりしも一組の“いかにも”な男女を迎え入れたところだった。

 

 男の方は、五十路を優に越えているだろうか。しかし、背の曲がりなどとは縁のない、筋肉質と見える身体を宮廷勤務服に包み、陽に灼けたシワだらけの顔には、鷹のように炯々(けいけい)と輝く眼が。たいして連れ添う婦人は、高価そうなミンクのコートを羽織るものの、ようやく芳紀(よわい)、二十(はたち)を数えたばかりと窺える。

 

「なにやら宮殿貴婦人の風格(ふう)すら、おまといになられたようですなァ」

 

 “ヴォロネツ閣下”は渋面をつくり、

 

「あかンわ、そない言うたら、コイツがまたつけあがるさかい」

「いえいえ、もう華族のお方かと、見間違えました」

「なんや、テオ。もう白内障か?眼医者ァ行った方が、ええで?」

 

 連れの婦人はキッ、と年配の連れ合いを一度、ニラむ。

 しかるのち出迎えの方を向き、きわめてニコやかに、

 

「うふふ。おだてても、ナニも出なくてよ?テオ。それより――」

 

 そこで、この店のファースト・コンシェルジュは、得たり、と満面の笑み。

 

「ははぁ。『成美』――ですか?」

 

 ひとつ、大きくうなずくと、 

 

「皆さん……おなじコト仰(おっしゃ)いますなァ」

「なんやて?競争相手(コンペチ)が、もう仰山(ギョーサン)おるンかい」

 

 ヴォロネツは、毛皮のコートに包まれた愛人を振り返るや、心底うんざりしたように静かな熱気を帯びはじめた店内を透かし眺(なが)め、

 

「ヒヒ爺ィどもは、節操(セッソー)ないのォ」

「蛇の道は――いえ、これはトンだ失礼を」

「ハ!えェて。いまさら取り繕(つくろ)うも、アホらし」

「ささ、こんなトコロで、お忙しいお身体を停めてちゃぁ、イケません。」

 

 テール・コートに一分の隙もなく固めた、地中海事象面出身の、この初老な男、テオ・パパディモスは、人をそらさぬ話術と笑顔を巧みにつかい、配下の者たちに来賓(きゃく)のコートを任せると、くるぶしまで埋まりそうな絨毯(じゅうたん)を踏んで、自ら連れ立ち、奥へと二人を招き入れる。

 

「シャンパンの銘柄はいつもので宜しいので?それと今宵(こよい)は先ず、まず東欧事象面産のキャビアを味わって頂きますぞ。ドナウ・デルタから特別便で手配したものです。初音さま、覚悟はよろしいですかな?※――ハッサン?アブドゥル!」

 

 店の構えは、あくまで謹厳実直(おおまじめ)。

 “表向き”は紳士、淑女のための料理店であり、まちがっても拘束された少女のオブジェが飾られていたり、猥りがましい衣装をつけた半裸のウェイトレスが、トレイの上にシャンパンや海老のカクテルがのったトレイを捧げ、大卓の間を泳ぐ姿などは見られない。古風な店内の煌(きら)めきの下、かわってここで給仕(サーヴ)をするのは、一風変わった衣装をつけた、少年給仕たちだった。

 

《『成美(なるみ)』!》

 

 ネコ耳型のヘッドセットから司令が飛ぶ。

 

《「青鷺(あおさぎ)」の卓(テーブル)、男性客お二人に、牡蠣(かき)一ダース、それにサーモンのマリネ添え(大)。シャンパンは、ビンテージでなくていいそうだ。女性お二人には子豚肉のア・ラ・ザポローヂェ!追加でアーティチョークのサラダ。さっきみたく凝乳(スメタナ)を忘れるンじゃないぞ》

「はァい。あと「雷鳥」(らいちょう)卓のご老人が、ライム・ウォーターをご注文です」

 

 バニーガールのような、カラーと蝶ネクタイだけの首もとに仕込まれた喉頭(こうとう)マイクで管制塔(コントロール)(これが帳場の隠語だった)に返答。パレットを小脇に抱え通路をテール・ウォークしつつ、愛想笑いを振りまきながら『成美』はそう返答すると、先日、焼印を押されたはずのチ○ポ上部を、オシリの割れ目に食い込むピチピチな半ズボンごしにそっとおさえた。

 

《まぁた、あの渋ちんジジィか――スキに待たせとけ》

「えー。いいんですかぁ?」

 

『成美』は、ヘッドセットの具合をなおしながら、不満げに。

 

《ここは貧乏人には縁(エン)のない料理屋なんだよ!どッから紛(まぎ)れこんだんだか!》

 

 この店では、少年給仕たちの耳に、密閉型のヘッドセットが強制的に付けられている。来客の商談や密談などを盗み聞きできないよう、という配慮だ。

 唯一、客がオーダー用のボタンを押している間だけ、会話が聞き取れるしかけとなっていた。通常は精神鎮静用の静かな|室内楽が、ヘッドセットに流れているだけ。しかしどういう訳か、『成美』のヘッドセットの片方は頭上のネコ耳から集音マイクとなっており、いろいろな会話が、彼の耳に否応なく流れこんでくる……。

 

《だーかーら!それは提出書類をバック・デートさせて対応させると言ってるだろ!そんなに急がれても、最近は中央の官僚どもがコンプライアンス(法令順守)だ、ナンだ煩(うるさ)いんだよ!……黒塗りの書類を増やすなってな!》

 

《このまえ手に入れた“ウサギ”がODで(オーバー・ドーズ)死んぢゃってさぁ……買って大損、飼って大損。おまけに、最近は専門処理業者も高価いのね。アルカリで溶かすんだって。それに戸籍を抹消するのも一苦労だとか……》

 

《もっとあの企業の評判を落とせ!品質偽証でもなんでもいい!重箱の隅をつついてでもアラを探せ!身売りを余儀なくして、廉(やす)く我が祖国(くに)の手に落ち、技術を吸えるように!それがこの国の“社会の木鐸(マスコミ)”とやらの役目だろうが!》

 

 通奏低音のような囁(ささや)きと響(ひび)き。

 暖められた食器がカチャカチャとふれあう陽気な気配。

 ときに抑えた忍(しの)び嗤(わら)い。

 秘めやかに、グラスの擦れ合う音。

 

 卓の周囲には、盗聴防止の設備が張られると言うが、このネコ耳だけは別らしい。いつのまにか免疫が出来たが、みな結構キワどいことを話している。

 資金洗浄。人身売買。贈収賄(ぞうしゅうわい)に、派閥(はばつ)の天秤(てんびん)。売国行為に、犯罪の揉(も)み消し。

 こんな細工をするのはイツホクの差し金か?と思うが、すぐに彼は一蹴する。あの臭(く)っさいオーデコロンのヒンソーなオッサンが、こんなスゴい高級料理店に力を及ぼせるハズもない。

 

《『成美』!ナニしてる?「翡翠(かわせみ)」の卓(テーブル)にイエニ・ラキとロースト・ビーフ!まだ19時だぞ?しっかりしろ!マウ・レン(いそげ)!》

 

 ぴしッ!と尻に差し入れられたプラグ・テールから弱い電撃。

 

 メゾン・ドールの少年給仕たち。通称“ビェルシカ(リスっ子)”――尻が割れるほどピチピチの半ズボンから立ち上がるフサフサのシッポ、それに卓と卓を休みなく動き回る姿から、そう呼ばれている――には、階級があった。その小隊長ともいうべき存在が“サヴァ”で、いま『成美』にカツを入れたのも同い年の、その少年だ。

 

「痛ッ!……非道いなぁ」

《そのあとは、「五色鶸(ごしきひわ)」の卓でオーダーとってくれ。金曜(かきいれ)だ、気合い入れろ?》

 

 いそいで「青鷺」にまわり、客のイタズラを愛想笑いで受け流し、「雷鳥」のお爺さんに手を添えて水の入ったクリスタルのコップを渡して嬉しそうな顔をされ、「翡翠」でラキにミネラル・ウォーターを絶妙な割合で注ぐ。

 

 あちこちに、真珠とポケットチーフと金鎖。

 革の手袋にコルサージュ。ステッキと毛皮のマフ。

 煌めきと、囁き。微笑に、憐憫。苦渋や、哀惜。韜晦(とうかい)に、衒張(てらい)。

 頭が呆ッとなるような、高級品の怒濤(どとう)と、曰(いわ)くありげに交錯する視線。

 

 あの『領収書つき晩餐』の再来だ、とあたまのどこかでチラチラ思いつつ、薄暗い照明が拡がる重い空間で、談笑や請願の響き。あるいは好色な視線をかいくぐり、それこそ栗鼠(ビェルシカ)のように、忙しく――ただし、何よりも落ち着いて、品良く、パレット片手に店内を泳ぐ。そして彼らはそんな中、彼らは独自の手話とアイコンタクトで、来賓情報のやりとり。

 

 “鸊鷉(へきてい)の客、ヤらしぃー。チップもナシだよ”

 “へへ、ボクのほうは当たり。今晩お持ち帰りされる予定”

 “山翡翠(ヤマセミ)の成金に注意!サドっけがあるぞ!”

 “『恵娜(えな)』、今晩どぉ?ボクと”

 “ワルい。今日は『成美』を誘ってみたくって”

 “えー。あのカタブツ?ムリだって”

 

 その『成美』は、中央省庁の若手キャリア候補らしき青年たちが、女の子数人を侍(はべ)らせ居座る、めんどくさい卓の給仕を終え、管制塔ちかくのイオニア式な柱の影で、手首に留められたカフスの具合を直してから、ふぅ、とひたいの汗をふく。

 近くに佇立する、金ぶちの装飾枠を巡らせる鏡が、そんな彼の姿をしたり顔に映(うつ)して。

 

 細いストラップの付く、エナメルに照り映えた、子供靴のような店内履き。

 靴とのコントラストを考えた純白のハイソックス。

 完全に脱毛された生足。

 前述したピチピチの黒い半ズボン。

 そして肩が膨らみ状の半袖となった、パール・シルクのブラウス。

 華奢(きゃしゃ)な鎖骨がみえるほど、ギャザーで大きく胸もとが開いて。

 (一点でも料理がはねた染みがついたら、すぐに着替えるレギュレーションだけど、いまところは――大丈夫!)

 おまけに首には、カラー付き蝶ネクタイ、手首に白のカフス……。

 

 シルク地な蝶ネクタイの色は、階級をあらわしている。

 赤や緑、茶、灰が一般(色によってサービス価格と内容に差があり)。

 黒がその上。

 フロアのエリア統括は、金。

 しかし、なぜか『成美』は、階級表にない「濃い蒼」。

 

 ――よし……乱れ、なし。

 

 その赤いシルクを照り輝かせ、『成美』が「五色鶸(ごしきひわ)」の卓に行くと、五人ほどのアラサーに、さっそく半ズボンや胸、頸(くび)すじなどをサワサワと撫(な)でられ、粘着され、嫐(なや)まされる。

 

《かわいいタマタマぁ。ツブしちゃいたいくらい》

《お店に言って、「お持ち帰りする?」》

《いくらなんだろ?“赤色”なんてあったっけ?》

《あーおチンポ舐めさせてあげたい》

《アンタの実家の名前出せば、一発じゃないの?》

 

 もちろん、聞こえないふりをしてオーダーを取り終え、だれがナメるか!と憤慨(ふんがい)しつつ、管制塔(コントロール)に、それでも値の張るコース料理をつげる。あんなお姉サマ方でも財布は潤沢らしい。なんの仕事をしてるやら。

 

 『成美』は執拗(しつよう)にさわられた股間を、己(おのれ)の手で存在の確認をするように撫(な)でる。

 確かな膨らみ。しかしいまでも、不思議な困惑と違和感が、つきまとう。

 客の粗相で濡れたパレットを交換するため管制塔まで帰投し、5分の休憩(レスト)をもらった彼は、店内の楽屋裏で、アヌスに差し込まれたプラグに気遣いながら、スケベ椅子状態になっている、ビェルシカ専用のピンク色なビニール・スツールに腰かけ、ふぅ、と息をつく。

 

 想いはまたしても、数日前の、あの妖しい夢にたどりつく。

 

 あの日、自分にすり込まれた防衛用の疑似人格。

 態度を豹変させたダンス教師との自動格闘。

 そして、店飼いのカチ込み部隊に制圧されたあとに見た夢。

 

 ――いや、あれは本当に“夢”だったのだろうか……。

 

 

 

 

 コンバス・ケースで受けた調教の重苦しさ。

 快楽責めの拷問。ケースのガワわを隔てた往来での強制オナニー。

 

 気がつけば、いつのまにか自分はホテルのベッドに寝ており、泥のように重たい身体を起こしてみると、いつのまにかピンクのベビードールを着せられて。

 ハッ!と気付き、これまたいつの間にか履かされていたフリフリのショーツに赤面する間もなく、それを引きおろして焼印を押されたチンポの上を確認すれば……。

 

 ――ない……そんな。

 

 脱毛されて白々となめらかな肌には、火傷のあとはおろか傷ひとつなかった。

 

 ナンジェリーを脱ぎ捨てる気力もなく、クィーン・サイズの豪華なベッドから這い出ると、姿見の前に佇立する。

 確かにいつもの自分――とは微妙に言い切れない……ような。

 顔つきが、心なしか柔和になっている気配。

 身体つきも、どことなくナヨっとして。

 なによりピンクのランジェリーが、薄暗い部屋を背景に、おそろしいほど似合ってしまっている。

 ベビードールごしに仄見える、うす紫なレースのショーツも、それに等しく。

 

 ――あ……店に行かなきゃ。

 

 晩方から、本店でウェイターをしろと言われていたのを思い出した『成美』は、ランジェリーのストラップがよぎる肩をうごかすほど大きなため息をつきながら、夕暮れの街を見下ろそうと、力の入らない手で、大窓の遮光(しゃこう)カーテンを開けた。

 

 ――!……ッ!

 

 あふれんばかりの光が、スイート・ルームに流れ込んだ。

 新鮮な、蒼みがかった陽光。

 すべての事象を曝(さら)し、淫猥(いんわい)で気怠(けだる)げな妄想(もうそう)なぞ一瞬で吹き飛ばしてしまう朝の光。

 しばし呆然と、『成美』は50Fのこのフロアから、青空の下、活動を始めたばかりとみえる街の拡がりをながめる。

 部屋に備えつけの、ルイ王朝風な書き物机にのる複雑時計の針は、「土曜日」の「日中」八時半、「満月」をしめして。

 

 ――土曜日……ですって!?

 

 女言葉のまま、ゴブラン織りの椅子にくずれおちた。

 投げ出した象牙のような生脚。

 カーテンから漏れた光が、艶めかしく照り映えて。

 両わきに、すこし違和感。

 ソッと触ると、何となく痛い。まさか……。

 

 ルーム・コミュニケーターが鳴った。

 自動的に回線がつながれ、『成美』、起きたかとイツホクの声。

 

《09時から店のウェイター講習だ。フロントに車回すから、準備しろ》

 

 

 

 ……結局、あのあとの顛末を聞かずじまいのまま“奉仕給仕”の教育を受けて、七つのヴェールの残幕を、新たなダンス講師から血の汗がでるほど徹底的に仕込まれた。首輪とプラグから流された電撃の数は、ひょっとしたら三ケタに届いたかもしれない。そして、もはや自分が、なんでこんなことをしているのかもおぼろげなまま、シッポをつける道具をアヌスに入れられ、ウェイターをしている。

 

 もう、修錬校のこともよく思い出せない。

 

 もう、何もかもどうでもいい。そんな気分。

 

 ネコ耳のカムから“サヴァ”の命令。

 

《『成美』。お気に入りのビンボー爺さんが御退店(おかえり)だ。お見送りを》

「あ、はぁい」

 

 フロアにもどると、卓から老人――といっても六〇を過ぎたか、どうか――が、杖を手に、幾分(いくぶん)ふらふらと立ち上がっていた。たしか傾けたのは、コニャック・ソーダを2~3杯だけだったハズだが。

 今宵(こよい)もようやく熱を帯び始め、時間的に来客が一瞬途絶える、空白期のエントランス・ホールまで案内し、クローク係からわたされた、信じられないほど重い革のコートを、歳のわりには頑丈そうな相手の背中に着せかける。

 

「おっと」

 

 酒が脚にきたのか老人はヨロけ、『成美』の肩に腕をまわす。

 そのまま、胸の開いたブラウスの中に手を差し込み、中をまさぐって。

 

「あん♪」

 

 まだ“夢”の余波が残っているのか、乳首を弄られた彼は、思わずそんな反応。

 クローク係が、ヤレヤレといった風に首をふり、その場をはなれていった。

それを横目で確認すると、この老人は声をひそめ、

 

「気をつけたまえよ?『九尾』。この料理店《みせ》は――挽肉機だ……」

 




※キャビアを食べるとアッチのほうが元気になるという説から。

 実際に珍歩もイスタンブールでドナウ・デルタ物を飽食し、
 チソチソが元気になって困りました……。
 (でもイクラのしょうゆ漬けのほうがぶっちゃけ美味いです)
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