なにか住宅店のショールームのような印象の広さだった。
10畳20畳では利かない高い吹き抜けをもったリビング。
縦に長い、アール・デコ調のシャンデリア。
螺旋階段状の小さなエスカレーターが、その印象を補強して。
「……これ、『
正確にはネ、とワルびれる風もなくこの同僚は、
「ご主人さまの持ち家のひとつさ。保守をかねて借りてるんだ」
「なにやってるヒト?」
「貿易関係の会社とか……かな」
『成美』は【帝盟商事】とロゴが小さく入った、チェリーニ風なマント
ずっと前に見たニュースで、なにか大型ミサイルがらみの
――最近は頭が働かなくなってこまるなぁ……。
彼はくやしげにくちびるをゆがめた。
思考の“切れ”が、悪くなっている感じ。
記憶力が、在校時にくらべて
「どうしたの?」
彼のしかめ面に『恵娜』が反応する。
「いや――べつに」
そう言って彼は浮かびかかる“いやな記憶”を
部屋の印象にまぎらわそうと周囲を改めて見まわし、
「ふぇぇ。相当なものだねぇ?さッすがMaison d'orの常連さん」
「本当の常連は、こんなモンじゃないんだってサ。なにせ国や宮殿の[調達]部署にいて、付け届けでウハウハだったり、エセ宗教法人を経営してで無税の寄付金がガッポガッポだったり、野党議員で他国からの工作資金がらみな政治献金で、金庫番を2~3人抱えても追いつかないとか――個人レベルじゃ、とてもとても」
すました顔で、聞きかじったような情報を得意げに披露する同僚の少年。
『成美』はグラスが乗ったパレット片手に店内を泳いだ時の会話、その断片を思いだす。ミサイル受注案件の
「――でもさ」
部屋を見まわしているうち、キッチンに去った同僚の背中に『成美』は、
「スゴいとこだねぇ。あちこちに見える高層マンションの中身がこんなになってたなんて」
「あはは。こうなっているのは、ごく一部だよ」
即席ビーフ・ティーの匂いがしてきた。
たしかにこの深夜にコーヒーはエンリョしたいところだ。
やがて熱々のカップをふたつ持ってきた『恵娜』は、一方をさしだして、
「ほかの高層マンションは管理組合が
渡されたビーフ・ティーを『成美』はソッとすする。
今晩はフロアが急がしすぎて“
「……追いたて受けたジィさんバァさんは?」
「生活保護住宅じゃないの?それでこの国の支出をふやして財政破綻させるのが、某国の目的とか、ナンとか」
「陰謀論かぃ?つまんな」
「じっさいアチコチで老人たちのデモやってるのは事実だし。そうだ――面白いものあるよ?」
『恵娜』は、カップをもったまま、広い部屋を歩いてゆく。
やがて一本の支柱で足をとめ、彼を手まねいた。
よく見ると、その柱の一部分だけコンクリがむき出しになっており、奇妙なことに露出した部分が
ここはね――と彼はすこし声をひそめ、
「いま話したような老夫婦が、立ち退き
古風な額縁で囲まれたコンクリートの柱に、黒い模様が浮かんでいた。
「よく注意して。何かに見えない?」
『成美』は眉をしかめて顔をよせる。
言われて見れば、くるしむヒトのようにも見えて。
「そう、焼け死んだ老婆が苦しそうな、恨めしそうな
『成美』は
「ボクは、むしろこんな晒しモノにして
ガシャン!と遠くで何かが倒れる気配。
そして。ひきずるような足音……。
ふたりの少年は顔を見合わせる。
(コノ家ハ――
ソレっぽい、かすかな
だが、すぐに『成美』にはピンときた。
いそいそと身づくろいと整える。
バン!と開けられるリビングの扉。
対して、彼は優美に一揖(いちゆう)する。
フン、という男の声とともにパッと明るくなる照明。
「なんだ、ツマらん。バレてたのか――意外と度胸あるね」
「ご主人様ぁ!?きょうは会議とか言ってたのにぃ」
甘えたような、スネたような『恵娜』の声。
「なんだぁ?ふたりでなにかイケないコトでも、しようとしてたのかィ?」
現れた男は三つ揃えのスーツを着た、年齢不詳の男だった。
キ〇グスマンのような眼鏡と頭髪の分け具合。
肌に妙な照りがあるところを見ると“クロノス”でも常用しているのかもしれない。
男は、冷蔵庫から出した炭酸水のペット・ボトルをひねり、
「で――そちらの可愛い子は、どなたかな?」
「紹介するよ、ボクの友達の『成美』くん」
ボハッ!と炭酸水が吹かれ、ゲホゲホと男はむせる。
鼻から流れ出た水を手近なタオルで吹きつつ、
「『成美』って、あの?Maison d'orの?」
「お初にお目にかかります、サー。自分は名乗るほどのものでは――」
一連の口上がおわり片膝立ちのまま顔を上げると、男がさりげなくスーツのズボンごしに“チンポジ”をなおすのが見えた。
「よくやったぞぉ、エナ!
自分のビェルシカをなでなでしながら、この男は感激を絵に描いたように、
「まさか、
男は携帯を取りだすと、宙空に待ち受け3D(ホロを浮かべた。
そこには恥ずかしげな微笑をうかべる、ローマの少年奴隷な少年。
――あの時の写真だ。
龍ノ口を見のがす条件で引き受けた撮影会。
恥ずかしい衣装の数々。屈辱的なポーズ。
酌姫。バニー。ボンデージ。和服。ポニー・ボーイ。
思えばあの夜から――“転落”が始まった気がする。
――まったく!先輩があんなトコで飲んだくれなきゃ、こんなことには!
ふと傍らを見ると『恵娜』のビミョーな
そんな同僚に向かい、この男は、
「ナニをしてる『恵娜』!シャンパンだ!!グラスふたつ持ってこい!
「あの、
男はソファーにすわったまま、ムニムニと『恵娜』のほぉをつねり、スタッカートな口ぶりで、
「
「あれは――ボクの誕生日にって……」
男はうるさそうに、
「ンなもん、また買ってやる。SALONでもなんでも。ハヤくしろ?」
恨みがましいような目つき。
ノロノロとした動きで『恵娜』がキッチンに消える。
そのあいだ、低い卓の向かいからシゲシゲと見つめられ間がもたない『成美』は、さり気なく男の仕事内容を聞く。
「ほう、わが
クラシカルな太縁のメガネをはずしガラス拭きでレンズを磨く男に、『成美』は真っすぐ思いをぶつけた。
自分は航界士候補生あがりで学力テストや適性検査、界面翼機動考査にあけくれて、世間にはまったくうとい事、店でアルバイトをするようになったが、世間の動きを知らなすぎること。友人とも話が合わず、ひとりハブられていた事、などなど。
こういった相手には、思い切って素直に接したほうがいい結果を得られることを、彼は短い接客業のあいだに早くも学んでいる。
ふぅむ、と男はソファーの肘かけに寄りかかって頬づえをつき、
「ま、そりゃァm
そう言うと、男は最近自分の仕事で起こった小話を何篇か披露する。
話してゆくうちに興がノったらしく、アヤうい儲け話や、マスコミと結託して利権に邪魔な議員をおいおとした小細工。有力な官僚とグルになった、濡れ手に粟のひと仕事まで。
それを拝聴しながら『成美』は、どうもこの社会は「
ダイヤのすき間を縫って、自分専用の展望車つき特急列車を仕立てることができ、株価操作はおろか
「なんで、いつからこんなに格差が出来たんでしょう?すこし前までは、だれでも医療保険が使えて電気も行き渡っていた、平等な社会だったのに」
「まぁ、並行世界から移民が来てからだね」
ズバリと『恵娜』の飼い主は言い放った。
「ヤツらは自分の資力と技術をバックに、この国の行政機関やマスコミに食い込んでいったからな。それまでのヌルいシステムを功利一辺倒ですべて打ちコワし、ラディカルかつドラスティックなものにしてしまった……」
『成美』はカップに残ったビーフ・ティーを含む。
「だがね?ヤツらによって作られた“ソデの下”が効く社会になったからこそ、大きなビジネス・チャンスも出てきたんだよ。なんでも杓子定規に法律で縛られない、悪平等もない、努力したヤツがチャンスを
「そんなモンでしょうか……」
それって単なる弱肉強食の世界じゃ、と彼は疑問におもう。
『牛丼』や『山茶花』のような者の
――そりゃ
不満そうな顔をする彼に、この男は微笑し、
「まぁ、キミもいずれは分かるよ。おぉい!
盆を捧げた『恵娜』が、しずしずと奥から出てきた。
ウッ、と『成美』は心ひそかにおどろく。
この男に奉仕するときの格好だろうか。
裸体にガーター付きのストッキング。
二の腕までの、中指にひっかける黒レースの長手袋(グローブ)
オ〇ンポのかたちをそのまま模した、薄い黒革のキワどいショーツ。
色をおなじくするスケスケなベビードール。
その下にカップレスのブラと、ギャザーに縁取られた胸にピアス付きの乳首。
胴を女性のようにくびれさせる、薄革製の黒いウエスト・ニッパー。
首には
ただしカラーは、彼の
おしりにも、
うすく化粧をしたのか、すでにどこから見てもフェロモン全開な男の娘の
彼が頭に載せるヘッド・ドレスを見たとき、ふと『成美』は愛香を思いだす。
オイオイ、お客さまを待たせて、自分だけそんな格好をしてきたのか?
「だって……」
「だってじゃないだろ。『成美』クンだってカワイイ格好をしたいよねぇ?」
「いえ、ボクは……そんな経験ありませんので……」
「ホウ?こいつのような衣装を着たくない、と?」
「ボク、初めての経験で……
「そうかい?あ!シャンパン開けて来やがったのか……
オドオドとした目つき。
店にいるときの、『恵娜』の目だ。
「まぁ、いい。あとでタップリおしおきだぞ!?」
さァ『成美』クンに差し上げろといわれ、ツプツプと泡のたつフルート・グラスが彼の前に置かれる。ついで“ご主人さま”にも。
「すまんねぇ。コイツ店でも気が効かないでしょ?しばらく仕事が忙しくて行っていないが。そういや『成美』クンの
蝶ネクタイの色を問われているらしいと気付いた彼は、
「否《いぃえ》、
蒼?と『恵娜』に手渡されたシャンパンを含みながら男は
「普通の青じゃなくて、
「彼は、ぼくとちがって特別なんです。お客は取りません」
「あぁ……ウラ価格、というわけか。フフン――そんな子がいま、私の手中に転がり込んで」
男は、目つきを粘液質なものに変えながら、
「『成美』クン。バレリーナとかはどうかな?あるいはボンデージ衣装とか。ちょっと着てみてくれないか?ちょうど買ってきた新品があるのだ」
「そんな。ボクなんかには、似合いませんよ――
「着てみてくれるよねェ……!?」
いよいよ本性を男は
と、そのとき『恵娜』が、ボソッと、
「シャンパン、
「おぉ!そうだそうだ、タマにはいいコトを言うな小僧!酔っていた方が、恥ずかしさも薄れて衣装を着やすいんじゃないかな。ささ、グッと
『成美』はフルートグラスの
薄金色の液体が、泡を盛んにたてて。
「でも仕方ないよね……」
死んだような目で、もはや『成美』を見ずに『恵娜』がつぶやく。
「食うか、食われるかだモン……」
覚悟を決め、一口、二口。――グッと飲み込んだ。
「いいぞぉ?いい飲みっぷりだ、さ、グラスを干して?注いであげよう」
甘いような、
そして相手が差し出すボトルの下にグラスを持っていこうとしたとき――。
卓が90度持ち上がり、いきなり彼の額を打った。
部屋の照明が次第に暗くなってゆき、やがて真闇に。
どこか遠くで『恵娜』と男の言い争う声。
引っぱられるように、彼の意識は沈んでゆく……。
※重ね重ね念押しさせていただきますが、文中のアレは決して当方の趣味ではありませんので。くれぐれも、お間違えのなきよう。