――まぶしい……。
『成美』は頭をもたげた。
糊の効いたシーツの気配。
観賞植物の緑の匂い。
遮光カーテンから洩れる、白熱して輝く日差し。
――え……なに?
『成美』が我にかえってみれば、そこはいつものホテルで、自身はクィーンサイズのベッドに横になり、カーテンの隙間から漏れる陽光の直撃をうけながら
調教役の高笑い。
非情な“おまる”の記憶。
女体化された体を縛めるハーネースの感触。
力の入らない腕でうつぶせからノロノロと身体をもちあげる。
上掛けをどかし、なんとかベッドの上でアヒル座りに。
もはや見なれた感のあるスイートルームの寝室。
全身をみたす泥のような
奇妙な静寂。
観葉植物の大ぶりな葉の上では、一匹の
ヨジヨジと動いて、まるでこちらを
頭をかこうとして髪が短いのに気付く。
「そんな!」
思わず声に出し、愕然とパジャマの前をあけると、小ぶりだが形のよい乳房が無かった。
――ウソ!……なんで!?
パジャマの下をおろすと、
ゾワリ、と『成美』は二の腕に鳥肌をたてる。
身体も硬く、素肌も柔らかみが感じられずに――下品だ。
もつれる脚を酷使してベッドからまろび出て、ヨタヨタ壁の姿見に向かえば、
いたたまれない。
なにより胸が無いのが寂しかった。
こんなジャマなもの……取れないか
「痛ッたたたた……」
ハッと、そこでようやく
――ナニしてるんだ、自分は。
物事の境界が、なにかハッキリとつかめなくなっているような。
昨日の自分は、なにをしてたか。
なにか思い出したくもない記憶が水死体のように浮かびかかるのを、自我の防衛本能が押しもどす。
かわりに頭をよぎるのは、夜の高速を疾走する印象。
ワックスの効いた真紅のボディを滑る街の灯。
猛獣の咆哮じみたエキゾースト。
そうだ、と彼は思いなおす。
昨夜は同僚の
そこで店のことに思い至り(出勤時間は……)とみれば時刻は早くも夕方を示している。
身体がダルい。寝すぎたせいだろうか?
関節が、無理に拘束されていたかのようにミシミシとする。
今日は店に出たくないな、と心底思ってしまう。
物憂げに『成美』は寝乱れたベッドを回りこんでスリッパひとつで部屋を横切り、窓際にむかう。
はぁ。とため息ひとつ。
部屋の大きな窓に下がる遮光カーテンを、意を決しザッと引きあける。
――!
爆発したような光。
痛む目を酷使し、細めたまぶたをジリジリ開ける。
午後遅くの陽光に照らされた都市の連なり。
視界の果てまで、眼下に拡がって。
すこし離れたところに屹立する『浅草120』。
――酔っぱらって訪問先で寝ちゃって、ココまで運ばれたのか……?
情けない。今晩『
あの“ご主人さま”が運んでくれたんだろうか。
そのとき、身体から
肛門にも心なしか違和感が。
サッ、と彼は蒼ざめる。
――まさか……。
部屋のコールが鳴った。
マズい、と『成美』は現実に返って唇を噛む。
午後イチにある“七つの舞い”のレッスン、寝過ごして参加できなかった。
怒られるんだろうな、と思いつつ下界を見下ろしたまま「はい」と
「『成美』か――身体の具合はどうだ?」
フロア・マネージャー長の声。
奇妙なことに怒ってはいないようだった。
「すみません……すこしダルくて。それに
「マァ仕方ないナ。明日は大丈夫そうか?」
「えぇ……たぶん」
「週末は本番が控えてる。しっかりな?今晩はビェらずともいいから、代わりに『フロア・フォントロイ』になってもらうぞ?」
「ハァ?ボクがですか!なんで?」
絶句する『成美』に相手は通話口の向こうから二ヤついた気配で、
「出勤は――いつもより1h早くこい。時間になったらクルマを回す」
そういうや相手は通話を切った。
けだるい午後遅くのスィート・ルーム。
さっきより、少しだけ鬱になる。
【Floor Fauntleroy】
「
だいたいは人気のあるビェルシカやパピヨン一歩手前な少年が、なかばお披露目をかねて、ちょっとエッチな衣装で各テーブルを周り来客のご機嫌取りをする。基本的にテーブルについたりウェイターをしなくても良いので、楽といえばラクだ。
――けれど……。
気難しい客や、好みの煩(うるさ)い客。ワザと突っかかる嫌味な常連も多いと聞く。
なかには泣きだしてしまう少年すら。
それがまた萌えるといわれ、人気急上昇になるとかで、もうワケがわからない。
しかし、それ以前に『成美』は今夜の指名に、なにか“含み”めいたものを感じる。何なのかは彼自身にもまだ見えてこない。だが、それは複数の方面からの思惑を
迎えのリムジンに乗って店に行くと、肌寒い手術室めいた場所で全裸にされ、まず血液と尿検査、それに性病のチェックをされた。検体を提出すると今度はCTを撮られる。ついで直腸と尿道の触診。
「なんです、コレ」
微妙なところをワセリンの効いたゴム手でいぢられながら、もはや慣れた感のある『成美』はそれでも不平を言う。
「フフフ、そう不安そうな顔をするな。お前が健康であるというエビデンスを“告知”せねばならん」
終わると、すこし変わったアナル・プラグが挿入されて。
「くぅ……っ……」
「これはオマエを守るためだよ?突っ込んでくる礼儀知らずがいるかもしれんからな?」
「さ――こちらへ」
別の男が、術衣を着せられた『成美』をうしろが丸見えな姿のまま廊下を引き回し、こんどは暖房が効いた、すこし毛皮と香水の匂いがする部屋へと導く。
そこで二人の中年女に引き渡された彼は、
「ふん、アヌスはブリーチされてるわね。感心感心」
「お面もイイわ?「パピヨン」として人気も出るでしょ」
「おチンポの大きさが今ひとつなのは残念ねぇ」
「あら姉ぇさん、このサイズのほうが万人ウケよ」
なるほど、この五十路(いそじ)とも見えるふたりは姉妹らしい。
続いて彼女らは物騒なことを言い出す。
「
「聞かされてないわ?
「ダメよあんなの!おしゃぶりの時、チッとも良くないって」
「
「即効性のおクスリで、どうとでもなるわよ」
「ワイヤー・コルセットでシメましょうか」
あの、とさすがにいたたまれず、
「ボク、ピアスなんかしません!あんな女の子みたいな」
老姉妹は口を挟んできた少年に一瞬、あっけにとられ顔を見合わせるが、
「ナニよ!
「ナマイキねェ。キ〇タマにピアスしてやろうかしら」
雲行きがアヤしくなった『成美』は
「イエ、あの……ボクなにも聞かされなかったから……」
ふたたび顔を見合わせる老姉妹。
気弱になった“彼女”に機嫌をなおしたか、
「そぅ、なにも知らされてないの?」
「きっとアレよ?――将来のご主人様の横やり」
「それとも非公式なオークションかも!」
「アリえるわね、この
そして彼の方を向き、この老怪なふたり組は、うって変わって親切げに
「イイ?
「お客さま
「……」
「さもないと「人形倉庫」に直行だわよ」
「あるいは強制メス奴隷手術かも」
「もっと酷いと――地下の電気炉行きに」
「ひぃぃぃぃ……
いっとき勝手に盛り上がったあと、この老姉妹はふたたび職務にもどる。
3Dのデータを使って『成美』の衣装合わせ。
あらましの組み合わせが整ったあと、本物の衣装を地下の自動倉庫から呼び出して、彼に着付ける。
露出の大きい、赤いイヴニング・ドレス。
ウェストはコルセットでイタいほど締め上げて。
光沢が艶やかな、黒いサテンの長手袋。
「うなじがキレイだし、品のいい仔《コ》だから……
二重パールのネックレスにしましょう」
「これから従順な“パピヨン”になるんだもの。
ダイヤが全面にはまる首輪型のチョーカーよ!お姉ェさま」
そこでまた老姉妹はひと悶着。
黒い長手袋に生えるプラチナのブレスレット。
二の腕には、金の蛇が
うすく化粧――あくまで少年らしさを
ルージュやアイシャドウなど、ケバい装いはご法度なのだとか。
――もうなるように成れ……でもコネだけは、見つけておかないと。
デビューは20時と決まった。
その間に彼は、座学で
やがて時間が来て楽屋裏の入り口に導かれた彼は、店の艶めいた気配にゾクリと身をふるわせた。
この重いビロードの
わずかな