※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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045:「Oдержимость」のこと(Ⅱ)、ならびに航界士たちの黒歴史のこと(前

 演奏されていた曲が吐息のように、しりすぼみに途絶える。

 

 次第に暗くなる店内。

 期待が高めるための間が――暫し。

 

 カッ!

 

 一本のスポットライト。

 そこに白いショールを婀娜(あだ)に背中側から両肘にかけた『成美』が登場する。

 

 森(しん)、とした沈黙。しわぶきひとつしない。

 ただ彼は、闇の奥からいくつもの凝視が自分に注がれるのを、痛いほど感じて。

 悠揚(ゆうよう)迫(せま)らず尻をふりたて、まるで胸があるように歩くのは、首輪めいたチョーカーの肌ざわりが夢の中でメスだった感覚を深層心理によみがえらせたものか。高いヒールをたくみに履きこなし、ゆっくりとステージに近づいてゆく――媚(こ)びを含んだ気怠(けだる)いまなざしで。

 

 まるで男のふとももを撫でさするように、サテンの長手袋でマイクスタンドを軽く愛撫し、流し目ぎみに闇を見わたすと、

 

「こんばんわ、皆さま……お初、お目にかかります」

 

 ムーディな調子で、すこし声を潤(うる)ませて。

 ただし――やりすぎは、禁物。要注意だと彼は心する。

 

「今宵(こよい)一晩、皆様のお相手をさせて頂くことになりました“フロア・フォントロイ”の『ナルミ』と申します。以後――お見知りおきのほどを」

 

 優雅に、一礼……すると、まばらな拍手。

 試されている!と『成美』は即座に理解した。

 もう自分のネームバリューはあるのだと、どこかでナメてかかっていなかったか。これは心せねばなるまい。

 

 と――闇の奥から、

 

「でェ?ボウヤは、ナニができるんだィ!」

 

 無遠慮な声が飛んだ。

 同じ方角から別な声が口々に、

 

「まさかオシャブリだけってコトぁ無ぇよなぁ?」

「尻(ケツ)にGMB-(γ)の86でも突っ込まれてヒィヒィいうだけだろ!」

「スペードのエースが彫られてンだな!ブラッキィ(黒人)の極太がお好みかい?」

「シャブるのはママのオッパイじゃないんだぜ?大丈夫かよ!そのお口は」

「客どもの要求を拒否ったら縄(・)屋(・)の(・)娘(・)と(・)結(・)婚(・)ってわけだなァおい!」

 

 叱(し)ィッ!――叱ィィっ! 

 闇のあちこちから、非難と怒りの呟き。

 超・高級店のフロアがちょっとした騒ぎに。

 

(なんだ?下司がまじっているのか!)

(無粋な!一体どうなっているんだ――フロア長!)

 

 そんな中、「GmB-(γ)86」という単語を聞いたとき、『成美』の脳裏に、あたかもフラッシュバックするいきおいで、蒼天に多重起発する事象面攻撃用・広範囲型破砕爆弾の“青白い業火”めくイメージが脳内いっぱいに広がる。

 自分では見た記憶がない大型戦爆(戦闘爆撃機)の翼下に、緑色な本体とステンシルで記載された黄色いロット番号がまざまざと。

 

 そして “縄屋の娘と結婚” というスラング。

 要は軍法会議による “絞首刑” というイミなのだが、なぜかそれを『成美』は胸がつぶれるほどの懐かしさで聞く。

 

 ――ようし……!

 

 自身でも不思議なほど意気込みが湧いてきた。

 背筋がのび、根拠不明の自信が胸をみたす。

 やがて彼の口は、本人の意思とは無関係な、おどけた口ぶりで、

 

「おやおやァ?今宵(こよい)のお客様は――ずいぶんと元気な方々がいらっしゃいますねぇ」

 

 ドッ、と客席が湧いた。

 それは明らかに先ほどの無粋な客への当てつけだった。

 いいぞ!の声。

 そして拍手――次第にフロアを圧して。

 余裕しゃくしゃく、『成美』は両腕をかかげ、それを抑えると、

 

「このお口は――大丈夫か?と申されました」

(かすかな笑い)

「もちろん。シャブるだけが取り得ではないつもりですが何か?」

(闇のホールからの爆笑。拍手。口笛)

 

 笑いのうずが収まるまで待ってから、

 

「お耳汚しに、マクラとして先ずチョッと懐かしいお話を致しましょうか」

 

 彼はスポットライトのせいで、何も見えない客席を見渡す。

 これは!とそのとき初めて気づいた。

 

――Oдержимост(憑依)ь。

 

 自分をコクーンに格納しようと迫ってきたイサドラとの戦闘で。あるいは失意の涼子社長に喝を入れた、防衛用の人工自我。

 知らないうち己に洗脳注入されたこの第二人格に、『成美』は当座の勢いを任せようと決めた。考えようによっては便利な “状況処理器” だ。ゲームでいえば自動戦闘機能のような。もっとも、こんどは何を言い出すのかと半分ヒヤヒヤではあるが。

 

 ややあって――。

 

「もうだいぶ前のことになりますが……」

 

 『成美』の口は、おもむろに回顧口調でしゃべりだす。

 つい、いまは無い長い髪を払う仕草までしてしまいながら、

 

「東方・事象面軍団に所属する独立武装偵察ユニットとして、第47強攻偵察連隊というグループが、その名を轟かせておりました……」

 

 オイ、何をいってるんだアイツは!?と驚きの声が闇のどこかで。

 

 叱(シ)ッ!――叱ぃッ!

 あちこちでふたたび制止の声。

 

「方面軍の命令などどこ吹く風。彼らは現場の状況と推移から、常に最適な判断を下し、“耀腕”と戦いつつも新たな回廊を切り拓いて、人類に少なからずの貢献を果たしたのです……」

 

 “成美”は闇を見わたす。

 ついで幾分、悲嘆(かなしみ)の色をまじえて、

 

「しかし――その成果とはうらはらに、横紙やぶりなこの戦闘ユニットは中央軍集団と宮殿の怒りを買い、最終的には解団処分を受けてしまいました。構成人員は降格人事、または不名誉除隊とされ、彼らの大部分は自由航界士となり、網化世界(リゾーム)のあちこちに散っていったのです……。

 

 思わせぶりな幾拍かの沈黙。

 

 まるで“成美”自身も、その処分を糾弾するかのように。

 やがて、ささやくような声でマイクに語りかけ、

 

「中央の処断(やりかた)に納得できない一部の歴戦な航界士たちは、ある要塞化したターミナル回廊を占拠し立てこもりました。coup d'État(クー・デ・ター)を起こし、独立系の網化都市を創ろうとしたのです。しかしそこも、宮殿親衛軍と武装憲兵隊三個大隊の圧倒的な物量をもちいた包囲戦により、陥落……」

 

 フロアはもはや声もない。

 『成美』は(そんなことがあったのか)と、もはや自分の口が勝手に喋るのに任せたまま、

 

「防衛戦に生き残った航界士たちは、かつてアルジェ紛争で決起したフランス外人部隊・第一外人落下傘連隊(1er REP)よろしく武装を放棄したあと、静けさが支配する包囲の中、この歌を斉唱して粛々と投降していったと云われています――そして1er REPと等しく第47は永久欠番とされ、今日に至っているのです……」

 

 ホールは水を打ったように静まり返った。

 

「それではお聞き下さい――彼らの歌を。Édith Piafで「Non, je ne regrette rien(いいえ――私は悔やまない)」※

 

 さすがはMaison d'orのお抱え楽団。

 あ・うんの呼吸で編曲イントロが流れはじめる。

 

 ダンスのレッスンと共に受けていたボイス・トレーニングがギリギリで役にたった。当座の付け焼刃にはなる、かもしれない。

 

 「わたしはちっとも悔やまない。

  わたしはちっとも悔やまない。

          またやり始める――ゼロから」

 

 こんな意味の歌詞を、やや及ばずながら彼は歌う。

 途中、闇のどこかで低く唱和する一団があった。

 ちょうどヤジが聞こえた方角だ。

 

 緩やかな行進曲を想わせる古渡りのシャンソンを、至らないビブラートを効かせ、どうにか彼は歌いきった。弦の震えがおさまると、「まぁ、どうにか及第点だな」というような拍手。

 

 ――ちぇ、やっぱり難しいや。

 

 『成美』は照れとホロ苦さを味わって。

 それでもホールの雰囲気が通常にもどったので、来客たちはホッとした気分を味わっているようだった。

 

 パッ!と天井の灯火が生き返り、目の前の卓のならびが見渡せるようになる。

 

 ――うわ……っ!

 

 『成美』は内心ギョッとする。

 意外なほどの満員なお客さまたち。

 それが皆、自分のほうを向いて。

 

 ヤジの聞こえた方向を覗うと、鋭い目つきをする老若を取り混ぜたゴツそうな男たちが6名。こちらをチラチラと見て何事か話している。

 

 耳につけられたイヤリングから指示がとんだ。

 

《『成美』、各テーブルをまわってご挨拶だ。当然お触りもアリだからな!?》

「そんなぁ!聞いていませんよぉ」

《イイからやれ!マウ・レン(はやく)!》

 

 えー?と思いつつ彼は、手近なテーブルから順々に、しぶしぶ愛想わらいを振りまいて。

 

 ――とたん……。

 

 いきなり赤いイヴニング・ドレスごしにアナル・プラグからのクスリで勃起しつづける“おチンポ”が触られまくる。

 尻がタッチされ、撫でられ、揉まれて。

 平らな胸をまさぐる骸骨のように骨ばった手。

 なかには露骨にアヌスを触りに来てプラグにガードされると、鋭い舌打ちを響かせるな老婦人も。

 

 卓(テーブル)をめぐり――シャンパンを注ぎ――膝の上に抱かれ――キスをうける。

 脂ぎった賛辞に微笑み――胸を揉まれ――卑猥(ひわい)な小話(チステ)に恥らってみせて。

 

 あっという間に『成美』のイヴニング・ドレスは、来客の手脂と、酒と、口紅と、涎でヘロヘロになってしまった。おまけに客のひとりに怖ろしいほど巧みな青年がいて、クスリで不感症にされていたにもかかわらず、不覚にも達せられてしまう。精がドレスの表地に滲むそのあとを老人たちがこぞってナメようとしたので、余計ヒドいことに。

 

 いじられすぎた人形のようにドレスも心も、なかばボロボロとなって、さらに卓を巡ろうとしたときだった。

 奥のほう、あのヤジを飛ばされたテーブルの傍らで、担当についたふたりのビェルシカ――バニー姿とアオザイ服――が客の足もとで正座させられているのが見えた。

 

 カッ!と“成美”の頭に血がのぼる。

 

 ――またアソコのテーブルは!

 

 ヨレヨレになったドレスの“お召替え”の指令を無視して『成美』が卓に近づくと、囚われの身であるビェルシカの『桔梗(ききょう)』と『クリス』が涙目で近づく彼を見上げた。

 

「よぅ――カマ野郎」

 

 一番若いチンピラ風なひとりが、ショット・グラスを手に『成美』を嗤う。 

 

「ようやく来やがったか。遅ェぞ」

「一体そのふたりが何をしたというのです!」

 

 “成美”はその若造をハッタと睨みすえた。

 チンピラは、意外な彼の迫力に少々鼻白みながら、

 

「あ?テメェ、なんだその口の利き方は。オレたちゃ客だぞ」

「貴(・)様(・)等(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)人(・)間(・)は(・)“お(・)客(・)さ(・)ま(・)”と(・)は(・)言(・)わ(・)ん(・)の(・)だ(・)!」

 

 低くドスの効いた、まるで別人の声がビシリと。

 出た、と『成美』本体すら久々の表層現出にたじろぐ。

 Oдержимостьの本領発揮。

 

「ンだと手前ェ!」

「伍長(コォポラル)ーーそこまでだ」

 

 卓についていた最年長とみえる老人が、片手をあげ、若者を制した。

 すこし背格好がリヒテルに似た、大柄な人物。しかしその面差しは長年の試練をくぐり抜けてきたものか、深いシワが疲労の色も交え刻まれている。

 

「すまなかったな、キミ。他事象での暮らしが長かったものだから――しかし」

 

 この老人は周りを見回し、忌々しげに唇をゆがめるとシワをさらに刻み、

 

「久々に育ちの国に帰り、高級料理店だと聞いて来てみれば、ソドムの館ときたものだ。外象人(移民)に資本を握られたマスコミのおかげで男と女の離間が進み、男はバチャ・バジ(男色)、女はレスボス(同性愛)が流行(はやり)とくる。根太の腐った官僚機構に侵食される政権。横行する不正。どうなっとるんだ――いや理由(わけ)は分かっとるのだが……」

 

 話の途中から“成美”は聞いていなかった。

 老人の顔をマジマジと見つめたとき『成美』の脳裏にひとりの少年の顔が浮かび上がる。

 彼はすぐさま理解した。

 

 自分の中にいる“人格”が、かつての従卒に出会ったのだ。

 

(隊長!――たいちょう!)

 

 航界機関士見習いの徽章をつけ、クリップボードを抱えて自分の後ろをちょこまかとついてきた黒髪の小学生。童顔をほてらせて、難しい指示に懸命についてこようとした小さな姿。ドジばかりやらかし、危うくて見ていられなかった“小僧”。

 

『――トゥコ!装備品のチェックは済んだのか!?』

『――トゥコ!火器担当に根回しは!?』

『――また遅刻したな?トゥコ!もう全員揃(そろ)ッてるぞ!』

 

 今見れば、その黒髪もすっかり薄くなり、ほとんどが白髪と化しているではないか。

 

 ――トゥコ……トゥコ!

 

 唇がふるえ、いきなり“成美”の目から涙があふれでた。

 締め付けるような胸の痛み――そして切ないほどの無常感……。

 




※
https://www.youtube.com/watch?v=XsKgXZHofRo
(音楽著作権切れてるから大丈夫ですよ……ね?)
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