※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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046:              〃                (中

 

 “成美”は、わずかに蹌踉(ヨロヨロ)とした足取りで老人に近づくと、シワだらけな額に醜くのこる火傷(ヤケド)のあとをなでた。

 

 攻撃を受け、電源を喪い大混乱状態となった前線基地で、この小僧が過熱したSTGのタービン部に頭をぶちあて、大火傷をおった名残だ。昏倒した小柄な身体を背負い、警備兵や整備士、パイロットたちが右往左往するなか、炎上する基地を背景に懐中電灯をくわえ、人ごみを突き飛ばしながら救護所まで全力疾走した時の地獄のような光景が“成美”の脳裏にうかぶ……。

 

 席にいた取巻きがザワつき、その中のひとりが、

 

「おいメスショタ風情(ふぜい)が!客にむかって失礼だろうが」

「ナニ慣れなれしく触ってクレちゃってんの?」

「コロ(殺)っそ!このクソ餓鬼」

 

「……いいんだ――ほぅっておきなさい」

 

 老人は、殺気立ちザワつく配下を制して、

 

「小僧、いくつになった?」

 

 これには“成美”も苦笑せざるをえない。

 泣き笑いで涙をふくと、足もとに正座するビェルシカふたりを一瞥(いちべつ)し、

 

「『桔梗(ききょう)』に『クリス』。ココはもういい、ご苦労だった――あぁ、それからコントロールにな?“エグリ・ビカヴェール”を3――いや4本、オ(・)レ(・)のツケで。山鶉(山ウズラ)のフィレ、それに血と脂身の詰まった赤腸詰が入荷してたな。あれをひと籠(かご)だ」

 

 正座にシビれた脚をフラつかせながら、少年たちが去ってゆく。

 さて、と腰に手を当て一座を眺めおろした“成美”には、一種みょうな風格が備わって。不思議な気迫に卓についていた荒くれ共も、すくなからず気圧される雰囲気。

 

「で――諸君らは、いったいドコの田舎から出てきたんだ?」

 

 オイオイ、あんまアオんなよと『成美』は“成美”の口ぶりに気が気ではない。

 この上、またスタジオのような乱闘沙汰は、ゴメンこうむりたいところだ。

 

「はぁ?人気オカマだからって、ナメてンのかよ」

「オレたちが生活保護で養われてるからッて、差別じゃねぇの?ソレ」

 

 フン、と“成美”は鼻を鳴らし、ギロリと、

 

「トゥコ!部下の躾(しつけ)が――ナッとらんな、えぇ?全くナッとらん!」

 

 老人の顔が、不意に愕然(がくぜん)とするのが見えた。

 対して周りのイカつい兄キたちは、ンだとこの野郎と掴みかからんばかり。

 

「隊長サンよ、どうする?――このガキぃ、シメますかィ?」

 

 軍用セーターを着たレスラー崩れのようなひとりが、凄みを肩から煮え立たせて席を立った。頑丈そうなアゴが食いしばられたようにグキグキとうごき、ブッソウな視線を放射する。

 「馬鹿野郎」と老人は小さな声でそれを座らせ、なぁ小僧と“成美”の方を見て、

 

「もっと声を聞かせておくれ。オマエの声は、昔の知り合いに良く似てる。もう少し声が枯れればそっくりなくらいにな?あぁ――コレだけでも来てよかった。ささ、もっと喋っておくれ」

 

 老残をさらす、かつての部下。

 しかし“成美”の目には、いつまでも仕様のないヤンチャな少年兵のままなのが、『成美』には分かった。

 

 いつまでもデキの悪い――可愛い――自分の従卒……。

 

 “成美”の口調が、また一段と低く。そしていとおしげに、あるいはどこか面白がるような口ぶりになると、

 

「そうか――トゥコ、お前も老けたナァ……“部隊伍箇条”!まだ覚えとるか?

 

    ひとつ、誠意に悖(もと)る勿れ!

    ひとつ、言行に恥ずる勿れ!

 

       ……この二項が全然守られてはおらんではないか!う(・)つ(・)け(・)が!」

 

 “うつけ”と罵られた老人の顔が、呆然としたものになる。

 まるで感情の真空地帯。

 やがて――疑念と、驚きと、喜びと。

 それが、いそがしい信号機のように代わる代わる表出して。

 

「あ……あ……」

 

 ワナワナと口もとをフルえさせ、言葉も幼児返りさせた老人は、

 

「隊長ドノ?……隊長ドノ――なの?」

 

 次いでその目から、大粒の涙がボロボロとあふれ始めた。

 

 これには“成美”もガマンの限界だったらしい。

 かすかに震える声を力づくで懸命に押しとどめ、あっけにとられる周りの兄サンたちをザッと眺め渡し、

 

「皆様には失礼かと存じますが、装(よそお)いを替えろとの指示が来ております。申し訳ありませんが、一旦失礼致します――あぁ、ワインと肴(さかな)がきたな?何だソレは?ふん、ガーリック・バゲットに猪(シシ)肉のパテか。あとの品も急ぐように司令塔(コントロール)に言ってくれ!」

 

 泣きたくなる情動を抑えつけるためか、料理を運んできたバニー・ボーイにワザと荒々しい口調で怒鳴りつけると、老人のほうを極力見ないようにしながら卓(テーブル)をはなれ、ヒールを履く足取りも荒々しくバックヤードに去ってゆく――。

 

「見てたぞぉ『成美』!よくやった」

 

 “楽屋裏”に戻ると『桔梗』と『クリス』、それにフロア統括が両手を広げて彼を迎えた。手すきなビエルシカや、着飾ったパピヨンでさえも。ただし後者は、幾分の嫉妬と警戒混じりに。

 

「オーダーした品に関しては、こちらが負担しよう……どうした、目ェ赤くして。やっぱりコワかったのか」

「なんでもない。統括(チーフ)、安定剤をくれ――それと服の着替えを」

「なんだって?……安定剤だ?」

 

 フロア統括をする少年の目つきが慎重になる。

 

「キミに関しての“投与”は厳しく制限されている。声もヘンだな――風邪か?」

 

 なんでもない、と “成美” は全裸にされ、身体を清められながら、用意された華麗なオートクチュール風のイブニング・ドレスをしかめ面をして断わった。

 フロア統括の打って変わって渋い顔。

 

「これを着るように、上層(うえ)のほうから指示がだな……」

「う~ん、あれがイイな。ほら前に3Dカタログで見た、ナポレオン時代の士官服」

 

 会話に疲れ腹も空(す)いた彼は、ちょうど卓(テーブル)から下げられて戻ってきた無傷な「オマール海老(エビ)のシャンパン蒸し」を素っ裸のままヒョイと一匹つまむ。そして同じキッチン・ワゴンに載っていた、半分ほど残るSALONをノドを鳴らし、グビリ、ひとくちノドを鳴らして」

 

「美味(うめ)ェ――そうだ、店内の乱闘にそなえてサーベルのついたヤツがいいな」

「おまえ……『成美』?だよな」

 

 ひとりのパピヨンが、薄気味悪そうに彼を凝視して。

 シャンパンボトル片手に、二匹目の大ぶりな海老にオーロラソースをつけ、舌をだし上から美味そうにむさぼる“成美”に、一同は声もない。

 

(大丈夫かよ、コイツ。急に横柄(おうへい)になりやがった)

(なんか……キャラ、違くね?もしかして遠隔(リモート)洗脳された?)

 

 少年たちの間で交わされる目くばせ。ヒソヒソ声。

 

 士官服の件は、上層(うえ)から却下された。

 “成美”も我を張り、すったもんだのあげく折衷(せっちゅう)案でルイ王朝時代の小姓(こしょう)姿に。

 クリーム地に金色の刺繍が横溢するタイトな上下に、ヒザまでの絹靴下。

 見た目には、なるほどフェミニン(女性的)に見えなくも無い。

 

 とりあえずサッパリした姿で、客席に愛想を振りまきつつ件の卓(テーブル)に戻ってみれば、飲み食いしているのは壮年や若者の軍人崩れな印象の連中ばかりで、老人の姿が見えなかった。

 

「トゥコは――どうした?」

 

 「伍長」と呼ばれていた若者が、口のはしにワインをにじませ、“成美”をジロリ見上げてウサん臭さそうに、

 

「まァたメかしこんで来やがって……オマエさぁ、あの爺(・)サ(・)ン(・)の何なの?」

「あのオイボレの“児娼(こしょう)”とか」

 

 軍用セーターの中年が、脂(あぶら)の汁をほとばしらせながら血腸詰をブシュッと食いちぎり、純白のテーブルクロスに新たなシミをつくる。

 

「……いや、ちがうな。半世紀ぶりに日本(ココ)に戻ったとか言ってたモンな」

 

 別の一人が、追加でオーダーしたのか大振りな肉のロティを銀のフォークで襲いつつ、口いっぱいにほお張った不明瞭な言葉でモゴモゴと、

 

「でもよぉ。老いボレたよナァ少佐も。オレらもソロソロ見切りィつけなきゃ」

「“少佐”つッても、予(・)備(・)役(・)の少佐だから。実力は、たいしたコトねぇ」

「でも人脈(コネ)はモノホンだからナ?――気をつけんとヨ」

 

 勝手なことを言いつつ、早くも赤ら顔で“血”を飲み食い※1する男達は、もはや悪鬼の相だった。

 

 酔って枷(かせ)が外れたのか、隊長への服従も敬意も、そこには見られない。

 上着を脱ぎ、セーターの袖をまくると、腕には空挺部隊の刺青(いれずみ)。

 ひとりは音をたてて骨をしゃぶりつつ、横目でワインの残量に余念がなく。

 ハデなゲップは、領収書つき晩メシの黒メガネふたり組を思い出す。

 

 ――コンなやつらと……トゥコは。

 

「爺ィさんか?なら、中庭の方に行ったぜ」

「シャブるンなら今のうちかもヨォ」

「――どんな味すんだろ?」

「ヨセやい!久しぶりのマトモなメシが不味(マズ)くならァ」

「糖尿だから甘口のシャブリ、とか?」※2

 

 下品な爆笑を背中で撥ねのけ、フランス窓から中庭に出ると――居た。

 ベンチでひとり、コートも着ずに独りうなだれる風。

 

「――トゥコ」

 

 ソッと呼びかけると、力なく項垂(うなだ)れていた頭が持ち上がり、“成美”のほうを見る。しかし、また下を向いてしまう。彼が近づくとその姿のまま、

 

「隊長……ホントに隊長なの?」

「――そうだとも言えるし、そうでないとも言える。どした!ションボリして」

「……ホント隊長なんだね。まだ信じられない。生まれ変わりか……考えたことも無かったな。でもそれなら、なんでもっと早く来てくれなかったのさ!?」

 

 老人の口調は、すっかり従卒時代のそれに戻ってしまっていた。

 それを“成美”は、どこか心に懐かし嬉しく聞きながら、

 

「これは僥倖(ぎょうこう)なのだ。本来は――出会うはずなど、なかった」

「そう。でも良かった……すこし、元気がでた。いや逆かな?コンナ姿、見られたくなかったという気持ちも半分。だから、さっきまでは飛び上がるように嬉しかったけど――よく考えてみれば、恥ずかしくて複雑な気持ちだな。自分でも心の整理がつかないや」

「恥ずかしい、だと?」

「ボクの人生は、失敗でしたよ……失敗だった」

「アビィースィニィー(説明しろ)ニェ」

 

 老人は肩をちょっとすくめ、

 

「この歳になって根無し草。保証人がらみで破産して。その罰で探査院の年金剥奪されて。とどめに女房と死に別れてね。政務局の半端(ハンパ)仕事してるケド、仕事である若い連中の世話をしようにも職が無い。健康保険も、貯金も、それどころか明日の保証もないんだ。お先マックラさ」

「……ふぅむ」

「今日は、たまたま旧(ふる)い知り合いに会ってね。この料理店のプライム招待チケットをもらったんで、若い奴(の)にイイとこみせようと連れて来たんだケド……」

「それでか。このクソ高価(たか)い料理屋に、あの風体(ナリ)でよく通れたなと思った」

 

 トゥコは腕をのばし、情けなそうに自分の格好を見た。

 もとは上物のハリス・ツィードと思われたジャケットも、いまや持ち主と同じように生地が擦(す)り切れ、ほつれ、ところによっては芯地が顔をのぞかせている。

 

「……いっそ素直に宮廷公務員にでもなっておけば良かったと思うよ」

 

 ハ!と“成美”は一声(ひとこえ)、嗤い、

 

「30年以上、上司におびえながら振り子のような人生を送り、最後は小金を持った死体になるのが成功といえる人生か?どうだ、エェ?」

「……」

「お前は “生きながら死ぬ” ことにガマンが出来たのか?その覚悟があったか?」

「……」

「オレには畏(おそ)ろしくて、とうてい出来ん」

「……」

「微々たる国民年金をもらう80歳まで管に(カテーテル)繋がれながら半死半生で生きて、最後は汚物扱いをされて。死んで周りからホッとされるのが本望か?それで “生きた” と言えるのか?――アァ!?」

「……でも。でも、イマが……あんまりミジメで」

 

 ホロホロと、老人は落魄の涙を流す。

 “成美”は冥(くら)い夜空をあおいだ。

 

 星はおろか、月さえ見えない。

 遠くに、紅く明滅するのは官制飛行船の航空灯だろうか。

 

「……トゥコ。航界士と、ソレに関わるものはベッドの上で死ねない可能性が高いと、アレほど言ったろう。それどころか!永(・)遠(・)の(・)獄(ひとや)に(・)繋(・)が(・)れ(・)る(・)場合もあるのだぞ」

「……」

「その代わり、魂の代償として目も眩(くら)むような光景を目の当たりにしなかったか?人生数回分の興奮と、スリルと、そして何より感激を味わったのではないか?」

「……」

 

 どこかで盛大な拍手。クラッカーの弾ける音。

 パーティでもやっているらしい。

 喧騒から隔絶された寂寥(せきりょう)たるこの中庭に、悽愴(せいそう)の気はいや増しに漂って。

 

「人生を失敗しただと?」

 

 “成美” は、さらに言いつのって、

 

「ダレが失敗と決めた?ダレが成功と決める?」

「……」

「そんな権利が、そもそも人間にあるのか?」

「……だって」

 

 ブスリとそれだけ呟いて、老人はまたも肩を落とす。

 “成美” の胸に、また涙がこみあげてきた。

 

「トゥコ――トゥコ。オレの可愛い出来損(ソコ)ない――オレのただひとりの弟子……」

 

 お前のチカラになれたらなぁ、と彼は老いたる少年従卒を抱いた。

 だがその腕に、幾星霜を閲(けみ)したその大柄な身体は冷え切って、涙のでかかる“成美”を現実に引き戻し、慌(あわ)てさせる。

 

「ダメだトゥコ!こんなトコに居てはいけない――さぁ中に入ろう」

「アイツらとは、いまは一緒に居たくないんだよぅ」

 

 老人はイヤイヤとダダをこねた。

 “成美” は、そんな元・部下をあやすように、

 

「大丈夫だトゥコ。べつのこぢんまりした席を用意させるよ。それからオマエのこと、いま前線で活動する航界士の現状なども、ゆっくり話してくれ」

 

 彼に支えられながら、老人はフラフラと立ち上がった。

 そして明るい “人生の喧騒(さわぎ)” のほうへ、フランス窓を通り、もどってゆく……。

 

 

 

 




※1:エグリ・ビカヴェールは「雄牛の血」の意(ワインの飲酒を見たトルコ軍の誤解から)。
   つまりこの連中は「血の名前なワイン」と「血腸詰」と「血税」を貪るというわけです。

※2:モチロンご存知かとは思いますが、「シャブリ」は辛口な白ワインの名前です。
  (魚貝類にあわせると美味ですね!)
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