“七つのヴェールの舞い” の「お披露目」が延期になり、生活のリズムがすこしラクになるかと思いきや、現実はなかなか厳しかった。
明け方ちかくまで「メゾン」で接待をしたときは、
全身に泥が詰まったような感覚で目覚めた後は、
たぶん部屋がモニターされているのだろう。その最中にルーム・サービスが勝手に入ってきて、遅めのブランチを置いてゆく。風呂上りにはテーブルの上に湯気の立つ料理が用意されているという寸法だ。
なにか……どんどんM
しかし。
先述したように、彼自身にも一応のもくろみはある。
当分、ここでウェイターの真似ゴトなどをしつつ、雲海探査の企図が延期、または計画廃棄にならないか、おりを見て瑞雲の仲間に連絡をとり、様子をうかがう。
もし、探査院が計画をあきらめないようなら、ビェルシカの『成美』として顔を売り、お客の中で地位が高く顔の広い者をみつけ、コッソリどこかの企業にモグりこむ算段だった。最悪、探査院からの追跡がしつこいようなら――日本
ノドの奥に妙にカラむ不思議なホワイト・ソース。それがタップリとかかったサーモンのムニエルを平らげながら、そんなことを『成美』はボンヤリ夢想している。だが、いまこの瞬間も監視するであろう見張りをどうするか?新しい身分証は?日本を脱出する場合、外貨の両替、なにより
口中に残るブランチの味を
「『成美』、今日は
「えーまたですかァ……
「オマエだってパピヨン候補だろうが」
「ゼッタイに
このごろは、いっぱしのコトを言うようになった彼である。
なにせパピヨンの登竜門とされているあの役は、客からイジられることハンパない。そのクセ時給は同じだというのだから、パピヨンに興味がない彼にはなんの「
「そう言うなよ。手当てなら、少しぐらいハズんでもいい」
「……すこし?」
「う~ん、
詳しくは店で、といって担当は連絡を切った。
ヤレヤレ、と『成美』はペリエをグビリ。
そしてこのごろ妙に柔らかくなった自分の肌を、シルクのガウンの上から
15時にスタジオに入り、サロメ姫のマネ事。
新BPOとのコラボということで、新しい男のダンス監督は気合が入っていた。
ジャンプはもちろん、重ね着した衣装のヴェールの動かし方やヒダの作り方、果てはわずかな手のしぐさ一つに到るまで
練習をすればするほど“七つのヴェールの舞い”は奥が深いのが分かった。今ではちょっと面白くなり始めている。少なくとも女装してHENTAIどもの相手をするよりは、ずっとイイ。ただし最後にフルチンになるのを除けば、だが。老指揮者ソウダッケは、その時どんな顔をするのだろうか。
「
バミった位置にぴたりと「パ」を収めたが、“ミーシャ”のダメだしが飛んだ。
ヒザに手をつき、肩であえぎながら眩しそうにロシア人監督の指導を聞く。
「ナルミ!キミならモット出来ル!ソノ
――戦闘機に乗るんじゃないんだけどな……。
そんな練習を、陽がトップリと暮れるまで。
『成美』がヘロヘロになって、
体力回復用のシリンダー・ベッドに入れられ約1時間。
シリンダーから叩き起され、
そのまま、フロア・フォントロイとして客席に挨拶。
卓をまわり、お客のご機嫌をとり、
衣装を着替え、料理の余りモノで小腹を満たし、再出撃。
客と険悪になったビェルシカの間に入ることもあれば、
あくまで下手に出て、彼等のプライドと客の印象を傷つけないように……。
もし、パピヨンたちを敵に回せば大変だった。
ロッカールームのイヤがらせはもちろん、テール・プラグにタバスコを塗られ、悶絶しかねない。そんな例をニ、三度『成美』は見てきた。
私服をかくされ、
ハイヒールの内側に皮膚浸透性のモルヒネを塗られ、昏倒した隙に犯された見習いの少年……。
いまのところ自分は
瑞雲校でハブられた苦い経験から教訓を読みとり、すべて目立たないように、
“楽屋裏”でバニー・ガールからメイド服に着替えさせられていると、ビェルシカの『サイモン』が呼びにきた。
「『成美』!『ナオミ』さんが呼んでるよ。ヘルプに来てくれって」
「うげぇ……?」
「じゃ、たしかに伝えたからね!?」
そういうや、そそくさと『サイモン』は去ってゆく。
――パピヨンの『ナオミ』……。
黒人の血が入ったこの
もうひとり、ロシアの血が入った『アナスタシア』とは“犬猿の仲”……とは言わないまでも、互いに水面下で競い合い“竜虎相打つ”の感がある。表向きは双方ともプライドがあるのか波風は立てないが、派閥の駆け引きがすごいと聞いていた。
瑞雲校で言うところの、龍ノ口が仕切っていた『
着替え終わったのが地味なメイド姿でよかった。
宮廷ドレス姿など着付けられていたら、目も当てられなかっただろう。
おそるおそる、といった感じで『成美』はフロアの
ひそやかな
遠慮がちな
毛足の長い絨毯が、その音すらも吸い取ってしまうような。
照明もグッと落ちて、互いの卓を見渡すことも困難なほど。
まるで――そう、深海の秘めやかさ。
ここはパピヨンたちの世界だ……。
「レバノン」のテーブルに2人のビェルシカをヘルプに
このフロアでは、テーブルの名前が地名や場所になっている。店内が薄暗くて見通せないが、遠く「ビザンティオン」の卓には『アナスタシア』がやはり同じようにヘルプを従え、賓客に奉仕しているのだろう。
――ここは一つ、クラシカルにいくか……。
都合6人の視線を受け止めながら『成美』は覚悟を決めた。
いつもの通り、航界士候補生風に
「尊敬すべき『ナオミ』様」
彼はあくまで控えめに、才気走らないよう注意しながら、
「お
三人のうち二人の老婦人は、ちょっと顔を見合わせ
「あら――イイじゃないの」
「
残る一人は厳しい面差しをゆるめることなく『成美』を
「航界士なんて!あんな死にたがりの愚か者たち!」
不意に、老婦人には似合わぬ意外な激しさで呟くや、
「アナタが任官拒否者でなかったら、このテーブルには近寄らせませんでしたよ」
メガネをかけた彼女の意外な剣幕にも『ナオミ』は動じることなく、
「ま、
「ホントウに。来年になったら、ウチの省で航界士制度を抜本的にあらためます!」
『ナオミ』は『成美』のほうをみて、
「分かったろう?このお方は
「そこまでは……もともとあそこは宮殿の管轄ですし」
老婦人は権力を示された照れを、飲むフリをするティーカップの影にかくした。
次いで、残る二人のうち片方が『成美』のメイド服を見てちょっと不満げに、
「それにしても衣装が地味ねぇ。もう少し見栄えのするのは無かったの?」
「うん。少なくともこのフロアに来るときは、もう少し着飾るべきだね――彼らのようにサ?」
『ナオミ』は
ひとりは光り物で全身を飾るペルシャの“
もうひとりは、古代エチオピア王朝の王女をイメージした衣装。
うす褐色な肌をした美貌な少年は、白い歯を見せ、悪戯っぽく笑いながら、
「それとも――ボクの卓のヘルプでは、そんな必要はないと思ったかな?」
しまった、発想が逆だったかと『成美』はヒヤリとする。
だが、こういうときに彼のアタマはよく回った。
あくまでゆるやかに、ふたたび一礼すると幾分つよい口調で、
「ボクにだって――プライドがあります!」
ホゥ、とすこし『ナオミ』の瞳が光る。
だが、相手が何か言い出すまえに『成美』は素早くあとを継いで、
「いくら着飾っても『ナオミ』様のまえで自分がくすんで見えるのでは――余りにミジメではないですか。そこは、ご斟酌くださいませんと」
褐色のパピヨンは瞳の光をすぐに消し、フッと短く
「まったく。キミもなかなか口達者だねェ。もうすこし
あら――イイじゃないの。と最後まで黙していた老婦人が、
「なかなか、見所があるコだわ。もっとも――
そう言って
あとは、巧くいった。
おそるべき通過儀礼をどうにか無事に済ませた『成美』は、一団のなかでは一番下手に出て、あくまでパピヨンや先輩ビエルシカの引き立て役にまわる。自分が知る面白おかしいウワサ話や、少しコワい話など。適度に先輩たちからも、ワザと叱られてみせて。
やがて“
階段を下りるときヒザがガクつく。
彼は自分がいかに緊張していたのかをはじめて