※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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047:ビェルシカの1日のこと、ならびに高級公子のこと(前

 “七つのヴェールの舞い” の「お披露目」が延期になり、生活のリズムがすこしラクになるかと思いきや、現実はなかなか厳しかった。

 

 明け方ちかくまで「メゾン」で接待をしたときは、東雲(しののめ)の蒼(あお)さを彼方に望みつつホテルに帰り、午後おそくまでベッドの中に。

 全身に泥が詰まったような感覚で目覚めた後は、気怠(けダル)くベッドを抜け出すと部屋の角に位置するバスルームに行き、ブラインド二面を開放して、午後の都市を眺めながら温(ぬる)めのジャグジーで5分ほど、タイマー付きのう(・)た(・)た(・)寝(・)をかます。

 

 たぶん部屋がモニターされているのだろう。その最中にルーム・サービスが勝手に入ってきて、遅めのブランチを置いてゆく。風呂上りにはテーブルの上に湯気の立つ料理が用意されているという寸法だ。

 

 なにか……どんどんMaison d'or(メゾン・ドール)の術中にハマってゆく感触。

 しかし。

 先述したように、彼自身にも一応のもくろみはある。

 

 当分、ここでウェイターの真似ゴトなどをしつつ、雲海探査の企図が延期、または計画廃棄にならないか、おりを見て瑞雲の仲間に連絡をとり、様子をうかがう。

 

 もし、探査院が計画をあきらめないようなら、ビェルシカの『成美』として顔を売り、お客の中で地位が高く顔の広い者をみつけ、コッソリどこかの企業にモグりこむ算段だった。最悪、探査院からの追跡がしつこいようなら――日本事象面(ベース)からの脱出を考えてもイイ。

 

 ノドの奥に妙にカラむ不思議なホワイト・ソース。それがタップリとかかったサーモンのムニエルを平らげながら、そんなことを『成美』はボンヤリ夢想している。だが、いまこの瞬間も監視するであろう見張りをどうするか?新しい身分証は?日本を脱出する場合、外貨の両替、なにより査証(パスポート)はどうするか?――などとは考えない彼だった。経験不足なせいか、どうも肝心なところでツメが甘いということを、彼自身はいまだ気付かない。

 

 口中に残るブランチの味をペリエ(天然炭酸水)で清めるころ、待ちかねたように入電。

 

「『成美』、今日は金曜日(かきいれどき)だ。忙しくなるぞ?ところで『牛若(うしわか)』が都合で来れなくなった。今日も“Floor Fauntleroy”イケるか?」

「えーまたですかァ……Papillon(パピヨン)候補にやらせればイイじゃないですか」

「オマエだってパピヨン候補だろうが」

「ゼッタイに嫌(ヤ)です!」

 

 このごろは、いっぱしのコトを言うようになった彼である。

 

 なにせパピヨンの登竜門とされているあの役は、客からイジられることハンパない。そのクセ時給は同じだというのだから、パピヨンに興味がない彼にはなんの「旨(ウマ)み」もないのである。また彼は自分の人気がソコソコ出てきて、店もホクホクらしいことを感づいている。少しぐらいワガママ言ってもバチは当たらないだろうと判断していた。

 

「そう言うなよ。手当てなら、少しぐらいハズんでもいい」

「……すこし?」

「う~ん、インセンティブ(歩合報奨)なら、考えてもいい。ただし他(ホカ)にはナイショだぞ」

 

 詳しくは店で、といって担当は連絡を切った。

 ヤレヤレ、と『成美』はペリエをグビリ。

 そしてこのごろ妙に柔らかくなった自分の肌を、シルクのガウンの上から擦(さす)る。

 

 15時にスタジオに入り、サロメ姫のマネ事。

 新BPOとのコラボということで、新しい男のダンス監督は気合が入っていた。

 

 ジャンプはもちろん、重ね着した衣装のヴェールの動かし方やヒダの作り方、果てはわずかな手のしぐさ一つに到るまで容赦(ようしゃ)なくチェックが入り、怒声がとぶ。

 練習をすればするほど“七つのヴェールの舞い”は奥が深いのが分かった。今ではちょっと面白くなり始めている。少なくとも女装してHENTAIどもの相手をするよりは、ずっとイイ。ただし最後にフルチンになるのを除けば、だが。老指揮者ソウダッケは、その時どんな顔をするのだろうか。

 

「Нет(ダメ)!!Нет(ダメ)!全然違ウヨ!――ソレジャ伝ワラナイ!!」

 

 バミった位置にぴたりと「パ」を収めたが、“ミーシャ”のダメだしが飛んだ。

 ヒザに手をつき、肩であえぎながら眩しそうにロシア人監督の指導を聞く。

 

「ナルミ!キミならモット出来ル!ソノ才能(さいのう)ガ泣イテルヨ!?ジャンプ→パは、モット叙情的(じょじょうてき)ニ!!衣装ノ揺(ゆ)ラギをシッカリ頭ニ入レテ計算シテ!!ロシア語デ考エテ!」

 

 ――戦闘機に乗るんじゃないんだけどな……。

 

 そんな練習を、陽がトップリと暮れるまで。

 『成美』がヘロヘロになって、点滴(クスリ)なしでは動けなくなるまで。

 

 体力回復用のシリンダー・ベッドに入れられ約1時間。

 シリンダーから叩き起され、リモ(リムジン)で店に移送されて夜の装いを整えれば、もう20時をはるかに過ぎている。

 

 そのまま、フロア・フォントロイとして客席に挨拶。

 卓をまわり、お客のご機嫌をとり、触(さわ)られ、弄(いじ)られ、嬲(なぶ)られて。

 

 衣装を着替え、料理の余りモノで小腹を満たし、再出撃。

 客と険悪になったビェルシカの間に入ることもあれば、店(メゾン)での居心地を良くするため、さらに一般フロアで接待するパピヨンたちのヘルプにも。

 あくまで下手に出て、彼等のプライドと客の印象を傷つけないように……。

 

 もし、パピヨンたちを敵に回せば大変だった。

 ロッカールームのイヤがらせはもちろん、テール・プラグにタバスコを塗られ、悶絶しかねない。そんな例をニ、三度『成美』は見てきた。

 

 私服をかくされ、店(メゾン)の淫(みだ)らな衣装のまま毛皮(コート)を羽織り帰寮する最中、暴漢に襲われたビェルシカ。

 ハイヒールの内側に皮膚浸透性のモルヒネを塗られ、昏倒した隙に犯された見習いの少年……。

 

 いまのところ自分は巧(うま)くたちまわっていると『成美』は思う。

 瑞雲校でハブられた苦い経験から教訓を読みとり、すべて目立たないように、下手(したて)に下手に動いて。

 

 “楽屋裏”でバニー・ガールからメイド服に着替えさせられていると、ビェルシカの『サイモン』が呼びにきた。

 

「『成美』!『ナオミ』さんが呼んでるよ。ヘルプに来てくれって」

「うげぇ……?」

「じゃ、たしかに伝えたからね!?」

 

 そういうや、そそくさと『サイモン』は去ってゆく。

 

 ――パピヨンの『ナオミ』……。

 

 黒人の血が入ったこの高級公子(クルチザン)は、店(メゾン)でも1,2を争う人気のパピヨンだった。

 もうひとり、ロシアの血が入った『アナスタシア』とは“犬猿の仲”……とは言わないまでも、互いに水面下で競い合い“竜虎相打つ”の感がある。表向きは双方ともプライドがあるのか波風は立てないが、派閥の駆け引きがすごいと聞いていた。

 

 瑞雲校で言うところの、龍ノ口が仕切っていた『北組(ノルド)』とザハーロフが管轄する『南組(ソゥード)』の関係を、『成美』は思い出している。人が集まればドコにでも似たような構図が生まれるんだナ、と彼は半分ウンザリして。

 

 着替え終わったのが地味なメイド姿でよかった。

 宮廷ドレス姿など着付けられていたら、目も当てられなかっただろう。

 

 おそるおそる、といった感じで『成美』はフロアの階(きざはし)を数段あがり、さらに高級なエリアへと進む。下の一般エリアとは違い、ここはグッと静かな印象だった。

 

 ひそやかな囁(ささや)きで構成される会話。ふくみ笑い。

 遠慮がちなシルバー(カトラリー)の食器と触れ合う音。

 毛足の長い絨毯が、その音すらも吸い取ってしまうような。

 照明もグッと落ちて、互いの卓を見渡すことも困難なほど。

 まるで――そう、深海の秘めやかさ。

 

 ここはパピヨンたちの世界だ……。

 

 「レバノン」のテーブルに2人のビェルシカをヘルプに侍(はべ)らせ、三人の老婦人を『ナオミ』は接待していた。

 このフロアでは、テーブルの名前が地名や場所になっている。店内が薄暗くて見通せないが、遠く「ビザンティオン」の卓には『アナスタシア』がやはり同じようにヘルプを従え、賓客に奉仕しているのだろう。

 

 ――ここは一つ、クラシカルにいくか……。

 

 都合6人の視線を受け止めながら『成美』は覚悟を決めた。

 いつもの通り、航界士候補生風に左足(さそく)を軽(かろ)く引き、身をかがめて一揖(いちゆう)。

 

「尊敬すべき『ナオミ』様」

 

 彼はあくまで控えめに、才気走らないよう注意しながら、

 

「お喚(よ)びにより参上仕(つかまつ)りました――『成美』に御座います」

 

 三人のうち二人の老婦人は、ちょっと顔を見合わせ莞爾(ニッコリ)とする。

 

「あら――イイじゃないの」

「貴方(アナタ)ね?一級候補生の。よく辞めてきたわねぇ」

 

 残る一人は厳しい面差しをゆるめることなく『成美』を睨(ね)めつけた。

 

「航界士なんて!あんな死にたがりの愚か者たち!」

 

 不意に、老婦人には似合わぬ意外な激しさで呟くや、

 

「アナタが任官拒否者でなかったら、このテーブルには近寄らせませんでしたよ」

 

 メガネをかけた彼女の意外な剣幕にも『ナオミ』は動じることなく、

 

「ま、民陳(ミンチン)サマ。彼も己(おのれ)の路の誤りに気付いて、ココに居るワケですし」

「ホントウに。来年になったら、ウチの省で航界士制度を抜本的にあらためます!」

 

 『ナオミ』は『成美』のほうをみて、

 

「分かったろう?このお方は文化(ぶんか)省の副大臣であらせられる。くれぐれも失礼のないように。その気になれば、探査院などにも影響力を行使できるのだからね?」

「そこまでは……もともとあそこは宮殿の管轄ですし」

 

 老婦人は権力を示された照れを、飲むフリをするティーカップの影にかくした。

 次いで、残る二人のうち片方が『成美』のメイド服を見てちょっと不満げに、

 

「それにしても衣装が地味ねぇ。もう少し見栄えのするのは無かったの?」

「うん。少なくともこのフロアに来るときは、もう少し着飾るべきだね――彼らのようにサ?」

 

 『ナオミ』は卓(テーブル)わきに片ひざを付いて控える二人のビェルシカを示す。

 ひとりは光り物で全身を飾るペルシャの“酌姫(サーキー)”めく装い。

 もうひとりは、古代エチオピア王朝の王女をイメージした衣装。

 

 うす褐色な肌をした美貌な少年は、白い歯を見せ、悪戯っぽく笑いながら、

 

「それとも――ボクの卓のヘルプでは、そんな必要はないと思ったかな?」

 

 しまった、発想が逆だったかと『成美』はヒヤリとする。

 だが、こういうときに彼のアタマはよく回った。

 あくまでゆるやかに、ふたたび一礼すると幾分つよい口調で、

 

「ボクにだって――プライドがあります!」

 

 ホゥ、とすこし『ナオミ』の瞳が光る。

 だが、相手が何か言い出すまえに『成美』は素早くあとを継いで、

 

「いくら着飾っても『ナオミ』様のまえで自分がくすんで見えるのでは――余りにミジメではないですか。そこは、ご斟酌くださいませんと」

 

 褐色のパピヨンは瞳の光をすぐに消し、フッと短く嗤(ワラ)う。

 

「まったく。キミもなかなか口達者だねェ。もうすこし初心(ウブ)な仔だと思ったんだが……ボクの派閥には、キケンかな?」

 

 あら――イイじゃないの。と最後まで黙していた老婦人が、

 

「なかなか、見所があるコだわ。もっとも――貴方(アナタ)ホドじゃないケド?」

 

 そう言って高級公子(クルチザン)の頬(ほお)に軽くキス。

 

 あとは、巧くいった。

 

 おそるべき通過儀礼をどうにか無事に済ませた『成美』は、一団のなかでは一番下手に出て、あくまでパピヨンや先輩ビエルシカの引き立て役にまわる。自分が知る面白おかしいウワサ話や、少しコワい話など。適度に先輩たちからも、ワザと叱られてみせて。

 

 やがて“管制塔(コントロール)”から「お着替え」を命じられたのをしおに、この剣呑なフロアから退出した。

 

 階段を下りるときヒザがガクつく。

 彼は自分がいかに緊張していたのかをはじめて識(し)った……。

 

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