※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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048:パピヨンの派閥のこと、ならびに消えた4日間のこと

「おい『成美』!時間だぞ!!」

 

 どこか遠くで声がする。

 

 あたまがボンヤリとして、何も考えられない。

 鎮静剤の泥を全身に詰め込まれた……ような。

 

「アラームまで消して、ナニやって――それ!」

 

 入ってきた者は、あおむけで寝る『成美』のももを叩いた。

 

 ビクン!

 

 彼はムチ打ちの痛みの感覚に、背を反らせながら目覚める。

 サッサとお逝き!という、女の声。

 まだ耳のなかに明瞭(ハッキリ)と遺(のこ)って。

 

 ユルユルと現実が戻ってくる……。

 

「ちょっと。なにこの匂い、愛液(ラブジュース)臭(く)ッさ。オマエ女でも連れ込んだの?」

「蝶の夢……パピヨン……候補生……」

「おい!ってば!?」

 

 脇に腕を回され、むりやり上半身を起される。

 しばし呆然。

 だが、カプセルのふちに汗ばんだ手をかけた、その冷たさが“現実”を呼ぶ。

 いつのまにか『成美』は、ダンス・レッスンが激しかった時に使われる疲労回復用シリンダーに入っていた。

 

 なんで?と思うより先に彼はシリンダー用の術衣をはだけ、あわてて自分の胸をさぐる。

 

 ――!!

 

 無い。

 あれほど量感タップリだった自慢の乳房(オッパイ)が――無い!

 

「えっ!――えっ!?」

 

 気味の悪い、底知れぬほどの喪失感。

 なにか大事なものを“取(・)り(・)上(・)げ(・)ら(・)れ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)”ようなイメージ。

 

 ピアスされた乳首のうずき。

 秘部やアナルに挿入された淫具のバイブ。

 ムチをふるわれた背中の甘美をともなう痛み。

 まるで凡(すべ)てがは夢(うそ)であったかのような、寒々と空虚(うつろ)な印象。

 そして股間には……。

 

 気味の悪い、シワだらけの袋。

 そしてソーセージのできそこないが“したり顔”でプルン、と。

 

 “作りモノの身体”

 

 そんな畳句(ルフラン)が、頭の中を延々とグルグルまわる。

 あの女の冽(つめ)たい声。

 ゾッとする含み嗤《わら》いと併(あわ)せて。

 

「作りモノの……カラダ?」

 

 発作的に、彼は自分の手首に、ギリリと噛みついた。

 しかし、なぜか痛みは少なく、アゴに力を込めても現実感がとおい。

 

「おい!……だめだコリャ。衛生士(メイデーック)!」

 

 騒然とした雰囲気の中で『成美』は、むせかえるような女の臭いに充(み)ちたカプセルから引っ張り出され、衛生士に伴われやってきたメゾン・ドールに常駐する医師の診断を現場でうける。

 腹上死スレスレな心筋梗塞と、料理がノドにつかえた時の気道確保がもっぱらなこの老医師は、ラム酒臭い顔をよせペンライトで『成美』の瞳孔をジゲシゲと調べる。

 やがて間ノビした声で、

 

「たんにィ、現実把握がぁ、ウマくいかなかった……んぢゃろか」

 

 集まった野次馬は次々に、

 

「存在識失調(ヴァーティゴ)?」

「解離(かいり)性人格障害!?」

「自己隠滅(じさつ)願望?」

 

 老医師は“ゲッぷ”をいちど洩らすと、

 

「そんなぁ、大層(おおげさ)なモンぢゃ……ないテ」

「――というと!?」

「寝ぼけたぁ……ンぢゃよ」

「……」

 

 なーんだぁ、と囲(かこ)みが脱力する。

 

 メソン・ドールのジェネラル・マネージャー。

 野次馬で集まった店の衛士やビェルシカたち。

 それにエントランスのテオまで。

 集まった一群が、ひとしく苦笑い。

 

「さぁサ、仕事に戻ったもどった!」

 

 白手袋の手を打ち鳴らし、マネージャーが解散を宣言する。

 

「今日も忙しくなるぞ!東欧事象面の通商団が、ご利用だ!」

「――ンだよ、ヒト騒がせな」

「タノむぜ。ナルちゃん……」

 

 冷やかし半分、心配半分な眼差しが交錯するなか、『成美』は、どこかフラフラしたままシャワーを浴びせられ、衣装部隊のオバちゃんたちに、手荒な勢いで身体を清められた。

 ついで衛生士から強壮剤の点滴。

 その点滴棒を転がしつつ、念のため付けられた監視役のビェルシカと共に、メゾン・ドールの簡易医療室まで裏通路を歩いてゆく。

 簡易医療室、といっても侮れないらしい。

 その気になれば、脳外科手術も楽勝だというウワサだ。

 

 ――あ……!。

 

 一瞬、歩みがとまった。

 廊下の角。その暗がり。

 きわどいメイド服を着た例のJKが見えた、ような。

 相変わらず暗い顔つき。なにかを気にするような足どり。

 うなだれた姿勢のままワゴンを押し、巨大な荷物用エレベーターの中に消える。

 

 思い出した!

 

 巨大なコントラバス・ケースの中で受けた調教。

 息苦しいラバーの気配と、全身拘束から受ける禁断の快楽。

 尿道とアヌスの甘い疼(うず)き。

 密閉された調教用コクーンの蓋ごしにみた、平穏な女子高生の日常。

 

 ――けっきょく、あの娘(コ)は……。

 

「どうした?」

 

 立ち止まった彼に、監視役の『エリカ』がズボン吊り(サスペンダー)の具合を直しながら、

 

「やっぱり、カラダの調子、ワルいかィ?」

「いまの娘さ――見た?女子高生っぽいメイド」

「はぁ?」

 

 アフリカ軍団の服装(コスプレ)をする『エリカ』は砂漠色な略帽のひさしをチョィとあげ、

 

「……見なかったけど、べつに珍しくもない。バイトだろ?」

「え。メゾン(ここ)って、バイトなんか採(と)ってるんだ……」

「凄い時給いいからな、このミセ。応募倍率も高いんだ」

「風営法なんかに引っかからないの?」

 

 フッ、と相手は半ズボンから出るハイソックスに包まれた脚で、『成美』を軽く蹴るマネをして、

 

「面白いコトいうねェ。第一、ここの得意先はドコだい?」

「あ……」

 

 そういえば、と思う。

 この前の夜に接待した中年男は、警察官僚あがりの議員ではなかったか。おまけに先日の夜にお相手したおばさんは、文化省の副大臣だ

 

 それに、と相手は声をひそめ、

 

「ココ、いろんなウワサをされてるからな。一般の生徒を雇って店(メゾン)のキレイな側を見せて、悪い風評の露払い役にしてるらしい。『ほ~らまともな料理店ですよ』ってな具合。バイト料はいい。賄《まかな》いも美味い。制服もシャレてる。でもね……」

「でも?」

「めぼしをつけたカワイイ娘(こ)は、サ?通いから住み込みにして……おっと」

 

 行く手からパピヨンのふたり連れ。

 古代ローマのトーガと、剣闘士(グラディエーター)の出で立ち。

 手をつないで、仲睦まじそうに。

 片方が、点滴棒を引く彼に気づき、

 

「あ!『成美』じゃん。さっき倒れたんだって?」

「ダメだぞ?健康管理も給与のウチだ――『エリカ』!ちゃんと送って行け?」

 

 恐縮です。以後気を付けます、と一礼する『成美』。

 かかとを打ち鳴らし、直立不動の『エリカ』

 パピヨンふたりは、『成美』が転がす点滴棒から下がる薬液パック。そのラベルを見てニヤリと互いにイミありげな目くばせ。

 

「そうだ、キミの踊り仔デビュー。今週末だったよね?観に行きたいなぁ」

「でも金曜夜だろ?我々は――とてもダメだねぇ」

 

 そして彼らはフィと『成美』に顔を寄せる。

 そして、ここからが本題と言わんばかりにヒソヒソと、

 

「ねェ……遠からずキミならパピヨンになるだろ。もう打診はあった?」

 

 否(いいえ)、と彼は首をふる。

 すると、パピヨンの片方がさらに声をひそめ、

 

「そうか。なら、だ……どうかな?ウチの派閥《グループ》に」

「グループ、というと?」

「ボクたち『アナスターシャ』の派閥なんだ。もちろん『エリカ』もそうさ」

 

 監視役の少年は、アフリカ軍団の徽章が下がる胸を自慢げにそらせて。

 どうだろう?とパピヨンたちの問いに、不意にあの女の声がかぶさる。

 

 

  『アナタは“パピヨン(蝶)”なのかしらネ』

 

         『それとも真面目(マジメ)な“航界士候補生”』

 

 焦点不明(アン・フォーカス)の胸苦しさが襲ってきた。

 存在意義(レーゾン・デートル)の根本に関する悩み。あるいは“実存”の不安定さ。

 焼(・)印(・)の(・)火(・)傷(・)め(・)い(・)て(・)、いまでも時折ジクジクと彼を痛めつける。

 

「……考えさせてください」

 

 『成美』は辛うじて、そう応える。

 高級公子(クルチザン)ふたりの問い。しかしそれは本人たちが戯れに発した以上の重さを、彼に与えていた。

 

「いまのところ全くわかりません。そもそも“パピヨン”になるかどうかも」

 

 すると、雰囲気が一転した。

 

 気を付けて判断しろよ?と本性をあらわしたような低い凄み。

 冷たい目つきが、それにくわわる。まるで仮面をはいで下の素顔をみせた如《ごと》く。

 見目の良い少年たちにしては前科(まえ)があるような、極印(ごくいん)を打たれた類《たぐい》の表情(かお)。

 

「中立は、ナシだ。道の真ん中を歩くものは――両方から轢(ひ)かれるぜ?」

「もちろん、この話はココだけのナイショだ。いいな?」

 

 そういって二人は念を押すように、いちど頷(うなず)いて去ってゆく。

 

「モッタイないナァ……パピヨン様じきじきのお誘いを」

 

 高級公子(クルチザン)たちが遠ざかってから『エリカ』はあきれた声で、

 

「グループに入りたくても、入れないヤツだっているのに」

「ふぅん。その“入れなかった”ビェルシカは、どうなるのさ?」

 

 べつに。と『エリカ』はつまらなそうに肩をすくめ、

 

「ただ後ろ盾《だて》がないワケだろ?パシリに使われるか、店のトレード(放出)材料になるか。まぁ不安定な立場なんだ、コレが」

「たくさん居るの?そういうひと」

「1/3ぐらいかな、完全なフリーは」

 

 以前、煮たような質問をしたことがあったなと『成美』は記憶のリールを巻く。やがて(そうだ!)と思い出し、

 

「『恵娜(えな)』は?『恵娜』はグループに入ってる?」

「……だれ?」

 

 えっ、と彼は詰まるが、

 

「そうだ、ほらフェラーリ乗ってるヤツ。ガソリン車の」

「あぁ!あのカゲの薄いヤツか。彼なら系列店へ出向したよ、土曜日に」

「系列店……遠いの?ココから」

 

 サテね、と『エレナ』は興味なさそうに肩をすくめ、

 

「もう戻ってこないんじゃない?出向ってコトは――そういうコトさ」

 

 医療室につくと『成美』は監視役の助けを借りて、診察室わきに並べられているストレッチャーのひとつに横になった。

 

 硬い。背中が痛い。

 休憩エリアの安出来なビニール・ソファーのほうが、まだ寝やすいくらいだ。

 結局背もたれをおこした姿勢にストレッチャーを変化させ、寝るのはあきらめる。

 

 気のせいか、身体が熱い。

 心臓も心なしかドクドクと心拍を高めて。

 カゼか?と思うが、あの汚らわしい肉棒(おチ〇ポ)がヤケに元気だ。

 アナル・プラグを入れられてないせいか、なんとなくお尻がモノ淋しい。

 そのうえあろうことか無い乳房を、ひそかにさぐってしまう始末。

 

「フロア統括が1時間の特別休憩をくれるってサ。それが終わったらフロアに出て、今日はフォントロイを営(や)れだって」

「……またぁ?今日やったばっかなのに?連チャンじゃんか」

「今日?まだこれからだろ。それに昨日のフォントロイは『野菊』だったぞ?」

 

 相手の言葉に違和感がある――というか全く噛み合わない。

 そういえば、だいたい自分は金曜の仕事を終えて、今日は土曜で公休のハズ。

 

 なんだ?と診察室のカレンダー時計を見た『成美』の動きが、止まる。

 

 ――火曜日……19時。

 

 視線をクギ付けにしたまま、背後の『エリカ』に

 

「ねぇ……きょうサ……何曜日、だったっけ?」

「ハァ?火曜だろ。シリンダー呆けでもしたかィ?――どうした変な顔して」

 

 前に回り込んだ軍装姿のビェルシカは、怪訝な風に『成美』を見やった。

 

 たっぷり15秒の沈黙。

 

「昨日(きのう)ってサ……ぼく――出勤してた?」

「居たんじゃない?こっちもヘルプで忙しかったから、イチイチ覚えてないよ」

「じゃ、日曜は?日曜は店に出てた!?」

 

 オィオィと『エリカ』はうんざり顔で、

 

「キミはスタジオでダンスの特訓だったじゃないか。おとといは「『成美』連れてこい」ッて、お客さんたちからブーブー言われ往生したんだぞ!?あぁ、そう考えれば昨日はそんなコト言われなかったから、出勤だったのかも」

 

 『成美』は慄(ゾ)ッとする。

 

 土曜の明け方から火曜の晩の今まで、ま(・)っ(・)た(・)く(・)記(・)憶(・)が(・)な(・)い(・)。

 たしか自分はホテルのベッドで寝ていたはず。

 そう、軽音楽を聴こうとスイッチをヒネったら、アロマテラピーの空気が出たところも、シッカリと覚えている。

 

 彼はストレッチャーから起き上がると、窓にちかづき、例によって少ししか開かない窓枠から外をみた。

 

 まちがいない――夜だ。

 

 都市の騒音に交じって、晩方の空気が匂う。

 1日にわたり交通機関や人の行き交った後の気配。

 痛めつけられ、擦り切れ、汚された空気の匂いだ。

 

「1時間後、衣装合わせだってよ――『成美』!?」

「あぁ……ウン」

「忘れンな!?」

 

 そう言って『エリカ』は医療室を去ってゆく。

 

 あとには、納得のいかない“パピヨン候補生”が独り。

 憮然とした表情(かお)で、窓ぎわに残されて……。

 

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