※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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050:         〃         (後

「なぜ、知ってるんだね?彼は!」

「ナンでしょうか?65Bというのは。当店に……なにか関係が?」

「コチラの話だ!上(・)級(・)大(・)佐(・)どの、いったいこの子は――」

 

 上級大佐とカイゼル髭(ヒゲ)に呼ばれた『リヒテル』は、眉をわずかにひそめ、

 

「男爵……言葉は、もっと丁寧(ていねい)に選ぶものだ」

 

 あぁ、ご心配なく。と、イツホクは慣(な)れた口調で、

 

「さっきもご説明しましたが、この子のつけてるヘッド・セットは、一般の会話をキャンセルする仕組みになってましてネ。お客サマは、当店自慢のビェルシカが行う、最高の給仕(サーヴ)を受けながら、安心して御商談がおできになるって寸法で……」

 

 なるほど、考えられているという訳だネと『リヒテル』が皮肉な口調で。

 

「そんなことよりも!問題は、なんで、この子が、知っているか――ですよ!」

「ウチの責任じゃないよ?情報管理は、徹底してるし!」

 

 はやくも「組織防衛」の本能をみせたものか、責任論の気配を感じたカイゼル髭が、保身のために見苦しくも予防線を張る。

 

 『成美』は目の前の諍(いさか)いを聞きながら、あくまで聞こえないフリをした。どうせ、そのうち本当に聞こえないのか、試される質問が飛んでくるだろう。ミエミエなんだよと思いつつ。しかし『リヒテル』が、なんと “上級大佐” とは。言葉の勢いからして予備役という感じではない。リタイヤしたヨボヨボの爺さんだとばかり思っていたのだが。今見ればどうして、錬成校とはまったく別の雰囲気ではないか。まるで研ぎたての鉈《ナタ》のような……。

 どういうことだと『成美』は無表情を保ったまま、忙しく可能性を取捨する。

 

 ――やはり、この世界どこまでも信用できない。

 

 目の前でひとしきり盛り上がった言い争いが収まったあと、『リヒテル』が、

 

「それで――なぜ、キミはそのことを知って居るんだね?」

 

 ―― ホ ラ 、お い で な す っ た 。

 

 『成美』は、聞こえないふりをして営業スマイルのまま、男たちを観察する。

 

 股のあいだにひざまずいたクルチザンの頭を撫でるカイゼル髭。

 奉仕をしようとやっきになる担当の少年を、ヤンワリと押しとどめる三つ揃え。

 そして――こちらを凝(ジ)っと窺う、修錬校の灰色羆《グリズリー》。

 

 その羆(ヒグマ)が、さらにたたみかけ、

 

「誰から聞いたんだね?盟神探湯(くがたち)作戦のことは……」

 

 ここに至って『成美』は、修錬校・教官を演じていた、この老人の評価を一段下げざるをえない。まさか教官が、こんな汚い “引っかけ問題” を出してくるなんて。しばらく姿を見せない時期があったのは、本業の方が忙しかったから……?そう考えると、図書館でコッソリ観た映像も本物かどうか疑わしくなってくる。

 

 ――わざわざ用意した映像を自分に見せるための、入念に仕込んだブラフ?あるいは思想誘導の、ワナ?いったいこの爺さんの正体はなんだ?上級大佐だって?……日本国政府?あるいは宮殿側の組織?所属はどこなんだろう?やはり情報系だろうか……?

 

「応えては、くれないのかね?」

「上級大佐どの。“注文モード”にしなくては、彼の耳に届きません」

 

 『リヒテル』はため息をつき、卓上のデバイスを起動させると、

 

《どうなんだね?》

「先々週のスポーツ新聞に出てたんですよ。雲海探査実行――か?って」

 

 手を叩いたイツホクの嗤い声。ヤレヤレと首をふって。※

 それに三つ揃えは渋い顔をしながら、

 

《ふむ……情報源は、明かさない、か》

 

 このままでは、おそらく龍ノ口に嫌疑がかかってしまうだろう。それを避けるため、『成美』は秘書官を使うことにした。さんざヒトの肛門をオモチャにした罰だ。

 

「宮殿側の秘書官に、知り合いがいます。知り合いと言っても顔見知り程度ですが。その人から、教えてもらいました」

 

 宮殿?とこんどはカイゼル髭が興味を示す。

 

「誰だね?それは」

「……」

《男爵。ボタン、注文ボタンを》

「えぇ、まだるっこしい!そのネコのようなイカれた耳を取りなさい!」

「……」

「モシェル君!?」

《あぁ、『成美』?イヤー・デバイスを除装。取りな》

 

 オズオズといった風を演技して、『成美』はネコ耳をはずす。

 すると意外に緊迫する小部屋の気配を、直に感じるようになった。

 

「よし、改めて聞こうか。どこの秘書官から聞いたのかね?」

 

 いくらなんでもミラの名前を出しては不味い、気がする。そこで彼は適当に思い浮かんだ部署名を口にした。

 

「えぇと、たしか宮殿官房・第三部の第さん――」

 

 カイゼル髭が、突然激しく咳払いして、『成美』の後の言葉を打ち消した。

 

「分かった分かった、もういい!つまり、オマエは高級公子になりたいわけだ。おチンポしゃぶりの奴隷にな!そのうちメス化処置を受けて運(・)の(・)い(・)い(・)金持ちの愛玩品に――」

 

「男爵……」と、いきり立つカイゼル髭を三つ揃えが制止するまえに『成美』がいくぶん声を高め、

 

「自分は!」

 

 気が付けば、思わず叫んでいた。

 焦点を結ばない腹立たしさ。形の見えない物への怒り。

 

「自分は、その……ただ、死にたくないだけです。死ぬにしても、死(・)に(・)が(・)い(・)の(・)あ(・)る(・)と(・)こ(・)ろ(・)で(・)死(・)に(・)た(・)い(・)。実験動物のモルモットみたく、都合で勝手に殺されたくはないです。65Aの搭乗員たちだって!殉職(じゅんしょく)理由をねつ造され、そのため遺族には遺族年金どころか保険金すら――」

 

 あぁ、モシェルさん?と『リヒテル』が素早くここで口を挟んだ。

 

「彼と、二人きりで話がしたい。よけいな盗聴(ジャマ)が入らない場所で」

「あいにく今日は金曜でしてネェ……歌劇座の個人サロンなら、支配人にハナシ通しますが?」

「いや、安全な外で話がしたい」

「はァ?またまたァ」

 

 イツホクの小狡(こずる)そうな嗤(わら)いが、うさんくさげに、

 

「拉致(らち)られたら、タマったモンじゃありやせんヤ。この子は今や当店「手中の珠(たま)」ですからナ?……しかし東のルーフ・バルコンなら……この寒空だ、今晩はダレも使っとらんでしょう。まァ、そこでなら」

 

 『リヒテル』は、黙ってうなずいた。

 イツホクは、傍(かたわ)らの少女メイドに向かい、

 

「《『雪乃(ゆきの)』?聞いたな――案内して差し上げな》……」

 

 屋上ちかくのバルコンは、テニスコート2~3面ほどの広さだった。

 周りをぐるっと庭園に囲まれる立地のためか、冷え冷えとした夜気は、街中にしては新鮮に感じられる。

 夜中の2時だというのに彼方から聞こえる旧市街の喧噪(さわぎ)は絶える気配がなかった。外側をめぐる外象系資本の高層建築にも灯火は多く、エネルギーが恣(ほしいまま)に消費されている気配。各方面の庇護(ひご)もあるためだろう、総じて、この一角は国家電力規制法の及ばない不夜城となっている感がある。

 

 歌劇座の立地で、このバルコンを使い豪勢なパーティーを行えば、望遠を使った連中の羨望(せんぼう)をよびおこすにちがいない。同時に出席者の虚栄心はくすぐられ、加えてそれがまた劇場の宣伝になるという、二重、三重の効果を狙った場所とも考えられる。そんなバルコンだったが、今はライトも落とされ、露天用のイスや机も片隅に寄せられて、閑散とした気配。

 『雪乃』がバルコンの入り口まで先導し、一礼して去ってゆくと、師弟ふたりはつめたく人気のない人工庭園へ脚をふみいれた。合成植樹の陰でむつみ合っていた少女メイド二人が、近づく大小ふたつの影を見て、コソコソどこかへと消える。

 

「さて――話を聞かせてもらいましょうか」

 

 『リヒテル』の言葉に、『成美』は借りモノであるポロ・コートの襟をたて、寒々と彼女らを見送りながら、幾分ふてくされて、

 

「……ハナシって、なにをです?」

「すべて、ですよ?」

「すべて?」

「そう。君が、ここに至った理由、居る理由、そして今後の考えと、その理由」

「今後?――まだ、なにも決めてません」

「まだ、ねぇ?」

 

 『リヒテル』は、冥(くら)い夜空を仰ぎ、

 

「此処(ココ)がどういうところか、識(し)って居ますかね?肉を鬻(ひさ)ぎ、魂を売る場所ですよ?口先だけで年端もいかぬ子供たちをつれこんで、依頼主の好みのまま、多種多様(いろいろ)に施術し、調整し、梱包して、倒錯者のもとに送り届ける!まったくもって嘆かわしい。君ともあろうものが!こんなところで!」

 

「では、雲海調査の件は、ナシになるんですか?」

「それは……関係各所と調整すれば、あるいは可能性が……」

 

 ホラ、そうやって、と『成美』はイツホクのような嘲(あざけ)りを見せ、

 

「けっきょく探査院だって、肉を売っているじゃないですか!それが性的なものか、あるいは書類の見栄え的なモノかの差でしかないでしょう。汚い思惑がからむだけ、探査院のほうがまだイヤらしいですよ。なんです?予算のカタに候補生の命って。べつにボクは命が惜しいワケじゃありません――そりゃぁ、コワいのは確かですけど――ただ、犬死にはイヤなんです!」

「……」

「予算、予算言ってるヒトたちだって、ひと皮むけば、倒錯者じゃないですか!宮殿の司政官や中央省庁のキャリアが、パピヨンといかがわしいコトやっているの、ココでたくさん見ましたよ!でもそこに嘘や謀略は無いですよね?性的な欲望のほうが、まだ素直で罪がない!」

 

 『リヒテル』がヒョイと眉をあげ、

 

「では、ここで高級公子になるというのですか?他人の……を舐(ねぶ)るのが生業(なりわい)の。まさかあの女衒(ぜげん)の「アイドルになる」なんてヨタ話を、信じているワケじゃないでしょうね?」

「そこまで堕ちちゃいません!」

「ほう、堕落しているという認識はあると?ソレを聞いて少し安心しました」

「もうボクは何を信じていいか分からないから、ココにいるんです!正直、探査院なんて必要なんですか?既得利権と打算で、成り立っているだけじゃないですか!」

「私のパスで閲覧した映像データを、見なかったワケではないでしょう!世界は崩壊に向かい、歩みを早めているのです!それを――我々の手で、食い止めねば」

「そのデータが“真”である保証は!?」

 

 それに対し、「フフン」と羆(ひぐま)が笑うだけの一拍。

 

「……ここまでくると【エ コンセンス ゲンテ(万人の同意による論証)ィウム】でしてね。神の存在の証明と大差ありません。信じてもらわなくては。疑うことは、もちろん大切です、ただし独我論に陥ってはいけません。多方面から、検証すること。だが、その検証場所として、ここはあまりにふさわしくない。いずれにせよ人類は、ヴェスヴィオ火山の上で踊るわけにはいかないのです!」

 

「じゃぁ、ドコならふさわしいんですか!」

 

 『リヒテル』は、だまりこんだ。

 凝(じ)っと『成美』を見つめていたが、やがてこんどは瞳の力を落とし、

 

「そう、だれもそんな場所を提供できない……確(・)か(・)に(・)大(・)人(・)の(・)責(・)任(・)です」

 

 大柄な羆(ひぐま)は、遠くを見つめ、何事かを想うように。そして一転、声低く、

 

「高級公子(クルチザン)になる前に、奴婢(ぬひ)の性(さが)を植え付けられる前に!一度だけ修錬校に戻ってらっしゃい。そして自分の翼で、もう一度だけ、飛びなさい……」

「また耀腕と戦えというんですか!?」

「好(・)き(・)に(・)飛(・)ん(・)で(・)よ(・)ろ(・)し(・)い(・)!と、こう言っている」

 

 ――好きに……。

 

 『成美』の脳裏に、蒼い空と、輝くばかりに純白な雲の絨毯(カーペット)。

 それが、ある種の憧憬と、締め付けられるような懐かしさをもってうかぶ。

 

 神聖で、静謐。そしてどこまでも清浄な、世界……。

 

 『リヒテル』は、そんな彼の心の動きを読んだか、重々しく頷いて、

 

「君には性を玩弄(がんろう)するクルチザン(高級公子)ではなく、翼を司(つかさど)るアルチザン(職人)になって欲しかったんですがねぇ」

「いろいろ事実を知ると、武器を弄(もてあそ)ぶパルチザン(非正規戦闘員)になるかもしれませんよ?」

 

 『リヒテル』は硬い表情で、『成美』をまじまじと見やった。

 どこかそれは、見慣れない獣(ケモノ)を凝視する風。

 

「そうなったら探査院(われわれ)と敵対するだけです。そして私は、テロリストを許さない――絶対に!」

 

 『リヒテル』は踵(きびす)をかえすと、硬い靴音を立てて出口に向かいながら、

 

「『成美(なるみ)』となるか、『九尾(きゅうび)』にもどるか……よく考えてから、決めなさい!」

 

 

 バン!と音を立てて扉がひらかれた。

 そして開けっ放しにしたまま、『リヒテル』の姿は消える。

 

 

 

 

 

 





※主人公が『リヒテル』の「ワナ」に間抜けにもハマったのをイツホクは嗤《ワラ》ったワケです。
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