「なぜ、知ってるんだね?彼は!」
「ナンでしょうか?65Bというのは。当店に……なにか関係が?」
「コチラの話だ!
上級大佐とカイゼル
「男爵……言葉は、もっと
あぁ、ご心配なく。と、イツホクは
「さっきもご説明しましたが、この子のつけてるヘッド・セットは、一般の会話をキャンセルする仕組みになってましてネ。お客サマは、当店自慢のビェルシカが行う、最高の
なるほど、考えられているという訳だネと『リヒテル』が皮肉な口調で。
「そんなことよりも!問題は、なんで、この子が、知っているか――ですよ!」
「ウチの責任じゃないよ?情報管理は、徹底してるし!」
はやくも「組織防衛」の本能をみせたものか、責任論の気配を感じたカイゼル髭が、保身のために見苦しくも予防線を張る。
『成美』は目の前の
どういうことだと『成美』は無表情を保ったまま、忙しく可能性を取捨する。
――やはり、この世界どこまでも信用できない。
目の前でひとしきり盛り上がった言い争いが収まったあと、『リヒテル』が、
「それで――なぜ、キミはそのことを知って居るんだね?」
―― ホ ラ 、お い で な す っ た 。
『成美』は、聞こえないふりをして営業スマイルのまま、男たちを観察する。
股のあいだにひざまずいたクルチザンの頭を撫でるカイゼル髭。
奉仕をしようとやっきになる担当の少年を、ヤンワリと押しとどめる三つ揃え。
そして――こちらを
その
「誰から聞いたんだね?
ここに至って『成美』は、修錬校・教官を演じていた、この老人の評価を一段下げざるをえない。まさか教官が、こんな汚い “引っかけ問題” を出してくるなんて。しばらく姿を見せない時期があったのは、本業の方が忙しかったから……?そう考えると、図書館でコッソリ観た映像も本物かどうか疑わしくなってくる。
――わざわざ用意した映像を自分に見せるための、入念に仕込んだブラフ?あるいは思想誘導の、ワナ?いったいこの爺さんの正体はなんだ?上級大佐だって?……日本国政府?あるいは宮殿側の組織?所属はどこなんだろう?やはり情報系だろうか……?
「応えては、くれないのかね?」
「上級大佐どの。“注文モード”にしなくては、彼の耳に届きません」
『リヒテル』はため息をつき、卓上のデバイスを起動させると、
《どうなんだね?》
「先々週のスポーツ新聞に出てたんですよ。雲海探査実行――か?って」
手を叩いたイツホクの嗤い声。ヤレヤレと首をふって。※
それに三つ揃えは渋い顔をしながら、
《ふむ……情報源は、明かさない、か》
このままでは、おそらく龍ノ口に嫌疑がかかってしまうだろう。それを避けるため、『成美』は秘書官を使うことにした。さんざヒトの肛門をオモチャにした罰だ。
「宮殿側の秘書官に、知り合いがいます。知り合いと言っても顔見知り程度ですが。その人から、教えてもらいました」
宮殿?とこんどはカイゼル髭が興味を示す。
「誰だね?それは」
「……」
《男爵。ボタン、注文ボタンを》
「えぇ、まだるっこしい!そのネコのようなイカれた耳を取りなさい!」
「……」
「モシェル君!?」
《あぁ、『成美』?イヤー・デバイスを除装。取りな》
オズオズといった風を演技して、『成美』はネコ耳をはずす。
すると意外に緊迫する小部屋の気配を、直に感じるようになった。
「よし、改めて聞こうか。どこの秘書官から聞いたのかね?」
いくらなんでもミラの名前を出しては不味い、気がする。そこで彼は適当に思い浮かんだ部署名を口にした。
「えぇと、たしか宮殿官房・第三部の第さん――」
カイゼル髭が、突然激しく咳払いして、『成美』の後の言葉を打ち消した。
「分かった分かった、もういい!つまり、オマエは高級公子になりたいわけだ。おチンポしゃぶりの奴隷にな!そのうちメス化処置を受けて
「男爵……」と、いきり立つカイゼル髭を三つ揃えが制止するまえに『成美』がいくぶん声を高め、
「自分は!」
気が付けば、思わず叫んでいた。
焦点を結ばない腹立たしさ。形の見えない物への怒り。
「自分は、その……ただ、死にたくないだけです。死ぬにしても、
あぁ、モシェルさん?と『リヒテル』が素早くここで口を挟んだ。
「彼と、二人きりで話がしたい。よけいな
「あいにく今日は金曜でしてネェ……歌劇座の個人サロンなら、支配人にハナシ通しますが?」
「いや、安全な外で話がしたい」
「はァ?またまたァ」
イツホクの
「
『リヒテル』は、黙ってうなずいた。
イツホクは、
「《『
屋上ちかくのバルコンは、テニスコート2~3面ほどの広さだった。
周りをぐるっと庭園に囲まれる立地のためか、冷え冷えとした夜気は、街中にしては新鮮に感じられる。
夜中の2時だというのに彼方から聞こえる旧市街の
歌劇座の立地で、このバルコンを使い豪勢なパーティーを行えば、望遠を使った連中の
『雪乃』がバルコンの入り口まで先導し、一礼して去ってゆくと、師弟ふたりはつめたく人気のない人工庭園へ脚をふみいれた。合成植樹の陰でむつみ合っていた少女メイド二人が、近づく大小ふたつの影を見て、コソコソどこかへと消える。
「さて――話を聞かせてもらいましょうか」
『リヒテル』の言葉に、『成美』は借りモノであるポロ・コートの襟をたて、寒々と彼女らを見送りながら、幾分ふてくされて、
「……ハナシって、なにをです?」
「すべて、ですよ?」
「すべて?」
「そう。君が、ここに至った理由、居る理由、そして今後の考えと、その理由」
「今後?――まだ、なにも決めてません」
「まだ、ねぇ?」
『リヒテル』は、
「
「では、雲海調査の件は、ナシになるんですか?」
「それは……関係各所と調整すれば、あるいは可能性が……」
ホラ、そうやって、と『成美』はイツホクのような
「けっきょく探査院だって、肉を売っているじゃないですか!それが性的なものか、あるいは書類の見栄え的なモノかの差でしかないでしょう。汚い思惑がからむだけ、探査院のほうがまだイヤらしいですよ。なんです?予算のカタに候補生の命って。べつにボクは命が惜しいワケじゃありません――そりゃぁ、コワいのは確かですけど――ただ、犬死にはイヤなんです!」
「……」
「予算、予算言ってるヒトたちだって、ひと皮むけば、倒錯者じゃないですか!宮殿の司政官や中央省庁のキャリアが、パピヨンといかがわしいコトやっているの、ココでたくさん見ましたよ!でもそこに嘘や謀略は無いですよね?性的な欲望のほうが、まだ素直で罪がない!」
『リヒテル』がヒョイと眉をあげ、
「では、ここで高級公子になるというのですか?他人の……を
「そこまで堕ちちゃいません!」
「ほう、堕落しているという認識はあると?ソレを聞いて少し安心しました」
「もうボクは何を信じていいか分からないから、ココにいるんです!正直、探査院なんて必要なんですか?既得利権と打算で、成り立っているだけじゃないですか!」
「私のパスで閲覧した映像データを、見なかったワケではないでしょう!世界は崩壊に向かい、歩みを早めているのです!それを――我々の手で、食い止めねば」
「そのデータが“真”である保証は!?」
それに対し、「フフン」と
「……ここまでくると【エ
「じゃぁ、ドコならふさわしいんですか!」
『リヒテル』は、だまりこんだ。
「そう、だれもそんな場所を提供できない……
大柄な
「
「また耀腕と戦えというんですか!?」
「
――好きに……。
『成美』の脳裏に、蒼い空と、輝くばかりに純白な雲の
それが、ある種の憧憬と、締め付けられるような懐かしさをもってうかぶ。
神聖で、静謐。そしてどこまでも清浄な、世界……。
『リヒテル』は、そんな彼の心の動きを読んだか、重々しく頷いて、
「君には性を
「いろいろ事実を知ると、武器を
『リヒテル』は硬い表情で、『成美』をまじまじと見やった。
どこかそれは、見慣れない
「そうなったら
『リヒテル』は
「『
バン!と音を立てて扉がひらかれた。
そして開けっ放しにしたまま、『リヒテル』の姿は消える。
※主人公が『リヒテル』の「ワナ」に間抜けにもハマったのをイツホクは嗤《ワラ》ったワケです。