※この作品はR-18です。

玲瓏の翼【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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005:候補生の社会的地位のこと、ならびに黝(くろ)い老人のこと(前

 事故が起きた数日後の放課後。

 

 延び延びになっていたクラスメイトの見舞いのため、『ポンポコ』は『牛丼』や『山茶花』と連れだって、いつもとは全くちがう方面のリニア・トラム(浮上市電)に乗った。夕方の混雑は、まだ始まっておらず、車内はわりと空(す)いている。

 

 「なんかサ?来週の月曜に、特別なフライトあるみたいだぜ?整備屋や資材の連中が、ここンとこウロウロしてる。格納庫の一部は、虎(トラ)テープ張られて立ち入り禁止だし。ひょっとしてそいつが、まえに言った特殊(オペラシオン)作戦(スパシィアル)、かも?」

 

 通学用の小振りなフライト・ケース片手につり革をつかみながら、『牛丼』が話しかける。彼女の『山茶花』は彼にゆずられた席に座り、お見舞いの果物籠をひざの上にのせ、文庫本を読んでいた。題名はカバーで読めなかったが、ページにビッチリ文字が詰まっている。章の名前も長たらしく『「大破断(だいはだん)」後の脱(だつ)・構築的世界(こうちくてきせかい)』?……ムズかしそうだ。

 

「――いいよな、『ポンポコ』は。一年のうちに本戦に出られて」

「またその話?ボクが対校戦の候補になれるワケないじゃないか」

「教官室で聞いたんだって!」

「めずらしく新型機でも来るんじゃない?どっちにしろボクのような“墜(お)ちこぼれ”は関係ないよ」

「自分のことをオチコボレなんて言わない!」

 

 ピシリと『山茶花(さざんか)』が上目づかいに『ポンポコ』をにらみ、教育的指導。

 

「賤(やす)っぽく見えるわよ。自分に矜持(きょうじ)を持とうとしない候補生なんて、最低」

「ちぇっ……きびしいなぁ」

 

 秋のはじめの風景が、車窓の外を流れてゆく。

 

 ふだん乗らない路線から見る景色は新鮮だった。走るにつれ、トラムは商業地から遠ざかってゆき、ところどころススキの穂がめだつ「**建設予定地」と看板の立つ空き地が点在するようになる。

 

 (ねぇ。あれ、航界士候補生の制服じゃない?)

 

 すこしはなれた場所から、そんなささやきが聞こえてきた。

 

 (え?フツーに士官学校っしょ?)

 (違うって。ほら、肩口(かたぐち)んトコにマークあるじゃん。杖と蛇と翼の)

 

 “カドゥケウス”のことかと『ポンポコ』が窃(そっ)と声の方を見ると、チェック柄の超ミニなスカートに黒ストをはいた女子高生二人組。彼ら三人を指さし、ヒソヒソ。

 

 (このさきの丘に、王宮の病院あるじゃん?そこ行くんだよ、きっと)

 (いーよねぇ、エリートは。彼氏にしたら腰を振っちゃうよ?イかせちゃうよ?)

 (スゴいよねェ……でもサ、よく死ぬンでしょ?事故とかで。よくやってるよネ)

 (ホラ、外象人じゃない、もう一人のほう。ちょっとヨクね?イケてね?)

 (えー顔がよくてもアタシ絶対ムリ)

 (そんなに力説すんなよwww)

 (だってカレシ死んじゃうんだよ?ぜってー耐えらンない)

 

 勝手なことを言い合ったあげく、かかとをつぶしたコインローファーを引きずりながら、女子高生二人組はストローで啜(すす)っていたシェイクを座席に置きざりにしてトラムを降りてゆく。

 

 発車ブザーにかかる嬌声(きょうせい)と笑い声。

 

 動き出したトラムと三人のあいだで、しばし沈黙。

 やがて、いたたまれなくなった『ポンポコ』がその沈黙をやぶって、

 

「そういや、サ。『ペンギン』の具合(ぐあい)、どうだって?」

 

 さすがに幾分ブッスリと『牛丼』は前を向いたまま、

 

「……シラね。でも、もう復帰はムリだろ。あんな事故で、よく助かったよ」

「実際、ラッキーだったよな。雲海の上でなかったのも、幸いだった」

「もっとラッキーなのは、これで障碍者(しょうがいしゃ)手当と王宮からの廃兵恩賜(はいへいおんし)、それに優先就職権があるだろ。最悪、生活保護もあるし。これで一生、食いっぱぐれナシだ」

 

 『山茶花』が本をふせてキッと顔をあげ、

 

「あなたねぇ!本人の目の前でそれ言ってみなさいな。彼がどう感じるか!」

 

 だが、次にその言葉を使ったのは、入院中の候補生だった。

 

 白い印象の、北向きな病室。

 衝立に仕切られた、六人部屋の片隅。

 

 そこで頭を包帯でグルグル巻きにされた候補生が、蒼白い顔つきをして上半身をベッドにもたせ、オズオズとした気味のある三人を迎えた。異様なのは包帯を巻かれた候補生の頭部が、まるで剔(えぐ)られたように一部ゴッソリと欠けていることだ。脳は大丈夫だろうかと見舞客たちは心配になる。

 彼等の視線を読んだのか、なに、見た目ほど酷(ヒド)くないと言われてるのサと『ペンギン』は力なく薄い笑みを返し、

 

「それに――これで生涯(しょうがい)困らないしね。王宮の傷痍年金(しょういねんきん)がつくから」

 

 チラ、と『牛丼』が『山茶花』にするどい一瞥《いちべつ》をくれてから、

 

「なぁ、『ペンギン』よ、こんどクラスのみんなで――」

「そのW/N(ウィングネーム)も、もうやめてくれないか」

 

 きっぱりと、この“元”候補生は言い放った。

 

「瑞雲(ずいうん)の事は……もう考えたくもない」

 

 重い沈黙が降りてきて、彼らのあいだを包んだ。

 となりのベッドに横たわる老人が視るモニター音声が、少々うるさい。『総理特別会見』と字幕のついた画面のなか、中年の女性がキンキン声で話している。

 

 《半世紀ちかく前、いまだ特定不能な過去の、ある一時。『地球』というひとつの連続面で構成されていたこの世界は突如、世界地図をハサミで切り刻むように、いくつもの事象面に分かたれ――》

 

 そうだよなァ、と『牛丼』は作ったような明るさで、

 

「一年はワリを食うモンなぁ。オレなんか『牛丼』食べすぎで腹コワして、次の日の機動試験を欠席しただけで『牛丼』だし、こいつは化(ば)け損(そこ)なった狸(タヌキ)のしっぽみたいに、翼を出したり消したりで安定しないから『ポンポコ』だし」

 

「そして自分は、とうとうホンモノの『ペンギン』になったってワケだ」

 

 あとを引き継いで『ペンギン』が自虐的なお(・)ど(・)け(・)をみせて、

 

「文字通り、もう飛べない。あたまの一部もなくして歩行困難でヨチヨチ歩きサ」

「…………」

 

 気をつけた方がいいぞ?諸君、とベッドの主は口調を改め、

 

「転進するなら、五体満足な今のうちだ。自分は今回、思い知ったね。結局われわれは蠱毒(こどく)の虫みたいなモンじゃないか。いくら不景気で就職先がないとはいえ、もっとラクな職業があるはずだ。ブラックでもナンでも、明日の命が保障される職が!」

 

 『ポンポコ』はおどろく。

 まさか同じ候補生であるクラスメイトから、このような話が出るとは。

 彼はうわずった声で身を乗り出し、

 

「進路変更しろ、とでも言うのか?」

 

 『ポンポコ』――『ポンポコ』よ、と入院患者はヤレヤレ風味で首をふり、

 

「あくまでサジェスチョンだよ。クソ役人どものために、そこまで義理だてする必要はないっての。知ってるだろ?ウチの系列の修錬校。予算は横流しされてひどい装備のまま飛んで。そのあげく、事故多発じゃないか!マスコミどもは箝口令(かんこうれい)のおかげで、おおっぴらには報道してないけど」

 

 『山茶花』も思い当たるフシがあるのか、不安げに、

 

「わたしもウワサでは聞いてるわ……あくまでウワサだけど」

「宮殿と省庁のカラみも、前より複雑になってるらしいしなぁ。なんかヤバげな咄(ハナシ)も、いろいろ聞くし」

 

 『ポンポコ』は、初耳のハナシに曖昧な顔をするしかない。

 それを見た『牛丼』は、仕方ないヤツだなと言ういきおいで、

 

「知らねぇのか?ポン。オレたちが単なる実験動物(モルモット)にされてンじゃねぇかって」

「そうなん?ボクは、あまり気にしたこと無いけど……」

「おめーはオメデタイ奴だなぁ。一部じゃ「反社会的人格障害」のラベル貼られたヤツを、わざと問題のある機体で飛ばして“殉職(じゅんしょく)”扱いで始末してるんじゃないかッてな噂(ウワサ)もある。ネットの履歴は気をつけろよ?オマエのとばっちりは受けたくないからな」

「ボクだって!趣味はスタンドアローンにしてるし。本だって傾向をたどられないよう、実本で読んでるぞ!?」

 

 ここでチョッと『山茶花』が言いよどんでから、

 

「あるいは、ルックスのいい候補生は、女子はもちろん男子でも、その、オカマを掘られて愛玩品(あいがんひん)にされるとか。『ポンポコ』も気をつけなさいね?知ってる?あなたクラスの女子の一部で、カップリング論争になってるわよ」

「カップり?なんだって?」

「ま、ンなワケで自分はイチ抜けだよ。あとは諸君でガンバってくれたまえな」

 

 見舞客たちは言葉もない。

 悄然(しょうぜん)とした面持ちで、それぞれバラバラな方を向き、なにやら考える風。

 当の入院患者は、自分の辛辣(しんらつ)さなどどこ吹く風で、もはや航界士など自分には関係ないとばかりに、リハビリ用の器具だろうか、金属製の器具を左手で、ぎこちなくあやつっている。

 だがそれは本心だろうか、と『ポンポコ』は、かつてのクラスメイトを窃み見る。相手の声の調子に、もはや手の届かぬものに対する“哀切(あいせつ)”と“ヤセ我慢”めくものを感じ取ったからだった。

 

 《――そこへ、こんどは異事象面から、いままでの地球とはまったく異なった歴史軸(れきしじく)を持つ人々が、流入してきました。「同時並流事象面」、いわゆる並行世界の住人たちです。彼らの卓越(たくえつ)した技術によって、我々はここに新・産業革命という果実を得たのであります。これも王宮を主体とする外象人の方々が日本政府と協力し、不断の努力を――》

 

 白衣の男女一団が入ってきた。

 モニターが消され、総理のセリフは尻切れトンボになる。

 ナースが老人の脈をとる一方、白衣を着た研修医あがりらしき若者が、ペンライトを手にしてかがみ込む。時間を確認。一団は、静かに、着実に、そして手なれた様子で、パジャマを着た枯れ木をおもわせる老人をストレッチャーにのせると、どこかへと運び去った。

 

 これで四人目だな、と“元”『ペンギン』がそれを見送りながらつぶやいた。

 

「この部屋は、よく患者(客)が死ぬ……」

 

 通勤帰りで、いよいよ混みはじめた帰りのリニア・トラム。

 そこに、三人は声もなく身をよせていた。

 

 ベビーカーでむずがる赤ん坊の泣き声。

 停留所の喫煙所でワンカップ片手に談笑する労働者。

 街宣車のマイク。

 渋滞のホーン。

 車内に差しこむ夕日の色と、生活の雑踏。

 

 くたびれたスーツを着た中年が持つ一枚物の号外には、さきほどの会見が記事になっていた。

 

 《日本国政府、王宮と政務を統合》

 

「どうする?これから。オケでも行って唸(うな)る?」

「ダメよ、候補生が――第一、わたしたち制服じゃない」

「失敗したなァ。あの病院が制服と身分証ないと入れないとはいえ、コインロッカーに私服、仕込んどくンだったぜ。なんかパッと騒ぎたい気分なのに」

 

 そうねぇ、と『山茶花』もこれには同意したようにチラッと『牛丼』を見ると、混雑ににまぎれ、手をつなぐ。それをチラ見した『ポンポコ』は、さりげなく顔をそらし、ながれる車窓に見入るふりをした。停留所につくとさらに乗客がふえ、彼は新参の乗客に押されるかっこうで、二人から距離をおく。それでもカップルの会話は聞こえてくる。

 

 (やっぱり、早めにリタイヤして、どこかの役所にもぐり込むのが最適解(さいてきかい)ね)

 (でもよ?候補生として、それなりにハクつけないと……給料も変わってくるし)

 (これからの将来設計に、かかわるもんね)

 

 ――将来。かぁ、

 

 『ポンポコ』は、交差点を大曲りするトラムに、車内を充(み)たす吊り革の軋(きし)みを聞きながら、漠然(ばくぜん)と考えた。

 航界士。

 その上の奏任(そうにん)航界士。

 さらに上の階級である勅任(ちょくにん)航界士。

 そして最高位の、事象面探査級・独立航界士。

 

 ――はるか彼方(かなた)、だよ……それまで生きてられるかな。

 

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