「準備できたか!?」
「あっ、ハイ……」
アイシャドウとマスカラ、それに付け
リップの
「時間かけやがって……ホンモノのメスみてェだな」
高級な化粧台から『成美』が振り向いたとき、さらに文句を言おうとしたマネージャーの言葉は、尻すぼみにノドの奥で消えてゆく。
ひとりの
微妙に露出の残る、フェミニンな高級ブラウス。
その光沢のある生地を透かし、黒く微かに全身を
清楚だが、妖艶。そして背徳的な、空気を発散して。
サテン・ドールの親玉は、一拍、
「――悪ィ……オマエは、もう一人前のメスだな……」
「そんな……」
言葉のキーが、いくぶん高い。
声帯に、
イツホクは、手持ちのクラッチ・バッグから、
ピチン、と鳴る金属的な音。
あたかも“メス奴隷”の性根を心に封じ込めるかのように響く。
きれいに整えられたピンク色の爪先が、貴石の輝きをたどった。
プラチナ・ブロンドの、ボブスタイルなウィッグ。
位置情報も兼ねる、ピアスで
胸に付けられた、精神調教用の
Fカップは、あるだろうソレをユサリと持ち上げ、位置をなおす。
「
「――そう?」
鏡の中で、派手なルージュを掃いた少女が、どことなく
その
サド女たちによる夢の中での調教は、現在も続いていた。
明晰夢をはるかに超えた、物理的な刺激のある夢。
いまでは自分の身体の方に、性別的な違和感を感じるまでに。
なにかのクスリをコッソリと入れられているのか、身体は常に
――あぁ、もう……肩が
バイオ素材の胸をイライラと、また持ち上げる。
皮膚との接触面に仕込まれた感覚素子が、本体の胸にも性的な刺激を強いるのが悩ましい。腰まわりも同じ素材でメリハリのある尻にされ、内側からチロチロと、情欲のとろ火で
そんな下半身は、薄手な革のタイト・スカートでピッチリと包みこまれ、照りのある
化粧台の前から慣れた仕草で12cmのヒールを動かして立ち上がると、護衛と監視を兼ねる元レスラー二人が、両側から毛皮のコートを着せかける。
まて、とサテン・ドールのマネージャーがそれを押しとどめ、
「――ホラよ」
手ずれのある、茶色い革の包みを『成美』に差し出した。
予感とともに、持ち重りのするそれを受け取り、フラップを
いつだったか、手慣れた調子で弄んだ、中型の自動拳銃。
保革油とガンオイルの香りの中から、尾部をゾロリとのぞかせて。
「今日の相手は、おそらくチトやっかいでな?」
「これを、わたしに……どうしろと?」
「ナニ、好きにしたらイイ。オマエのOд
「は?」
「そう、眉を顰めるな。せっかくの美人が、台無しだぜ」
――あぁ……。
なぜか知らないが、そのとき『成美』は、得も言われない安心感を覚える。
そして重さ。
まるで旧友に、ふたたび巡り会った、ような。
『リヒテル』との会見から、もう一週間以上には、なるだろうか。
そのあいだ、単独の外出は許されず、「サテン」と「メゾン」のふたつのドールを、運転手付きの
それも、毎日1~2時間。
撃ったカートリッジの総量は、そうとうなものになるだろう。
いま着ている大きなパフ肩付き長袖ブラウスの下は、薄型の消炎プラスターが何枚も貼られている。ブレスレットを
「さ、下を脱げ」
「……はい」
夢の中で受ける調教のせいか、命令は絶対という意識。
ムチの痛みと共に擦り込まれ、最近では拒否できなくなっている。
薄革のタイト・スカートを、それでもモジモジしながら脱ぐと、
「いいねぇ。その恥じらいが、イイ」
「……お
スネてみせる風情も、われながら堂に入ってきたと『成美』は思う。
タイト・スカートの下は、太ももと尻を包むB.B。さらに上からガーターベルト。ブラウスの
イツホクは、コルセットから続く股間を締め上げるハーネスに、かわった形のホルスターを接続すると、『成美』から受け取った拳銃をそこに収める。スカートを履けば、婦人の下半身ラインを模した脚に埋もれるかたちで、いちおう拳銃の
金属製の銃からくる、ズシリとした感覚。
数歩ヒールを鳴らすと、なんとなくナヨナヨとした歩みになってしまう。
「“お館サマぁ”もっと軽い
『成美』は、店でイツホクの呼び名と強制されるそれを、少なからずの
「その重さは、オマエをメスにする
綺麗な歩き方のレッスンは、血の出るほどやらされている。
高いヒール特有の歩行方法。失敗するたび、イザベラにイヤというほど尻を叩かれて。
しかし教わった歩き方で数歩あゆむと、敏感な部位にときおりハンマーが当たり、発情して内またとなって
「うん、ちょうどイイな。女らしさが出て」
イツホクは、無情にもそう言い放つと、
「スカートのポケットはスローテッドになっている。
「どうやって……こんなんじゃ素早く抜けませんよ」
「オレに聞くなヨ。イサドラの時は、あんなスゲぇ動きをしたじゃねェか」
「ご覧になってたんですか!?」
「サ、いま13時か。悪かったナ、早起きさせて。うまくいきゃ、開店前に戻ってこれるゼ。営業が終わったら「
イツホクは、セレブに有名なカイロプラティックの店を口にすると、重い毛皮を着せかけられ、ハンド・マフと帽子に身体をうずめた『成美』の小動物チックな可愛い姿を満足げに見やる……。
リニアではない、六輪ホイールタイプのストレッチ・リムジン。
見た目はいいが、不整備道路には乗り心地が最悪だった。
イツホク一行の車列は、進んでゆくにつれ
ガタガタのアスファルト。
うらぶれた建屋が並ぶ、その路上では、あちこちにドラム缶で木切れを焚いて暖をとる、ボロで着ぶくれた人影。
「このあたりも、むかしァ栄えてたんだがナ」
イツホクが手元の紙資料から目を車窓の外に移して、
「行政が
「……」
人形の形をした木片を小脇にかかえる、汚れたボサ髪の少女が、磨かれたリムジンと、その中で着飾った『成美』が、ゆっくり道をゆくのを呆然と眺めている。
ドロを落とせば器量よしとも思える、その金髪娘の視線を、いたたまれない思いで受け止めつつ、
「……どうにかならないんですか」
「なにが……この地区か?」
イツホクは、手にした資料から目をはなし、ウザそうに車外を一瞥して、
「票につながらねぇコトを、政治屋がやるとおもうかィ?」
「そうなんですか?」
「ソウなんですよ?」
「……」
「良く覚えときナ。それに、こんな『社会保障除外区域』にこそ、コロがってる
「……はぁ」
リアウィンドウを
二人の視線が不思議とからみ合う。
路上の瞳は、いつまでもリムジンを見送っていた。
やがて車は公民館の廃墟のような、大ぶりな建物の前で止まる。
何かの爆発跡を想わせる、なかば半壊した建造物。
しかし驚いたことに、車寄せには、ベントレーだスチュード・ベイカーだと高級車が車寄せに並び、タチの良くなさそうなガタイのいい黒服が、それぞれの車を守るように
アタッシェ・ケースを手に仕事モードに移ったイツホクは、オー・デ・コロンを香らせ身を乗り出し、さりげなく『成美』のほおをムニムニとつねると、スーツの具合を確かめ、護衛に囲まれて車外に出る。
「さ、ついたゼ。不用意な動きィ、すンなよ?攻撃動態検知の防衛レーザーが、アチコチにありやがるからナ?」
『成美』はふくれっ面でコンパクトを出し、ほおの化粧を確認しながら、
「そんな電力、このボロ屋にあるんですか?」
「それと、よけいな会話も禁止だ。タノむぜナルちゃん」
「キューちゃんから、ナルちゃん……か」
「あンだって?」
「……コッチの話です」
半壊した建物に一歩足を踏み入れると、そこは別世界が拡がっていた。
規模こそ幾分小さいものの、メゾン・ドールに劣らぬほど豪勢なエントランス。
天井画は、なんとミケランジェロの傑作のミニチュア版だ。
家主の趣味は、良いらしい。
入り口には、あたかも内陣と外陣を隔てるように金属探知器のゲートが設置され、周囲には
当然、『成美』は鳴りまくり、イツホクと離され、ボディ・チェックを受ける。
サワサワと青年の担当者から身体をなで回されたとき、相手は調教用ハーネスに気づいたらしい。困惑した顔と手つきが、オズオズとしたものに。
それに気づいたか、鼻のゆがんだ格闘技選手くずれのような中年が、
「なにやってやがる!
邪険に腕を
そこではじめて、『成美』が男の娘であることに気付いたらしい。
ゴツい顔が、みるみる赤らみ、汗が噴き出て青年と同じように手つきが怪しくなる。
革のタイト・スカート越しに股間を触られたとき、
「――あん♪」
いたずら心を起こした『成美』は、上気した顔とあえぎ声。
そして
触られるたび、喘ぎ、
「いーなー、辰蔵。代わってよ」
「バカいうな!これもお勤めよ……」
「ふつう、スカートの下には、いろいろ隠されるモンだが」
「ばか。コイツのエロピッチリっぷりじゃ、そんなスキはねぇだろ」
見てくれに比例して、教養の低そうな会話が『成美』の周囲を飛び交う。
お館サマはなにを、と趣味の悪い指輪のはまった毛むくじゃらの太い指に
「これは、これはイツホクの――」
赤い
数人の護衛に伴われ、人影らしきものがユサユサと近づいてくる。
『成美』を囲む男たちが、見事なさりげなさでサッと離れた。
――うぇ?
これほどまでに太った男を、『成美』はナマで見たことがなかった。
良く歩けるな、と思うくらいの肥満度。
まるで
脚が折れないのが不思議なほどの、その男は、やはり他事象面出身なのだろう、日本人なら、とっくに
「最近は“イタチの道”で、てっきり愛想尽かされたかと。そちらのお嬢も――」
そこまで言って、この男は、周囲の稚児趣味なボディ・ガードの反応から、『成美』の正体に気付いたらしい。
「いや“ミズ”も、どうぞコチラへ。あぁ、コートはそちらに。おい、お預かりしろ――辰蔵、もういい。下がれ……」
奥まった会議室に入ると、すでに円形のテーブルについてた強面の一群が、ギョロリと新参の二人を睨む。その本職な威圧感は、ちょっと
「顔役」風な男たちの背後には、ボディー・ガードらしき者がそれぞれ、位置を占めて
いつか昔、どこかで。こんな光景に出会ったような。しかしいろいろ非常識な体験の記憶に押し流され、もう思い出せない。
イツホクが空いている椅子に座ると、迎えに来た肥満男も座について円卓は埋まり、全員
微妙な空気があった。
顔役の男たちはおろか、背後に佇立するボディ・ガードたちも、イツホクの後ろに占位する『成美』をチラチラと気にする様子。
議長である肥満男は、そんな全員の空気を察してか、にこやかに、
「さて――会議を始める前に、そちらのカワイイ“ミズ”に自己紹介を願おうかね?さもなきゃ……会合にならんでしょうで」
「知ってる!この前、メゾンで“七つの舞い”を
比較的若めな、まだ大学生の気配が残る出席者が、いきなりしゃしゃり出て、
「アレぁ、サイコーだったな。ナマで見れた奴は、ラッキーだよ」
あれ?と周囲を見回す若者。
場の雰囲気を救うべく、『成美』は一拍、
「お集まりの皆様には、お初、お目にかかります。当方は名乗るほどのものでは御座いませんが、『成美』とお心にお留め頂ければ、これに勝る幸いは――」
優雅に一礼したとき、あぁ……まただとの想い。
形をかえ、場所をかえ、自分は同じようなコトばかりを演じている。
しかも恐るべきは、その舞台がだんだんと
この延々と続く、果てしない
――どこまで
フッ、とルージュを履いた口元に密かな
「イツホクの。こりゃ会議にならんぞ。なんでこんなの連れてきた?」
「いえネ、コイツをちょいとデビューさせてみたいと――こう」
「なに?
「いえ、アイドルで」
一団から、失笑の気配。
「このご時世に、か?裏アリの企画なら乗らんでもねぇが……」
「苦労してつくったって、ナァ……?」
「んだ、みんなコピられッ
「あとで、この子の販促
「そうだな――まずは、ツマんねぇ方を、片づけちまうか」
集まった男たちは、自分の抱える組織の目下の問題点を、持ち寄った資料で検討してゆく。
ときには、利益が重複する組同士でモメる一幕もあったが、議長役の肥満男の
しかし、聞いている『成美』には全く理解できない。
いや理解できないのではない、納得が、いかないのだ。
“善意”の再分配。
予算の“しかるべき”執行。
遊休資産を“保持者処置”の手口によっての再利用化。
省庁担当者の“個人事情”を
口では大層なことを言っているが、国の予算から、あるいは一般大衆から、
つまるところは、
大手広告代理店とグルになった、募金サギ。
第三セクターの創設と、予算がダダ漏れの
高齢資産者への取り込み
高級官僚や宮殿役員の個人的
――組織だナンだとエラそうなこと言って。なんのことはない、ヤクザのシノギに関係する縄張りの
漏れたエンジン・オイルのように、延々とアトをひく議論。
いかに予算を引っ張るか。
いかに美味い汁を吸うか。
議論はそれに尽きていた。
急に『成美』は醒めた。
――こんな連中の手駒になるために……遺伝子手術?メス奴隷?
培養した子宮を腹に留め置きされ、ホンモノの乳腺で胸をふくらまされ、骨格を改変されて。銭ゲバどもに、良いように使われるのか?
しかも“悪”の手先として。
円卓の対面で、また何か言い争いがはじまった。
雲海飛行船を使った
いっぱしに「原価」だ「利益率」だ「
「いい加減にしたまえナ――見ィ、ナルミ嬢もアキれとるぞ?」
ふたたび全員の視線を浴び、すかざず『成美』は営業スマイル。
たちまち場の雰囲気はなごみ、とりあえず問題は先送りされ、議題は次にうつる。
――ナニやってんだろ。こんなところで……自分は。
愛想笑いを引っ込め、
あっちもこっちも
ひとさわぎおこして
いっぱい呑みたいやつらばかりだ
羊歯の葉と雲
世界はそんなにつめたく暗い。※
表も裏も、どうしようもなく
これが社会か。これが世界か。
こんなのを救うのが、探査院?
航界士は――無駄死にじゃないか……。
イツホクの後ろで立つ『成美』のイライラ感が、つのる。
ピンヒールで立つ脚が痛い。
ときおり、付けられたバストがピクピク
目線だけでとなりをみれば、仕立ての良いスーツを着たガタイのいいアニキが、上半身をビクともさせず、片方の脚をフラミンゴのようにコッソリ曲げ伸ばし。『成美』の視線に気付くと、ヒョイと眉を上げて見せた。
ヒールの傷みが我慢できなくなったころ、ようやく打ち合わせは終わり、会議室にホッとした気配がながれる。
「さて――別室にシャンパンを用意してある。おまちかねの上映会と、イこうじゃないか――あぁ『成美』嬢は、せっかくだから、お召し替えを。いいな?ご主人」
「構わないス。ナルミ?行ってきな」
豪華な別室で、『成美』はメイドたちに手伝われ、純白のイヴニング・ドレスに着替えさせられた。舞ってもらうかもしれない、という理由でハイヒールも脱がされ、同色のトゥ・シューズを巻かれるとリボンで可愛く留められる。
中指で引っかけるタイプの、腕までおおう黒い長手袋。
ウィッグも変えられ、同じプラチナ・ブロンドの、髪を結い上げたモデルに。
大きく空いた背中から見える、身体を縛めたハーネスが、逆にエロチシズムを醸して、護衛役につけられた男たちに好評をうける。
拳銃のホルスターもいったん取り上げられ、さらに目立たない物にされて再び下腹部に装着された。
「お前ェがチンコの下に銃隠してるなんざ、最初からワかってたのサ」
「透過タイプの走査機があるからなァ」
「そんなぁ!……なら、なんで身体検査なんか」
「サワりたかったんだろ?係が」
「役得だもんな……俺たちもサワってイイか?」
ダメよ!とメイクを担当する年かさの婦人が、男たちを一喝。
「お化粧、クズれるじゃないの!なにかあったらトリマルキオに言うからね」
(ちぇっ……ババァ)
「あンだって!?」
さいごに、鏡を彼女に見せられた『成美』は絶句する。
――これが……わたし?
知らない他人が、鏡の中から驚いたように見返していた。
時代物のシネマの中から抜け出てきたような、風貌。
自分でやったら、こうはいかない。
宮殿の愛姫めくも、それでいて高等娼婦のような、どこか危うい雰囲気。
「そのイヤリングもセンスないから、別のにしたいけど、外せないから」
残念そうに年かさの女性がそう言って、己の技術の
「いいわねぇ、ご主人持ちは。エステに装身具」
「超高級マンション。それも専用庭つき屋上階」
「高価なおクスリも撰びほうだいですものねぇ」
エロティックな制服を着せられた
「さ――イクぜ?」
護衛役に手をとられ、トゥ・シューズの具合を試しながら立ち上がる。
通路に敷かれた毛足の長い絨毯を、背筋を伸ばし、優雅な歩みで、スキあらば豊かな尻を触りたがる護衛たちにはさまれ進んでゆくと、行く手の両開きな大扉から、“七つの舞”の最終楽章が漏れ聞こえてきた。
護衛たちがヒソヒソと口々に、
「おめェの
「親方って?どなた?」
「議長さ。トリマルキオ親方」
「あぁ……さきほどの」
あの“歩く鏡餅”ですか、とは
「すでにサ、始まってるってよ?壮絶な取り合いが」
「なんの?映像ソフトの版権でも?」
小首を傾げた『成美』の問いかけに「ヤレヤレ」と護衛たちは、視線をハートにしながら笑いあう。
そして一人は、けしからん事にドレスごしの乳房をつつきながら、
「おめェ自身の、取り合いだよゥ」
両扉の前で、まつことしばし。
やがて、シンバルの音。
長いため息ひとつぶんの静寂。そして――割れんばかりの拍手。
「はぃ……はい、
護衛たちが扉をゆるゆると両側から引き開ける。
中は真闇。
恐る恐る、舞台の最初のステップのように、部屋に足をいれる。
転瞬、スポット・ライト。
間髪をいれず、闇の中から、おぉう……というどよめき。
幾重もの閃光。シャッターの音。
照明が切り替わり、輝かんばかりの緋色と金が主張する、豪華なホールが目前に展開した。
拍手が、さらに盛大になってゆく。
先ほどとは、うって変わった雰囲気。
居並ぶ顔役たちと、その配下。さらにはボディーガードの周囲を、派手な女たちが巡って。
イヴニング・ドレスの片裾をひろげ、『成美』が優美に一礼した時だった。
自分を囲む輪の外側に佇むイツホク。その背後で、閃き。
――日本刀!?
「あぶない!」
『成美』は高い声で叫ぶと、日本刀を大上段に振りかぶる男に“自動的に”突進する。
初撃を、イツホクは辛うじて避けた。
しかし、下からすりあげる次撃で、肩を切られたらしい。
悲鳴と、物が壊れる音。
重い肉がぶつかり合う気配。
人の群れが散ったあとに、さらに斬撃を加えようとする若者に、『成美』は恥も外聞もなく、ドレスのスカートになかに手を突っ込み、拳銃を抜こうとする。
――チッ!
銃のハンマーが、ドレスの裏地に引っかかった。
若者は目を血走らせ、目標を『成美』に変えると、横殴りに斬りかかってくる。
どうにかスカートから抜いたものの、初弾を
一瞬――日本刀が畳のように大きく。
その刃紋の具合までもがよく見えるように。
ガッ!とすさまじい音。
かろうじて、『成美』は銃身を盾に刀身を受けることができた。
しかし、かよわい腕では圧倒され、ジリジリと頭上から刀を押し付けられる。
半ば白目を剥いた若者の口から、ケモノのような
そのとき、横合いから重量級のアニキたちが突進してきた。
タックルを受けた若者は壮絶に吹っ飛んで昏倒する……。
「フテぇ野郎だ、殺せ!」
「まて!」
シャンパン・ボトルを振りかぶった黒服を、
「まず
「へぇ……おい、拘束して地下につれてけ!」
両腕をとられ、ガックリと頭を垂れて足を引きずられながら、裏口の暗闇に暗殺者が消えてゆく。
サンキュ☆とばかりイツホクがスーツの襟をなおし、ウィンク。
そのあまりの似合わなさに、『成美』はクスクスと笑わざるをえない。
フン、と肥満男は表情を改めると、
「さぁサ、みなサン。予定外の余興でしたが、続けましょうか?」
合図を受けたボックス席の演奏者たちが、軽い音楽を
※宮沢賢治「政治家」より